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帰ってきた俺−3

村の特産は異世界です


・帰ってきた俺-3


 異様な5人を送り出したところで、つい安堵の息を漏らしてしまった。目の前で灰皿を金に変えられた時点で、相手の得体の知れなさを確信することが出来たのだ。現時点でそのつもりはないはずだが、超越した力は一つ扱いを間違えば世界を滅ぼすことになってしまう。だから私は、彼らの意識を破壊に向ける訳にはいかなかった。それを思えば、居場所の提供などただ同然と考えてもおかしくない。

 さて、問題の先延ばしには成功した。後は、これからの対応を考えることになる。吉沢君、もう出てきても構わないのだぞ。


「このまま帰りたくなった……と言ってはいけないのでしょうな」


 私に呼ばれて現れたのは、官房副長官をしている吉沢健人。特徴がでるからと、黒縁のメガネを掛けた切れ者である。まだ40手前と若いことから、将来の総理大臣候補と囁かれている逸物でもある。

 それで吉沢君、君の目に彼らはどう映った?


「諸星孝明を名乗る者のことですか。それとも、それ以外の4人でしょうか」


 まずは諸星からで良いだろう。


「では」


 そこで息を大きく吸ったのは、それなりの事実が判明していると考えて良いのだろう。


「まず彼の言ったことの裏を取りました。採取した指紋を照合したところ、申告通り諸星孝明のものと一致しています。杉村君の証言もありますので、本人と考えて問題はないと思います。そしてもう一つ、彼が刺殺されて荼毘に付されたのも間違っていません。杉村君が葬儀に出席しているので、すり替えもあり得ないと言うことになります」


 なるほど、死んだはずの男が現れたと言うことか。これだけでも、マスコミに知られたら大騒ぎになるな。


「世界的な騒ぎになると言うのが正解なのかと。ただそれは、本人にとっても幸せなものでは無いでしょう。その意味で言えば、人目を気にしなくても済む場所と言うのは理解出来る要求だと思います。そして彼の示した力ですが……」


 そこで大きく息を吐き出した吉沢は、『未だ信じられません』と吐き出した。


「生物無生物に関係なく金に変えてくれました。そして金に変えられた生物を、元の姿に戻したのです。私は無神論者なのですが、神を持ち出したくなったぐらいです」


 その気持ちは俺にも理解出来る。だが彼は、宗教を興すことを否定している。


「彼の言うことはよく理解出来ます。一度殺されたからでしょうか、教祖となる危険性を理解しているのでしょう」


 それで、彼の能力への評価だが?


「命令と言うのが能力と言うことでしたね。まだ隠している気がしますが、命令だけでも想像を超えています。うまく活用することを考えた方が良いと思います」


 当たり前だが、俺と同じ評価と言うことか。その場合の問題は、活用方法が難しいことだな。


「仰る通りかと。欲を掻くと、身を滅ぼすことになりかねません」


 それでも欲を持ってしまうのが、彼の示した能力なのだろう。

 能力は別として、彼自身、つまり人間性への評価なのだが?


「先に、他の4人のことでも宜しいでしょうか」


 後回しにすることに意味があると言うのか?


「私は、意味があると思っていますよ」


 そこで表情が強ばったところを見ると、彼としても問題だと考えているのだろう。


「はっきり言って、恐怖を抑えることが出来ませんでした。我々とは全く違った存在。存在自体が違っているとしか思えませんでした」


 なるほど、君も同じ異質感を覚えていたと言うことか。それで君の目から見て、誰に対して一番恐怖を感じたのだ?


「誰に、ですか。全員から恐怖を感じたのですが……それでも敢えて言うのであれば、セレスと言う女性でしょうか。理解出来ない感情を抱いてしまいました。そうですね、人にあらざる者と言えば良いのか。見た目と中身が違っている気がしてしまったのです」


 その辺りも、俺と同じ感じ方をしたと言うことだな。


「勿論、神話の時代から生きている森人ですか。彼女に対しても、言い知れない恐怖を感じていますよ。ですが、私が本当に恐ろしいのは存在自体ではないんです」


 存在ではないと言うのか。だとしたら、何に対して恐怖を感じたのだ?


 その問いに対して、吉沢は『常識が違います』と答えた。


「我々の持っている常識が通用しない。恐らく4人は、人を殺すことに対する禁忌が薄いと思います。どんな世界で生きてきたのかわかりませんが、異なる常識を持っている、その常識が理解出来ないことが心底恐ろしいと思います」


 なるほど。確かに、彼等は我々とは違った考え方をしているのだろう。だから、諸星君を最後に持ってきたと言うことか?


