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新天地

村の特産は異世界です


・新天地


 移住先を教えられてから、実際に移住するまでに1ヶ月ほど要することになった。1ヶ月と言う時間は、環境整備をするための時間だそうだ。上下水道に電気とガス、そして俺が要求したネット環境の整備。やったことを考えたら、よくぞ1ヶ月で準備できたと感心してしまう。

 ただ小谷さんの故郷近く、集落として消滅した場所である。消滅する以上、その途中もまた寂れていた。国道から山に入った場所は、まだ集落もあってマシな状況だった。そして県道を上がって行くにつれ、あっと言う間に人家が見えなくなってくれたのだ。そして曲がりくねった道を上り、朽ちかけた建物が見えた所で車は左に曲がった。


「舗装もされていないのか?」


 途中の道の舗装も酷かったが、曲がった所にある道はもはや道と呼べるものでは無かった。草が生い茂っているので、歩いて通るのも普通は困難に思えたぐらいだ。ただあちらの世界を知っている俺たちにしてみれば、よくある山道と言うことになる。

 どこが道かわからない道を進んですぐ車は停車した。どうやら、目的地に到着した……と言うのは甘かったようだ。


「それから、ここから先は徒歩でお願いします。道の整備は、あと2ヶ月ほど待ってくださいとのことです」


 道の整備より、入れ物の準備を優先してくれたようだ。だが道を整備しないで、どうやって入れ物を準備したのか。ちょっとした疑問を感じながら、俺は言われるままに車を降りた。そして『整備ってなに』と言いたくなる道を上って、ようやく俺たちは目的地へとたどり着いた。草をかき分けたこともあり、10分程度の行程となった。


「もともと、ここには小さな温泉宿があった場所です。ただかなり前に放棄され、再整備もされずに取り残されました。そこそこ広い平地……で良いのかな、平地があるので確保されたそうです」


 なるほど、そこそこ広い平地? が広がっているな。そのそこそこ広い平地に、住宅展示場かと言いたくなる家が3軒、そこそこ大きなプレハブが一棟建っていた。工事現場で見る仮設の事務所よりは、プレハブの方は立派に見えていた。

 家が建っているだけのことはあり、周辺は綺麗に整地されていた。しかし、どうやってこの家を作ったんだ? それはそれとして、途中の道の整備を俺たちがやっても構わないのだぞ。


「俺たちがって……どうせ暇でしょうから、それでも構いませんよ。それで、道具を用意した方が良いですか?」


 俺とラズライティシア様がいれば、道具がなくても大丈夫だと思うのだが……そうだな、スコップと一輪車ぐらい用意してくれ。それでこの建物なのだが……頑張ったんだなと思えるぞ。


 住宅展示場を持ち出すぐらい、用意された家は綺麗だった。とてもではないが、消滅した集落にあるような家ではなかったのだ。

 俺の疑問に、小谷さんは空を指差した。なるほど、輸送手段はヘリコプターと言うことか。


「これですか。元々有ったものを改修したわけじゃありません。余所から移築したものなんです。自衛隊を利用して、住宅展示場から運んできました。集会場は、大型のプレハブを取りあえず用意しました。住まいの方は、取りあえず3戸用意してあります」


 3戸? 取りあえず2戸で良いと思うんだが?


 いちにさんと、俺はセレスとルーテシアを指差した。そしてそれから、同じようにいちにさんとラズライティシア様、エクシブ、小谷さんを指差してあげた。


「どうして、私をラズライティシア様の方に入れるんです?」


 なぜ、どうしてと聞かれることになるんだ? だって、してるよな、何回も。


 そこでエクシブを指差してやれば、俺の主張は正当化されることになる。ただこの指摘は、小谷さんには効果的な攻撃となったようだ。顔を赤くしながら、勘弁してくださいと懇願されてしまったのだ。


「その、していることは否定しません」


 何度もしているだよな。


「そこ、別に強調しなくても良いと思いますよ。と言うのは置いておきますけど……公私の区別は付けるべきだと思うんです」


 だが、住居と言うのは『私』の部分だろう。そしてその『私』の部分で、何度もしていると思うのだが?


「大人の関係と言うことにしておいてください。そうしないと、ズブズブと嵌まってしまいそうな気がして」


 そこで首を振ったお陰で、少し伸びてきた髪がしっかりと広がってくれた。さほど気にならないが、当たっていると主張しておくことにする。

 まあ、そうしておくか。で、電気ガス水道は揃っているんだよな?


