学園ラブコメだと思ったんだけど 10
巫家の人口は一気に五人に増えた。
もし収入源が澪町役場の平職員たる暁貴の給料しかなければ、経済的に非常な困窮を強いられたことだろう。
もちろんそうはならなかった。
萩からは身代金の名目で定期的に金が入るし、芝も娘の生活費ということで援助を惜しまなかったからである。
そして、それを一手にとりまとめるのが美鶴だ。
伯父と兄の小遣いも、当然のようにそこから捻出される。
「美鶴。小遣いをくれ」
十三歳に小遣いをねだる四十男の図。
「ていうか、なんでそんなに嬉しそうにねだるの? 伯父さん」
「いままでは全部自分でやってきたからなぁ。なんか嬉しくて仕方ないんだよ。そんなわけで、二千円ばかり都合してくれ」
要求額が可愛らしい。
そして何を買うのかも、少女にはお見通しだ。
「また新刊?」
「今月は三冊くらいほしいのがあってな。いやーつらいわー」
「積み本を読み切ってからにすればいいのに」
ぼやきつつも、財布から小額紙幣を取り出して渡す姪っ子。
嬉しそうに受け取る中年。
微笑ましい姿ではあった。
朝の食卓。
いつの間にか、五人が揃って朝食を取るようになっていた。
伯父と姪の心温まる交流を横目に、佐緒里が口を開く。
「今後のことについて話がしたい。巫実剛」
住み着いて一週間。良い頃合いだと判断したのだろう。
軽く頷く少年。
「そうだね。今夜集まろうか」
「承知したわ」
それきり口を閉ざす。
あまり馴染んでいるとはいえなかったが、もともと口数の多い娘というわけでもない。
「みんな集まるなら、ごちそう作らないとですねー」
絵梨佳が提案する。
ちなみに今日の朝食は彼女作だ。一日交替で作っているらしい。
「いやいや。宴会じゃないんだから。飲み物だけで良いよ。絵梨佳ちゃん」
「むー じゃあ普段通り五人分でいいですか?」
「うん」
「いや、俺の分は用意しなくて良いぞ。出掛けるから」
「話し合いに参加しないんですか? 伯父さん」
「言ったろ? 実剛に任せるって。どういう方針になろうと異論は唱えねえよ」
それに、自分がいれば結局会議をリードしてしまうから、と付け加える。
一言もなく実剛が頷いた。
年齢でも経験でも、伯父はずっと上なのだ。
オブザーバーとして参加しても、つい頼ってしまうだろう。
いかにもそれは拙い。
実剛が始めたことなのだから。
「兄さんの存念を聞いておくけど、私たちはなにと戦うの?」
巫にしても芝にしても、もちろん萩にしても、戦いに特化した能力を持っている。
これを使って何と戦うのか。
美鶴でなくとも気になるところだろう。
ごく短い黙考。
やがて兄が口を開いた。
「空気と」
その夜のことである。
巫邸に参集しているのは十名。
次期当主の実剛。妹の美鶴。彼らの又従姉たる琴美。美鶴の守人である光。凪家の信一と信二。 芝家からは、絵梨佳、光則、准吾。
そして、萩家の佐緒里。
いつものメンバーだ。
「津流木と宇蘭は不参加です。一応話は通しましたが、静観を貫く姿勢ですね」
会議に先立つ信二の報告である。
この二家は巫の眷属であるが、現在のところ積極的に情勢に荷担する動きはない。
絵梨佳と佐緒里が全員に飲み物を配る。
とくに何のひねりもないペットボトル入りの緑茶だ。
封を切った実剛が喉をしめらす。
それを確認してから、美鶴が口を開いた。
「じゃあ答えてもらいましょうか。空気と戦うってどういうこと? 兄さん」
「うん。そうだね」
仲間たちを見渡す実剛。
存念を語り出す。
「伯父さんの考えを聞いて以来、ずっと考えてた事があるんだ」
超常のチカラをもった一族が住まう町。
彼らの存在こそが、町の健全な発展を阻害してきた。
だからこそ、萩も芝も、もちろん巫も、消えるべきだ。
その後、町が発展するにしても、あるいは滅亡するにしても、それは町民の選択である。
暁貴の考えは、おおよそそのようなものだ。
「伯父さんの考えが間違っているとは思わない。人類が叡智をもってこの星の覇者となったのなら、滅びるときには愚劣さによって滅びるんだろう。と、僕も思う」
一言一言を噛みしめるように。
あるいは、自分自身に問いかけるように。
「だけど、僕はあえてそれに異を唱えようと思うんだ」
澪が没落し、消滅の危機にあるのは町民たちのせいだ。
超常の力をもった一族が、いずれは何とかしてくれるだろうと考える他力本願の責任だ。
