滑るお話
村の特産は異世界です
・滑るお話
やあ久しぶり。別に久しぶりではないって、まあそう言うな。ちなみに、俺の名は朽木涼真。IMO研究所で、エンターテインメント部門担当など務めている。そろそろ役員待遇と言う話もあるのだが、部下がいない役員って意味があるのだろうか。
ひょっとして、労基法の適用除外を狙ってではないだろうな。尤も、下手に適用なんかされると困るのは俺なのだがな。
ちなみに部下がいないと言ったが、正確には紀子ちゃんと言う部下がいる。後は……大谷村からの出向者4人と、魔王様たち異世界人が少々……ではなく、大勢関係者が揃っている。ただ異世界人については、部下と言ってはいけないのだろうな。
ところで諸君、IMO研究所の娯楽と聞かれたら何を思い浮かべる? 「温泉」「宴会」……まあ、間違っていないな。温泉、宴会を悪いと言うつもりはないぞ。ただな、年寄り臭いと思わないか。その辺りは、立木さんが……なんだ、この殺気はっ!
ところで立木さん、皆さんおそろいでどうなさったんですか? 休暇を取った……確かに、年末年始と働いていましたね。息子さんを交えて、家族の団らんをするんですか。それはなんです、やっぱり温泉と言う奴ですか。そうですか、やっぱり温泉なんですね。
「何を納得しているのかはわかりませんが、目の前にゲレンデの広がる高原リゾートに行くんですよ。たまには、スキーも良いのかなと思ったんです」
立木さんがスキー……ですか? 似合わないと言っても良いよな。それぐらいは自分でもわかっている。ただ陽佳ちゃんをスキーに連れて行きたかった。だからのんびりとできて、スキーも出来るホテルを選んだと言うことですか。
ところで伺いますが、家族の団らんはどこまで含んでいるのですか? いえ、ちょっとした興味と言う奴です。
「私たち夫婦に陽佳ちゃんまで……と考えたのですけどね。シアとインテグラ、シオンを連れていくことにしました。シアには、先日息子を守って貰いましたからね」
つまり、お手つき組も連れて行くと言うことですね。ええ、わかりますよ。ちなみに息子さんは……そうですか、俺よりも年上なんですね。立木さんのお年を考えたら、別に不思議なことはありませんね。はい、行ってらっしゃいと言わせて貰います。
と言うことで、立木さんが飛んで行ったよ。しかし、まだ時間が早くないか? まだ、午前9時だよな?
「朽木さん、スキー場はすでに営業していますよ」
そうか、もう営業しているのか。しかしなぁ、立木さんとスキー……似合わないと言って良いよな。
「それは、年齢のことを言っていますか? ちなみに大谷村だと、結構なお年寄りまでスキーを楽しまれて……楽しんでいるのかなぁ。バリバリに滑ってくれるんですよ。もうね、生活の一部と言って良いと思いますよ」
つまり、小谷さんもバリバリに滑れると言うのだな。違う、自分は引きこもりだった。ガリ勉をしていたので、スポーツ全般に縁が無いと言ってくれるのか。確かに、小谷さんはどんくさそう……ビール瓶を出すのはやめてくれっ!
それは良いのだが、エンターテインメント部門としてアウトドアスポーツを企画しようと思っている。せっかく雪国に来たのだからな、パウダースノーの上でスキーってのは素敵だと思わないか? ああ、俺の格好良いところを見せてやろうと思ってだな。
「そうですか、パッソさんに良いところを見せようと言うのですね」
なぜ、そこで哀れみの目を向けてくれるのだ? なにか、俺は同情を買うようなことを言ってしまったのか?
「いえ、いつまで優位性を保てるのかなと考えただけです。ハイエルフ……運動神経がパないからなぁ……」
それぐらいは、俺でも理解はしているぞ。ただな、スキー、スノボは運動神経だけでは超えられないものがあるんだよ。それにパッソが滑れるようになったのなら、それならそれで一緒に楽しめるだろう。
「結構前向きなんですね。ええ、それなら了解です。ところで、スキーのインストラクターは必要ですか? それから初心者対応ですけど、午前中はスキースクールに放り込むと言うのも一つの方法ですよ」
初心者の洗礼ってのは、いきなり山頂に連れて行く奴じゃないのか? なに、それは単なる虐め。今時はやらないと言ってくれるのだな。ああ、俺もそんな気がしたんだよ。
そんな話の後、軽い気持ちで周りに声を掛けたんだよ。軽い気持ちと言うのが間違っている。まあな、今となったらその指摘は当たっているな。
「小官がお供させていただきますっ!」
と名乗りを上げてくれたのが、自衛隊員の白船君。どうやら、アクアさんとシエンタさんに良いところを見せたいようだ。
「勿論行きますよ」
パッソが名乗りを上げるのは、まあ当たり前だよな。逆に名乗りを上げてくれなかったら、どうしようかと思ったのは内緒だ。
「俺も、誘ってくれるんだよな?」
諸星さんですか。行きたいのか、行きたいのだな。それは良いんだが、何人参加するのだ? ひょっとして、王妃様も連れて行こうとか考えてないか? そうか、奥様方が全員参加なんだな。
ところで和志は……今回は遠慮する。お前にしては珍しいな。そうか、ちょっと考えを整理したいと言うのだな。だったら御衣黄さんは……なんで、恨みがましい目で見られないといけないのだ?
