フライング
村の特産は異世界です
・フライング
忘れられがちなIMO研究の建屋なんですけど、ちゃんと工事の手順は進んでいたようです。基礎工事が終わってから2ヶ月経ち、梅雨が明けたぐらいに石原さん……ええっと、IMO研究所建屋の設計とプロジェクトリーダをされている人です。ええ、翼人のヤリスさんが確保された男性で間違っていません。
その石原さんが、関係者を引き連れて戻ってきました。ただねぇ、第二も手狭になっているんですよ。そうですか、ちゃんと国道沿いに宿舎を確保しているのですね。なるほど、そちらも温泉が付いているのですね。ひょっとして、あれかな、うんもうちょっと南に行ったところの。そうですか、あれなんですね。
いえ、それは良いのですけど、資材の運搬はどうなっているんです? なんです、自衛隊に協力して貰うと言うのは。プレキャストで作った材料を空輸するんですか。どうしてってのは、まあ、道が細いですからねここは。
お陰で、しばらくヘリコプターが煩くて仕方がありませんでした。でも、自衛隊を利用して良いのかなぁ……なんか、騒ぎ出す人が沢山いそうな気がするんですけど。すでに手が打たれている……副所長がやってくれた。ええっと、また立木さんが何かしたんですか? もしかして、ラズライティシア様とインテグラさんを連れて旅行に行ったあれですか? そうですか、それで立木さんが生き生きとしていたんですね。
「ところで、立木さんの姿が見当たらないんだが?」
立木さんですか、立木さんなら珍しく一人旅ですよ。しかもですよ、今回の旅は温泉じゃ無いんです。ええ、奈良でしたか、どうして京都じゃ無いのかと思うんですけど、奈良まで遊びに行っているんです。御衣黄さんを避けたのかな?
ラズライティシア様とインテグラさんを置いていったし、そもそもケイコさんも着いていっていないんですよね。もしかしたら、クロアさん案件かなとも噂されているんです。
「知らない名前がまた出てきたんだが。クロアさんと言うのは誰なんだ?」
クロアさんですね、ええ、ここに住んでいませんからね。しかもニュースにもなっていないので、知らなくても不思議じゃないと思います。
先日魔王城がいきなり現れましたよね。その前日にですね、クロアさんと言う女性が突然現れたんですよ。そして、次は魔王だと言い残して消えてくれたんです。まあ、しっかりと宴会には混じっていきましたし、ラズライティシア様たちと三人で立木さんから搾り取っていったんです。
ええ、金髪碧眼のとっても綺麗な人です。髪の色は違いますけど、セレスさんと姉妹に見えたぐらいなんです。ただ本人たちは、母娘なんて意味不明なことを言っていましたけどね。
「つまり立木氏は、そのクロアと言う女性と接触しようと考えたと言うことかな?」
久しぶりに一人旅をしたいっ! って出てきましたけどね。だからクロアさんの話は、私たちが勝手に言っているだけですよ。ただ狙って現れる可能性はあると思うんですよ。だってクロアさん、もの凄くデレていましたから。
「なんか癪に障るからこの話はここまで……としてだが、諸星氏の準備は出来ているのか?」
ええ、出番が来たと張り切っておいでですよ。逆に言うとですね、石原さんの準備は宜しいんですか。諸星さんなんですけど、図面を見て命令なんて出来ませんからね。最近なんか開き直って、『俺は文系だぁ』って叫んでいるぐらいですから。
「お陰で、余計な手間が掛かったのだが……3DCGモデルと、建築過程のビデオを制作した。現場の工程も、レゴブロックとかプラモデルを組み立てるレベルまで分解してある」
ええ、そこまですれば問題ないと思います。でも、普通はしない工程ですよね。本当にご苦労様と言ってあげます。ですので、今夜は関係者を集めて宴会と言うのはどうですか?