「その通りです。彼の力は、恐らく4人を超えているのでしょう。ですが彼の場合、多少ずれてきていたとしても、我々と同じ常識を持っていると思えるのです。異質な4人を見ているだけに、彼が居てくれて良かったと心の底から安堵しましたよ」


 そのあたり、私の感じたものと同じと言うことか。

 ついため息を吐いてしまうのは、それだけストレスが酷かったと言うことだろう。間違いなく、背中にはじっとりと汗を掻いているはずだ。


 ならば次にとるべき対応だが、可及的速やかに彼らに住居を提供する必要がある。君に、何かあてがあるかね?


「あてと言われても……そんなことを考えていませんでしたからね。手頃な廃村でも探すぐらいしかアイディアはありません。勿論、どこと言うプランはありません」


 廃村。しかも温泉付きと言っていたな。だとしたら、群馬から長野、岐阜辺りが適当と言うことか。


「あの辺りなら、温泉もありそうなのですが……そういった所は、もれなく秘湯の宿と言うものが付いてきましたね。ちょっと、桐ヶ谷総務大臣に探させてみますよ。


 状況を考えたら、急ぐ必要があるのだろうな。それから、可能な限り関係者を増やさないように気をつけてくれたまえ。


「その関係者ですが、総理にはどう説明しますか? 説明が必要ですよね」


 総理への報告か。いや、考えた途端頭痛と感じてしまったのだよ。私の立場を考えれば、報告は必要なのだが……烏山は口が軽いからなぁ。


「自分の手柄でもないのに、すぐに自慢したがりますからね。仰りたいことは理解出来る、ええ、とっても理解出来ます」


 うんうんと頷いた吉沢は、とても過激なことを口にしてくれた。ただその過激な意見に、つい頷きたくなったのはおおっぴらに出来ないことでもある。


「彼に頼んで、性格を変えて貰いましょうか」


 言いたいことは理解出来る。むしろ、積極的に肯定したくなる意見なのは確かだな。ただ、私の立場では、それを肯定するわけにはいかないのだよ。加えて言うのなら、軽い神輿は軽いままで居て貰いたいと思っている。


「長官の方が酷いことを言っている気がしますけどね。それはそれとして、彼らを小谷さんに任せますか?」


 苦肉の策でもあるが、意外にマッチするとも考えているよ。何しろ彼女はとても優秀だからな。こちらの意図を正しく理解してくれているはずだ。


「彼女は議員になることを目標にしていましたね。だとしたら、彼とは比較的考え方が近いと考えて良いのでしょうか」


 ああと天を仰いだ吉沢は、『おかしな方向に向かわないよう願っています』と不穏な言葉を口にしてくれた。

 おかしな方向……急に不安を感じてしまったぞ。


「せいぜい、彼らの力に余計な野心を抱かないで欲しい程度のことです。核兵器とは言いませんが、同じぐらい扱いに注意が必要だと思いますよ」


 そこで核を持ち出してくれるか。ただ、核と違って使いにくい力だと思うぞ。


「確かに使いにくい力ですね。ただ、核とは違って拡散していません。それだけに、うまく使えばメリットが大きいと思います」


 なるほど。それも道理と考えて良いのだろう。ただ、うちのように秘匿されていなければと言う条件があるがな。


「与太話になりますが、北の大国がサイキック部隊を抱えていると言うのがありましたな」


 吉沢君。それは間違いなく与太話と言うものだよ。もしもそれが本当なら、この世界はもっと混沌としているはずだ。

 だから与太話でしかないのだが、頭痛を感じるのはどう言うことなのだろうな。




 私は小谷静香。小谷と書いて、おたりと読んで貰います。長野県の奥、富山県に近い所にある大谷村が私の出身地です。ええ、普通の人には田舎と言って良いと思います……すみません、まだ見栄を張っていましたね。少なくとも私の生まれた場所は、『ど』田舎と言うことです。

 『十で神童 十五で才子 二十過ぎれば只の人』と言う言葉があるのですが、地元にいるときは天才と言われた才女でした。ただ大学から張り切って東京に出てきて、『井の中の蛙』と言うことわざを身をもって理解することになりました。地元の声援を受けて東の大学に入ったのですが、そこはまさに異世界でした。いえ、本当の異世界が現れたことを考えると、異世界と言うのは少し大げさなのかも知れません。

 それはそれとして、大学に入って『上には上が居る』と言うのを目の当たりにしたのです。私が真面目に勉強して到達した高みに、片手間でたどり着く人が何人居たことか。そして高みにたどり着いただけでなく、芸術方面でも高く評価された人が沢山いたんです。他にも起業に成功して、大学にいる意味があるのと言いたくなる人も居ました。その人たちと比べれば、私が出来るのは勉強だけだったんです。


