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帰ってきた俺−2

村の特産は異世界です


・帰ってきた俺-2


 ハードすぎる世界に送られた俺は、結局その世界からはじき出されることになった。そしてはじき出された俺は、戻れないはずの元の世界に戻っていた。日差しに焼けたアスファルトと排気ガスの臭いが、帰ってきたのだと感じさせるものだった。うん、このクソ暑さにも懐かしさを感じてしまう。


「うん、感慨にふけるのはわかるよ。ただね、今はとりあえずこの世界の説明をしてくれないかな」


 その質問をしてきたのは、ハードな世界での恩人とも言える女性である。巨乳と言うことは無いのだが、とてもスマートな体のお陰で小さめでも大きく見えると言うサイズの妙を見せてくれている。ちなみに青い髪に、緑色の瞳をしたとても美しい人でもある。そして何より彼女を特徴付けているのは、何かの映画で見たような長い耳である。ちなみにハードな世界では、彼女は自分のことを「森人(もりびと)」と言っていた。

 ちなみに今は、特徴的な長い髪を後ろで一本に縛っている。くすんだ青のマントを羽織り、皮で出来た短いパンツを穿いていた。そして足下は、膝まであるブーツで固めている。それでも、俺の好きな足はしっかりと拝むことは出来る……いやいや


「そうだな。始末をする前に説明をする猶予をやろう」


 とても物騒な台詞を吐いてくれたのは、ハードな世界で「勇者」と言われた男である。年齢的には二十歳前の、水色の髪をショートにした青い瞳の普通にイケメンと言うのがその男のプロフィールである。ちなみに白いマントの下には、髪よりは濃い青色をした上着を羽織っていた。そして白いズボンに黒のブーツと言う、かっちりと固めた勇者様スタイルである。

 ちなみに、俺とこの男は敵同士と言うことになっている。おかしいな、俺は敵対したつもりはないのだが。それに始末をする前にって……何度もその剣で切られた覚えがあるんだがな。俺の身体は刃物を通さないんだけど。


「そう急くものでは無いぞ。幻覚にしては、ここはあまりにもわれの常識と違いすぎているからな。これはこれで、中々好奇心を刺激してくれるではないか」


 こちらは、勇者側の魔法使い。恩人の女性と似たような耳をしているのだが、背はちっこいし見た目にしても美人とは……まあ、色々と解釈を変えれば美人と言っても……流石に無理があるか。金色の髪に金色の瞳、あの種族にしては珍しい丸顔をしている女性だ。ガウンのような白の服に、これでもかと言うぐらい足を見せつける白の短パンを穿いていた。そして足下は、皮で編んだサンダルのような物を履いていた。嘘か誠か、神話の時代から生きてきた大魔法使いなのだそうだ。

 だから一言付け加えておく。『ババア、無理をするな』と。


「ほほう、ぬしは命がいらぬようだな。それから言っておくが、われはその女とは格が違うのだぞ」

「皆さん。とりあえず落ち着いて説明を聞きませんか」


 最後に割り込んできたのは、薄い茶色の髪をした背の高い女性である。そしてその正体は、俺が利用している冒険者ギルドなる組織の受付嬢である。それは良いのだが、なぜ彼女が巻き込まれているんだ? 俺がはじき出されることになった事件は、彼女とは関係のない場所で起きていたはずだよな。

 ちなみにこの受付嬢、見た目と言う意味ではもの凄い美人と言うことになる。恩人……師匠と呼んでいる女性をもう少し肉付きをよくした感じで、その、初めて会ったときにはごちそうさまと口走ってしまったぐらいだ。ちなみに格好は、上下とも濃紺色のブレザーに、下には胸元にフリルの入ったブラウスを着ていた。足下は、黒い革のローヒールの靴で固めている。タイトなスカートのお陰で、お尻がしっかりと強調されていた。うん、元の世界でもいそうな格好と言うのは確かだな。


 俺、俺の格好を聞いて何か意味があるのか。まあ、上はボタンのない藍色のポロシャツのようなシャツだし、下はくるぶしの辺りで絞った生成りのパンツである。靴は……ボロボロの革のブーツだぞ。


「褒めてくださってありがとうございます。それはそれで嬉しいのですけど、取りあえずこの状況の説明をしてくれませんか? 褒めてくださった続きは、落ち着いた所でお願いします」