「どうと言われてもだな、こちらの都合は関係ないのでは無いかな?」
まあ、参加されなくても宴会は開かれるんですけどね。できれば、参加していただけたらなぁと思ったんです。そうですか、喜んで参加していただけるんですね。はい、ヤリスさんも張り切っていましたよ。
じつはですね、白船さん……はい、自衛隊から派遣されてきた人なんですけどね。その白船さんとアクアさんの間で子供が出来たんですよ。だから翼人の皆さんが色めき立ってと言うのか、次は自分だと張り切っているんです。ですので石原さん、きっと寝かせて貰えないと思いますよ。
「ふっ、返り討ちにしてやろう」
自信満々ですね。その自信、過信にならないように気をつけてくださいね。
こうしてホテルの前を降り、駐車場を通って細い道……不審ヶ辻子を抜けると五重塔が見えてきます。ええ、有名な興福寺の五重塔と言う奴です。しかしこの景色、結構久しぶりになるんですよね。以前は『また』と娘に言われるぐらいに来ていたんですけどね。
ルートが外れているので、まだ鹿ちゃんには会っていませんね。鹿ちゃんは気持ち悪い……すみませんね、かみさんの口癖がうつっただけなんですよ。なぜか鹿の映像を見ると、異様に興奮してくれるんですよ。
しかしこの半年ほどで、神様とか仏様と言うのが有り難みがなくなったと言えば良いのか。ちょっと見方が変わったと言えば良いのか……頭を切り替えて、東大寺辺りで荘厳な気持ちを味わうことにしましょうか。ただね、ちょっと二月堂は遠いと言えば良いのか、つい最近は息が切れるので避けていた場所なんです。この辺り、諸星さんのお陰と言えば良いのでしょうね。
奈良に行く、しかも一人と言ったら大勢の人に驚かれてしまいました。諸星さんとかシアには、クロアさんがらみかと疑われもしましたね。嫌ですね、年寄りの体力と言うのは簡単に限界が来てしまうんです。そもそもどうすれば、クロアさんと連絡が取れるのでしょう。ちなみに今回の目的は、ご無沙汰していた居酒屋さんに行くことなんですよ。
猿沢の池を過ぎて三条通に入ると、いきなりの人混みに突き当たります。以前はこうじゃなかった……と言うのは無理がありますね。有名な草餅……高速餅つきで有名な餅屋の前には、本当に色々な人がスマホを持ち上げて中を見ています。どうやら、テレビでも紹介された高速餅つきは健在のようですね。
その喧噪をやり過ごして脇道……商店街なんですけどね、その商店街を真っ直ぐにいくと目的の居酒屋はすぐ近くです。もの凄く予約が取りにくかったお店だったのですが、ここの所予約を取らなくなったそうです。それを知らずに電話をした時には、閉店したのかと焦ったぐらいです。早く並べば入れるようになった分、楽になったとも言うことが出来ますね。ただなぁ、午後4時から酒を飲むと言うのは……最高じゃ無いですか。
今日の待ち行列は4人ですか。これなら十分に入ることが出来そうです。
どうも大将。お久しぶりっ
いやあ、飴色になったコの字型のカウンターは良いですね。そしてその端っこには、おでんが美味しそうな湯気を立ててくれるんです。このお店での最初のルーチンは、ハート島のビールを注文するところから始めます。そしてビールが出たあたりで、つまみの注文をすることになります。
おでんは大根、これは定番中の定番ですね。そして白はんぺんとか、そうですか、今日はタケノコもあるんですね、だったらそれを。後は焼き豆腐かな、取りあえずおでんはそれで。後はハーフでマグロとタコを。キモ焼きもハーフでお願いします。
そこまで注文すれば、後はお酒を楽しむだけです。今日も歩いたので、しっかりと喉が渇いているんですよ。だからハート島のビールで喉を潤すことにしましょう。爽やかな苦みを、渇いた喉が迎えに行ってくれます。そしてビールの泡が、喉を刺激しながら落ちていく。いやぁ、至福の時と言うのはこのことを言うのだと思いますよ。
「ご活躍、テレビで拝見させて貰っています」
いやいや、あれは他人のふんどしで相撲を取っているだけですから。それに、後の無い年寄りと言うのは無敵の存在なんですよ。だから好き勝手やらせて貰っているだけなんです。本当に凄いのは、周りの人たちなんですよ。だから楽しいんですよ、こちらの人にしても皆さん才能の塊ですからね。
ええっと、ポテサラは注文していませんよ。サービスって、お勘定に付けておいてください。ええ、ポテサラは注文するつもりでしたからね。
今日は体調が良いのかな、気がついたらビールが空になっていました。そうですね、次は風の森をお願いします。このぴりぴりと来る感じが良いんですよね。
ところでお隣さん、私の顔に何か付いていますか? そうですか、どこかで私を見たことがあると言うのですね。特に特徴も無い年寄りですから、気のせいじゃないのですか? 違う、その言い方で思い出した。そんなに特徴が有りますか? ええ、IMO研究所で副所長なんかしていますよ。
そうですか、近くの女子大で文化学を教えられているんですね。ええ、ここにはそう言った方がお見えになるのは知っています。以前も、同僚の方と挨拶させていただいたことがありますからね。なぜ奈良に……ですか。それって、疑問に思われることですか?
そうですか、京都に行っていると考えられたんですね。まあ、本山との関係もありますから、そうお考えになっても不思議ではありませんね。
さも無ければ、どこかの温泉。奈良だったら洞川温泉……ええ、以前お邪魔したことがありますよ。もう、冷房も無くて扇風機で涼をとらして貰いました。次の宴会はどうか、ですか。それも面白そうですね。ところで……そうですか、藤原さんと仰るのですね。私に、何か言いたいことが有るのですよね?
