色々と動き出す−2
村の特産は異世界です
・色々と動き出す-2
年末以来だから、5ヶ月ぶりになるのかな。立木さんたちの出発より1日遅く、俺は東京へとやってきた。久しぶりだな東京。日差しと言うのか、肌に当たる空気が集落とは段違いだぞ。
ちなみに今回は、同行者はセレス一人である。一番頼りになるのは小谷さんなのだが、流石に二人揃って集落を離れると言う冒険が出来なかったのだ。工事関係者が入り始めているのと、石原へのお目付役が必要と言うことだ。
「本当に、村とは別世界なんですね」
あそこは過疎の極み、そしてこちらは過密の極みだからな。世界の両極端……と言うのは流石に言い過ぎだが、比較にはならないと思うぞ。
「それでも、私はあちらの方が好き……と言うより、肌に合っていると思います」
それは、集落の方が以前の世界に似ているからか。そうか、否定はしないがそれだけじゃ無いと言うのだな。
「人の纏っている空気、と言えば良いですね。集落……それに、村の方たちの方がゆったりとしているんです。たまたま目に付いた方たちだけだと思いますけど、こちらの方たちはせわしないと思います」
せわしないかぁ……生きている時間が違う、と言うのは極端かな。ただ、本当に生きている時間が違うと思うんだ。それを悪いと言うつもりはないし、それぞれに良いことはあると思うぞ。それにお前たちが喜んでみているドラマや映画は、このせわしない人たちが作り上げているんだ。
「あなたの言う通りなのでしょうね。以前の世界でも、王都に行くと違うと聞かされていたのを思い出しました」
そうだな、都会と田舎の違いと言うことになる。
それはそうとして、そろそろ約束の場所に移動する必要があるな。確か杉村が迎えに来てくれているはずなのだが……はい、諸星は私です。そうですか、杉村先生の秘書をされているのですね。それで私はどうすれば……ここで待っていれば良い。車を回してくださるのですね。
こう言ってはなんなのだが、随分立派な秘書を抱えているんだな。あの杉村が……と言っちゃいけないんだろうな。あいつも、俺の知らない間に衆議院議員様になったんだ。
それで、これに乗り込めば良い。てっきりベンツとかレクサスとかと思っていました。そうですか、そこまではお金が掛けられなかったと言うのですね。いえ、黒塗りのミニバンも贅沢だと思いますよ。
それはそれとして、俺たちはどこに連れて行かれるのですか。内閣官房、霞ヶ関まで行くんですね。ええっと、緊張なんか……してますね。一応二度目のはずなんですけど。
地下の駐車場から上がり、俺は官房長官室へと案内された。当然のように、しっかりとセキュリティチェックなど受けていたりする。まあ、これも二度目のことなんだが。
「よく来てくれた」
バーコードはげ……失礼、菅谷官房長官自らお出迎えですか。ところで、今日は少し人数が多いんですね。官房副長官が3人揃い踏みなんですね。少しずつですけど、関係者が増えてきたと言うことですか。
それで用件ですけど、俺たちのことを公開することで良いんですよね。間違っていない、ただタイミングと方法が難しいと言うのですね。ですが、いつまでも隠してはいられないと思います。
「理由は簡単。君たちの存在があまりにも異質すぎるからだ。何しろ、ここに居る森村と栗林も納得していないぐらいだ」
そりゃあ、いきなり異世界と言われても、ねぇ。普通は正気を疑われると思いますよ。ほら、森村副長官と栗林副長官も頷かれている。
だから、二人に証明するところから始めなくてはいけない。仰るとおりなんですけど、俺……私に何をさせようとしていますか? そこにあるペットボトルを金に変えますか?
「時価1億円の純金の塊にか?」
500mlのペットボトルですから、確かにそれぐらいになりますね。取りあえず純金に変えれば良い。そんな程度で良いんですか。
「次に、その純金のペットボトルをコピーしてくれるか」
つまり、もう一個そこに作れと言うことですか。違う、本当に数を増やせと言うのですね。いえ、別に難しくはありませんけど。これで、いいですか?
「そう言うことだ。二人とも、手に持って確認してみてくれたまえ」
「もの凄く重い……と言うのは確かですが」
「まさか、これがすべて金と言うのですかな?」
そのはずなんですけどね。それはそれとして、隠しカメラは警備用ですか。そうですか、違うのですか。でしたら、取り外すことにしましょうか。
ええ、今のやりとりは映っていませんよ。ここでの話しは、今のところ極秘なんですよね。菅谷先生の口から記録に残すと教えられない限り、盗聴盗視をさせるわけにはいきませんからね。
「いつの間に、と思って良いのだろうな。ここに入る前に、綺麗に掃除したはずなのだが」
綺麗に掃除をしたのですか。ですが、10個ほど隠しカメラがありますよ。あと、マイクは20個ほど。多分ですけど、別々の組織が設置したのだと思います。
「だそうだ栗林君。もう一度大掃除が必要になりそうだぞ」
それでしたら、掃除したいところに連れて行ってくれませんか。サービスで、大掃除をして差し上げますよ。と言うことで、マイクとカメラは出てきてくれるかな。
こう言うときに、命令……つまり強制力と言うのは便利だな。出てこいと命令をしたら、壁を壊して出てきてくれたよ。それから壊れた壁なんですけど、ちゃんと直しておくのでご心配なく。
「この目で見ても信じられないのだが……」
ああ、森村副長官……森村先生と言った方が良いのかな。しっかりと右手で目元を掴んでいるよ。いや、栗林副長官も同じか。信じられないと言うのは、昔の俺だったら同じことを思っただろうな。
「事実を事実として受け止めてくれ」
「なかなか難しいのですが、そうも言ってはいられないのでしょう」
先送りにしたいと言うのはとっても理解出来ますよ。それで、公開の方はどうするんです?
