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捕獲

村の特産は異世界です


・捕獲


 翌朝と言えば良いのか、3時間後と言えば良いのか。朝から日本は大騒ぎになっていた。何しろ2匹の巨大生物を撃破しただけでなく、小型の巨大生物……矛盾を含んでいる気もするが、今は気にしないことにしておこうか。20m級と5m級の巨大生物が捕獲されたのだ。昨日の発表から1日の出来事と考えれば、世間が熱狂するのも無理がないのだろうな。

 それで捕獲した2匹がどうなったかと言うと、自衛隊が来てトレーラーで運んでいった。ただ『バイバイ』と立木さんたちが見送ろうとしたら、厳ついおっさんが目を潤ませて浴衣の裾を掴んでくれたらしい。しかも、縋るような目でフルフルと首を振ってくれたそうだ。なかなか面白い光景なんだが、特に見てみたいと言う気持ちは起こらなかったな。まあ、気持ちはわかるけどね。


 立木さん情報によると、温泉街は深夜から大騒ぎになったそうだ。お陰で寝ようと……どっちの意味の寝るのかはわからないんだが、寝ようとした立木さんたちは寝かせて貰えなかったらしい。自衛隊がドラゴンを引き取りに来るまで、温泉街をあげたどんちゃん騒ぎが続いたのだそうだ。

 その結果、その結果ね。白船君がSNSの画面をいくつか見せてくれたよ。うん、捕獲したドラゴンの前でVサインをする立木さんたち一行の写真。それから、エクシブ君がドラゴンと戦っている写真。立木さんがラズライティシア様をお姫様抱っこしている写真。でも、ちょっと不思議なのは、温泉に行ったのは6人だったよね。それなのに、どうして記念写真には5人しか写っていないんだろう。ひょっとして、小谷さんは逃げたのかな?


 ちなみに上里集落付近は、朝から自衛隊のヘリが煩く飛び回っています。そう、昨夜燃え尽きたドラゴンの残骸を確認しているのだそうだ。上空からはヘリが、そして地上には防疫スタイルの隊員たちが展開していた。

 しかし立木さん、二日連続でテレビ出演か。若くないんだから、あまり無理をしない方がいいと思うんだよ。奧さんもそう思いますよね、はい、同感と言ってくれるんですか。


「若い頃は、徹夜はしょっちゅうしていたみたいですね。結婚してからも、三徹をしたこともあったみたいです。枕元に携帯を置いて、一人コールセンターみたいなこともしていましたし……第二の人生では早く帰ってくるようになってほっとしていたんです」


 すみません、立木さんって有名なIT企業にお勤めでしたよね。今聞いた話だと、どんだけブラックな企業かと思えてしまうんですけど。そうですか、昭和の時代はそんなものだったと言うのですね。それで体を壊したと言う話に繋がるわけですか。

 それで奧さん、またメッセージが来ていませんか。またお嬢さんと息子さんからですか。そりゃあ、連日テレビに出れば何事と思ってしまいますよね。でもですよ、犯罪とかじゃないので良かったんじゃありませんか?

 そうですか、ものには限度と言うものがあるのですね。ええ、その気持ち、よく理解出来ますよ。


 おや、ちょっと荒い映像が……誰かがスマホで撮った映像なのかな。エクシブ君が、ドラゴンと戦っているよ。流石はエクシブ君は勇者様だねぇ、全く危なげ無く見えるよ。そうか、映像提供は大芝教授なんだ。でも良いのかなぁ、こんな危険な場所で世界の頭脳を自由にさせちゃって。


『一連の戦いを目撃することで、魔法に対する理解が深まることになった』


 と言うのが両教授のコメントですか。そうですか、貴重なデータを幾つもとることが出来たんですね。早速理論検証を行う……流石は日本の頭脳! 機会を逃さないと言うことですか。感心することじゃないと思うのだがな。


「集落を離れていた理由……ですか。自衛隊と協議をした結果とお考えください。彼女……ラズライティシア様を集落から離すことを目的としたと言うことです」


 やっぱり立木さん、疲れてるなぁ。昨日ほど、攻撃的なところが出てこないもの。まあ、攻撃的になる場面でもないのは確かなんだけど。


「私たちが、白骨温泉にドラゴンを呼び込んだと仰るのですね。そう指摘される理由も理解しています。ただ、それならそれで相手の知能がかなり高いことになりますね。しかも、こんなに小さな私たちを追いかけることが出来るんです。だとしたら、ここも安全とは言えないと思いますよ」