「どんくさい私を見て笑いものにしようとしていますよね?」
なぜ、そんな発想になってくれるんだ? どんくさいのなら、諸星さんも同じだと思うのだがな。それ以前に、俺にはいじけているように見えるのだが。そうか、いじけているのか。理由は……聞かなくてもわかる気がするな。ああ、だから教えてくれなくても良いぞ。だから、教えてくれなくて良いんだよ。俺まで巻き込んでくれるなよな。
それでオルティアさんは……理論物理学者は引きこもり。だから、アウトドアは似合わない。だからかすみと傷をなめ合う……立木さん。ちゃんとフォローをして行ってくれよ。
それから、そこでもの言いたげにしているお前ら。ああ、闇エルフのお前たちのことだよ。ちょっと隠れていただけ? 嘘を吐け、お前たちが本気で隠れたら俺には見つけられないよな。
「私たちも連れて行ってくださいませんか?」
ええっと、ガーラ……どこかのスキー場のような名前だな。それとセニア、ダートの3人だな。別に構わないと言うのが俺の答えになる。
ところで小谷さんは……そうか、エクシブと二人で遊びに行くのか。それはなんだ、面倒を俺に押しつけようと思っていないか? 言い出しっぺはお前……だから、全員の面倒を見る必要があると言ってくれるのだな。そう言われてみると、確かに言い出しっぺは俺だったな。了解、だったら俺が全員を連れて行くことにする。ところで、何人になったんだ? やけに人が集まってきたのだが?
結果的にだな。総勢30人……だよな。総勢30人の大所帯になってしまった。ただ泊まりじゃないので、多少人数が増えても問題が無いと言ってやろう。そして移動は、ゲレンデまで直行のゲートが開いているんだよ。小谷さん経由で村に話が行っているので、受け入れ側も万全と言ってやろう。
それで調べてみたら、今更なのだが俺以外は全員初心者だった。従って午前中は、スキースクールに預けることにした。正確に言うとだな、村が特別にスクールを開いてくれたと言うことだ。だから俺は、一人優雅にボードで遊ぶことにした。ところで、このお守りに何か意味があるのか?
「遭難対策として、マーカーを持って貰うことにしました」
なんだシャルロットさん、どうして遭難対策と言う話になるのだ? いくらスキー場だからと言って、油断をしても良いことは一つも無い。最近雪が降ったから、新雪のエリアも沢山あると言ってくれるのだな。
ふんっ、いらぬ心配と言ってやろう。
と見栄を張った俺は、ゴンドラに乗って上級コースへと一直線。寒いと感じたのは、ここの所の不摂生が理由なのだろうな。だがな、こうして急斜面を見下ろしていると、俺の野生が目覚めてくれるんだよ。野性に目覚めた俺は、無敵と言ってやろうじゃないか。
いざ行かん、誰も足を踏み入れてない白銀の世界へっ……
シャルロットさん、ありがとうございます。まあそのなんだ、新雪って本当に怖いよな。もう頭から突っ込んで、身動きが出来なくなってしまったんだよ。そうですか、雪の中から足が2本飛び出てもがいていた。笑ってはいけないのだが、面白くて仕方が無かったと言ってくれるのだな。
それは良いのだが、あの一団ってプロスキーヤーなのか? なにか、もの凄く格好よく見えるのだが。ただ、あのウエア、どこかで見覚えがあるんだよな。
「ハイエルフと闇エルフの方たちですね。スクールに入って1時間で、教えることが無いとお許しが出たんです」
わずか1時間で……あれなのか? こらぁ、誰だ雪を跳ね上げてくれる奴はっ! ああ、パッソなのか。そうか、スキーが面白いと言ってくれるのだな。それで、今のいたずらは何なのだ? 先生に教えて貰った。たまには逆襲をしたいと言ってくれるのだな。そうか、今夜は覚悟をしておけよ。
だから、今度は誰だぁ!
「ガーラです。楽しそうだったので、私も混ぜて貰いに来ました」
楽しそうって……俺に嫌がらせをするのが楽しいのか? なんだ、後で仕返しをしても構わないと言うのは。そうか、仕返しをされたいのだな。その言葉、しっかりと後悔させてやるからな。
その前にだ、俺の実力を教えてやる。ああ、ちょっと油断したのがいけなかっただけだからな。俺の実力を見て、惚れ直すんじゃないぞ。さぁ、下まで競争だっ!
