宴の後
村の特産は異世界です
・宴の後
いやぁ、飲んだ飲んだ。だって、出された料理全部が美味しかったんだもの。それに、愛知県って意外に日本酒が美味しいんだなと思ったわよ。最初のねのひも良かったけど、蓬莱泉とか九平次とか長珍とか二兎とか義侠とか……端麗系と濃厚系が揃っていたのよ。だから一升瓶を止めて、四合瓶で出して貰ったんだけどね。もう、何本飲んだのか覚えていないわ。
ただ問題は、そのせいで色々なイベントを見逃したことかしら。勿論、ピアッツァさんの『くっ、殺せ』、通称くっ殺だったけ、それはちゃんと見させて貰ったわよ。その手の本も読んでいたから、これがそうなのかと感動もさせて貰ったわ。
ただね、立木さんと魔王様がやり合ったのは見逃しちゃったのよ。でもさぁ、立木さんって魔法も恩恵も使えないただのおじさんだよね……はっ、なぜか背中に冷や汗がっ!
そのおじさんが、ラズライティシア様とかインテグラさんの力を借りずに、魔王様を屈服させてくれたのよ。もうね、そんな面白い話があるのなら、少しはお酒を控えたのに……もしもし、そこで絶対に無理と突っ込まないように。
それで魔王様と四天王の5人が、立木さんを前に土下座なんかしてくれたのよ。もうね、もの凄くミスマッチな光景だと思うよね、うん普通はそう思うよね。ラズライティシア様とインテグラさん……そう言えば、オルティアさんは自慢げだったけど。
ちなみに魔王様が土下座した理由は、面白い余興を用意できなかったこと、だそうよ。どうして、それで土下座をするのかは意味不明。エクシブさん、どんな事情か知っています?
「俺は、立木様を師として崇めることにするっ!」
もしもし、どうしてエクシブさんまで裏返っているんです。エクシブさん、立木さんのことを呼び捨てにしていましたよね。それなのに、どうして『立木様』なの? それで、教えてくれないの……そうか、教えてくれないんだ。
仕方が無い、諸星さんに聞くことにするか。諸星さん、当然事情を知っていますよね。当然知っている、俺は自分の考えの浅さを恥じている……ますます事情がわからなくなったんだけど。それで事情は? やっぱり教えてくれないんだぁ。
だったらビゴさん、ビゴさんはお酒を飲まれていませんでしたよね……どうして私から逃げるんです? 酒臭い、だから逃げている。おかしいなぁ、一晩寝たからお酒も抜けていると思うんだけど。
だったら白船さん、白船さんは事情を知っていますよね。知っているが、教えるつもりはない。見逃した方が悪いとまで言ってくれますか。そもそもあの殺気の中、飲んだくれていられる方が信じられないと言うのですね。そうか、誰かが殺気を放っていたんだぁ。
だったら香川先生たちは……議論に夢中で知らなかった。大芝先生も同じと言うのですね。そうですか、本山先生も議論に夢中になっていたと。ところで藤原先生、私に何か言いたいことがあるのですか?
「いえ、事情をお教えしようかと思ったのですが……やめておいた方が良さそうかなと思ったんです」
事情をご存じなのですかっ! それで、どのような事情なんですか?
「その前に伺いますが、十河さんたちが連れて行かれた世界。誰が諸悪の根源だと思われていますか?」
誰がと聞かれたら、フローリアン様だっけ。あの女神様だと思いますよ。だって、関係の無い世界から人を攫ったんですよ。後ですね、魔王様たちは譲歩案を示していましたよね? だとしたら、魔王様は歩み寄ろうとしていたことになりますよね。
「そうですか。でしたら、答えを教えない方が良さそうですね。小谷さん、本当にフローリアン様が一番悪いのか。そう考えた理由を、もう一度じっくりと考えて見てください」
なぜ、教えてくださらないのですか? なんです、政治家を志すのなら表層的な事象に囚われてはいけないと言うのは。問題の本質を見抜く必要がある……いえ、どうして今更そんな基礎的なことを?
「その基礎的なことが今回問題だったと言うことです。それを理解することが、小谷さんの成長にも繋がると思いますよ」
結局、誰も何があったのか教えてくださらないのですね。ねえ立木さん、ぐれても良いですか?