 微毒程度しか答えに混じっていないよ。やっぱり、今日の立木さんは大人しいな。違う、ただ疲れているだけ。調子に乗ってくれば、こんなものでは無いと言うのですね。だったら、調子に乗せない方が良さそうですね。


「それはそれとして、私たちも初めはそう考えていました。ただ、拭いきれない違和感と言うものを覚えていたのも確かなんです」

「その違和感と言うのは、どのようなものなのでしょうか?」

「勿論。本当にラズライティシア様を襲ってきたのかと言うものです」


 そりゃあ、そう答えますよね。ちょっと質問が悪かったと思うよ。


「なぜ私たちへの襲撃を疑問に思ったのか。あの巨大生物……私たちはドラゴンと呼んでいるのですが、ドラゴンのしたことは、咆吼をあげただけだったんです。奇襲を仕掛けてきたのなら、ブレスを使わないとおかしいと思いませんか。現に上里集落では、炎のブレスを使って攻撃してきているんです。それなのに、エクシブ君との戦いでもブレスを使っていないんです」

「つまり、炎のブレス……ですか、それを使えなかった、使わなかった理由があると言うことですか?」

「元々目的が違っていた。そしてブレスを使うわけにはいかなかった。結果を見れば、そう言うことだった訳です」

「つまり、小型の個体を探していたと言うことですか?」

「結果を見ると、最初にあげた咆吼はあの個体を探す為の呼びかけだったと考えられます」


 なるほど、でも、よくそんなことに気づきましたね。奧さん、やっぱり旦那さんっておかしくありませんか? 否定はしない、時々おかしくなる。いえ、そこまで肯定してくれなくても良いんですよ。


「何かを探している……その仮説を立てたのなら、それを検証すればいいわけです。具体的に言うのなら、捜索対象を先に探し当てれば良いことになります。ですので、ラズライティシア様にお願いをして、近くに魔力を持った物が居ないかを探して貰いました。その結果、小型の個体を発見したと言う訳です」

「それで、捕獲をしたと言うことですか」

「そう言うことになりますね」

「もう一つ、ドラゴン、ですか。そのドラゴンを捕まえるのに使った紐状の物は何なのですか?」

「ああ、あれですか」


 そう、いよいよ秘密兵器の正体が明かされるときが来たっ! これで、驚愕の事実が明るみにっ! いえ、ちょっと悪乗りをしただけです。すみません、煩かったですか?


「これ……なにか、わかりますか?」

「新聞紙とかを縛る紐……に見えますけど? 荷造り紐と呼ばれる物ですよね」

「その新聞紙を縛る紐です。ちなみに集落を襲った巨大ドラゴンに対しても、この紐を使って迎撃をしたそうです」

「はあ、荷造り紐……で、迎撃ですか?」


 そりゃあ、信じろと言う方が無理があるよね。同じ立場だったら、俺は激怒していたと思う。それを考えれば、このインタビュアーは冷静と言うことになるな。

 違う、立木さんの逆襲を恐れているだけ。どんだけ怖がられているだ、立木さんはっ!


「昨日、皆さんも煩い女性を連れ出すところを目撃されていると思いますが、いかがです?」


 今の説明で、大勢の記者さんが頷いてくれたな。これで荷造り紐のメーカーさん、株価が爆上がりになるのかな。

 流石にそんなことはないのだろうけど。


「これからのことを伺っても宜しいでしょうか?」

「これからのこと、ですか?」

「はい、ドラゴンで良いのですよね。その襲撃を撃退したのみならず、2体の捕獲に成功されています。これからのことを伺っても良いかと思います」

「スタートアップの研究所に過剰な話だと思いますよ。そして私個人としては、1週間ぐらい休暇を取って疲れをとりたいと思います」


 疲れたよね、うん、疲れたと言うのはよくわかるよ、でもね、そんなに休暇をあげると思っているのかな。もの凄く甘いと言ってあげようか。


「しかし、捕獲した2体のドラゴンのこともありますよね?」

「すでに、2体のドラゴンは自衛隊に引き渡してあります。つまり、日本政府に引き渡したと言うことです。そこから先は、畑違いの民間企業ではなく日本政府が考えることではありませんか?」


 うわぁ、もの凄い正論をぶってくれたよ。こう言うときの正論って、相手がむかっとくるんだよね。だって日本政府にぶん投げられても、扱いに困るのはわかっているんだよ。アメリカやロシアでもどうにもならなかったのに、なぜか一民間企業が制圧してしまったんだからね。一民間企業の力であって、日本政府の力じゃないんだよ。政府だって困るよね、絶対に。ああ、菅谷総理に頼まれるのが目に浮かぶようだ。


「仰るとおり、日本政府……それから、国連になるのでしょうか。ここから先は、その仕事と言うのは確かだと思います。ですが昨日の惨状を見る限り、国連にもその力がないように思われますが?」

「それにしたところで、うちにとっては業務外のことなんですよ。だから私のような、経理担当なんかが駆り出されているんです。いい加減、畑違いのことからは手を引きたいと思っています」


 もしかして、このインタビュアーは日本政府の回し者か? 立木さんに、何を言わせようとしているんだ?


