ようやく視察
村の特産は異世界です
・ようやく視察
視察の話なんですけど、結構手間が掛かっていたりします。私の目から見たら、上里集落って危険を全く感じない場所なんですよ。ただ外の方から見たら、訳のわからない異世界へのゲートなんか出来ていたり、魔王城なんかが出現したりした胡散臭い場所になっているんです。安全保障上の問題と言うことで、訪問が躊躇われた……正確に言うとですね、足を引っ張る方が大勢いたと言うことです。
そればかりが理由じゃないのですけど、私が菅谷総理に報告に行くことになりました。まあ、久しぶりの報告と言っても良いと思いますよ。ですので、出席者は前回と同じメンバーと言うことになりますね。と言うことでお久しぶりです吉沢先生、そう言えば官房長官に昇格されたんでしたね。おめでとうございますと言わせていただきます。それから杉村先生もお久しぶりです、党の青年部長に就任されたそうですね。こちらもおめでとうと言わせていただきます。それから杉村先生に、諸星さんから伝言があります。ええ、予想が付きますよね、『冷たいんじゃ無いか』と苦情を言われていました。集落が出来て半年以上経つのに、まだ訪問してくださいませんよね。その苦情と言うことです。そうですか、総理の訪問に同行されるのですね。でしたら、諸星さんにはそのように伝えておきます。
取りあえず報告ですけど、集落はもの凄く落ち着いています。波風が立っていることと言えば、立木さんの人間関係ぐらいですね。それにしても、横から見ている分には面白い程度です。後はですね、また立木さんの人脈……で良いのかな、それが騒動を起こしたぐらいですね。英国の理論物理学者の方で、オルティア・ノイエクラッセさんと仰るのですけどね。IMO研究所への移籍をお願いされました。
そうですか、その話は聞いていると言うのですね。なるほど、英国政府から苦情を言われたのだと。それなんですけど、国際問題になりませんか?
「国際問題に出来ないから、苦情程度で済んだと言うことだ。あちらにしてみれば、都合が良いところもあったはずだ」
つまり、文句を言うことで牽制をしたと言うことですね。ええ、こちらに人材を送り込めるんですからね。あちらにしても、願ったりと言うわけですか。ただ、それにしてもちょっと豪華かなと思ったぐらいです。
きっかけを知りたい……ですか。奈良の居酒屋で隣に座ったのが理由なのだそうですけど、信じられます。やっぱり、信じられませんよね。
「レベルが違うのだろうが、立木氏の人脈でいいのか、何かおかしくないか?」
ええ、おかしいと言って良いと思いますよ。ただ立木さんが言うには、今回は上里集落に関わったのが遠因なのだそうです。風が吹けば桶屋が儲かるレベルの話だと、オルティアさんが日本に興味を持った。ええ、異世界が理由なんですけどね。ただ、日本に行っても上里集落に行くことは出来ない。だから、観光として奈良に来た、そして奈良に来たから、ガイドブックに載っている居酒屋に来たと言うことです。
その話を、どこまで信じて良いのか、ですか。今回立木さん、本当にふらっと奈良に行かれたんですよ。つまり、あちらが英国を出る方が早かったんです。しかも立木さん、温泉じゃ無くて奈良に行ったんです。これを予想して行動するには、予知能力者が必要なレベルと言うことですよ。
「ならば、英国に予知能力者がいることになるのだが……偶然と思った方が精神衛生上良さそうだな」
そうですね、その方が精神衛生上……似たような気もしますけどね。
あとですね、立木さんなんですけど、特殊な女性を惹き付ける何かを持っているみたいです。オルティアさんなんですけど、受け入れられてからでも立木さんを誘惑していたんです。勿論、ラズライティシア様たちがガードしていましたけどね。
「そうか、だったら本命に移ることにするか」
本命、諸星さんのことですね。
「あれからだが、彼に変化は出ているのかな?」
諸星さんの変化、ですか。そうですね、最近少し幼くなった……いえ、若くなった、年相応と言った方が良いですかね。ちょっと雰囲気が丸くなった気がします。情緒が安定……不安定さがなくなった気がしますよ。そうですね、改めて考えてみると、とっつきやすくなった気がします。
「なるほど、後沢君の狙い通りと言うことか」
後沢さんの狙いって何ですか? ええっと、立木さんを派遣した理由ですか。派遣理由って、バグってる人脈じゃないのですか?