 あっ、ああ、そうだな。ただな、俺にもこの状況の説明は出来ないぞ。ああ待て、ここがどこかと言うことは説明できる。説明できないのは、なぜ俺たちがここにいるのかと言うことだ。

 それからもう一つ。俺たちはあまりにも目立つ格好をしている。余計な面倒を起こす前に、どこかに隠れることを提案させて貰おう。


「それなのだがな、取りあえず認識阻害の魔法を発動させたぞ。いつまでもこのままと言う訳にはいかぬが、しばらくは他人の目を気にしなくても大丈夫なはずだ」


 流石は稀代の魔法使い。いや、伝説の魔法使いと言った方が良いのだろうか。


「世辞を言っても見逃してやらぬからな」


 それはそれとして、場所を少し変えると言うのはどうだろう。具体的には、少し歩いたところにある公園と言うのがお勧めなのだが。


「その公園と言うのは、あの木の茂った場所のことか?」


 そう、その木の茂った場所。奇抜な格好をしているのは隠しようがないのだが、それでも多少は目立たなくなってくれるはずだ。


 それで場所を公園に移動した俺たちは、芝生の上に車座に座って向かい合うことになった。そこで俺は、この場所の説明をすることにした。ちなみに、ここに歩いてくる前にゴミ箱から時間のわかりそうなものを漁ってきたのは内緒の話である。

 ちなみに新聞の日付が正しければ、俺は1年と6ヶ月程度この世界から離れていたようだ。


「つまり、お前は界渡りをしてきたと言うのだな。そしてこの世界は、お前の元いた世界と言うことか。だがお前は、この世界で殺されたのであろう?」


 知性の問題なのか、聞き役は伝説の魔法使いが務めてくれた。え、そろそろ名前で呼べ? ラズライティシア様で宜しいでしょうか?


「うむ、特別に呼び捨てにすることを許してやろう」


 ではラズライティシアと言うことで。そこで師匠、張り合うことに意味があるとは思えません。いえ、名前で呼ぶのが嫌と言うことはありませんよ。ええ、ルーテシアで良いんですよね。


「でしたら、私もセレスと呼んでください」

「だったら僕はエクシブと呼んでくれれば良い……いやいや、なんで和気藹々としているんだ」


 それを俺のせいにはして欲しくない。名前で呼べと言ったのは、あんたの相棒である伝説の魔法使い様なのだからな。

 と言う話は置いておくが、観察した範囲で俺が元いた世界に間違いは無い。拾った新聞に書いてあることにしても、俺の記憶とはさほど違っていないと言うのがその理由である。それでも強調したいのは、ここに来た理由は俺にはわからないと言うことだ。そもそも空間遮断とかの大魔法を使ったのは、そこにいる伝説の魔法使い様……すみません。ラズライティシアのはずだろう。


「言っておくが、われの使った魔法でも界渡りは出来ないぞ。このような真似ができるのは、俗に言う召喚魔法だけなのだが……それにしても、呼び寄せるものであって自分が界渡りをするものでは無いのだがな」


 つまり、原因不明の界渡り……つまり、世界を転移したと言うことか。原因がわからない以上、元の世界に戻ることも出来ないと言うことになるわけだ。いや、俺にとっては、この世界の方が元の世界と言うことになるのか。


「でしたら、戻る方法がわかるまで……と言いますか、それまでこの世界で生きていかないといけないわけですね」


 おい、なぜ、そこで俺の顔を見る。いや、確かに、俺以外にこの世界のことを知っている奴がいないのは確かだ。セレスの言葉は間違っていないのだが、だからと言ってすぐにどうにかしろと言うのは流石に無理がある。


「まあ、これも冒険だと思えば悪くはないね。ただ、僕は君の面倒を見たことを忘れないで欲しいのだよ」


 確かに、右も左もわからない俺は、思いっきり師匠……すみません、ルーテシアのお世話になっている。それを考えれば、この俺がこの世界のナビゲートをするのに異存は無い。異存は無いのだが、少し考える時間が欲しいと言うだけだ。とにかく、情報を集めなければ先に進めなかったのだ。


「それで、ここには冒険者ギルドのような組織はあるのかな?」


 師匠。ここにそのような組織はありません。強いて言うのなら、職業安定所……ハローワークが近いのかも知れません。と言う話は置いておいて、情報を集めるには……

 自分のいる場所をもう一度見直してみると、どうやら都内の公園のようだ。だとしたら、近くに電気屋に類するものがあってもおかしくない。いや、絶対にあるはずだと俺は自分に言い聞かせた。まあ、図書館でもいいんだがな。


