43話:晩餐会を前に
ロジェをだしにした晩餐会の夜。
わざわざ挨拶に来たボルボー王国の王子を労うという名目だけれど。
案内までの間、見知った者同士は談笑中。
主賓に位置するはずのロジェには、主催者である新王側から接待役がつくこともなく。
「ボルボーの方、ワインはお好き? 夫の領地から送られてくるのだけれど、私だけでは飲み切れなくて。晩餐会の後、我が家にいらっしゃらない? 今夜夫は友人宅に泊まる予定なの」
「将軍さま、ゆっくりその武勇についてお聞きしたいわ。あら、素敵な筋肉の張り。最近年齢の近い殿方は皆緩み切ってしまっていてこの感触久しぶり」
「あの、撫でさすらないでいただけると」
ロジェは子育ても終わっただろう夫人たちに捕まっている。
さすがに予想外の展開らしく、いつもの飄々とした対応もできずに困惑しきりのようだ。
若く整った顔立ちで、溌剌とした肉体の美しさが礼服の下からもわかる装い。
晩餐会に同伴者も連れていないとなると、身軽な一人身と狙いをつけられるのも無理はない。
さらに新興国の王室三男はそこまで高い身分ではないけれど、低くもない。
連れて回るにはちょうど良く、愛人にするには願ってもない条件だ。
愛人探しに精を出すご夫人方に謁見の時は捕まらずに済んだからこそ、ロジェは今夜気の緩みがあったのかもしれない。
あのもっさり具合のひどさを、ロジェは計り間違えていたのだろう。
「ほう、あれがボルボーの? 長男は知者と聞いたが、次男か三男は女性のあしらいもおぼつかないようだな」
「次男は戦場を生き場所に定めていると噂に聞いたな。そんな猛々しさは感じない。あれは三男のほうだろう」
晩餐会には他にも他国から駐在している貴族が招待されている。
新王の手回しの悪さでロジェが軽んじられるのは少々可哀想だ。
「戦場、軍、そうか。先ほどから絡んでいる夫人方は、ご子息が将校ではなかったか?」
助けに行こうかと考えていたら、そんな声が聞こえた。
確かに、ロジェの左右をがっちり固めているのはそのようなご夫人二人。
困惑が嘘とは思えないけれど、あしらう相手を選ぶくらいの余裕はあるようだ。
心配して損した気分だわ。
「なぁ、こういう時って挨拶、行くべきか?」
「誰にだよ。ボルボーの王子か?」
場慣れしていない新王周辺の若い宮廷伯たちが隅でそんなことを言っていた。
新王の取り巻きの中にはうちの兄のように高位貴族の子弟もいるのだけれど、そちらに意見を求めないあたり連携のなさが窺える。
「まぁ、奥方はどうされたの?」
「領地付近で特異な魔物が目撃されまして。王都までの道も危なく、まだ討伐されていませんので、今夜はわたくしが代理を」
もう何度目になるかわからない質問に、私は事実ではあるけれど真実ではない答えを返す。
確かに魔物は目撃されたけれど、我が家の兵に守らせれば王都までの道も走破できた。
なのに私は父と晩餐会に参加し、本来は夫人の立ち位置である場所にいる。
あえて今季の社交は私がお父さまのお相手を務めることになっていた。
「奥方にもお目通りをしたかったところだけれど、聖女さまもこのところお出ましになりませんわよねぇ?」
もちろんこういう探りも受けるからだ。
そうした方々には玉虫色の返答をしつつ、私はお父さまに促されて一人の貴族の下へと移動した。
「おや、顔の色が優れませんな。どうしました?」
お父さまがあえて声をかけた貴族は、王家の財政を管理する職に就く男爵。
男爵は覇気のない声でお父さまに応じると、私を見る。
ただ見るのではなく、私のドレスから目が離せないとでも言わんばかりの凝視だ。
今夜は白を基調にしたドレスで、縁を深紅の布で飾っている。
裏地の銀刺繍が見えるように折り返した上着や、腰回りの膨らみや裾の折り返しには気を使ったものの悪目立ちはしない装いだ。
