富士山麓にΩ鳴く
村の特産は異世界です
・富士山麓にΩ鳴く
集落を立木さんに任せ、俺たちは前日に東富士に移動した。具体的には、御殿場にあるリゾートホテルに移動した。うん、ここのビールって美味しいんだよな。それに、肉の加工品も沢山揃っているんだよ。
それもあって、前夜はしっかりと宴会になってくれた。なになに、お前の話は宴会だらけだと言うのかな。そう指摘されるのはわかるけど、気持ちを盛り上げるのも必要だと思うんだ。それに、ようやくここまで異世界のことも到達したんだ。それを記念して酒盛りをしても、罰は当たらないと思うんだよ。
いいよね、これからの季節はアウトドア。そこそこ標高は高いのだけど、集落ほどは冷え込まない場所だし。それに、初夏の熱気もあまり感じないと言うのもポイントが高いと思うよ。
天気の方は……誰か、天気を操作していないか? 少なくとも俺は、晴れろと命令した覚えは無いんだよ。
「ですが、こうして星空も見えますよね。だったら、気にしても仕方がないと思いませんか?」
だけどセレス、週間予報ではずっと雨のはずなんだ。ほら、地面を見れば結構濡れているだろう。俺たちが来るまで、ここも雨が降っていた証拠なんだよ。繰り返すけど、俺は晴れろと命じた覚えは無いんだよ。
だから、気にしても理由はわからないと言うのだね。確かにそうなんだけど……どうしたのかな、小谷さん。
「いえ、あまり細かいことに拘ると禿げるのかなと思っただけです」
は、禿げてなんか無いぞ。生え際だって、少しも後退していないんだからな。オヤジも髪がふさふさだから、家系的にも禿げる恐れは無いんだよっ。
「随分と過剰に反応されましたね。それって、実は禿げることを恐れていると言うことですか。やぁ~い、禿げ禿げ、禿げ男」
なんだそのいじめっ子モードは。ああ、確かに細かなことに拘った俺が悪いんだよ。ただなぁ、盛大に天気予報が外れてくれたんだ。異世界帰りの能力者が関係したと考えても、別におかしなことはないと思うんだ。
ああ、わからないことをうじうじ悩んでも仕方が無いのだろうな。わかったわかった、天気のことはこれ以上言わないことにするよ。それからハリアー、そこで焼いてる肉は俺のだからな。
その翌朝も、すっきりとした青空が広がっていた。繰り返すが、週間予報では雨が降る予定になっていたんだ。いくつかある予報サイトも、揃って雨の予報を流していたんだよ。
だから、わからないことに拘っても仕方が無い。否定はしないよ、だけど気になるものは仕方が無いと思わないか?
それよりも、そろそろお迎えの来る時間になると言うのだね。ああ、こんなことで遅刻をしたら恥ずかしいのはわかっている。それはそれとして、今日も綺麗だねセレスは。勿論、ヴェルファイアも綺麗だぞ。いやいや、おまけで言っているわけじゃないからな。
しかしなんだ、もの凄い警戒をしているな。ああ上杉さん、お出迎えご苦労様です。ところで、殺気をビンビンに感じるんですけど。もしかして、俺たちって狙われていませんか? そうですか、しっかりと狙われている。ただし狙われているのは竜人の二人で、それ以外に照準は向けられていないと言うのですね。
ちなみにその照準ですけど、ライフルだけじゃ無いですよね。目立っていませんが、物騒なのが勢揃いしているんですけど。そうですか、戦車を含めて待機しているんですか。ねえ、それって怪獣映画ですよね。
「100m超級のドラゴンのどこが、怪獣と違うのか教えてくれませんか?」
それを言われると、結構辛いものがあるんですけど……でも、怪獣とは意思疎通が出来ないと思うんですよ。
「話し合いが決裂したら、意思疎通も何もないと言うのは言ってはいけないことですか?」
その攻撃が行われたら、少なくとも俺たちは無事では済みませんよね。つまり、俺たちの命は捨て駒になっていると思って良いんですね? それならそれで、俺にも覚悟があるんですよ。わかっていますか、『上杉』さん。
「わかっているつもりだ。ただ、俺は君たちと事を構えたいとは思っていない。それは、菅谷総理も同じと聞いている。だが、日本政府として各国に覚悟を示す必要がある。いや、覚悟と言うのは正確ではないな。いざと言う時に対応する、万全の準備を求められていると思ってくれ」
つまり、俺は信用されていないと言うことですね。だとしたら、俺は出席を取りやめます。勿論、竜人の出席も取りやめます。つまり、公開ヒアリングはドタキャンと言うことになりますね。その場合、日本政府はどんな責任をとらされるのでしょうか。
ええ、上杉さんの権限を越えているのは理解していますよ。そして開催まで、1時間を切っているのも理解しているつもりです。ただこのヒアリングは、双方の信頼の元成立しているのを忘れないようにしてください。その中には、仲介者である俺に対する信頼も含まれているのを忘れないでください。
「つまり、この状況でのヒアリングを認めないと言うことか?」
はい、今更何を言っていると言いたくなるのは理解します。ただ、これだけ殺意を向けられると、黙って受け入れるわけにはいきません。菅谷総理に恩はありますが、だからと言って、翼人やエルフたちを危険な目に遭わせるわけにはいかないんです。
「そうか、だが今更攻撃態勢は解除できない。それをすることで、日本は世界からの信用を失うことになってしまう。それを踏まえて、どうしたら納得して貰える?」
どうしたら、ですか。まず間違いは、その交渉を上杉さんがすることですね。俺が上杉さんに要求を言ったら、その要求が認められるまでどれだけの時間が掛かりますか。そもそも、要求が認められることがあるのですか?
