42話:仕立て屋
ロジェと仕立て屋に乗りつけたのには理由がある。
手回しや事前準備という基本を考えない新王のせいで、晩餐会まで日がないのだ。
そのためロジェは店にある出来合いの物を着ることになる。
「正直この国の流行りはわからん。から任せる」
「あなたの好みはどうなの?」
丸投げのロジェに、私は店の応接間で意見を求めた。
椅子に座らず私たちに対応するのは我が家とは顔馴染みの店主。
他の店の者は、せっせとロジェの体格に合う礼服を応接間に運び込んで並べている。
「礼服なんて黒の上着に白のズボンって形式は決まってるんだ。好みも何もないだろ」
「そんなことだからあんな似合わない服装になったのね。いいわ」
私はもうロジェに聞くのを諦める。
目で合図をすると、店主はすぐさま私に向き直った。
「晩餐会の後にはお茶会も催されるから、そちらで着る外出着も見繕うわ。用意して頂戴」
「かしこまりました。今の時期ですと昨年のあまりなどになりますが。やはり、当時流行った指先が隠れるほどのレースはないほうがよろしいでしょうか?」
「えぇ、そうね」
「なんでそんなの流行ったんだ? その言い方だともう廃れたんだろう?」
ロジェの好みとはかけ離れているのか、言い方に嫌そうな雰囲気がありありと見える。
「流行りはその時の雰囲気としか言えなけれど、廃れた理由は単純よ。袖に灯火が燃え移って大変なことになった方が出たのよ」
「あぁ、なるほど。うん、それはやめてくれ。だいたいそんな袖じゃ剣も握れない」
晩餐会やお茶会で何をする気かしら?
同じことを思っただろう店主は、私に窺うような視線を向ける。
「さすがに軍服ほどの機能性は約束できないけれど、動きを制限しない方向で見繕いましょう」
ロジェに向けた言葉で、店主も身分を把握する。
そうして改めてロジェの体格を目で計った店主は、店の者に命じて新たにいくつかの礼服を運び込ませた。
そうして並んだ礼服は十着ほど。
それを眺めたロジェは座った椅子から立つのを躊躇う。
「もう、黒ならなんでもいい…………」
「色が同じでもデザインで印象は随分違うから、まずは着てみないと。ほら、待っているわよ」
私はロジェを椅子から立たせて店の者のほうへ行くよう指示する。
「いや、前着たのと比べればどれも仕立てがいいのわかるし、着なくても」
「私が選ぶからには謁見の時のようなもっさりしたシルエットにはさせないわよ」
「おや、以前はどのような?」
「それがあった物を着たと言って」
私は店主と謁見の時の礼服について語りながら、並べられた物を検分する。
「なんとも。素材はよろしいのに、それではあまりにも勿体ない。でしたら、こちらなどはどうでしょう? 胴回りを細く伸びやかに見せる裾の切り方が特徴となります」
「以前の礼服はあまりロジェの身長を生かせてなかったのよ。どうしてかしら?」
「ズボンのサイズが合っていないか、コートの幅があったか。ふむ、こちらなどは少々着こなしの難しさはありますが、長い裾に負けない身長と動きができるのであれば、颯爽とした雰囲気を演出できます」
「そう、いいわね。でも、施された刺繍が華やかすぎるわ」
「そうですね。拝見したところ、華美な装飾は逆にご本人の良さを邪魔するだけでしょう」
「自分で言っておいてなんだけど、本当に俺放置か」
私が店の者と熱く意見を交わす間、ロジェがぼやく。
裾の直しなどのために採寸されているのだから放置ではない。
「ははぁ、なるほど。軍の方ならではの体格。肩周りのしっかりされていること。どうりで着られるだけでは体に合わないはずです」
店主は採寸された数値を眺めて頷く。
私も言われてロジェが野暮ったくなっていた理由に気づいた。
「あぁ、着やせしていたのね。だから太い部分に合わせて服を選んで、あんなもっさりに」
「なんかそこまで言われると、俺そんなに恥ずかしい恰好してたのかって今さら悩みそうなんだけど」
「私だったら絶対隣を歩かせたくないわ」
「お任せください。筋肉で膨れているわけではないので、引き締まった肉体の美観を損なわないデザインを重視しましょう」
ロジェよりも店長のほうがやる気になって、また別の礼服を持ってこさせる。
私は逆に部屋から持ち出される礼服を目で追って店長の判断を支持する。
「手足の長さはあるのだから、あまりボリュームをつけすぎることもないわね」
「そうですね。お顔立ちも精悍でいらっしゃいますから。晩餐会では基本を押さえて。茶会においては遊び心を出しましょう」
この店長は話がわかる。
紳士服なのであまり私と接点はなかったけれど、お父さまが重宝なさる理由が良くわかった。
それなのに、ロジェは不服そうね。
「俺は何をされるんだ?」
「あなたのための服を選んでいるんじゃない」
「無難と言いつつ、選びこんでる理由は?」
「見た目での印象は重要よ。軍人なのだから、敵を前にまずこけおどしでも自分を強く見せる必要があるのはわかるでしょう? これはそのための武装だとでも思えばいいわ」
「あぁ、まぁ、戦場で威圧目的の軍服着ることはあるけどな」
ロジェの言葉に店長は手を止める。
私も店の者と一緒になってロジェを上から下まで見た。
そんな視線を一斉に浴びたロジェは身構えるように顎を引く。
「今度はなんだ?」
「ようございますなぁ」
「えぇ、ありね」
「だから何が?」
「軍服よ。ロジェは立ち姿に隙がないから、いっそ異国の軍服を着て現れたほうがインパクトがあるわ」
「そういうものか?」
私と店長の意見が一致していることで、ロジェも考えるようだ。
「それならいくつか持って来てるな。…………ただ、今回はイレーヌに任せると言ったんだ。このまま頼む」
「わかったわ」
軍服がロジェにとっては正装。
そこをあえて礼服で謁見した辺り、ロジェの側でも新王の反応を見る意図があったのかもしれない。
そして見事、我が国の問題を目の当たりにした。
やはりロジェには帰国前に我が国の権威を少しでも印象づけないと、今後の国際関係に影を落としかねない。
「あぁ、そうだわ。ロジェ、軍の現状についてあなたの意見を聞いてみたいの」
「軍の現状? 軍人としての意見が聞きたいってことか?」
興味を持って寄ってくるロジェに、けれど私はそれ以上言わない。
無言の意思表示にロジェは肩を竦める。
「調べてから出直せって? はいはい。訪問の許可が貰えただけ良しとするさ」
「どんなお話が聞けるか、楽しみにしているわ」
異国人のロジェがそう簡単に探れる内情ではない。
その上今は国王の手に軍権が握られている。
と同時に、我が国の有力貴族の奮闘によって現状を維持している内情もある。
どれくらい探り出すかでロジェの能力がわかるだろう。
ロジェに礼服を試着させながら、少し次に会うのが楽しみになった。
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