「ぐれると言うのですか……次からは誘いませんけどそれでも良ければ構いませんよ」
ええっと、それはかなり嫌かな。ですので、藤原先生の言葉をヒントに、自分で考えてみることにします。
それはそれとして、藤原先生を誘われた理由は何なのですか? 他の先生たちとは毛色が違いますよね。
「それは、私からお答えしますよ。目的としては大きく二つ、その一つは異世界に文化的アプローチをすると言うものです。この複数世界をメタ的に捕らえて解釈してみようと言うものです。そしてもう一つが、異世界から帰還した人の受け入れ方法に付いてです。具体的には、十河陽佳さんをどのように社会に受け入れていくのかと言うことです。私に権限がないのが残念なのですが、私の大学で受け入れる方法を求められました」
十河さんが、奈良の女子大学に、ですか。そう言えば、今回奈良に遊びに行っていましたね。確か、新しくできたお友達と遊ぶと聞いた気がします。
「小谷さんは、一芸入試と言うものを聞いたことがありますか。立木さんからは、それに似たことが出来ないかと質問されたんです。それを教授会にかけて貰ったんですが……答えに想像が付くでしょうか?」
異世界に飛びついた、と言うことですか? 違う、否定的な意見が多かった。一応事情を聞いても宜しいですか?
「本学にとってのメリットが見えにくいと言うのが理由です。女子学生一人受け入れることは、実はさほど難しくは無いんです。ただ特殊な事情を持つ学生は、入学してから苦労することが目に見えている。本人の能力もそうですが、周りから向けられる目もまた問題だと思っていると言うことです」
う~ん、仰ることは理解出来ますね。十河さん、結構精神的に弱いところがあるから。
「小谷さんの反応は、とても常識的だと思いますよ。ただ立木さんには常識が通用しなかったと言うことです。受け入れるのか受け入れないのか、その答えを示せば良いと言われました。そして受け入れないのなら、今後本学と関係することは一切無いと脅してくださいましたよ。当然、アメもぶら下げてくれましたけどね」
ああっ、藤原さんが苦笑を浮かべてるよ。いやね、流石にそのやり方って強引すぎると思うんだわ。
「ええ、強引すぎると思いますよ。ただねぇ、本山名誉教授が『うちが引き取ろうか』と仰ったんです。香川教授も、学長に話をしても良いと仰りましたね。大芝教授が、宇梶教授に手があるかと相談されておいででした。もうですね、皆さんすべて格上の大学なんですよ。でしたらそちらでと、どれだけ口から出かかったことか」
ああ、全部有名人を輩出している大学ですからね。国立の一期校……旧帝大でしたね。行けるのなら、そちらの方が良いと言いたくもなりますよね。
「立木さんに、本当にそれでいいのかと顔を見られてしまいましたよ。どうやら、すべてお見通しなのでしょうね。いえ、教授たちの思惑のことですけどね」
なんです、そのお見通しと言うのは? 受け入れるつもりはあるのだが、こちらの足下を見ていると言うのですか。その辺りはプライドが問題となっている。そうですか、プライドが問題なのですか。
「加えて言うと、IMO研側の足下を見ようと考えたのでしょうね。当たり前ですが、学者と言うのは世間が狭すぎるんです。手札がたった1枚のくせに、強力な手札を沢山持つ方相手に駆け引きしようだなんて……学内の権力闘争は得意なんですけどねぇ」
なるほど、そちらの大学は十河さんの入学以外に手札はないんですよね。だとしたら、確かに立木さんの方が手札が多いわ。だって、考えて見れば奈良の大学に拘る必要は無いんだもの。多分だけど、公式に募集したら日本中の私学が殺到してくれると思いますよ。
「その程度のこともわからない、と言うことです」
それで、立木さんはどんなアメをぶら下げてくれたんですか?
「いくつかあるのですが、そのうちの一つがオルティアさんの記念講座を作ることですね」
そりゃあ、もの凄いアメだわぁ。だってオルティアさん、英国首相も動かせる人なんですよ。ノーベル賞とかにも手が届く学者さんでしょ。そんな人の記念講座って、できたての理系学部には過ぎた報酬だと思う」
「そう言うことです。加えて言うとですね、今後同様のケースでは本学を優先してくれると言う話もありました」
ええっと、それってアメになります?
「それを、正式に発表したらどうなるのか。じっくりと考えて見てくださいと言われましたよ。なんと言えば良いのか、学長が土下座してお願いに来ても良いぐらいの話ですよ。地味な本学が、世界的に注目を集めることになるんです」
でも、その場合は文系女子だけですよね。ああ、一応理系もありましたか。でも男子の場合は、そちらでは受け入れられませんよね?
「実際のところ、教育系ならば男子を受け入れることが出来るんです。奈良の国立大学機構として、連携している教育大学があるんですよ」
そうなると、後は理系と言うことですか。それなら、京都とか名古屋とか東京とかがカバーできますね。
「正確に言うと、あちらはすべてカバーできるんです。うちの教授連は、そのことを理解出来ていないようです」
なるほど、言われてみればもの凄いアメですね。ところで一つ聞いて良いですか、立木さんってITのエンジニアでしたよね?