「あんな人脈、期待するのが間違っているとは思わないか? いくら何でも、魔法と物理学を結びつけるのは無理難題だろう。勿論、考えること自体は出来ても不思議は無い。ただ考えることは出来ても、錚々たる教授陣を納得させるのは無理としか言いようがない」
改めて指摘されると、仰るとおりなんでしょうね。うん、大芝教授とか宇梶教授を巻き込むのって、どう考えても無理ゲーだと思いますよ。
「唯一、本山名誉教授だけが人脈のお陰と言うことだ。それにしても、本来期待するようなものでは無いはずだ。当然後沢氏も、諸星氏の精神安定を目的としていたのだよ」
説明していただくと、仰るとおりと言うのは理解出来ます。ちなみに伺いますが、それは立木さんのパーソナリティーを期待したと言うことですか?
「諸星氏に対する分析は、圧倒的な経験不足と言うものだ。そして杉村君が指摘してくれたことだが、中途半端に頭が良いと言うのも問題だと思っていた。しかも責任感と言うものを持っているのだ。経験不足の若者が、責任感に振り回されたらどうなることか。普通の社会ならば、暖かく見守ってやることも出来ただろう。だが彼の場合、持っている力が大きすぎるのだよ。従って、安全装置を取り付けることを考えなくてはならなかったと言うことだ。後は、セレス嬢の影響力を低下させることも考慮している」
セレスさんのと言うのはよくわかりませんが……それ以外は、とても納得できることだと思います。私もそうですけど、諸星さんは立木さんに頼っていますからね。経験と言う意味ならラズライティシア様もいるんですけど、経験の方向が違いすぎますからね。
でもセレスさんですか、確かに諸星さんへの影響力は絶大ですね。セレスさんが勧めたから、ブーランジェリー王国の国王就任も認めたぐらいです。
「彼に対する分析は、青年らしい欲望、妄想を持っていると言うことだ。ただそれを、世間体と言うものが制限を掛けていた。セレス嬢の勧めと言うのは、その世間体の壁を取り払う意味を持っていると言うことだ」
つまり、口実を求めていると言うことですね。それは、とても理解出来ることだと思います。何かにつけて、諸星さんは『心の棚』とか言っていますからね。後はですね、世間体をもの凄く気にしているのも確かです。
「今は女性関係だけで済んでいるのだが、それ以外の問題に波及することを恐れているのだよ。吉沢君とも意見が一致したのは、本当に恐ろしいのはセレス嬢だと言うことだ」
セレスさんを、お二方が恐れているのですか……すみません、ちょっと想像が付かなくて、ですね。
「われわれが最初に受けたのは、人に有らざる者と言う印象だったのだ。そして、われわれとは全く違う常識を持っている。能力に反して小物の諸星氏とは存在自体が異なっていると感じたのだよ」
能力以外は小物って……否定できませんね。特に、最近小物臭を醸し出していますもの。
「従って、助言を求める相手として年配の経験者を派遣したと言うことだ。ただ立木氏の場合、期待を遙かに超える成果を出してくれているだけだよ」
そうですね、あんなこと誰も期待なんかしていなかったと思います。私だって、初めて見たときには冴えないおじさんだと思ったぐらいですから。ヴェルファイアさん……翼人の女性なんですけどね、まったく魅力を感じないと断言していました。
今は、今はですか。言われてみれば、すっかり頼りにしている自分がいますね。ヴェルファイアさんたちにしても、今は素直に言うことを聞くようになっています。ただ問題があるとすれば、ちょっと頼り過ぎているぐらいでしょうか。
「それも後沢氏から聞いている。従って、本人は配置転換を上申しているそうだ。違うか、退職して年金生活を送りたいと言ってきているそうだな」
ああ、立木さんってことあるごとに『引退』を口にしていましたね。つまり、それって本心と言うことですか。しかも個人的事情だけじゃなくて、諸星さんのことを考えての引退なんですね。成長させるつもりで派遣したのに、依存するようになるのが問題と言うのですね。でも諸星さんをコントロールするには、立木さんに依存している方が都合良くありませんか?
「立木氏が、こちらの言う通りにしてくれればその通りなんだろうな。だが彼は彼で、年の割に暴れ馬の気もするのだよ」
暴れ馬……制御が効きにくいと言うことですね。そうですね、立木さんは立木さんの信条で動いていると思います。ただ立木さんの場合、もの凄くバランスがいいと思うんですよ。進歩的であり保守的であり……言ってて疑問に感じたんですけど、ちょっと理想的すぎません?
