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パンの世界

村の特産は異世界です


・パンの世界


 私ですか、私の名前はビゴ。ポンパドール子爵家の長男と言うのが私の素性です。ただポンパドール子爵家は、ハイエルフに対する不始末が理由で、お取り潰しになってしまいました。そうなんです、一度お取り潰しになってしまったんです。それなのに、なぜか同じく取り潰されたフランセ男爵の領地を併合して、ポンパドール伯爵として再出発することになったんです。ただ新生ポンパドール伯爵家の当主は、勿論私などではありません。当然父のドンクでもないんです。

 コーメー・モロボシ様。はい、姉のセリカが嫁いで、新しくポンパドール伯爵を名乗ることになった方です。つまり、私から見れば義兄と言うことになりますね。悔しくないか、ですか。そうですね、特に悔しくないと言ったら負け惜しみになるのでしょうか。言ってはなんですけど、名代でも何も変わらないと思うんです。ちなみに、義兄様にはブーランジェリー王家のコロナ王女も押しかけているんです。ですので、義兄様はゆくゆくは王国を手中に収めることになると思いますよ。その時には、ポンパドール伯爵家は私が治めることになるわけです。どうです、悔しがる必要はないと思いませんか。


 それからですね、あちらの世界……そう言えば、こちらの世界はパンの世界と名付けられたそうです。パンって……あの、小麦とかライ麦を使って焼いたものですよね。ええ、それぐらいは知っているのですけど、なぜ私たちの世界が『パンの世界』と呼ばれるのでしょう。義兄様に聞いてみたのですけど、なぜか誤魔化されてしまったんです。

 はい、こちらでもパンぐらいは焼いていますよ。焼いていますけど、特に特産品にしているわけではないのですけどね。卑下するつもりはありませんけど、貰ったお菓子に比べれば貧相だと思いますよ。


 コーメー様がしていることをどう思っているか、ですか。それは、向こうの世界との通信でしたか、それをしようとしていることを言っているのですか。ええ、素晴らしいことだと思いますよ。これで、コーメー様の世界とも近付いたと言うことになりますよね。反対する理由なんてないと思いませんか。

 ええっと、この国の文化を破壊することになる、ですか。文化を破壊って……何を言っているのですか? そちらの世界から持ち込むものが理由で、この世界の良いものが失われると言うのですね。ええっと、何を言っているのですか。


 私たちだって、バカじゃないんですよ。コーメー様に押しつけられたのなら別ですけど、私たちが良いと思ったものを取り入れるだけのことなんです。それとも、あなたたちは私たちの選択を否定すると言うのですか? 守っていると考えるのは、傲慢と言っても良いと思いますよ。

 そうじゃないと言うのなら、あなたたちは魔法の利用を考えないのですか。ええ、ご理解いただけたのなら問題ありません。コーメー様が持ち込まれた技術を、民たちの間に広めるつもりはありませんからね。利権を守るためか……ですか。利権を守ることが悪いことなのですか? 無秩序に技術を広めたりしたら、それこそ世界が混沌に包まれることになると思いますよ。


 ところでユーイチロー様でしたか、ユーイチロー様はお一人ですか? 一応奥様は居る。つかぬ事を伺いますが、奥様は何人おいでなのですか? 一人、普通は一人と言うのですか。いえ、別に含む所はありませんよ。ちょっとだけ、確認しただけのことです。


 食事が美味しい。そうですか、それは光栄ですね。ただ少しだけ種明かしをするとですね、そちらの世界から色々と持ち込んでいるんです。姉様……伯爵夫人が手配してくれたんです。良いですよね、あちらの食材。リンゴですか、こちらのものとは比べものにならないぐらい美味しいと思います。大きさ甘さ、どれをとっても世界が違いますね。

 それからブドウですか、これも全く味が違うと思います。果物だけでなく、野菜も全然違いますよね。後は、お酒の味も違います。王宮には、コロナ様が贈り物をしているようですよ。


 ですので、コーメー様にお願いすることがあるんです。ええっと、もっと食材を送ってほしい……と言う願望はありますよ。でも、それは確実に甘えですよね。ですので、農業ですか、その指導をお願いしたいと思っているんです。すぐには無理でも、少しでも追いつければポンパドール領は豊かになれると思うんです。




 俺たちの行った世界、名前が付いていないので「あっち」と区別をするのだが。あっちとは段違いの穏やかな世界だと思うぞ。奴隷商人とか焼き討ちとか物騒なことがあっても、まだ殺伐とした感じがしないんだ。

 生き残りを賭けて戦争をしていたのだから、殺伐とするのも仕方が無い。確かにそうなのだろうが、どうして俺たちが巻き込まれないといけないんだ? 生き残りの為には、手段を選んでいる余裕はない。だとしたら、殺し合いに巻き込まれた俺たちはどうなんだ? なんで、俺たちが殺し合いに付き合わないといけないんだ?