「会社にも残れなかった程度のエンジニアですけどね」
多分ですけど、もの凄く後悔されているんじゃありませんか。ええっと、残っていたら今の恩恵は得られない。だから、自分が残ることは初めから無かった。
だとしたら、天職を見つけたと言うことになりませんか?
「年寄りのボーナスステージと言う所でしょうかね。失うものがありませんので、私は無敵の人なんですよ」
無敵の人って、使い方が違っていませんか? 広義では同じ……同じかなぁ。
大宴会は無事……無事と言って良いのかなぁ。取りあえず、怪我人も出さずに無事終わったと思う。それに宿からも、出禁を食らわなかったからな。それはそうとして、どうして小谷さんはタコのかぶり物を貰っているんだ? たこみちゃん、ああ記念写真で中に入っていた奴だね。
「たこみちゃんには中の人なんていませんっ!」
いや、そのノリはおかしくないか。それはそうとして、もの凄く不思議な宴会だったと思うぞ。飲み食いもそこそこに必死に出し物を考える魔王様たち、おかしな性癖に目覚めたピアッツァさん、隅っこで議論を重ねる先生たち、素面の世界を作ってくれたビゴたち、意外に仲が良かったラズライティシア様とインテグラ……
誰が、この中で一番ババを引いたんだろう。やっぱり魔王様たちかな。だって、あの人たちって人を楽しませると言うことをしたことがないと思うんだ。それなのに、宴会で芸をして見せろ、しかも楽しませろって……もの凄い無理ゲーだと思うんだよ。それでもなんとか考えが纏まったみたいなんだけど……流石にあれはないと思ったよ。うん
あの殺気の中で芸なんて出来ないよな
ちなみに俺は、立木さんが背後で操っていたのを知っている。いきなりなんだ、かな。うん、魔王様たちが芸をしようとしたときのことだよ。ラズライティシア様とインテグラが、これでもかって言う程の殺気を向けてくれたんだよ。しかもピンポイントで魔王様たちに。多分だけど、魔王様たちは生きた心地がしなかったんじゃ無いのかな。その状態で面白いことをするのは、どう考えても絶対に無理としか言いようがないよね。元々顔色が青黒い魔王様たちなんだけど、更に血の気が引いて顔色が黒くなっていたぐらいだから。
しかも立木さん、魔王様たちを追い詰めてくれるんだよ。『それで、芸を見せているつもりか?』って……魔王様たちは、もの凄い理不尽さを感じていたんじゃ無いのかな。
ところでさぁ、俺には一つ疑問があるんだよ。立木さんなんだけど、やけにフローリアンさんの肩を持っていないか? ひょっとして、フローリアンさんを狙ってる?
なんだセレス立場が逆って……立木さんが狙っているのでは無く、フローリアンさんが狙っていると言うのか? ふと浮かんだ疑問なんだが、立木さんって神様系に好かれる何かを持ってる? いや、セレスが俺のことを愛してくれているのは知っているぞ。だが、どうしてそんなことを今更持ち出してくれるんだ?
船で島を出て、観光バスに乗り込めばこの旅も終わりになる。教授連は、名古屋駅でお別れと言う段取になっていた。そして名古屋駅からは、IMO研関係者だけで大谷村を目指すことになる。
しかしなんだ、やけに1カ所だけ暗くないか。うん、魔王様たちのグループなんだけどね。ああ、立木さんを怯えた目で見ているよ。よほど、精神的に参ったんだろうね。
「これを女神様は、延々と続けてきたと言うことですよ。本当に、気の遠くなるような時間続けてきたんです」
まだ追い込みますか? そんなつもりは無い。理解してくれれば、それで水に流すと言うのですね。その辺りはどうなのかな、魔王様。
「り、理解出来るように努力するつもりだ」
やはり、一朝一夕には無理な話ですよね。だそうですよ、立木さん。
「これ以上追い込んでも意味が無さそうですね。仕方がありませんので、女神様に謝罪をすることで手打ちといたしましょうか。謝罪の方法は考えて……と言うと可哀想ですね。上里集落の伝統……慣習かな、土下座で謝罪をしてください」
「ど、土下座で謝れば良いのだな?」
「自分で考えろと言うのは無理そうですからね。土下座なら、一度諸星さんにしたことがありましたよね?」
「う、うむ、余は世界一土下座のうまい魔王だからな」
それは、果たして誇って良いことなのだろうか。それはそれとして、白船君そのケースは何なのかな?
「焼酎ですけど? あと、サラミとかジャーキーとか、ポテチもありますね……スルメもあったな」
いや、焼酎は見ればわかるんだけど。どうして、そんなものが出てきたのかなぁって思ったんだよ。
「立木さんの指示ですよ。魔王様たちに、昨夜の宴会の埋め合わせをするためだそうです」
なるほど、昨夜の埋め合わせね。ところでピアッツァさんがいる理由は?