「彼は彼なりに、派遣された事情を理解していると言うことだろう。だから、求められる先達としての立場を演じている。その分、精神的疲労も溜まると言うことだ」
だから、真剣に引退を考えていると言うことですね。でも、今の諸星さんを見ていたら、まだ立木さんを手放すわけにはいきませんよね。諸星さんもそうですけど、ファンタスティック・フォーの4人も、立木さんに全幅の信頼を寄せているんです。組織運営を考えたら、引退させるのは問題しかないと思いますよ。
「それならそれで、関係が良好なうちに引退させる必要があると言うことだ」
研究所……集落を割らないためと言うのですね。仰ることは理解できますが……立木さんって、野心を感じることが出来ないんですよ。そうですね……息子を指導する父親で良いのかな。改めて関係を考えて見たら、私もそんな気がしてきました……
「その息子と言うことだが……君の場合は部下の女性社員と言うことだな」
部下の女性社員ですか。そう言われてみると、諸星さんに比べてちょっと関わり方が薄いかな。違うか、御衣黄さんほど手取り足取りじゃないですね。
「まあ、君の場合は諸星氏よりも優秀だからな。必要なのは、軌道修正とメンタルぐらいと言うのは理解出来る」
メンタルですか。確かに、それも必要な配慮だと思います。実はですね、ちょっときついなぁって思うことがあったんです。今は、今はどうかと言われるとですね、かなりストレスは減ったと思います。
「君を含めて、上里集落は若人しかいない集落だった。唯一大魔法使いのエルフがいるのだが、感覚が違いすぎて人生の相談には頼ることは出来ないだろう」
それで立木さんと言うことですか。ただ、ちょっとだけ思惑と違う点で目立ってしまいましたね。それを悪いなんて言うつもりは有りませんよ、諸星さんの能力は凄いんですけどね。人を動かすと言う意味では、足りていないところばかりですから。あの人がいなかったら、竜人の問題ってもっと拗れたと思うんですよ。
それはそれとして、諸星さんは落ち着いていると思います。先日も、ブーランジェリー王国の王女様に手を出しましたしね。竜人に手を出すのも、時間の問題と言われているんですよ。
「それはそれで、落ち着きが無いと考えるのは年寄りだからかな?」
諸星さんへのプレッシャーが減ったから、と思ってくだされば結構です。今ならば、諸星さんが爆発する恐れが激減していると思います。その分、立木さんが攻撃的なんですけどね。それにしたところで、あまり敵を作っていないんですよ。マスコミにしても、ごく一部を除けばとっても好意的ですから。
なるほど、あの手の人たちはマスコミでも嫌われている。必要悪として許容されていると言うのですね。はい、そう言うことなら理解出来ますね。
そうなると問題は、先ほど話しましたオルティアさんのことになりますね。実は昨日、立木さんのことろにメールが来たんです。『永住したいので協力しろ』って、もの凄く直接的なお誘いですよね。
「高度人材外国人と認められれば、別に配偶者にならなくても永住できるのだがな」
ええ、立木さんもそんなことを言っていました。多分ですけど、あちらも知っていてちょっかいを掛けてきたのだと思いますよ。オルティアさん、間違いなく高度人材外国人ですよね。
「英国政府に苦情を言われるぐらいの人材と言うのは間違いないな。極端なことを言えば、私が挨拶に行く必要があるぐらいだ」
そこまでの大物でしたか。だからじゃないのでしょうけど、視察の3日前に上里集落入りをします。そこで臨時会見をして、IMO研究所副所長への就任を発表します。
「先方は、よく副所長で納得したな?」
実は、副所長の肩書きも邪魔と言われたんですよ。自分は研究者なので、余計な仕事をしたくないのだそうですよ。下っ端の研究員で良いと書いてきたんですけど、そんなこと認められるわけがありませんよね。
「ああ、副所長でも不足と言われてもおかしくないぐらいだ。何しろ彼女は、王立協会にとって将来の会長候補でもあるのだからな」
そんな大物でしたか。足りないのは、受賞実績なのですね。だとしたら、上里集落は格好の場と言うことになるわけですか。高次空間理論……だったかな、そこで実績を示せば当確ですよね。
「本人が、そんな肩書きをありがたがるかは別だがな。ただ日本政府として、彼女に対する支援を考えなくてはならなくなった」
でしたら、もう少し馬鹿なフリーランスをコントロールしてください。先日のあれ、コントロールできていませんでしたよ。
「コントロールをした結果、と答えたらどう思う? 事実、立木氏は難なく排除したのでは無いか。しかも、他の出席者からも同調されたと聞いているぞ」
そう言うことですか。つまりなんですか、立木さんの能力評定も終わっていると言うことですか。だから、程度の低い輩も泳がせていると言うのですね。諸星さんへの露払いですけど、立木さんにやらせようと考えていませんか?