「繰り返しますが、私はIMO研究所の経理担当でしかありません。業務外の交渉を含め、私の担当外のことと言うのをお忘れ無く」

「つまり、研究所長の諸星氏と話をしろと言うことですか?」

「そう言ったつもりですが、聞こえませんでしたか?」


 奧さん、奧さんの言っているとおりだと思います。優しいんじゃなくて、取り付く島も与えていないということですね。丁寧に答えている分、余計にたちが悪いと思いますよ。


「以前ですか、どこかの社長がつるし上げられた言葉を言わせていただきます。私たちは寝ていないので、そろそろ切り上げさせて貰います」


 ああ、頭を下げてさっさと退場してくれたよ。でも、さっきの話って謝罪会見での話だったよね。今回とは、ちょっと事情が違うと思うんだ。だから、疲れているで押し通すことが出来ると言うのか。言われてみれば、確かにその通りだね。


 それはそれとして、立木さんお帰りなさい。立木さんの活躍を、テレビで見させて貰いましたよ。


「100m超級を撃破した方に言われたくありませんね」


 あれはですね、あっちが勝手に自滅してくれただけのことです。だから、俺がしたのは荷造り紐さんを用意したことだけなんですよ。

 それが異常だと言うのですね。否定はしませんけど、だとしたら立木さんも異常ですよね。だって立木さん、魔法も恩恵も使えない一般人なんですからね。


「魔法も使えない一般人、しかも年寄りが精一杯の無理をしたと言うことです。ですので、休暇をいただきます」


 休暇ですか……休暇ですね、はい、わかっていますよ。それで、休暇はどのような予定で?


「今から1週間ほど留守にさせていただこうかと思っています」


 なるほどなるほど、仰ることはよく理解出来ました。それでですね、お答えする前に辞令を行いたいと思うんですよ。

 あっ、警戒しましたね。ええ、間違っていませんよ、後沢も賛成してくれました。


『辞令、立木清彦をIMO研究所の研究副所長に任ずる』


 と言うことです。思いっきり嫌そうな顔をしましたね。ええ、お気持ちは理解出来ますよ。なんです、もうすぐ65になる。それをきっかけに、引退して年金暮らしを考えていたのですか。そうですか、ここを出ていくつもりだったんですね。

 だそうですよ御衣黄さん、説得……もしかしてマジ泣きしていませんか? マジ泣き、まだ責任を取って貰っていない。お父さん嫌だぁって……だそうですよ立木さん。おやおや、ラズライティシア様も参戦ですか?


「ここから去ると言うのなら、ぬしを殺してわしも死ぬっ!」


 修羅場ですね、もの凄い修羅場だと思いますよ。はい、そこで奥様、一言お願いします。


「孫の顔を見るまで、引退するのは良くないと思うわよ。それ以前に、息子の結婚がまだだったわね」

「本当に孫の顔を見せて貰えるのですかね……」

「でしたら、私が……私が産んだら孫じゃありませんね」


 子供でしたって、御衣黄さん、さらり……でもないか、とっても怖いことを言いませんでしたか。つい口が滑った……それって、余計にまずいと思うんですけど。

 頭を掻いて、天を仰いで、それから次に何をしますか? 逃げられないのはわかっているんですよね。それに、俺も逃がすつもりはありませんから。俺が強制力を使う前に、素直に残ることを認めてくれれば良いんですよ。そうですか、観念してくれましたか。ただ、休暇だけは取らせて貰う、と言うのですね。仕方がありませんね、2泊3日でしたら認めても良いですよ。


 そうですか、それで手を打ってくれるんですね。ところで奧さん、足下にある黒いバッグはなんですか? 2泊分の着替え……もしもし、どうして2泊分を用意していたんです?


「蓼科の宿を2泊予約したからですよ、今日から」


 ええっと、ひょっとしてこうなることを予想していました? そうですか、予想していたのですね。そうか、予想していたのかぁ……ねえ、切れても良いですか?

