こんなシリアスな話だっけ? 1
町を支配するといっても、武力制圧するわけにはいかない。
難易度としてはまったく高くないが、いちおうこの国は法治国家ということになっているから。
「そんなわけで、伯父さんには副町長になってもらおうと思うんですが」
「めんどくせー」
帰宅した暁貴に会議の結果を伝え、要請した実剛に対して返ってきた答えは、覇気の欠片も感じさせないものだった。
「そういうと思いました。もちろん対価を用意していますよ」
「言ってみそ?」
「図書館の蔵書を決める権利を差し上げましょう」
「乗ったっ」
一秒で籠絡された。
「あんたらは……」
呆れた顔をする美鶴。
エサで籠絡される兄と、本で籠絡される伯父。
だいたい同じ次元である。
「けどよ。俺が副町長になるのはいいとして、町長はどうすんだ? 鉄心か?」
「まだ任期内ですよ。体調不良で電撃引退してもらっても良いんですが、頭はいてもらったほうが都合が良いですからね」
「えげつないね。お前さん」
煙草に火を付ける暁貴。
町長をそのままにしておくというのは、いざとなったときに責任を取らせるという意味だ。
「となると、鉄心は黒幕として暗躍させるって腹か」
「ですねぇ。どのみち何人かには辞表をだしてもらわないといけないんですけど。できれば死者は出したくないんですよねぇ」
「謎の病死が十人も出れば、震え上がって従順になると思うぞ?」
「伯父さんの方がえげつないですよ」
実剛が苦笑する。
綺麗事を言うつもりはない。
平和に事が進むわけがないからだ。
死者はできれば出したくはないが、町民の何人かは大怪我くらいするだろう。
チカラで支配するとは、そういうことだ。
「いちおう確認しておくけどよ。後戻りできねぇ道だぜ?」
「引返限界点は、この町にきたときに過ぎたんだと思ってます。巫の血を知ったときにね」
自らに流れる女神の血。
それが希望をもたらすか、破滅をもたらすかは判らない。
だが、知ってしまった以上、すでに退路はないのだ。
「俺は、死んだらあの世で広貴にどやされそうだな」
「どうでしょうね。僕や伯父さんは地獄に行くでしょうから、両親には会えないと思いますよ」
「言ってろ」
甥の露悪趣味を流しておいて、携帯端末を取り出す暁貴。
どこかに電話をかける。
「あ、俺。夜分すまねーな。明日ちょっと話あっから、時間あけといてくれや。んあー ちょっと長い話になっかもな。昼飯でも一緒に食うべ? あいよ。じゃ明日な」
ごく短い通話を終える。
「どこにかけたんです?」
「町長」
あっさり答える伯父。
「いやっ おかしいでしょう!? 町長ってまちで一番偉い人ですよね!? なんでそんな横柄な口きいてんですかっ!?」
「いやぁ」
照れ笑い。
「褒めてないよ!?」
「まあまあ兄さん」
まるで平和主義者のように美鶴がなだめる。
「私も同行したいんだけど、良い?」
「お前さんは学校があんべや」
「有給とる」
「中学生に有給はない」
もちろん高校生にだってない。
「光も連れて行くから」
「あー そっちが本命か。大丈夫だ美鶴。護衛は必要ない」
二手先を読んだような表情で、姪の頭を撫でる。
くすぐったそうに眼を細める美鶴。
「でも、伯父さんは戦えないじゃない。兄さんと一緒で」
事が荒立ったとき、護衛がいないのは拙い。
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする暁貴。
やがて、ぽんと手を拍つ。
「ちゃんと説明してなかったなぁ。そういえば」
巫家の能力はまだ語られていない。
暁貴の能力も、覚醒していない実剛のチカラも、さっぱり判らないのだ。
かろうじて美鶴だけは、知略系の能力者なのではないかと推測できる程度である。
たとえば信二などと同じ。
「よくわからないんだけど、護衛がなくても大丈夫ってこと?」