ええっと、すみませんちょっと電話が……なんで留守番の立木さんが?
そうですか、こちらの状況はわかっていると言うのですね。なんです、俺がごねるのもわかっていると言うのは。事実だろう、ですか。ええ、間違っていないのは認めますよ。だから電話をしてきた、ここでごねても上杉さんを困らせるだけ。でもですよ、この要求は必要なことだと思うんですよ。
必要なのは認めるが、解決策が無い以上無駄な抵抗でしか無い。ドタキャンを強行すると、集落自体の立場を悪くするですか。だったら立木さん、代案……そう、代案を出して貰えますか。代案の無い反対は、散々野党が叩かれていますよね……もしもし、マジですか、それ。いやぁ、流石にそれはまずいと思うんですよ。ドタキャンだってまずいのは変わらない。それに、日本政府は受け入れることが出来ないと言うのですね。それにしてもですね、それって戦争の引き金になりませんか? 大丈夫、現実を受け入れさせる必要がある。だから、こちらは大人しく言うことを聞けと言うのですね。
上杉さんお待たせしました。ええ、各種砲門やミサイルが俺たちを狙っているのは理解しました。俺たちが巻き込まれると言うことは、派遣されたヒアリング班も巻き込まれると言うことですよね。わかりました、それで手を打つことにします。
「戦争になるとか、聞き捨てにならないことが聞こえてきたのだが……立木氏は、一体何を準備したのですか?」
いえ、ちょっとラズライティシア様たちにお出ましを願ったと言うことです。具体的には、首相官邸、ホワイトハウス、クレムリン宮殿、北京はどこだったかな。
「いやいや、空間転移の報告は来ていないぞっ」
検出システムって、うちが結果を提供していますよね。そんな情報、わざわざ流すと思っているんですか? はい、理解していただけましたね。嫌ですね、ただ待機して貰っているだけですよ。 ラズライティシア様の極大攻撃魔法なら、首相官邸ぐらい消滅させることが出来ますよ。
と言うことなので、ヒアリング会場に案内して貰えるでしょうか。それから、どうかしたのかな、小谷さん。そうか、菅谷総理から苦情が来たというのだね。絶対に攻撃命令を出さないから、各国を脅す真似をしないでくれですか。でも、それって日本限定ですよね。駿河湾に居る艦艇って、日本だけじゃないと思うんですよ。あと、遠くから飛んでくる巡航ミサイルもありますよね。俺ならなんとか出来るだろう、ですか。なんとかしても良いですけど、どこが攻撃したか教えて貰えますか。ええ、攻撃した国には俺が報復しますから。
と言うことで、立木さんに連絡してくれるかな。待機はさせるけど、指示があるまで絶対に姿を見せるなと。それから上杉さん、ここには沢山荷造り紐がありましたよね。
おかしいな。今回のヒアリングは、俺たちはオブザーバーのはずだったよな。どうして、俺とセレスと小谷さんが真ん中に座っているんだ? セレスの隣はインテグラとカングーだし、小谷さんの隣はヴェルファイアとハイエース、その隣がポルテとハリアーってのはおかしくないか。俺たちは、後ろの列であるべきだと思うんだ。
それで、ヒアリングは英語で行われるのかな。そうか、通訳が付いてくれるのだね。ヒアリングをされる対象が、相手にあわせる必要は無いよね。
なぜ、この世界にやってきたのか、か。取りかかりの質問としては妥当だな。
「別にこの世界を目指したわけでは無い。空間移動をしていたとき、一番幼いキャミがこの空間に落ち込んだのが理由だ。キャミを回収するため、この世界に転移をすることとした」
理由としては、そこそこ説得力があるのかな。ああ、次の質問は移動方法かな。
「移動方法と言われても……私たちにとっては、ドアで良いのか、ドアを開けて中に入るようなものなのだ。そしてドアは、私たちが作ったものではない。従って、説明を求められてもそれ以上答えようがない」
そうか、竜人は空間移動能力がデフォルトで備わっているんだ。だとしたら、原理を聞かれても説明できないよな。
なぜ人を食ったのか、か……まあ、一番の問題と言うのは確かだな。
「こちらの言い方でドラゴンだと思ったが、あの形態をとると極端に腹が減るのだ。別に人である必要は無いのだが、空腹を満たす必要があったと言うことだ」