「彼に対して同情的ではあるが、他に適任者がいない以上仕方がないことだと思っている」
立木さん、引退して奧さんと温泉三昧が夢だと言っていたんですけどね。温泉三昧はしてますけど、奧さんと二人と言うのは絶対に無理ですね。
ただ諸星さんを守ると言うのは理解しました。あの竜人すらものともしなかったんですからね、うまくコントロールする必要があるのは理解しています。力不足を感じていましたから、立木さんが来てくれて安心しているんです。しかも、私たちの苦手な理系分野を担ってくれていますしね。
「繰り返しておくが、偶々うまくいっただけと言うことだ。彼に期待したのは、経験者によるサポートでしか無かったのだからな」
でしたら、給料を増やしてあげて……も喜ばないか。今でも、あまり使い道が無いと言ってましたもんね。だからかしら、お土産がだんだん豪華になって、と言うのも違いますね。初めから、とっても美味しいお菓子を買ってきてくれるんです。
ちなみにですね、視察の際には立木さんは休暇を取るそうです。なにやら、奧さんと二人で蓼科に行くのだそうです。その代わりと言えば良いのか、新任副所長のオルティアさんが前に出るそうですよ。その方が、マスコミ受けが良いだろうと言ってましたけど。
「それなのだが、何が何でも引き留めてくれ。諸星氏だけだと、どう考えても加減が効くとは思えないのだ」
そう仰るのは理解出来ます。ええ、だから諸星さんが土下座なんかしていました。うんと言うまでこの手を離さないとか言って、右足を捕まえたりしていましたね。人間って、一度楽することを覚えると手放せなくなるんですよね。
それから杉村先生、視察に同行されると仰りましたよね。今更質問するまでもないと思いますが、集落で一泊されていかれますよね。はい、菅野総理が無理と言うのは理解しています。ですので、集落視察が駆け足になるのも理解していますよ。ですから、菅谷総理の日程に会わせてスケジュールを組んでいます。
でもそれって、あくまで菅谷総理のことなんです。杉村先生は、そこまで日程はタイトじゃないと思うんですよ。それに選挙対策を考えたら、上里集落での露出を増やした方が良いと思いませんか? それから、諸星さんが強制力の行使を臭わせていましたね。『それは困る』ですか、でしたら腹をくくってください。それから諸星さん、貴族令嬢の綺麗どころを連れてくると言っていましたよ。勿論、美形のハイエルフも可ですからね。大丈夫ですよ、ブーランジェリー王国の人とは、普通に子作りが出来るのは実証されていますからね。
オルティア・ノイエクラッセさんの来日は、予定通り7月の終わりのことでした。3日後には、菅谷総理の上里集落が予定されているのは最初の話の通りです。
何しろ相手は大物ですからね、しかも英国首相まで一緒に来日してしまったんです。それもあって、羽田空港には報道陣が詰めかけることになりました。ただ英国首相が同行しているので、SPが完全防御なんかしています。諸星さんに教えて貰ったのですけど、荷造り紐さんもこっそりと配備されていたようですよ。
ちなみに、誰が迎えに行くのかで揉めました。ええ、揉めましたね、はっきり言って押し付け合いになりました。ちなみに相手に敬意を払って、諸星さんが迎えに行くべきと主張した立木さん。オルティアさんの希望は立木さんだと主張する諸星さんと言う形です。はい、一応どちらも筋が通っているのは間違いありません。従って、私が『二人とも行け』とあるはずの無い強権を発動しました。
ええ、諸星さんが必須と言うのは立木さんの主張通りなんですよ。だから、諸星さんが行かないことは許されないと言って良いと思います。ただねぇ、ちょっと不安があるんですよね。だからお目付役兼ご機嫌取りの為に立木さんの同行も必要だったと言うことです。
「過保護は良くないと思いますよ」
その辺り、しっかり立木さんには見抜かれていましたね。ただ諸星さんも『一緒なら』と認めてくれたので、これで話は一件落着と言うことです。それからですね、ラズライティシア様とインテグラさんはお留守番です。特にインテグラさんは、まだ多国間の調整が終わっていないんです。その状況で、他国要人に近付かせるわけにはいきませんよね。ええ、しっかりと脅されましたけど……お陰で、しなくても良いお着替えとお風呂に入ってしまいました。
