15話:新王の初仕事
王城の一室は絢爛豪華な装飾が床から壁、天井にまで及んでいる。
本来王城に出入りできない私の正面には、先日即位を終えた新王ニコラが座っていた。
問題だらけの即位式典は思い出したくもない。
もちろん我が家もラシェル不在の理由を聞きたい国内外の貴族に囲まれて大変な目に遭った。
それがつい先日のこと。
だというのに、またやらかしてくれたわね。
本当にこの方のこの妙な行動力はなんなのかしら?
「なんだその恰好は?」
城の兵を公爵家に派遣し、突然呼び出しておいて何を言っているのやら。
お父さまも不在の中、屋敷に禁中の兵がやって来てこちらは大混乱だったというのに。
なんだか追放を言い渡された時のラシェルの混乱を今さらながらに理解した気がするわ。
「陛下の使いを名乗る兵士が即時の登城を譲らず、着替えるために部屋へ下がることさえ許さなかったのです」
私が着ているのはオールドローズのような落ち着いた赤のドレス。
金ボタンが光り、左右非対称なスカートの下には白いスカートを重ねて動きに合わせたデザインを意識されている。
裾は短く上げて歩きやすく、白い帽子には零れるようにドレスの共布で飾りながら日差しを避ける機能性も気遣われていた。
どう見ても旅装だ。
「この国が新体制となりこれからという時に、何処へ行こうと言うんだ、イレーヌ!」
叱責するように言うのは、我が兄パトリック。
即位式典の間、新王の側近くでずいぶんと得意げにしていたけれど。
隣の妻、カロリーヌの顔色には気づかない視野の狭さでは、自分が今何をしているかなどわかっていないのでしょう。
その点では、式典で貴賓も見物の民衆も揃ってざわついていたことに気づいたカロリーヌのほうが状況はわかっていたようね。
新王の隣に立つ妹が受け入れられていないのだと。
「はぁ、叔母さまの所だと以前言ったはずですよ、パトリック。そうでなくとも毎年この時期に行っているじゃありませんか。お忘れ?」
私の指摘にパトリックは気まずげに視線を泳がせる。
全く、どれだけ普段私に興味がないのかよくわかると言うものね。
「今年行くなんて、そんな」
「国葬の前に、ご一緒しませんかとお誘いしましたが?」
どんなに言い訳を捻り出そうとしても、妹が王の前へ旅装で来たことと予定を忘れていたパトリックの失態は覆せない。
「パトリック、確かにすぐに連れて来いと命じたのは私だ。君が気にすることではない」
新王が自らの権威を貶めることを容認するなんて。
それとも、私を呼び出したのはそれほど重大な…………ないわね。
ただ着替えを許さなかった禁兵の判断は間違ってはいない。
着替えを理由に部屋に戻ったら準備に時間がかかると言い訳をして、その間にお父さまに報せをと思ってはいたのだから。
「まぁ、お優しい陛下。ですが陛下の御前で無礼な装いは罰すべきでは? 陛下の沽券にかかわる大切なことでしてよ」
なんでいえ、まぁ、どうでもいいけれど、シヴィルがいる。
カーネーションピンクのドレスは袖や重ねたスカートが黒で、色味はおなじみだけれどまた見たことのない物ね。
しかも頭、肩、スカートに派手に花を飾ってる。
シヴィルってどうしてあんなにわさわさと邪魔そうなデザインを好むのかしら?
「いや、命令に素直に従ったことのならいい。私を心配してくれるんだね、シヴィル。なんて気遣いのできる素敵な女性だ」
偉そうに言った新王は、周囲の視線など気にせずシヴィルと指を絡め始める。
私は何を見せられているのかしら。
いっそ当主であるお父さまがいない時を狙われたのは良かったのかもしれない。
たぶんパトリックが予定を調べてお父さまに怒られないようにとでも思ったのでしょうけれど。
禁兵をお父さまが手打ちにしていたかもしれないと思えば、その浅知恵も許容範囲だ。
言いたいことはあるものの、王は王なので私からは許しもなく物は言えない。
だから頭の中で逃避しつつ、新王とその周辺の言葉を聞き流していた。
「イレーヌ、そなたに名誉ある役目を命じる」
あら、いけない。これは聞き流しては駄目そうだ。
いつの間にか私は何かしらを新王から命じられることになったらしい。
一応聞きはしよう。聞くだけだけれど。
新王となってから日が浅く、まだ何一つ仕事をしていないニコラが命じる仕事など碌なものではない気はする。
未だに議会を開かず寝室に籠って適当な草案を作っているそうだし。
もちろん王太子の時と同じで、法案を実務官から回された大臣に却下されるまでが流れだ。
ただ国王となった今、手順さえ守ればはねつけることが難しくなるだろうとはお父さまも言っていた。
あらあら、また聞き流そうとしてしまったわ。
戯言とはいえ、聞かなくては。
「これより中央教会へと赴き、聖女の御坐所を守れ」
守れ?
曖昧な表現はわざと?
となるとさて、何処から切り込むべきか…………。
「返事はどうした、イレーヌ!」
すぐには答えない私にパトリックが短気を起こした。
早すぎるわよ。そんなこと二つ返事できるわけないでしょ。
「守れとはいったいどのようなことでしょう? 教会の守護につきましては教会騎士がいますが、私に騎士の真似ごとをしろと?」
「白々しい! 聖女の結界維持を行えと言っているんだ!」
はい、パトリックから言質いただきました。
せっかく新王が明言しなかったのに、脳筋はこういうところ楽でいいわ。
そしてここで言いつくろわない当たり新王も駄目だ。
私を立たせて自分が座っている状況に勝ち誇ってるシヴィルは無視。
区長と口を揃えて無理だと言ったのに、新王が立ったからと曲げられる道理はない。
「聖女の御坐所にて結界維持のために努めるのは聖女の役目。それを私に成せとおっしゃるのでしたら、私に聖女となれとお命じなるのですね?」
「そんなことは言っていない。勝手に私の意図を誇大解釈するな」
新王は不快そうに顔を顰める。
誇大ではなくそのままなのだけれど。
ましてやそれはすでにシヴィルが駄々をこねた内容で、同じことを言われても頷くはずがない。
「では、私が中央教会へ向かう理由はございません。宿泊先の予定もございますので、御前を失礼させていただきます」
「待て! 誰が退出を許した。それは私を愚弄する行いだ。王の命令を嘲弄するように捻じ曲げて、さらには無礼な態度とは」
あぁ、この新王の顔は見慣れたものだ。
叱られてふてくされる子供のような表情。
ラシェルの側に立つ時は大抵この顔で、機嫌よく笑っていたのは似合わないドレスを恥じてラシェルが俯いている時くらいだった。
あくまで私見だけれど、友人が婚約破棄できて良かった気がする。
「だから言ったのです、ニコラさま。イレーヌは自信過剰で決して他人を敬うことはないと。残念ですが分をわからせるためにも、一度ニコラさまの威をお示しになるべきです」
シヴィルがワクワクを抑えられない様子で何か言っているわね。
まるで鏡に向かってしゃべっているように聞こえるのは私だけかしら?
そんな自分の考えに思わず笑うと、シヴィルは怒りを浮かべて目を見開いた。
「ご覧になって、あの態度を。国の危機に全く身を尽そうなどとは思わないのですわ」
その危機を招いた側が何を言っているのだか。
こんなことが即位後初仕事だなんて本当に呆れるお方。
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