なぜ、その格好で現れなかった。その格好ならば、人を食う必要は無かったはずだ。うん、当然の指摘だよね。
「元々の目的が、この世界に落ち込んだキャミの捜索だからだ。この小さな体で現出したら、キャミが見つけることが出来ないと考えた。世界各地に現出したのは、広く捜索する必要があったこと、騒ぎになればキャミが気づくと考えたのが理由になっている」
戦闘を前提にとは、流石に言うことは出来ないよな。だから、事前に理由の擦り合わせをしておいたんだ。
そうか、人を食ったことをどう考えている、か。
「こうして保護を願い出ている以上、申し訳ないことをしたと思っている」
そのことで、罰を受けることを受け入れるか、か。まあ、予想された質問だな。
「謝罪以上のことをするつもりは無い。まあ待て、保護の対価を求められるのは理解している」
それでは、被害を受けた国が納得出来ない。それも、当然の主張だと思うぞ。
「では、我々にどうせよと言うのだ? 罰と言うのは、具体的に何を罰として与えるつもりだ?」
そうか、処刑を持ち出してくれたか。条件闘争と言う意味では、理解出来る話だと思うぞ。ただ、相手が同じ考えと思って欲しくないな。
それからインテグラ、どうして俺の顔を見てくれるんだ。
「それを、我々が受け入れなくてはいけない理由を教えてくれ。我々は、残り少ない種族なのだ。従って、家族の安全を第一にしている。その家族を殺すと言うので有れば、全力で抗う覚悟は出来ている」
勝てると思っているのか、か。奇襲で無い以上、各国でも迎撃の用意は出来ていると言うのだな。まあ、脅し文句としては普通に考えられるものだと思うぞ。
「なるほど、確かに我々は勝てないのだろうな。だが、我々を滅するのに、そちらはどれだけの犠牲を積み上げるつもりだ? そもそも今の姿で潜入したとき、ぬしらは我々を捕捉できるのか? 人混みに潜入し、そこでドラゴン形態をとって破壊の限りを尽くす。深追いをせずに、すぐにその場を離脱する。さて、その場合ぬしたちの勝利条件はどこに置かれるのだ?」
処刑のことは棚上げする。まあ、賢明な答えだと思うぞ。ただなぁ、今の質問はしないで欲しかったな。これで、竜人たちの危険性が周知されることになってしまう。
そうか、竜人たちの危険性を放置することは出来ない。そのための対策をとる必要があると言うのだな。それで具体的な対策は……GPSタグを付けて居場所を管理する。そして移動を厳格に管理すると言うのだな。まあ、要求としては真っ当と言うのは確かだと思うぞ。受け入れられるかどうかは別としてだ。
「ある程度の制限は認めるつもりはある。だが、今提示された条件を認めるつもりは無い」
では、どのような制限なら認められるのか、か。気のせいかな、何か一つの結論に誘導されている気がするぞ。
「居住地の制限、そして移動に関して随行員の同行、移動の申請程度だ。勿論、随行員はこちらから指定させて貰う。その制限を破った場合のペナルティであれば甘受するつもりだ」
ええっと、大変ですね立木さん。
制限については理解した。次に、保護に対する対価を確認したい。おい、今ので終わらせて良いのか? そうか、ここは交渉の場では無いと言うのだな。
「各種研究で……良かったか。その研究に協力することを対価としたい。我々の持っている遺伝子情報、空間転移の原理解明、現出形態の変更方法だったか、すでに研究内容の提案を受けておる。身の安全が保証されるのであれば、協力するのは吝かではないと思っておる。それ以外の研究協力、と言うのか。具体的提案を受けて、検討の上回答すると言うのがこの場の答えとなる」
この辺りは、打ち合わせをした内容だな。相手の顔を見る限り、提案自体は妥当のようだ。流石は各国から派遣された代表だな、とても冷静に対応してくれている。
「竜人で良かったか、そちらの要求は理解した。この結果をもって、公開ヒアリングは終了する。昼食後非公開ヒアリングを実施するのだが、その前にドラゴンフォームで良かったのか、その姿と攻撃能力を披露して貰いたい」
「了解した。保護して貰えるのであれば、それぐらいはサービスと考えよう。ただエネルギー消費が激しいので、短時間であることを予めお詫びしておく」