ラズライティ様は……二人きりの温泉旅行を条件に出してきましたね。その辺り、老獪……ごめんなさいごめんなさい。交渉がうまいと言って良いと思います。
そして英国首相一行が羽田到着後、しっかりと記者会見と言うことになりました。ちなみに中央には、英国首相……今は女性でしたね、アリシア・ジョーゼと言う方です。若い頃は綺麗だったのかなと思える程度の、60手前の女性です。あっ、テロップでトシバレをしてる。58歳と言うことですか。
そしてその隣に座ったのが、オルティア・ノイエクラッセさんと言うことです。でもさぁ、女性の年齢をテロップで入れてくれるかな。47って……年齢の割に若く見える……30代に見えるんだけど、なんかさぁ、美魔女って言葉を思い出したわ。
そして英国首相の隣には、菅谷総理が座られました。そしてその隣には、我らが諸星所長が座っています。立木さんですか、カメラの範囲には見当たりませんね。
英国首相の訪問、しかも外交日程に無い訪問ですからね。記者さんたちの疑問は、なぜこの時期にと言うのは当たり前だと思います。そうですか、オルティアさんを理由にしてくれましたか。IMO研究所副所長から、訪問の招待を受けた……副所長就任前にフライングしてくれるかな。
あっ、立木さんめっけ。隅っこの方に隠れていたんですね。でも、ナイナイって手を振ってくれますかね。
でもアリシア首相って、茶目っ気たっぷりの人なんですね。普通は、すぐにネタばらしをしますよね。でも、楽しそうに笑うだけで、本当のことを言わないんだもの。
「異世界、魔王と言う言葉にロマンを感じました。その気持ちに対して、共感頂けると思っています。ですので、日程をやりくりして参上したのが今回の来日理由となります。私としては、小娘のように心が躍っているとお答えいたします」
「日英会談の開催を、IMO研究所で行うこととなった。それもあって、私の滞在日程を2日延ばすと言う決定をしている。そのうち1日は、ブーランジェリー王国で過ごすこととなった」
この辺りの政治日程は、英国首相来日と同時に発表されているんですよね。ですので、記者さんたちはとても冷静な反応をしてくれています。
ちなみにマスコミ各社に対して、人数割り当てがされているんですよね。受け入れ制限……なのかな、日本のマスコミは最大10人、海外のマスコミに対して20人となっています。後は、それとは別にカメラスタッフの受け入れが決まっていますね。こちらは、カメラ3台分だったかな。MHKが国際映像として提供することが決まっています。
それもあってですね、国道沿いにある温泉施設に、MHKが放送センターを設置していました。あとマスコミ対応ですけど、大谷村から出向してきた二人、木下さんと田中さんが対応しています。その辺りは、観光資源調査実績が役に立ったと言うことなんでしょうね。あの二人、諸星さんや白船さんよりも王国内部に詳しいんですよ。勿論、魔王城内部の調査もすませていたりします。
それとは別にですね、女子大生6人と引率の准教授、藤原さんでしたね。その方が上里集落を訪問されています。その方たちを利用する形で、カメリハなんかをしています。
女子大なんて言うからどこかと思ったんですけど、奈良にある国立大学だったんですね。でも、女子大生は女子大生でした、ハイエルフ……男性の方なんですけど、カメラで撮りまくっていましたよ。彼女たち、テレビカメラで撮られているのを忘れてないかな? 一方使命に燃えている藤原准教授は、彼女たちを引率して第二の方にも行ったようです。あっちは竜人が屯しているけど、危険はないから良いでしょう。
魔王様、魔王様ですか。その辺りの反応は、十河さんと違いはありませんでしたね。その十河さんですけど、結構仲良くやれていたようです。『うちにおいでよぉ~』って、良い学校だから問題はないと思いますよ。でも、軽いなぁ……ひょっとして、私って年をとった?
ところで藤原さん、上里集落に来てみてどう感じられましたか?
「予想以上と言えば良いのか、期待を裏切られたと言えば良いのか……明日はブーランジェリー王国なのですが、評価が難しいと思います」
ほほう、どの辺りで予想を裏切られたんですか?