「勿論と言いたい所ですけど、ガスはプロパンですね。後は、それなりに高速なネット環境も用意してあります。諸星さん、クレカを受け取っていますよね?」


 なぜコーポレートかと言うのは疑問なのだが。一応受け取っているぞ。


「ネット通販とかは、そちらで支払いをしてくださいとのことです。見て貰えばわかると思いますが、一応支払い上限は100万円になっています……足りますか?」


 普通に考えれば、十分と言って良いと思うぞ。ただ増やせるのなら、増やしておいて貰いたいと言う所だな。さもなければ、普段使い用に別のカードを用意して貰いたい。その辺り、いざと言うときへの対処用だな。


「では、そのように伝えておきます。それから、私に請求書を回して貰ってもいいですよ。食材とか衣料とかは、私に申告していただければ入手しておきます。皆さんの住戸とは別に、冷蔵設備を完備した倉庫もありますからね」


 なるほど、至れり尽くせりと言うことだな。

 取りあえず、菅谷官房長官様の配慮には感謝しておくことにしよう。ただ感謝だけで済まないのは、相手が海千山千の政治家だと思えばおかしなことではない。それはそうとして、色々と話をしたいと思うんだがな。


「今日は休まれた方が良くないですか?」


 気持ちはわかるのだが、嫌な話だったら余計に後回しにしない方が良いと思うぞ。


「すべて、わかっていると言うことですね」


 はあっとため息を吐いたのは、隠しても無駄だと理解したからだろう。


「では、詳しいことは後ほど説明いたします」


 それはそうとして、リクエストした温泉はどうなってる?


「準備中です。その辺りも、後ほど説明いたします。ですから、さっさと家の中を確認してください。展示場から持ってきた家ですので、それなりに部屋数とか有りますよ」


 あの別荘と比べたら落ちると言っちゃあいけないのだろうな。

 取りあえず言うことは言ったので、大人しく宛がわれた家に入ることにした。ただ別荘に劣るとは言ったが、実物はなかなかの豪邸と言って良いものだった。やたら広いリビングと小さなリビングが二つに、そこそこの広さがある部屋が6つ。6LLDKと言うのが新居のスペックである。この家に比べたら、俺の実家はウサギ小屋以下と言って良いと思う。

 その一つ、かなり広いベッドルームには思いっきり大きなベッドが置かれていた。縦よりも横が広いと言うのを、俺は初めて見た気がした。なるほど、こちらの事情はわかっていると言うことだな。


「これなら、私たち3人が一緒に寝られますね」


 果たして、俺は眠らせて貰えるのだろうか。


「いくら孝明様でも、毎日は無理だと思いますよ」


 その、『いくら』ってのは止めて欲しいと思うぞ。それだと俺が底なしに聞こえるから止めてくれないか?」


「だけど、事実だと思うんだけどな」


 だから師匠、追い打ちを掛けないように。


 そんなおかしなやりとりをしてから、他の部屋も見て回ることにした。それでわかったのは、他にもベッドの置かれている部屋が二つあったことだ。どうやら、避難場所も考慮してくれたようだ。

 そして残りの3つのうち、1つには書斎が作られていた。どうやら、ここで事務仕事……あっ、頭痛が。書き物をしろと言うのだろう。しかしなんだ、どうして近くに補助机が用意されているのだ?


「こちらは、私が使えば良いのですね」


 これは、そう言うものなのか?


「これでも、ギルドで鍛えられているんですよ。こちらの言葉はまだ不自由ですけど、あなたのお手伝いぐらい出来ると思います」

「こらこらセレス。それでは私が困ったことになってしまう。私は、そう言った机に座ってする仕事は苦手なのだ」


 苦手ではなくて、出来ないの間違いだろう。と言うのは良いのだが、小さめのベッドがある部屋は二人で使ってくれ。


「そうですね、あなただけ一人で寝ることはありませんからね」


 わかりましたと、二人はとても素直に受け入れてくれた。まあ、確かに俺だけが一人で寝ることはないのだろうな。

 それで残りの2部屋は、取りあえず空いていると言うことだな。だったら、衣装部屋にしておくか。


「衣装部屋……確かに必要ですね。ただ、置いておく衣装は殆ど有りませんね」


 それは、追々揃えていくことになるのだろうな。それからお風呂だが、温泉の用意はまだなのだそうだ。だから、ここの風呂はあまり広くないぞ。


「前の屋敷に比べればと言うことですよね。大丈夫ですよ。そうそういつも、一緒に入ることはありません。勿論、あなたが望むのならいつでもお背中を流します。ここで」


 あーっ、どうして胸を下から持ち上げてくれるのだ。軽井沢に居るときには、そんなことをして貰っていないよな。それに、どこからそんな知識を仕入れてきたのだ。テレビ……今時のテレビ番組では、そんな過激なシーンは放送しないはずなのだが。

 ああ、有料放送の方か。だったら納得……言っておくが、あれが普通の夫婦生活だと思ってくれるなよ。まあ、なんだ、憧れがないかと言われるとだな、その辺りは俺も男だと言っておこう。