そりゃあ、ここで捕食されたら堪ったものじゃ無いからな。うん、短時間と言うのは納得できると思うぞ。それで、いつやるんだ? そうか、今すぐと言うのだな。 あれっ、どうしてラズライティシア様がここに来ているんだ? 確か、首相官邸に詰めていたはずだよな。しかもラズライティシア様、悪い顔をしてるよ。あれは、絶対何かするつもりだよな。
はい、しっかりとやらかしてくれました。なんのことかと言うと、インテグラとカングーのお披露目の場のことです。流石に100m超級のドラゴンの迫力は、間近で見ると半端なかったと思うよ。うん、以前洞窟で遭遇した奴と同じぐらいの迫力があったんじゃないのかな。
そして攻撃の方だけど、自衛隊が用意した標的を消滅させてくれたよ。ただなぁ、あれって炎のブレスじゃ無いよな。どう見ても、怪獣映画で見た熱線に見えるんだけど。ひょっとして、鑑賞会で見た怪獣映画を参考にしたのかな。
それだけでお披露目は十分だと思ったところで、自衛隊が新しい標的を用意してくれたんだよ。うん、標的の近くにラズライティシア様が浮かんでいたね。しかもラズライティシア様、意味の無い杖を持って1千年以上生きた大魔法使いの衣装を着ていたよ。髪は当然ツインテールにしていたね。まあ、遠く目で見ればコスプレは成功かな。だけどなぁ、テレビカメラがアップで映しているのを忘れないように。やっぱりさ、ラズライティシア様には神話の時代から生きてきた大魔法使いの方がぴったりだと思うんだよ。
で、ラズライティシア様が何をしたのかと言うと。うん、極大攻撃魔法を使ってくれたよ。でもあの魔法、なんか威力が増していないか? 自衛隊の用意した標的……古い車両とか土を積み上げた小屋みたいなもの……あれは塹壕ですか。跡形も無くなっていましたよね。でも、このデモンストレーションって必要ですか? そうですか、竜人に対抗できることを示す必要があると言うのですね。
でもなぁ、なんか個人的事情が見え隠れする気がするんだけど。うん、ラズライティシア様がインテグラを見て口元を歪めているんだ。
目的がねじ曲がったとしか思えないお披露目の後、昼食会と言うのが開かれることになった。出席したのは、各国から派遣されたヒアリング部隊……うん、外交官と言う奴だな。ただ見たことのない顔ばかりと言うのは、あちらも人選に苦労したと言うことだろう。だってこのヒアリング、一つ間違えば命の危険があるからね。上の方が出てこられないのは、初めからわかっていたことだと思う。
予め言っておきますけど、ノーイングリッシュでお願いします。出来ないとは言いませんけど……見栄を張るな、か。うん、英語だとまともな会話にならないと思うんだ。その辺り、流石は優秀な小谷さんだね。受け答えは全部任せて良いかな。
「代表が逃げるのは感心しません」
逃げるんじゃ無くて、適材適所と思ってくれるかな。言い換えてもダメ、逃げたことには変わりが無いと言うのか。それはそれとして、あっちをどうにかしないといけないよね。確かあの二人、仲が悪いことはなかったと思うんだ。それなのに、どうしてにらみ合っているんだろう。
「条件で出した、随行員と言うのが気に食わなかったと思いますよ」
そう言うことね。そうか、モテるな立木さん。なになに、人ごとじゃ無いと言うのだね。アルカナとイセッタが俺を狙っているのか。そうか、そう来たか……条件の変更を非公式ヒアリングで主張させて貰うかな。
「それが、受け入れられると思いますか? それよりも問題は、男性タイプが誰を要求するかですね。後で、どんなタイプが好みかヒアリングしてみましょう」
その必要性は認めるけど、条件を付けるのを忘れちゃダメだぞ。翼人とかハイエルフとか……随行員として認められないと思うんだよ。
おかしな場所での緊張感を除き、昼食会は無事終わったと思う。これで竜人への見方が変わってくれると良いのだが、なぜか翼人とハイエルフが人気だった。こらこら、そこで我が国に来ないかと勧誘するのは反則だぞ。個人の希望は尊重するけど、この場で勧誘するのは止めて欲しいと思うんだ。
なんだポルテ、だったら抱いてくれと言うのは。どうして、勧誘に対する答えがそっちに行くんだ? そうか、遠慮をしていると埋没してしまうと言うのだな。まずいな、男性スタッフの増員を早急に考えないと。その時は、立木さんのご子息を連れてきて欲しい。いやいや、絶対に抵抗されるからな、それは。うん、俺は反対しないけどな。