「翼人とかハイエルフとか、最初にお目に掛かったときには圧倒されたんです。それは竜人の方もそうなんですけど、発している空気が違っているんですよ。見た目の違い以上に、纏われる空気の違いを感じてしまいました。これだけは、実際に感じてみないとわからないことだと思いました。その意味で、予想以上と言うことになります。ただはしゃぐ彼女たちを見ていたら、考えすぎの気もしてきたんですよ。期待を裏切られたと言うのは、その彼女たちを普通に受け入れてくれることですね。どうして魔王様が、ピースサインをしながら女子大生と写真を撮りますかね」
あの魔王様、1ヶ月前までは人を頭から丸かぶりしていたんですけどね。餌付けと言うとおかしく聞こえるかも知れませんけど、和牛の方が人肉よりも良いようですよ。あと、カレーに嵌まっています。
「その辺り、今夜のパーティーでも観察できるのでしょうね。意外に早くこちらの文化に溶け込んでいると言うことは、本質的な違いが小さいと言うことでしょうか。さも無ければ、彼らがとても柔軟な考え方をしていることになるのですが……」
多分ですけど、彼らは乾いたスポンジなんだと思います。ですから、良いと思うことをどんどん吸い込んでいるんじゃ無いでしょうか。下手な先入観、禁忌が無いのも役に立っていると思いますよ。後はですね、是非ともブーランジェリー王国の方と話をしてみてください。彼らは、とても積極的にこちらのものを取り込もうとしていますから。
「パンの国の文化が失われる……そう言って騒ぐ人が出そうな話ですね」
ポンパドール伯爵名代……あれっ、まだ名代で良いんだよね。その名代のビゴさんなんですけど、どこが悪いと開き直られておいででしたね。自分たちに取り込んだ方が良いものであれば、積極的に取り込むべきなのだそうですよ。ビゴさんは魔法を例にされましたが、日本でも文明開化と称して西洋化した歴史がありますからね。
「押しつけるので無く、彼らが選択することに文句を言うなと言うことですか」
多分そう言うことだと思いますよ。こちらの世界に憧れるなと言うのは無理な相談では無いでしょうか。
「そう言ったことを、彼女たちにも感じて欲しいのですけどね。ですが、外国に行くのとは全く違う空気、それに触れることも経験になると信じているんです」
そうですね。でも藤原さんが理解されただけでも、大きな収穫だと思いますよ。こうして異世界を理解される方が増えることで、私たちの集落に対する理解が深まると思っているんです。
この集落の設立目的は、諸星さん、十河さんたちのような異世界から帰ってきた方たちの避難所なんです。今は、異世界から一方通行できた方も受け入れていますけどね。この先社会の理解が進めば、この集落は役割を終えることになると思うんです。
どうやら、アリシア首相のターンは終わったようですね。つまり、次はオルティアさんへの質問です。IMO研究所への参加は本当のことかって、今更する質問じゃ無いよね。本当かと聞かれたら、Yes.で終わっちゃうじゃ無い。
それで、次はどのような経緯でと言うことですね。その辺り、疑問に思っても仕方がないと思いますよ。だって、普通には繋がらない人ですから。
「タチキニダマサレタ」
おいっ、それは流石に穏やかじゃ無いぞ。ああ、カメラが一斉に立木さんを映しているよ。珍しいなぁ、立木さんの顔が引き攣っているよ。しかも両手をブンブンと振って……あっ、諸星さんが席をずらした。
「オクサンガイルトハキイテイナカッタ」
ねえ、いくら何でも悪乗りが過ぎない? ほらぁ、ラズライティシア様とインテグラさんのこめかみに青筋が浮かんでいるよ。お願いだから、この二人を挑発しないで欲しいんだけどな。悪いけど、私じゃこの二人を引き留められないからね。
「すみません、このままだと私の評判が地に落ちそうな気がしました」
やっぱり引っ張り出されますよね。このままだと、本当に立木さんの評判が地に落ちる……と言うのか、国際問題になってしまいますからね。
「息抜きのため、奈良にある老舗の飲み屋……おでん屋ですかね。ええ、とても有名なお店です。そこで飲んでいたら、偶々ティアが隣に座ったと言うことです。ちなみに、ティアの方から声を掛けてきたんです。勿論、私が誰かを知って声を掛けてくれましたよ。そこで異世界に連れて行って欲しいと頼まれましたので、上里集落にお連れしたと言うのがきっかけになります」
「そこで、上里集落への移住を求められました。その後、ブーランジェリー王国を私が案内しました」
そっちは諸星さんの担当ですね。少しざわつきが減った……ほっとした空気になってきましたね。
そうですか、今のでオルティアさんが茶目っ気たっぷりと言うのがわかったと言うのですね。でもさあ、一つ気になったことがあるんだよね。うん、立木さんってオルティアさんのことを『ティア』さんって呼んだよね。そう呼んだとき、オルティアさんが嬉しそうな顔をしたのよ。
