公表
村の特産は異世界です
・公表
被害の詳細が明らかになったのは、日付が変わった頃のことだった。50mクラスの襲撃箇所が4、ニューヨーク、ロンドン、北京、モスクワ。100m超級も4カ所、ワシントンDC、ロサンゼルス、上海、エルサレムとなっていた。
そこで発生した死者行方不明者は1万人以上、かなりの数が食われたのが目撃されていた。これからの調査で、犠牲者数は更に積み上がるだろうと言うことだった。
「みなさん、お夜食をお持ちしました」
ああセレスありがとう、それから立木さんもありがとうございます。
「難しいとは思いますが、交代で休まれた方が良いと思いますよ」
ええ、仰るとおりなのですが。それでも精神が昂ぶってしまって。そうなんですけど、どうして目隠ししているんですか。おい、お前らもどうして手で目を隠しているんだ。
「みなさん、見ない振りをしてくれているんですよ」
だからと言って、セレスが濃厚な口付けをしてきた。いや、みんなの前だから……目隠しをしてくれている。だから、居ないものと思えば良いって。その右手はなんだ、駄目とは言わないが流石にモラルが厳しいだろう。
だったら、場所を変えれば良い。いや、この状況でそれは……い、嫌とか言っていないからな。しかしだ……シャルロット、俺たちを飛ばしたなっ! だから遠慮はいらないって……さっきも遠慮をしていなかったよな。
諸星さんが飛ばされていったので、少しだけ重い空気が軽くなったと思います。だけど、テレビで見る限り酷い状況ですね。これを見せられると、諸星さんが神経質になるのも無理もないと思います。それ以上に酷いのは、報道番組の荒れ具合なんですけど。
日本政府はどうするつもりなのかっ! ですか。こんなもの、どうにもならないと思いませんか。そうですか、騒いで居ないと心が押しつぶされてしまう。この人たちが、そんな柔な神経をしていますかね。柔ではないが、許容量を遙かにオーバーしている。だからヒステリックに騒ぎ立てることになると言うのですね。
それはそれとして、落ち着いているんですね、ケイコさん。ええっと、夫のことを信じている、ですか。ご馳走様以前に、個人で出来ることを超えていますよね。
「夫が慌てていませんからね。だったら、妻の私も慌ててはいけないんですよ」
それが、夫婦と言うものなんですか? 多分違う、立木さんの家は特殊と言うのですね。御衣黄さんの顔を見ていたら、特殊と言うのが良く理解出来ます。
それはそれとして、ジャックさんとグレゴリーさんはドラゴンを倒した経験があるんですよね。だっ……『無理』を被せてきましたか。そうですか、やっぱり無理なんですね。
「必死の思いで倒したんだが、せいぜい10m級なんだぞ。パンの国のワイバーンに毛が生えた程度の奴なんだ。50m級、100m超級ってどうすれば倒せるのか想像が付かない」
確かラズライティシア様でも無理と言っていましたね。ちなみにエクシブさんはどうです? 見かけたら、どんなことをしても逃げるんですか。エクシブさんって、勇者をしていましたよね。そうですか、無駄死にするのは勇者の役目じゃ無いと言うのですね。
つまり、諸星さん以外にはどうにも出来ないと言うことですか。諸星さんが居てくれて良かったと思うべきか、それとも原因になっていないか憂うべきか……
おやおや、緊急の首相会見ですか。お調子者の烏山首相ですけど、流石に表情が強ばっていますね。さてさて、どんな会見をしてくれるんでしょう……って、おい、いきなり総理大臣辞職ってのはなに? 逃げた? 敵前逃亡? あなたに求められているのは、それじゃないと思うんですけど。
ああ、会見場がしっちゃかめっちゃかになっているよ。これって、どう収拾を付けるんでしょう。そりゃあ、記者さんたちだって怒りますよ。ええ、私だって怒っているんですからね。責任者って、こう言うときのリーダーシップが求められるものでしょ。でも、逃げてしまった……菅谷先生も天を仰いでいますね。同情はしますけど、軽すぎる神輿を選んだ責任もあると思うんです。
ところでケイコさん、あそこに居るのは立木さんですよね。ラズライティシア様の姿が見当たりませんが、人前に出さないと言うことでしょうか。あと見覚えの無い人は……そうですか、大芝教授と宇梶教授なんですね。あっ、菅谷先生がほっとした表情を浮かべました。どうやら、少しだけ明るい話題があったのでしょうね。
「総理が逃げましたので、官房長官である私がお話をすることにいたします。日本国憲法70条の規定に従い、内閣は必要的総辞職となったことをお伝えします。ちなみに同71条の規定に従い、新たな総理大臣が指名されるまで職務が継続となることお伝えいたします。そうは言っても総理が逃げましたので、ここからは私が説明を引き継ぐことにいたします」
流石は菅谷先生、会場が少しだけ落ち着きを取り戻しましたね。こう言うときって、落ち着いた人が壇上に現れるだけで空気が変わるんですよ。
「まず、日本政府が把握している状況をお知らせいたします。日本時間の午後4時ちょうどに、ニューヨーク、ロンドン、北京、モスクワを正体不明の巨大生物が襲撃しました。それから30分後、更にワシントンDC、ロサンゼルス、上海、エルサレムを巨大生物が襲撃しています。現時点でわかっているのは、先に襲撃した巨大生物より、後から現れた方が巨大だと言うことです……質問は後ほどお願いします」