 と言う愚痴は良いのですが、開き直った私は政治の道を目指すことにしました。ただ地盤もお金もないのですから、コネを作るところから始める必要がありました。それもあって、優秀な成績を武器に菅谷先生の私設秘書になったのです。これで、私は輝かしい未来への第一歩を記したのです。

 尤も、大卒すぐの私設秘書なんて下働きぐらいしかすることはありません。それでも先輩たちの薫陶を受けて、先生に認めて貰えるように努力してきたつもりです。



 それなのに、この仕事は何なのですか?



 いえ、この仕事がとても重要で、失敗をすれば日本の屋台骨を揺るがしかねないのもわかっているつもりです。ですが私に与えられたのは、厄介者5人の世話係と言うものです。いえ、普通ならとても難易度が高くて重要だと言うのはわかっているんです。ええ、普通ならです。

 そこでなぜ『普通』を強調したかと言うと、5人のうち1人、諸星孝明と言う男が問題なんです。何しろその男、厄介な4人の手綱をしっかりと握ってくれたのです。しかもこちらの世界出身と言うこともあり、殆どすることがないのが問題なんです。私がしたことと言えば、全員の着替えを用意すること。仮住まいとなる軽井沢の別荘に案内すること。食事のアレンジをすることぐらいなんです。



 これって、私がする仕事なんですか?



 いえ、この5人の存在自体が問題と言うのはわかっています。ええ、存在……違いますね、正体を知られるわけにはいかないと言うのがわかります。その意味で言えば、先生は私を信用してくれたのだと考えることが出来ます。いえ、失っても惜しくない人材と言うことはありませんよ。間違っても、そんなことはないと信じています。


 永田町から4時間を掛けて、軽井沢の別荘へと移動しました。ちなみに移動の手配……と言うより、車は私が運転しました。ええ、黒のミニバン、偉い人が後ろでふんぞり返っているあの車です。ごめんなさい、免許は持っていますが、殆どペーパードライバーなんですよ。そのペーパードライバーの私に、こんなに大きな車を運転しろと。はい、巻き込む人間が少ない方が良いのはわかっていますよ。ですが、もしも事故を起こしたりしたら、大切な5人を失うことも有り得るんです。

 はい、なんですか。間違っても、この5人が死ぬことはないのですか。もしも事故りそうになったら、強制的に介入してくださるのだと。その気になれば、空を飛ぶことも難しくないのですか。


 ちょっと待ってください。いえ、少しだけ現実を直視する時間が欲しいだけです。気持ちを落ち着ける時間だと受け取っていただいても結構です。


 そんなやりとりの後、何度か途中のサービスエリアで休憩をしました。その度に、5人を残して私がパシリをすることになりました。ええ、彼らを人の目に触れさせられないのは理解しています。未来永劫にとは言いませんが、人前に出すためには手順を踏む必要があります。諸星氏ですか、彼を連れ出したら残りの4人はどうするのです。もしかしたら大人しくしてくれるのかも知れませんが、こんなことで賭けなどしたくはありません。真面目一筋で生きてきましたから、賭け事なんかしたことがないんです。

 そんな苦労の末、なんとか別荘にたどり着くことが出来ました。平日と言うこともあり、軽井沢の街は人通りが少なかったと思います。お陰で疲れ切った私でも、特に問題を起こすことなくちょっと奥にある別荘へと入ることが出来ました。ここまで来れば、勝ったも同然です。門を閉めてしまえば、人目に付く恐れは極端になくなってくれるんです。



 皆さんお疲れ様でした



 一番疲れたのは、間違いなく私だと思いますけど。


「小谷さん、運転ご苦労様でした」


 やはり、同じ常識を持っているのはありがたいですね。腰が低いのは、市会議員の経験があるからでしょうか。諸星氏……諸星さんに頭を下げられ、少し救われた気持ちになったのは内緒です。

 こちらでしたら、人目に付きにくいと思います。特に平服に着替えていただければ、外人と言うのはここ軽井沢では珍しくないんです。多分ですけど。庭ぐらいなら、自由に出ていただいても結構です。勿論、行動は常識の範囲でお願いします。その、魔法、ですか。外で披露するのは禁止します。何をしていいのか、何をしてはいけないのか、その辺りは諸星さんに確認して貰えれば幸いです。