「ワタシノシゴトハ、カミトペンガアレバセイリツスル。インスピレーション、ヒントヲモトメルタメニキボウシタ。キヨヒコトノデアイハ、カミノミチビキダトオモウ」
よく考えてみたら、オルティアさんって日本語で答えてるよね。つたないところはあるけど、もの凄い努力をした気がするのよ。あっ手元にアンチョコがある……そう言うことなのね。
「IMO研究所は、オルティアさんを研究副所長としてお迎えします。従って、先ほどアリシア総理を招待したのは、オルティアさんと言うことになります」
立木さんの立場、ですか。確かに、疑問に感じますよね。しかも世界的ビッグネームが参画されるんですから、立木さんの必要性がなくなったと思われても不思議じゃないと思いますよ。
「ワタシノオットデス」
おいっ、まだそのネタを引っ張るのか。
「ティアっ!」
あっ、立木さんが怒った。まあ、怒るわよね、あれは。でもさぁ、そこでしょげられると更に誤解されるよね。
「組織としていびつなのですが、私はまだお役御免にして貰えませんでした。従って、所長1、副所長2の体制で研究所は運営されます。ちなみに、研究主任1、秘書1ですべてと言うことになります」
えっ、私って秘書だったの。そうか、今度は諸星さんの秘書かぁ……どこまで行っても、私って秘書なのね。まあ、やってることは確かに秘書だけどさぁ。
「次の私のミッションは、ティアと大芝、宇梶両教授に議論をさせることです」
つまり、また温泉旅行をアレンジするんですね、わかります。次はどこの温泉なんでしょうね。
そしてその3日後、日本政府並びに英国総理の公式訪問が行われました。ただ研究所自体はまだ建築中なんですよね。従って、会見場は大谷村役場を使用することになりました。もうね、大谷村村長……中林さんなんだけど、もの凄く喜んでくれたのよね。
ただ最初の会見は、とってもあっさりとしたものでした。当たり前だけど、場所が村役場だし、まだ上里集落から離れているからね。
ただ、ここからが見せ場になっていたのよ。どう言うことかと言うと、上里集落への移動方法、つまり空間転移を行ったと言うこと。ただこの空間転移、シャルロットさんは顔を出さなかったのよね。その辺り、アメリカ政府を気にしたと言う所かしら。
だから転移には、女神フローリアンさんが活躍しました。ええ、大谷村役場と第二別館との間に、転移ゲートを開いてくれたのよ。英国首相アリシアさんは、諸星さんのエスコートで転移ゲートを潜りました。勿論、ゲートの反対側にはマスコミのカメラが待ち構えていたわね。そしてカメラの連射音の中、転移ゲートを潜った菅谷総理たちが登場したと言うことよ。ちなみに菅谷総理のエスコートは、たっての希望でセレスさんがすることになりました。いやぁ、菅谷先生も男だったと言うことですよね。オルティアさん……今更それを聞く? 立木さんの腕を引っ張って潜ってくれたわよ。
転移ゲートを通ったところで、食堂に作られた会見場で2度目の会見と言うことになりました。外国要人として、初の転移ゲート使用ですからね。その感想から始まるのはお約束だと思うのよ。
そうですか、とても複雑な気持ちと言ってくれるのですね。まあ、その気持ちはわかりますよ。転移だって構えても、何事もなく移動できますからね。何キロもの距離を一瞬で超えるのだから、やっていることはとっても凄いんだけどね。ただ感動と言う意味だと、やっぱり地味だと思うのよ。
このゲートで、色々なところを繋ぎたい。例えば、首相官邸と自宅……例としてわかるけど、やめておいた方がいいと思うんだけどな。後はここ……ここですかぁ。入国管理が必要かしら。
「政府として、上里集落周辺を特区として指定することを計画している」
おや、これはビッグニュースですね。ところで、何の特区になるんですか?
「最初は、すべての規制が無い状態から始めることを考えている。その後、異世界と付き合うために、必要な法的措置、規制を考えることになる。すなわち、大谷村上里集落周辺を『異世界特区』と定めることを考えている」
どうやら、マスコミ関係者も初耳だったようですね。だからかしら、菅谷総理がしてやったりって顔をしているのよ。しかし、随分と思い切ったことをしてくれるのね。
あら質問……そりゃあ、寝耳に水だものね。って、どうして立木さんが手を上げているのかしら。
「運用する側としても寝耳に水の話です。ですので、確認を込めて質問をさせていただきます。規制の無い状態と仰りましたが、優遇措置は考えられておられるのでしょうか。加えて遵守すべき法律をどのように考えられているのか。更に確認するのなら、上里集落周辺と言うのはどこまでを含むのかと言うことです」
「詳細決定については、IMO研究所にご協力頂くことを考えている」
ああ、立木さんが天を仰いでいるよ。そりゃあ、また面倒を押しつけられるんだものね。あれっ、どうして私を指差してくれるのかな?