色々と聞きたいことがあるのはわかりますよ。ただ、もう少し話を聞いてからにして欲しいですね。
「世界8カ所に出現した巨大生物は、その後小さな空間転移をしているのが確認されています。そして出現から2時間後の日本時間6時30分に出現時と同様に突然消失しました。その後現在に至るまで、新たな襲撃の情報は上がってきておりません」
手が上がりまくっていますね。まあ、聞きたいことはわかりますけどね。
「次に現時点での日本政府の対応をお伝えします。各国大使館と連携をして、襲撃に関する情報収集、邦人の安全確認を行っています。加えて、自衛隊に待機命令を発動しています」
あっ、菅谷先生がつばを飲み込んだ。あれって、かなり緊張しているときに出る癖なんですよ。と言うことは、何か重大な発表をすると言うことですね。それは良いんですけど、嫌な予感がするのは気のせいでしょうか。
「記者の皆さんは、正確な襲撃情報に疑問を感じておられると思います。アメリカ、イギリスはまだしも、中国、ロシア、イスラエルからは発表が出ていません。それなのに、どうして日本政府が襲撃を把握しているのだろうか……当然の疑問だと理解しています」
もう一度つばを飲み込まれましたね。そうですか、いきなり発表するんですね。だけど、諸星さんが真っ最中なんだけど……良いのかなぁ。
と思ったら、諸星さんが戻ってきました。そうですか、流石に寝ているわけにはいかなかった。良いんですか、セレスさんが不機嫌そうにしていますよ。不機嫌なのは確かだけど、理由が違う。理由は……聞かない方が良さそうですね。
「今回の襲撃探知には、大学の研究所及び民間の研究機関の協力がありました。皆様もご存じの、大芝教授、宇梶教授……そうです、日本の誇るニュートリノ観測施設、重力波観測施設が活躍してくれたのです。そしてそのデータを解析したのが、新たに発足したIMO研究所です。IMO研究所は、重力波観測情報から巨大生物の出現を検出、自衛隊に通報しています。そしてニュートリノ情報から、巨大生物の出現、消失を判定しております。お陰で、日本政府はいち早く巨大生物の出現を把握することが出来ました」
まあ、無難な説明だと思いますよ。ただIMO研究所が関係する理由がわかりませんよね。
なんですか諸星さん、立木さんからメッセージが来た。言っては悪いのですけど、今頃なんですか? それで、立木さんはなんと?
「自衛隊に拉致られた……のだそうだ」
今更、その程度の情報なんですか。そうですよね、既成事実化を狙っていますよね。つまり、これからいよいよお披露目と言うことですね。大丈夫ですか諸星さん、電話線を引っこ抜いておきますか?
無駄、携帯の電源は落とせない。そりゃあ、連絡をくれるのはマスコミだけじゃありませんからね。そうですか、知らない番号はすべて無視するんですね。固定電話の方は、音を最小限に絞っておくのですか。
「皆さんは、幾つもの『なぜ』をもたれているかと思います。ニュートリノと重力波、なぜいきなりそんなものが持ち出されたのか。そしてなぜ、こんなにタイミング良く観測されていたのか。それ以上にあるのは、なぜIMO研究なる新興の研究所、しかも細胞学の研究所が登場人物になるのかっ」
ああ、ざわめきが大きくなりましたね。これは、菅谷先生の答えを待っている証拠です。記者の皆さんも、これから発表されることが、とても大きな意味を持つことを理解されていると言うことです。
ところで諸星さん、またメッセージが来ていませんか? そうですか、人前に出ても良い格好に着替えろと。それって、諸星さんが晒し者になると言うことですよね。言い方が悪い、言い方を変えても同じことだと思うんですよ。それからナイスですセレスさん……そうですか、立木さんからメッセージが来てたんですね。機嫌が悪かった理由って……それだったんですか。
「まず、最初の疑問に対して関係者から説明をして貰う。大芝教授、宇梶教授、どちらが説明してくださるのですか?」
そりゃあ、ネームバリューからすればこの二人のどちらかですよね。言ってはなんですけど、立木さんじゃ有り難みがありませんから。いえ、馬鹿にしているわけじゃないんですよ。ただ、世間の受け取り方、権威に媚びることを言っているんです。だから、お茶会に招待しないと言わないでください。
あれって、どう見ても押し付け合いをしていますよね。見たところ、1対2で立木さんが不利なようですね。ああ、立木さんが諦めて前に出てきましたよ。
「IMO研究所で経理をしている立木と申します。両世界的権威からお前がやれと押しつけられたので、私から説明させていただきます」
ああ、やっぱりヤジが飛びますか。仕方が無いですよね、立木さんって全く無名なんですから。しかもなんです、経理担当って。記者さんたちからすれば、馬鹿にされたと考えてもおかしくありませんよね。
「場違いなことは重々承知しております。その上で、少しだけ私の説明を聞いて頂けないでしょうか」