 鬱陶しいから止めてくれ。のんびりと本でも読んで、骨休めと頭の整理をしてくるんですか。まあ、仕方が無いのでしょうね。それぐらいは認めてあげますよ。それはそれとして、立木さんに一つ質問があります。そのですね、パスポートをお持ちですか?


「残念ながら持っていますね。どう言う訳か、昨年作り直したばかりなんですよ。それからお断りしておきますが、アメリカ入国にはESTAが必要ですからね。そっちは、取り直していませんので悪しからず」


 それがどうかしましたか。そんなものぐらい、日本政府が全力で用意してくれますよ。俺、俺ですか。俺は、パスポートも持っていませんから。


「それこそ、日本政府が全力で用意してくれますよ。ちなみに、ESTAを発行するのはアメリカ大使館です。まあ、72時間あれば発行してくれるのですけどね」


 そう言うことも全く知らない田舎者なんです。ですので、よろしくお願いしますよ、副所長。


 行っちゃいましたね、後ろを振り返りもしないで行っちゃいましたよ。それで御衣黄さん、かなりギリギリを攻めてくれたんですね。ところで、どうしてマジ泣きをしているんです? 一緒に温泉に行きたかった……ケイコさんとなら、仲良くのんびり出来たはず。もしもし、本気の本気になっていませんか?

 それはそれとして、セレス、表情が険しいんだが? 何か気になることでもあったのか?


「いえ、数が合わないと思ったんです」


 数が合わないって、何の数のことを言っているのだ?


「ドラゴンで良いのですよね。そのドラゴンの数のことを言っているんです。50m級、100m超級合わせて8体が襲撃してきました。そして昨夜現れたのは、100m超級2体に20m級が1、そして5m級が1なんですよ。だとしたら、残りの6体はどうしたのでしょうか?」


 つまり、またどこを襲うと言うのか? 襲うことは確かだが、不確定などこかではない。つまり、2体のドラゴンを奪還しに現れると言うのか?


「昨日の100m超級による襲撃は、こちらの目を欺くためとも考えられませんか?」


 ラズライティシア様が居合わせたのは偶然と言う話だったな。それだったら、その可能性は否定できないことになるのか。ここに来てくれるのなら撃退できるが、富士だったか、自衛隊の駐屯地は。そこだとかなりまずいことになりかねないな。

 白船君、上杉氏に警告をしてくれないかな。そうか、あちらも警戒はしていると言うのだね。各地から、武器弾薬が結集していると言うんだ。護衛艦が、沼津沖に停泊中……そうか、そこまでするんだ。それで、勝ち目は?


「あると思いますか? 相手の機動力を考えたら、どこまで当てることが出来るのか。当てたとして、どこまで通用するのかもわかっていないんです」


 そうか、やっぱり難しいのか。それで、対巨大生物捕獲システムはどうなってる?


「荷造り紐は10万メートル程運び込まれています。ここと同じであれば、対処が可能だと思われ……思いたいです」


 やはり、俺が出向いた方が良いのか。ただなぁ、本当にどこが襲われるのかわからないんだ。しかし、残りは最低でも6匹居るんだよな?

 ところで、燃え尽きた奴の確認なんだが。あれから自衛隊は何か言ってきているのか?


「未だ捜索中としか。ただ、広範囲に燃えかすが散在しているようです」


 あれだけ派手に燃えて、山火事は起きていないのだな。それだけが、不幸中の幸いと言うことになるわけだ。


 それで……電話か? 誰って……どうして立木さんから?




 虫の知らせと言う言葉がありますね。はい、今、それをしっかりと感じていたりします。尤も、それを期待して集落を離れたと言うのはありますね。ただ、ちょっと失敗したかなと言う気がしてきました。だから先に謝っておく、ごめん慶子、お前まで巻き込んでしまいそうだ。

 一蓮托生、いや、今ならそれは否定できないのだが。それでも謝りたい……夫婦の間でそれは水臭いか。ただなぁ、限度を超えているような気がするのは気のせいか?


「そんなことより、かすみさんをどうなさるおつもりですか?」


 そっちを問題にしてくれるのか。そうか、とっても大切なことと言うのだね。どうするつもりもない、と言うのが私の答えなんだよ。何しろ彼女は、優美よりも年下なんだよ。可愛い子だとは思うけど、それ自体父親としての気持ちでしかないんだよ。お前だって、彼女のことを娘みたいに思えているんだろう?