「フィールドワークに伺わせて貰えませんか。ええ、ゼミの学生を6人ぐらい連れて行きたいんです」
なるほど、文化面での研究対象としたいと言うことですね。いえ、そんなに畏まらなくても良いですよ。色々と誤解されている気がするんですが、私は怖くなんか有りませんからね。あれはですね、マスコミ向けのポーズと言えば良いのか、面倒を避けるために敢えて面倒な男を演じているんですからね。
それでフィールドワークと言うのですね。それがミーハーな気持ちからで無ければ考慮いたしますよ……いや、別にミーハーなものでも良いのか。それならそれで、協力して貰いたいことがありますからね。ただ藤原さん、一つだけ覚悟して貰いたいことがあるんです。
「あ、危ない場所、と言うことでしょうか?」
魔王とか竜人とかがいますけど、危ない場所と言うことはないんですよ。竜人なんて、ビュッフェでラーメンを食べているぐらいです。魔王とかその部下とかも、カレーをお代わりしているぐらいなんですよ。
そう言えば、甘いものも大好きでしたね。最近はプリンとかゼリーとか、喉の通りの良いものが好評です。だとしたら、覚悟と言うのは何に対する覚悟かと言うのですね。実はですね、文化系では初めての訪問になると言うことです。そこまで言えば、覚悟の意味が理解出来ますよね?
「世界から注目を集める……と言うことですか」
その可能性が高いと言うことです。何しろ上里集落は、世間には公開されていないんです。色々と情報を発信していますが、マスコミの取材を許可したこともありません。そこに女子学生を連れた藤原……准教授が訪問されれば、色々と注目を集めることになると言うことです。
従って、その覚悟が必要だと申し上げました。勿論、単なる杞憂と言うこともありますけどね。それからご主人、先生に善童鬼を、私の奢りで。いえ、遠慮は必要ありませんよ。うちのかみさん、実はそちらの出身なんです。それとですね、理系の教授を募集されていましたよね。もの凄く心が動いたのですが、実績も能力も足りないので諦めたことがあるぐらいなんです。ですので、これは私の奢りと言うことにしておいてください。
それからですね、最近名刺なんてものを作ったんですよ。宜しければ、名刺交換などさせていただいても良いですか? 光栄……いやいや、私なんてただの年寄りですからね。
ご主人、騒がせてしまいましたかね。そんなことは無い、藤原さんもお得意さんだと言うのですね。でしたら良いのですけど、この境遇はまだ慣れませんね。篠峯をお願いします。あと、焼きたらこもお願いします。忘れていました、お冷やもお願いします。
疲れて見える……ですか。まあ、否定はしませんよ。ちょっと、ここの所バタバタしていましたからね。60過ぎの年寄りには、流石にきついと思っているんです。ええっと、新しいお客さんみたいですよ。そうか、もう2巡目に入ったんですね。あの女性……外国の方かな、運良く席が空いていましたね。ええ、なぜか私の隣なんですけど。お願いですから、英語で……いやいや、フランス語とかも勘弁してくださいね、語学って苦手だったんですよ。だから英語も止めて欲しいんですけど……
「ワタシ、オルティア、イイマス。ミスタータチキ、ハジメマシテ」
そうですか、私をご存じなのですね。狙ってと言うのは無理だと思いますから、もの凄い偶然と言うことですか。なるほど、神のお導きと仰りますか。その神様は、いったい『どの』神なのでしょうね。
ちなみにこのオルティアさん、見た目は30代後半に見える結構綺麗な人ですね。スタイルは……女性をじろじろと見るのは失礼なのでしていませんよ。
「カミノミチビキデス。ワタシ、セオリティカル・フィジックスヲセンコウシテイマス」
セオリティカル・フィジックス……セオリティカル、ああ、理論物理学ですね。確かに、もの凄い偶然と言うのは確かですね。それで、何を飲まれますか? ワインはあるのか……メニューには無さそうですね。お前は何を飲んでいる? 日本酒……ジャパニーズライスワインと言う奴です。そうですか、日本酒にいかれますか。マスター、風の森をこちらの女性に。
このピンクのつぶつぶのは何か、ですか。たらこ……コッドローを焼いたものです。少し寄越せ……別に構いませんけどね。ところでこちらのお店はどうやって……そう言えば、分厚いガイドブックに出てましたね。なるほど、あなたもそのガイドブックを持っているのだと。失礼、ちょっとトイレへ……
後ろをすり抜ける……壁際の席は後ろが狭いんですよ。すり抜けるときにですね、ちょっと首筋などを見てしまいました。首筋って、年齢を隠せませんよね。30代後半に見えたのですけど、実際はもっと上でしたか。
それでトイレで用を済ませてから、スマホで検索などしてみました。簡単に見つかったところを見ると、かなりの有名人と言うことになりますね。だとしたら、大芝と宇梶にも聞いてみますか。
はいはい、失礼しました。もう2杯目ですか? 違う、3杯目。さわっとしていて風味があって美味しいと言うのですね。まあ、これはそう言うお酒ですから。