それはそれとして、立木さんって落ち着いていますね。そうですか、修羅場なら何度も潜っている。まだ今日は、比較的気楽な立場だと言うのですね。
「まず、事実のおさらいから始めましょうか。今回ニューヨークとロンドンには、50mを超える巨大生物が出現しました。そしてワシントンDC、ロサンゼルスには、100mを超える巨大生物が出現しています。私たちの観測では、北京、上海、エルサレム、モスクワにも同程度の巨大生物が出現しています。その想像したこともない巨大生物が空を飛び、そして口からは炎を吐き出したのです。まるで怪獣映画のような……と言えば想像がしやすいのかも知れません。ですが皆さん、皆さんは今回の襲撃で自分の目を疑いませんでしたか? これまで信じてきた常識が崩れるのを感じなかったでしょうか。そして次に、どこからあの巨大生物が現れたのかを考えませんでしたか」
言葉を切ったのは、自分の言葉が浸透するのを待ったのですね。ええ、常識的な方法だと思いますよ。
「どこかに自分たちの認識している世界、この世界とは違う世界があるのではないのか。皆さんはそう考えなかったでしょうか。取りあえずその世界を、SF等で扱われるマルチバースのような物と考えてください。ただこれは、説明のために適当な言葉を当てはめたとお考えください。従って、言葉の定義に深い意味はありません。マルチバースがお気に召さないのなら、異世界としても構いません。その異世界から、あの巨大生物が現れたのだと私たちは考えました」
最初に巨大生物を持ち出すことで、次の仮説に説得力を持たせましたか。そして問いかけをすることで、記者さんたちの間に『もしかして』と言う疑問を生じさせましたね。
「少し前にですね、温泉での飲み友達の関係を利用し、両教授に対してデータの提供をお願いいたしました。そのデータを利用して、私どもの研究所スタッフが検出システムを構築してくれました。重力波の測定データから出現ポイントと規模を推定し、ニュートリノの観測データは規模の推定及び移動方向の推定に用いています。そしてその結果を、今回自衛隊にも提供しております」
ざわめきが止みませんね。まあ、もの凄く色々なものを飛ばして説明しているから当然だと思いますよ。だって、最初の『なぜ』が全く説明されていませんもの。
「さて、私は最初の『なぜ』を説明していません。なぜ空間転移の検出装置を作ることになったのか。なぜ世界的権威と言われる両教授が、与太話に付き合うことになったのか。勿論、そこには理由と言うものが存在します」
急に静まりましたね。いよいよ世紀の発表ですから、これも当たり前の反応だと思います。でも、どんな方法で発表するのでしょう。
「では皆さん、種明かしの前にちょっとだけ私の上を見て頂けますでしょうか。そうですね、わたしの1m程上辺りを注目してください。テレビカメラも、その辺りがちゃんと入るようにお願いいたします。宜しいですか、では説明を続けましょう。お待たせしました。シア、姿を見せてくれるかな」
ラズライティシア様がいなかったのは、これが理由と言うことですね。でも、どうしてアニメのコスプレをしているんです。あの格好って、神話の時代から生きてきた大魔法使いですよね。
はい、立木さんが指定した位置に、突然ラズライティシア様が出現しました。勿論、特徴的な長い耳を隠していません。そしてゆっくりと降りて、立木さんの隣に並んでくれました。
「ちなみに、今のも監視システムは検知しています。ただ、トリックを疑われる方もおいでかと思います。ですので、もう少し登場人物を増やすことにしましょう。ハイエース君、こっちに来てくれるかい」
いつの間に翼人を連れていったんですか。しかも、マスコミの中に隠しておくなんて……立木さん、押し付け合いは演出ですよね。
それはそれとして、ハイエース氏も張り切っていますね。翼を全開で会見場を一回りですか。
「ちなみに、皆さんが目撃された現象は、ニュートリノの発生と言う形でも観測されています。両教授に協力していただけたのは、観測データに表れたノイズの原因を提示したからと言うのが理由になります。納得はいかないかもしれませんが、両教授にはこれで納得していただきました。ちなみに皆さんが目にした現象、これの呼称をどうするのかと言う問題があります。それに関しては、便利な言葉がありましたのでそれを使うことにしました。そうです、もうおわかりですね。今そこの方が口にした言葉、そうです『魔法』と私たちは呼んでいます。他の言葉が思い浮かびませんので、当面『魔法』と呼称させていただきます」
どうしてこんな外連味たっぷりの紹介をしてくれますかね。ああ、フラッシュが途切れませんね。画面が真っ白になってしまいました。菅谷先生がいるので、ペテンも疑われていないようです。まあ、世界的権威二人がいるのですから、説得力も十分と言うことですか。
それで諸星さん、そろそろ出番のようですよ。準備は出来ている、いつでもどんとこいと言うのですね。それはそれとして、セレスさんもお着替えされたんですね。そうですか、セレスさんも一緒に行くんですね。はい、思いっきりインパクトがあると思いますよ。私ですか、私は留守番に決まっていると思いませんか?