「一人で納得するでない。これから何をしようとしているのか、われら全員に説明して見せよ」


 こうなった原因を作ったくせに偉そうだな。その感想を押さえ込んで、とりあえず目的の場所とすべきことを説明することにした。そしてもう一つ重要なのは、その場における注意事項と言う奴である。

 今更言わなくても、俺たち全員は異世界人なのだ。つまり、この世界における異分子と言うことになる。治安がしっかりとしていると言うことは、異分子がいれば通報されることに繋がる。そして通報されてしまうと、とても説明の難しい状況に追いやられるのだ。従って、俺たちは絶対に目立つ……見つかってはいけないことになる。


「つまり、認識阻害の魔法を使い続けろと言うことか?」


 多分それだけじゃダメだろうから、俺も恩恵を使うことにする。認識阻害と言うのは、見えていても気にならないと言うのがその効果だ。それはそれで有効なのだが、当然有効範囲と言うものがある。何を言いたいかと言うと、監視カメラの向こうには役に立たないと言うことだ。

 だから俺は、監視カメラに対して……ではなく、俺たち全員に「カメラに映らない」と言う命令を下すことにした。


 それからもう一つ重要なのは、何を見ても騒ぐなと言うことだ。間違いなく、ここの奴らにとっては見たことのないものばかりを見ることになる。だから騒ぐなと言うことなのだが……だったら、こちらも命令しておけばいいのか。

 ちなみにこれから行くのは、あちらで言う所の道具屋である電気屋だ。そこに行けば、テレビやらなんやらの情報機器が揃っているはずだ。ネットが使えれば、少しは詳しい情報が掴めるだろう。いざ行かん、ニホンバシカメラへっ!


 その結果を言うのなら、情報ならば沢山集まってくれた。そしてそれと同じくらいに、脱力ものの出来事が沢山起きてくれた。連れて行った4人が興奮したと言うのは今更なのだが、認識阻害の魔法を掛けた意味が疑われてしまったのだ。

 どう言うことかと言うと、コスプレで良いのか。街にはコスプレをした奴が大勢繰り出してくれていたのだ。つまり俺たちの格好も、コスプレの一つでしかなかったと言うことだ。だから4人には、不思議な世界と言われてしまった。ハロウィン時期とは思えないので、俺に理由がわかるはずがない。それもあって、俺は早々に説明することを諦めた。


 そこで情報を集め、幾つかの小さな犯罪と、そしてはったりと恫喝を行うことになった。その結果、俺は永田町へと案内されることになった。ちなみに俺が頼ったのは、昔の知り合いと言う奴である。なぜかそいつは、俺の目指した衆議院議員になっていた。強制力を働かせなくても、俺の顔を見たら快く協力してくれたと……と思っておこう。

 ただな、俺自身の証明のため、あること無いこと暴露されたのが気になるんだが……


 ちなみに俺が案内されたのは、政府の中心である内閣官房である。従って、俺の目の前にはどこかで見たバーコードはげのおっさんがいた。これから俺は、このおっさんを納得させて安住の地を求めなくていけない。


「初めまして菅谷官房長官殿。私は、諸星孝明と言います」


 とりあえず、相手に敬意を払うところから始めなくてはいけない。こうやって姿を見せてしまった以上、待っているのは気持ちよく支援を引き出すことか、さもなければスキルを使って支援を引き出すことだけなのだ。叶うのなら、気持ちよく支援をして貰いたいところだ。当たり前だが、支援を諦めると言う選択肢はない。


「挨拶はいい。その珍妙な格好の説明をしてくれるか?」

「官房長官殿は、杉村からどこまで話を聞いておられますか?」

「驚天動地の話、かつ重要な話としか聞いておらん」


 憮然としているのは、俺のしている格好が理由なのは間違いないだろう。杉村……杉村泰介と言うのだが、俺の古くからの知り合いなのだが、その格好の方が良いと助言を受けたのだ。俺だって、いつまでも仮装……コスプレと言うのか。コスプレをして街を歩きたくないんだよ。


