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44話:勝ち目のない争い

 晩餐会は無難に始まった。


「陛下はどなたかを連れての挨拶を行いたかったそうだが」


 こっそりお父さまが耳打ちしてきた言葉で、私は作り笑いを取り落としてしまいそうになる。


 主催者として晩餐会の開始を前に入場し、挨拶をした新王。

 もちろん未婚なので同伴者はなし。

 皇太后はこうした公の場がお好きではないので欠席はいつものこと。

 そんな中、新王が同伴者として連れて行きたかった相手など、言わずもがな。


 主賓であるロジェの向かいに座るシヴィルだ。

 席次としてはこの場で最も高位の女性という扱い。


「どうして伯爵家である我々がこんな席に」

「落ち着きなさい。公爵夫人さえ耐えていらっしゃるのだから」


 始まりこそ無難だったものの、内容は席次の時点で悲喜こもごも…………。

 いえ、怒り心頭のほうが合っているわね。


「お父さま、あまり飲まれてはお体に触りましょう」

「むぅ、うむ。そうだな」


 息子であるパトリックより下の席次にされたお父さまがグラスを空けるペースが早すぎる。

 けれどこのような扱いは我が家だけではない。

 本家が分家の人間の下に置かれたり、上司が部下の下に置かれたり。


 この席次を見るに、新王にとって重要なのは社会的身分ではなくどれだけ自らに阿るか。

 そして、新王の周囲に集まる人間がどの程度であるかがはっきりとわかる。


「もしここで」


 思わず呟きそうになって、誤魔化すために前菜の川魚を口に含む。

 口当たりの柔らかな白身は城の料理人たちの腕だけは確かに維持されていることを証明した。


 戦争をしても負けることはなさそうだなんて。

 いけないいけない。


「あちら本家の男爵さま、分家のお若い方を睨み殺しそうな雰囲気でしてよ」

「それが、会場前の控えでもご挨拶がなかったそうなの。分家のご両親、明日は大変でしょうね」

「建築関係の部署は静かなことだ。まだ使い走りをする若手があれだけ上に置かれているというのに」

「確か、その使い走りの間に陛下に気に入られたとか。もうあれは腹を決めたのではないか? あの若手は切り捨てると」


 周囲も考えることは同じようだ。

 下に置かれた上位者は、必ず制裁をするだろう。

 そうしなければ己の権威が守れない。

 権威が守れなければさらに下にいる者たちさえ庇護できないのだから。


 一人と大勢、どちらを切り捨てるかとなれば、奇をてらった一人ではなく過誤なく真面目に働く者たちだろう。


「どうしたんだい、シヴィル? 手が進んでいないようだ」

「私魚は嫌いなのに…………酷いわ。嫌いだと言っていたのに…………」

「なんということだ! すぐにシェフを解雇しろ!」


 突然の命令に、給仕たちは唖然とする。

 もちろん私たち招待客も、新王の言葉に息を呑んだ。


 新王はシヴィルの機嫌を取るためだけに、熟考もせず口にした言葉。

 それは翻って、新王は気分で浅慮のまま人事を動かすことの証左でしかない。

 規律や規則という臣下の規範を簡単に乱してしまう王など、面倒この上なかった。


「おや、我が国にはこれほど繊細に魚に火を通す料理人はおりません。辞職させると言うのであれば、我が国に招いても問題ありませんね?」

「魚も焼けないなど、憐れが過ぎる。好きなようにしてくれて構わないとも」


 ロジェの冗談めかした問いに、新王は簡単に頷いてしまう。

 その浅慮にお父さまを始め重鎮たちは呻き声を上げた。


「なんだ? 他にも魚が苦手な者たちがいたのか」


 新王の的外れな言葉に、ロジェが笑いそうになっているのが見える。

 ロジェのほうはわかっていて言ってるわね。


「陛下、僭越ながら我が国は魚をよく食べる。料理人を斡旋してくださるのでしたら是非に」

