報告
村の特産は異世界です
・報告
本宅から出て、最寄りの糸魚川まで車で1時間掛かります。そしてそこから北陸新幹線に乗ると、東京までは2時間と少し我慢すれば到着できます。乗り換えとか含めておよそ4時間、それだけの時間を掛けた私は菅谷先生のヒアリングを受けています。いえ、報告と言った方が良さそうですね。彼、諸星さんが顔を出してからおよそ半年。もの凄く色々とあった半年だと思いますから。
「諸星氏の人となりの分析を聞かせてくれるかな?」
ちなみにこの報告には、菅谷先生の他に吉沢先生、杉村先生も同席されています。派閥が違うのですが、本件に関して杉村先生は重要な関係者だからと言うことになります。
つまり、私は国会議員の先生3人を前にしていると言うことです。ちょっと……ですね、緊張なんかしていたりします。
はい、諸星さんの人となりですね。そうですね、色々と不安定なメンタリティをしていると思います。意外ですか?
「かなり図太いと思ったのだが?」
「菅谷先生。孝明の奴は、かなりの小心者なんですよ。一度死んで異世界でしたか、そこに行ったからと言ってがらりと変わるとは思えません」
「杉村先生の言う、小心者と言うのはよくわかります。一応褒め言葉として、善良と言うのもあるのですけどね。本質的に臆病と言うのが、力の暴走を防いでいると思います」
「それは、なんだ、力を使った結果を恐れていると言うことかな?」
「恐れていますね。加えて言うと、その結果人が傷つくことが許容できないんです。これまで、彼の力で死んだ人は居ないんです。怪我人にしても、大きな怪我はないと思いますよ」
「その、なんと言ったか、奴隷商人のことがあったと思うのだが。確か、建物を消滅させたそうじゃないか。それでも、人が死んでいないと言うのか?」
「それは……」
情報として伝わっていますが、少しだけ正確さを欠いていましたね。
「それは、諸星さんがやったことではありません。ポンパドール子爵家、フランセ男爵家の屋敷を破壊したのはラズライティシア様なんです。諸星さんは、荷造り紐を使って相手を拘束しただけなんです。まあ、ワイバーンでしたか、ワイバーンも……あれも、荷造り紐で捕まえただけですね。そこから先は、街の方がとどめを刺しています」
「自分では手を汚さないだけ……と言うことではないのか?」
「セレスさんに、あちらの世界でのことも教えて貰ったんです。諸星さんは、冒険者として極めて優秀だったようですよ。人が攫われたり襲われたりしても、諸星さんが乗り出すとあっという間に解決してしまうのだそうです。ただ魔獣……でしたか。襲ってきた魔獣を殺していないんです。殺す代わりに強制力を働かせて、人里離れた所に行くように命じたそうですよ。そのことが理由で、諸星さん自体が討伐対象にされてしまったそうです」
「すまない、なぜ彼が討伐対象になるのだ?」
そりゃあ、普通はわかりませんよね。でも、あちらの世界では、命がとても安いんです。
「菅谷先生も、似たような常識を持っていると言うことです。つまり私たちは、害獣でも命を奪うことに対して忌避感を持っているんです。ですが、あちらの世界では命の取り合いをしているんです。情けを掛けても相手は手加減をしてくれません。だから、自分を守るためには敵を躊躇無く殺す必要があるんです。でも、諸星さんは違うんです。しかも、魔獣が大人しく諸星さんに従うんですよ。諸星さんの考え方は理解されず、魔獣が従う理由を皆さんが考えるんです」
「自作自演と受け取られたと言うことか?」
「もっと酷いですね。ラズライティシア様が言うには、魔獣や魔族の元締め、魔王だと疑われていたそうです。つまり、人の敵と疑われたと言うことです」
「だから、彼が討伐対象になったと言うことか」
うむと唸られたのは、自分たちの常識とは違う世界だからでしょう。
「そう言うことです。それで、ラズライティシア様とエクシブ様、ルーテシア様に暗殺命令が国王から出されたそうです」
「その3人だが、今は仲良くしていると聞いて居るぞ。それからルーテシア嬢だったか、彼女は諸星君と男女の関係にあるのではなかったか?」
「ルーテシア様は、早々にギブアップしたそうです。ラズライティシア様とエクシブ様にしても、何をやっても通用しなかったのだそうです。それこそ大規模破壊魔法を使っても、傷一つ付けられなかったのだそうです。エクシブさんにしても、聖剣を使っても傷一つ付けられなかったそうです。そう言えば、自衛隊から派遣された神代さんと言う方がいます。その神代さんが、諸星さんから採血しようとしたんです。どうなったと思いますか?」
「剣で切っても傷一つ付かなかったと言ったな」
そこで考えた菅谷先生は、『針が刺さらなかったか』と正解を引き当てました。