さてさて、次は非公式で行われるヒアリングだよね。うん、非公式の理由がとてもよくわかる物だった。ヒアリングと言うより、勧誘合戦だよねあれは。それからハイエルフと翼人の勧誘も止めてくれるかな。翼人に向かって、『大天使として崇める』ってのも止めて欲しいんだ。お願いだから、こんな所に宗教的対立を持ち込まないで欲しいんだよ。こらこらヴェルファイア、それも良いかもと言わないように。間違いなく、窮屈な思いをすることになるんだぞ。
それで、えっ、俺? 俺に何か? 荷造り紐は提供して貰えるのか、ですか。そうですよね、そっちが欲しいと言うのは理解しますよ。あの荷造り紐なんですけど、別に特別なものじゃ無いんですよ。そうですね、そちらだったらホームセンターに売ってる程度のものです。それにちょっとした加工を施しただけなんですよ。ええっと、言い値で買ってくださるんですね。まだ販売ルートを決めていないので、それまでお待ちいただければ考えます。問い合わせ先、ですか。問い合わせはIMO研究所までお願いします。
ところで、幾らぐらいが適正なんだろう。小谷さん、その辺りに意見はあるのかな? そうか、想像が付かないと言うのだね。1m1万ドルでも飛ぶように売れそうな気がすると言うのだね。比較対象は何なのだろうね。その当たりも、立木さん……違うか、上杉さんに聞いてみよう。
非公式ヒアリングだけど、ちょっと予想とは違ったが無事終了した。そしてヒアリングの中で、殆どの国から公式訪問を要請された。ただ訪問するメンバーは、各国の違いが表れたと思う。その中で共通するのは、俺とセレスの二人だった。後は翼人を強く希望されたり、ハイエルフを団体で連れてきて欲しいとお願いされたりした。
まあ、竜人は嫌だよな。襲撃へのアレルギーがあるのは理解出来るんだ。ただなぁ、そんなものは時間とともに薄れてしまうものだろう?
そしてもう一つお願いされたのは、上里集落への視察だった。その辺りは予想通りなのだが、視察プランを作成する必要があるな。加えて言うと、どこで宿泊して貰うかと言うのも有るんだよ。近場に適当なホテルって有ったかな? スキー場の所に、そこそこの規模を持ったホテルがある。多分だけど、村長が張り切ってくれるから任せておこうか。
別の話もあったのか? 小谷さんに直接かな、そうか、語学の問題で俺が避けられたと言うのだな。そうか、やっぱり避けられたのかぁ……ねえ、俺って馬鹿に見える?
「そんなことより、頼まれた内容が問題です」
俺としては、そんなことですませて欲しくないんだがな。
「そんなことはそんなことです。それで、持ってこられた話なんですけど。そうです、共同研究のお誘いです。それに合わせて、人員受け入れの依頼もされました。ですので、早急に対応方針を決定する必要があります」
共同研究かぁ……立木さんが、散々予防線を張ってくれたよね。そうか、張ってくれてこれと言うのだね。だったら、立木さんに検討を任せることにするかな。どう考えても、俺向けの話じゃないと思うんだ。
「そうですか、こっちでも逃げてくれますか。尤も、最初から期待はしていませんでしたけど」
認めてくれたのは嬉しいんだけど、何か大切なものをなくした気がするのは気のせいか? 多分気のせい、なくす前から持っていなかったと言うのだね。それなんだけど、もう少し言い方ってものがあると思うんだ。言い方を変えても、事実は変わらないと言うのだね。うん、恥ずかしながら理系関係はさっぱりなんだ。
「開き直るのも感心しませんね。ただ、まあ、立木さんの人脈を頼ると言うのは間違っていないと思います。奧さんに聞いてみたら、他にもノーベル賞級の研究をされている人をご存じのようですから」
そうか、やっぱり立木さんの人脈がバグっているよな。だったら、所長命令で立木さんに指示を出しておこう。
「ええ、そうしてください。それから、諸星さんにもお仕事がありますからね」
よしよし、俺向けの仕事が有るんだな。それから断っておくけど、荷造り紐の準備と言わないように。違う、パンの国へのツアーを企画する必要がある。そのプランを考えるのが仕事と言うのだな。うん、必要性は認めるけど、それって俺の仕事なのかな?