伯父の自信に首をかしげつつ、美鶴が確認する。
「役場にいる普通の人間なら、五分くらいで皆殺しにできるぞ?」
「怖っ」
翌朝、定時の十五分前に登庁した暁貴は、いつも通りに仕事の準備を始めていた。
四十代も後半に入っているのに平職員。
裏の事情を知らない人間から見れば、よほど無能な人間だと思うだろう。
町長からの呼び出しがあったのは、朝礼が始まる五分ほど前だ。
「また呼び出されて。今度は何をやったんですか?」
隣席の同僚がからかってくる。
二十歳以上も年少の彼は、もちろん知らない側の人間である。
「またとか言うなっ」
暁貴が噛みつくが、上司からの呼び出しなど、普通は吉事とは思えない。
「だって、ねぇ」
月に二、三度は呼びだされているのだ。
同意を求めるように見渡す同僚に、若い職員たちがくすくす笑う。
他人の不幸は蜜の味。
なるほど、これがこの町の空気か。
改めて観察すると、たしかに鼻持ちならない部分がある。
噂好きで、他人の失敗が楽しくて仕方がない。
そういう部分は人間なら誰しも持っているのだろうが。
「ま、良いさ。べつに説教じゃねえよ。新しい仕事の打ち合わせだ」
言って席を立つ。
こいつらのうち、何人が役場に残せるかな、などと考えながら。
「入りたまえ」
ノックに応じる年配の男性の声。
やや緊張を含んでいるように感じられる。
「失礼します」
表面上は敬語で、暁貴が扉をくぐった。
正面に男性が二人。
町長と副町長である。
他に人がいないことを確認し、応接ソファに腰掛ける。勧められてもいないのに。
「時間を取らせて悪いな。ふたりとも」
緊張した面持ちの上役たちに話しかける。
戦闘開始。
「なんなのだ巫くん。我々にも予定というものがあるんだがね」
「その予定は全部キャンセルだ。あと副町長、お前さんは転勤と引退、どっちがいい?」
一方的な言葉。
「な……なにをいって……」
突然進退を迫られた男が唇を振るわせる。
「ん? 判りにくかったか? 俺が副町長になるんで椅子を空けてくれって言ったんだよ」
「ふざけ……っ」
「俺としては別に病死してもらっても良いんだけどよ。甥っ子がな、なるべく人死には出さないで欲しいっていうんだわ」
反論にかぶせて言い放つ。
逆らったら殺すぞ、と。
酸欠の金魚のように口を開閉する副町長。
「……そんな横暴が許されると思っているのかね。巫くん」
怒りをにじませた声は、町長のものだ。
「むしろ許されないと思う理由を聞きたいな。芝と同盟し、萩を軍門に下した巫に、あんたは意見するのかい? 町長さん」
「…………」
沈黙は、すなわち降伏の証だ。
彼は知っている。無駄な抵抗は、同時に無益な行為であることを。
「こんなやり方では、誰もついてこないぞ……」
歯ぎしりしながら町長がのたまう。
負け惜しみを。
暁貴は怒らなかった。
「だよなぁ。俺もそう思うんだ。だから十人ほども病死してもらえば、みんな喜んで尻尾を振るって言ったんだけどな。甥っ子がなぁ、怪我くらいなら良いけど死ぬのはちょっととか言うんだよなぁ」
にたにたと笑う中年男。
どこからどう見ても悪役である。
「あ、一応な。萩の会社の部長職は用意してくれるってよ。副町長。どーすんよ?」
出来損ないの彫像のように固まっていた男に、救いの手を差しのべてやる。
「バケモノめ……」
感謝してもらえなかった。
再就職まで世話してやろうというのに。
やれやれと肩をすくめる暁貴。
「化け物な。それが本音だよな。人間どもの」
「…………」
「その化け物が笑ってるうちに、決めてくれよ?」
「……議会が承認しない」
「萩がもう動いてんよ。どーしても嫌だっていう議員さんは、もうそろそろ入院してんじゃねーかな」
病死してもらった方が楽なのに、と、まだぶつぶつ言っている。
今度こそ本当に、抵抗の無意味さを悟った町長と副町長の肩が落ちた。