 しかも、魔王を倒して生き残りに成功したんだぞ。だとしたら、俺たちは大恩人のはずだよな。なんで、命を狙われないといけないんだ? いや、すまん、思い出したら熱くなってしまった。


「ジャック様は勇者なのですよね?」


 俺が勇者……だって。勇者って言われた奴は、もうちょっといい男だったな。俺か、俺は『死神』と呼ばれていたんだ。死神ってどう言うものか、か。そうだな、人に死を持ってくる神様のことを言うんだ。ただなぁ、俺の場合はこの見た目が理由になっていたんだよ。

 よくわからない、自分には素敵に思える。いや、慰めはいらないぞ。自分でも、不気味な見た目と言うのは理解しているんだ。


「どうして、私が慰めを言わなくてはいけないのですか?」


 俗に言う接待と言う奴だろう。違う、見損なわないで貰いたい。そう言われてもだな、あっちの世界では気味悪がられていたんだ。戻った世界、つまりコーメー様の居る世界だな。その世界でも、女性に好かれた覚えがないんだよ。素敵だなんて、生まれてこの方言われたことがないんだよ。

 だったら、自分が一番乗りと言うのか。確かに一番乗りなのだが、どうして俺なんだ?


「隅っこで寂しそうにされておいででしたよね。そのお姿に、胸がきゅっと締め付けられたからです」


 恐怖に胸が締め付けられたんじゃないのか。いい加減に怒る、私を信用しないのかと言うのか。まあ、怒るな。俺には俺で、ここまで色々とあったんだよ。


「でしたら、私がジャック様のお心を変えて見せますわ」


 なんで、俺なんかに拘るんだ? それは、なにか。コーメー様の世界から来たからか? そうか、それを否定することは出来ないと言うのだな。ただ、それだけじゃないと言うのだな。

 今更で悪いのだが、名前を教えて貰えないか。ああ、本当に今更だと思うぞ。


「サンマルク男爵家三女のカローラと申します」


 男爵家の御令嬢様なのかっ。これは、大変失礼なことをいたしました。謝罪は必要ない、別に気にしていないと言うのだな……いえ、仰るのですね。敬語も必要無いと仰るのですね……ですが、私はコーメー様の家臣に過ぎないんです。


「ジャック様、今まで通り俺で構いませんよ。それから、私に対して敬語を使う必要もありません。普段通り話していただいた方が、その、私も嬉しいですし」


 ああ、頬を染める所は可憐そのものなんだが。俺なんか騙しても、良いことがないのはわかっているんだ。それでも、どうしても信じることが出来ないんだよ。


「それだけ、辛い思いをされてきたと言うことだと思います。ジャック様は、十分苦労をされたのですよね。でしたら、もう救われても良いと思いませんか?」


 救われても、か。コーメー様に助けて貰ったから、救われたと言って良いんだろうな。


「ですが、お心はまだ救われていませんよね?」


 そうか、そうなのかもしれないな。だけどな、あんたのような美しい人に、素敵と言われても信じることが出来ないんだ。

 どうすれば証が立てられるのか、か。どうすればか、確かにどうしたら良いんだろうな。そもそも俺は、何を求めているんだろう。


「慌てる必要はないと思います。そのですね、私で宜しければお供をさせていただけないでしょうか? いえ、無理を言うつもりはないんです。一人よりも、二人で探した方がいいと思うんです」


 ああ、何かの間違いと考えるのは俺がすれているからだろうか。なんで、リズのように素直になれないんだろう。本当なら、踊り出したいぐらいに嬉しいはずなのに。


「それだけ、お心が傷つかれているからだと思います。ですので、慌てる必要はないと思いますよ。ゆっくりと癒やしていけば良いんです」


 それを、手伝ってくれると言うのか。そうか、手伝ってくれるのか。


 ありがとう。本当にありがとう。本当に良いんだよな、本当だよな。信じて良いんだよな?


「宜しければ、別室で証を立てさせていただけますか?」


 ああ、俺はこの時のために生きてきたのか!