「でしたら、胸でもして差し上げますね」


 いったい、どこまでテレビで放送しているのだ。普通の有料放送では、流石にAVまでは放送していないと思うぞ。


「えっ、でもリモコンを操作していたら出てきましたよ。ラズライティシア様も、一緒になって鑑賞したんです。こちらの世界は凄いと、いたく感心されておいででした。早速、エクシブ様と試してみたのだそうですよ」


 何か、神話の時代から生きてきた大魔法使いの価値を毀損した気がするのは気のせいだろうか。それ以前に、ラズライティシア様には無理な気もするのだが。それはそれとして、新しい知識に飢えた奴に、教えてはいけない知識を教えてしまった気がしてならない。視聴制限を掛けておかなかったのは、間違いなく失敗なのだろう。

 ああ、俺たちの荷物も運び込まれているな。だったら、落ち着いてから店開きをすることにしようか。


「あなた、商売を始めるのですか?」


 そうやって首を傾げられると、目眩がするのはどうしてだろう。いやまあなんだ、開き直れればセレスは極上に極上をいくつも重ねた美人と言うのを認められる。

 いや、そうではなくてだ。


 お店を開くと言うのは、荷物を広げることを指しているんだ。そうだな、露店を思い浮かべてくれ。荷物を広げた様が、その露店に似ているから店開きに例えたと言うことだ。


「つまり、荷物の整理をすると言うことですね。でしたら、それは私とルーテシア様でやっておきます。あなたはシズカさんとお話しすることがあるのですよね?」


 それなのだが、ルーテシア。ラズライティシア様を呼んできてくれないか?


「ラズライティシア様……ひょっとして、シズカ様の身の振り方を相談でもするのかな?」


 それに似た話をするのは否定できないのだが。取りあえず、これから俺たちがさせられることを聞き出そうと思っている。


「これだけの便宜を受けているのだから、何か仕事をするのも仕方が無いのだろう。ああ、おばばを呼んできてやろう」


 ……おばばに違いないが、本人の前で言わないように。


「私も、そこまで命知らずではないよ」


 理解したと言って、ルーテシアは家から出てラズライティシア様を呼びに行ってくれた。この身の軽さは、流石は森人と言って良いと思う。

 セレス、片付け前にお茶の用意を頼む。


「お茶で良いのですか?」


 引っ越したばかりだからな。多分だが、ビールは冷やしてないと思うぞ。


 だからお茶をと、俺はセレスに命じたのである。ただそれは、自衛隊の皆さんを甘く見た発言だったようだ。キッチンに用意された冷蔵庫、しかも特大の片方を見たら、びっしりと缶ビールが詰まっていたのだ。流石に多すぎないか。こちらの家が大きな理由は、ここを宴会場にしろと言うことだろうか。流石に止めて欲しいと言うのが、俺の正直な気持ちだったりする。


 ラズライティシア様が現れたのは、ルーテシアを送り出した10分後のことだった。まあ、呼ばれたからと言って、すぐに来られないのは常識の範囲だろう。こちらだって、一区切り着いたから呼びに行かせたのだからな。


「別荘とやらに比べれば質素なのだが。まあ、悪くはないと思うぞ」


 顔を出したラズライティシア様は、俺の顔を見るなり新しい家の感想を言ってくれた。そしてぐるりと顔を巡らせて、こちらの方が良いとも言ってくれた。


「まあ、ぬしらの方が数が多いからな。それにこちらにはシズカ用に別の家もある。それを考えれば、われらの方が入れ物が多いことになるのか。それはそれとして、われが呼ばれたのは便宜に対する対価に関係するのだよな」


 理解が早くて助かるな。それから、詳しい話は小谷さんが来てからだな。ただな、ここを整備するのに自衛隊が使われている。自衛隊、つまり軍を巻き込んだ以上、その先の動きに想像が付くんだよ。


「軍と言うか?」


 目元を険しくしたのは、軍が厄介と言うのを経験しているからだろう。

 秘密を守るためには、民間には任せられないと言うことだよ。ああ、民間と言うのは商人のようなものだと思ってくれ。軍ならば、上からの命令で動くことになるからな。


「ぬしが気にしているのは、上が大人しく命令を受け入れたのかと言うことか」


 伊達に年を取っているわけじゃない。ラズライティシア様の理解に、俺は頷くことで肯定をした。小谷さんが現れたのは、その直後のことだった。玄関のチャイムを鳴らしてくれたので、小谷さんだと考えたのである。他の3人だったら、そんなことをしないでドアを開くと言うのがわかっていたからだ。

 果たして現れたのは、疲れた……と言うより気が向かないと言う顔をした小谷さんだった。それだけこの先の話は、彼女としては気が進まないのだろう。さもなければ、俺たちの反応が怖いのかもしれない。まあ、俺たちがイヤと言ったら、板挟みになる以上仕方の無いことでもある。