結果、結果ねぇ。今更説明する必要があるのか? ああ、今回は新雪には突っ込みはしなかったさ。ただな、それだけのことだったんだよ。多分だけど、ハンデをくれたんだろうな。よーいドンで飛び出したはずなのに、二人とも俺が滑るのを見ていたんだよ。そして100mぐらい先にいかせてから、二人揃ってスタートしたそうだ。
俺はだな、赤い稲妻とグリーンの稲妻を見ることになったよ。うん、二人の着ていたウエアの色なんだけどな。俺だって、結構飛ばしていたんだよ。それなのに、二人はあっという間に俺を追い抜いて行ってくれたんだ。気がついたときには、二人の背中が小さく見えていたよ。
もうな、スキーに来るんじゃなかったと後悔したよ。ただ安心したのは、下で諸星氏たちに会ったことだな。うん、まだスクールでしごかれていたんだ。ただなぁ、キャアキャアと言う歓声……アレは王妃様たちだよな。その歓声を聞いていたら、俺が求めていたのはあっちだと思い知らされたんだ。俺はだな、バリバリの体育会系なんか求めていたんじゃなかったんだよ。
「涼真様。もう一度山頂まで行きませんか? 後ですね、バックカントリーと言うのも面白いそうですよ」
バックカントリー……俺に、遭難しろと言っているのか? なに、エクシブとルーテシアさんが挑戦していると言うのか。確かあいつら、冒険者とかしていたんだよな。未開の雪山って、そっちの方が本職じゃないのか?
ところで、今エクシブと言ったよな。だったら、小谷さんも一緒にバックカントリーに行っているのか?
「その、小谷様はカフェでお茶をしておいでです」
まだ、始まったばかりだよな。なぜ、この時間からカフェで休憩しているんだ? 違う、休憩じゃない、最初からカフェでのんびりとしている。小谷さん、確かジモティだったよな? エクシブと一緒に滑らないのなら、どうしてスキー場に来ているんだ? 集落にいたら、温泉でのんびりと出来ただろう。
「お話は別にして、さあバックカントリーで遊びましょう。大丈夫ですよ、上るのはシャルロットさんが飛ばしてくださるそうですから。リフト、ゴンドラいらずですね」
ああ、確かにリフト待ちなんかしなくてすむんだよな。それに、ゴンドラの行列とも無縁と言ってやろう。だが、少しも嬉しくないのはどうしてだ? いや、だからだな、俺にも心の準備と言うのが必要なんだよっっっっ!
朽木君ざまぁ……人を馬鹿にした報いを知ることだな。
俺? 俺は、しっかりとスクールでお勉強中。実のところ、学生時代にもスキーに来たことがなかったんだよ。だから誰だ、寂しい学生生活を送っていたと言う奴は。あれっ、誰も言っていない。おかしいなぁ、幻聴でも聞こえたのかな?
だがな、今の俺は寂しい生活とはおさらばしているんだよ。ほら、色とりどりのウエアを着た奥さんたちが居るだろう? その奥さんたちが、キャアキャア言いながら滑っているんだぞ。まあ一人、ルーテシアと言う例外は居るのだがな。そのルーテシアなのだが、冒険がしたいといって山頂の方へと向かって行ったぞ。しかもエクシブと一緒って……マジモンの冒険に行っていないか、あの二人。
しかし良いものだな、この景色。『コウメイ様、見て見てっ』って。あれはセレスだよな。うん、しっかりと見ているよ。それからヴェルファイアとセンティア、翼を展開すると寒いからな。ウエアを着ていると目立たない……君たちね、目立ってナンボと言う考え方は止めようよ。
それで、アルカナとイセッタは? 周りの雪が溶けているのは、俺の気のせいなのか? 寒いので暖まっている……それをすると、地中深く沈んでいくから止めた方が良いぞ。寒いのなら、小谷さんと一緒にカフェでお茶でもしてきなさい。
お小遣い? 小谷さんが居るのだから、お金の心配はいらないぞ。それから、カフェメニューを食べ尽くすのはダメだぞ。他のお客さんの迷惑になるのだからな。
それで王妃様たちは……ああ、スキーを諦めてそりに乗っているのだな。それはまあ、それで楽しそうで良いと思うぞ。うん、王妃様とスキーって、なんかイメージが合わないし。楽しそうにしているのを見るのは、ほのぼのとして良いじゃないか。
ああ、ちゃんと見ているからな。思いっきり楽しんでくれて良いんだぞ。
でっ、誰だぁ、俺に雪を浴びせかけたのはっ! ポルテ、ポルテとリズなのか。ところでリズ、どうしてまともにスキーが出来るんだ? こう見えても、運動神経は良い方。後は、先生の教え方が良かったと言うのか。
それで、俺に雪をかけたのはどうしてだ? こんなところで、一人突っ立っている方が悪い。ブツブツ言っているのは、端から見ると気持ち悪い……そこまで言うのか?