 それは間違っていない。だから悩ましいと言うのか? なんだ、その、悩ましいと言うのは。


「だって、北斗の彼女も素敵な人なのよ」


 ああ、そう言うことね。それは確かに悩ましいな。

 そう言うことなので、俺は何もしない、ただ父親であるだけだ。


「それって、絶対に無理だと思うわよ。女の子って、思い詰めると結構怖いから」


 怖いのか、そうか、怖いのか。だったら、刃傷沙汰にならないように気をつけておくよ。こんなもの、時間が解決してくれると思うよ。何しろ俺は、これから加速するように老けていくからな。

 それはそれとして、そろそろ覚悟を決める必要がありそうだ。ちょうどあそこにチェーン脱着場があるから、そこで車を止めることにしよう。ああ、慶子は車の中に居てくれよ。それから荷造り紐の用意を忘れないでくれ。ちょっと思うところがあるから、細く裂け目を入れておいてくれるとありがたいかな。


 車を出て空を見上げれば、そこに見たくないものを見つけることが出来た。空間転移が検知されるのだから、それ以外の方法で追いかけてきた言うことか。逆光で顔が見えないのだが、体型からすると男女の組なのだろうな。それはそれで、不思議と言う気もするんだが。


「ま、まじゅあ……ずまない、言語の調整が間に合っていなかった。よし、これで大丈夫。最初に警告をしておく。例の荷造り紐とか言ったか、使うそぶりを見せた時点でおめえ……失礼、お前たちは燃え尽きることになる」


 最初の接触を、警告から始めてくれましたか。なるほど、それだけ荷造り紐を驚異と感じたと言うことですね。ただね、あんなものは絶対の防御力があって使えるものなんですよ。こんな年寄りが、あなたたちを前に使えるはずがないと思いますよ。わかっています、今は使うつもりが無いとお答えいたします。

 それはそれとして、一つお願いしたいことがあるんですよ。


「なんだ、一応話ぐらい聞いてやろう」


 でしたら遠慮無く。こうして見上げていると、首が疲れるので降りてきては貰えませんかね。加えて言うと、見ない方が良いものが見えてしまうんですよ。


「なるほど、あまり醜悪なものを見せるものではないな……ぶほっ」


 物には言い様と言うものがあると思うのですよ、はい。でも、今の行動で、彼らの価値観……と言うより、力関係がわかりましたね。ただ、その格好で回し蹴りは良くないと思いますよ。その、見せてはいけないものが、はっきりくっきり見えてしまいましたので。


「あら、あなたにはサービスにならなかったのかしら? 人族の殿方って、女性の陰部が好きだと聞いているわよ」


 流石に、この緊迫した状況ではサービスになり得ませんね。ですので、降りてきて貰えるとありがたいと思うのですが?


「意外に冷静で驚いたわ。そうね、ご褒美として同じ目線に立ってあげましょう」


 それはどうも、それで私にはどのようなご用件で?


「繰り返すけど、結構落ち着いているのね?」


 その辺り、覚悟を決めた人間だからと言うことになりますね。いつ死んでも困らない年寄りと言うのも理由ですけど。それで、わざわざ姿を見せたのはどのような理由ですか?


「それはね、あなたに頼みたいことがあったのよ。ちなみに私の名はインテグラ。あっちに飛んで行ったのは、カングーと言うわ」


 インテグラにカングーですか。諸星氏が、また理不尽さに頭を抱えそうな名前ですね。ところでその姿ですが、擬態と思って良いのですか?


「擬態……これはこれで、私たちの姿の一つなのは確かよ。どちらかと言えば、こちらの体が本体かしら。あっちの姿の方が特別ってことになるわね」


 なるほど、こちらの方が本体ですか。細かな話は別として、私たちは何を『頼まれる』のでしょうか。


「単刀直入に言うわ。私たち竜人族の保護をお願いしたいの」


 強者であるあなたたちを『保護』ですか。それに、その依頼は相手が違うと思いますよ。


「そうでもないと思うわよ。それに昨夜だけど、なすすべなくやられちゃったでしょ。だから、私たちが強者と言うのは違うと思うのよ。そして私たちを倒したのは、あの集落……だっけ、あそこのメンバーなんだからね」


 そうですか、やはり昨夜の襲撃はあなたたち二人だったのですね。擬態を燃やすことで、拘束から脱出したのですか。でしたらもう一つの『頼み』は、昨夜保護したお二人のことと考えれば宜しいのですか。


「話が早くて助かるわ。コローラルとキャミと言うのだけどね。私たちの中では、貴重な子供なのよ。もしも失われるようなことがあったら、私たちは本気で報復しないといけなくなるわ」