「そう言うことです。あの細い注射針が、皮膚を通ってくれなかったそうです。力任せに突き刺したら、針の方が曲がったのだそうです」
「だがエルフたちは、彼を殺そうとした事実はあるはずだ」
「本人は全く気にしていませんでした」
「例え通用しなくても、殺意ぐらいは理解出来たと思うのだがな。その殺意を向けられたのに、彼は気にしていないと言うのか?」
ああ、また唸られましたね。確かに、攻撃、しかも殺意を向けられたら、普通は敵だと思いますよね。だから、最初の話に繋がってくるんです。
「だから、小心者とか臆病と言う分析が出てくるんです。あとはですね、諸星さんは自分が絶対的な強者と言うのを理解しているんです。それがわかっているから、反撃をすることが出来ないんです。菅谷先生、一度彼に教祖にならないのかと聞かれましたよね?」
「そんなものになるつもりはないと言っていたな」
「諸星さんの場合、教祖になんかならなくても良いんです。それこそ、周りの人たちに対して『命令』をすればそれで終わりなんです。諸星さんに命令をされたら、誰一人として逆らう……違いますね、それが当然のように従ってしまうんです」
「昨年の自衛隊がそうだったと言うことか」
そこで私は、大きく頷いて見せました。
「軽井沢……つまり、諸星さんがこちらに戻ってきたときの話です。セレスさん、ルーテシア様の身の振り方の話が出たことがありました。その時は、あちらの世界に戻れたらどうすると言う流れから出た話です。セレスさんとルーテシア様の諸星さんを見る目が、女のものと言うのは気づいていました。だから諸星さんに、『残って欲しい』と自分の気持ちを言うべきだと忠告しました」
「事実彼女たちは、彼と関係を持っていると思うのだが。つまり、彼は忠告に従って希望を口にしたと言うことかな?」
そう受け取るように誘導しましたよ。だから、菅谷先生の言葉は予想通りと言うことが出来ます。
「いや、孝明は自分の気持ちを言わなかった……のだろう?」
「杉村先生の仰るとおりです。理由を聞いたら、自分が希望を口にした時点で『確定した未来』になるからだそうです。つまり、希望を口にすることが強制力を発動させることになると言うことです。だから諸星さんは、自分の希望を口にしないのだそうですよ」
「それでは、まるで聖人だな……」
「ええ、それだと聖人ですよね」
「だが、彼は聖人などではない。それどころか、多少幼い所はあるが、普通に欲を持った人間と言うことか。なるほど、それならばメンタリティが不安定と言うのも理解出来る」
普通は付け込む所なのですが、菅谷先生はとても難しい顔をしてくれました。つまり、問題点を理解されておいでと言うことになります。
「杉村君、君は以前から彼のことを知っていたのだな」
「中学からの付き合いですね。そうですね、正義感の強い男だったと思いますよ。後は……中途半端に頭が良かったところがありました。それに加えて、物わかりが良すぎたと言うのもあります」
「物わかりが良すぎたと言うのか?」
「諦めが良いと言い換えることも出来ます。色々と理不尽なことがあっても、仕方が無いと諦めてしまうんです。そのわかりやすい例ですけど、孝明を刺した男がいますよね。その男が、まだ生きていることが証明になると言うことです」
「仕返しを考えていない……と言うことか。後ろから刺された、しかも人違いで殺されたのに、恨みすら持っていないと言うのだな。流石に、それはおかしくないか?」
「ええ、はっきり言っておかしいと思いますよ。ですが、そのお陰で自衛隊……林下陸将補でしたか、彼が無事でいられるのではありませんか?」
「彼がしたのは、報復とは思えないものと言うことか。脅しは掛けたが、林下のしたこと自体に理解を示していたな」
そこで『何なのだ』と吐き出される気持ち、とっても理解出来ることだと思います。やっていることが、支離滅裂すぎるんです。
「ですから、諸星さんを『善良』と言いました。加えて言うとですね、『お人好し』と言っても良いと思います。そうですね、押しに弱いと言うのもありますね」
「押しに弱いのか?」
「思いっきり弱いですね。そうでなければ、翼人の二人、子爵家御令嬢のセリカ様に手を出す理由はなかったと思います。多分ですけど、コロナ王女にも手を出すことになると思います。何しろ、コロナ王女が全力で誘惑をしていますから。セレスさんを味方に付けたら、コロナ王女の勝ちですね」
「ただ、口実を求めているだけにも思えるのだがな」
「自衛隊員の二人、それから後沢さんが連れてきた女性。その3人も、思いっきり言い寄っているんですよ。ですけど、諸星さんは手を出そうとしていないんです。御衣黄さんは、多少面倒な所がありますけどね。自衛隊員の二人は、体だけの関係でも文句を言わないと思いますよ。その意味で言えば、口実なんて簡単に付けることが出来るんです」