 それからですね、戸籍と諸星さんの運転免許証は用意いたします。必要な手配が終わるまでは、諸星さん、買い物は自転車、もしくは徒歩でお願いします。近くにレストランはありますし、少し歩けば日用品や食材も手に入ります。

 ええ、これで私はお役御免のはずです。そうですね、こんな別荘をお持ちなのは、菅谷先生ならではだと思います。理解しましたか、地方の市会議員とは身分が違うんです。

 ところで皆さん、お腹の具合とかはいかがでしょうか? ごめんなさい、皆さんが何を言っているのか聴き取れません。諸星さん、皆さんの意見を纏めてくださりますか。はい、お腹が空いたと言うことですね。でしたら、とりあえず出前を取ることにしましょう。


 特に宗教的禁忌はないと言うことと、とにかく量が必要と言うのアドバイスに従い、注文しまくることにしました。もしも余ったりしたら、明日の朝に回せば良いんです。そう割り切って、ピザにハンバーガーとサンドイッチ、中華に寿司と頼みまくりました。

 ええ、自分でも頼みすぎたのはわかっていますよ。10人ぐらい座れるテーブルなのですが、注文した料理が埋め尽くしてくれたのです。あっ、勿論お酒も頼んでありますよ。そちらの方面でも、この方たちは『ザル』なのだと諸星さんが教えてくれましたので。


 それでその結果なのですが、はい、甘く見ていたのを白状いたします。明日の朝食どころではありませんでした。ええ、テーブルを埋め尽くした大量の料理は、瞬く間に4人の胃袋へと消えていったのです。そしてビール大瓶2ケース、ウイスキー2本、ワイン3リットルも見事飲み尽くされました。

 ええっと、4人ではなく6人の間違いではないのか。いえ、4人で何も間違っていません。何しろ私と諸星さんは、買っておいたカップラーメンを作っている所なんです。なぜカップ麺を作っているのかというと、用意した料理が私たちの口にはいらなかったからです。それから、これはダメですよ。これを差し上げたら、私たちの食べるものがなくなりますからね。まだ食べ足りないのですか、あなたたちはフードファイターなのですか。


「ちなみに彼らは、食いだめが出来るんだ。まあ、冒険者の特徴って奴だな」


 なるほど冒険者ですか。ところで冒険者って何ですか? はい、どこぞの考古学者が無双しまくる映画を知っているかですか。そこそこ古い映画ですけど、再放送があるので見たことがありますよ。えっ、その主人公の考古学者を更に過激にしたようなもの。主にコナン方面でって、お子様探偵方面なんですか。ちがう、ムキムキマッチョの方面ですか。エクシブさんはまだしも、ルーテシアさんとからラズライティシア様とかマッチョは似合わないと思います。

 えっ、ルーテシアさんは細マッチョなんですか。ラズライティシア様は、大魔法使いだからマッチョ方面じゃない。ただよほどマッチョよりもたちが悪いのですか。良いんですか、皆さん言葉の意味は理解出来るんですよね? あっ、諸星さんが女性2人に詰め寄られていますね。冷や汗を掻いているのを見ると、それだけ恐ろしいと言うことですね。


 ところでセレスさんは、冒険者じゃないと教えてくれましたよね。冒険者ギルドの職員。受付嬢をしていたのですか。ギルドと言うと、職業別組合でしたか。だとしたら、冒険者ギルドと言うのは冒険者組合と考えれば良いのですか。

 はい、さほど間違っていない。後は、日雇い専用の職業安定所を考えればいいのですか。それって、手配師と言うものですか。なるほど、冒険者に仕事を割り当てるのが冒険者ギルドなんですね。それだけじゃないが、概ね間違ってはいない。ちなみにセレスさんも、お三方に負けないぐらい食べまくっていましたよね。えっ、そちらは単なる大食い。あちらの世界では、別に珍しいことじゃないのですか……そうですか。



 それで、どうしてそんなにスタイルが良いんですっ!



 ダイエットに苦労している私から見れば、理不尽としか言いようのないことです。そんなにドカ食いをしてるのに、そのスタイルを保てるのですか。どう考えても、理不尽じゃありませんか? 責任者出てこいっ……えっ、出てきたら困るからそんなことを言うな、ですか。ところで諸星さん。その責任者って、誰なんですか?