「では、まずこちらの新聞記事を見て頂けますか?」

「1年と6ヶ月前の新聞記事がどうかしたのか?」

「市会議員が刺殺されたニュースが載っています。そして、刺殺されたと言う市会議員がここにいる私なのです」

「そんな与太話を信用しろと言うのか?」


 まあ、普通は信じないよな。俺だって、同じことを言われたら信じないと思うし。ただそれで終わると困るので、一つ一つ証拠でも積み上げていくか。


「ちなみに、こちらに顔写真の載った記事もあります」

「それで、死んだと言う市会議員と似ているのがどうかしたのか?」


 社会的に死亡が確認された以上、その男が現れると言うのは常識的に受け入れられない。それぐらいの常識は、俺だって1年と6ヶ月前には持っていたのだ。


「繰り返しますが、似ているのではなく本人と言うことです。これから正気を疑われることを口にするつもりなので、その前に幾つか証拠をご覧に入れようと思います」


 そこでパチンと指で合図をしたら、今まで隠れていた4人が姿を現した。そしてもう一度指を鳴らせば、4人の姿が見えなくなる。


「これは、認識阻害の魔法と言うものです。ですから、4人は先ほどからそこにいました」


 もう一度指を鳴らしたことで、4人が再び姿を現した。


「ホログラフと言うことは無いのか?」

「この部屋を用意されたのは官房長官殿です。私には、小細工をする時間はありませんでした。そしてそこにいる4人は、ホログラフではないことも証明できます」


 部屋に置いてあったクリスタルの灰皿を手に取り、それを勇者様へと投げてやった。そこそこの重量があるのだが、鍛えているので少しも危なげなく受け止めてくれた。


「ホログラフにはこのような真似はできないはずです」

「そこにいるのは理解出来た。その4人は、忍者とか言うものでは無いのだな」

「それは、冗談と受け取っても良いのですか?」


 俺よりずっと年上の男が、忍者を化け物のように言ってくれた。もしも冗談でなければ、話をする相手を間違えたことになる。


「他にも、見せ金はあるのか?」

「その灰皿ですが、なくなっても困りませんか?」

「そこそこ値が張る物だが、何を見せてくれるのかにもよるだろうな」

「だったら、エクシブそれを返してくれ」


 いや、返せとは言ったが、そんなに勢いを付けて投げ付けろとは言っていない。しかも俺の頭目がけてと言うのは、殺す気があるとしか思えなかった。だから俺は、スキルを使って受け止めることにした。片手で受け止めたのは、ちょっとした茶目っ気と言う奴である。


「お前なら大丈夫だと思っただけだ」

「それで本音は?」

「運良く死んでくれたらと思っていた」


 やはりそんなことを考えていたのか。まあ、スキルを使えばたいしたことではないのだが。

 とりあえず問題は、目の前に居る官房長官様を納得させることだ。


「これはクリスタルで出来ていますよね。今から、別の物質……金にでも変えてみます。勿論、手品ではありませんよ」


 服従のスキルを使えば、クリスタルを金に変えるのは難しくない。ただ『金になれ』と命ずるだけで目的は達せられる。他の奴らに比べて素直な灰皿は、瞬きする間に金色に姿を変えた。


「確認のため持って貰えますか? それから、かなり重くなっているので気をつけてください」


 クリスタル、つまりガラスと金じゃ比重……で良いんだよな。比重が思いっきり違ったりする。従って、金に変われば重さは数倍に跳ね上がると言うことだ。

 ただ俺の注意は、役に立たなかったようだ。鼻で笑った官房長官様は、右手で持とうとして手を滑らせてくれたのだ。予想していなかった重量に、握力が負けたと言うことだ。


「まさか、本当に金になったとでも言うのか?」

「別のものにも出来ますけど、やってみますか?」


 ここに来る前に調べてみたら、金の価格はグラム1万円を余裕で超えていた。つまり目の前の灰皿は、素材だけで莫大な価値があることになる。


「それはいい。その代わり、そこにある胡蝶蘭を金に変えて見せてくれ」

「それぐらいは構いませんが……」


 果たして、仕込みがないことの確認と考えて良いのだろうか。さもなければ、金(かね)になると考えてくれたのか。ただ、これから引き出す金を考えれば、これぐらいはお安いご用と言うものだ。まあ、他に意図があるのは今更なのだろう。