 生きていて良かったと思うのは、勘違いなどではないはずだ……たぶん。




 ああ、ジャックが女性を連れて出ていったな。べ、別に羨ましくなんかないぞ。羨ましくなんか。

 まあ、あいつも色々と苦労をしてきたのだからな。だから、報われることがあってもおかしくないと思うぞ。おかしくはな。


 何を余裕ぶっていると言うのか。別に、余裕ぶっているつもりはないのだが。べ、別に、ミヨのことを思っているわけじゃないからな。

 別に構わない。ただ、大切なことを忘れているだろうと言うのか。なんだ、その大切なことって。


 お前はもう死んでいる……なんだ、それはアニメの台詞か。違う、グレゴリー・ノリスの法的立場のことを言っていると言うのか。なんで、俺が死んでいるんだ?

 コーメー様が、お前の凍死体を作ったのを忘れたのか……いや、確かにそうだ。俺は死んだことになっているんだぁぁぁぁぁっ。


 確かに、俺は死んだことになっていたんだ。つまり、これまで作ってきた人間関係はすべて精算されたと言う訳か。

 元々、ミヨと結ばれることはなかった。自分の立場を忘れたのか……そうだな、俺の立場だと普通の結婚なんて出来なかったんだな。ああ、あんたの言う通りだよ。だけどなぁ、夢ぐらい見させて貰ってもいいと思わないか。そうか、それは認めてくれるんだな。ただ、自分が認めても何の役にも立たないのだと。


 ところで、お前は誰なんだ。どこかで見たような気がするんだが。酷いって……何が酷いんだ? 自分の顔を見忘れたのかって、なんで俺が俺の前にいるんだ? 細かなことを気にするなって、普通気にするよな、それ。

 酒の飲み過ぎと言われてもだな。俺の分身が現れる理由にはならないと思うんだ。なんだ、その酔っ払いの妄想ってのは。なんで、自分と話をする妄想なんてしないといけないんだ。どうせなら、どうせなら、美人としっぽりと行く妄想をしたいものだ。


「グレゴリー様、お話を聞かせていただけませんか?」


 そうそう、妄想ってのはこうじゃないといけないよな。うん、こう言った美人さん、しかもちょっときつめってのがまた良いじゃないか。こう言った美人さんとしっぽりいってこそ、妄想の妄想たる価値があると言うものだろう。

 ほら、勝ち気な顔をした美人さんが、恥ずかしそうに頬を染めているじゃないか。男なら、ぐっときてもおかしくないだろう?


 そうですか、出来れば別室で話をしたいと。申し訳ありませんが、お名前を教えていただけませんか。アイシスさん、コウベヤ男爵家の長女でいらっしゃるのですかっ! こ、これは失礼いたしました。

 謝罪は必要ない。美人と褒めて貰って、とても嬉しいと仰るのですね。いえ、お世辞なんかじゃ有りませんよ。本当に美人だと思っているんですからね。


「グレゴリー様は、私と別室でしっぽり……でしたか。しっぽりといくことをご希望されているのですね?」


 ええっと、大変失礼なことを申しました。その、謹んでお詫び申し上げます。いえ、勢いでは言いましたが、本心であるのは間違いありません。ええ、夢でも良いので、叶ったらと思っているのは本当なんです。


「でしたら、これが夢でないことを確かめに参りませんか?」


 ええっと、本当に夢じゃないんですよね。それとも、酔っ払いの妄想とか……だから、それを確かめて見ましょうと言うのですね。本当に良いんですか、今更取り消しは出来ませんからね。


 はい、喜んでっ!


 これが夢なら覚めないでくれ。こんな贅沢な願い、俺なんかがして良いんだろうか。良いんだよな、良いと言ってくれ。




 ああ、俺が良いと言ってやるよって、もう聞いていないな。しかしなんだ、ジャックもグレゴリーも、前の世界では苦しんでいたんだな。それは私やシャルロットも同じと言うのか。そうか、だったらシャルロットにも優しく……具体的には、相手を見つけてやらないといけないのか。

 それは否定しない。ただ、意外に難しいと言うのか。いざとなったら、エクシブに襲わせる……強引に誘惑して貰うと言う手もあるのだがな。言い換える前の言葉が酷い、やったことがあるのかだって。それ以前に、エクシブと言うのは誰なのかと言うのか。そうか、リズはエクシブに会ったことが無かったんだな。エクシブってのは、俺が行った世界で勇者をしていた男なんだ。