「それでコーメー、あなたは滑らないの?」
ああ、俺は滑るのもうまいんだ……あれっ、ちょっとトラウマが。滑る……受験シーズンだよな、滑る、滑る。はい、滑ると言うのは禁句ですっ!
「陽佳ちゃんの受験は終わってるけど?」
だけどな。この時期受験生の皆さんはナーバスになっているんだよ。なんだ、このご時世では推薦入学が多くなっていると言うのは。良いか、その意見は却下だ。難関大学に臨む皆さんは、共通テストと言う第一関門が迫っているんだよ。
それからリズ、滑りなれていると言ってくれるな。なんか、違う意味に聞こえてしまうんだよ。そりゃあ、俺は一浪しているよ。5つ受けたけど、全部滑ってくれたさ。だけどな、滑り慣れているわけじゃないんだよ。ただ、ちょっとだけ滑った経験が多い……なんで、こんな話になるんだ?
とにかく、俺の華麗な滑りを見せてやることにしよう。それで、その上まで上っていけば良いのか? 違う、ゴンドラで一番上まで。ゴンドラで一番上って、中級者コースじゃなかったか? 俺、スキーを始めてまだ2時間しか経ってないんだけど?
「私も、2時間しか経っていないわよ」
「孝明様。私も、2時間しか経っていません!」
ポルテ。ハイエルフと一緒にしないでほしいのだが。朽木君を見て見ろ、しっかりと無様を晒しているだろう? ハイエルフとか闇エルフとか、君たちは尋常じゃない運動神経をしているんだよ。
「ですが、木下さん、田中さんはとてもお上手ですよ、ほら」
ほらって……あれは、木下君と田中さんなのか? そうか、あの二人も来ているんだな。で、一緒に滑っているのはイオタとザガね……ひょっとして、彼等って出来てるのかな?
「まだだと聞いていますけど」
そうか、まだなのか。つまり、その見込みがあると言うことだな。いや、集落は自由恋愛だからな。別に、出来ても問題はないと思って居るぞ。うん、ちょっと意外な展開かなと思っただけだ。
ところでだ、行くのなら初級コースが俺には相応しいと思うんだよ……誰だぁ雪を浴びせかけたのはっ!
「おやおや、諸星さんじゃありませんか。奇遇ですね」
これは上村さんと里帆さん。こんなところでお会いするとは……なんて言うと思っていましたかっ! 俺たちが来ているのを知っていましたよね?
「ええ、村長から指令が出ています。諸星さんたちが楽しめるよう、しっかり接待しろだそうですよ。と言うことなのでシャルロットさん、私たちを一番上まで飛ばしてください」
えっ、一番上って……こらシャルロット、いつの間にっ!
うん、回りが真っ白だよ。ちょっと吹雪いていないかな? パウダースノーが風で舞っているだけ。だから上を見れば、ピーカンの青空が見えるだろうって。
この辺りは圧雪していないから、さほどスピードは上がらない。ただコースアウトすると、もれなく新雪に埋もれることになると言うのだな。ええっと、下に転移するのはダメかな?
誰だぁ、俺の背中を押した奴はっ!
こんな急斜面、ボーゲンで降りられるはずが無いだろう。このままだと、吹きだまりの方に突っ込んでいく気がするし。だめだ、さっさと曲がらないと新雪に突っ込んでしまう……曲がらない。だったら、転んでしまえば……どうやって?
いや、まてまて、転び方って教えて貰ったよな。そうそう、後ろにゆっくりと倒れれば……ぶほっ
シャルロット、リズ、ジャック、グレゴリー……心から悪かったと謝らせて貰う。ただな、転移先を変えたのは小谷さんの提案だったんだよ。俺はな、近くの川を転移先にするつもりだったんだ。あの時は、水より雪の方が良いだろうと思ったんだよ。
だけど、身動きが取れない……こともないのだが、いくら手を動かしても身体を支えることが出来ないんだ。脱出、脱出ってどうすればいいんだ? ストックを突いても何の手応えもないし、顔が思いっきり冷たいし。
あっ、誰かがストックを引っ張ってくれた。上村さんですか、あなたは命の恩人ですっ!
「そんな、大げさな」
いえいえ、俺一人では脱出することが出来なかったんです。あのまま放置されたら、俺は暖かくなるまで雪に埋まっていたと思います。
「諸星さんは、確か転移とか出来ましたよね。後は、飛ぶことも出来ると伺っています。もっと言うのなら、雪に『どけ』と命令すれば終わりだと思うのですけど……違いますか?」
ええっと、指摘されてみれば確かにそんな気が。いえ、ちょっと気が動転してですね、恩恵を使うのを忘れていたんですよ。
だからリズ、ポルテ、俺を指差して笑うんじゃない。なんだ、その、立木さんの言う通りと言うのは!