「それでも、彼は手を出さないと言うのだな? それを聞かされると、性格が破綻しているとしか思えないのだが」
「性格が破綻……ですか。吉沢先生は、諸星さんと話をされてどう感じられましたか?」
「性格が破綻していると言う印象は受けていないな。どちらかと言えば、穏やかな性格に思えてしまうぐらいだ」
「確かに穏やかな性格をしていますね。私は、この半年で諸星さんが怒ったのは1度しか見たことがないんです」
「彼が怒ったと言うのか?」
「ええ、一度だけ怒りました……怒ったと言っても良いと思うのですけど。ちょっと自信がなくなりました。怒ったと言うより、少し不機嫌になったぐらいでしょうか」
「いったい、何があったのだ?」
何しろ諸星さんは、自衛隊に襲撃を受けても腹を立てなかった実績がありますからね。それを考えれば、怒ったように見えると言うのはかなりの出来事と言うことになります。
「ハイエルフの女性が、自分たちも性接待をした方が良いのかと聞いてきたんです。そのですね、自衛隊員と翼人の女性の関係を見たからと言うのが理由なんですけどね」
「それで、彼がハイエルフだったか、その女性に怒ったのかね?」
「怒ったのはハイエルフではなく、ラズライティシア様にですね。それにした所で、何をしているのだぐらいの叱責です。自分がそんなことを求めていないことを知っているだろう、程度の話です。だから、少し不機嫌になったわけです。ただラズライティシア様は、もの凄く怯えてくれたんです。つまり、殺しに行ったときには感じなかった恐怖と言うことです」
「叱責した理由に理解は出来るのだが……」
「基準がわかりにくいんです。ところで杉村先生、一つ教えていただきたいことがあります」
「何かな、小谷さん」
多分、この質問は予想していないことだと思います。ただ、一つ対応を間違えると、世界とまでは言いませんが、破滅の序章になるのは間違いないものです。
「諸星さんのご家族のことです。ご子息が殺されたんです。もう、落ち着かれたのでしょうか? 誹謗中傷とかされていませんでしょうか?」
「そのことですか……」
難しい顔をされた所を見ると、あまり状況は良くないと言うことですか。だとしたら、本当に注意深く対処しないと爆発を起こすことになりそうです。
「あそこの親父さん、間違いなく10は老け込んだよ。そしてお袋さんだが、ようやく外に出られるようになった……と言うことだ。時々顔を出して話をしているのだが、かなり精神的に追い詰められていた。ようやく、多少落ち着いたと言って良いと思う」
「誹謗中傷とかされていませんか?」
「ワイドショーの餌食になった……お袋さんは、そのせいでしばらく入院されていた。ネットでは、いつの間にか汚職議員のレッテルを貼られてもいた。怪文書が近所にばら撒かれたり、イタ電が鳴り止まなかったと言うこともあった。親父さんの職場にも、なぜ首にしないと言う中傷電話が掛かってきたそうだ」
最悪です。それは最悪だと思いますよ。申し訳ありませんが、私では諸星さんを止めることは出来ませんからね。
それで問題なんですけど、このことを誰が伝えるんです? 私? 絶対に無理と言わせていただきます。それでも伝えろと言うのなら、どうなっても知りませんからね。先ほども言いましたけど、私では絶対に止められませんよ。
「杉村君、何かフォローすることはあるかね?」
「誰も彼の両親を守らなかった……いえ、一応私は顔を出しましたよ。ただ私が動くと、別の意味で騒がしくなってしまうんですよ。だから開示請求とかは出来ていませんね。救いがあるとすれば、職場の方たちがいい人だったと言うぐらいですね。ご近所さんもそうですけど」
「つまり、最悪よりは少しマシと言うことですか。後は、諸星さんを刺した犯人は、鑑定入院をしているのでしたね」
「先に釘を刺しておくが、我々は動けないからな」
「それぐらいのことは理解しているつもりですよ。ひっ!」
全員が、びくりと反応したのは私の携帯が鳴動したからです。ええ、全員が自衛隊で起きたことを覚えているんです。つまり、ここでのやりとりは、すでに諸星さんの知る所になったと考えて良いのでしょう。
「小谷君、出たまえ」
「電話が掛かってきたと言うことは、まだマシだと思った方が良さそうですね。はい、小谷です。ええ、予想通りでしたよ」
やはり、相手は諸星さんでした。もう、心臓に悪いと言うのか、隠し事なんて絶対に出来ませんね。
そうですか、私に強制力を働かせているわけではないのですね。ただ知りたいと思うと、それなりの情報が伝わってくると……それって神様みたいな力じゃありませんか?