「上品かつ主張すべき個所を押さえつつ、白という高価な素材を惜しみなく…………。いや、素晴らしい」
「まぁ、王城の逸品を見慣れていらっしゃるお方にお誉めいただけるなんて光栄ですわ」
溜め息を吐くように褒める男爵は、疲れた目をして染み一つない白いドレスを見つめ続ける。
このドレス、白を維持するために無駄な装飾を施せない服でもある。
縁の布や裏地は一度着ると全て縫い目を解く。そして表の白いドレス部分だけに解体して即座に脱色するための物。
男爵の褒め言葉はそうした真っ白な布地を維持する手間をわかってのことだろう。
「手入れを前提に作られたドレス…………」
ぽつりと男爵は心の内を漏らしてしまう。
そして遠い目をして、まだ表れない新王とシヴィルを思い描くようだ。
シヴィルが多用する繊細なレースはもちろん、黒という褪せやすい色はまず洗いは無理な代物。
またシヴィルのドレスに最近多い特殊な切り返しは、ほどいて他のドレスに流用することも難しい。
「そう言えば、シヴィル嬢はこのところ、同じドレスを着ている姿を見たことがないと、令嬢たちの間で噂になっております」
私はお父さまを相手に世間話の態を取って、男爵が思い描くだろう相手の名を出した。
その効果は劇的で、男爵は首を絞められたような顔になってしまう。
これは相当シヴィルのドレスに財政を圧迫されているのでしょうね。
私はお父さまに目配せをされ、それとなく男爵夫人とお喋りを始める。
そして壁際に寄るお父さまと男爵に他の者が近づかないような位置取りで立った。
「これからが社交期だ。この言葉の意味が君ならわかるだろう」
「ひ…………む、無理です。軍まで抱えた今、これ以上の散財など」
「わかっている、わかっているとも。ただ、考えてほしい。与党に力のない陛下が、数をお求めになった場合、どうなると思う?」
お父さまが声を潜めると男爵が震える息を吐き出す。
宮廷伯は一代限りの領地のない爵位。
時の国王によって任命され、宮廷に出入りできる以上の特権は少なく禄も多くない。
そのため衣食住を国王に依る者も少なくなかった。
つまり、宮廷伯が増えれば国王の発言力は増しても財産が減る。
「無理です無理です無理です」
「だが、それをやれと言われた時、君はどうする?」
「どう、とは?」
不穏な気配を察して男爵が聞き返す。
「道理を説いて、それでもなお陛下に命じられた時、何をするかはその人物によるだろう。何処かから捻出するか、引っ張ってくるか、搾り取ってくるか、まぁ、色々だ」
簡単に言えば汚職に手を染める可能性をお父さまは示唆した。
それに対して男爵は首を横に振る。
応じてお父さまも頷いた。
「もちろん君が誰に恥じることもなく清く正しく勤めていることを疑ってはいないさ。私はね。だが、陛下はどうだろう? あると思っていた物がない。あるべきだと考えた物が奪われたかもしれない」
「そんな…………!?」
お父さまは声を裏返らせる男爵を宥める。
私も耳を立てる男爵夫人を落ち着けるために和やかになりそうな話題を選んだ。
けれど返るのはから返事。
その間にもお父さまは男爵と声を低くして話し合った。
「可能性だ。そして私の懸念でしかない。もちろん私は君が間違いなど犯すはずもないとわかっている。だがそれを証明する術がない」
「術がない、はい、わたしにはもう、どうしたらいいのか」
「証明をしたいのであれば力を貸そう。諦めるな。まだ道はある」
「あぁ、はい。はい」
疲れ果て、先の不安に押し潰されそうだった男爵は、話していく内にお父さまに縋る。
そして新王の無駄遣いの証拠をお父さまに逐一報告することを約束したのだった。
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