「要望として、入国管理、及び戸籍・住民登録に関する免責をお願いします」
「要望は承ったと言うのが、この場の答えになる」
入国管理の免責って……パンの国とのゲートがあるからか。それから、魔王さんたちにしても、入国管理上は問題なんだよね。それ以前に、諸星さんもそうなのか。うん、確かに早めに決めておく必要があるわ。
「異世界から上里集落に戻ってきた、やってきた人たちの扱いは『日本国民』ですか?」
「この世界で生きていくためには、無国籍と言うのは都合が悪いと考える。従って、強制では無いが日本国籍を与えることを考えている」
「決定時期の目安を教えていただきたい」
「今のところ、早急にとしか答えられない。それが1ヶ月なのか、1年なのか、暫定指定から始めるのか、すべての検討が進んでいない」
「つまり、思いつきレベルと言うことですね」
立木さんが頭を抱えてるよ。つまり、これは二人の仕込みじゃ無いと言うことになるのね。ところでさぁ、どうして私を指差してくれるのかな。
あっ、他の記者さんだ……
「まずは感想から。立木氏が頭を抱えていますので、私には面倒を押しつけたように思えてしまいます。そして質問ですが、今回英国首相が訪問されました。上里集落に関わる今後の外交スケジュールは決まっているのでしょうか?」
「現時点で未定と言うのがお答えになります。正直な所、今回の英国首相殿の訪問もイレギュラーなことなのです。オルティア女史が副所長に就任しなければ、実現しなかったと考えて頂いても結構です」
そうですよね、外交には口実が必要ですもんね。IMO研究副所長のオルティアさんが招待したんだから、上里集落としては受け入れないわけにはいかないのよね。そして上里集落が受け入れるとなると、日本政府も認めざるを得なくなるわけだ。
「同盟国として、アメリカの受け入れが必須と考えられますがいかがでしょうか?」
微妙な問題はあるけどさ、記者さんが指摘したとおりなんだよね。どうなっているのかは、一応聞かされてはいるんだけどね。
「現在調整中とお答えいたします。さらに付け加えるのなら、中国、ロシアとも調整を行っています」
おっ、先手を打ったか。でもさぁ、ロシアって本当に来られるの? アメリカが大統領とか中国の国家主席とかが来たら、格下と言う訳にはいかないよね。でもさ、ロシアって今とっても微妙な立場にあるでしょ? それを考えれば、綿密な調整が必要になるのも当然か。
う~ん、ここに来て勉強することが多くなったな。しかも私、一応当事者だしぃ。うん、諸星さんに関わって良かったと思うよ。そうじゃなきゃ、こんなに政治の中心を見ることも出来なかったと思うもの。
これで、記者会見はひとまず締めと言うことになる訳ね。そして次は、いよいよパンの国への移動と言うことですか。
急ぎすぎ?
これには、とっても深い事情と言うものがあるのよ。深い事情とはなんだ? あのね、豪華な晩餐会を開ける場所が、大谷村には無いからよ。勿論、上里集落にはそんなものは無いわよ。有るのは、昔旅館だった建物だけでしょ。だから、豪華な会場を求めてパンの国、つまりブーランジェリー王国に移動する必要があったと言うこと。
まあ諸星さんが国王だから、あっちで開く口実が立つのも確かなのよね。ちなみにマスコミ関係……主に機材の方なんだけど、すでにあちら側で待機済みになっているって。世界初の異世界訪問が、なぜか現地中継されると言う奴ね。川口浩探検隊とかじゃないからね! 古い、そうか、やっぱり古かったか。
ちなみにこの晩餐会、上里集落からはフルメンバーが出席することになっているわ。うん、竜人たちや魔王様たちも出席するのよ。ただみんながいなくなると防犯が危ないので、自衛隊の皆さんが警備に当たることになったわね。吉岡陸将の指示で、上杉さんが中隊を3個……それって大隊って言うの、へぇ~
大隊を率いて警備に当たってくれているのよ。ちょっと物々しすぎると言うのは言ってはいけないこと? そう、言ってはいけないことなのね。そっかぁ、あちらにもプライドがあると言うことね。当然だけどMAGIシステム……つまり空間移動の検出システムだけど、そこにも人が張り付くことになっているわ。
ただね、それよりも諸星さんが荷造り紐さんを配置していたのよね。その方が当てになると言うのは言ってはいけないこと? だよね、やっぱり言ってはいけないことだよね。
ようやく集落の公開。長かった……のかな。
ちなみにこのお店は、餅飯殿商店街近くにあるお店に似ていますが似ているだけです。