「あの、『くっ殺』がくせになったと言えば良いのか。新しい境地を開いてくださった魔王様にお礼をしたいと思いました」
だそうですよ魔王様。魔王様も、新しいものを生み出すことが出来たんです。ささっ、俺がお酌をしますので……男は嫌、そうですか、俺の酒が飲めないと言うのですね?
「諸星さん、それをパワハラと言うのですよ」
確かにそうなのかもしれないけど、立木さんに言われるのはなんか嫌なんですけど。立木さん、散々魔王様たちを威圧しましたよね?
それからセレス、お前がお酌をする必要は無いぞ。そう言えば、クロアさんはどこに行ったんだ? そうか、満足して帰ったと言うのだな。その割に立木さんが元気なんだが……全員手加減を覚えたのか? 違う、昨夜は全員がのぼせ上がっていたと言うのだな。
とにかくだ、ここからは4時間以上時間があるからな。昨夜の分まで大いに楽しんでくれって。全員で酒盛りをしろと言ってるわけじゃないからな。
「諸星さん、それを無粋と言うのですよ」
い、いや、それは良いんですけど、どうしてジョッキがあるんです。それに、ジョッキに入っている透明な液体は何ですか?
「裏で仕入れたレア焼酎ですよ。森伊蔵と言えばわかって貰えますか?」
えっ、あの幻の3Mですか? もの凄いレア焼酎って聞いた覚えがあるんですけど。
「まあ、確かにレアなんですけど。ただねぇ、お金さえ出せば入手自体は難しくないんですよ。その代わり、思いっきりプレミア価格になりますけどね」
つまり、プレミア価格で仕入れてくれたのだと。違う、あるところにはある。そのルートで手に入れたのですか。
「私はね、酒蔵の売り上げにならないお金を出すつもりは無いんですよ」
はあ、そうなんですか。それはそれとして、ありがたく頂くことにします。味はどうか、ですか。香りが良くて、飲みやすいと思いますよ。ところで、その手にあるのは何ですか? 貰い物の生ハム……ひょっとして、中林村長さんが持ってきてくれた奴ですか?
「昨夜は魚尽くしでしたから、帰り道は肉にしようと思っただけですよ」
いえ、魚尽くしもなかなかだと思いましたよ。もうね、日本酒が進む進む。焼けた醤油の香ばしさが堪らなかったと言えば良いのか。いえ、当然生ハムも頂きますよ。さっぱり系の焼酎と合いますね、ちょっと塩気のある肉の旨味は。
ところで立木さん、昨夜は勉強させていただきました。恥ずかしいところを見せた、あんなことをする予定じゃ無かったと言うのですか? でもですね、俺は自分の浅さを思い知らされた気がしたんです。フローリアンさん、女神様が悪いと言うことで思考停止していたんですね。
そうですか、被害者目線に立ちすぎたと言うのですね。十河さんたちから見れば、悪者は女神様なんですよね。
「そう考えるのは、とても自然なことだと思いますよ。ただ諸星さんの立場だと、そこで止まって貰っては困ると思っています」
俺の立場、俺の立場と言いますか。伺いますが、それはどんな立場なのでしょうか?
「当然、みんなを引っ張っていくリーダとしての立場です」
リーダーですか、確かに俺はリーダーなんでしょうね。でも立木さん、大手企業の部長さんって凄いんですね。どうして、あんなことまで考えられるんですか?
「不具合対応をしていると、特にミッションクリティカル系をやっていると、色々と身につくことがあるものなんですよ」
不具合対応、ですか? それと、今回の件にどのような関係が?