「その辺りは、手順を追ってと言うことになる。まず、総理に理解させる必要がある。党内にも周知が必要なのだが、その時点で秘密が秘密で無くなってしまう……違うな、総理に説明した時点で公開したも同然か」
そこで頭を抱えないでほしいのですけど、どうです、いっそのこと俺が口止めしましょうか?
「どれほど、そうしようと思ったことか。吉沢君など、性格を矯正して貰ったらと言ったぐらいだ」
「菅谷先生が、それを否定してくれましたよね」
「総理の異変は目立つからな」
ええ、一番マスコミにも目を付けられていますからね。ただその意味で言えば、菅谷先生も目を付けられていると思いますよ。なんでしたっけ、どこかの女性記者に目の敵にされていませんでしたか?
「それが、官房長官の宿命と言う奴だ。あの記者は……気にしてはいけないのだろうな」
つまり、持て余していると言うことですね。
「君の記者会見でも、間違いなくご高説をぶってくれるぞ」
でしょうね。ただ、俺は政治家じゃありませんからね。遠慮をする必要なんて全くないんです。喧嘩を売ってきたら、喜んで買ってあげますよ。
「あまり敵を作ってほしくないと言うのは無理な相談かな?」
そうですね。俺だって、敵を作りたいとは思っていませんよ。ただ俺たちの存在は、常識からかなり外れていますよね。そこに法とか……と言っても、適用できる法律はありませんね。利権とか癒着とか、何を言ってくるのか想像が付くようですよ。
「だから、容赦をしないと言うのか?」
容赦をしたら、ますますつけあがるだけだと思います。私は、菅谷先生には恩があると思っています。それは吉沢先生、杉村先生も同じだと思っているんです。実業界では、後沢とか堀内氏とかにも恩がありますね。だから俺は、先生や彼らを優先することにしています。
忘れていました。大谷村の方々、その方々も守る気持ちはありますよ。
「君のご両親を人質に取ってきたらどうする?」
俺の両親をですか。先生は、小谷さんから事情を聞いていますよね。そうですか、杉村先生から聞いているのですか。
同じことをするのか、ですか。その辺りは以前電話でお話した通りです。そうです、無邪気な悪意に対しての話です。ただ俺の両親を人質にするのは、無邪気な悪意ですませるつもりはありません。全力……も必要無いのですが、その時には跡形も無く消し去ってあげますよ。
「君は、戦争でもするつもりなのかな?」
戦争ですか。建前として、『自衛』をするだけですよ。俺、俺に関係する人たちに攻撃を仕掛けてきたのなら、その攻撃を倍にして返してやるだけです。
それとも、マスコミ自体をコントロールしますか?
「彼らの振る舞いを考えたら、このまま公開しない方がマシに思えてきたな」
それは否定しません。否定しませんが、それも色々と難しいのではありませんか。実は学術系なのですけど、大学の教授を巻き込む手はずが出来ているんです。
「大学の教授だとっ、誰を巻き込むつもりでいるのだ?」
聞いた話だと、大芝栄教授、宇梶正直教授、本山享也名誉教授だそうですよ。やっぱり、頭を抱えましたか。私は知らなかったのですけど、いずれの方もビッグネームですよね。大芝教授、宇梶教授は魔法と異世界ゲートの関係で巻き込むのだそうです。そして本山名誉教授は、不老不死と魔法なのだそうです。
「時期尚早だと思うのだが?」
立木さん、後沢が派遣してきた人なんですけどね。手遅れになる前に大芝、宇梶両教授を巻き込まないといけないと言っていました。
手遅れとはなんだ、ですか。俺も、あまり詳しくは教えて貰っていないんですけど。どうしたセレス、奧さんに教えて貰ったと言うのか。どうして、奧さんが知っているんだ?
「さあ、どうしてなんでしょう。それはそれとして、立木様は転移ゲートのことを問題とされているそうです」
転移ゲートを? あれは、俺が管理しているのだがな。違う、別のゲートのことを言っているのか?