「コーメーって、すぐにパニックに陥ると言うことよ。恩恵を使えば、新雪に突っ込む前に止まることも出来たと思うのよ」
ええっと、そのだ。うん、その指摘は間違っていないな。
それはそうとして、だ。身体が冷えたから温かいものを飲みに行かないか?
「だったら、下まで滑っていきましょうか?」
い、いや、それをすると、同じことを繰り返してしまいそうな気がするんだ。だから、俺は麓まで転移することにする。だから、そんな目で俺を見るんじゃない。俺は、滑るのは嫌い……違う、苦手なんだよ!
ようこそ諸星さん。と、言って差し上げましょう。はい、毎度おなじみ小谷静香ですよ。まあね、こうなるのは目に見えていたと言えば良いのか。王妃様3人と、諸星さんが逃げ込んでくるのを待っていたんです。
アルカナさんたちですか、暖まったので滑ってくると言って出ていきましたよ。あの二人……じゃありませんね、ヴェルファイアさんたちも普通に滑れるんです。ただちょっと、集落で怠け癖が付いただけですよ。
あっ、エリザベスさん、ポルテさんいらっしゃい。意外に早かったと言って良いですか?
「コーメーが逃げ込んでいると思ったのよ。コーメーったら、いきなり新雪で遭難してくれたわ。しっかりと、パニックになっていたのよ。もうね、ざまぁと思ったわよ」
ざまぁ、ですか。ひょっとして、転移先を新雪にした仕返しとか思っていませんか? そこまでは言わないが、自分たちの気持ちがわかっただろうと言いたいのですね。だそうですよ諸星さん、新雪に埋まった感想をどうぞ。
死ぬかと思った……
なるほど、いつものパニックに見舞われたと言うことですね。その辺り、まだまだと言うことなんですね。こんなことでは、まだまだ独り立ちは出来ませんよ。はい、立木さんにおんぶに抱っこと言うことです。
「だったら、今度立木さんをスキーに連れてきてやる」
年齢を考えたら、もっと悲惨なことになると言ってくれるのですね。返り討ちに遭いそうな気もしますが、嫌がらせが成功したときのことを考えてます? 立木さんが長期離脱なんかしたら、IMO研がやっていけますか? 下手をしたら、そのまま引退ってことにもなりかねないんですけど。
やっぱり考えていなかったんですね。立木さんはですね、耐用年数の限界が近いんですよ。だから、大切に使わないと自分に返ってくるんです。それからですけど、立木さんはスキー経験者ですからね。前にも、奥さんと行くスキーがドタキャンになったとか言っていましたよね?
それはそうとして、あれ、放置して良いんですか? はい、セレスさんのことを言っています。男の人たちが集まってきていませんか?
あっ諸星さんが飛び出していった。しかし、まあ、本当に落ち着きの無い人ですね。ただまあ、あの小物臭さが諸星さんの良いところでもあるんですけど……あっ、こけた。
ところでポルテさん、スキーをしてみてどう思われましたか?
「もの凄く楽しいって思います」
そうですか、楽しんでいただけましたか。だったら、これからも遊びに来ると言うのも良いかもしれませんね。はい、集落からなら転移ゲートですぐですからね、ここは。
散々な目に遭った。そう言っていいと思うんだよ。ああ、バックカントリーと言う奴に連れて行かれたことだ。まあな、テレビとかでは、プロスキーヤーとかが格好良く滑ってるのがあるだろう。あれはだな、その道のプロだから成立するんだよ。いいか、圧雪していない雪を滑るんだぞ。転んだらどうなるのかぐらい、しっかりわかると思うんだ。
「へっぴり腰になると、余計に転ぶことになると思いますよ」
へっぴり腰にならなくても転ぶと思うのだがな。だからパッソ、俺に新雪をかけるんじゃない。顔に白い物を掛けられたことへの仕返し……あ、あれはだな、お前も喜んでいただろう。
それからガーラ、興味津々と言う目で見てくれるな。そのだ、自分も掛けてほしいと言わないように。なんで、いきなりそんな話になってくれるんだ?
「君たち、こんなところで猥談はないと思うんだよ」
ああルーテシアさんですか。いえ、俺はそんなつもりはなかったんですよ。どんなつもりだろうが、場にそぐわない話をしている。ここですると凍死するからほどほどにって……しませんよ!