「諸星さんは、女神様の行動に問題があると思われましたよね。そして陽佳ちゃんが、酷い目に遭ったのはご存じだと思います。その状況で、『なぜ』を繰り返してみるんです。『なぜ』陽佳ちゃんは酷い目に遭うことになったのか。それをフローリアンさんの責任だと分析します。そこでもう一度、『なぜ』フローリアンさんが異世界から人を攫ったのかと考えるわけです。次に、『なぜ』魔王様は人を食べ続けているのかと続きます。さらに、『なぜ』人の提供した食べ物がまずかったのかと来るわけです。そうやって、なぜなぜを続けることで、真の原因にたどり着くことが出来るんです」
それで、魔王様が悪いと言うことになるんですね。違う、本当の悪人は魔王様では無い、のですか。
「誰が、あんな救いの無い世界を作ったのかと言うことです。女神様が世界を調和させることが出来ないことに、諸星さんは疑問を感じませんでしたか?」
そう言われれば、女神様が前面に出て戦うのって、ちょっと、いや、かなり変ですね。つまりフローリアンさんは、苦労することが決められていたと言うことですか? いやいや、ちょっと待ってください。そうなると、誰かがあの世界に干渉したことになりますよね。
「さも無ければ、他の神様があの世界を作った。そしてフローリアンさんは、その下で働いていたと考えることが出来ますね」
それを考えると、フローリアンさん、魔王様ともに被害者と言うことですか。
「それでも、魔王様次第であの世界は住みやすいものになったんです。とは言え、双方が歩み寄るの無理な相談だったのでしょうね」
ええ、事情を知っていても無理だと思いましたよ。どちらかに悪意があれば、もう少し話は簡単だったのでしょうね。魔王様がちょっと諦めが良かった……と言うのも可哀想なわけですか。彼としては、人を食べることで充足していたわけですからね。しかも女神様が付いていても、人は彼にとって脅威では無かったわけですか。
「魔王様としては、変える理由がなかったと言うことです。昨夜の脅しは、彼がこちらの世界に来たから成立したものでもあるんですよ。その意味で言えば、魔王と言う存在も『善』だったと言うことです」
魔王様が『善』ですか。ちょっと想像が付かないんですけど、やっていることは人を食べただけと言うのですね。普通に考えれば、それだけでもの凄い『悪』ですよね。それでも、必要な量しか食べていない……そうかぁ、生きていくために必要なことをしただけなんですね。そもそも『悪』なら、反省することは無いと言うのですね。
ところで立木さん、気づいていますかと聞いて良いですか? ええ、アクトロスさんのことですよ。
「……気づいていないことにしてください」
つまり、しっかり気づいていると言うことですよね。魔王様から、四天王の一人を寝取ってくれましたか。
「寝てもいないのに寝取ったと言うのは止めて貰えませんか?」
逃げられると思っているんですね。予めお断りしておきますけど、集落は自由恋愛を認めているんです。従って、俺は口出しをしないことにしているんですよ。いやぁ、フローリアンさんとアクトロスさん。二人とも、なかなかの美人だと思いますよ。
なぜそこに女神様まで加えるのか、ですか。これは、セレスに教えて貰ったんですけどね。フローリアンさん、立木さんにしっかり転んでいるそうですよ。
「超越の恩恵を持っている諸星さんと私は違うのですけどね」
つまり、体力さえ許せば問題は無いと言うことですね。ところで立木さん、強制力はいりますか? いえ、ちょっと体力増強でもどうかと思っただけです。
そうですか、寿命を縮める真似をしたくない。そうですよね、無理はいけないと思いますよ。
修学旅行は楽しかったか、でしょうか。はい、とても楽しめたと思いますよ。ただ気になったのは、あまりこちらの世界の神様を感じられなかったことですね。いえ、気配と言えば良いのか、痕跡は感じることは出来たんですよ。仏像……ですか、それから御神体と言うのもありましたね。色々見させていただいたのですけど、その殆どから神気を感じることが出来ませんでした。抜け殻と言えば良いのでしょうか、感じられたのは痕跡程度でしたね。
それでも、神気を感じられる場所はあったんですよ。ただ、それを口にして良いのか迷っているんです。勿体ぶるな、ですか。でしたらお教えいたしますけど、実は奈良で泊まったホテルのおトイレだったんです。はい、私基準では綺麗な、そしてかすみさん基準では年代物のトイレのことです。そこでですね、神気をはっきりと感じさせて貰ったんです。そうですか、どんな神様なのか興味があるのですね。それなんですけど
トイレの神様……なんちゃって
本気にされました? 本気にされましたか? でしたら、私も進歩したと言うことですね。ところでかすみさん、その手にある大きな瓶は何ですか? 一升瓶……お酒の入っていた瓶ですよね。どうしてその空瓶を……予め申し上げておきますけど、それで殴っても効きませんよ。その辺り、腐っても女神だと思ってください。
ですから、そこで舌打ちをしないように。
ところで十河さんですけど、本当に恩恵を授けなくて良いのですか? 多少で良ければ、頭を良くするのは難しくありませんよ。ただやり過ぎると、ちょっと副作用が大きすぎて……やったことがあるのか、ですか。魔王と戦うために、本当に色々と試してみたと言うことです。
それで、十河さんは? そうですか、今のところ必要は無いと言うのですね。苦労したのは認めるけど、将来のために努力をすることを覚えるのも必要。あまり、他人に頼ってばかりではいけないと言うのですね。それはそうと、かすみさん……
鏡、必要ですか?