それはどうでもいい。諸星さんのご両親のことですね。そうですか、必要な報復をされると言うのですね。
「それなのだが、できるだけ穏便に済ませることは出来るか?」
「穏便の内容によりますね。予めお断りしておきますが、人が死ぬようなことはしませんよ。ただ因果応報、ですか。俺がすることは、その程度だと思ってください」
「人が死ぬようなことはしないと言うのだな」
「俺の顔が表に出たら、幾ら否定をしても両親との結びつきにたどり着きますよね。もしも人が死んだりしたら、その時に余計な面倒を背負い込むことになります。せいぜい『晒す』でしたか、色々と晒してあげるだけですよ。ただ、その結果がどうなるのかまでは責任を持ちませんよ。それこそ、自業自得だと思いますからね」
「物事には限度と言うものがあるのだがな」
「ええ、限度はあると思いますよ。ですが、両親にしたことは、その限度を超えていると思いませんか? 安全な所から、抵抗できない人間に対して陰湿な攻撃をする。それが限度のうちと言うのであれば、これから俺がするのは優しいものだと思います。ただ、『晒す』だけですからね」
「それは、私刑と何が違うのか?」
「俺がするのは『晒す』ことだけです。そこから先は、俺は手を汚しません。もしも世界が優しいのであれば、何事もなく終わる程度のことでしかありませんよ」
「あいにくだが、世界は弱みを見せたものには優しくない」
「だとしたら、そんな世界……日本限定でも良いと思いますが、そんな日本を作ったのは菅谷先生たちなんです。菅谷先生、そのお力で俺を止めますか?」
「諸星さん、冷静にお願いしますっ!」
流石に、この状況はまずすぎると思います。
「小谷さん。意外に思うかもしれないけど、俺は冷静なんだよ。ただ、人と言うのは冷静なときの方が残酷なことが出来るんだ」
「でしたら、落ち着いてくださいと言い換えます。ここで菅谷先生を脅すことは、諸星さんにも諸星さんを頼る人たちにも良いことじゃありません」
「小谷さんさぁ、きれい事じゃ相手に届かないよ。むしろ、相手を苛つかせると思った方が良い」
「こんなこと、正論を吐くぐらいしか出来ることはありません。それから諸星さん、私だって苛ついているんですからね。本音で言えば、どんどんやってくださいなんですからね。諸星さんだったら、『晒す』なんてまだるっこしいことをしなくてもすみますよね」
「直接始末をすると言うことかな?」
「本気で腹を立てているのなら、それぐらいやって見せてくださいと言うことです」
いけない、自分の気持ちがささくれ立っているのがわかる。
「それだとね、小谷さん。誰も知らない所で、目立たない人が変死するだけなんだよ。たとえそれが、有名司会者だって同じことなんだ。マスコミの狂気、匿名世界の狂気は、一度行く付く所まで行かせるべきだと思っている。その狂気に人が気づいたとき、ようやく自分たちを顧みることができるんじゃないのか?」
「そのために、生け贄を作ると言うのですか?」
「汚職もしていない俺を、汚職議員にしてくれた人たちだ。それこそ、自業自得と言うものじゃないのかな?」
「小谷君、もう良い」
私を遮った菅谷先生は、「落とし所は考えているのか?」と尋ねられました。
「なぜ、被害者である俺が落とし所を考えなければいけないのですか?」
「君の場合、反撃をした時点で加害者になるからだよ。だが君が被害者と言うのは理解した。それならば、質問を変えることにしよう」
そう言って、菅谷先生は一つ息を吸い込まれました。
「どこまですれば、気が済むのだ?」
「それは難しい質問ですね」
そこで間が空いたのは、諸星さんが答えを探しているからでしょう。なるほど、菅谷先生は諸星さんに考えさせることを意図されたと言うことですか。
「何をしても、気持ちが晴れないのはわかりましたよ。両親に嫌がらせをした奴、テレビででたらめを並べ上げた奴。そいつら全員血祭りに上げても、快哉を叫ぶ気持ちにはなれませんね。幸いなことに、俺の両親はまだ生きていますからね。周りの人たちも、どうやら優しくしてくれるようですし」
「冷静になってくれたか……」
「お言葉ですが、俺は最初から冷静です」
「それが本当と言うのなら、たちが悪いと言わせて貰う」
「おやおや、海千山千の幹事長様に褒められてしまいましたね」
「君は、私がどんな人間かを試したのではないのかな?」
「私程度の若造では、先生みたいな老獪な政治家を試すなんて出来ませんよ。騙されている、踊らされているのかも知れませんが、先生を信じても良い気持ちになっていますからね」
「あまり老人扱いして欲しくはないのだが……君のご両親よりも年上なのは確かだな。仕方が無い、老人と言うのを甘んじて受け入れることにしよう」
「冷静なお言葉に感謝しますよ」