「集落以外の場所でゲートが開いたときのことを心配されているのだそうです。脳天気な翼人やエルフなら良いのですが、竜のような存在がゲートを越えてきたらどうなるのか。防ぐことは出来なくても、いち早く察知できれば対策もとれると言うことだそうです」
竜……か。ワイバーンを見ているから、否定するのは流石に難しいな。それに俺自身、もっと巨大な竜を見たことがあるんだ。あんなのがこの世界に現れたりしたら……倒せるのかもしれないが、それまでに大きな被害が出るのは間違いないな。
「ラズライティシア様の探知でも、世界中と言うのは無理がありますよね。だから、両教授に協力して貰う必要があるのだそうです」
菅谷先生、そう言うことらしいんですけど。顔色が悪くなっていませんか? そうですか、自衛隊の映像を見ているんですね。あれが東京に現れたら、それだけで大パニックが起きることになる。仰るとおりだと思いますけど、迎撃は出来ても来ないようにするのは無理だと思いますよ。ええ、俺自身、なぜやってくるのかわかっていませんから。
秘密はどこまで守れるのか、ですか。常識的な人ですから……こんなぶっ飛んだことを思いつく人間が常識的なはずが無い。その辺りは、仰るとおりなんでしょうね。ただ、普段の言動はとても常識的な人だと思うんですよ。だから、公開できない理由ぐらいわかってくれていると思うんです。
それで、俺たちのことをどう公開するのですか。証拠映像……だと弱いので、集落で公開することになるのですか。そうですね、あそこでしたらエルフや翼人が揃っていますからね。しかもパンの国へのゲートもありますから、証拠としては十分だと思いますよ。
パンの国とはなんだ、ですか。パンの国はパンの国なんですけど。王国の名前がブーランジェリーで、俺がポンパドール伯爵と言うことが理由です。フランセ男爵とかも居ましたから、区別のためにパンの国と小谷さんが付けました。別にパンが名産と言うことはありません。
「話が逸れたな。色々な疑問を解消するためには、君たちの集落で会見を開くのが最善だと思われる。ただ、色々な根回しが必要なのは確かだ。適度なリークをしながら、何か発表があると思わせておく必要がある」
そこで吉沢先生を見たのは、本件を担当しているからだろう。
「最短で1ヶ月、出来れば梅雨入り前には発表したいと思っている」
そこまで引っ張りますか。まあ、急いでも碌なことが無いのは確かだと思います。勿論、先延ばしにするリスクは考えているのですよね。具体的なリスク、ですか。わかっていますよね、新たな来訪者が来るリスクですよ。
「君の近くであれば、大きな問題になるとは思えないのだがな」
そうですね、今までも目立たないように処理できたのは確かです。ただ何がやってくるのか、流石に保証は出来ませんよ。ただ、可能な限り目立たないように処理はしますけどね。
それはそれとして、アメリカは何か言ってきませんでしたか。ええ、4人ほど送り込んできた件です。
「そのことだが、あれは君が処分したのか?」
処分と言うのは、殺したと言っていますか。凍死体で見つかっている、だからそう言うことになると言うのですね。
それでしたら、違いますとお答えします。それから、彼らは自爆なんかしていませんよ。今からすることを、ちょっと見て貰えますか? ええ、そこにある胡蝶蘭ですけど、同じものをもう一鉢用意するんです。意味がわからない……同じものを用意するのは難しくないと言うことですよ。
「つまり、彼らの死体を用意したと言うことか? それはなんだ、アメリカから送り込まれてきた4人は、君の所にいると考えて良いのだな……すまん、ちょっと頭痛がしただけだ」
「君を相手にするときには、常識を捨ててかかる必要があると言うことだね」
吉沢先生、その言い方はちょっと嫌なんですけど。いえ、否定できないことは認めますよ。ですから、気持ちの問題なんですけど。どうして、4人揃ってこめかみを押さえてくれますかね。その程度じゃ生易しい……本当なら否定したいんですけどね。
ところで、彼らの能力を見たいと思いませんか。見てみたいが、アメリカを気にする必要がある。はっきりと言っては来ていないが、かなり警戒をされていると言うのですね。でしたら、他の国はどうなっていますか。各種ルートで、探りを入れてきていると言うのですね。
直接的な行動をしてくることは考えられますか。今のところ、それは考えにくいのですか。理由は……そうですか、アメリカが失敗したのが大きいのですね。それはなんですか、能力者の存在は公然の秘密になっていたと言うことですか。
日本政府は知らなかった。少なくとも、自分は知らなかった。その意味で言えば、自衛隊も知らなかったのでしょうね。つまり日本は、完全に出遅れていたと言うことですか。それを否定することは出来ない。だから、体制も出来てないと言うのですね。
「その何もなかった日本が、いきなりトップに躍り出てしまったのだ。問題の困難さを理解して貰えるだろうか」
トップですか。本当にトップなのですか? 証拠はないが、そう確信している。宜しければ、確信した理由を教えてもらえますか。
俺を指差しましたね。つまり、俺が理由と言うことですか。アメリカの4人をものともしなかった。それだけでも十分と言うのですね。それって、あの4人は虎の子だったと言うことになりますよね。その虎の子を、あんなに無邪気に派遣して良いものなのですか?
「詳しいことはわからないのだがな。扱いに困っていたのでは無いのかな?」
アナザーワールドだぜぃ、いえぃ! とは行かないと言うことですか。その意味では、日本の方が受け入れ可能性が高い。吉沢先生、そう考えられた理由を教えて貰えますか?
ええ、昨年末の写真ですよね。それがどうかしましたか?