意味がわからない。いえ、わからないのならそれで構いません。
それからケイコ様、美味しいお茶をありがとうございます。ええっと、その小さな丸い座布団を重ねたものは何ですか? ホットケーキ、ホットケーキのメイプルシロップ掛けと言うのですか。甘い香りがするのですけど、それはお菓子と思って良いのですか? いえ、答えは必要ありません。かすみさんを見れば、それがお菓子と言うのは理解出来ますから。
ホイップクリームも使うのか、ですか。その、お願いしますと言うのが答えになりますね。
それから、その緑色をしたものは何ですか? メロン、メロンと言うのですね。そう言えば、奈良でも食べた覚えがありました。あの時は、そんなに大きく切ってなかったと思います。いえ、小さくする必要はありませんよ。ありがたく頂かせて貰いますので。
余は耳が良い。いきなり何を言っていると言うのか? それはだな、諸星様と立木様の話しが聞こえていたのだ。うむ、あちらの世界のことなのだがな。それを聞かされて、余は心底感服させて貰ったのだ。余はな、立木様を『賢者』と呼びたくなったぐらいだぞ。
何故世界の歪みにまで思考が至ってくれるのだ。諸星様との話を聞いていて、なるほどと納得させて貰ったのだよ。昨夜の話には、まだまだ納得のいかないところがあった。正直言って、本当に余が悪いとは思えなかったのだ。立木殿が、女神を庇ったと勘ぐったところもある。うむ、女神はそそる体をしておるからな。人の男と言うのは、女神を自分のものにしたいと聞いたこともある。
だがな、立木殿はそんなゲスなことを考えられていなかった。余の居た世界が、どれだけ歪んでいたのか。だがな、よもや『善』と言われるとは思っていなかったぞ。
なんだアクトロスよ、酒でも飲み過ぎたか。違う、ちょっと頭に血が上ってしまっている……余、余は何もしていないぞ。違う、怒っているのではない。お酒に酔っている……別の意味では酔っていると言うのか? ちなみに理由は……そうか、理解は出来たがやめておいた方が良いと思うぞ。うむ、立木殿は普通の人間だ。賢者と言って良いほど深い思慮をされているのは確かなのだがな。確かなのだが、回りの女どもが凶暴すぎるのだ。幾らお前でも、見た目の不自由なエルフとか、血に飢えた竜人相手は分が悪いとしか良いようが無いのだ。
しかもなんだ、昨夜現れた女神は。あの女神……フローリアンとは、比べものにならぬほど高位の存在だぞ。一人として勝ち目のある相手ではないのはわかるであろう。エルフになら見た目で勝てる……余は何も言わぬぞ。それを口にするのは、命をドブに捨てるようなものだからな。
とにかくだ、せっかくうまい酒と肴を用意して貰ったのだ。昨夜は……生きた心地がしなかったのだが、今日の余は頭が晴れ渡っておる。だからうまい酒を楽しむことも出来るのだ。のう、カジャー、コレオス、ドーフィン、ぬしらもそう思うであろう。
だから今は、危険なことを考えずに酒と肴を楽しめば良いのだ。ところでピアッツァ殿だったか、なぜ余に酌をしてくれるのだ。お礼……余は、お礼を言われるようなことをしたのか?
「新しい世界に目覚めさせていただきました」
その新しい世界とは何のことだ? 姫騎士の作法、しかも捕らえられたときの作法と言うのか。それはなんだ、白船なるものが喜んでおった奴のことか? そうか、『くっ殺』の価値が理解出来たと言うのだな。
実のところ、余も『くっ殺』の愉悦を教えて貰ったのだ。ここだけの話として、あの感動が忘れられぬのだ。そうか、ピアッツァ殿も同じなのか。ところでものは相談なのだが……
また、やらないか?
望むところと言ってくれるのか。うむ、余からもビゴ殿にはお願いをしておこう。そうか、次は鎧を用意しておくと言うのだな。ところでなんだ、そのビキニアーマーと言うのは。教本に書いてあった、どれどれ……
なんとぉっ!
こ、このような破廉恥な……いやいやけしからん、けしからんぞぉ。このようなけしからん格好を衆目に晒すと言うのか。この衣装を着て、『くっ、殺せ』とやってくれると言うのだな。まったくけしからん話だなぁ……いかん、つい顔がにやけてしまう。
ところで、その教本とやらは他にはないのか? そうか、薄墨殿……あの小柄な女性か。薄墨殿が沢山所有しておられるのだな。魔王城を公開する以上、余も学んでおく必要があるだろう。うむ、絶対にあるはずだ。
しかしなんだ、この宴会もカオスの香りがしているな。どうして魔王様とピアッツァさんが意気投合しているんだ。
えっ、今度は『魔王』ですか。これも入手困難なお酒ですよね。立木さん、一体どこから仕入れてくるんですか? 地道な積み重ねの結果。酒屋と仲良くなっておくと、レア酒でも手に入れることが出来る。
なるほどと感心させていただきましたが、一つ気になることがあるんですよ。立木さん、成人病のオンパレードとか言っていませんでしたか? 間違いなく、飲み過ぎが原因になっていますよね。お恥ずかしい……いやいや、自分の体のことでしょう。そんなことで良いんですか?