私たち、杉村先生を含めてほっとした空気が流れたのは確かです。流石は菅谷先生、改めて尊敬させていただきました。ですが菅谷先生、まだ表情が厳しいですよね。
「それで、君は何をするつもりなのだ。気持ちが晴れることはなくても、君のご両親が危ない立場に居るのは理解しているはずだ」
「両親を守る……と言うのは答えになっていますか?」
「言葉足らず過ぎるな。誰から、ご両親を守ると言うのだ?」
「この程度ならとか、他の奴もやってるとか、そう言った無邪気な悪意を振り回す奴ですかね。間違った正義と言う隠れ蓑を使って、他人を攻撃して溜飲を下げている腐った奴が対象です」
「『晒す』と言うのをするのか?」
「ちょっとした都市伝説を作るだけです。ええ、両親の悪口を書き込んだり、迷惑電話を掛けようとした奴が、ちょっと痛い目に遭う程度ですね。スマホが壊れたり、パソコンが壊れたりする程度のいたずらですよ」
「テレビの方は良いのか?」
「もう、マスコミは興味が無くなっていますよね。だから放置しても良いと思ったのですが……それとも保険でも掛けておきますか」
「具体的には、どのような保険を掛けるのだ?」
「せいぜい、謎の停波が起きる程度ですね。新聞社とか週刊誌とか、おかしなジャーナリストはパソコン……サーバでも良いのですけど、その記憶が吹っ飛ぶのも良いと思いませんか?」
「ハードディスクの中身を晒すのではないのだな?」
「それをすると、関係の無い人まで被害を受ける可能性もありますから」
だからやりません。断言してくれたのは良いのですけど、逆に諸星さんが恐ろしくなってしまいました。生前の諸星さんは、普通の市会議員、しかも文系だったと思います。その文系の諸星さんが、色々なシステムを破壊することが出来るのです。しかも諸星さん、集落に引き籠もっているんですよ。
「あくまで、これからのことと考えて良いのだな?」
「これからのことですよ」
「世の中には、もっとたちの悪い奴がいると思うのだが。そいつらはどうするつもりだ?」
「相手の出方次第、とお答えしておきます。それからお断りしておきますが、両親を人質にするのは不可能ですからね」
「すでに、手を打っていると言うことか」
「俺たちのことが公開されれば、間違いなく注目されますからね」
それはそれとしてと、諸星さんはとても軽い調子で話を変えてくれました。
「俺たちのことは、どこまでばれていますか?」
「なぜ、ばれていることを前提に話をしてくれる?」
「隠しきれるとは思っていないからです。陸自のお偉いさんが、無邪気にヘリを使ってきてくれましたよね。あそこまでしておいて、ばれていないと考える方が不思議だと思いますよ」
違いますかと聞かれた菅谷先生は、『うむ』と唇を真一文字にされました。どうやら諸星さんの指摘は、正鵠を射ていたようです。
「まだ、何かありそうだ……ぐらいのレベルだ。さりげなくだが、政府に対して探りを入れてきている」
「だとしたら、かなりの所までばれていると考えた方が良さそうですね。それで、相手が直接的な行動に出てきた場合、どこまでやっても良いんでしょうね」
「それこそ、相手の出方次第と言うところだろう。正式に政府を通してきたのなら、かなりの譲歩が必要となる」
「政府を通さない場合、不審者と思って良いと言うことですね。無かったこと……は、派遣してきた側まで手を出さないとダメでしたか。だとしたら、無かったことには出来ませんね」
「相手にも、能力者がいる可能性もあるのだがね」
「そんな貴重な人材、いきなり出してきますか?」
「あちらが、どれぐらいの人材を抱えているかによるとしか言いようがない」
「だとしたら、最初は観測気球を上げてきますか」
ところでと、また諸星さんは話を変えてくれました。
「今現在異世界に門が開いているのですが、あれはどうしたものでしょうね?」
「今更閉じるわけにはいかないと言うのが答えになる。それこそ無かったことに出来るのなら別だが、閉じようものなら科学の発展を邪魔したと世界中から非難を受けることになる」
「まあ、異世界と言うだけでこれまでの常識をぶち壊していますからね。その原理を調べられる機会を喪失したら、確かに大騒ぎになるのはわかります。だとしたら、当面現状維持と言うことで良いですか?」
「それが可能なら、そうしてくれと言うのが答えになる」
「でしたら、現状維持と言うことにさせて貰います」
「そのことだが、君はあちらの世界で貴族……伯爵だったか、伯爵になったと聞いたぞ」
「ええ、いつの間にか押しつけられてしまいました。門を閉じてしまえば、面倒からは逃げられるのですけど……セリカの弟が名代を務めてくれるので、手は掛からないと思いますよ。多分ですけど、滅多に顔を出さないことが望まれていると思いますので」
「ポンパドール家だったか、そちらの思惑はその通りなのだろうな」