自分はエクストラディメンジョンを研究している。エクストラディメンジョン……多次元のことかな。重力波とニュートリノの発生原理に興味がある。だから、神のお導きだと言うのですね。申し訳ないのですが、日本語でも私にはついていけない話です。ましてや英語でまくし立てられたら、ヒアリングも付いていけません。実験物理学……ええっと、エクスペリメンタル・フィジックスを専攻している知り合いがいるんですよ。議論でしたら、彼らを紹介するのでそちらでお願いします。
それなら、言葉のいらないコミュニケーションはどうか、ですか。枯れた年寄り相手に何を言っているのですか? 嘘を吐け、現役なのはわかっている。でしたら、言い方を変えましょうかね。命が惜しいので、こちらの女性には手を出さないことにしているんです。
「ザンネンデス。ソノカワリ、イセカイニツレテイッテクダサイ」
今日は売り込みの多い日ですね……これからは街飲みも危険と言うことですか。ああ、大芝から返信がありましたよ。かなりの大物、いきなりどうしたですか。奈良の飲み屋で隣り合っただけですよ……ですから、色々とバグっていると言わないように。ウィキペディアにも載っている女性……こらこら、人のスマホを覗き込まないように。ここに、独身と書いてあるだろう……いえ、私は愛する妻がいるんですからね。
これ以上男女の仲に絡めるのなら、集落に連れて行きませんからね。私は、明日の朝に集落に戻ります。お土産を買って帰りますから、集落に行きたいのであれば9時までにフロントに来てください。ええ、奈良のホテルですよ。そちらは? 奈良駅前の野乃ですか。温泉と夜鳴きソバが楽しみと言うのですね。意外と言ってはいけないことですか? なるほど、それもガイドブックに書かれているのですね。ただ、ちょっと部屋が狭い……まあ、あの系列はそんなものですよ。
翌朝のんびりと茶粥の朝食を頂くことにしました。良いですよね、この素朴で優しいお味と言うのも。奈良に来た……と感じさせてくれる朝食だと思います。ただそれは良かったのですが……まだ8時ですけど。どうして、オルティアさんがいるんです? 昨夜は興奮して眠れなかった。そうですか、あなたもあちら側の人なんですね。先にお断りしておきますが、猥談に持っていったら招待を取りやめますからね。すみませんが、そこで固まらないように。
和菓子屋が9時開店なので、しばらくラウンジでお茶でもして待っていてください。ゲストを一人で待たせるな……押しかけてきてそれですか。少しは遠慮と言うものを考えて貰えませんかね。わかりましたから、そちらのラウンジで待っていてください。すぐに荷物を纏めてチェックアウトしますので部屋には押しかけてこないように。
樫舎さんで季節の和菓子を大量購入……すみません、綺麗だと興奮しないでください。時間が掛かって仕方が無いんですよ。上で食べていきたい、ですか。残念ですね、喫茶は11時からなんですよ。心残りがあるのなら、ここでお別れと言うことで……人の鞄に手を掛けないように。今、思いっきり首が絞まったんですよ。
ええ、わかりましたよ。もう一軒中西さんでわらび餅を買って帰りますのでお付き合い願います。ちなみにですね、そちらの喫茶も11時からなので悪しからず。
さて、そろそろ集落に帰りますかね。ところでオルティアさんは、ここまでどうやって? 関空から南海近鉄を乗り継いできた。これも、お勧めルートになっている。
「ドウヤッテ、シュウラクマデ?」
それは内緒です……どうして、目を閉じて背伸びしてくれるんです? 申し訳ありませんが、お年を考えていただきたいと思いますよ。ですから、人のすねを蹴飛ばさないでください。こんな所に連れ込まれたら、期待してしまうじゃ無いかと言うのですね。
ですので、ご期待に応えようと思ったんですけどね。そう言うことなのでシャルロットさん、お願いします。と言うことで、ウエルカム上里集落へ。
はい、毎度おなじみ小谷静香です。何か楽しそうに見える、ですか。いえ、昨夜から色々と面白かったなと、野次馬根性丸出しで楽しませていただきました。何のことかと言うと、昨夜立木さんから連絡が入ったんですよ。その時の人間関係が、なかなか面白かったと言えば良いのか。
まずですね、諸星さんが叫んでくれました。はい、「出会いがバグってる」と叫んでいましたね。何のことかと言うとですね、奈良の居酒屋さんで世界的学者さんが隣に座ってきたことです。立木さんの行動を考えると、待ち伏せとかは絶対に考えられないんです。これが温泉だったら、その可能性も微レ存なんですけどね。それでジャック君に検索して貰ったら、かなりの大物と言うのがわかりました。あとはですね、お年の割に美人と言うのもわかりました。はい、こちらが第2弾と言うことになります。ラズライティシア様とインテグラさんが、奈良に乗り込むと言い出したんですよ。
でもですよ、言っちゃあ悪いけど立木さんって『普通のおじさん』ですよ。あっ、背中に冷たいものが走った……どうかしましたかラズライティシア様。それからインテグラさん、手のひらの上に火球、ですよね。そんなものを作ってどうしたんですか?