「皆さん、お茶で良いんですよね」


 1ヶ月もこちらで暮らせば、大抵の道具を使いこなすことが出来る。手際よくお茶を並べたセレスは、私はこれでと応接間を出ていった。ちなみに狭い方のリビングを、応接間として利用することにしていた。

 それから小谷さん、別に緊張する必要は無いぞ。少なくとも俺は、あなたの置かれた立場は理解しているんだ。


「感謝します……と言う所なのでしょうね。はぁ」


 ため息を吐いたと言うことは、俺の推測が間違っていないと言うことになる。だとしたら、その前提でこれからの話を進めれば良い。

 つまり俺たちは、自衛隊にデモンストレーションをすれば良いのか?


「自衛隊の幹部を信用させる必要があるのだそうです。総理を通していないので、中々動いて貰えなかったそうです」


 なぜ総理大臣を通さない? 指揮権は総理大臣に有ったよな、


「あの人……烏山総理は軽い神輿ですから。ですので、それ以上突っ込まないでください」


 時の総理大臣を軽い神輿と言ってくれるのか。なるほど。事情は理解出来たと思う。ただ、その分菅谷官房長官には無理をさせたと言うことだな。それで、俺たちは何をさせられるんだ?


「今回動いて貰ったのは、施設方面の部隊です。ただそこにデモをすると、話が広がりやすくなるのだそうです。世間には公表されていないのですが、陸海空をまたがるスペシャルチームが有るそうです。そこそこの権限を持ったチームなのだそうですけど、そのチームを納得させて貰いたいのだそうです」


 それで、具体的には何をすれば良いのだ? あまり目立った真似は宜しくないのだろう?


「米軍にもばれるわけにはいきませんからね。ですので、3人ほどの視察を受け入れて欲しいと言うことです」


 視察ね。随分とぼかした言い方には違いないだろう。

 つまり、ここで3人に力を見せろと言うのだな。それで、どんな方法がご所望なんだ?


「できるだけ、常識を壊すものを見せて欲しいのだそうです」


 なるほど、常識を壊す物ね。それはそれは、随分と抽象的な要求だな。ただ、要求は理解した。善処することにしよう。


「諸星さん。善処の言葉をわかっていて使っています?」


 政治家にとっての意味ぐらいは理解しているつもりだ。尤も、今回は本来の意味で使っているつもりだ。何しろ、何をすれば良いのか明確にわかっていないのだからな。


「そうですか。断るつもりで婉曲的に言ったわけではないのですね」


 そこでほっと息を吐き出したのは、断られることを恐れていたからなのだろう。どうやら小谷さんは、まだ俺のことを理解出来ていないようだ。

 俺……俺たちだって、ただで便宜を図って貰えるとは思っていないんだ。加えて言うと、ただで便宜を図られると言うのは怖くもある。よほど要求を出して貰った方が安心できると言うものだ。


「つくづく、諸星さんが居てくれて良かったと思いますよ」


 そう言ってもらえるのは嬉しいが、俺がいなければこんなことになっていないと思うぞ。

 その時には、訳のわからない災害が起きていたのだろう。それはそれで、迷惑なことに違いないのだが。


「それはそうなのでしょうね。それで、いつと言うことなんですが……いつ頃が良いですか?」


 いつと聞いてくれるか。俺としては、別にいつでも構わないと言うのが答えだな。極端なことを言えば、これからでも構わないぐらいだ。


「流石に、これからと言うのは無理がありますね。いつでも良いと言うのを菅谷先生にお伝えしておきます」


 それなんだが、菅谷先生には俺たちが感謝していることを伝えておいてくれるか?


「この環境で、感謝ですか?」


 意外か。だけどな、人目に付きにくい場所で、そこそこ快適な生活が送れるのだぞ。要求の殆どを満たして貰ったと思っているんだ。だから、感謝なのだが……俺の感覚が変なのか?


「人目に付きにくいところに隔離した。厄介払いをしたとは思われないのですか?」


 それなんだが、それこそ俺が意図したことと言うところなんだよ。

 これで小谷さんの頭を悩ませていたことは解決することになる。それを解決すれば、急いで片付けなければならないことはないのだろう。だとしたら、俺たちはここでの生活に馴染むことを優先すれば良い。


 ついでで申し訳ないが、ここでの役割分担を決めることにする。取りあえずこの3人だが、俺とラズライティシア様が魔法関係で環境整備をする。小谷さんは、セレスと組んで管理業務と言うことで良いか? まあ、小谷さんには対外折衝も任せることになるのだがな。