「部屋が足りなくなったら、あちらに一部を移すのもありかもしれませんね。ところで小谷さん」
そこで心臓が跳ねたのは、驚いたからと言うことにしてください。
「何でしょう?」
「帰ってくるのは明日と言うことで良いのかな?」
「朝食後にこちらを出ますから、昼過ぎぐらいになると思います……ええっと、明後日帰ることにします」
「たまには都会でのんびりとするのも良いんだろうね……あれっ、俺っておかしなことを言っていないか?」
「ええ、おかしなことを言っていると思います。普通は、東京の方が慌ただしいんですよ」
意外に抜けた言葉に、ちょっとおかしくなったのは内緒です。
「まあ、刺激が無い生活……こっちもおかしな刺激ばかりと言う気もするんだが。ゆっくり都会の空気を吸って帰ってきてくれればいいよ。その代わり、甘いもののお土産を頼んで良いかな?」
「構いませんけど、限度を考えてくださいよ。入手性の問題もありますけど、運ぶ人手も考えて欲しいんです」
「ぴよりんチャレンジだったかな、それをして貰おうと思ったんだけど」
おい、そんなものどこで売っていると思っているんですか。
「すみません、あれは名古屋なんです。私が居るのは、東京ですからね……そうやって、人をおちょくって遊ばないように!」
「親しさからの軽口だと思ってくれるかな? まあ、お取り寄せできない良さげなものがあれば買ってきてくれればいいよ」
「上野の駅ナカで探してみます。ただし、あまり期待しないようにっ!」
「期待して待っているよ。それから菅谷先生、お取り込み中にお邪魔しました。それから杉村、一度こちらまで遊びに来いっ!」
「国会議員って奴はな、ふらふらで歩いていられるほど暇じゃないんだよ」
「まあ、そう言うことにしておいてやるさ。それでは、失礼いたします」
その声と同時に、電話からは切断音が聞こえてきました。掛けてくるときも突然なのですが、切るときも突然なのですね。
それはそれとして、電話が切れた所でほっとした空気が広がることになりました。まあ、こちらの様子が完全にばれているのですからね。しかも諸星さんは、予想も出来ないことをしでかしてくれるんです。言葉一つ一つに注意が必要だと考えれば、神経をすり減らすのも無理もないと思います。
「少し気になったのだが」
菅谷先生が、何かを考えるように仰りました。
「彼だが、最初の頃と変わってきていないか?」
「諸星さんが変わったと言うのですか?」
そう言われても、諸星さんは諸星さんだと思うのだけど。具体的に、何か変わったと言う気もしていませんね。相変わらず常識的で、息をするように非常識な真似をしてくれていると思います。
「杉村君、彼は腹の探り合いに慣れていたのかね?」
「その質問でしたら、真っ直ぐバカとお答えします。なんでこんな奴が、議員をやっていられるのかと言うのが私の感想です。それだけだと可哀想なので、一応褒めておきますけど……色々な人から可愛がられていましたね。だから、あいつの親父さんたちには味方も多いんです。あいつのお人好しな所は、間違いなく親父さんの遺伝です。それから、あいつはしっかりマザコンでした」
ここに来て、私の知らない諸星さんの素顔ですか。お人好しでマザコン……今度顔を見て『マザコン』と言ってあげましょうか。それからお人好しと言うのは、私と同じ評価ですね。
「彼はマザコンだったのか……私の気のせいなら良いのだが、本当に彼は大人しくしてくれるのか?」
「どう言うことですか?」
「ご両親に悪意を向けたものに対してだよ。彼の母親は、しばらく入院していたのだろう?」
「あれは孝明の奴が死んだのが大きかったのですが……」
ですが、その後に誹謗中傷とか浴びせかけられていますよね。心が弱っていることを考えると、無関係とは言えないと思います。
「恐らくだが、彼は大事にはしないだろう。だから、私たちは何も気づかなかった。そう言うことにしておくしかないのだが……」
「止められませんね。と言うか、俺も結構腹を立てていたりするんですよ。だから、止めないと言うのが本心です」
「その言葉も、聞かなかったことにしておこう。ところで」
菅谷先生は、私の方をじっと見られました。
「帰宅を1日延ばしたことに何か意味があるのか? まさかとは思うが、彼の実家に行こうと考えていないだろうな?」
「ばれましたか。そのまさかです。と言いますか、お墓参りをするのと、ちょっとご近所の様子を覗う程度ですよ」
「私には、それだけじゃないように思えるのだがね。忠告をしておくが、余計な刺激を彼に与えないように気をつけてくれたまえ」
流石は菅谷先生。ちょっと、彼が育った環境に興味が湧いたんです。それを知ることが、これから諸星さんと付き合っていく上で大きな意味を持ちそうな気がした……と言うことなんですけどね。
「だそうだ。杉村君、彼女に付き合っては貰えないか?」
