16話:笑えない喜劇
一応結界に揺らぎが生じて聖女としての働きを求められていることは、シヴィルを始め新王周辺も理解してはいるようだ。
「イレーヌ! どういう了見だ!? 賢しらぶるお前が、結界の不具合を知らないわけがないだろう!」
本当にこの兄は…………。
ここが公爵家の屋敷であるなら聖女追放について正面から詰れるのに。
「パトリック、それは本当に私に言うべき言葉かしら? 国の危機であると言うのなら、結界維持をすべきは聖女でしょう?」
「シヴィルは父の死を嘆き、重責を負うことになった私を支えるために城に残る。であるなら、有閑を持て余しているそなたに役目を与えてやろうというのだ」
新王は偉ぶって大きく頷く。
それに合わせて周囲も一緒に頷いている姿は何かの喜劇染みている。
けれど私は笑えない。そこでラシェルの名前は出てこない新王にはがっかりだ。
どうやっても通らない理屈をシヴィルに言われるまま通そうとするなど、国王としての自覚が足りなすぎる。
「えっへん、聖女への暴言や聖女の地位に対する欲に満ちた妄言、さらには公爵家継嗣であるパトリックどのへの敬意のない発言、陛下の権威を軽んじる言動。罰するには十分かと」
知らない貴族子弟らしい者が何か言い出した。
賢そうに眼鏡を光らせるけど、どれも罰するほどのことではないのに何を言っているのかしら。
王城には宮廷伯という一代限り領地なし貴族がいる。
基本的に口だけで実が伴わない者が多いと聞くけれどこういう者のことかもしれない。
そしてそこで頷いてしまうなんて、新王はもう耳に心地良い言葉以外受け入れないおつもり?
新王がこれでは、いずれ聖女追放のように法や道理を無視した乱行を行うのが目に見えている。
「心を入れ替えるなら今だぞ?」
「では、陛下はなんの権限があって私に命じているのでしょう?」
「は?」
は? じゃない。
私は溜め息を押し殺して道理を説いた。
「公爵の庇護下にある、未婚の、婚約者もいない、娘を、兵を使って呼び寄せる。その上でお命じになる言葉の論拠を求めているのです」
「馬鹿か。この俺が陛下の求めに応じたんだ。お前を呼ぶことになんの障りがある」
「パトリック…………、いったいいつからあなたは当主の裁量を得ずに親族の婚姻に関わることができると?」
「婚姻?」
あ、だめだ。
まさか誰も現状わかってないの?
「未婚の男性が未婚の女性を力尽くで自らの住まいに招くことを、世俗ではかどわかし婚と申します」
「何言ってるの!? 頭おかしぃ…………くなってしまったの、イレーヌ?」
怒鳴ろうとして、シヴィルは猫を被り直す。
その間にある程度の教育を受けた男性陣は現状のまずさに気づいたらしい。
けれどもう遅い。
私の待っていた者が現われるほうが早かったみたいね。
重そうな両開きの扉が勢いよく引き開けられた。
「陛下! これは一体どういうことですかな!? 我が娘を屋敷よりかどわかすなど!」
顔を真っ赤にして怒りの形相のお父さまが大股で室内に乱入する。
他にも大臣や典礼官、貴族屋敷周辺の警備にあたる警備隊に城門を守る警備隊、さらには顔色の悪い私を捕まえに来た禁兵までなだれ込んで来た。
その勢いに誰も入室許可のない非礼を責める余力はないらしい。
「か、かどわかすなど、人聞きの悪い。私は、イレーヌに、命じるために」
「未婚の娘を父親の不在時に兵をもって連れ出して、いったい何を命じるおつもりだったのですか!? ましてや宮城内部でのみ武力行使を許される禁兵を外に出し、あまつさえ登城許可のない娘を連れ込むなど、権威を貶める破廉恥な行為です!」
お父さまの怒りの叱責に合わせて、大臣たちも道理に反する点や法令違反に当たる点を並べ立てる。
新王とその周辺は、長年鍛えられた滔々とした喋りに押されて言葉も出ない。
私はお父さまの呼吸だけは読めるので、発言の間際に割って入った。
「お父さま、私に指一本触れた殿方はいらっしゃいません」
ここははっきりしておかなければ私の沽券にかかわる。
パトリックまで大きく頷くけれど、だからと言って私を誘拐した嫌疑は晴れないし、越権行為をされた関係者の腹の虫も収まらないわよ。
未婚の娘を攫われた父親の怒りなどなおのことだ。
「い、いや、私は結界維持に身を捧げるよう、国民としての義務を諭すために」
「結界維持がいつから国民の義務になったのですか!? ましてや教会に所属もしていない我が娘の将来を陛下がお決めになると!?」
娘の未来を決めるのは父権であり、今の貴族社会の根幹。
王族から見合い話を勧められることはあるけれど、父親を無視して行われることはない。
無視すると言うことは父親を軽んじる以外の意味はないのだから。
お父さまが詰問する間に典礼官が私に寄ってくる。
「イレーヌ嬢、どうぞご確認を」
差し出されたのは、一枚の書類。
私がかどわかされて本意ではなく城に上がったことや、誰も私に触っておらず寝室にも行っていないこと、それらを公式記録として残す旨が記されている。
屋敷からの報せでここまで用意してくれているとは。
「このようなこと二度とあってはならない不祥事ですぞ!? 娘は当分妹のいる公国へやります! お命じなることがあると言うのならば、この私に言っていただきましょう!?」
「う…………あ、あぁ。いや、その…………」
演技も混じっているだろうお父さまの怒りに、新王はまともに応答もできずにいる。
先ほど偉そうにしていた眼鏡の貴族子弟など、適当な言い分を大臣の一人に潰し尽され部屋の隅で小さくなっていた。
本当にどうして私を無理矢理連れ出すなどという暴挙に出たのかしら?
私だけなら適当に言質を取れると思ったとでも?
パトリックもシヴィルも私の性格を知らないわけではないでしょうに。
「しょ、少々行き違いがあってだな」
「娘の未来に傷をつけるようなことをしておいて、少々!? 我が公爵家の屋敷を兵で荒らしておいて少々!?」
「いやいや、違う、違うのだ、その、なんというか…………」
言いよどむ新王は、少なくとも無理を言っている自覚はあったようね。
ただもうことを起こした以上、どんな言い訳も通じないことはまだわかっていらっしゃらない様子。
「お父さま、陛下はわたくしに聖女の御坐所を守れとお命じなりました。もちろん、そのようなことをお受けする理由がわかりませんでしたので、なんともお答えはしておりません」
「聖女の御坐所を!? どういう意味ですかな、陛下!?」
お父さまの怒りに追従していた大臣たちも荒ぶって口々にことを問い質し始める。
典礼官は即座に私の発言を公式記録の中に書き足していた。
皆さま仕事がお早くて、私は安心して任せられるというものね。
大臣越しに見たシヴィルは早くも奥へ逃げる途中だ。
「まぁ、こちらもお早いこと。私も見習わなくては」
聞こえていないだろうに私が呟いた途端、シヴィルはこちらを悔しげに睨む。
重鎮方の怒りの声を背に、私は城門を守る兵に先導されて悠々と城を後にした。
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