「その対外折衝ですけど、諸星さんはなされないのですか?」


 その疑問はわかるんだがな。ただな、今は俺が前面に出ない方が良いと考えたから、と言うことだ。

 今のところ、俺には何の立場もないのだからな。それ以上に、俺の身分は非常に微妙な扱いになっているはずだ。その意味でも、慎重であるべきだと思っているんだ。


「そう言うことですね。取りあえず理解しました。それで、エクシブ様とルーテシアさんはどうされるのですか?」


 あの二人のことを考えると、現状出来ることはかなり限られてくる。ただこの山間の片田舎……ど田舎を考えると、実は適任の仕事があったりする。

 そう、防犯と周辺調査と言うことだ。当たり前だが、入植して終わりと言う訳にはいかないからな。特に自衛隊ヘリを使用したら、目聡い奴に見つかっていてもおかしくはない。だから、防犯が必要なんだよ。


「そう言われればそうですね。それで、どうなされるんですか?」


 まずは、ラズライティシア様に結界を張って貰うことだな。さっき通った道があるのだが、それ以外には人避けと動物避けの結界を張って貰う。そして道には、下の方に侵入探知の結界を張ることにする。これで、知らないうちにここ……村で良いのか。ここに入り込まれるのを防ぐことが出来るだろう。


「この場所……村と言うには、住居が4戸ですからね。行政区分の村には小さすぎます。なにそれ地区とかなにそれ集落と言うのが現状だと思いますよ」


 まあ、今のところはそれでいいのだろうな。ところで、当面ここの住所はどうなっているんだ?


「住所ですか。一応大谷村上里になっています」


 なるほど、流石は日本と言って良いんだろうな。こんな所にまで、ちゃんと住所が割り振られているんだ。それはそうとして、通販業者はここに配達できるのか?


「配達ですか……大きなものだと間違いなく嫌がられますね。ちなみに、通販の受け取りはすべて事務棟ですることにします」


 事務棟って、あのプレハブのことか?


「時間的に間に合わなかったと思ってください。これから冬になるので、入れ物の準備を急いだと言うことです」


 そう言えば、もうすぐ11月になるのだったな。これだけ北、しかも標高が高いと寒さ対策も必要なのだろう。ちなみに、この辺りの積雪はどうなってる?


「かなり多いと言うのが答えになりますね。ちょっと南に行けば、有名なスキー場もありますし」


 だとしたら、雪対策も必要と言うことだな。


「宛がっておいてなんですけど、こんな場所で本当に良かったのですか?」


 近くに住んでいたのだろう。だとしたら、こんな場所と言ってはいけないと思うぞ。リクエストへの答えと言う意味なら、満点とは言わないまでも及第点には違いないからな。


「それはそうなんですけど……事実として、人が居なくなって放棄された場所なんです」


 落ち込んだ様子を見せるのは、俺たちに対する負い目なのだろうか。さもなければ、寂れていく故郷への寂しさか。

 それをなんとかするのも政治の力なのだが……ただ、それがきれい事と言うのもわかっているつもりだ。のんびりとは言わないが、ここで新しい何かを見つけてもいいんじゃないか?


「その新しい何かが想像が付かないんです。それに、地方が寂れていくのは少子高齢化だけが理由じゃ有りませんから……」


 かと言って、移民を連れてきても地方の問題は解決しないからな。簡単な問題だったら、今頃苦労をしていないはずなんだよ。


「なんですよねぇ」


 そんなことを話していたら、セレスが応接に入ってきた。どうやら、気を利かせてエクシブを呼びに行ってくれたようだ。なんだか、うちの奧さんは気配り上手のようだ。

 それからセレス、ルーテシアも呼んできてくれ。簡単だが、各自の役割分担を決めることにする。


「役割分担ですか。共同生活をする上で必要なのは確かですね」


 わかりましたと言って、セレスは応接を出ていった。そしてすぐにルーテシアを連れてきたのだが、なぜかまた応接を出ていった。

 なぜと疑問に感じた俺だったが、その答えはすぐに与えられることになった。ワゴンに酒とつまみをのせて、セレスが戻ってきてくれたのだ。それは良いのだが、真面目な話をするつもりなのだがな。


「この程度で、酔っ払う人はここには居ませんよ」


 だからですと言って、セレスがコップとビールの缶を配っていった。ちなみにビールのつまみだが、ポテトチップの大袋とさきいかの大袋が用意されていた。

 その二つの袋をパーティー開きにして、住民会議と言う名の宴会が始まることになった。


 この程度で酔わないとは思うが、それでも先に役割分担を説明するぞ。おい、話ぐらいは聞け!