「ビゴさんへの指示は、諸星さんが出す必要がありますよね。セリカさんが動くのも、諸星さんの指示が必要なんです。だから、ポンパドール伯爵様の仕事と言うことになります」
そうか、俺は指示を出す立場なんだよな。それなら了解、優秀な奧さんに指示を出すことにしよう。
それで、これからの予定は……晩餐会と言うのだね。言い換えたら、クロージングのレセプションって奴か。うん、セレスが張り切っていた奴だな。どうやら、今日のためと言って衣装が送られてきたみたいなんだ。うん、例の銀座にあるブティックからだよ。うちの公式映像を出すときには、『衣装協力』で名前を出した方がいいよね。
どんなのかって言われても、俺も詳しくは聞いていないんだ。紫色をした、ちょっと大胆なドレスらしい……俺? 俺はタキシードが用意されているぞ。うん、エルフや翼人たちにも似た衣装が用意されているようだ。竜人には、ちょっと落ち着いたドレスとタキシードとか言っていたな。
「それで、私にはどんな衣装が用意されているんです……もしもし?」
小谷さんの衣装……何も聞かされていないぞ。ひょっとして、準備して貰う必要があったのかな。そうか、フォーマルなドレスが必要だと言うのだな。少なくとも、俺は用意した覚えは無いぞ。それから、依頼した覚えも無いからな。
「どうして、様々なシーンで私を仲間外れにしてくれます?」
そう言われてもだな、政府対応は小谷さんの仕事だよな。だったら、衣装の方も本当は小谷さんの仕事だと思うんだ。今回のドレスは、たまたまセレス繋がりで用意して貰っただけだからな。代金? 代金は今日撮影される写真の使用許可と言うことになっていたね。
晩餐会は昨夜のホテルだそうだから、貸衣装を頼むのも手じゃ無いのかな。うん、結婚式を手がけて居るみたいだから、貸衣装ぐらいあると思うんだ。
ちなみに晩餐では、セレスが存在感を見せつけてくれた。ただあれは、『ちょっと大胆』なんてものじゃないと思うんだ。どうして、あんなに背中が開いているんだ? しかも胸元の切れ込みもかなり大きいし……いや、綺麗だし、その、とても魅力的なのは間違いないぞ。ただなぁ、あまり他人に見せたくなかっただけなんだ。
いやいや、ヴェルファイアもとっても綺麗だぞ。少しおざなりに感じる……ち、違うぞ、ただ比較の対象がセレスだからいけないんだ。ポルテ……うん、可愛いんじゃ無いかな。
「やはり、見た目の年齢が物を言いましたか」
ああ、とても正しい認識だと思う。こういった格好は、子供にはちょっと無理があるんだ。うん、君たちの年齢は知っているよ。あくまで俺は、見た目の年齢のことを言っているんだよ。
その意味で言えばインテグラは……別に褒めてくれなくても良い。どうして、そんなに険のある答えを口にするのかな。雌犬の姿が見えない……ごめん、なんか想像は付くけど雌犬って誰のこと?
「カビが生えて腐ったエルフのババア」
う~ん、それは流石に言いすぎだと思うぞ。事実は事実、何千年も生きてきてれば、腐っていても不思議じゃ無いのだと。それからラズライティシア様は……知ってる、晩餐会に出ないで集落に帰っていった。そうか、だから攻撃的なんだね。
それで、誰か直接交渉に来た人は居たかな? そんなものを、寄せ付けようとは思っていない。う~ん、これからのことを考えたら、多少は愛想良くした方がいいと思うんだよ。そんなつもりは毛頭無い……そんなに頑なな態度をとられると、立木さんに言いつけるけど良いのかな?
女性って……化けるものなんだね
いや、インテグラが態度を豹変させたんだ。うん、とても魅力的な笑みを浮かべた、素敵な大人の女性にね。それから君たち、影で俺の悪口を言わないように。俺は、彼女のご機嫌を取った覚えは無いぞ。どっちかと言ったら、脅迫しただけなんだ。おまけに言っておくけど、俺は彼女に手を出していないからな。
これでインテグラは良いのだが……なんか、疲れてきたぞ、多分気のせいだとは思うんだが。ポルテは……うん、普通に人気があるな。やっぱり、美少女エルフと言うのは根強い需要があると言うことか。ひょっとして、各国代表も日本のアニメに毒されている?
ところで小谷さんは……うん、見なかったことにしておこう。俺はなにも見なかった、小谷さんは最初から晩餐会にはいなかった。振り袖姿の女性は、ホテルのスタッフであり小谷さんじゃないんだ。うん、呼んでいないから近付いてこなくても良いんだぞ。
「諸星さん……酷い」
エクシブを連れてこなかったことを、今ほど後悔したことは無い。誰か助けてくれないかな……それからセレス、とどめを刺しに来るんじゃ無いぞ。うん、インテグラとヴェルファイア、ポルテも駄目だからな。誰だ、この衣装を勧めた奴はっ!