 すでに多くの人が犠牲になっているのですよ。だから、こちらの報復と言うことになるんですけどね。それはそれとして、あまり考えたくない事態ですね、それは。


「私たちとしても、本音としてやりたくないのよ。そんなことをしても、敵を作るだけでしょう。しかも昨晩、私たちは完敗しているのよ。つまり、対立した時点で私たちが滅びることになってしまうわ。それから昨日のことだけど、一応言い訳をさせて貰うわね。そのね、あの体ってもの凄く燃費が悪いのよ」


 補給のために、人を食べてくれましたか。そうですか、お陰で厄介なことになったんですけどね。

 取りあえず事情は理解しました。申し訳ないのですが、身の安全の為にあなたたちを拘束させて貰います。


「おかしな真似をしたら、消し炭にしてあげるって言わなかったかしら」


 そんな真似をしたら、余計に交渉が難しくなりますよ。尤も、そこまで私もドジじゃありませんので。


「そう、だったら無駄な……えっ、いつの間に、こ、こら、巻き付くんじゃないっ。なんで、糸みたいに細くなってるのよ。それってずるくない。や、止めてくれないかな、ちょっとトラウマになってるんだからっ! カングー、なんとかしなさい……だめ、捕まっている。あんたまで捕まっててどうするのよっ!」


 年寄りと言うのは、結構ずるい存在なんですよ。何のために、家内を目立たない車の中に隠したと思っているんです。警戒されているのなら、見つからないようにすれば良いだけですよね。

 尤も、これ以上どうにかしようと言うつもりはありません。ですので、安心していただいて結構ですよ。それからいったん集落に戻りますので、大人しくして貰えませんかね。と言うことなので、出てきてくれるかな慶子。ここから集落には、シャルロットさんに運んで貰うからね。




 立木さんの電話を受けた30分後、俺の前には土下座をしている8人の男女がいた。なんかこの光景、既視感があるのはどうしてだろう。

 それから癪に障るのは、この場に副所長である立木さんが居ないことだ。『休暇中ですので』と言い残して、さっさと消えてくれたのだ。いやさぁ、そこは空気を読んで休暇を取りやめるところだと思うんだよ。


 確か竜人族と言ったよね。どうして、この世界に現れてくれたのかな。と、その前に、誰が説明をしてくれるのかな。そうか、あなたが説明してくれるのだね。責任者だから仕方が無い、マイバッハ……長老は説明が下手と言うのだね。ところであなたの名前は、そう、インテグラと言うのだね。あなたたちまで、そっち系の名前なんだ。いや、こっちの話だから気にしなくて良いよ。

 話の取りかかりなんだけど、この世界に現れた理由を教えて貰えるかな。


「はい、ところで長くなりますけど宜しいですか?」


 うん、可能な限り短くお願いするよ。


「では、簡潔に。元の世界に居られなくなって、逃げてきたと言うのが理由です。この世界に来たのは、キャミが空間に落ち込んだからで、目指して来たわけじゃありません。キャミと言うのは、大きさが5mぐらいのあなたたちがドラゴンと呼んだ存在です」


 なるほど、目指して来たわけじゃないと言うのだね。だったらもう一つ質問なんだけど、君たちは『人間』を踊り食いする習慣があるのかな?


「人間、ああ、あなたたちのような存在のことですね。ドラゴン形態……で良いのですよね、あの格好だと調理なんて出来ませんよね。だったら、生で食べるしかないと思いませんか。一応体の中で加熱しますから、正確には生じゃないと思いますけどね。それでですね、あの格好はとっても燃費が悪いんですよ。ですので、頻繁に補給が必要になったりします。でもこの姿のときにも、普通に料理をしますし、食べる量にしても大したものではありませんので大丈夫ですよ」


 その姿で現れてくれれば、大きな問題にならなかったと思いますよ。そうですか、その格好だと攻撃力が低いと言うのですね。どうして、攻撃力を理由にしてくれるんですか?