「彼女たち……翼人なのだが、その正体に疑問を持たれているんだよ。当たり前のことだが、あの翼は作り物にしては精巧すぎるのが理由だ。しかも踊っているときに、ぱたぱたと動かしている映像がある。張りぼてでは、絶対に出来ない動きと陰で言われていると言うことだ」
その割に静かなのはどうしてでしょうね。静かと言うことはない。アメリカが動いたのも、それが理由になっていると言うのですね。日本の方は、創作活動が活発になっていると言うのですか。
「分析をさせたら、異世界から日本に来た翼人ネタが増えたそうだ。それに釣られる形で、エルフや他の種族が日本に来ていることになる」
だから、日本の方が受け入れられる可能性が高いのですか。ですが、その世界ってかなり特殊だと思いますよ。そうでもない、子供向けのアニメを見てみろと言うのですね。
「子供と一緒に見ている親世代も影響を受けていると言う分析がある。勿論、彼らはそんな世界が無いことは知っている……違うな、今は信じていると言うのが正しいのだろう。そんなと言う世界が、実際には存在していたのだからな。それはそれとして、彼らもまた刷り込みを受けているのだよ」
そう言うことですか。それを利用することも考えている……ええっと、どう言うことですか?
「社会的な影響を考えている者。通常の記者会見で出てくる、社会部や政治部の記者とは違うものが主役になる可能性があると言うことだ。あまり適切な例えでは無いのだが、オリンピックを思い浮かべてくれると良い。開催される前は、多種多様な批判が巷に溢れていただろう。ところがオリンピックが始まった途端、批判の声を応援が覆い隠してしまう」
その傾向があるのはわかっています。それと、今回のことがどう関係するのかがわかりにくいのですけど。
「異世界とこれから交流しよう。と言うのであれば、様々な反対意見が出ると言うことだ。怪獣のような生物の侵入、未知のウィルス等への恐怖。相手の文化に対する侵略行為……いちゃもんを付ける理由に事欠かないだろう。だが実際に交流が始まり、あちらのことが映像に載ったとする。そうなると、マスコミは先を争って紹介することになる。他国に遅れをとったりしたら、政府は集中攻撃を受けることになるだろう」
あ~っ、言っていることがわかった気がします。ええ、確かにお祭り騒ぎになってくれますね。その時の問題は、集落に人が殺到することだと思うのですけど。
どうして、揃って顔を背けてくれるのですか。俺としては、『そんなことは無い』と否定してほしいんですけど。少なくとも、取材制限とか考えてくれないのですか。
「こんなもの、政府でもコントロールできるはずがない。それから、押し寄せる人は国内からだけじゃ無いのだよ」
公開と同時に、世界中から押しかけてくると言うのですね。そうですか、国連の議題にも取り上げられることになるわけですか。それぐらいのことですか……と言いたいところですけど、それぐらいのことなんでしょうね。
だから、公開方法が難しいと言うのですね。そしてこの問題は、検討スタッフを増やすことが出来ないことにもあると言うのですか。秘密を守るためには、無闇に巻き込む人数を増やすわけにはいかない。ええ、仰るとおりなんでしょうね。なんだ、セレス。
「その前に、大きな事件が起きたりしたらどうなるのかと思っただけです」
その『大きな事件』と言うのはなんのことを言っている?
「例えば、ワイバーンが都市を襲ったりすることです。そう言えば孝明様は、ドラゴンに遭遇したことがありましたね。こちらの単位で、100m級の大きさでしたか。もしもそんなドラゴンが襲ってきたら、どれぐらいの被害が出るのでしょうか。そしてその後私たちのことを公開したら、好意的に受け取って貰えるのでしょうか」
そう言うことか。その辺り、どうなんでしょうか。
「被害がどこで発生するのかによる。もしも日本で発生したら、後手に回ったことに対する非難が巻き起こるだろう。他国だったら、どう対処するのかと突き上げを食らうことになる。その場合は、備えがあることを示すことになるのだろう」
つまり、俺たちのことを公開すると言うことですか。
「泥縄ではあるが、状況としては悪くない。ワイバーンだったか、自衛隊ではかなり苦戦すると評価されたと聞いている」
そりゃあ、まあ、武器の対象が違っていますからね。しかも市街地での戦闘ともなると、手枷足枷が嵌められることになります。
「そう言うことだ。従って武器を使っての戦闘は、住民の避難が前提となる。例え1000人救うために最善を尽くしても、1人でも犠牲が出れば責任を追及される国なのだよ」
そして対処が遅れれば、それだけで猛烈な責任追及を受けるのですね。だとしたら、最初から俺たちが迎撃した方が良くありませんか。いえ、公開云々に関係なくですけど。
「それが可能ならばと言うことになる。だが、実際どこが襲われるのかはわからないはずだ。わかってからでは、到底間に合わないのでは無いのか?」