「私が、自分で選んだんだけど。だって、外国の人には着物が受けるって言われたし……」
あ~っ、やっぱり比較の対象が悪いと思うぞ。今更なんだが、普段のスーツ姿の方が良かったんじゃ無いのか? それだと、晩餐会の衣装じゃ無い。否定はしないが、否定はしないが振り袖はないと思うんだ。うんうん、付いて行ってあげるから、壁際の椅子で休んでいような。もしも無理そうなら、シャルロットに運んで貰ってもいいから。たぶん、ここから先に出番は無いはずだからな。
公開ヒアリングの後、首相官邸で菅谷総理へ表敬訪問をした。そこでは日本の科学技術の発展への貢献とかで、にこやかに握手をする写真を撮った。ちなみにこの訪問には、セレスは同行していない。どうやら銀座のブティックの人と約束をしていたようで、これからお店までお礼に行くそうだ。
うん、セレスの交友関係が広がるのは悪いことじゃないぞ。その代わり、おかしな約束はしないように気をつけてくれよ。
記者がいなくなったところで、隠れて配置した竜人の文句を言われてしまった。ええ、文句を言いたいのは理解しますよ。ただ俺にも、言い分があると言うことです。その辺り、物騒な武器で狙われていることへの報復だと思っていただければ結構です。
「そうか、報復と言うのか。そしてその心はなんなのだ?」
俺を宥めるために、立木さんが吐いた嘘と言うことです。何しろその時刻に、竜人たちは温泉でのんびりとしていたんです。彼らは、とってもこちらの生活に馴染んでいるんですよ。コローラル……女性形態の20m級のドラゴンと、キャミ、同じく女性形態の5m級のドラゴンなんかは、山岡さんの作るプリンに目がないようです。他のドラゴンたちは、和牛のステーキにかぶりついていますね。
「なるほど、われわれを脅すためではなく、君を宥めるためと言うのだな。だがな、冗談でも各国に脅しを掛ける真似をしないで欲しい。ヒアリングの回答で、テロの方法を示唆したそうじゃ無いか。あれもまた、各国の危機感を煽ることになるのだよ」
あれは、処刑を持ち出した方が悪いんですよ。下手に出たりすると、要求が過熱する恐れがありますからね。処刑されないにしても、大幅な譲歩を迫られる可能性があると思います。だから、彼らに現実を突きつけた……違いますね、口に出して言ってあげたと言うことです。彼らも、その危険性は評価していたはずですよね。
「なるほど、間違ってはいないが、君一人の考えなのか?」
取りあえず俺が……あと、少し立木さんに助けて貰いました。立木さんには、下手に出ても意味が無いと言われましたので。不利益を受けたくなければ、図々しく要求するのが大切だと言われましたよ。不利になったら、話を逸らせとも言われましたね。
「立木氏なんだが、交渉ごとに長けているのか? 言っていることが、全くの正論なのだ。その辺り、日本政府が苦手とする部分でもある」
ええっと、苦手と言って欲しくないんですけどね。それから立木さんですけど、理系のエンジニアなのだそうです。だから交渉ごとはしたことはないはずだと思いますよ……多分ですけど。
「ここから先は日本政府が交渉する所なんだが……得意としている奴が落選していなくなってしまったのだ。叶うのなら、手伝って貰いたいところだな。まあ、政治家や役所にもメンツがあるので、実際には依頼できないのだろうが」
そうですか。一応申し上げておきますが、俺たちが民間企業と言うのを忘れないでいただきたい。それから今は、逃げ込む先が出来たことも忘れないで欲しいんです。
「いざとなったら、パンの国に移住すると言っているのか?」
せっかく帰ってきましたからね。出来れば、そんなことになって欲しくありませんよ。ただ、そのオプションがあるのを忘れないで欲しいだけです。もしも俺たちが逃げ出して、パンの国とのゲートを閉じたりしたら。日本政府は、各国から猛烈な非難を浴びることになりますよね?