 そう言えばセリカ、ラズライティシア様たちはどうしているんだ? 地方に散ったハイエルフたちの捜索。こう言ってはなんなのだが、結構面倒見が良いのだな。それで、首尾はどうなっているんだ? そうか、男のエルフが2人増えて12人になったのか。そして女のエルフは、3人増えて7人になったのだね。これで、新たなエルフは19人増えたことになるんだな。全員で36人って、結構な数になったと思うぞ。正直、あちらでの住まいに困るぐらいなんだ。

 だったら、こちらに屋敷を作れば良い。屋敷って、ここのことを言っているわけじゃないよな。違う、エルフの森の中……つまり、特別な場所に作れば良いというのだな。ただなぁ、一言屋敷を作ると言っても、簡単なことじゃないと思うんだ。なぜ、なぜって……色々と許可とかとらないとダメだろう?


「コーメー様は、この地を治める領主なのですよ。許可と言うのは、どなたに貰うことを考えておいでなのですか?」


 ええっと、誰って……領主だったら勝手にやっても良いの?


「領主と言うのは、とても強い権限を持っているんです。勿論、領民に恨まれるようなことをしてはいけませんよ。表だって反発しなくても、次第に人が減っていくと言うこともあるんです。そして人が減れば、領地の活気がなくなり税が減ることになります。別の領主たちからの評判も落ちることになりますね」


 つまり、権力を振るう際のさじ加減が大切と言うことだな。だとしたら、エルフの村を再開発するのは問題ないことになるのか?


「はい、問題は全くありませんね。無理をすれば、領民に無料奉仕させることも出来ます。その代わり、領民の評判が落ちることになります」


 いや、俺の力を使えば簡単なんだ。なんだセリカ、エリザベス、考え方が非常識って。非常識なものは非常識だから仕方が無い。自覚がないのが悪いって……お前たち二人って、そんなに仲が良かったか。話を逸らすな、妻として仲良くしていて悪いのかって。まあ、仲良くしてくれるのは嬉しいのだがな。

 とにかくだ、エルフの里を再開発するのは問題は無いと言うことだな。だったら、あちらで溢れそうな人員の収容を考えることにする。なんだ、セリカ?


「今のままだと、誰もこちら……パンの世界に来たいとは言わないと思います」


 理由は……まあ、想像は付くがな。ちなみに、食い物か、それとも娯楽か?


「どちらかと言えば食事だと思います。ただ、こちらに食材を送り込んでいますので、多少は緩和されるのではないでしょうか。後は娯楽とお風呂ですね。比較的贅沢の出来る私でも、あんなにお湯を使うことは出来ません。それにテレビとネットですか、ゲームもそうですけど、娯楽に欠けると思います」


 なるほど、俺の考えと同じと言うことか。だとしたら、ラズライティシア様が見つけた14人はどう思う? そいつらは、向こうの生活を知らないのだよな?


「確かに、ご指摘の通りですね。だとしたら、その者たちはこちらで収容すれば良いと言うことになるわけですか。ところで建物ですけど、こちらのものを建てるのですか、それともあちらのものを建てるのでしょうか」


 見た目の調和とか有るから、こちらのものを建てるつもりだぞ。まあ、まて。見た目はこちらのものだが、中身はちゃんと考えているからな。ネットの方はだな、白船君たちがやってくれたぞ。ゲートまでは繋がっているから、後は村があった場所まで引っ張るだけだそうだ。どうやって……と言われても、俺にはわからないのだがな。場所的には近いので、問題は起こらないと言っていたな。

 食べ物は……そうか、色々と考えているのだな。ビゴに頼まれている……だから、折を見て美味しいものをお取り寄せしているのだと。そうか、だから翼人便の頻度が上がったんだな。


「これは、ビゴがお願いする予定のことですけど」


 だったら、ビゴに任せた方が良いんじゃないのか。そうか、根回しをしておくと言うのか。うん、政治家たるもの、根回しの重要さを忘れちゃいけないぞ。正しいこと、利益になるからと言って、誰もが二つ返事で引き受けてくれるとは限らないのだからな。

 それで、俺にお願いと言うのはなんなのだ? 農業指導……苗の持ち込み……と言うのか。い、いや、出来ないと言うつもりはないのだぞ。ただな、誰と言う問題が出てくるんだ。あっちの集落なんだが、色々と隠し事をしているんだ。ああ、あっちの世界に対してなんだがな。理由がわからない、テレビを見ていたら剣と魔法の世界がふんだんに描かれていると言うのだな。


