45話:公爵夫人のお茶会
新王の晩餐会の後日、公爵夫人アンナのお茶会へ向かった。
馬車にはロジェも同乗している。
「この間、茶会用に用意した服じゃ駄目なのか?」
「アンナさまは華美をお嫌いになるの。質が良ければそれでいいし、面白みよりも格式を重視なされる方よ」
晩餐会で言われていた招待状はすぐに届いた。
そして内容には「精力的に動き回っていらっしゃるボルボーの方も、お連れなさい」とあったので、ロジェも一緒に連れて行くことになった。
「いきなり招待状が来た時には何かと思ったけど。イレーヌ伝いでの招待ってことであってるか?」
「それもあるでしょうけれど、謁見とこの間の晩餐会を加味してロジェに正しく我が国の接待というものをお教えくださるのかもしれないわ」
「へぇ? まぁ、案内役にイレーヌをつけてくれた時点でわかってるなって好印象だ」
また適当なことを。
たぶんアンナさまは本気でロジェをもてなすつもりがあるのだから、お茶会ではその軽さを少しは抑えてほしいものね。
家の者を使って参加者を調べたところ、ロジェの益となりそうな人物の名前があった。
案内役と言っても、連れて行って引き合わせれば私のお役目は終わりだろう。
「そういう軽口は好まれない方だから気をつけてね」
「確かに城に比べてこっちのほうが堅苦しい感じはあるな」
ロジェが着ているのは黒のコートに重々しい金刺繍が施されたもの。
ベストとズボンは揃いの茜色で、金縁で一体感を出してあるけれどコートだけが我が家からの貸し出しだ。
弟のほうが身長は高いため、ロジェの肩周りにはちょうど良かった。
癖のようにクラバットを緩めようとするのを睨むと、ロジェはばつの悪さからか話題を逸らす。
「晩餐会で新王の隣のドレスについて色々聞いたけど、イレーヌも衣装持ちだよな」
「私はほとんど仕立て直しばかりよ。シヴィルのように一からオーダーした物じゃないの」
「え、あれ全部一から作ってあるのか? うわぁ…………。値段とか考えたくないな」
「そんなこと言いながら私のドレスを見るのはやめていただけるかしら? 我が家は歴史がある分死蔵している衣装もあるの」
そうした物を状態のいい部分だけ取って新しいドレスに仕立て直すことで、節約しつつ公爵家として体面を保っている。
決して目立ちたいだけのシヴィルとは違う。
「それで、宿題のほうはどうなったかしら?」
今度は私が話題を変える。
次に会う時と言っていたけれど、軍を調べるよう言った結果をまだ聞いていない。
「強い王権の復活とか、正直時代錯誤もいいところだ。この国は聖女の加護に頼りすぎたんじゃないのか?」
「軍関係者と繋ぎは取れたのね。そして陛下の下命も聞いた」
「王一人が軍権を握るなんて戦時か。いや、戦時でももう少しましなやり方を選ぶぞ」
やはり敵を前にしても王都の許可がなければ動けない兵など、悪手でしかないのだ。
本当に戦時であれば、現場の裁量が許されるのだろう。
「聞く耳を持たないにしても、どんな考えでこんな決まり作ろうと思ったんだか」
「私の想像だけれど、紙の上でしか国を見ていないのよ」
「紙の上…………あぁ、なるほど。往復でどれだけかかるとか、その間にどれだけの犠牲が出るとか、多いか少ないかでしか考えてないんだな」
納得したように言いながら、ロジェは渋い顔だ。
「防げる被害を軽微とあしらう新王の考えを受け入れらないのかしら? けれど実態を知らず数字の上でしか見ていないなら収支さえ合えば気にしないのよ」
「紙の上で実現可能と結論が出れば、できると過信するわけか。実際の不具合や障害、突発的な事態への対処など何一つ紙の上には表れないってのにな」
皮肉げに笑うロジェにつられて、私も投げやりな気分になりそうなところで、馬車の外から声がかかった。