「シズカは、命がいらないと言うのだな?」
そんなこと、一度も言っていませんけど。それから、立木さんへの評価は一般的なものですからね。ご自身も、60を過ぎたおっさんと公言しているんですよ。ええっと、私の上に禍々しいものがあるんですけど……対人攻撃魔法って止めて貰えませんかっ! 骨も残さんって……謝りますから止めてくださいよ。それから御衣黄さん、ビール瓶……一升瓶はもっと凶悪なので止めてください。
世界的物理学者さんに比べれば、女子大の教授さんの話は大人しいものでしたね。だって、相手は40代の男性なんです。ただねぇ、女子大生を連れてのフィールドワークですか。色々な手順をすっ飛ばしていますよね、これって。
「待っていたら、時間だけ掛かってしまうだろう。だから、既成事実を積み上げることは間違っていないと思う」
なるほど、国の調整は遅々として進んでいませんね。ところで諸星さん、女子大生と言う響きに心が動いたとか……なぜ、そこで目をそらしてくれるんです? あなたには、セレスさんと言う超絶美人、かつ年の若い奥さんがいますよね。実年齢は、確か女子大生より若かったですよね。
それでも、女子大生の響きは特別。いやぁ、意外と言ってもおかしくないと思いますよ。
お帰りなさい立木さん。そうですか、その方がオルティアさんなんですね。それは良いのですけど、もの凄く興奮されていませんか。後はですね、なぜ立木さんに抱きついてキスなんかしているんです? 理由はどうでも良いが、助けて欲しい……と言うのですね。荷造り紐さんに頼みますか?
諸星さん、後はよろしく、ですか。所長なのだから、お客さんへの対応を任せると言うのですね。相手が世界的ビッグネームと言うのなら、確かに間違っていませんね。
それで、立木さんはこれから? 和菓子を買ってきたので、自宅でお茶を楽しむと言うのですか。一つ伺いますが、私の分もあるんですよね、その和菓子。当然用意してある……だから、これからお茶を楽しむと言うのですね。わかりました、お客さんは諸星さんに任せることにしましょう。
立木さん、小谷さんに逃げられてしまった。どうして所長室……自宅の書斎なのだが、そこでオルティアさんと話をすることになったんだ。ああセレス、お茶をありがとう。それからこれはなに? 立木さんから貰った和菓子と言うのか。あの人、こういった気配りを忘れないんだよな。
つかぬ事を伺いますが、オルティアさん、不貞腐れていませんか? 不貞腐れてはいないが、ちょっと複雑な気持ちになっていると言うのですね。ええ、それ以上詳しくは聞きませんよ、俺も自分の身が可愛いですからね。
繰り返しになりますが、ようこそ上里集落へ。上里集落は、オルティアさんを歓迎します。お願いがある、ですか。一応お話を伺いますよ。
「コチラヘノイジュウヲミトメテクダサイ」
いきなり移住ですか、今大学で研究されているのですよね。なんです、理論物理学は場所を選ばないと言うのは。事実だ、紙とペンがあれば研究は出来るのですか。ここにいると、インスピレーションが掻き立てられる……俺の想像が付かない世界なんですね、ですから恥も外聞も捨てることにします。立木さん、ヘルプぅ! ヴェルファイア、立木さんを連行してきてくれるかな。うん、所長命令と言ってくれて良いから。
ところで早かったね、結界が張られていて近づけなかった。君でも破れない結界だったのかな? 時間を掛ければ可能かもしれない。ただ、近付いたらもの凄い殺気を向けられた。それが怖くて、逃げて帰ってきたと言うのか。うん、これ以上無理は言わないから。
移住希望ですけど、理由を教えて貰えますか。理由なら今言った、インスピレーションの問題だと言うのですね。しかも、魔法とか異世界とかを直に見ることが出来る。そんな環境は、ここ以外に存在しないのが理由なんですか。
小谷さん……小谷さんもいないのか。ヴェルファイア……無理、小谷さんも結界の中で一緒にお茶をしていると。でも、立木さんに比べれば小谷さんはハードルが低いと思うよ。言われてみれば確かにそう。だったら、外から声を掛けてみる……うん、任せたから。
予想通り、すぐに小谷さんが連行されてきた。まあまあ、問題が片付けばすぐに解放しますから。ケイコさんが、抹茶を点ててくれているところだった。人の楽しみを奪った責任を取れ……って。だったらすぐに解放するから、一つ質問に答えてくれるかな。
うん、オルティアさんから移住の希望をされたんだ。そう、受け入れに問題があるのかなってことなんだけど。そうか、集落としては問題は無い。オルティアさんの個人的事情までは知らない。個人的事情ってなに? 大学とかとの契約、そうか、そっちの話もあったね。俺は、立木さんのことかと思ったよ。とにかく、問題の無いことは理解したよ。うん、お楽しみの所悪かったね。抹茶かぁ……今度セレスにも教えて貰おうかな。ええっとセレス、そのお椀は?