ああっ、言うだけ言って滑っていったよ。しかしあの人、今日が初めてのスキーなんだよな。どうして、プロ級の滑りを見せてくれるんだ? なんだパッソ、自分もあれぐらいは滑れると言うのか? ただ俺を置いていくと、遭難する恐れがあると言ってくれるんだな。あのな、俺だってこれぐらいは問題ない……と言うつもりはないのだがな。
じゃじゃぁ~ん
と効果音を付けても意味が無いのだが、ああ、シャルロットさんからお守りを貰っているんだよ。出かけるときは忘れずに……なんか、変なものが降りてきたぞ。それはそれとして、これがあれば救助して貰えると言う優れものだ。
だったら大丈夫……いや、大丈夫と言ったがな。だからと言って置いていっても良いとは言っていないんだが。だからガーラ、お前も俺を見捨てていくのか? 仕返しなら今夜してくれれば良い……遭難したら、その今夜もなくなってくれるんだぞ。
ねえオルティアさん、どうして私たちは炬燵に入っているんでしょう。いえ、嫌いじゃありませんよ。むしろ、炬燵は大好きですけどね。ただ、どうして私たち二人が、ここでお見合いをしているのかなってことです。
意外と言うこともありませんけど、共通の話題が限られていますよね。しかもその共通の話題ですけど、二人ですると気が滅入る方向だと思うんですよ。だったらスキーに行けば良いと言うのは、言ってはいけないことですからね。オルティアさん、滑れるんですか?
「マサカ」
やっぱりそうですよね。オルティアさんから、私と同じ臭いを感じてしまうんですよ。それはわかっている、だから私の将来が心配だと言ってくれるんですか? でも、オルティアさんって世界的権威ですよね。だったら、心配されることもないと思うんですけど?
ちがう、オルティアさんは処女だと言うのですか。つまり、心配になる将来って……そっちのことを言っているんですかっ! こ、これでも、結構モテるんですよ!
「モテルダケナラ、ワタシモモテタ」
誰でも良いわけじゃない……そりゃあ、その通りなんですけどね。でもお父さん……じゃなくて立木さん。私たちには絶対に手を出してくれませんよね。やっぱり、こだわりがあるのかなぁ。
「タチキガテヲダシテイルノハ、イセカイカラキタジョセイダケ」
なんですよねぇ。人として大差ないって言うのは、私たちの都合でしかないんですよね。だからと言ってなぁ、武見さんはちょっと違う気がするし。本山先生ところの人たちは……もっと違う気がするのよ。
「アキラメレバキガラク」
それ、本気で言っています? 年をとればこんなものって……私、これでも20代なんですよ。それぐらいはわかっている、ですか。
「ケンキュウニウチコムト、ジカンナンカアットイウマ」
それって、結構嫌な気もするわね。うん、最近研究が面白いって思えているから。だって、色々と新しいことが見つかっているんですよ。もう少しで、MS器官の謎にたどり着けそうな気がするのよ。これって、夢中になってもおかしくないと思いません?
「ソレデキガツケバ、50サイテマエ」
なんで、それを言ってくれますか。いえ、なんかそうなりそうな気がするんですよね。それに思いが叶っても、絶対に結婚と言うことにはならないと思うし……それならそれで良いのかなって気もするんですよね。
だけどなぁ……って、なぜシア母さんが?
「キヨヒコに、様子を見てきてくれと頼まれたのだ。それは良いのだが、陰鬱な話をしておるのだな?」
ええ、置いていかれた同士ですからね。明るい話なんてしようが無いんですよ。しかもオルティアさん、自分と同じ臭いがするって言ってくれるんですよ。でも、それを否定できない自分が怖いんですよ。
それはそれとして、あちらは問題ないんですか? 立木さん、息子さんが来ているんですよね?
「まあ、色々と思うところはあったのだろうな。ただ、良い親子をしておるのではないか? 陽佳なのだが、ちゃんと受け入れて貰えていたぞ」
そうですか。陽佳ちゃんが受け入れて貰えましたか。両方とも、おっかなびっくり接していた……そりゃあ、いきなり兄妹って言われても難しいわよね。
それはそうとして、シオンさんとかインテグラさんのこともありますよね?
「ちなみに、われも問題の一人なのだがな。まあ、こればかりは時間を掛けるしか……掛けても難しいのであろうな。ケイコにしても、仕方が無いと諦めていると言うのが現実であろう」
ですよねぇ。やっぱり、普通じゃ受け入れられませんよね。冷静に考えれば、私だってそう思いますから。
「ただな、ホクト……キヨヒコの息子なのだがな。お前たちに会いたいのだそうだ」
なんで、私たちに……それに、北斗さんだったら以前会っているけど?
「さあな、何か思うところがあるのだろう。それでカスミはどうするのだ? ティアも一緒に来るか?」
「ワタシガイッテモイイノカ?」
「われは、お前たちと言ったのだがな。それからキヨヒコからの伝言だ。運良くツインがとれそうなのだが、どうしたら良いか聞いてきてくれと言うものだ」
それって、私たちも泊まりに行って良いってこと?