「確かに、猛烈な非難を浴びることになるのだろうな。何しろ君たちの集落は、新しい技術の宝庫となっている。生化学的なこともそうだが、魔法と言う未知の力、エネルギーと言うのも貴重なんだよ。しかも竜人だったか、自由に異空間を移動することができるそうじゃないか。その技術をみすみす失うことがあれば、世界的非難を浴びることは間違いないだろう」
ですから、そうならないようにお願いします。余所に脅しを掛けるとき、俺たちを利用しても構いませんので。と言うか、積極的に利用していただいて結構です。菅谷総理は、俺にとって特別な人の一人なんですからね。
「特別な人の一人と言ってくれるのか。君と言う人間は、意外に義理堅いのだな。私の思惑を知っていて、それでも特別と言ってくれると言うのか?」
ええ、それでも特別と申し上げます。ですから利用して欲しいし、助けて欲しいと思っているんです。俺は世界の破滅を望んでいませんし、ディストピアになるのも望んでいないんです。
「なるほど、その辺りはお人好しと呼ばれるだけのことはあるのだな。こう言っては何だが、君は国会議員に向いていないと思うよ。今の立場の方が、君は輝くのでは無いのかな?」
国会議員に向いていませんか。そうですか、最近そうじゃないかと思い始めたところですよ。田舎のおじさんおばさんの話を聞いて、痒いところに手が届く市政をする方が似合っているんですかね。
「答えにくいことを言ってくれる。ただ、人それぞれ向き不向きと言うのがあるのは確かだ。そしてそれは、優劣を付けるものではないと思っている。勿論、優劣を付けたがる奴がいるのも確かなのだがな」
ええ、市会議員は軽く見られがちですからね。それはそれとして、上里集落への視察が要求にありましたよね。最初のお客様として、菅谷総理をご招待したいのですがいかがでしょうか。
「異世界の窓口の視察か。確かに、魅力的なお誘いには違いないな。そして私の立場……政治的と言うより選挙向けなのだが、真っ先に行くべき所と言うのは間違っていない。ただ叶うのなら、公を離れて遊びに行きたいと思っているよ。残念ながら、今はどうやっても公を離れることが出来ないのだがな」
総理大臣をしていると、公を離れるのは難しいのでしょうね。首相動静なんかが、毎日新聞に載るぐらいですからね。多分ですけど、この後俺と何を話したかも質問されるのでしょうね。
「それなのだが、政府に対する全面的な協力をお願いし、快諾を得たと言っても差し支えないかな?」
全面的な協力、ですか。流石に、全面的と言うのは問題が大きいと思いますよ。それが政府で無く、菅谷先生なら否定はいたしません。
「総理では無く先生と言ってくれたか。それが、君が示せる譲歩と言うことだな」
はい、そのつもりで言っています。俺たちがここまでやってこられたのは、菅谷先生のおかげだと思っているんですよ。それだけは、嘘偽りのないことだと思っています。
「そう言われると、どこかこそばゆいものを感じてしまうな。だが、悪い気がしないのも確かだ」
そこで少し間を置いた菅谷総理は、ぶら下がりへの答えを教えてくれた。
「君から、上里集落への招待を受けたと答えることにする。勿論、快諾したと答えるのだがね」
でしたら、精一杯のおもてなしをさせていただきます。可能でしたら泊まっていっていただきたいのですが、空間転移を使用すれば日帰りも難しくありませんね。
「流石に、政治日程的に泊まりは難しいな。ところで、上里集落訪問の際、パンの国の視察を入れることは出来るのかな?」
ご希望されるのなら、ポンパドール伯爵として歓迎させていただきます。勿論、相当数のマスコミを連れてくることも認めますよ。まだまだ整備中ですが、中継設備を作るのも難しくないと思います。何しろ今は、高速ネットの導入も終わっていますし、携帯電話の基地局も建設してあるんです。
ちなみに、目立たないところに設置していますからね。ですから、異世界を期待された方に、がっかりされることはないと思いますよ。
「ポンパドール伯爵としてと言ってくれるのだな。ブーランジェリー王国国王では無いのだな?」
ええっと、ですね。伯爵になった覚えはありますが、国王になった覚えはありませんよ。いえ、確かに王女が集落にいるのは認めますけど。なし崩しで妻にしたりはしていませんので。
ですから、無駄な抵抗と言うのは止めて貰えませんか。若いのは羨ましいと言うのも、出来れば止めていただきたいのですね。どうして既成事実化しようとしてくれるんです?
「今更、その説明を聞きたいと言うのかね?」
いえ、やっぱり遠慮しておきます。否定をしておいて何ですけど、指摘されたら否定できない気がしてきたんです。どうしてだろう、俺はセレスとルーテシアだけで良かったんだけどな。
ええ、そこで名前が二人出るのが問題と言うのはわかっていますよ。ただ二人に同時に迫られたので、結局選べなかったと言うのが理由なんですよ。優柔不断と言わないように。あちらの習慣に毒されただけですから。
怪獣映画……否定できないと思います。