 どうして上を指差してくれるんですか? 2階に誰かいるのですか? もっと上、もっと上って……お星様になった人とか。はい、ごめんなさい、ちょっと現実逃避をしてしまいました。つまり、文句を言うのなら神様に言えと。いえ、その場合は文句ではなく、私も太らない体が欲しいなとお願いをするつもりです。


 はいはい、現実逃避はここまでにして。追加で出前を取るのでしばらく我慢してください。はい、それで我慢するからそれも寄越せ、ですか。2つしかありませんから、二人しか食べられませんよ。良い匂いがするから、もっと用意しろと。はいはい、注文にはラーメンを入れておきますから我慢してください。ビールを気に入ったから、もう2ケース追加ですか。はいはい、3ケース追加しておきますよ。どうせ2ケースじゃ足りませんよね。


 夕食のドタバタが終われば、次はお風呂の時間となります。流石に女性に教えるのは、諸星さんにはお願いできませんね。ですから皆さん、お風呂場にまで着いてきてください。はい、着いてくるのは女性だけですからね。エクシブさんは、後から諸星さんと入ってください。ええ、今日はお風呂の入り方を覚えるのが目的ですからね。明日からなら、誰と誰が一緒に入っても構いませんから。わかっていたことですけど、皆さんとてもフリーダムなんですね。

 ええっとセレスさん。どうして私に、哀れんだ眼差しを向けてくれるのですか。すみません、何を言っているのかわからないんです。ラズライティシア様、出来れば通訳を……いえ、やっぱり止めておきます。教えて貰ったら、心を抉られそうな気がしたんです。そうですか、私の勘はあっていましたか……はぁ。取りあえず皆さん、お風呂の入り方……使い方を覚えてください。


 お風呂から上がったのですが、諸星さんの視線が痛かったです。はい、思いっきり疲れましたよ。疲れたからどうだと言うのですか? なんですか、政治家を志すのならこれぐらいは序の口なのですか。田舎のおばちゃんたちの方が、よほど遠慮が無いと言うのですね。そんなことがあるのですか……あるのですね。菅谷先生も、おばちゃんの洗礼を受けているのでしょうか。地盤看板のない叩き上げは、みんな苦労しているはずだと言うのですね。

 私、私ですか。そんなものがあるのなら、ここで皆さんの世話なんかしていませんよ。ところで諸星さんは、お風呂に入らないのですか。いえ、諸星さんと言うよりエクシブさんと言った方が正解ですね。ところでエクシブさんは、どちらにいらっしゃるのですか。そうですか、酔い潰れてくれましたか。言ってはなんですけど、少し安心することが出来ました。

 ところで、どうして『甘い』と言う話になるのですか。はい、ラズライティシア様が魔法を使えると言うのは聞いていますよ。魔法には、『酔い覚まし』の魔法があるのですか。いえ、魔法って便利なのですね。もう一度聞きますが、どうして『甘い』と言う話に繋がるのでしょうか。『若い燕』と言うのを知っているのかですか。あいにく、そう言った昭和的風習は理解出来ません。ああ、ラズライティシア様とエクシブさんの関係のことを言っているのですね。なにか、理解出来た気がします。


 それで、諸星さんはどうなさるのですか? お風呂は後でいい。少し私と話をしたいのですか。いやですね、色っぽい話なんて期待していませんよ。ははは

 話をするためと言うことで、諸星さんが冷たいお茶を用意してくれました。こういった気遣いも、どぶ板選挙には必要なんですか。はい、勉強になりますね。


「これからのことだが」


 はい、激動の一日が終わりましたが、日が昇れば明日が始まりますからね。これからのことを考えるのは大切だと思います。なんですか、そんな怖い顔をして。私、何かやっちゃいました? えっ、違う。


「俺をこんなにした神とやらに聞いた話だ」


 いきなり神様ですか。いえ、現実を見せられましたからね。否定するつもりはありませんよ。それで、神様に何を聞かされたのですか。


「神様が言うには、星の数ほど似たような……で良いのか。世界があるそうだ。今俺たちがいるのも、その世界の一つだそうだ」


 そしてエクシブさんたちが居たのも、その世界の一つと言うことですね。それぐらいは理解出来ますが、それが何か問題があるのですか?


「星の数ほどと言ったはずだ。つまり、あいつらと同じような奴の居る世界が他にもあると言うことだ。そしてその世界から、この世界に飛ばされてくる可能性があると言うことだ」


 なるほど。確かに、諸星さんの行った世界が特別と言うのは考えにくいですね……ちょっと待ってください。今、なんて言いました?