 ちなみに今のは、命令……つまり強制力の発動ではない。ただのお願いベースと言うのか、愚痴に類するものだ。


「聞いてやるからさっさと話せ!」


 もう少し、俺に対して敬意があっても良いと思うぞ。

 それはそれとして、俺は各自に割り振る役目を説明することにした。


 まずエクシブだが、警備と周辺探索を行って欲しいと言うことだ。何しろ見たとおりの山の中だからな、クマやらイノシシやら野生動物の宝庫になっているはずなんだよ。


「殺していいのか?」


 狩猟許可をとっていないので、今は止めてくれと言うことになるな。ラズライティシア様に結界を張って貰うが、念のために調べると言うことだ。


「警備の方は? 侵入者なのだから、遠慮無く排除していいのだな?」


 捕まえて連れてきてくれれば良い。その後は、俺かラズライティシア様が処分する。


「物足りないと言うのか、体が鈍りそうな分担だな」


 その辺り、移動前の生活で理解したよな。あちらの世界とは違うと言うことだ。


「取りあえず理解したと思ってくれ」


 次にルーテシアなのだが、基本的にエクシブと同じだ。ただ周辺探索は、お前の方が得意そうだからな。適当に話し合って、分担を決めてくれればいい。


「弓を用意してくれるかな?」


 だから、狩猟はダメと言ったはずだぞ。つまり、許可することは出来ないと言うことだ。それからだが、守らなかったら、アイスクリームとかチョコレートを取り上げるからな。


「それは、殺生というものだよ。仕方が無い、追い払う程度で我慢することにするよ」


 理解してくれて嬉しいぞ。それでセレスなのだが、小谷さんと二人で管理業務をして貰いたい。外向きの仕事は小谷さんに任せるので、お前は資材の管理や発注管理をしてくれればいい。


「前職とあまり変わらないと言うことですね。ところで、家事は業務に入るのですか?」


 共用部分なら業務だな。例えばこの家のことは、個人のことなので業務ではない。ああ、生活してみて、不便があればそのとりまとめも頼むことになるな。


「妻としての仕事の拡大版と言うことですね」


 とても素直なのは、間違いなく彼女の美徳なのだろう。しかしなんだ、もの凄く美人で家庭的と言うのは、理想的な嫁と考えて良いのかもしれない。

 小谷さんは、今話したとおり管理業務と言うことになる。ただそれ以上に重要なのは、日本政府との調整係と言う役目だ。そして次に重要なのは、各種発注業務と言うことになるな。ある意味、俺たちの生命線を握っていると思ってくれ。


「今更ですけど、しっかり私も組み込まれているんですね」


 ああ、本当に今更の話だな。

 それで俺とラズライティシア様だが、取りあえず俺がここのリーダーと言うことになる。つまり、各種便利屋でもある。全体に関わる意思決定は、取りあえず全員で話し合うことを原則とする。そしてラズライティシア様には、俺の補佐をして貰う。


「後は、魔法と恩恵を使う役目と言うことだな」


 ここでの生活を考えたら、避けては通れないからな。最初にするのは、自衛隊に対してはったりを噛ますことだろう。それ以外にも、生活環境改善は積極的にして行くつもりだ。


「おおよその役割は理解したぞ。それで、もう我慢はしなくても良いのだよな?」


 我慢と言う言葉に疑問を感じるのだが……まあ、ここから先は好きにしていいぞ。ただ釘を刺しておくが、ここではケータリングサービスは使えないからな。


「つまり、どう言うことだ?」


 何かを食べる時には、誰かが料理をしなくてはいけないと言うことだ。


「われには、重大な問題に思えるぞ」


 普段の生活は、小谷さんに任せれば良いだろう……そっちは。


「どうして、私が任されるんですかっ!」


 その説明なんだだが、今更必要なのか? そう答え、俺は缶ビールを直接呷っているエクシブを見た。


「今からわからせれば良いのか?」


 止めはしないが、それは寝る前にやってくれ。何しろまだまだ、整理することが残っているんだ。


「止めてくださいよっ」

「本当に嫌がっていたら、流石に止めてやるよ」

「では、こちらの家は私がやれば良いんですね」


 それ、ルーテシアには無理だからな。


「失礼なことを言ってくれるね。切って並べるぐらいなら私にも出来るのだよ」

「切って並べるだけでは終わらないからです」

「ところで孝明よ。いきなり侵入者が現れてくれたぞ」


 いくら何でも早すぎませんか?