「もうすぐあいつの命日なんですが……ちょっと早めに墓参りでもしておきますか。生きているのを見ているのに、墓参りするのも複雑な気がしますが」
「ですが、諸星さんの遺骨はお墓にあるんですよね?」
「それもそうなんだが、元気にしている姿を見ているとなぁ」
ふうっと息を吐いた杉村さんは、ちょっと真面目な顔をしてくれました。こうして見ると、結構いい男なんですね。エクシブさんには負けますけど。ただ独身と言うのはポイントが高いですね。
「小谷さん、移動なんだが……これから行くか、それとも明日移動するのかだが」
「コダマで1時間でしたか」
「そこからローカル線とバスで更に1時間だ」
「近くにビジホってありましたか?」
「あまり期待しない方が良いな……取りあえず抑えることは出来るんだが。ただ、ボロいぞ」
「田舎の娘ですよ。大抵のことなら大丈夫と言っておきます。それから、こちらでもぼろ屋に住んでいたんです」
「だったら、今夜は田舎の居酒屋だな。と言うことなので、私はこれで失礼させて頂きます。それから小谷さん、連絡を入れるのでそれまで待っていてくれ」
「先に新幹線で移動していても良いんですよ」
一緒に移動すると、あらぬ疑いを掛けられそうな気が。いえ、ラズライティシア様とかエクシブさんではありませんよ。一応杉村さんは、国会議員ですからね。秘書でもない女性と移動するのは、誤解の元と考えた方が良いと思います。
「そうだな、誤解をしたがる奴が多くて困っているんだ」
「杉村さんは独り者ですからね。お嬢さんを紹介したい人が、沢山いても不思議はないと思いますよ」
「だから、地雷を踏まないように気をつけているんだ」
地雷ですか。まあ、地雷ってありますよね。お嬢さんに問題は無くても、その親に問題があるって言う地雷が。勿論、親は良いけどお嬢さんに問題がある場合もありますけど。
「それならどうです、うちの集落に来れば美人の翼人とかもの凄く可愛い系のエルフが居ますよ」
「とても魅力的なお誘いと言うのはわかっているんだがな。ただ俺は、孝明とは違った形で背負っているものが多いんだよ」
それも理解出来る答えですね。わかりました、その気になったら集落まで遊びに来てください。諸星さんが歓迎してくれますよ。
なんです、『その気になったら』が余計だと言うのですね。その一言のせいで、遊びに行きにくくなったと言うのですか。そんなことを気にしていたら、国会議員なんてやっていられないと思うんですけどね。
「なぜ、揃って私の顔を見るのかね?」
いえ、別に深い意味はありませんよ。秘書として短いですから、菅谷先生の下半身事情までは承知していませんので。ですから菅谷先生、怖い顔で私を見ないでくださいね。
諸星さんのご実家ですけど、勿論押しかける真似はしませんでしたよ。それでも、色々と収穫はあったと思います。それからお断りしておきますけど、杉村先生とは何もありませんでしたからね。したことと言えば、居酒屋で意気投合した程度です。ええ、これでもエクシブさんに操を立てているんです。
ただですね、ちょっと怖いと言うのが正直な気持ちですね。何が怖いのか、ですか。今更ですけど、諸星さんのことですよ。実はですね、お花を供えようと諸星さんのお墓に行ったんです。そこでですね、ちょっと目を疑うことがあったんです。ええ、お墓が荒らされているのを目撃したんです。普段なら、絶対に関わりたくない目つきの危ない……いっちゃった目をした人たちでしたね。
その人たちに、言いがかりを付けられた……主に杉村先生がなのですけど。汚職議員を許すのかとか、もう、事実無根のことで騒いでくれるんですよ。挙げ句の果てに、汚職仲間だろうと杉村先生を決めつけてくれました。日本の将来を狂わせるから、さっさと首でも吊れとわめき立ててくれましたね。
よく駅前とかで赤いプラカードとか持ってる、とても疲れた顔をおじさん……おじいさんの方が近い気もしますけど。生活は大丈夫ですかと言いたくなる人たちが騒いでくれました。
お墓荒しって、立派な犯罪なんですけどね。それから諸星さんは、汚職なんてしていません。どう探しても事実が見つからなかったので、週刊誌も騒がなくなったのを調べてあるんです。ただ、この人たちにとって、事実はどうでもいいんですよね。自分たちが汚職議員だと思ったら、事実に関係なく汚職議員なんです。もうね、法治国家とか放棄している人たちだと思いますよ。
ただ関わっても時間の無駄、生産性がないのは確かなんです。だって、相手はこちらの言うことを聞く気もないんですからね。
見かねた住職さんが警察を呼んでくれたんですけど、あの手の人たちって警察が来るとヒートアップするんですよね。余計に暴力的になるし、更に大声で騒ぎ立ててくれるんです。『官憲の横暴』とか『腐敗した政府の犬』って、いくら何でも時代錯誤じゃありませんか?