それはいいのですけど、どうしてセリカさんの準備が出来ているんですか? いつの間にコロナ王女まで準備しているのです? そうですか、立木さんに呼ばれているんですね。あの人、どこまで手配をして行ったんですか。
「さて、前座の出番はここまでのようです。そろそろ真打ちに登場していただくことにいたしましょう。そうですIMO研究所所長、諸星氏の登場です。皆さん、その辺りに現れますからご注目願います。では諸星さん、よろしくお願いいたします」
そう言うことなので、シャルロットさん飛ばしてあげてください。任せておけ、座標もしっかりトレース出来ている。リープ……ですか。確かに、4人の姿が見えなくなりましたね。
ところで、ルーテシアさんの姿が見えないんですけど。そうですか、エクシブさんと二人で周辺を警戒しているんですね。確かに、今は守りが手薄になっていましたね。翼人とハイエルフたちも周辺に展開している……それって対応が過激になりません?
立木さんの指定した場所に、4人が姿を現しましたね。これで真打ち登場……逆に諸星さんが心配になってきました。このまま立木さんに任せた方が良いような……いえ、ふとそんなことを感じてしまったんです。
でも、これで『異世界』『魔法』の存在が、世界中に公開されることになるんですね。しかし大丈夫かな、ここって山奥の僻地なんですけど。道も細いから、すぐに車が詰まってしまいますよね。
でもさぁ、みんな大切なことを忘れてると思うんですよ。異世界とか魔法とかが公開されても、あの巨大生物への対処方法にはなっていませんよね。そりゃあ、諸星さんなら勝てますけど……皆さん、そんなことは知らないと思うんですよ。
御衣黄さん、何か意見があるんですか?
「未知の恐怖に対して、対応策が示された気持ちにはなれると思いますよ。あとはですね、準備がされていたことへの安堵と言うものもあると思います」
そうですか。皆さん、気休めでも縋るものが欲しかったと言うことですね。それはそれとして、御衣黄さん、まずい状態になっていませんか? そうですか、興奮しているのを否定しないんですね。隣にケイコさんが居るのを忘れていませんか? そうですか、ケイコさんも興奮されているんですね。でも、それとこれとは話が違うと思うんです。
ところでケイコさん、メッセージが届いていませんか。そうですか、息子さんとお嬢さんからなんですね。まあ、何事が起きたと驚いても不思議ではありませんね。ところでお嬢さんなんですけど、日本政府に保護をお願いしなくても大丈夫ですか? 今、海外にいるんですよね? 手配、必要ですか?