「そう聞こえなんだか? まあ、こんなものは無理強いするものではないのだがな……なんだ、しゃんとすることも出来るのだな」
そりゃあ、嬉しいことがあったからに決まってるでしょ。それで、荷物を用意して……ちゃんと綺麗な格好をしないといけないわね。オルティアさんも、ちゃんとおめかししないとって……素早いわね。
「ここで待っておるから、慌てずに用意することだな」
ここで待ってる……私たちの家よね。とにかく、急いで用意してくるからっ!
ねえ、似合わないって言って良い? うん、お父さんが猛スピードで目の前を滑り降りていったこと。お母さん、お母さんはね、安心できたってところかな。そして意外にダメなのは、お兄さんです。運動神経が良さそうなのに、まったくってことは無かったけど、お父さんからはかなり見劣りしていたわ。
うん、小さい頃に連れて行って貰えなかった。社会人になってからも、スキーには行っていない。はいはい、言い訳はよくわかりました。だってお父さん、学生時代はスキーをしたことが無いって言っていたもの。ところでお兄さん、何か感激していない? 開き直ったら、結構気持ちが良いのがわかった……なんのこと?
「いきなり血の繋がっていない可愛い妹が出来て、お兄さんと呼ばれたこと。まさか、アニメのようなことになるとは思わなかった」
可愛い妹って、私、そう、私なのね。はい、思わずガッツポーズをしてしまいました。そっかぁ、私が可愛い妹ね……うん、顔がにやけているのが自分でもわかってしまう。
ところで、何かお父さんにきついことを言ってなかった? そう、柄にもなくお父さんを叱ったと言うのね。どうしてって聞いても良いのかな?
「オルティアさんたちのことだ。無責任な真似をするなと言っておいた。それから、ちゃんと責任を取れとも言っておいた」
意外。オルティアさんたちのことなのね。てっきり、シア母さん……ラズライティシア様とかインテグラさん、エリシオンさんのことだと思ったわ。あの3人は気にしていない……と言うのは言いすぎ。頭の中で、綺麗に切り分けることが出来ていると言うのね。それで、オルティアさんたち……ええっと、かすみ姉さんも数に入っているの?
「色々と下世話な話が伝わってくるんだ。噂は噂と言うのはわかっているんだが……だからお母さんに事情を聞いてみた。姉さんとも話をしたんだが、子供として何も言わないことにした。4人とも子供じゃないんだ……僕に飛び火しない限り、好きにしてくれれば良いと思っている……と言うのは建前かな。オルティアさんはまだしも、御衣黄さんは割り切れないな」
だよねぇ、簡単には割り切れないと思うもの。オルティアさんたちだけじゃなくて、私のことだって割り切れてないよね。ええっと、私のことは開き直っている。後ろ指を指されることじゃないから、開き直りが必要なだけ。開き直ってしまえば可愛い妹万歳って……私としては嬉しいけど、ちょっと疑問に思っちゃった。それからかすみ姉さんのことは私も同感。
ところでお兄さん、かすみさんをどう思う?
むせてくれたわね
大丈夫よ。美波さんだっけ、彼女さんには黙っておくから。後ね、お兄さんなんだけど、下手に集落に足を踏み入れない方が良いと思うよ。そっか、事情は理解しているのね。うん、ハイエルフのみんなが、虎視眈々とお兄さんのことを狙っているんだ。
それから、シア母さんに頭を下げてなかった? そっか、この前のお礼を言ったのね。うん、シア母さんが時間停止から守ってくれたんだよね?
「事情も父さんから教えられた。あの時は、ビル全体がパニックになっていたんだ。あそこで助けて貰わなければ、怪我人が大勢出ていたと思う。だからお礼を言ったんだけど……水臭いと叱られてしまった。息子を助けるのは当たり前だと言われてしまったんだ」
苦笑してるね。やっぱり複雑だよね。複雑だけど、色々と思うところもあったと言うのね。
「意外に思われるかもしれないが、父さんを凄いと思ってしまったんだ」
お父さんが凄い……集落では、割と普通の認識なんだけどね。人脈とか出会いがバグってるって……あと、諸星さんより頼りにされているところもあるんだよ。
違う、そっちの意味じゃない。そっちも否定はしないし、否定するのは馬鹿だと思っている。凄いと思ったのは、あの3人の相手を出来ることなんだ。
「存在自体が怖い……ちょっと違うか、いや、怖いで良いのかな。なんだろう、絶対に対等になれない相手の気がするんだ。その3人に認められている、頼られているのは本気で凄いと思っている。なんだろう、神様を相手にしている気がするんだ」
神様かぁ、世が世だったら3人とも神様にされていたのかな。インテグラさんなんて、龍神様って言われてもおかしくないと思うもの。でもね、お父さんって神様とも関係しているんだよ。
えっと、知ってたの? いつの間にか妹が出来ていた……その妹って、私のことじゃないよね?