「見知らぬ土地に行くんですよ。だったら、用心してもおかしくないですよね。だから、最大戦闘形態で突入したんです」


 どうして、戦うことを前提にしてくれるんです。そんな真似をするから、ややこしいことになっているのに。


「そのことについて、お詫びするのは吝かではありません。それで、私たちの保護はどうなりますでしょうか?」


 それなんだけどね、俺たちにはそんな権限がないんだよ。と言うことなので、小谷さん……なんか、思いっきり機嫌が悪いように見えるんだけど。そうか、機嫌が悪いようにじゃなくて本当に機嫌が悪いんだね。目が覚めたら、ただ一人旅館に残されていた。エクシブ君の活躍も見ることも出来なかったと言うのだね。ええっと、飲み過ぎは自業自得だと……ごめんなさい。それはそれとして、役目を果たしてくれるかな。

 それから白船君、上杉さんに連絡してくれるかな。ああ、捕獲した……保護した2体を傷つけないようにして貰いたいんだ。そうか、すでに持て余しているんだ。だから立木さんとラズライティシア様を派遣して欲しいと言われている。悪いな、立木さんは有給休暇中なんだよ。だからラズラ『嫌だ』……って被せてきましたね。そうですか、立木さん抜きでは行きたくはないと。そう言うことだよ、上杉さんにはそう答えてくれるかな。


 それで小谷さん、菅谷先生……もとい、総理の方はどうなってる? 外務省がしっちゃかめっちゃか、各国から問い合わせがひっきりなしになっているんだ。総理にも、面会要請が多数来ている。エアフォース1が飛んでくるって、それほどのことなのか?

 プーさん……突っ込まないけど、プーさんがどうかしたのかな。そうか、大使館経由で訪日の調整を始めたんだ。でも、彼らのことはまだ伝わっていないんだよね。伝わっていなくてこれ。伝わったらどうなるのかが恐ろしい。そうか、良かったな小谷さん。いよいよ活躍の時が来たようだよ。


「酔い潰れて、冷凍マグロのように転がされた私が、ですか?」


 ああ、いきなり致死量を超えた毒を吐いてくれたよ。ただなぁ、その毒は俺には効かないんだ。だって、俺は何も関係してないからね。とにかく、小谷さんには前面に出て貰うから。これで、小谷さんもしっかり有名人になれるんだよ。確か、パスポートも持っていたよね。


「ひょっとして、私に各国対応をしろと?」


 ちゃんと英語も話せたよね。何しろ、優秀な成績で東の大学を出てるんだから。


「ええっと、ですね。ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ……絶対に無理です。繰り返しますけど、絶対に無理ですから」


 息を切らしてまで言うことかな。そうか、そこまで言わなくちゃいけないことなんだ。でも、明後日まで立木さんは戻ってこないからね。それに立木さん、英語は苦手って言ってたし。


「そんなもの、ラズライティシア様に翻訳魔法を掛けて貰えば解決しますっ!」


 でも、明後日まで休暇で居ないんだよ。多分だけど、戻ってくるのは明明後日じゃないのかな。ところでインテグラ、どうかしたのかな?


「できれば、コローラルとキャミの所に行きたいのですが。多分、心細くて怯えていると思いますので」


 気持ちはわかるけど、行ってどうしようと言うのかな。もしかして、暴れて奪還しようとか考えていないよな。そうか、図星だったか。


「いえ、そこまでは考えていませんでした。せいぜい、ドラゴン形態になって脅しを掛けようかな、ぐらいです」


 はい、却下。そんな真似をしたら、俺が本気にならないといけないじゃないか。荷造り紐でぐるぐる巻きになりたくないのなら、そんなことを言わないように。

 それで、二人の安全は保証して貰えるのか、かな。白船君、その辺りはどうなってる? さっき、持て余していると言ったよね?


「図体が大きすぎるのが問題だそうです。もしも人型になれるのなら、もう少し待遇が良くなると思いますよ。何しろ今は、仮設の倉庫に転がしていますので」


 そりゃあ、あんな大きなものを収容する入れ物ってないよね。だから倉庫かぁ……暴れたくなる気持ちも理解出来るかな。理解出来るけど、仕方が無いとしか言いようがないと思うんだ。

 だったら、自分が行って人間形態になるように命令する、と言うのかい。それって、話が元に戻っているよね。仕方が無い、ラズ『断る』……そうですか、ご機嫌斜めになっていませんか。言わずもがなのことを言うな、ですか。それは理解しましたけど、どうして魔法で俺を攻撃するんです。そうですか、休暇を許可した俺が悪いんですか。正確には違う……


「休暇の条件として、われとカスミを連れていくように命じなかったことが悪いのだ」


 それをしたら、結局ラズライティシア様はここにはいませんよね。つまり、彼女たちのことを任せるためには、立木さんを連れ戻さないと駄目と言うことですか。小谷さん、日本政府からホテルの方へ圧力を掛けて貰えるかな。俺、俺はこれ以上悪者になりたくないんだよ。