「失礼します、今回はどうも車寄せで夫人方が…………」
馬車の後ろの従者が申し訳なさそうに告げてくる。
ロジェはわからない顔だけれど、私は予想の範囲だ。
「馬車を止めてちょうだい。歩くわ」
「どうした? ここは…………屋敷の門は潜った後か」
馬車から降りてロジェは周囲を見回す。
私はさっさと車寄せのある屋敷正面へと向かった。
そこでは言い争う貴婦人が二人。
予想どおりの姿になんだか説明する気にもならないわ。
「何故わたくしの招きに応じておきながら、そのような破廉恥な恰好で来るのですか!」
「破廉恥!? まぁまぁ、この程度で破廉恥だなんて誰に向けての清純さアピールかしら」
「なんてことを言うのでしょう! あなたはいい加減に慎みを覚えなさい!」
「いやよ! 何故ならこの肉体美を誇るドレスこそがわたくしに似合うの!」
また益のないことで喧嘩をしている。
けれど、ロジェに堅苦しいくらいの恰好をさせて来て正解ね。
「えーと、イレーヌ? どなたか聞いても?」
「菫色のドレスを着た方が公爵夫人アンナさま。そして腕と胸元の大きく開いたドレスを着ていらっしゃるのが子爵夫人のエルミーヌさま」
「他にも馬車から降りて自分の足で屋敷に入っていく招待客らしき人たちがいるのは?」
「いつものことだからよ。お二人は基本的にそりが合わないの。若い時分には決闘騒ぎになって今も語り草なほどよ」
車寄せに近づく私とロジェの元に、案内の使用人がやって来る。
「これは、イレーヌさま。良くおいでくださいました。お初にお目にかかります、ボルボーの殿下でお間違いは? はい、ではご案内いたしますのでこちらへどうぞ。早咲きの薔薇が開き始めておりますので、お楽しみください」
もちろん使用人たちも慣れているので、庭の景観を眺める経路で屋敷内に案内をした。
「うん、いつものことらしいってのはわかった。それで、決闘までした相手をどうして招いているんだ?」
案内が下がると、ロジェは何げなくその一言を漏らした。
途端に、庭から続く控えの間で談笑していた人たちが動きを止める。
空気の変化にロジェも口を閉じて辺りに視線を配った。
私は微笑み、ロジェに問いを返す。
「あなたはどちらが決闘に勝ったと思うかしら?」
「え? そりゃ肌を多く露出できる子爵夫人のほうが軽傷で済んだくらいは思いつくが」
警戒ぎみに答えたロジェの声に、周囲からは笑い声が湧く。
そしてまだ状況を掴めていないロジェに向けて、人々が囲むように迫った。
もちろん私は予見して退避済み。
瞬く間に囲まれたロジェは、当時決闘をその目で見た方々によってほぼ見えなくなってしまった。
もちろん集まった人々は、こぞってロジェに当時のことを語って聞かせる。
「まだ夫人になる前だ。だがその頃にはもう、二人の仲違いは明白だった。あの決闘もそんな日頃の鬱憤が爆発したのだ」
「ご覧になったとおり公爵夫人は細身でしょう? 誰もが子爵夫人有利だと思っておりましたの。ところが! 初手に失敗して子爵夫人が追い込まれる状況になってしまって」
「あ、へ、へぇ…………」
逃げ果せている私に、ロジェが恨めしげな目を向ける。
私は笑顔で手を振って、閑散とした控えの間へと入った。
交友もないロジェを呼んだのはこういうことだ。
他の招待客への接待の一種として、昔話につき合ってくれる若者が欲しかったのである。
もちろんそれだけで呼んでは公爵夫人の名が泣く。
アンナさまはちゃんと自らの伝手を使い、招待客の中に軍関係者も呼んである。
後でそこはちゃんと公爵夫人を通してロジェに紹介する所存なので、今は楽しく昔話をする方々のお相手をどうぞ頑張って、ロジェ。
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