「ケイコさんから、手ほどきを受けたお茶ですよ」
だそうですオルティアさん、抹茶、飲まれますか? 後ですね、受け入れ自体は問題ありません。ただ身辺整理はしてきてくださいね。ポストの方は、内部で調整することにします。辞表を送った……素早いですね。そんなことをして、問題になりませんか? ところで辞表の理由は? これからは恋に生きるって、冗談ですよね。はい、冗談でしたか。IMO研の引き抜き……売り込みに成功したの間違いですよね、それって。
「パンノクニニイッテミタイ」
パンの国、ですか。一応ブーランジェリー王国と言う名前なんですけどね。ヴェルファイア……あれっ、ヴェルファイアは? セレス……セレスもいないな。お~い、誰かいないのか? 返事がない……もしかして、俺って見捨てられた?
はい、パンの国観光ですよね。ちょっと担当者をアサインするので待って貰えませんか。木下君……携帯が圏外、じゃあ田中さんは、同じく圏外って……二人とも、あっちに行っているのか。仕方が無い、俺が送っていけば良いんだな。あっちに行けば、後は二人に任せれば良いんだからな。
じゃあオルティアさん、飛びますのでヨロシク。
しかし、嵐のような人だったな。そうオルティアさんのこと。ブーランジェリー王国では、落ち着いていたのは意外だったのだが。転移ゲートを通るときには、何度も往復してくれたんだよ。本人曰く、転移するときに受ける感覚を調べていたのだそうだ。
なにやら高次連接された世界間を移動するのだから、人間には知覚できない領域があると言うのだ。それを高次方程式で記述するのだが、その手がかりをなんとかして得たい……ええっと、はっきり言ってちんぷんかんぷんなんですけど。ヘルプ……と言っても、立木さんも専門外でさっぱりと言っていたな。タチキを呼ぶのは反対しない、むしろ呼べるのなら呼んで欲しい。呼んでくれたら、かみ砕いてわかりやすく説明するというのですね。良いですか、もの凄く下心が見えるんですけど。当然下心で言っている……開き直ってくれましたか。
それでオルティアさん、2泊して帰って行かれました。もうね、立木さんをラズライティシア様とインテグラがガードするのが面白かったと言えば良いのか、緊張感に溢れていたと言えば良いのか。後は、なぜか御衣黄さんが落ち込んだりしていたとか……なんで? 世界的権威ばかり現れる。その辺りがショックなんだと言うのだね。
ところでシャルロット、オルティアさんはなんて言っていたんだ? ケンブリッジで、身辺整理をしてから戻ってくる。さほど時間を掛けるつもりは無いと言っていたんだね。さて、彼女のポストをどうしよう。IMO研ってさぁ、老化に挑戦する研究所だったよな。
立木さん。どうかしたんですか。そうですか、後沢に連絡をしたんですね。それで、後沢はなんと? 副所長のポストなら用意できる、とっても安い買い物だと言っていたのか。ちなみに彼女を副所長にした場合、立木さんの立場は? 引退して横浜に帰る……ええっとですね、出来ると思って言っていますか? 後沢のことだから、立木さんはそのまま副所長ですよね。どう考えても、人材の引きがバグってますもん。
IMO研で変わったことと言えば、定例の会見を開くようになったことだ。尤も、IMO研などスタートアップの小さな研究所でしかない。本来なら、研究所内に会見場を作るところだろう。ただ研究所は建築中なので、大谷村の施設を借りることにした。うん、村役場の多目的ホール。結構広いところなんだけど大丈夫かな。
中林村長さんが言うには、200ぐらい椅子を置いてくれたのだそうだ。それから会見は、一応動画サイトでリアルタイムで流すことになっていた。ちなみに今回の会見が、第1回目の定例会見だったりする。つまり、記念すべき会見と言う奴だな。
一応マスコミ向け、それから研究所ホームに定例会見の告知はしてある。ただこんな田舎に……すみません中林村長。こんな東京から遠く離れたところに、果たしてどれだけの記者が来てくれるのかな。
そんなことを思っていたのだけど、はっきり言って考えが甘かったようだ。うん、問い合わせが殺到……ごめんなさい、大谷村に受けてもらいました。あと、Webフォームのもあったのだけど。問い合わせが殺到したので、急遽座席数を倍の400に増やしました。テレビカメラの持ち込みについては、今回は不許可にした。しかしなんだ、こんな遠いところに沢山来てくれたんだな。外国人特派員も沢山来ているようだ。そろそろ時間……だったら立木さん、始めてくれるかな。
今回の第1回定例会見なんだけど、出席者はたった4名。つまり所長副所長と御衣黄さん、小谷さんですべてと言うことである。