「他の世界からも、同じようにこの世界にやってくる奴がいるかもしれないと言うことだ。いや、すでにやってきている可能性がある」


 それって、かなり深刻な話じゃありませんか? ごめんなさい、だから深刻そうな顔していたのですね。ですが、私に相談されても何も出来ませんよ。いえ、自分で何も出来ないと言いましたけど、わかっていると言われても傷つくんですけど。


「俺とラズライティシアが居れば、大抵の奴は制圧できるはずだ。問題は、制圧の際に起きる事件をどうもみ消すかと言うことだ」


 ラズライティシアさんと組めば制圧できるのですか。それはそれで、凄いことだと思いますよ。一つどうでもいい質問なんですけど、エクシブさんとルーテシアさんは仲間に含めないのですか? はい、二人を加えると血の雨が降ることになるのですか。つまり、制圧が過激になると言うのですね。いざとなったら投入するけど、よほどのことが無い限り待機させておくのですね。確かに血の雨が降るのは嬉しくありませんね。

 それで、何も出来ない私にどうしてそんな話を。はい、菅谷先生に繋いで欲しいと言うことですね。確かにそれは、私の仕事に違いないのでしょうね。


「制圧、そして抹殺するのなら問題はないと思う。ただ、俺と同じように、もめ事を起こしたくない奴もいると思う。そんな奴を、俺は抹殺などしたくないんだ」


 抹殺をしたくない。それは立派なお考えなのですけど、だとしたらどうしようと言うのですか?


「それなのだが、異世界から帰ってきた奴。連れて来られた奴の居場所を作れたらと思っている。居場所と言ったが、隔離場所だと考えてくれても良い」


 なるほど、それが人の目を気にしなくても良い場所と言うことですね。生活が出来て人の目に触れないと言うと……諸星さんたちだけなら、ここでも良いのではと思ったのですけど。人が増えるとなると、もっと広い場所が必要になりますね。


「あなたの名字の小谷だが、『こたに』じゃなくて『おたり』と読むのだな。それは、長野県北部に多い名前だったと思うのだが?」


 あら、私の出身地のことをご存じなのですか。はい、支援者の皆さんと一緒に白鹿の方へ行ったのですね。ちなみに会費制なのですよね。地方の市会議員に、接待できるほどの金銭的な余裕はない。まあ事実としてはそうなのですけど、選挙違反となるので金銭的接待はダメですよ。


「あのあたりで、廃村になった地区はないのか?」


 廃村ですか……ど田舎出身者にはとても辛い響きを持った言葉ですね。廃村ね、廃村ですね。確か、温泉付き廃村も有った気がします。ええ、土地だけはいっぱい有りますよ。ただ耕作放棄地ばかりですから、農業をするのも一筋縄ではいきませんからね。それに、冬にはしっかりと雪が積もりますから。

 なんです、異世界を舐めるんじゃない、ですか。日本の山奥なら、まだイージーモードなのですか。クマにしたところで、殺る気満々じゃないだろうと言うのですね。



 あの、どんなハードな世界で生きてきたのです?



 世界に送り込まれたところで、いきなり好戦的なウサギに出くわしたのですか。しかも集団になって襲ってきたのですね。ウサギですよね、モフモフの可愛らしい動物と言うのは私の勘違いなのでしょうか。勘違いなのですね。

 鹿にも襲われたのですね、まあ角があるから怖いのはわかります。それが集団になって襲ってきたのですか。奈良公園の鹿を想像しても怖いのですが、ウサギのことを考えればもっと酷いのは想像が付きますね。

 そうですか、そこでお世話になったのがルーテシアさんと言うことですか。恩恵を使えば切り抜けるのは難しくないけれど、生活して行くには誰かの助けが必要だったと。それで、ルーテシアさんとはそれだけの関係なのですか。いえ、ちょっとした興味と言うのか、下世話な方の興味ですね。


「ラズライティシア様を見て、こちらの倫理観が通用すると思うのか? それ以前に、彼女の年齢は5百歳ぐらいと言うのを理解してからものを言ってくれ」


 5百歳ですか。ちなみに、1年の感覚が違うと言うことはありませんか。少なくとも、自分が暮らした1年と半ではそんなことを感じていない。そうですか、つまりルーテシアさんは、日本で言う室町時代生まれと言うことですか。

 でも、ラズライティシア様はエクシブさんを若い燕ですか、愛人として囲っているのですよね。それを考えたら、諸星さんが同じ境遇になっても変じゃないと思いますけど。

 はい、説明が不足していたのだと。自分が中学生の頃を思い出してみろですか。ええ、確かに性的なことはあまり考えていませんでしたね。ですが、ルーテシアさんは5百歳ぐらいなんですよね?


