17話:道中の外交
予定よりも遅れて王都を出た私を、宿泊先の領主は笑顔で出迎えた。
さすがに今日王城であったできごとなど知る由もないだろう。
「よくぞお越しくださいました、イレーヌさま」
「えぇ、今晩はお世話になります」
半日も進まぬ内に宿泊予定の領主館へ入り、私は歓待を受ける。
懇意にしている貴族の領地を通って親交を深めるのもこの旅の目的の一つだ。
これも毎年公国へ行く際の通例であり、領地から離れられない者たちは私を通して王都の情勢を知る大事なやり取り。
また公爵であるお父さまの意図を探り、縁故を深める橋渡しの役目も担っている。
「なんと!? まだ議会の招集がないのですか? まさか新王陛下のお体に何か?」
「そうではないのです。若い子弟ばかりを側に寄せて、寝室で政策を練っておられるそうで。もちろん大臣方は陛下との協議を模索しておられますが」
先王の急逝から王都の様子を知りたかった周辺の有識者が、生の情報を欲して私を囲む。
「それはまるで、密室政治ではありませんか」
「ふふ、陛下周辺からは、今までの密室政治をしていた議会を信用できないと仰せのようですわ」
「議会が密室政治? 多数の意見を聞く場であるはずでは?」
「いや、それよりも。イレーヌさま、王太子の側付きとしてご継嗣が上がっていらっしゃったはずでは?」
「えぇ、もはや時代は変わったのだと父に申したそうです」
公爵家内が家長とその継嗣の間で溝があることを暴露することになる。
けれど下手にパトリックに寄られても困るので、ここは対立を認識してもらっておかなければいけない。
「うぅむ…………時に、即位に際して聖女さまのお姿が見えなかったと聞き及んだのですが?」
やはりその話になるのね。
もちろん公国にいるラシェルが即位式に出席するはずもなく、代わりにいたのはシヴィルだ。
そしてシヴィルの存在を知らない大多数が困惑し、なんとも微妙な空気の中、即位後のパレードが行われた。
「代わりに隣に立つ見知らぬ令嬢がおられたとか。確か、何処かの子爵に縁あるお方とか」
「おや? 伯爵家に縁あると私は聞きましたな」
「おかしいな、こちらは教会関係者であると」
正解は、伯爵家継嗣であった子爵の子が作った分家です。
しかもその子爵が伯爵を継ぐ前に亡くなったため、子爵は弟が継いで亡くなった子爵の子供たちの分家は子爵家とも言えない。
さらには子爵から分家したのもシヴィルの祖父の代の話になる。
シヴィルの家は爵位を持たない、王都に住んでいるだけの貴族だ。
「それで、イレーヌさま? 件の令嬢はいったい…………」
「今をもって陛下からの発表もなければ、中央教会から我が家への説明はないままですので、わたくしは答える言葉を持っておりません」
笑って事実だけを告げると、領主は驚きと同時に唾を飲む。
「そ、れは、公爵さまもお怒りでしょう。なんたることか。いやしかし、これだけはお答えくだされ。聖女さまの身に不幸があったということは?」
王都でもラシェルの姿が見えないことから、病や怪我を疑う声はあった。
王都を離れるとそんな噂が死病や致命傷と話が膨らんでしまうのだろう。
「健やかであることだけは確かですわ」
こう答えると、では何故公の場に出てこないのかという話になる。
けれども私は答えないと明言した。
つまり、公爵令嬢でも軽々しく口にできない事情があると言ったも同じだ。
…………その事情が王太子の乱行などとは誰も想像できないでしょうけれど。
真剣に考え始める領主を横目に、有識者が声を潜めた。
「聖女さまは今どちらに?」
「さて、中央教会からの報せはないもので」
しらばっくれるけれど、私の余裕にラシェルを保護していることは察したようだ。
そうして国を出るまでに同じような話を宿泊先で繰り返す。
言質を避けつつ我が家の意図を伝えるのは、なかなか疲れた。
「ふぅ…………、ようやく国境を越えたわね」
「イレーヌお嬢さま、足をお揉みしましょうか?」
「いいえ、馬の給水が終わればすぐに出発しますもの。ゆっくりしているわけにはいかないわ」
私を気遣う侍女と共に、馬車の揺れから解放されて敷物の上でくつろぐ。
荷物は先に送ったけど公爵家の人間が一人で旅することはない。
侍女もいれば護衛もいる中、無闇に近づいてくる者はいなかった。
「イレーヌさま、お休み中に失礼」
休憩用に張ったテントにやって来たのは王都の屋敷で働いているはずの従僕だ。
「旦那さまからお手紙を預かってまいりました」
「そう。では私は手紙を読むから、あなたたちも休憩なさい」
私は侍女や護衛を側から離す。
残るのは王都の従僕だけを残して、渡された手紙に目を走らせた。
「…………私の名誉が守られることはわかりました。それで?」
手紙には未婚の私に瑕疵がないことを約束する内容が記されている。
これは典礼官に公式記録を残させた時点でわかっていたこと。
同時に大人しく連れて行かれて新王へ有責事項を作った点については触れていない。
私はお父さまからの本物の報せを頭の中に持った従僕を見る。
「陛下の寝室周りの護衛を総入れ替えすることが叶い、旦那さまは大変イレーヌさまの働きに満足されておられます」
新王が動かした禁兵は王宮の中でも王族の寝室周りを警護する役目の者たち。
それが城を出てかどわかしの実働を担ったのだ。責任を問われないわけがない。
公爵家への押し入りから娘の誘拐、城門の通行違反などもろもろの罪がある。
全て新王が命じたと免罪符にするのなら、罪を新王が負わなければならない。
入れ替えられたのなら新王は責任を禁兵に押しつけたのだろう。
「これで寝室での籠城は難しくなったでしょうね」
「はい。また、パトリックさまの引き離しも行いました」
「あら、素直に聞いたの?」
「どうもイレーヌさまをお呼びたてしたのは自らだと公言したとか?」
「あぁ、そう言えばそんなことを言っていたわね。つまり、パトリックの心得違いという家の問題にして私の誘拐は本意でなかったと言い訳をしたのね」
パトリックは切り捨てられたか、それとも納得の上で新王に貸しを作ったのか。
お父さまが廃嫡に迷いを見せなければいいけれど。
幼い内に実母と死に別れたことをお父さまは憐れんでいた。
私は後妻に懐いたけれどそうならなかったパトリックを気にかけていたというのに。
「パトリックの様子はわかる?」
「それが…………自家での謹慎は受け入れたものの、旦那さま曰く愚にもつかない言い訳をしたためて送ってくると」
反省はなし、と。
「いいわ。私の行動を上手くお父さまが有利に使ってくれるならそれで」
従僕は笑顔で頷く。
私はそんな従僕を見て思わず呟いた。
「私も『馬』が欲しいわね」
「では、旦那さまへそのように。『馬』が配置されるのは郊外の邸宅となりましょう」
『馬』とは我が家が使う密偵の符丁。
実際馬が送られ、世話係として密偵が着いてくる。
所属は不透明にされ、馬のいる屋敷かお父さまかは明言しない。
そのため、不在でもあちらに行っているのだろうと追及されない立場を得るのだ。
そしてすぐに応じたこの従僕も『馬』。
「それでは私は公国へ参ります。到着の際には手紙を書きますと伝えてちょうだい」
「はい、承りました。どうか良い旅を」
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