「ただいまより、IMO研究所第1回定例会見を開催いたします。なお、本会見はトベでリアルタイム中継を行っております。では所長の諸星より挨拶をさせていただきます」
うん、なんか会社って感じ。しかしなんだ、人相の悪いのが結構混じってるな。
「IMO研究所所長諸星です。本日はお忙しい中お越し頂き感謝いたします」
挨拶が終われば、後は事務連絡事項みたいなものだな。発足以来の4ヶ月で、IMO研究所が何をしたのか。ちなみに、この『何』には、竜人とか魔王城のことは入っていない。だってあれ、IMO研究所には全く関係ないんだもの。
従って、京都との共同研究が主になるのかな。後は、そうだ、キャンプ場跡地の研究所建設が進んでいることぐらいだな。竣工予定までに、あと2ヶ月と言うのが今の予定だ。ただ、その後に機材搬入があるので、実際に動き出すまでには更に2ヶ月が必要となる。
うん、なんとか雪が降り出す前には形になると言うことだ。
「それでは、質問に入らせていただきます。指名いたしますので、挙手をお願いいたします。なお指名された方は、社名及び氏名を名乗った上で質問をお願いいたします。では、適当に指名いたしますのでよろしくお願いいたします。はい、そこのメガネを掛けた白い無精ヒゲの方」
「IMO研究所は、三流しか集まっていない」
「私が最初に申し上げたことを理解されていない、さも無ければ理解出来る知能がないのですか? 社名、氏名を名乗った上で質問するようにお願いしました」
「俺を知らないのはどこの潜りだっ!」
「いえ、全く存じ上げません。では質問にお答えしたので、次の方に移りたいと思います」
ああ、流石は立木さん。しっかり相手をおちょくっているよ。まあ、あんな無礼な奴に、まともに取り合う必要は無いのは確かなんだが」
「フリーの中田久作と言う。三流しかいない、しかも主任研究者があれで、世界に恥ずかしいとは思わないのかっ!」
「いえ、まったく。では、次の方に移るとしましょうか」
「ま、まて、俺の質問に答えていないぞ、このエロじじい」
「思わないのかと言う質問に対して、思わないとお答えしましたよ。それ以上、どのように答えれば良いのでしょうね。八王子市つつじヶ丘3丁目5番地にお住まいの杉原雅志さん」
「ひ、人のプロフィールを勝手に公開するなっ!」
「大丈夫です。顔写真の下にテロップを入れて公開していますよ、卑怯者さん」
ああ、ヒステリーを起こしてるよ。うん、ようやく思い出したけど、あれって自己顕示欲ばかり強くて、自分が偉いと思っている勘違い馬鹿の人だよね。
「ちなみに主任研究員の御衣黄かすみは、本山名誉教授に高い評価を得ています。さて、そこでヒステリーを起こしている方に伺いますが、あなたは細胞学で何か実績を上げられたのですか? うちの主任研究員を馬鹿にされると言うことは、十分な根拠をお持ちになっていると考えて宜しいのでしょうか? いえ、報道に対する挑戦なんかしていませんよ。頭の悪い、人を罵倒すると言う犯罪行為に対しては戦っていますけど。これ以上騒がれるのであれば、威力業務妨害と言うことで排除させていただきます」
きたーっ、いや、俺が放ったんだけど。伝家の宝刀荷造り紐さんの登場だ。あとは、待機していた大町警察に引き渡せば完了だな。うん、しっかり世界の晒し者にしてから退場してもらおう。ただ見苦しいので、目には黒線を入れておくか。
「記念すべき第1回目の定例会見に味噌を付けてしまいましたね。まあ、ジャーナリストを名乗るガンを排除できたことで良しとしましょう。では、早速質問を受け付けます。一応社名・氏名は任意といたします。ただこちらから質問した場合、社名・氏名を提示願います」
おいおい、名乗りを任意にしちゃったよ。それはなんだ、あの手の輩が紛れ込んでいるのを想定していたのか。このっ、タヌキ親父めっ。
「今回使用された荷造り紐……で宜しいのでしょうか。IMO研究所として販売の予定はあるのでしょうか?」
それはだな、研究所の目的と違うと言うのが答えになるわけだ。
「技化学研究所と言う組織をご存じだと思います。その上で指摘させていただくなら、どんどんふえるわかめちゃんと言う商品がギケンと言うメーカーから出ているのをご存じかと思います。確か、ドレッシングも出してましたね。そのギケンなのですが、もとはと言えば技化学研究所の一部門だったんです。つまり、細胞学に関係ない分野の商品を販売しても構わないのではと思い質問させていただきました」
えっ、ギケンってそうなの? し、知らなかったぁ……だとしたら、俺はどう答えれば良いんだ?