「歳を重ねたからと言って、頭の中が大人になると思って欲しくない」


 ですか。つまり、ルーテシアさんの頭の中はお子様と言うことなんですね。でしたら、そこでこちらの様子を覗っているセレスさんはどうなのでしょう。気づいていなかったのですか、獲物を狙う女の顔をして物陰からこちらを見ていますよ。

 はい、彼女はギルドの職員ですか。それぐらいは、先ほど説明してくれましたよね。基本的に、冒険者と職員の恋愛は難しいのですか。実力で黙らせないと、他の冒険者の嫉妬が酷いものになると言うのですね。でも、嫉妬ぐらいなら問題ないと思うのは平和ぼけの考えですか? 直接的な行動に出てくれるのですね。

 町中で喧嘩を売られる程度なら、まだ可愛いと言うのですね。ですがダンジョンとか森の中で、他の冒険者から総攻撃を受けると言うのはどうなのでしょう。ああ、だから実力で黙らせると言う話に繋がるのですか。はい、平和ぼけと言うのを理解しました。しかし、お話に出てくるすべてが好戦的なんですね。殺る気満々……殺る気と言うのは、『やる』に『殺』すを当て字したものなんですね。


 話を戻すことにしますね。私の故郷でも、人口減は深刻な問題なんです。都市への流出もありますが、それ以上に高齢化が理由になっています。お年寄りが亡くなられても、残された不動産は負の字を当てた負動産と言われるお荷物なんです。ですから集落一つまるごと廃墟になったところもありますね。

 それから故郷の名誉のために言っておきますが、これは私の故郷だけの問題じゃ有りませんからね。それぐらいは知っている。市会議員を舐めるんじゃないと。そうでしたね、諸星さんも政治の道に入っていたんですね。


 それは理解しましたが、どうして私の故郷のことを聞いたんですか。山村の現状は、理解されていたのですよね……いえ、説明はいりません。説明を聞くと、なにか良くないことになりそうな恐怖を感じたんです。中々良い勘をしているのですか。だけど、もう手遅れなのだと?

 お願いです。止めてください。せっかく都会に出てきたのに、廃村開拓なんて真似はしたく有りません。あんなのは、テレビの企画だから成立するものなんです。廃村になるのには、廃村になる理由があるのですからね。



 それはそれとして、セレスさんの視線が怖いのですけど。



 そちらはなんとかなる。恩恵を使えば、素直にベッドに戻っていくと言うのですね。あっ、確かにセレスさんが居なくなりました。今更なのですけど、諸星さんってとんでもないのですね。菅谷先生が、教祖になるのかと聞いたのがよくわかります。ええ、思いっきり否定したのは聞いていましたよ。ですから、そんなに嫌そうな顔をしないでください。


 ちょっと興味本位の質問を良いですか。いえ、今までの質問も興味から出たのは否定しませんけど。そのですね、もうちょっと下世話な質問なんです。ええっと、その質問をする前に確認だけしておきます。私は、諸星さんの興味の対象……つまり、あの方面の対象に入っていますか?

 その気は全くない。のですか。いえ、自分で聞いたのですから、自業自得と言うのは理解していますよ。ですが、はっきり否定されるのはちょっと辛いです。聞く方が悪いですか、仰るとおりと言うのはそうなんですけどね。

 それで質問なんですけど……いえ、今のは確認であって質問じゃ有りません。質問なんですけど、どうしてセレスさんに手を出さないのですか。お風呂で確認しましたけど……そう言えば、あの人たちは普通にお風呂に入っていましたね。異世界を馬鹿にしすぎだ。お風呂ぐらいは普通に有るのですね。ただ上下水道の技術レベルが違うので、こちらほど便利ではないと言うことですか。ええっと、話を戻します。セレスさん、私たちの美的レベルでも極上ですよね。綺麗な女子大生を沢山見てきましたけど、あの人には敵わないと思いますよ。


「自分の世界に帰ってきたからと言うのは説明になっているか?」


 こちらの世界に戻ってきたから、倫理観も復活したと言うことですか。ですけど、諸星さんはお一人身ですよね。だとしたら、こちらの倫理観的にも大丈夫だと思うのですけど。

 はい、彼女はこちらの世界の住人ではない、ですか。ですが、こちらで生きていけるように、戸籍とかも用意しますよ。そちらではない、その程度だったら気にしていないのですか。だとしたら、何を気にされているのですか?