「これより、幾つか質問を受け付けたいと思います。時間が時間ですから、手短にお願いします。加えて申し上げるのなら、ちゃんと考えて質問をしてください。何でも質問さえすれば、こちらが答えると考えないように。自分が同じ立場ならどうしたのか、それをよく考えてから質問をするように。それから先に申し上げておきますが、今回の事件に我々は関与していません。実は異世界、魔法についての公開準備はしていました。そうですね、梅雨入り前を計画していたとお考えください。ただ今回の事件で、その予定が大幅に狂うことになりました。そして政府からのお願いを受け、急遽公開することになったとご理解ください」
仕切りますねぇ、立木さんが思いっきり仕切っていますよ。でも必要な仕切りだと思いますよ、私は。だって政府は一部を除いて当てにならないし、マスコミの方たちって思慮と遠慮がありませんからね。
しかし立木さん、本気で容赦が無いんですけど。そりゃあ、質問がくだらないのは理解していますよ。おんなじことを繰り返すのも、こちらの綻びを突くためと言うのもわかっているんです。ああ、わざと怒らせる質問をしてきましたね。でも、私たちって民間人なんですよね。マスコミに遠慮を強いられる政府じゃないんですよ。
「しかし皆さん、本当にくだらない、意味の無い質問しか出来ないのですね。質問をするのであれば、もう少し考えて、そして疑問を整理してくれませんか。私たちは、親切な政府ではないんです。意味のわからない質問には答えませんし、馬鹿な質問にも答える意味を見いだせません。質問に答えること自体、義務ではないことを理解して臨んでください。さて、挑発させていただきましたが、質問はございませんか?」
ああ、しっかり質問のハードルを上げてくれましたね。しかもこの会見、間違いなくもの凄く沢山の人が見ていますよ。しっかりとした質問をしないと、回復不能なダメージを負うことになってしまいますね。
なぜ菅谷官房長官なのか、ですか。間違いなく愚問だと思いますよ。ああ、本当に容赦ないな、立木さん。
「この状況を見て、理由を理解出来ないと仰るのですか? 困難な状況を前にしても、逃げ出さずに最善と思われる行動をされておいでです。皆さんも、菅谷官房長官を見て安心されませんでしたか?」
ですよねぇ。私も流石は先生と思いましたから。ええっと、こんな重要な話を一部政治家とだけするのはおかしい。利権が絡んでいるだろう、ですか。馬鹿ですよね、ええ、本当に馬鹿な質問だと思いますよ。
ああ、立木さんが軽蔑の眼差しを向けていますね。はい、私もあの場に居たら、同じ視線を向けると思いますよ。
「もう少し考えてと申し上げた意味も理解出来ない方でしたか。あなたが同じ立場に立ったとき、与野党すべての政治家に接触されるのですか? そもそもどうやって、接触をすれば良いのですか。それに加えて、なぜ一個人がそんな手間を掛けなければならないのです。問題解決能力の無い相手に時間を使う理由を教えて貰いたいものです」
ああ、本当に容赦が無いな、立木さん。あの記者、非論理的なことを言うので有名な人なんですよね。しかも記者と言うより活動家だし、記者会見って自分の意見を発表する場じゃないんですけどね。
やっぱり騒ぎ立てているよ。自分は国民を代表して質問しているんだって。こう言う人たちって、主語を思いっきり大きくしてくれるんですよね。
「あなたの仰る国民とは誰のことですか。こう言う頭の悪い人は、すぐ主語を大きくしたがるんですね。それから、あなたの存在は会見の邪魔でしかありません。従って、直ちに強制排除を行います」
キターっ! ここで荷造り紐さんの登場ですか。なかなか面白い演出だと思いますよ。ほら、他の皆さんたちも写真を撮ってる。これで魔法がやらせじゃないことがわかるんですからね。
ところで白船さん、今までどこに行っていたんですか?
「立木さんの指示で、諸星さんのご両親の身柄確保をしました。勿論、動いたのは上杉さんたちなんですけどね。保護をしないと、マスコミの餌食になるからだそうです」
確かにぃ、確かに保護が必要だわぁ。でも立木さん、どうしてそこまで気が回るんだろう。なんですかケイコさん、旦那さんは段取魔だと言うんですね。でも、時々ポカをするから注意が必要なんですか。それって、問題だと思うんですけど……致命的なのは今までない。今までは、ですよね。
記者会見はどうなったのか、ですか。ええ、取りあえず明日の午後まで順延と言うことになりました。国会を開いて、内閣総理大臣の指名が必要ですからね。それにどう頑張っても朝刊に間に合わないし、討ち死にした活動家……もとい、記者さんを見て皆さん怖じ気づいたんでしょうね。準備不足で臨むと返り討ちに遭うのに気づいたんだと思いますよ。多分ですけど、今頃有識者……こんなものの有識者って居るのかな。有識者を探しているんじゃないですか。
ところで諸星さん、戻ってきたんですか。取りあえずお疲れ様と言っておきます。ただ、あまり出番がなかったような……
それから立木さん、ナイスです、イェーイ! あの女性記者と言うのか活動家、本当に鬱陶しかったんですよ。ですので、ちょっと……かなり胸がすっとしました。
ところで質問なんですけど、どうしてあそこまで煽ったんですか。そうですか、立木さんの趣味なんですか。そうやって、私を煙に巻くんですか?
「時間稼ぎと諸星さんへの援護ですね。ハードルを上げたので、苛つくような質問が減ると思いますよ」
減る程度なんですか? マスコミを甘く見るんじゃない。手を変え品を替え間接的な嫌がらせをしてくるんですね。だとしたら、立木さんのご家族は大丈夫ですか? かなりマスコミの反感を買っていますよね。
ちゃんと報復を考えている、のですか。ちなみに、報復は誰がするんですか。迷わず諸星さんを指差しましたね。諸星さん、顔が引き攣っているんですけど。
「シアにさせるよりは穏便に済むと思いますよ」
シアって……ラズライティシア様のことですか。手加減をするつもり無いって……はい、諸星さんに任せることにしましょう。
ところで菅谷先生は? そう言えば、これから最後の閣議が必要でしたね……でも、総理大臣が逃げたら閣議を開かなくても内閣は総辞職だったと思うんですよ。ああ、そうか、党内調整が必要なんですね。でも、この状況で総理大臣をやりたい人って居るのかな?