発見と移動の問題ですか。
その意味で言えば、立木さんの行動に意味があることになるな。立木さんは、転移ゲートそのものの発生を検知できないかと考えているんだから。
「それでゲート発生を検知できればだな。だが、何もしないことに比べて遙かにマシなことには違いないだろう。だが検知できたとしても、具体的な迎撃はどうするのだ? どこに現れるのかわからない以上、出動に時間が掛かることは避けられないだろう」
なるほど、北海道から九州沖縄まで。その距離を考えたら、どう頑張っても出遅れるのは確実ですね。勿論、今までならと言うことになるのですけど。
「何のことを言っているのだ?」
いえ、今回確保したアメリカの能力者なんです。その能力者の能力と言うのが……実際に見て貰った方が早そうですね。少し待ってください、今電話で呼び出しますから。
ああ、シャルロットだね。うん、ちょっと俺の居るところまで来てくれるかな。外に出られる格好をしていない……のかい。まだ夕方なんだけど、一体何をしていたのかな。それは良いけど、可及的速やかにこっちに来てくれないかな。そうか、5分だけ待ってほしいと言うのだね。わかった、ストップウォッチを押すので、10分後……そうだな、5時ちょうどに来てくれるかな。了解した、十分着替えに間に合うと言うのだね。
と言うことなので、移動の方を実践してみます。
「アメリカの能力者と言ったな」
そうです、アメリカの能力者です。あまり待遇が良くなかったのか、集落で歓迎したら帰りたくないと本気で言われましたよ。『半額弁当』がどうとか。
それはそれとして、俺たちが到着するまでの備えが必要ですね。
「それなのだが、荷造り紐だったか。あれを活用することは出来ないのか?」
おや、荷造り紐のことをご存じですか。なるほど、報告で見ていると言うのですね。相手の大きさに依りますが、ワイバーンクラスなら捕まえることが出来ましたよ。
なるほど、荷造り紐の活用ねぇ……命令を与えた荷造り紐を配備すればなんとかなると思いますよ。ただ、どの程度用意すれば良いんですか? 怖いのは人口密集地への襲撃ですか。準備は出来ますけど、どうやって配備しますか? 市役所とかに送りつけても、首を傾げられるだけですよね。
「その方法は考えることにする。準備を先行して行って貰えないか」
でしたら、ここにも何巻きか置いていきましょうか。在庫は……なんで、そんなところに荷造り紐が……
「諸星君。世の中には、触れてはいけないものがあるのは知っているな?」
はい、一応知っていますよ。ええ、でしたら何も言いません。それは良いんですけど、どうして段ボールで出てくるんですか? 別に、細かなことはどうでもいいんですけどね。それで、どれに命令をしておけば良いですか。そうですか、取りあえず全部にしてほしいと。菅谷先生、暴動対策と考えていませんよね。いえ、ふっとそんなことが浮かんでしまっただけですから。ええ、先生たちの命令に従うようにしておきます。使い方は……先生たちの良心にお任せいたします。
どうしたセレス、そうかそろそろ時間なんだな。だけどシャルはアメリカ人だから……そんなに時間に正確ってことはないと思うぞ。ほら、4秒遅れだっただろう。
「諸星君、君は几帳面すぎると言われたことはないかな?」
いえ、そんなことを言われた覚えはありませんけど。それはそれとして、ご苦労だったねシャルロット。ご褒美、後でアメでも買ってあげよう。呼び出しておいて悪いのだけど、もう帰ってもいいからね。
「いやいや、流石にそれは可哀想じゃ無いのかな。せっかくだから、彼女も宴席に混ぜてあげよう」
別に構いませんけど。菅谷先生、随分優しいことを仰るのですね。働いてくれた者を労うのは常識。そうですか、俺も勉強が必要と言うことですね。
それで夜の宴席ですけど、高級料亭って奴ですか。間違っていない、後沢たちも加わるんですか。良いんですか、目立つことになりますよね。そうですか、だからこそ高級料亭と言うことなんですね。
人使いが荒いなとは思いましたが、だからと言って文句は言いませんよ。だって諸星さんは、私たちにとって救いの神なんです。集落の皆さんはよくしてくださいますし、毎日のお食事もとっても美味しいんです。いえ、だからと言って半額弁当が悪いとは言いませんよ。あの半額弁当には、皆さんの愛が詰まっていたんですからね。
と言うのは良いのですけど、私もご馳走に与れるのですか。しかも高級リョーテーって、はっきり言って小娘の私には分不相応だと思うんです。しかもこの格好って、慌てて着替えたのでどこかおかしくなっていますし。
何をしていたのか、ですか。別に、いかがわしいことをしていたわけじゃありませんよ。ただちょっとだけ、温泉に浸かっていただけなんですから。良いですよね温泉、まだ山には雪が残っていますが、早春の景色? がとっても素敵だと思います。
