41話:晩餐会準備
一緒に中央教会を追い出されて、私は御者とは別について来ていた従僕に指示を出す。
「区長周辺を探れる者に、連絡を取るよう屋敷へ」
「承りました」
ラシェル追放時にも帯同した従僕だったので、無駄口を叩かず徒歩で屋敷へと走り出す。
私がロジェと馬車に乗ると、御者は一声上げて馬を進めた。
「聖女の御坐所とは、確か中央教会にある聖女しか入れない結界の中枢、と聞いた気がするな。あの区長とやらは、何故そこにイレーヌを呼び出そうとしたんだ?」
「ロジェ、それは正しくないわ。聖女の御坐所は聖女以外が入らないよう奨励はされるけれど、入れないわけではないのよ」
「それは、俺が知ってもいいことなのか?」
馬車の中、ロジェは何やら勘ぐったようだ。
何故聖女の結界と呼ばれるか、その一端が聖女の御坐所にはある。
「男性は絶対に入れないから安心して。女性であっても入るには聖女の素養がいる。そして入れば結界のために力を強制的に吸い上げられるわ」
「それは、なんでそんな所が? 力の吸い上げなんて物騒だな」
「結界維持に決まっているじゃない。強制と言っても意識がなくなれば吸い上げが止まることはわかっているわ。だから素養の低、い…………」
私はロジェに説明しようとして、区長の意図に気づいた。
聖女の御坐所は入るだけならできる。
つまり、聖女以外も結界維持に身を捧げることはできるのだ。
なのに聖女を選んで御坐所に入らせるのにはわけがある。
「そういうこと。シヴィルが来ない上に私も国外。結界の綻びは拡大傾向。だから素養のある修道女を御坐所に入れて結界維持をさせたのね」
「その言い方だと、聖女以外がそこに入るのには問題があるんだろ?」
「あるわ。結界の安定のためには一人の聖女が力を注ぎ続けることが望ましいと言われているの。だから本来聖女以外が聖女の御坐所にみだりに近づいてはいけないのよ」
そして区長は望ましくないことをしたのだろう。
私が習った中でもよほど切迫した時以外はしない緊急手段を。
それを今の段階で強行したのはどう好意的に見ても時期尚早な失策だ。
「イレーヌを呼んでどうにかできることなのか?」
「要は結界を維持できる者が安定させればいいのよ」
「それで君を指名する辺り、ずいぶんな高評価じゃないか」
「まさか。私のような小娘ならまだ思いどおりに動かせると舐めているのよ」
ずっと王都にいた聖女候補には声をかけていないだろう。
あちらは経験豊富な大人で、そんな要請をされればことを公にして正面から捻じ伏せに行く力を持っている。
候補の方との差はよくわかっている。
けれど、低く見られていると思うと面白くはない。
いえいえ、落ち着きましょう。
まずは目の前のことから片づけなければ。
「ロジェ」
「うん? どうした?」
「予定より早いけれど、これから仕立て屋へ行くのでよろしいかしら?」
「あぁ、俺は構わない」
馬車で向かう先は商家の多い区域。
普段は出向いたりしない、仕立て屋の店舗だ。
「何せ晩餐会用の礼服なんて用意してなかったからな。店を紹介してもらえるだけでもありがたい」
一緒に出掛けることになって頼まれたのだ。
新王が主催する晩餐会の招待が届いたので、礼服を見繕いたいと。
「後学のためにも、どうして俺がこんな厚遇を受けるか裏を聞いても?」
「あら、珍しく下手ね。いつものしたり顔はどうしたのかしら?」
「したり顔って。これでも惚れた女の気を引こうと、けなげに頑張ってるんだぜ?」
言葉の割に慣れを感じるロジェの居住まいを見直す。
強気から突然退いて見せることで興味を引き、女性を誑し込んで来たのだろうか。
いっそ手際の良さに感心するわね。
「…………それはどういう感情だ? なんか見直されてる気はするけど、俺が期待した反応とはだいぶ違う」
「あら、ご期待に添えずごめんあそばせ」
「くそぉ、絶対口説き落としてやる」
「はいはい。あぁ、そうだわ。微妙な関係性も把握していない国の第三王子を相手にわざわざ晩餐会を催す理由、だったわね」
謁見では完全にロジェを格下として扱ったのに、今度は打って変わって国王自らが晩餐会を催してもてなすというのだ。
その掌返しにロジェが裏を疑うのは無理もない。
けれど、大した理由ではないのよ。
「新王陛下なりに自らの求心力のなさを自覚している。と言えばわかるのではない?」
「あぁ、立派に晩餐会を主催してリーダーシップを誇示するわけだ。…………ふーん」
「何か気になることでも? アピールできる場が欲しいだけだから、あなた個人に何か仕かけてくることはないはずよ。いっそ誰でもいいのだから」
私の説明にロジェは苦笑を浮かべた。
「いや、そういう気回しができるのに、どうして追放なんて軽挙を…………え? どうした? いきなり目の光りが死んだみたいに」
言いようのない虚しさを感じた私は、どうやら顔にも出てしまったようだ。
私もまだまだ感情の制御が甘いわね。
けれど、どうしてなんて聞きたいのはこっちなのよ。
「もちろん未来の国王ですから相応しい教育は施されていたのよ。あれでお勉強はできる方なの。なのに何故軽挙に及んだかと聞かれれば、そういう方なのだとしか答えられないわ」
「お、おう。そうなるともうひとつわからないんだが」
「言わなくてもいいわ。なら、何故微妙な関係の隣国になんの配慮もない言葉を放ったかということでしょう?」
謁見での対応は、国の関係を予習して、専門知識のある者に下問する頭があれば決して間違うはずのなかったこと。
けれどあの新王、自分の即位式のスピーチを丸投げして、勝手に聖女を交代させたことに何一つ触れないまま平気な顔をしている神経の持ち主なのよ。
「知っているからと言ってね、それを慮るべき事象であるかどうか判断するのは性格によるのよ」
「なるほど、わかった。俺は相当あのぼんくらに軽んじられてるんだな」
申し訳ないけれどそのとおりだ。
建国の後ろ盾になったのだから実質属国だろうと、軽く考えているのは想像できる。
それを嫌がって半ば喧嘩を売るような国名にしたにも関わらず、だ。
「あー…………なんかわかった気がする。そういう甘い考えで聖女さまのこともやらかしたのか」
ロジェは睨むように窓へと目を向けた。
「代わりが用意されてる、素養があれば何とかなる、ラシェルである必要はないはずだ、か。逆にラシェルじゃいけない理由のほうがないと思うんだが、そこは痴情の縺れ?」
「縺れたのは劣等感でしょうね」
私の言葉に一度目を瞠ったロジェは、新王の顔でも思い浮かべたのか頷く。
「そこは努力ではどうにもならないんだし、気にするだけ無駄だな。別のところ伸ばせばいいだろ。あの聖女さまも完全無欠なわけじゃないんだし」
「あちらもそう言える方だったら良かったのだけれど。それもまた、そういう性格だったとしか」
「だからってそれで選ぶのがあれじゃな」
「あれではね」
私は思わず肯定してしまう。
そして話している内に目的の仕立て屋の前で馬車は止まった。
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