48話:攻性の兆し
エルミーヌさまのロジェを新王にぶつけるという考えは、アンナさまには不評なようだ。
「今日見た限り、ボルボーの殿下は敵するご様子はなし。ただ、一本筋が通っているということは、絶対に譲れない部分があるということ。そこを踏み間違えば一気に敵に回ることでしょう。軽々しく陛下に近づけるべきではありません」
アンナさまの忠告にエルミーヌさまも頷く。
「何か首輪になる物でもつけなければ味方に入れるのは危険だってことくらいわかってるわ。ただ、その危険を冒してもいいかもしれないと思う魅力があるという話よ」
危険を理解した上でなおロジェを引き込むつもりのあるエルミーヌさまの果敢さに、アンナさまは呆れぎみだ。
そしてエルミーヌさまを無視して私に語りかける。
「現在陛下は、独自にできることと言えば王命と言って実効性のない命令を発することのみ。実行して上手く行く見込みがないための苦肉の策ですが、これは由々しき事態です」
「はい、存じ上げております」
「陛下の威信がなくなればそれは国の傾きに直結するものね。それに結局現状維持しかできないのが議会の現状。長くは続かないわよ」
エルミーヌさまも調子を変えて現状の危うさを説く。
寝室から引っ張り出して議会を開かせたけれど、新王は議会の要請を受け入れず、議会も王命を却下するしかない。
実務者への命令も差し戻しているので新たな対策が取れない中、聖女不在による結界の揺らぎは進行し続ける。
エルミーヌさまの言うとおり、現状を維持してもいずれ破綻が起こる。
「これをしろ、あれをしろというだけで、やれるだけの下地を準備しない、時間を与えない、その上現場の者の裁量を許さない。陛下のお人柄よね」
「エルミーヌ、余裕がない性格はわかっていたことでしてよ。その上で今回のような暴走を招いた一端は、聖女への横暴。これは許せることではありません」
嘲弄するようなエルミーヌさまにアンナさまは厳しい面持ちで告げる。
ラシェルへの婚約破棄という命令が通ってしまったのがそもそもの発端。
そのせいで新王は己の思うままにしようと暴走を始めてしまった。
「そもそもその決定が間違いだったのだけれど、やってできなことはないと変な自信をつけてしまったのよね。そしてもう一度横暴を通そうと躍起になって周りの忠告を聞かない。もう子供の我儘みたいなものよ」
「そのせいでさらに周囲と溝を作り、余計に何ごとも上手く行かないことをご理解いただけない、こちらの力不足もあるのでしょうけれど」
「無理よ、アンナ。そんな状況さえ、陛下は気づけないの。自分しか見えないような視野の狭さじゃ、今どうして自分が苦労してるかさえわかってないわよ」
エルミーヌさまの奔放すぎる言いように、アンナさまは苦い顔をする。
けれど否定しないのは新王の実情と違わないから。
私も心の中で密かに頷くしかない。
「…………えぇ、今の陛下に改心を願ってもわたくしでは力不足」
公爵夫人の弱気に私は目を瞠る。
すると、アンナさまは私に微笑みかけて来た。
「聖女不在がどれほどの危険をはらむかを理解していない現状、国と王、どちらを取るかと言われれば、決まっておりますでしょう?」
突然危ういことを言い出すアンナさまに私が硬直していると、エルミーヌさまも小気味よい笑い声を発して同意する。
「そうよね。いち早く気づいてすでに動いている方々がいるのなら、先の見通しもないほうにつくだけ損だものねぇ?」
エルミーヌさまは含みを持った流し目で私を見た。
アンナさまは扇子で口元隠して笑うだけ。
けれどこれは先祖の確執にまつわる皮肉!
いえ、エルミーヌさまの自虐!
かつて先祖が人気取りでアンナさまの先祖に負けたことを擦った含み!
私は気づかないふりで、賢明に口を閉じた。
するとアンナさまも同じようにエルミーヌさまには触れず私に話を振る。
「さて、公爵さまは今後どのように?」
「我が家は足並みを揃えるわよ」
アンナさまの後に、エルミーヌさまは無視されたことなどなかったかのように応じた。
つまり婚家の公爵家と子爵家、さらには生家の侯爵家と伯爵家も我が家に協力すると言っているのだ。
新王やシヴィルへの不満もあるでしょう。
先を考えれば好転する目が少ないこともあるでしょう。
けれど一番は聖女を押さえていることが大きいのだと私は考えている。
聖女候補であるアンナさまもラシェルが戻ることのほうが国益になると判断した、と。
「…………まだ陛下の覚醒を諦めるには早いと考えております」
「ずいぶんと悠長ね。国境付近の魔物被害は悪化傾向よ。結界のほうに問題があるのは自明でしょう?」
私の答えにエルミーヌさまは形良い眉を歪める。
アンナさまも扇子を畳んで考えるように視線を下げた。
「先日中央教会に行ってわかっているのではない? 聖女の御坐所に修道女たちが入れられました。現状維持でも精一杯のところに、これでは当初の予想より早い破綻が迫っています」
先の予測がつく者ほど、傷は浅い内にことを収めようと気が急いている。
けれどそれで揺らぐほど王位は軽くない。
それもわかっているからこそ、アンナさまもエルミーヌさまも我が家を矢面に立たせる形での同意を告げている。
拙速をして失敗すれば取り返しはつかない。
我が家としては大逆の誹りを受ける覚悟はあっても慎重に行動しなければいけなかった。
それこそ王を取るか国を取るか。
国を取るからこそ、王には復活の目がないほどになってもらわないと困る。
「一つ、陛下のお心を揺らがせる案がございます」
事の重大さに対する怯えではないことを明示するため、私はしっかりと背筋を伸ばして告げた。
三人しかいない部屋の中、さらに声を落として腹案を語る。
「茶会の後、舞踏会を開く際に…………」
私は今後の社交期の予定と合わせて我が家の動きを説明した。
簡単に言えば罠を張る。
その内容を聞いたお二人は結果を想像したのか扇子の向こうで噴き出した。
「ほほ、よろしくってよ。えぇ、よろしいわ。確かにあのシヴィルさんならそれで踊ってくれるでしょうね」
「ふふ、さすがにそれは陛下も無視できないでしょう。自らを軽んじることになるかもしれないのだもの」
我が家も攻勢に出る準備をしている。
まだこれはほんの牽制だ。
そして新王が王として恋から冷めないかという試行でもある。
同時に覚めないのであれば恥を晒して自らの権威を貶めてもらうための罠。
「少々意地の悪い策ではありますが」
「まさか。伝統と格式を重視した良い諫言でしてよ」
「公爵家にしかできない皮肉だもの、当たれば大いに盛り上がるわ」
私に答えたアンナさまとエルミーヌさまはお互いの言葉に眉を上げて見つめ合う。
どちらも私の語った罠に対する賛同だけれど、その意見は正反対だ。
諫言と皮肉。
私としては言い方の違いだと思うのだけれど。
「どうしてあなたはいつもそう、物事を茶化す方向に」
「わかりやすく場の空気を誘導することも必要でしょ」
「言い方が悪いと言っているのです」
「なんでもお上品に纏めれば済む話でもないじゃない」
私をそっちのけに、お二人はまた睨み合い始めてしまった。
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