萩に逆らっても無駄だと考える消極性の責任だ。
ゆえに、責任を取ってもらう。
「僕たちが澪を支配する」
投じられた言葉の爆弾。
一秒の時差を置いて炸裂する。
「兄さんっ!? 何を言っているかわかってるの!?」
まず噛みついたのは美鶴だ。
彼女には兄の意図が読める。
読めるからこそ焦りもする。
彼らの能力と萩の資金力を使って、名実ともに支配者となる。
それは、とりもなおさず澪の血や鬼の能力の情報が、一定範囲に置いて流れてしまうということだ。
「……美鶴嬢。ちょっと落ち着きましょうか」
大きく息を吐いた信二が、立ち上がりかけた少女を抑えた。
「情報が漏れるのは、もう仕方がないと思うのですよ」
魚顔軍師が言葉を紡ぐ。
軽く頷く実剛。
巫と芝が縁を結び、萩が軍門に降った。
これは、いままでの歴史にはなかった展開である。
今後の展開だって、今まで通りに進むわけがない。
他の勢力だって、当然のように注目している。
「ちなみに、支配して何をするつもりなんです? 実剛君」
「まずはゆるきゃらですね。有名なゆるきゃらのいる街は、それだけでお客さんを呼べますから」
「…………」
「特産も必要でしょう。これを食べたいがために町にくるって人が増えれば、当然街も潤います」
「…………」
「あとは、滞在型の観光施設ですね。あるのとないのじゃ大違いです」
「……実剛君」
「なんでしょう?」
「それは支配ではなく、町おこしです」
盛大なため息をつく軍師。
他のメンバーも、あるものは肩をすくめ、あるものは首を振っていた。
しょせんは実剛である。
潤沢な資金を使って何をするかと思えば、町おこし。
心配するほどのこともなかった。
「や、でも、いちいち議会に通してとか、やってらんないじゃないですか」
「議会制民主政治を否定しちゃったよ。このバカ兄は」
民主主義というものは、とにかく時間がかかる。
ひとつの物事を決めるだけでも、案を提出し、該当の部局が検討し、議会に諮り、予算を決め、担当者を決め、それからでないとGOサインが出ない。
そして動き出したからといって、すぐに始められるわけではなく、受注する業者の選定や、関係各所のと調整など、やるべき事は多いのだ。
「でもさ、そんな悠長なこといってられないと思うんだよね」
妹に正対する兄。
ひとりの天才が一時間で考えたことより、百人の凡才が試行錯誤を重ねて何十年もかけて学んだことの方が価値がある。それはたしかに事実だろう。
しかし澪には、そんな余裕はない。
時間的にも金銭的にも。
借金が二百億円以上もあり、町立の病院は毎年数億の赤字を出し、町職員の人件費だけで毎年数十億円が吹き飛んでいるのだ。
時間をかければかけるほど、事態は悪くなる一方である。
であれば、民主主義の原則にこだわるべきではない。
「独裁の方が政治改革をドラスティックに進められるってこと?」
「そこまで過激じゃないけど、ようするにそういうこと」
「反対派を力で抑えこんだら、内圧が高まっていずれ爆発するわよ?」
「それはそれで良いんじゃないかなぁ。圧制者を打ち倒し、自分たちの町を築く気概があるなら、それは良いことだと思うよ」
たぶんそういうことにはならないと思うけどね、と、シニカルに笑う。
少年は、澪の人々の民度になど期待していなかった。
「絵梨佳ちゃん。榎本武揚上陸の地って、この街だって知ってる?」
「え? そうなんですか?」
突然話を振られ、戸惑いながらも少女が答えた。
予想通りの応えに実剛は頷く。
「これが澪の認識です」
観光資源を死蔵している。
彼のような幕末マニアにとって、垂涎の的である場所が、何の整備もされないまま放置されている。
「でもそれは澪の血を隠すためなんじゃ……」
「ダウトだよ。絵梨佳ちゃん」
「え?」
「血を隠したかったのは巫や芝であって、町の人じゃない」
そもそも町が血を隠蔽する理由などない。
彼らは澪の血族を言い訳に使っただけだ。
何もしない事への。
町の整備が進まないのも、産業が育たないのも、貧乏なのも。
誰かのせいにして、自分たちの手で変えようとしていない。
なにひとつ挑戦しない。
「それが、この町の空気だよ」
断言する。
強い瞳。
「だからさ、まずはそんな空気をぶっ壊してやろうと思って」
女神の血を引く者の、それは宣戦布告であった。