「うむ、気配からすると危険はなさそうだがな」


 大方、近く……と言っても遠いのですが。近くの住人なんでしょうね。だとしたら、対処は俺の仕事になるわけだ。

 小谷さん。一緒に来て貰えるかな。


「どう考えても、私たち二人以外には無理ですね」


 もみ消す……記憶操作は難しくないが、いきなりそれでは先が思いやられることになる。地域住民が現れたと言うのなら、円満な関係……できるだけ疎遠が良いのだが、円満な関係を結んでおく必要もあるはずだ。


 まさか出迎えがあるとは思っていなかったのだろう、俺と小谷さんを見て、侵入者……正確には訪問者は盛大に驚いてくれた。ちなみにその訪問者は、作業着を着た役場の関係者だった。


「中地区出張所の上村です」


 差し出された名刺には、村役場の名前がしっかり書かれていた。名刺などいくらでも偽造できるが、偽造価値のない名刺だから、役目としては本物なのだろう。

 私は諸星と言います。そしてこちらが、小谷です。まあ、普通に名乗りを上げたと言うことだな、うん。


「小谷と申します」


 頭を下げた俺たちに、『つかぬ事を伺いますが』と上村は遠慮がちに言ってくれた。


「小谷さんは、こちらの出身だったりしますか?」

「北と言えばわかりますか?」

「ええ、ここに負けないぐらいの僻地と言うのはわかっています。そうですか、小谷さんはこちらの出身なんですね」


 はっきり安堵してくれたのだが、何か気になることがあるのか?


「いえ、こちら出身の方がいれば、色々とこの辺りのことを理解されていると思っただけですよ」


 この辺りのこと……もしかして、おかしな風習とか仕来りとかがあるとかですか?


「諸星さんでしたか、テレビの見過ぎ……と言っても、最近その手のものはありませんでしたね。昔は……あったかな、少なくとも今はおかしな風習なんてものは有りませんよ。せいぜい互助の関係で、何かお願いをするかもしれないと言う程度です」


 なるほど、互助ね。例えばどんなことがあるんです?


「最近多いのは、害獣駆除でしょうか。人が少なくなった関係で、獣たちが我が物顔で彷徨いているんです。畑とかを荒らされたりするので、時々間引いてやる必要があるんですよ。後は、簡単な土木作業ぐらいですね」


 害獣駆除。つまり獣を狩ると言うことか。エクシブやルーテシア辺りが喜びそうな話だな。

 コミュニティを維持するためには必要なことと言うのは理解しました。ただ、皆さんのお住まいは、ここからかなり離れていると思うんですよ。


「人が思いっきり居なくなりましたからね。残っているのは、国道に近い場所ぐらいです。ですので、互助と言っても殆どすることはないと思いますよ」


 それはなんですか。頼ってくれるなと遠回しに仰っていると理解して良いですか?


「取り繕っても仕方がありませんので正直に言います。頼られても、殆どできることはないと思っていただければ結構です」


 何も出来ないと言ってくれた方がすっきりしますね。ただ、袖すり合うも多生の縁と言います。私たちに出来ることがあれば、遠慮無く仰ってください。


「お申し出に感謝いたします。それでは早速で申し訳ないのですが、共益金をお願いいたします」


 なるほど共益金ね。うん、生前の俺の生活でも町会費のようなものがあったからな。それで、支払いは今ですか、それとも振込ですか?


「振込と言われても……振込の出来る場所まで車で30分は掛かりますよ」


 その辺りは、小谷さんに任せればなんとかなるんだ。と言うことで、小谷さん宜しく。


「一応オンラインで振り込めますので大丈夫です」

「でしたら、これが振込の詳細になります。それから、連絡先を教えていただけませんか?」

「それでしたら、私の携帯番号をお伝えします」


 差し出されたメモに、小谷さんが自分の携帯番号を書き込んだ。


「つかぬ事を伺いますが、皆さん自衛隊に関係されているのですか? いえ、自衛隊のヘリが来ていましたので」

「その辺りは、機密事項と言うことでお願いします」

「機密事項なのですね。はい、私は何も知らなかったことにいたします」


 事なかれ主義なのか、それとも自分を守る術を知っていると言えば良いのか。上村さんの答えは、全くもって正解と言うことになる。


「それでは、何か困ったことがあれば……あるのですか?」


 引っ越したばかりなんで、困ったことが整理できていないんだ。ただまあ、こんな環境でもイージーモードなんだよ。だから困っていると言うことは……あったな、この近場に立ち寄り湯があるかと言うことだ。


「立ち寄り湯、ですか。一番近いのは国道を少しだけ南に行った所にある温泉施設です。ただ便利と言うのか、使いやすいのはもう少し北に行った所にある道の駅ですね」


 なるほど、あまり選択肢はないと言うことですね。


「近くに、大きな温泉ホテルはありませんので。かと言って、湯治場も近くにありません。以前はここに温泉宿があったのですけど、5年ほど前に廃業してしまったんです」


 失礼します。そう言って、集落最初の訪問者は去って行った。どうやら、長居をするつもりはなかったようだ。

 当たり前だが、自衛隊が目立ちまくってくれたわけだ。


「準備に時間を掛けるわけにはいかなかった。民間業者では難しかったからと思ってください」


 それはそうなのだが……流石に自衛隊はやり過ぎだと思うぞ。まあ、裏の事情も理解出来るのだがな。


「そのあたり、私はノーコメントでお願いします」


 指で口元にXを作ったのは、話せないと言う意思表示なのだろう。突っ込んでも彼女が可哀想なので、俺はそれ以上の質問を思いとどまることにした。いや、知りたかったら命令をすれば良いのだろう。ただ、今はその必要性を感じていなかった。それだけのことなのだ。