ええ、集落は田舎ですよ。でもですよ、アメリカの田舎よりは遙かにマシだと思います。アメリカの田舎……携帯も通じないどころか、回りに人が居ない場所なんて腐るほどあるんですからね。
ですけど、私なんか混じって本当に良いんですか。同席されるのは、ニッポンの有名な政治家の方たちばかりなんですよね。そうですか、有名な実業家の方もおいでなんですね。ますます場違いな気がするのは、私の勘違いなのでしょうか。
「ところで孝明、御衣黄は仕事が出来そうか?」
「仕事が出来そうかと言われてもだな。俺には、生物学の素養は全くないのだからな。はっきり言って、評価のしようなんか無いんだ」
「派手に……と言う程でもないか。それでも県知事まで巻き込んだんだ、無事立ち上がって貰わないといけないんだがな」
学生の身なんですけど、後沢様の仰ることはよくわかります。一度目立ってしまうと、世間の目と言うのは厳しくなってくれるんですよね。かく言う私たちだって、大した働きをすることが出来なかったんです。なので、あまり重要な仕事をさせて貰えなかったと言えば良いのか。スパイ小説のようなことはありませんでした。
いえ、確かに日本に潜入しましたよ。ですが、ちょっと見てこいレベルの話だったんですよ。
「ただなぁ、俺にはアドバイスできるような能力は無いし、人脈も皆無なんだぞ」
「人脈か……立木さんを送り込んだのは結果オーライってことか」
「確か、経理の人材を派遣すると言っていたよな。派遣の目的が違いすぎないか?」
「ああ、全く期待していなかったからな。勿論、経理もやって貰うぞ。ただな、今のところすることなんか殆ど無いだろう。本当は、管理職の経験を生かそうと思っただけだ。人脈なんだが、期待する方が間違っていると言ってやる」
そりゃあそうですよね。だって立木さん、普通に冴えないおじさんですから。
「期待する方が間違っている、か。そりゃあそうなんだが……お前、どこで知り合ったんだ?」
「ハロワの募集と言ったら信用するか?」
「ハロワの募集……普通なら冗談と笑うところだろう」
ハロワって何ですか。そうですか、お仕事を紹介してくれるところなんですね。転職のエージェントとは違うのですか? なるほど、高度な職種を対象としたものではないのですね。そうですか、職業安定所なんですね。
「それが冗談じゃないということだ」
「立木さんがハロワに行っていたのも信じられないんだが、お前がハロワで募集をかけたと言うのも信じられないんだがな」
「行政の指導に従っただけなんだよ」
「だとしたら、もの凄い偶然と言うことか。立木さんが持っているのか、それともお前が持っているのか……」
「立木さんが持っていたと思っていいと思うぞ。本人曰く、失業手当目当てで登録しただけなのだそうだ」
「だったら、お前が持っていたんじゃないのか?」
「と言われてもだな、ウチでは大した仕事はしていなかったんだ。まあ、同僚からの受けは良かったんだけどな」
「どうしてウチに派遣する気になったのかが疑問だが……」
普通に疑問を感じますよね。ええ、私も疑問を感じているんです。だって立木さんですか、特に目立ったところもないと思うんですよ。
「御衣黄さんをつれて、奥飛騨の方へ温泉に行ったぞ。何やら、有名な教授に引き合わせるのだそうだ」
「有名な教授だと?」
驚きますよねぇ。普通は驚くと思うんですよ。
「大芝教授、宇梶教授だったかな。なんか、あっちの方に研究施設があっただろう。その教授と……誰だっけ?」
「本山享也名誉教授でしたね。細胞学を研究されている方だと思います」
「そうそう、その本山名誉教授だ。どうやら御衣黄さんを、本山名誉教授に紹介するのだそうだ」
「立木氏に、特別ボーナスを出した方が良いのか? しかしなんだ、錚々たるメンツが揃っているのだな。堀内、金銭価値にしたらどれぐらいになる?」
「プライスレスと言ったらどうする。こんなもの、金を積んだぐらいじゃ実現できないだろう」
「だそうだ孝明、せいぜい俺に感謝するんだな」
「一応恩には感じているつもりだぞ。だから、これから何があってもお前たちのことを優先するつもりだ」
「おうおう、殊勝なことを言ってくれるんだな。それで菅谷先生、こいつらを公開する話は纏まったのですか?」
「これから準備を始めて、梅雨入り前には発表したいと思っている。今はまだ、それだけしか決まっていない」
「まあ、扱いの難しい話ですからな」
ぐびっと酒を呷った後沢さんは、「アメリカねぇ」と言って私の顔を見ました。その優秀な方特有の、オーラですか、そんなものを感じさせてくださいました。
ただ後沢さんの興味は、私にはなかったようですね。別に残念とか思っていませんので。それに私は、表の世界には出て行けない人間ですから。
「それで温泉には誰が付いて行ったんだ? あれか、小谷さんだったか、彼女が付いて行ったのか?」
「いや、小谷さんは付いていっていないぞ。一緒に行ったのは、ラズライティシア様とエクシブ、白船君とアクアだからな」