「所長が答えに詰まっておりますので、代理で回答いたします。能動型荷造り紐は、武器としても使用できます。従いまして、一般に売り出すことは考えておりません。また日本国には、武器輸出三原則がございます。その三原則に従い、扱いを政府に任せております」
なるほど、なるほど、そう言われれば確かにそうだな。なんだ小谷さん、やけに冷たい眼差しを向けてくれてないか? 気のせいじゃ無い、ちょっと呆れている……だがなぁ、あれはただの荷造り紐なんだぞ。
「パンの国でしたか、そのツアーを計画されていると伺っています。実際にツアー開始はいつ頃となるのでしょうか?」
それはだな、まず内閣総理大臣を招待してからと言うことになる。後は国連なのだが、今のままだとなかなか調整が付かないようだ。
それからだ、魔王城の公開も考えているのを付け加えておく。
「では、早速あげ足取りをさせていただきます。今お話があったツアーですが、事業主体はどちらになるのでしょう?」
事業主体、事業主体ね……IMO研究所じゃ無いのは確かだな。え、ええっと、事業主体ね。
「所長がフリーズいたしましたので、代理で回答させていただきます。本件に関する事業主体は、現在検討中となっております。IMO研究所の株主である後沢晋作氏、堀内新司氏が事業化の検討を行っています。従いまして、事業主体発表までにはさほど時間が掛からないものと思われます」
ああっ、小谷さんの視線がますます冷たくなった……し、仕方が無いじゃ無いか、俺はビジネス方面はさっぱりなんだからな。
「魔王城は防疫の問題は無いのでしょうか?」
防疫って、なに? ああ、病原菌とかを持ち込んでいないかと言う話ね。立木さん、お願いします。
「魔王城が出現した場所は国有地となっています。従って、防疫に関する懸念は厚生労働省にお願いいたします。我々の対策としては、魔法及び女神の奇跡で防疫処置を行っています」
あーっ、あれがそうだったんだ。あれっ、白船君が何かしていなかったか? 違う、働いていたのは神代さんなのか。あれっ、彼女って衛生科じゃなかったか……だったら良いのか、本当に良いのか?
「IMO研究所は、細胞研究のために設立されたことは理解しています。状況を鑑みるに、業務拡張は焦眉の急ではないのでしょうか?」
それはとってもよく理解しているつもりだ。従って、提携先の検討を行っているところだ。
「つまり、人脈がバグっていると言われる副所長が活躍されると言うことですか」
そう、受け取って頂いて結構です。
「今度は、どのような世界的権威が関係されるのか楽しみにさせていただきます」
世界的権威ね、世界的権威……ばらしたくなってきたなぁ……ダメ、そう、まだダメなのか。
「まだ質問されたいことはあるかと思いますが、これで第1回定例会見を終わらせていただきます。皆様、遠路はるばるご苦労様でした。次は1ヶ月後に、第2回定例会見を行う予定になっています。またお知らせすることが生じた場合には、臨時の会見も開催することを考えております。なお、魔王城の現出のような予期せぬ事象に対しての会見は、政府と共同で東京を会場にいたします」
まあ、そうだろうな。間違いなく、菅谷総理にもお願いされるだろうし。さて、ここからはお土産の時間と言うことになる。そうだ、お土産の時間……カモォーンハイエルフたちっ!
「では、お時間のある方は、少しばかり余興にお付き合い願います。ええ、上里集落には20名を超えるハイエルフの男女が生活しています。今回は、彼らのダンスをお楽しみ頂きます」
そうそう、それが今一番の売りだからな。おやっ、やけに盛り上がっていないか。もしかして、会見じゃ無くてこっちが本命だったのか? いやいや、そんなことは無いと信じているぞ。うん信じて良いんだよね。
企業が企業として活動を始めると、定期的な情報公開が必要になるんですよね。そうしないと、世間から忘れ去られるから。