翌朝、私たちは疲れを隠せない菅谷先生を見ました……違いますね、菅谷総理大臣を見ました。勿論、テレビでですよ。
しかし、その前の首班指名……酷かったですね。そりゃあ、敵前逃亡した烏山前総理は最低だと思います。しかも烏山前総理、あの後しっかり入院してくれたんです。従って、国会と言う名のつるし上げは欠席でした。まあ、居ても居なくても、大勢には影響ないんですけどね。
その首班指名の前に、野党の皆さんしっかりと与党の責任追及をしてくれました。まあ、あの人を総理大臣にしたのですから、追求されても仕方がないと思いますよ。でも笑わせて貰ったのは、その後の投票ですね。普通は、自分の党の党首に投票するものなんです。それなのに、皆さん菅谷先生に投票してくれたんです。もうね、今は絶対にやりたくないと言うのを全身で表現してくれましたよ。解散総選挙で信を問えと言った政党もありましたけど、勇ましいのは言葉だけですよね、あれ。この状況で国政選挙なんて、危機管理上問題だと思うんですよ。
それはそれとして、テレビの方は凄いことになっていますね。ただ疑問なのは、こう言うときって取材のヘリが飛びまくりますよね。それなのに、どうしてこんなに静かなんでしょう。なんです立木さん、また何かしたんですか?
なんですか、その許可制って言うのは。巨大生物への警戒態勢に入っているので、許可無く近付いたものに対して攻撃すると宣言したのですか。良いんですか、そんな真似をして。
「はったりに決まっていますよ。ただ、必要以上に警戒をしてくれたようですね。勿論有人機にははったりですけど、ドローン相手には容赦しません。ですので、荷造り紐さんがスタンバイしてくれています。実は、すでに5機ほど落としていたりします」
そうですか、だからヘリが飛んでこないんですね。ちなみに地上の方は……村の協力で通行止めになっているんですか。落石通行止め……絶対に文句の言えない理由ですね、それ。
ところで、諸星さんのご両親を保護されたんですよね。そのご両親にはどう説明を……そうですか、そろそろこちらにご招待するのですね。諸星さんが出てこないのは、それが理由なんですか。意外と言ってはいけないのですけど、結構可愛いところがあるんですね。
それで、私たちは……記者会見まですることがない。それはわかっていますよ。ただ、こんなにのんびりしていて良いのかなぁって。夜が遅かったから、まだ疲れが抜けていない。隣でデレてるラズライティシア様が居るのに、そんなことを言ってくれるんですね。
だから余計に疲れているのですか……それで今は、しっかりと息抜きをしていると言うのですね。良いんですかケイコさん。そうですよね、許せませんよね。許せないのは確かだけど、言っている意味が違う。アップルパイを買ってこなかったことが許せない。あの状況で……と言うより、時間的に買って帰れませんよね。そうですか、それはそれなんですね。だそうですよ立木さん。
「フルーツ丘陵のゼリーなら買ってきたんですけどね。それはそれと言われてしまいましたよ」
あはははと笑うところですか。そうですか、笑う所なんですね。ところでそのゼリー、私の口には入っていないんですけど。留守番をしていた私にお土産はないんですか?
御衣黄さん……ご馳走様です。ええ、しっかりと催促しましたよ。でも、流石は立木さんです。私たちへの心遣いも忘れていないんですね。はい、ご馳走様です。美味しいですよね、イチゴと柑橘のゼリー。
親と言うのは、どんなときでも自分の子供を見失わない……のですか。とっても重い言葉だと思います、はい、諸星さんご家族の話です。
だって諸星さん、暴漢に刺されて亡くなられたんですよ。しかも、しっかり葬式を上げて荼毘に付されているんです。どう頑張っても間違いようのない、自分の息子の死を突きつけられたんです。それなのに、どうして若返った諸星さんを息子だと信じられるんでしょう。『どんなときでも見失わない』と言うのは、頭では理解することが……私には出来ませんね。どうしてなんだろう、なぜ私は自分の両親を信じられないんだろう……
いやいや、今は私のことじゃありませんね。諸星さんのご両親のことが重要だと思います。
それで諸星さん、ご両親はどうされるんですか? こちらに、引っ越しされるんでしょうか?
「いや、旅行に来るのなら良いが、こんな寒いところは嫌と言われた」
こんな寒いところ……ですか。そりゃあ、まだ裏には雪が残っていますよ。暖かい地方の人には、間違いなく『寒い』所だと思います。でも、マスコミとか考えると、目に届くところに居て貰った方が良くありませんか?