「つまり、7人と言うことか。自衛隊員は、運転手と言うところだな」
「7人……いや、6人だぞ」
「御衣黄を連れて行ったんだよな? だとしたら、数が合わないのだが?」
「立木さん、御衣黄さん、ラズライティシア様、エクシブ、白船君、アクアの6人なのだが?」
「もしかして、立木さんは奥方を連れて行かなかったのか?」
私の耳にも、『まずい』と言う呟きが聞こえてきました。どうやら、立木さんの単独行動は好ましくないようです。
「後沢、まずいと言わなかったか?」
「立木さんの取説なんだが、奧さんを同行させないと暴走すると言うのがあるんだ」
「取説ってのは何だ。それはそれとして、暴走するのか?」
「奧さんが安全装置になっているそうだ。ちなみにこれは、職場情報なんだがな」
「暴走すると何が起こるんだ?」
「何が起こるかわからないから怖いと思わないか?」
「それはそうかもしれないのだが……奧さんが安全装置ってのは」
ええっと、あの冴えないおじさんが危険人物なんですか。私には、どう見てもそう思えないんですけど。むしろ、公務員的な空気も感じましたよ。
それで諸星さん、どうかされたのですか。はい、今の話に不安を感じられたのですね。ええっと、私には考えすぎの気もするんですよ。いえ、まだ食べ足りないからと言うことはありませんよ。それで私に何をしろと言うのです? そうですか、一度集落に戻ると言うのですね。そこから、諸星さんを連れて泊まっている宿に跳躍するのですか。申し訳ないのですけど、お肉を食べてからでも良いですか? はい、ありがとうございます。でしたら、もう少し我が儘を……この水菓子ですか、それを食べてからでも良いでしょうか。
「孝明、セレスさんは残していくんだよな?」
「どうして、そんな無謀な真似をしなくちゃいけないんだ?」
「夫の埋め合わせをするのも妻の務めではあるのですけど。私では務まりませんので、一緒に帰ることにいたします」
「と言うことだ。それから菅谷先生、今日はお世話になりました。公開については、先生に全面的にお任せいたします」
「慌ただしいのだな……と言わせて貰う。まあ、今は微妙な時と言うのは確かなのだがな。それから、帰るときにはちゃんと玄関から出て行けよ」
「流石に、ここから消える真似はしませんよ」
「それで後沢氏、堀内氏はもう少し付き合ってくれるのだな?」
「私たちなどで宜しければ、孝明の埋め合わせをしますよ」
「恩着せがましいことを言ってくれるのだな」
「立場上、俺は出資者だ。部下の不始末は、上司の責任でもあるんだよ」
ええっと、ご馳走様でしたと言うのは空気を読まない所業でしょうか。タイミングとしてはちょうど良いのですね。でしたら、少しだけ安心したと言っておきます。
まだ宴は盛り上がっていましたが、私は露天風呂に入るために中座することにしました。話が盛り上がると、熱が篭もりすぎるのは研究者の性と言うものでしょう。どうやら御衣黄さんも、本山の懐に入り込むことに成功したようです。ただ、もう少し自分の格好に気を使って貰いたいと言うのか。自分が浴衣姿と言うのを忘れてほしくないんですけどねぇ。尤も、本山もそんなことを気にしていないようですけど。
春の夜空は、天の川も明るい星もないので寂しいものです。賑やかすぎなくていいと言うのは、年寄りじみた考えでしょうか。ちなみに露天風呂の灯りは消してあるので、星空は綺麗に見えています。お湯に浸かりながら、満天の星空を眺めている。なんと贅沢なことでしょう。山に囲まれているので、それなりに視界は制限されるのですけどね。
子供の頃は、星を見るのが大好きでした。無理を言って天体望遠鏡を買って貰ったこともあります。大人が買うような天体雑誌も買っていましたね。田舎育ちのお陰で、幸い星空に困ることはありませんでした。夜になれば、満点の星空と言うのも見ることが出来ましたよ。それも半世紀も前のことですから、今は私の田舎も様変わりしているのですけどね。
でも、天体望遠鏡で見た土星や木星の美しさ。その時の感動は、今でも私の魂に刻み込まれていると思います。
この幸せな時間を続けていたいのですが、体の方が悲鳴を上げ始めています。あまり長湯をするなと、心臓が激しく自己主張を始めてくれたのです。少しだけ、胸の辺りに違和感も出てきましたね。心残りはありますが、そろそろ上がって床に就くことにしましょう。
おや、誰かが入ってきましたね。おかしいなぁ、あの盛り上がりを考えたら、抜けてくるとは思えないのですけど。御衣黄さん……は、本山に捕まっているので絶対にあり得ないでしょう。
「少しだけ邪魔をさせて貰うぞ」
誰かと思ったら、ラズライティシア様ですか。いえいえ、迷惑なんてことはありませんよ。私などで良ければ、ご一緒させて貰います。
「そうか、それならば良いのだがな。それからキヨヒコ、われのことはシアで良いと言ったよな?」
でしたらシア、宴会の方は良いのかな?