「羨ましいことですね。ボルボーの殿下。我が国にもその料理人を貸し出してくださいませんか」


 ロジェの思わぬ収穫に、他国の貴族たちが群がり始めた。


 晩餐会を任されるほどの料理人は、城の内部を把握している。

 表ではなく、貴族では知りえない裏の造りさえ。

 まだ若い新王ではあまり関係ないけれど、食事を作る者は王族の病状を把握していることもままある。

 そんな者を簡単に他国に渡すなど浅慮も浅慮。

 自ら己の至らなさを晒しているも同じだった。


「ほどほどに抜け出してくる。料理人の件が不調であったなら、イレーヌにも動いてもらうことになる」


 食事も終わり、お父さまは私にそう声をかけると席を立った。

 晩餐会は食事が終わってもまだお開きではない。


 食事中に無駄なお喋りはしないのがマナー。

 本格的に喋るのは食後の一服に入ってからだ。

 と言っても、今回はあまりな状況で口を開く者が多すぎたけれど。


 食後は男性がシガールームへ、女性はサロンへと移動となる。


「今夜も斬新なお召し物。お似合いですわね」

「そのドレスも初めてお目にかかりましたわ」

「えぇ、陛下が私への思いを表現するために何を贈っても足りないとおっしゃって」


 姦しい声はシヴィルとすり寄る者。

 新王に近づく貴族子弟がいれば、シヴィルの側で甘い汁を吸おうとする夫人もいる。


 そして移動の間際、ドレスにかけた金で愛の重さを表現すると言わんばかりの台詞に、財務関係の男爵が顔色を悪くしているのを見た。


「ふん、面白みのないドレス」


 女性陣がサロンへ向かうため動きだすと、シヴィルが私の席まで来てそんなことを吐き捨てた。


 かくいうシヴィルは、左右非対称な切り返しで複雑な皺と膨らみを形作るストロベリーピンクのドレス。

 チョーカー、胸元、腰に黒のリボンと、誰でもシヴィルに比べれば面白みというか、派手さはない。


「新作のドレスですわね。まぁ、レースの使い方が大胆かつ豪華。リボンの類は全て絹なのでしょうね。リボンに飾られている大きな宝石はオニキスかしら?」


 滑るように近づく女性が、シヴィルの服装についてそう声をかけた。

 鼻高々に振り返ったシヴィルは、濃い金髪を隙なくまとめた細身の夫人の姿に動きを止める。


 歳の頃はお父さまより下。

 青紫の刺繍が踊るドレスと共に、厳粛な雰囲気が漂う公爵夫人がそこにいた。


「あら、どうしたのかしら?」

「アンナさま、久しくお目通りもかなわず、申し訳ございません」

「よろしくてよ、イレーヌ。公国へ行っていたのでしょう? あちらのお話を後程聞かせていただきたいわ。…………それと、シヴィルさん?」

「…………よ、用事があるのでお先に」

「あらそう? サロンでお会いいたしましょう」


 公爵夫人アンナに睨まれ、シヴィルはすぐさま逃げる。

 さすがに勝ち目がないことはわかっているらしい。


 お父さまに紹介した聖女関係に強い夫人であり、国内でラシェルに次ぐ才能を持つ聖女候補がこのアンナさまだ。


 聖女を名乗るのならばアンナさまに挨拶をしないわけにはいかない。

 何せラシェルが聖女を辞めたと言っても次に聖女を名乗るべき者として据えられているのがアンナさまなのだから。


「あの様子ではまだご挨拶がありませんのね」

「えぇ、折を見ては声をかけて差し上げているのですけれどね」

「…………アンナさま、公布に関して圧をかけてらっしゃいますか?」

「あんな体たらくで名乗らせるものですか。…………何か不都合がおあり?」

「今はまだ、とだけ」

「そう…………。ではその辺りもお話したいし、今度我が家で行われるお茶会にいらっしゃい。招待状を送るわ」


 さて、またやることが増えたようだ。


毎日更新

次回:公爵夫人のお茶会

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