 あれはだな、フィクション……と言ってもわからないか。確か、こちらでも小説とかあったよな、そう、作り物、現実ではないことを描いているんだ。あっちの世界では剣は……100年以上前には珍しくなかったんだが、魔法と言うものは無かったんだよ。陰陽術……あれも、誇張して描かれているだけだ。実際には、暦に関係する技術だったんだよ。

 それでだ、あちらでは魔法と言うのは物語のことでしかなかったんだ。そして、異世界と言うのは、ファンタジー……つまり、空想の世界でしか無かったんだよ。それがこうして現実になると、そこら中で大騒ぎになってくれるんだ。その騒ぎを小さくするため、どうやって世界に知らせるかを模索しているのが今の状況と言うことになる。


「私たちのことが広まれば、農業とか指導していただけるのですね?」


 そう言うことになるな。ただ、色々とうるさいことを言う奴がいるのも確かなんだ。パンの世界にはパンの世界の文化とか有るだろう。色々な技術にしても、あちらの世界とはかなり違うじゃないか。その違う所にあちらの世界の技術を持ち込むことを否定する奴らがいるんだよ。こちらの世界独自の文化を守るべきだとな。

 ああ、言いたいことは理解出来るぞ。そう言った主張をする奴は、こちらの世界を下に見ているんだからな。未熟で指導・守ってやると考えているんだよ。そうやって悦に入っているくせに、こちらの世界のためだと偉そうに主張してくれるんだよ。


 俺か、俺がどう考えるかと言うのだな。俺は、技術を持ち込むのは構わないと思っているぞ。余計なことを言う奴にしても、俺は気にしていないからな。ただ農業指導は良いんだが、苗とかの持ち込みは反発があるのも確かなんだ。理由は簡単、作物が商品として売られているからだ。


「商売敵……と言うことですか」


 簡単に言うとそうだな。自分たちが苦労して作ってきたものを、どうして他人に渡さないといけないのかと考えるわけだ。種苗法だったかな、法律を作って権利を守ることもしているんだよ。

 勿論、ちゃんと手続きをとれば乗り越えることが出来るぞ。手続きを含めて、その方法を考えている所だ。それにした所で、俺たちが世に出てからと言うことになるんだよ。わかってくれたか、そうか、今は持ってくるもので我慢をすると言うのだな。悪いな、我慢をさせて。


 それで今夜……今夜かぁ。こっちに来ているのは、セリカとエリザベスだけなんだよな。だから楽しみ、楽しみだけど問題もあると言うのか。なんだ、その問題は?


「私とエリザベス様二人で、あなたに満足いただけるのかと言うことです。ですよね?」

「はい、私の時はセレス様に手伝っていただきました」


 あーっと、勘違いをしているようなんだが。勘違いなどしていない。妻たちの総意と言うのか? 総意って……セレスもかな。そうか、セレスも言っているんだ。もうちょっと控えた方が良いのかな? 違う、俺に控えさせると言うのが問題だと言うのか。

 いや、なんかちょっと嫌って気がしただけだ。うん、セリカもエリザベスも悪くないぞ。誰かが悪いと言うことは無いんだ。相性が悪いとか言うこともないのだからな。


 それはそれとして、俺たちが抜けても良いのか? 俺たちがいるうちは宴が終わらない。だから、そろそろ居なくなるべきと言うのだな。そうか、周りに気を使わせているのか。それもあるが、美味しいものを食べたがっている者も多いのか。

 時々は宴を開いた方が良いのかな。その方がありがたいが、王宮に睨まれることになる。それはなんだ、一伯爵が目立ちすぎるなと言うことか? 違う、招待しろと煩いと言うのだな。それに加えて、王宮でも宴を開けと言っているのか。つまり、うまいものを持ってこいと言うことだな。今度コロナを連れてきたときにでも、考えることにするか。




 翌朝、白船君たちの案内でエルフの里へとやってきた。わかっていたことだが、転移ゲートからさほど離れていなかった。直線で320メートルぐらいと言うのが、実測した結果なのだそうだ。いや、だったら300メートルぐらいでいいんじゃないのか。


「ケーブルを引っ張るのは問題ないんです。ただ、獣とかの対策が必要になります」


 よくわからないのだが、それはどう言った方面の対策なんだ?


「掘り返されたり、囓られたりすることです」


 それは、俺たちの世界でも普通にあることなのか?