ところでビゴ、昨夜は窮屈な思いをしていなかったか。そうか、十分に楽しめたと言うのだな。残念だったのは、お酒を飲めなかったことと言うのだな。
「それでも、いただいた品々はいずれも絶品だと思いました。海の幸で宜しいのでしょうか。世の中には、まだまだ美味しいものが沢山あるのだと教えていただいた気持ちです」
そうだな、俺も初めて食べるものが沢山あったんだ。いや、名前ぐらいは知っていたし、テレビで見たこともあったのだぞ。だがな、伊勢エビとかアワビとか、高級すぎて口にする機会が無かったんだ。その高級食材が、これでもかと言う程並べられたんだ。集落の食事も良いのだが、こんな贅沢をして良いのかと本気で思ってしまったぐらいなんだぞ。
そうか、ビゴも同じだったんだな。それでビスタさんはどうだったんだ?
「九平次でしたか、とても美味しいと思いました」
そうか、九平次が美味しかったのか……九平次? そんな料理があったのか?
「いえ、飲み物のことを言っています。そのですね、とても華やかな香りがして、口の中にふんわりとその香りが広がるんです。お刺身ですか、そのお味を更に引き立ててくれたんです」
美味しい飲み物ね……白船君、ちょっと教えて貰っていいかな? うん、昨日出された飲み物のことなんだ。覚えていたらなんだけど、九平次と言う飲み物を知っているかな?
「日本酒の銘柄ですね。小谷さんが、瓶を抱え込んで飲んでいましたよ」
ありがとう白船君、そうか、日本酒の銘柄だったんだな。なるほど日本酒か……
誰だ、未成年にお酒を勧めた奴はっ!
なんだ、ビゴ。何かあるのか?
「お言葉を返すようで申し訳ないのですが、姉上がまだ17と言うのを理解されておいでですか? 加えて申し上げると、コロナ様も確か17のはずです。こちらの世界では、二人とも未成年だったかと思います」
えっ、あの二人って17だったの? つまり俺は、未成年者にお酒を飲ませただけじゃ無く、あんなことまでしてしまったのか? なんだセレス、私の年齢を忘れたのかと言うのだな。いや、お前の年齢は20だったよな。ちゃんと、戸籍上20歳になっているから問題は無いはずだ。
「ちなみに、ブーランジェリー王国では成人年齢は16歳です。従って、16歳からなら酒を飲んでも罪を犯したことにはなりません」
それはそれっ、日本では『お酒は二十歳になってから』なんだよ。つまりなんだ、これからはコロナとセリカに飲ませてはいけないと言うことか。
今更、言うことを聞いてもらえるのだろうか? なんです、立木さん。
「いえ、諸星さんのお住まいが長野県で良かったなと。長野県はですね、全国で唯一18歳未満との性行為に関する淫行処罰規定の条例がない県なんですよ」
いやいや、コロナとセリカは、ブーランジェリー王国の国民です。従って、二人とも成人を迎えているんです。だから、淫行じゃありませんから。ありませんからっ!
「ちなみに日本に於ける婚姻可能年齢は18歳です」
えっ、女性は16歳以上じゃ無かったの? 最近改正された……いやいや、二人ともブーランジェリー王国の国民だから問題ない。うん、問題ないんだ。
「とまあ法律を厳格に適用するとなると、色々と問題が出てくるわけです。別に淫行を奨励するつもりはありませんが、特区内での日本国の法律適用を考えないといけないわけですよ。従って、小谷さんに活躍して貰うことになります」
小谷さんに……ああ、小谷さんは東の大学で法学部を卒業していたんだな。そう言われてみると、特区の話をするには適任と言うことになるのか。
ところで立木さん、どうして法律論にも絡んでくるんです?
「大企業と言うのは、とてもコンプライアンスに煩いんですよ。従って、何をするにも触法行為をしていないか気にしてしまうと言うことです」
なるほど、立木さんは『清く正しく美しく』生きてきたわけですね。どうしてナイナイと手を振るんです?
「ばれなければ問題ないんですよ。ギリギリを攻めているのは、何も薄墨さんたちだけではないと言うことです」
あ~っ、そう来ましたか。そんなことここで言って良いんですか? 別に構わない、全部時効が過ぎている。
「証拠を残しておくと思っているんですか? それに、私のメールは全部消えていますからね。尤も、メールなんかで重要なやりとりをしませんよ。ちなみに、コンプライアンス上の保管期間は1年となっています」
大人ってずるいって言って良いですか? 意識して悪いことをするから大人……いやいや、それを断言してはいけないでしょう。
「だそうですよ、小谷さん」
「どうして、そこで私に振ってくれますか?」
「いえ、小谷さんは政治家の秘書をされていますからね。口に出して言えないことを、沢山ご覧になっていると思っただけですよ」
「ですから、口には出しませんので悪しからず」
そりゃあ、政治家だったら色々と言えないことをしているよな。なんだ小谷さん、俺も政治家だろうと言うのだね。確かに、俺は政治家をしていたよ。だけどなぁ、市会議員なんてあの世界じゃ下っ端も下っ端だろう?