「まさか、世界の移動が一方通行だと思っているのか? 俺の場合、こちらの世界から向こうに連れて行かれたのだぞ」


 つまり、諸星さんが体験した世界にも行くことが出来ると言うのですね。はい、まだ可能性のレベルなんですね。それでも帰れるとなったら、セレスさんたちを帰すことを考えているのだと。

 なぜ驚いた顔をしているのか、ですか。いえ、意外に誠実と言うのか、真面目な答えに驚いているんです。それからですね、その気になった女性を甘く見ていることにも驚かせて貰いました。どう言うことか、ですか。多分……いえ、間違いなくセレスさんはこちらに残ると言うことです。


「言いたいことは理解出来るつもりなのだが、参考までに理由を教えてくれないか?」


 諸星さんが残るから……と言うロマンティックな理由もありますよ。それを除いても、こちらの方が生活が楽ですよね。お風呂なんか、皆さん快適だと喜ばれていたぐらいですからね。夕食やお酒も、おいしいと喜んでいたと思います。多分ですけど、娯楽も比べものにならないのではありませんか?

 最初のを除けば、概ね予想通りだったと。どうして、最初の……つまり、諸星さんが理由と言うのを否定されるのですか? はい、あちらでは言い寄られたことはない。それどころか、熱い眼差しで見られたこともないと言うのですね。それなのに、自分が理由になるのは考えられないと言うのですね。



 諸星さん。鈍感は罪だと思いますよ



 それはそれとして、ルーテシアさんだっていつまでもお子様だと思わないように。ルーテシアさん、お綺麗ですよね。迫られたら、我慢することが出来ますか? 目をそらしたところを見ると、自覚はあるようですね。ちなみに、顔ですか、胸ですか? そうですか、足ですか。確かにルーテシアさん、綺麗な足をされていますものね。

 ところで、明日はどうされる予定ですか。4人に、こちらの生活を理解させるのですね。その前に、希望を確認するのですか。ちなみに、希望と言うのは何のことを言っているのですか?

 先ほどの話、戻れるのなら元の世界に戻りたいのかと言うことですか。確かに重要な確認ですね。それから諸星さんに一つだけ忠告をしておきます。特にセレスさんとルーテシアさんにですか、諸星さんの希望も伝えてあげてください。


「俺は、残るつもりなのだが?」


 いえ、その希望ではないんです。私の言う希望と言うのは、お二人に残って欲しいかどうかと言うことです。もう少し言うとですね、『残ってくれ』とお願いをすることです。

 私が勘違いをしている、のですか。女性として、私は素直な希望を口にしただけですよ。それは理解出来る、そこまで朴念仁じゃない。だったら、どうして勘違いと言うのですか?


「俺の能力を忘れていないか? 俺の能力には、服従があるんだぞ」


 ええ、クリスタルを金に変えていましたよね。しかもくそ重い灰皿を、自由に飛ばせていましたよね。それが何か?


「どうして、セレスがベッドに帰って行ったのか。俺が希望した時点で、それが事実になってしまうんだ」


 つまり、諸星さんが『残って欲しい』と言った時点で彼女たちの意思がねじ曲げられるのですね。なるほど、希望を言わない理由に納得できました。ですが、その能力って結構辛いですね。ええ、諸星さんが悪人だったら、喜んで乱発しそうな気もしますけど。善人だったら、辛い能力と言うのは理解出来ます。

 だから、諸星さんは自分の希望を口にしないのですか。ですが、菅谷先生には要求をしていましたよね。必要なことなら恩恵を使うことを躊躇わない、のですか。少なくとも、自分の欲望を満足させるためには使っていないと言うのですね。こう言っては何ですけど、そんな修行僧みたいな生活をしていて楽しいですか? たまには、発散すると言うのはどうです。なんでしてら、私がお手伝いをして差し上げても良いのですよ。

 その気は綺麗さっぱり無い。先ほどもお願いしましたけど、否定するのはダメとは言いません。ですが、もう少し言い方に気を使っていただけたらなと。こう見えても、結構傷ついていたりするんです。ええ、自分から地雷を踏んだのは理解しています。ですけど、女にも地雷を踏まなくてはいけないこともあるんです。

 だから、勘違いできないように否定したのですか。ええ、諸星さんにその気がないことは理解しました。ただ、今のところはと思って良いのですよね? いえ、答えはいりません。はっきりと否定されると、立ち直れなくなりますので。


 ちなみにその後ですけど、諸星さんの言ったことを理解出来ました。何のことかと言うとですね、ラズライティシア様とエクシブさんの関係のことを言っています。慣れない環境に放り込まれたことで、多分興奮されたのでしょうね。ですが、あの声って聞かされる方は堪ったものではありませんよね。ちなみに力関係は、諸星さんの言ったとおりと言うのはよくわかりました。エクシブさん、お疲れ様でしたと言っておきます。明日の朝……そろそろですね、元気の出るものを用意しておきましょう。ええ、私は自分用に濃いコーヒーを煎れることにします。




これで、帰ってきた早々のドタバタは終わり……なのかな?

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