「諸星さん、責任者ってこう言うときに逃げちゃいけないんですよ。そうじゃないと、烏山前総理みたいなことになりますからね」


 烏山さんかぁ、こうなるとあの人の気持ちもわかるんだよなぁ。やっぱりさぁ、人には分相応と言うものがあると思うんだ。

 ぐだぐだ言っていないで、さっさと立木さんと連絡を取れ……あのさぁ、もう少し優しくしてくれても良いと思わないのかな。繰り返すけど、優しくしてくれてもいいと思うんだよ。媚びを売っても可愛くない。いやさぁ、別に可愛く見られたいわけじゃないけど、それなりに傷つくんだよ。わかったわかった、俺から連絡するよ。


 もしもし、立木さんですか? お願いですから助けてください。




 せっかくの水入らずのところ、本当に申し訳ありません。特に奧さん、土下座をしても良いぐらいに悪いと思っているんです。

 必要無い、この手のことは珍しくない。若い頃は、週末スキーが何度もドタキャンになったと言うのですね。邪魔した俺が言うことじゃないと思うんですけど、もう少し奧さんを大切にした方が良くありませんか。余計なことを言うな、はい、ごめんなさい。


「それで、私に何を期待しているんですか?」


 それはですね、彼女を連れて富士の演習場に行って貰いたいんです。目的はコローラルとキャミでしたか、形態を人間になって貰うためです。後は、色々と説明……言い聞かせる必要があるからです。


「その程度のことなら、私を呼び戻す必要はなかったと思いますが?」


 あれっ、立木さんのこめかみに青筋が……

 いやいや、ラズライティシア様に頼もうと思ったら、立木さんが居ないのなら『嫌』と断られたんです。


「それで、諸星さんが行かない理由は?」


 ここに7人残るからと言うのが理由になります。彼らの脅威を考えたら、俺が残る必要があると思いませんか。思ってくれますよね? 靴、舐めますか?


「そんな真似をしたら蹴飛ばします……多分、私の足が負けるのでしょうけど。一応事情は理解しました。それで、いつ移動すれば良いのですか?


 その辺り、白船君あっちはどうなってる?


「一日でも、違いますね、一秒でも早くと言うのが答えになります……ええっと、あくまであちらの希望ですから、絶対にそうじゃなきゃ駄目とは言いませんよ」


 白船君も、色々と立木さんにお世話になってるからなぁ。だから、強いことが言えなくなっているんだろうね。ああ、立木さんも呆れてるよ。


「だったら、とっとと終わらせてきますか。インテグラ、君も空間転移を出来ましたね」

「出来ると言えば出来るのだが……それなりに制限が。そのだ、かなり接触していないといけないのだ……べ、別に、嫌とは言っていないのだぞ」


 あれっ、インテグラの反応が少しおかしくないか。


「そうですか、では仕方がありませんね。シャルロットさん私たちを指定の地点まで飛ばして貰えますか?」


 立木さん、ひょっとして地雷を避けたのかな。ただなぁ、それは間違いなく悪手だと思うぞ。ほら、シャルロットが青い顔をしているよ。そりゃあ、ラズライティシア様とインテグラに睨まれたら、生きた心地はしないと思うんだ。


「シア、シャルロットさんを睨まないように。あなたは、ここで留守番をしていてください。それからインテグラ、余計なことをすると私は行きませんからね」


 強いなぁ立木さん。ひょっとしてまだ怒っているのかな。そうか、間違いなく怒っているのか。あああっ、ある意味最強の二人が萎れているよ。


「話は纏まりました。ではシャルロットさん、指定の地点まで私たちを飛ばしてくれますか?」

「だ、大丈夫ですよね?」


 まだまだ血の気が戻っていないな。まあ、この二人に睨まれたら仕方が無いと言えるんだけど。


「ええ、さっさとお願いします」

「で、では、リープっ!」


 あ、飛ばされる直前にインテグラが抱きついた。そのせいで、ラズライティシア様の目尻が釣り上がっているよ。しかしなんだ、立木さんって天然の女誑しなのか? 違う、今まで女性にもてたことはない。自分との結婚も、お見合いだったと言うのですね。

 つまり立木さんは……どうかしましたか?


「諸星さん。口は災いの門と言う言葉をご存じですか? 私だけじゃなく、かすみさん、シアさんを敵に回すことになりますよ」


 ええっと、そう言うことですか。はい、たまたまモテ期がこの時期にやってきただけですよね。ええ、きっとそうに違いありません。




大人ってずるかったりするんですよ。

それはそうと、荷造り紐さん最強!

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