田舎だと、市会議員は利権の塊になっている。国政と違って目立たないから、やりたい放題の所が多い……いやいや、俺は清廉潔白な市会議員だったぞ。
「諸星さん、ワイドショーで汚職議員と言われてましたよね?」
いやいや、あれはでっち上げだったんだ。その証拠に、汚職をしていた証拠は出てないだろう? あれはな、どこかの馬鹿がSNSででたらめを書いただけなんだよ。そもそも俺は、普通の会社員の息子なんだからな。引き継ぐ地盤もなにも無かったんだよ。
就職をしていたか……なあ小谷さん、知ってて聞いてるよな? 大学を一浪一流して卒業して、その年に市会議員になったんだよ。職歴……アルバイトならしたことはあるぞ。引っ越し作業とか宅配の配達とか……流石にスマイル0円のバイトはしていないんだがな。
「立木さん、諸星さんにOJT……でしたか。色々とトレーニングしてあげてくれませんか?」
「OJTと言われても、研究所の仕事なんて私も専門外ですよ」
「それでも、社会経験の長さは比較になりませんよね。ええ、後沢さんが立木さんを派遣した理由がよくわかりましたよ」
それって、俺が市会議員以外に社会経験が無いからって言うこと? そうか、それが理由なのか。まあ、百歩譲って俺が経験不足なのは否定できないな。
百歩譲らなくても経験不足。だからすぐに、パニックを起こしてしまう。そのだ、否定できないことで俺を責めてくれるな。なんです、立木さん。
「実は、私は違った考えを持っているんですけどね」
「違う考えと言うのは?」
「簡単な話。諸星さんを型に嵌めてはいけないと思っているんですよ。ですので、私は諸星さんに対して指示……違いますね、トレーニングなんてするつもりは無いんです。勿論背中を見て学べなんて言うつもりもありませんよ。私自身が、そんな大層なことを言える経歴を持っていませんからね」
ですが、色々と学ばせて貰っているのは確かですよ。特に竜人の時とか魔王様の時は、はっきり言って俺は足手まといになっていましたからね。
役割が違う。俺に求められているのは、すべてを超越するものとしての仕事と言うのですか? ちなみに、それってどんな仕事なんですかね。
「守るべきもの、守りたいものを守ると言うことですよ。これが簡単そうに見えて、実はとても難しいことなんですよ。何しろ守るためには、頭もそうですがそれ以上に力が求められるんです。本気になった竜人を止められるのは、諸星さん以外にいないと言うのが現実なんですよ」
つまり、俺は力を求められているのだと。今はそうだが、将来的にはもっと広い範囲が求められることになる。経験を積むことも必要だが、人を集めることも求められていると言うのですね。
「アメリカと手打ちが出来ましたから、研究所の人員は9人に増えたのですけどね。IMO研究所が何を目的とし、どうやって社会に貢献していくのか。それを考えたら、人が少なすぎるのは確かなんです」
4人から9人……倍増以上と言ってはいけなんだろうな。何しろ実質的に増えたのは、オルティアさんだけですからね。ただ、どんな人を引っ張ってくれば良いのか。全く想像が付かないんだが。
そうですか、立木さんにも想像が付かないんですね。ところで立木さん、どこかに飲みに行ったりしませんか? いきなりなんだ……ですか? いえね、立木さんって出会いがバグっていると思うんですよ。ちょっと、その辺りを期待したいなと思っただけですよ。
そうですか、心当たりが無いと言うのですね。それでも、久しぶりに行きたいところはある。ちょっと高めの炉端焼き……お供させて貰ってもいいですか? のんびりと飲みたいので、出来れば遠慮して欲しい。別の機会を用意してくださるのですね。だったら我慢することにしましょうか。
それでですね、リクエストなんかして良いですか? いえ、肉とか魚とかと言う話じゃ無いんです。次は、若めの男が良いなぁ、なんて思っただけですよ。ええ、人材的な面で言っています。はい、無理を言っているのは理解しているつもりですよ。ですので、頭の片隅にでも留めておいていただけたらなぁと言うことです。
一応お断りしておきますが、実話ではありませんよ。
それから、3Mは一応全部飲んでいます。その中で一番飲んだのは、なぜか伊蔵さんだったりするのですが。一番飲んでないのは村尾かな。魔王は、そこそこデパートとかで手に入った。