 胡蝶蘭に向かって『金になれ』と命じたら、美しい花全体が金色に変わってくれた。


「金に変えてみましたが、いかがでしょうか?」

「なるほど、見せ金としては十分だな。最後に、胡蝶蘭を元に戻してくれるか」


 金に変えたものを元の姿に戻す。命令自体は簡単なのだが、その実結構難しいかと考えてしまった。ただ難しいかと思った逆変換は、あっけないほど簡単に成功してくれた。ただ元に戻したことで、官房長官様の意図を理解出来た気がした。この人、結構危ない確認をしてくれたんだな。


「戻しましたが、これで良いですか?」

「ああ、君の力は十分見せて貰った。それで、私に何をして貰いたいのだ?」

「事情説明が先ではないのですか?」

「先に要求を聞いておいた方が安心できる。ただそれだけのことだ」


 そんなものかと考えはしたが、ここは相手の要求に従っておいた方が話が早くなるだろう。だから俺は、考えていた要求を伝えることにした。


「俺たちの居場所と活動資金の提供をお願いしたい」

「居場所と言うのは、具体的にどのような場所のことを言っているのだ?」

「少なくとも、俺たち5人が安心して生活できる場所と言うことになる。可能であれば、人の目を気にしなくても済む場所が好ましい」

「活動資金と言うのは、そこで生きていくための生活費と言うことで良いのか?」

「出来れば、少し色を付けて貰いたい。加えて生活する場所の環境整備もお願いする」


 別に人里離れた山の中でも困りはしない。それにしても、生活のインフラが揃っていることが条件だ。電気ガス上下水道……下水道はなくてもなんとかなると言えばなるのだが。加えて言うと、通信環境も揃っていて欲しい。特に人里離れた場所だと、通販を使わないと食料すら調達困難なのだ。


「電気ガス水道の通った廃村でも良いのか?」

「通信……スマホが使えるのと、インターネットが出来るとありがたい。加えて言うと、移動用の車を用意して貰いたい。それから贅沢を言うのなら、温泉とか使えたりするとありがたいのだが……」

「中々要求が細かいな」


 苦笑が浮かんでいるのは、俺の要求が庶民じみているからだろう。

 ただ苦笑を浮かべたのも一瞬で、すぐに官房長官様の表情は厳しいものになった。


「そこで、新興宗教でも興すつもりか?」

「新興宗教ですか?」

「君ならば、奇跡を連発することが出来るのだろう。それを利用すれば、信者を集めるのも難しくないはずだ。そして信者を集めれば集めるほど、懐具合は裕福になってくれるのだぞ」

「確かに、俺のしていることは神の奇跡に見えると思いますよ。それに、俺自身神様に会っているんです。その意味で言えば、神様の地上代理人とか主張することも出来ます」


 そこまで言っておいてから、「御免被ります」と俺は素直に気持ちを口にした。


「意外ですか?」

「政治家の君ならば、それぐらいのことは考えていると思ったのだよ。宗教と言うのは、よほどのことが無い限り政治からは触れることが出来ない。行政からもだな」

「それぐらいのことは、市会議員時代にも思い知らされていますよ。それから、別の世界でも宗教が厄介と言うのは散々見せつけられました。だから俺は、宗教には関わりたくありません。ましてや宗教屋などになりたくありません」

「ほほう、宗教屋と言うのかね」

「その意味ぐらい、官房長官様ならご理解いただけると思います」


 俺の試すような言葉に、官房長官様の眼光は一段と鋭くなった。流石は国を動かす重責を担っているだけのことはある。若造の市会議員には出せない迫力だ。


「君の要求は、働かないで穏やかに暮らしたいと考えれば良いのかな?」

「理想を言えばそう言うことです。ただ、何もしないと言うのも退屈だと言うのはわかっているんです。そこで農業でもと言うと、色々なところからお叱りを受けるのは間違いないのでしょうね」

「ああ生活のための農業は、家庭菜園とは違う世界だからな」

「支援者に農家の方がいましたから、それぐらいのことは理解しているつもりです」

「なるほど、君の要求は理解した」


 これで、第一段階はクリアしたことになる。ただ百戦錬磨、海千山千の政治家が、一方的にこちらの要求を聞いてくれるはずがない。


「当然だが、私は対価を要求しても良いのだな?」

「でしたら、もう少し金を作りますか?」

「それはいらない。ところで、どうして君は自分のために金を作らないのだ?」

「大量の金塊、しかも刻印のない金を売るのが困難だとわかっているからです。売れたとしても、もれなく税務署の調査が入ることにもなります。だからなんですが、一体何を対価にすれば良いのでしょうか」