「親父たちには、親父たちの生活があると言われてしまったんだ。それを言われたらなぁ……確かにあっちには沢山知り合いが居るんだよ」
それは否定しません。ですけど、マスコミはどうするんですか? あの人たちって、絶対に遠慮なんかしませんよ。なんですか立木さん、対策は考えているのですか。戦争って……随分と怖いことを言ってくれるんですね。大したことはしていない、色々と道具を置いてきただけなんですか。ちなみにその道具の中に、荷造り紐さんも有ったりするんですよね?
そうですか、もっとたちの悪いものもあるんですね。なんですか、その生物兵器って?
「生物兵器は生物兵器ですよ。鳥さんとか蝶とか蚊とかダニとか、その他諸々の生物がマスコミをマークするんです。昨夜から働いて貰っていますから、沢山の記者さんたちがダニを連れて帰っていると思いますよ」
それって、もの凄くエグいことをしていますよね。ところで自衛隊の方たちは大丈夫なんですか。そうですか、敵味方の区別はちゃんと付いていると。しかし、どうしてそんなエグいことを考えられるんです?
「いや、シアが嫌がらせの方法を提案してくれたんだが?」
ラズライティシア様が、ですか。そうですか、あちらではダニとか虫に苦しめられたんですね。その苦しみをお裾分けする……分けてくれなくても良いと言うと思いますけどね。
ちなみに殺虫剤は……そんなものが効くはずがない。そもそもダニは、殺虫剤でも殺しにくいと言うのですね。だとしたらですね、カメムシを追加してはどうでしょう。はい、あの触るだけで思いっきり臭くなるあれです。果物とか稲の敵なんですよ、カメムシさんは。
「だそうだ孝明よ」
「流石は小谷さんだな。俺たちよりも、エグいところを攻めてくれるよ」
ええっと、ですね。何か、言われ方が嫌だなぁって思えるんですよ。ただ私は、こちらの生活で苦労した虫のことを持ち出しただけですからね。その意味ではラズライティシア様と同じだと思うんですよ。
電話が鳴っている。確かになっていますね。しかし、総理大臣が直接電話を掛けてきますかね。はい小谷です、ええ、今はテレビを見ていました。それはそれとして、総理大臣就任おめでとうございます。諸星さん以下、しっかりと応援させていただきます。その応援に関係すること、記者会見の前倒しですか。なぜと伺っても宜しいですよね。そうですか、外交予定が差し込まれたんですね。大丈夫です、それだけで理解が出来ましたから。では、可能な限り速やかに伺うこと……どちらに伺えば良いのでしょうか。記者会見場……テレビで確認してから伺えば良いんですね。
だそうですよ諸星さん。
それで誰が一緒に行くんですか。立木さん、パスは許されませんからね。ラズライティシア様も、面倒だと言わないように。自分は両教授対応でしかない、しかも今回は二人とも顔を出さない……あれだけ煽っておいて今更それを言いますか? なんです、これから二人を誘って温泉三昧って……ここにお連れすれば良いだけですよね? 今日は白濁した白骨温泉……老人には休息が必要だと言うのですね。はい却下です。移動に時間が掛からないのですから、記者会見を終わらせてからでもいけますよね、いけますよねっ!
それで行われた記者会見なんですけど、初めて見ると言って良いぐらいのグダグダのものでした。多分ですけど、前日の脅しが効いたのでしょうね。皆さん質問するのも、おっかなびっくりと言う所があったんです。いきなり会見場に転移したからでしょうか、記者さんたちも毒気が抜かれた感じがしました。
おや、結構核心を突いた質問が来ましたね。諸星さんは、元々こちらで生まれたのかって……投稿小説系を調べたのでしょうかね。
「皆さんに濡れ衣を着せられた……と言えば、ご理解いただけますか?」
最初から毒全開ですか。喧嘩を売っているとも言えますけど、これぐらいなら許容範囲でしょう。それ以前に、こうもあっさりばらすのかと言う方が気になりました。
なんです、御衣黄さん。そうですか、ご両親を守るためと言うのですね。関係性を示せば、手を出す口実になるからなんですか。
それで、何が出来るのか、どんな恩恵を貰ったのかって……質問している人は馬鹿ですか、馬鹿ですよね。そんな重要なこと、自分の安全に関わることを話すはずがないでしょう。ああ、諸星さんも呆れてるよ。
ところで、どうしてラズライティシア様が転移を。あのアホな記者さんの隣に現れたんでしょうって……あの人、偽物だったんですね。シャルロットさん、あの人に見覚えは? ない、まあ、中国人に見えますからね。
「看破……ですか。後は、変化で良いのかな。変化の恩恵は、そうか、あの人が使ったんですね」
万能ですね荷造り紐さん。諸星さんが指摘した人が、ぐるぐる巻きになっていました。質問をした偽物も、無事荷造り紐さんが拘束してくれました。