「そうですね、聞いた話だと……道路工事で間違って掘り返されるとか、木が倒れてきて切られるとかあるそうですね。後は海底ケーブルなんかだと、サメが囓ったり、船の錨に引っかけられたりすることもあるそうです」


 なるほど、その意味で言えばこちらでも対策が必要なわけだ。それで、結局どうするんだ?


「アンテナを作って飛ばすことも考えています。ただアンテナの場合、鳥が巣を作ったりすることもあるんです。安定性でいけば、やはりケーブルを引っ張ることでしょうか」


 その辺りの判断は任せるのだが、ケーブル布設って面倒じゃないのか?


「はい、ですので伯爵様にお願いすることがあります」


 俺にお願いって? そうか、人手が必要なのか。


「はい、真っ直ぐ地面を掘って貰う必要があるんです。幅で50cm程度、深さも同じぐらいですかね。ゲートの所からエルフの里までの溝が必要なんです」


 あちらから機械を持ってくれば簡単なのだろうが、中々そうはいかないんだろうな。だったら、こちらで人を雇った方が良いのか。了解、それはビゴに命じておくことにするよ。

 それで、他に人足を確保する必要は無いのかな?


「エルフの里にも、通信用の小屋を作ります。その小屋を作って貰いたいぐらいですね。太陽光パネルも設置する予定ですから、そちらの工事も必要になります。太陽光パネルにバッテリを抱かせることで、24時間365日の稼働が可能になります」


 ええっと、だな。その辺りは、任せるとしか俺には言いようがない。うん、任せるからよろしく頼む。ところで、費用的な問題は起こらないのかな? 蟹、特にタグ付き蟹を食べるのよりもずっと安い。後は、輪島塗のお盆を揃えるのよりも安いと言うのだね。そうか、輪島塗ってそんなに高かったのか。人数が増えたんだけど、山岡さんは人数分揃えるつもりがあるのかな。

 とっくの昔に揃えている。ハイエルフたち用に、可愛らしい洋食器も服部さんが揃えたと言うのか。なんだ、その公私混同は。人の金を使って、自分の欲望を満たしているよな。


 だったら、処分をするのかかな。いや、二人ともよくやってくれていると思うよ。うん、毎日の食事も美味しいからね。それに人数が増えても、破綻なく料理を用意してくれているし。煩悩については、今のところ限度のうちと考えておくことにするよ。

 うん、胃袋を握られているからね。あまり厳しいことを言いたくないんだ。


「諸星さんは、ここに住居を作るんですよね?」


 人数が増えるからね。あちらで準備が難しいのなら、こちらで用意した方が簡単だとわかったんだ。セリカにも言われたんだけど、領主の特権が使えると言うんだよ。


「あちらだと、法律で縛られると言うのはわかります。それを考えたら、早くばらした方が楽になるのですが……楽になるのかな?」


 いや、どうしてそこで疑問に感じてくれるのかな。いや、楽になると思ったのだが、色々と問題が出そうなのに気がついたと言うのだね。ところで白船君の考える、『色々な』問題ってどんなのがあるのかな。


「公開して……ばらしてすぐにあるのが、各種マスコミ対応ですね。こればっかりは、諸星さんがしないとダメですよね。後は国会に招致されると思うんですよ。そしてその後が、国連で演説ですかね」


 国会招致と国連演説って……なんで国会や国連に呼ばれないといけないんだ? 自分の価値をわかっているのか、かな。それって、俺の能力のことを言っているんじゃないよな。ああ、初めて異世界の存在が明らかになったと言うことだね。勿論、公式と言う意味で言っているよね。しかも、こうして異世界と通じるゲートを管理している……のも理由だと言うのだね。なるほど、異世界帰り、ゲートの管理者か。どう対応するのか、考えておいた方が良さそうだね。

 その辺りは、菅谷先生と相談するよ。なになに、癒着とか利権とか騒ぐ奴が出てきそうだと言うのかな。菅谷先生はわからないけど、俺が気にする話じゃないな。これまでの経験上、どんなに公明正大にしても、言いがかりを付けてくる奴はいるんだよ。それに白船君、殺された俺は身に覚えのない汚職議員の汚名を着せられたんだよ。それを考えれば、譲歩しても良いことなんか一つも無いのはわかっているんだ。