「ああ、もはやわれがおる必要は無いからな。それから、かすみの護衛にエクシブを残しておいたぞ」
別に、護衛が必要だとは思えませんけどね。ところで、どうして灯りの消えている露天に来たんです。他の露天でも良かったと思うんですよ。
「恥ずかしいことをわれに言えと言うのか? ぬしが居るからに決まっておるだろう」
それは光栄ですけど、どうして膝に乗ってくるんです。
「だから、恥ずかしいことを言わせるなと言っておるのだ。流石に、ここで入れろとは言わないがな。だが、接吻ぐらいはしても良いと思うぞ」
それは、キスをしろと言うことですか。美しい女性と露天風呂に入る。こうしてキスまでするのは、男冥利に尽きると言うものですね。
「ほほう、われを美しいと言ってくれるのか。そんなことを言ってくれるのは、ぬしぐらいのものだぞ」
シアは綺麗だと本気で思っていますよ。一応お断りしておきますが、私の美的感覚はずれていませんからね。しかも綺麗なだけではなく、とても愛らしいとも思っているんですよ。
「やはりぬしは、変わっておるのだな」
そうですか。私はとても常識的……と言うのか。どこにでも居るような普通の男でしかありません。
「普通の男に、われが惚れると思っているのか?」
それは光栄ですね。それでも、私は普通の男でしかありません。特別な男と言うのは、諸星氏でありエクシブ君のような人を言うんですよ。私など、棺桶に片足を突っ込んだ単なる年寄りでしかありません。
「それは、見解の相違でしかないな」
ええ、埋まらない相違だと思います。それからシア、私に対して魔法を使っていますね。
「長湯は体に毒だからな。ただ勘違いするなよ、われは自分のために魔法を使っておるのだ。ぬしと少しでも長く、こうした時間を送りたいのだ」
そうですか。でしたら、もう少しお付き合いさせていただきます。
「ぬしは灯りを消して何をしておった……そうか、星を眺めていたのか。われの知っている星空とは違うが、これもなかなか綺麗なものなのだな」
つまり、シアの居た世界は違う座標にあると言うことですか。ムードを壊すようなことを言うな、考察は別の機会にせよと言うのですね。まあ、仰るとおりなのでしょうね。
「うむ、星を眺めるのも良いものだな。それからキヨヒコ、教えて貰いたいことがあるのだが、構わぬか?」
シアが教えてほしいことですか。まあ、この世界のことなら、まだまだ知らないことが沢山あるのでしょうね。構いませんよとお答えしておきます。
「そうか、ならば問うのだが、ぬしは何を急いでおるのだ?」
急いでいる。私が急いでいるように見えましたか。そんなつもりは……無かったと言うと嘘になるのでしょうね。
「ああ、他のものは気づいておらぬようだ……でもないな、大芝と言ったか、奴らは何か感じておったようだぞ。特に本山だったか、まず間違いなく気づいておるだろう」
そんなにわかりやすかったですかね。手がかりを掴んだのですから、一気呵成に行っただけなんですけど。
「大芝と宇梶は確かにそうなのだろう。そして急ぐ必要があるのは理解出来るのだ。だがな、本山はここまで急ぐ必要があるとは思えぬのだ。むしろ、かすみにもう少し経験を積ませてからの方が良いぐらいだろう」
流石は神話の時代から生きてきた大魔法使いですね。
「茶化すものではないぞ。ぬしは、残された時間が無いことに焦っておるのだろう?」
残された時間、ですか。流石はシアですね、お気づきでしたか。
「それも、われを馬鹿にしていることになるのだぞ。同じように悩んだ者など、それこそ数えるのが嫌になるほど見てきたのだ。それからキヨヒコよ、われが治癒魔法を使えることを忘れておらぬか?」
治癒魔法ですか。肉体を活性化させて、自然治癒力の時間を早回しをするものでしたね。ちぎれた腕とかもくっつけられるのでしたか。でも、出来ないことも沢山あったかと思いますよ。
「うむ、魔法は神の奇跡とは違うからな。出来ないことがあるのを認めるのは吝かではない。それでぬしは、居なくなることを考えたと言うことか」
ええ、必要な道筋を着けたと思っていますからね。後は、とても優秀な人たちが引き継いでくれるでしょう。ですから引退をして、妻とひっそり暮らすつもりで居るんです。主治医にも、これ以上寿命を縮める真似をするなと言われているんですよ。
「そうか、ぬしはわれを捨てると言うのだな。そんな真似を、われが許すと思っておるのか?」
あなたには、エクシブ君がいるじゃないですか。それ以上を望むのは、贅沢と言うものですよ。
「贅沢で何が悪い。それにぬしは良いのだろうが、ぬしの妻ケイコの気持ちを考えたことがあるのか?」
妻の気持ちですか。あまり無理をするなと言ってくれますよ。
「無理をするなであって、仕事を辞めろとは言っていないはずだ。ケイコはな、ぬしの生きがいを奪うつもりは無いと言っておったそうだ」
妻が、そんなことを言っていたのですか。そうですか、私には過ぎた妻と言うことですね。ですが、もう手遅れなんですよ。シアの魔法でも、少しだけ私の時間を延ばすだけなんです。勿論、今日明日のことを言っているわけじゃありませんからね。
「そうだな、われの魔法でもできないことはある。むしろ、出来ないことの方が沢山あるぐらいだ。だからと言って、諦めると言うのは違うと思っておるのだ。のう、孝明よ」
「そう言うことですね」
なぜここに諸星氏が……なるほど、後沢氏の差し金と言うことですか。でしたら、話が早くて助かります。集落を離れることを許可してください。
「とっちらかしておいて居なくなるのは無責任だと言わせて貰います。ですので、あと10年……20年かな、死ぬまでとは言いませんが、それぐらいの時間は付き合って貰いますよ」
随分難しいことを言ってくれるのですね。なるほど、これがあなたの強制力と言う奴ですか。シアの言う、神の奇跡と言う奴ですね。
ところでケイコも来ているのだろう。色々と不誠実な真似をした俺を許してくれるのかな。そうか、絶対に許さないと言ってくれるのだな。困ったな、何をして償えば良いんだろう。
「あなたしか出来ないこと。あなただからできることがまだあるはずです。それを私に見せてくれることが償いになりますね」
そんなものが償いになるのか。そうか、それ以上の償いはないと言うのだな。
ところで諸星さん、シアを引き取って貰えますか。流石に妻の前で、この格好は問題だと思うんですよ。
「すみません。他人の修羅場には関わらないことにしているんです」
修羅場ですか。修羅場なんでしょうね、いやはや、どう切り抜けたものなのでしょうね。
修羅場です……たぶん。でも、需要のない修羅場ですね