「それなのだが……」


 そこで少し間を置いたのは、まだ考えが纏まっていないからだろうか。当たり前のことだが、種明かしをしてさほど時間が経っていないのだ。その短い時間で、要求を纏められると考える方が不思議なぐらいだ。


「俺から提供できるものを先に提示した方が良さそうですね。何か思いついたら……検討の上追加していただいても結構です」

「随分と太っ腹なのだな?」

「追加でお願いすることも出てくるのがわかっているからです。ギブアンドテイクで良いのですよね。それを考えただけのことです」

「なるほど、双方追加の要求が出ても不思議ではないのだろうな。理解した。では、君が提供できるものを教えてくれ給え」

「私たちが提供できるものはですね……」


 そこで一息吐いてから、俺は提供できるものを並べた。


「先ほどクリスタルを金に変えた能力ですが、実はもっと凄いことが出来ます。なんにでも命令できる……と言ってもピンとこないかも知れません。例えば、先ほどの灰皿に「10cm浮かべ」と命令をします」


 俺の言葉と同時に、クソ重たい金の灰皿がテーブルから浮かび上がった。浮かんだ高さは、おおよそ10cmと言う所か。


「半径20cmの円を描いて飛び回れ」

「消滅しろ」

「復活しろ」

「テーブルに戻れ」


 これで物理現象を支配できること。物体の消滅発生を命令できることを示したことになる。


「命令ですから、人に対しても命令することが出来ます。個人的には不愉快ですので、ご覧に入れるのは勘弁願います。ただ自殺させることも難しくありません。死んだ人間を生き返らせるのは、やってはいけないことだと思うので試していません」

「本当に君は、宗教を興すつもりはないのかね」


 そりゃあ、ここまですれば言われるよな。


「面倒だからイヤと言うのが答えになります。それから、そこに居る耳の長い小柄な女性ですが、いわゆる魔法を使うことが出来ます。怪我とか病気とか、ある程度のものは直すことが出来ます。火や水や氷を作ったりもできますし、飛んだり攻撃したりすることも出来ます」

「その能力を提供してくれると言うのか?」

「際限なく提供すると言うことは避けていただきたいと思っています。目立つ真似をすると、穏やかな暮らしをすることが出来ないと言うのがその理由です。出来れば、暗殺とか物騒な使い方は考えないでいただきたい」

「君ならば、証拠を残さず相手を殺すことが出来るから、と言うことだな」

「絶対にとは言いませんが……駄目なときは駄目と断ります」

「理解した。その能力はとっておきと言うことにしておこう」

「使わないとは言ってくれないのですね。まあ、理解出来る回答ではありますが」

「講釈の必要はないと思うのだがね。それから、対価の方は検討して連絡することにする。それで、これからなのだが、どうするつもりなのかね」

「これからと言うのは、住処が決まるまでと言うことですか。この格好もそうですけど、お金を持っていないのでどうにも出来ないと言うのが答えになります」


 先のことより、今のことを要求すべきと言うことだ。これは反省点としておこう。


「わかった。身の回りの世話をする者を付けよう。住処が決まるまでは仮住まいを確保しておく」


 それからと言って、官房長官様はデスクから札束を持ち出してくれた。1つ1つは薄いのだが、すべて新札だと考えればそれだけで100万あるのだろう。それが5つと言うことは、総額で5百万円と言うことになる。