 お手柔らかに、かな。それは、俺に言うことじゃないと思うよ。礼儀を持って接してくれる人には、俺も同等以上の礼儀を持って接することにしたんだ。

 マスコミを敵に回すと碌なことにならないと言うのだね。常識的には間違っていないけど、今回は違うと思っているんだ。普通の政治家だと、マスコミと反対勢力が一緒に騒ぎ立ててくれるだろう。だけど今度は、黙って言われっぱなしにならないからね。人気取りをする必要も無いから、思いっきり反撃するつもりでいるんだ。

 能力を使うのか、かな。そんなものを使わなくても、反撃の方法ならいくらでもあるんだよ。多分無理だとは思うけど、そうならないよう願っていてくれるかな。




 手狭になるのはわかっていたが、かと言って緊急度が高かったわけではない。それもあって、エルフの里に作る住居はビゴに任せることにした。俺が作るより、領民に作らせた方が良いと言う進言があったからだ。その進言に従うことにした俺は、褒美として過剰とも言える金を生産することにした。その量は、大金貨にして100枚分以上の純金である。大金貨1枚が60グラムほどなので、重量にして6キロ程度と言うことになる。つまり体積として300ミリリットル強となり、小さな牛乳パック1つ分の塊と言うことになる。

 いやぁ、出所を詮索されないのが、これほど楽だとは思わなかった。目の前で金を作った時には驚かれたが、ビゴは『そう言うものなのだ』とすぐに受け入れてくれた。この辺り、錬金魔法で説明が付くのが大きかったのだろう。


「ハットでしたか、それであれば2週間ほどで用意が出来ると思います」


 領内の大工を集めたビゴは、手渡された図面で時間を見積もらせた。その結果が、石造りで2週間程度と言うものである。思ったより短かったのには、当然理由と言うものがある。どう言うことかと言うと、資材と人手が潤沢にあったからである。ちなみに出所は、ポンパドール伯爵家の修復作業現場である。


「義兄様が直してくださったので、資材と人足に余裕が出来ました」


 つまり、そう言うことだ。それで余った人足を使い、練習目的でハットを作ることにしたと言うことだ。ちなみに白船君たちの用意した図面を読み取ることが、今回の練習目的である。


「建築技師たちが、いただいた図面に驚いていました。紙は私たちも使っているのですが、比較にならないほど白くて丈夫だったのです。それに加え、図面の精密さも違っていたそうです。可能であれば、もっと色々な図面で勉強したいと言っていました」


 それは、時期を見てからと言うことになるな。ただ意義を理解出来るので、さほど待たせることはないと思っている。


「ご配慮いただき感謝いたします。それからラズライティシア様が戻られた時のことですが……保護したエルフは、屋敷に一時的に住まわせると言うことで宜しいでしょうか」


 そうしてくれると、あちらが手狭にならなくてありがたい。それに広さだけなら、間違いなくこちらの方が確保できるはずだ。


「義兄様は、広さに拘られおいでです。それは、まだまだ住まわせる者が増えるとお考えだからと言うことでしょうか」


 その可能性は、かなり高いと確信している。エリザベスたちのように、俺の知らない所でも帰還したと言う実績があるんだ。だとしたら、似たような奴が大勢現れても不思議はないと思っているんだ。


「聖なる国から攫われた方がそんなに……」


 多分、俺が考えている以上に多いのではないのか。ところで、その『聖なる国』と言うのはなんだ?


「義兄様がお生まれになった世界のことですが、なにか?」


 いやいや、あの世界は『聖なる国』なんて言われるほど高尚なものじゃないぞ。こちら以上に、俗な所が多いのだからな。

 なに、俺が生まれたことがすべてと言うのか? それを言われると辛いのだが、流石に『聖なる国』はないと思うんだ。間違いなく、名前負けをしているのだからな。ちなみに世界全体ではなく、俺が住んでいる国は『日本』と言うのだがな。


「ニッポンですか。では、便宜的に義兄様の世界をニッポンと呼ばせていただきます。ところで一つご教授願いたいことがあるのですが」


 ご教授って堅いな。それで、何を知りたいのだ?