「フィオレンティーナさんのこと。あっちから、会いに来てくれたんだよ。うちの部署がパニックになったときに現れて、『守られているから大丈夫』って神託をしてくれた。それで、パニックが収まってくれたんだ。その後『お兄ちゃん』って呼ばれたし、事情も教えて貰っている」
あの事件で、本当に色々とあったのね。ところでお兄さん。女神様とか奥さんに欲しくない? フィオレンティーナさんじゃないよ。そう、フローリアンさんのこと。そっか、自分はお父さんとは違うと言ってくれるのね。
ところで一つ質問。フィオレンティーナさんだったら答えは変わってる? うん、美波さんには黙っておくね。
いやぁ、スキー、楽しかったな。あんまり楽しかったから、翌日も行ってしまったよ。ボーゲン男……ふん、俺だって進歩をするんだよ。そりゃあ、ハイエルフとか闇エルフには敵わないけどな。それでも、ゴンドラの一番上からパラレルで滑ることが出来るようになったんだ。
うん、そこまで出来るようになると、本当にスキーって楽しいよね。あのスピード感……まあ、空を飛べば似たような感覚を味わえるのだがな。それはそれとして、あのスピード感が楽しかったんだ。しかも余裕が出来るとだな、景色も綺麗だと思えるようになったんだ。
王妃様たち、かい? 意外に思うかも知れないけど、俺よりもスキーにはまり込んでいるよ、それにうまいし。まあね、異世界の人たちって逞しいんだよ。当たり前だけど、何かにつけてこちらの世界よりも不便なんだ。だからお姫様でも、結構鍛えられていたりするんだ。
それで聞いてみたんだけど、ブーランジェリー王国には雪山はないそうだ。ただシャトレーゼ王国は、北部に雪山があるらしい。観光資源として使えないか、国に調査指示を出すっていっていたな。うん、みんな逞しいと感心させて貰ったよ。
それだけ楽しんだからかな。ハイエルフを中心に、上里集落スキー部を作るんだそうだ。そして名誉部長が、なぜか上村さん。いやぁ、あの人って普通のおじさんだと思ったんだよね。でもさ、『スキーは生活』って言い切ってくれたんだ。そして言うだけのことあって、ハイエルフたちからも一目置かれる腕前なんだよ。で、名誉部長になったと言うこと。本人も喜んでいたから、まあ良いんじゃないのかな。
なんてことを言っていたら、立木さんが帰ってきました……なんか、人が増えてないか? なんです、その陽気なおじさん……しかも身体がオーク並みに大きいんですけど。
「昔の知り合い……いえ、テキサス出張したときに仕事で関係したんですけどね」
ええっと、なんで色々なところで知り合いが湧いてくるんですか。それで、その逞しい人が学者さんとか言いませんよね? 流石に言わない、ダラスで会社経営をしている人だと言うのですね。それで、日本に観光しに来ていたのですか。それで出会うって、もの凄い偶然ですよね?
ええ、立木さんのご友人なら歓迎しますよ。それで、今夜はこちらに泊まっていけるんですよね? いえ、宴会が開けるなと思っただけです。
「それなんですけど、本命は彼……タンドラじゃないんです。ああ、彼はタンドラ・ラングレー。改めて紹介しますが、ラングレー・コンストラクターズのプリンシパル……つまり、社長をしています。タッド、彼がコーメー・モロボシ。間違いなく人類最強の男だよ」
ええっと、ナイストミーチュー。いえ、英語は苦手なんですよ。それから立木さん、流石に俺は人類最強じゃないと思いますよ。銃で撃たれてもなんともないだろう……その時点で人類最強だと言ってくれますか。そりゃあ、銃ぐらいじゃなんともないと思いますけど……
でも、本当に身体が大きくありませんか? グローブは言い過ぎかも知れませんが、俺の手より二回りは大きいですよね。如何にもアメリカンって感じがするんですよ。
ところで、タンドラさんが本命じゃないって言いませんでしたか? だったら、本命って誰なんですか?
「そこで、ティアと話している女性……なんですけどね。ハイ、アスカ」
そうですか、アスカさんと言うんですね。アスカさん……アスカ・ラングレーさん。どこかで聞いたような気がする名前ですね。
「タッドなんですけど、実は日本のアニオタなんですよ」
つまり、アニメのキャラクターから貰った名前と言うのですね。それは良いのですけど、どうして俺は睨まれているんでしょう? あの、もの凄い形相なんですけど。俺、何かしちゃいましたか?
舞台となった地域はスキーが有名ですからね。山を越えた側にあるホテルは、ゲレンデの中にあったりします。