「心配しなくても、すべて綺麗なお金だ。報償費、いわゆる官房機密費と言う奴だな。従って、領収書を持ってこいとは言わない」

「当座の費用にしてはかなり多いですね」

「足りないよりは良いと思うのだがね」

「全くもって、仰るとおりです」


 ではありがたく。俺は5つの札束を受け取ることにした。


「後は、小谷君が面倒を見てくれるはずだ」

「小谷さんですか?」


 紹介されて初めて、俺はそこに女性秘書がいるのに気がついた。どうやら俺は、緊張しすぎて注意が疎かになっていたようだ。


「小谷(おたり)と申します。諸星様と……そちらの男性はなんとお呼びすれば宜しいのですか?」

「彼はエクシブと呼んでくれれば良い。ただ、こちらの言葉はまだ理解出来ていないはずだ……だよな?」

「ラズライティシアが、翻訳の魔法を掛けてくれた。話すことは出来ないが、聞くことは出来るようになっている」


 なるほどと頷き、俺は事情を小谷さんに説明することにした。


「聞き取りは出来るが、話すことは出来ない。ただ聞き取りにしても、生きてきた常識が違うのを忘れないで欲しい」

「私たちが常識と思っていることでも、理解出来ないことがあると思えば宜しいのですね」


 それがすっと出てくると言うことは、やはり小谷さんは優秀と言うことだろう。


「そう受け取って貰えばいい」

「では、指示の出し方を考えることにいたします。ところでエクシブ様以外も、事情は同じと考えれば宜しいのですね?」


 それはと残りの3人を見たら、ラズライティシア様を除いた2人が頷いてくれた。


「ちなみに、我は話す方も可能だぞ」

「流石は神話の時代から生きてきた大魔法使いだ」

「申し訳ありません。神話の時代から生きてきたと言うのはどう言うことでしょうか?」

「森人で良いのだったか。定まった寿命がないのだそうだ。だから、ラズライティシア様は何千年も生きていると聞いている。で、いいのですよね?」

「概ね正しいな。ただ、数えていないので何千年かはわかっておらん」

「生物学者が聞いたら、間違いなく研究させろと言ってきますね」

「多少の協力は良いが……やはり、内緒にしておいてくれ」


 安請け合いをすると、のっぴきならないことになりかねない。それを考えれば、しばらくは姿を隠しておく必要があった。


「いつまで隠し通せるのかは疑問ですが、諸星様の仰ることは理解いたしました。では、諸星様、エクシブ様は、別室でお着替えいただきます。残りの3方……ラズライティシア様と……」

「こちらがルーテシアで、こちらがセレスさんだ」

「ルーテシア様、セレス様はしばらく別室でお待ちください」


 「こちらに」と言う小谷さんの案内で、俺たち5人は官房長室をを出ることになった。そして俺とエクシブは、用意されていたスーツに着替え、ラズライティシア様たち3人は、ユニクロで着替えを見繕うことになった。お陰で、少しだけ世間との乖離がなくなったと思う。

 ただセレスとルーテシアは、拭いきれない違和感を発するようになってしまった。いや、着ているもの自体は街で見かける格好に違いないんだぞ。ただ二人、特にセレスが着ると、服が負けているように見えてしまうのだ。その辺り、綺麗すぎることの弊害が出たと言って良いのだろう。


 その後俺たちは車に乗せられ、ちょっとした旅をすることになった。どこまで連れて行かれるのか、果たして仮住まいに連れて行って貰えるのか。待ち受けているのは自衛隊かと危惧したのだが、車は軽井沢の別荘地へと入っていった。そしてちょとと言うには立派すぎる別荘へと連れ込まれた。

 隣とは離れているので、人目を気にしないと言う意味では満点なのだろう。ただ案内されて、幾らするんだろうと思う辺りが小市民と言うことになる。


「こちらでしたら、人目に付きにくいかと思います。戸籍、免許証が揃うまでは自転車で買い物に行ってください。尤も、近くにレストランもありますし、少し歩けば日用品や食材も手に入ります」

「流石は、官房長官様と言うことか」


 地方の市会議員とは、そもそも生きている世界が違うと言うことだ。ただ菅谷官房長官は、地方出身の叩き上げと聞いている。なるほど、きれい事だけではやっていけない世界があると言うことだ。


「そう受け取っていただいて結構です。ところで皆さん、お腹の具合はいかがでしょうか?」


「うむ、我は空腹を覚えておるぞ」

「とても疲れたと思います」

「そうか、私はわくわくが止まらないのだが」


 女性陣の意見を聞く限り、食事を済ませたら別荘で休むことになりそうだ。わくわくが止まらない方は、とりあえずテレビでも見せておけばいいだろう。何しろ娯楽に満ちたこの世界なら、提供できるものは沢山あるはずなのだから。

 難しいことを考えるのは、もう少し落ち着いてからにしよう。そう自分に言い聞かせて、俺はこれからのことを小谷さんに相談することにしたのだった。




第2話です。ようやく現代社会との繋がりが出来ました。それから、現代社会側の登場人物が誰かに似ているのは気のせいです。

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