 ただ、教訓として周辺住民対策を考えないといけないのは確かだな。


「来るとわかっていたら、私が対応することになるのでしょうね。ただラズライティシア様とルーテシアさんの見た目は対策が必要だと思いますよ」


 あの二人はわかるのだが、セレスは対策しなくて良いのか?


「セレスさんは、ただ思いっきり綺麗なだけですから。でも二人は、長い耳と言う特徴が有りますよね? いっそのこと切り落とします?」


 いやいや、切り落とさないからな。多分だが、ラズライティシア様に魔法で隠して貰うことになると思う。


「今更ですけど、魔法って便利ですよね」


 ああ、それは否定しないぞ。それはそうとして、菅谷先生も苦労されているのではないか?


「いつまでも隠しきれないのはわかっていますからね。ただどうやってばらしていくのか、そのことに腐心されているようです」


 ああ、とっても理解出来ることだと思うぞ。何しろ俺たちの存在が明るみに出るだけで、世界が騒がしくなるのが目に見えているのだ。日本国内どころか、世界中から情報公開を求められることになるだろう。下手をしたら、俺たち全員が実験動物にされる可能性すらあるぐらいだ。

 勿論、そんな真似をされたら俺も報復をするのだが。


「それはそれとして、今まで曖昧にしていたことを聞いても良いですか?」


 曖昧にしていたことか? 色々と心当たりはあるのだが……事と次第によると言うのが答えになるな。それで、何を聞きたいのだ?


「そのですね、諸星さんにはご家族がいましたよね。特にご両親なんですけど、諸星さんのことをお伝えした方が良いのかと言うことです」


 なるほど、確かに触れないでいた話だったな。それに街宣中に刺殺された息子が、こうして生き返って戻ってきているんだ。それを考えれば、知らせないと言う話はあり得ないと言うのは理解出来る。俺だって、戻ってきたときには悩んだぐらいなんだ。

 ただ、悩んだ結果は知らせないと言うものなんだよ。俺が殺された時点で、かなりの騒ぎに巻き込まれたのは想像に難く無い。それが落ち着いたのに、また新たな騒動に巻き込むのは申し訳ないんだよ。


「事実だけ、事象だけを見れば諸星さんの判断は間違っていないと思いますよ。ただ親子の情と言う意味では、可哀想と言う気もしますけどね。亡くなられたお子さんが実は生きていた。それを教えられたら、他のことなどどうでも良いと思えると思います」


 ただな、俺は葬式もされたし、火葬もされたんだぞ。そこまでした息子が現れたら、逆におかしくなるんじゃないのか? そのせいで、心がおかしくなっても不思議じゃないと思うぞ。


「その可能性も否定できませんね。だから、お伺いをしたと言うことです。ただ、知らせないと言う諸星さんの判断を尊重いたします」


 それで終わっていれば、何もないいい話にもならないことだっただろう。ただ、その背後にある問題を考えると、俺は釘を刺さなければならなかった。

 そう、俺の両親が人質にならないと言うことだ。もしも人質にしようとしたら、俺は能力のすべてを使って反撃するつもりだ。


「菅谷先生には、諸星さんの言葉を伝えておきます。先生は慎重な方ですから、虎の尾を踏む真似はしないと思いますよ」


 繰り返すが、両親が俺の弱点になると思わないことだ……と伝えてくれ。それから、俺に望まぬ破壊をさせるなともな。


「菅谷先生以外を気にした方が良さそうですね。だからなんですけど、諸星さんのことは総理には報告されていないそうです」


 それなんだが、なんであんなのを総理に据えたんだ?


「皆さん、都合が良いと考えられたのでしょうね。それ以上は、私の口から言わせないでください」


 お願いしますと言われたので、俺は小谷さんへの追求を棚上げすることにした。

 俺たちがいなくても、宴は盛り上がっているのだろう。だからと言って、俺たちが復帰しなと言うのはあり得ないことだ。食い物には不満はあるが、追々改善していけば良いだけのことだ。


「確かに、私たちだけのけ者と言うのは癪に障りますからね」


 賛成ですとの言葉を聞いて、俺たちは宴会場へと早足で戻ることにしたのだった。




ようやく本拠地に移動。地名は……気のせいにしておいてください。お酒とか温泉とかお蕎麦とか……道の駅、中々良いですよ。

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