「内閣総理大臣が出席する記者会見に、正体を隠して潜入してきたわけです。正真正銘の敵対行為だと思いますよ。ですので、警察の方で身柄を確保して貰います。それからお断りしておきますが、自殺等は出来ませんので悪しからず」
ぐるりと辺りを見渡したのは、他には居ないよなと言う示威行動でしょうか。きっとそう、一体どれだけ紛れ込んでいるんでしょうね。
「ですので、正規の手続きを踏んでいない人を拘束します。拘束しますから、関係者は正規の手続きで引き取りに来てください」
会見場には100人ぐらい来ていますよね。後は、テレビカメラが10台ぐらい……荷造り紐さん、20人ぐらいぐるぐる巻きにしてくれましたよ。ええっと、そんなに異世界関係者が沢山いると言うことですか。
流石にそんなには居ないはず。捕まった中には、普通の潜入工作員もいるはずと言うのですか。こう言ってはなんですけど、スパイ天国なんですね、日本と言う国は。
ところで、最初に質問した人なんですけど……エリザベスさんみたいに命令が出来るんですか? 多分違う、『看破』と言う以上、答えることで正解がわかると言うのですね。尋問に使えそうな能力ですね、それは。
「取材の許可が出ない理由を教えていただけますか?」
ええ、しっかりと取材制限を掛けていますからね。当然出る質問と言うのはわかりますよ。
「1社なら大したことはないんですが……はっきり言って迷惑だからです。集落の上空にヘリが飛び交い、更にはドローンまで入り乱れてくれる。静かな村に、遠慮の一つも無く土足で乗り込んできてくれる……過去行われた、そんな『取材』と言う名の迷惑行為を何度も見ているんです。取材制限を掛ける理由は、それ以上でもそれ以下でもありません」
「つまり、取材を許可していただける余地はあると言うことですね」
「常識的……すみません、あなた方の常識ではありませんからね。私たちには私たちの生活があります。それを脅かされるような真似は基本的には拒否します。申請をして頂ければ、許可については検討すると言うのがお答えになります。それから、私はあなたたちがすることを見ています。取材許可は、総合的に判断して出すとご理解ください」
「許可を出して頂ける余地があると聞いて安心いたしました」
今回の質問者は、割とまともな人でしたね。でもなぁ、ああいった人は本当に一握りしか居ないんだよなぁ。だって、うちの取材に成功したら、視聴率爆上がりなことは確実なんだもの。ジャーナリストだって、潜入取材が成功したりしたら、間違いなく名声を得ることが出来ますよね。
「今回皆さんが秘密……秘密と言って良いと思いますが、その秘密を明かす理由になった事件について伺います。諸星さんたちであれば、あの巨大生物へ対処出来るのでしょうか?」
「民間人が、害獣……と言うには剣呑すぎると思いますが。その害獣対処をする法的根拠があるのでしょうか。それから、あれだけ巨大な生物が、人口の密集した都市部に出現しました。戦った場合に発生する被害、どう考えても相応の被害が発生すると思います。発生した被害に対する賠償の免責についてどのようにお考えですか。そしてそれは法的に整理されているのでしょうか。あれをするな、これは免責の範囲外だ……手足を縛られてまで対応するつもりはありません」
「法律の整備については、国会が頑張ることだと思います。ただ条件を考えると、一朝一夕で法体系を構築できるとは思えませんね」
「これでも、法律を学んだこともあります。ですから、仰るとおりとお答えいたします。それから対処の方ですが、やってみなければわからないとお答えします」
「確実性を求めるな、と理解しました。ただ、出来ないとは一言も仰っていません。ですので、少しだけ安堵させていただきました」
随分とまともな質問者だなぁ、でも、あの人って今まで見たことがないんだけど。ひょっとして誰かが仕込んだ?
でも、諸星さんの答えも理解出来る気がするな。対処って、もの凄く定義が曖昧だもの。多分相手も、その曖昧さを利用したと思うんだ。それから諸星さんならあの巨大生物……ドラゴンだって消し去ることは出来ますよね。ただそれをしたら、絶対に自分の首を絞めることになりますよね。人の要求って、際限なく上がり続けてくれると思います。それに下手をしたら、自作自演を疑われることにもなると思うし。
それはそれとして、今回は立木さんが目立たなかったな。なんですか、その『段取が終わっているから』と言うのは。それって、筋書きの上で諸星さんが踊っていると言うことですか?
ちがう、段取をするのは下の者がすること。偉い人は、その上で存在感を示すのが役目。なるほどねぇ、そう言えば菅谷先生……もとい、菅谷先生もそんなことをしていたな。
遂に表の世界に出てしまいました
ただまあ、まだまだこれからなんですけど