「私たちの国では、義兄様は神に等しきお方なのです。それなのに、義兄様はニッポンに対して遠慮をされておいでです。差し支えがなければ、その理由を教えていただけないでしょうか」


 理由か……それは、俺が日本で力を解放しないことを言っているのか。違う、とても注意を払って行動しているように見えると言うことか。そうか、俺のことをよく観察しているのだな。その辺りは、セリカとコロナの情報と言うのだな。


「お気に召しませんでしたか?」


 お前たちの立場もわかっているからな。だから、俺がどう言う人間か調べる必要があるのはわかっているつもりだ。だから気に入らないと言うより、感心したと言う方が正解だな。

 それで質問への答えだが、俺が生まれた世界だからと言うのでは不足か? そうか、不足していると言うのだな。だったら、考え方の根幹がそこで作られたからと言うのが答えになる。生きていくための行動規範、その行動規範が小さい頃から仕込まれたからだ。


「ニッポンの住民も義兄様と似た考え方をしていると言うことですか?」


 そうだ。と答えたい所だが、残念ながら俺みたいなのはあまり居ないと思うぞ。居たとしても、間違いなく少数派なんじゃないかな。ビゴは、俺の力を見てどう思った?


「義兄様の力ですか、神に等しき力だと思います」


 だとしたら、お前が同じ力を持ったらどうする? どんな使い方をする?


「私が同じ力を持ったら、ですか。考えたことはありませんでしたが、碌な使い方はしないと思います。取りあえず子爵家の立場を上げ……そんな面倒な真似はしませんね。ブーランジェリー王家を滅ぼし、この世界を自分のものにすると思います」


 逆らった者はどうする?


「強制力がある以上、私に逆らうことは出来ないと思います」


 もう少し踏み込むが、回りにそんな奴しか居ない世界を考えて見ろ。そんな世界、面白いと思うか?


「確かに……面白くもなんともない世界ですね。遊び飽きたら、壊してしまうかもしれないぐらいです。でも、強制力を働かせなければ……それも駄目ですか。周りに居るすべての者が、私の顔色を伺うことになるのですね」


 確かに嫌だと答えたビゴは、「だからですか」と俺の態度を理解した。


「確かに、義兄様の考え方はわかった気がします。ですが、他の者がそこまで思慮深く考えているのでしょうか?」


 考える奴もいれば、何も考えない奴もいると言うことだ。


「義兄様が、『神』を持ち出すのを嫌った理由がそれと言うことですか?」


 ああ、大きな力は時として人を狂わせる。その力を使いこなせるほど、人と言うのは成熟していないんだ。そしてその事情は、この俺も同じと言うことだ。だから、俺は抑制的に行動をしないといけないことになる。


「仰ることは理解、出来たつもりです。ただ義兄様が抑制的でいることを、回りは理解することが出来ないと思います。人と言うのは、必ず己の尺度で相手のことを考えるからです」


 確かにお前の言う通りなのだろうな。だから俺は、田舎でひっそりと暮らしていきたかったんだ。やろうとしたことにしても、俺と同じ境遇の奴の居場所を作る程度だったんだ。

 改めて考えてみれば、ひっそりと暮らすと言うのは現実を見ないものだったと言うことか。人数が少ないうち、ラズライティシア様たちぐらいだったら、ひっそりと暮らすことも出来たのかもしれないな。だが翼人が増え、ハイエルフが増えた所で不可能になってしまったと言うことだな。


「仰るとおりだと思います。義兄様は、こちらの世界では伯爵と言う確固たる立場と生活基盤を確立されました。ですが、ニッポンではどちらも確立できていないと思います。ただ人数が少なければと仰りましたが、人数が少なくても生活基盤を作ることはできなかったかと思います。ニッポンですか、ニッポンには義兄様に当てはめるような役割そのものが無いように思えるのです」


 だから、初めから無理な相談だったと言うのだな。確かにお前の言う通り、目立たずひっそりと暮らそうと考えるのは無謀だったのだろうな。もしも出来ることがあるとすれば、能力を隠して仕事をすることなのだが。

 それにした所で、最初のボタンを掛けることが出来ないだろう。こちらの世界とは違い、人と言う存在が厳格に管理されていたのだ。その管理から外れた人間は、仕事にありつくことも難しくなってくれる。その場合、不法移民が普通にいる国に行く必要があるのだろうな。


 と言うことは、その手の移民が多い所に能力者がいる可能性があると言うことか。ああ、なんかろくでもないことを思いついてしまったぞ。


「義兄様、どうかなさいましたか?」


 いや、自分で考えて嫌な気分になっただけのことだ。だからお前が気にする必要は無いのだぞ。

 ただ、可能性を考えておかないといけないのだろうな。一度小谷さん辺りに相談でもしてみるか。リズに話を聞いてみるのも良いのかもしれないな。




異世界人の方がアクティブです。貪欲と言っても良いかもしれません。

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