しかも相手は、幾ら元気でもご老人に見える人たちばかりなんです。『年寄りに暴力を振るうのか』と言うのは、笑って良い所なのでしょうか。
しかも、騒ぎを聞きつけた町の人まで集まってきたんです。もうこうなると、どうやって収拾を付けたら良いんでしょう。しかも警察を差し置いて、町の人とおかしな人たちがにらみ合いを始めてくれたんです。『○○主義者は出ていけ』とか言い出すと、もう諸星さんは関係なくなりますよね。ええっと、『哀れな愚民め』って、鏡を見た方がいいと思うんです。勿論、そんなことは口に出して言いませんよ。
町の人がどんどん集まってくると、緊張ってますます高まりますよね。警察の人も、危ない人たちではなく町の人を見るようになりました。ここまで来ると、どちらを抑えなくてはいけないのか。煩いだけの鶏ガラのような人より、殺気だった町の人の方を警戒したと言うことです。判断としては間違っていないと思いますよ、ええ、騒動を起こさないと言う意味では。
それで、どうなったか、ですか。ええ、そこから先は何も起きませんでしたね。何も起きなかったと言うこと自体、事件と言う気もするんですけど。なぜか殺気立っていた町の人たちが解散して、騒ぎ立てていた危ない人たちがお墓の掃除を始めたんです。しかも、諸星さんのお墓も綺麗に洗ってくれたんです。そして私たちの持っていた花を、ちゃんとお墓に供えてくれました。
お墓に手を合わせる姿を見たときには、思わずお腹を抓ってしまいましたよ。勿論、しっかりと痛みを感じました。しかもですね、どこかいったような目をしていたくせに、手を合わせた後はとても澄んだ綺麗な目をしていたんです。ここまで来れば、何かがあったと思って間違いないですよね? そしてこんな真似を、一体誰が出来るのか。答えなんて、考えるまでもないと思います。
警察の人たちも、『お騒がせして申し訳ありませんでした』と謝られてしまったんです。しかも、『器物損壊』の現行犯だから、事情聴取が必要だろうと自首までしたんです。その時の警察の人たち、狐につままれた……で良いんですよね、そんな顔をされていましたよ。それから、杉村先生も似たような目をされていましたね。ええ、私は背中に冷たいものを感じていたんですけどね。背筋が凍ると言うのを実感させてもら行ったと思います。
と言うことで、帰ってきましたよ我が愛すべき住処へ。お土産ですか、ぴよりんチャレンジなんかしてませんよ。杉村さんから情報を貰いましたからね、東京バカナでしたか? 製造元に叱られる……バカナではなくバナナなんですね。あまりにも定番過ぎてですね、ちょっとどうかなと思っただけですよ。
途中変わったことはなかったか、ですか。変わったこととは言いませんけど、北陸新幹線で少しだけ苦労をしましたよ。男女3人の旅行客なんですけどね、席を向かい合わせにしてくれたんです。せっかくの旅行なんですから、盛り上がるなとは言いませんよ。それでも、私を巻き込まないで欲しいと思うんです。お陰でさび付いていた英会話スキルが、大活躍……ごめんなさい、相手の日本語の方がお上手でしたね。
酒臭い……ですか。仕方がないと思いますよ、しっかりと勧められてしまったんです。日本酒とビーフジャーキー、合わないと思ったんですよ。でも、ちょっとヘビーな日本酒だと、意外に合うなと感心させられました。それで少し飲み過ぎてしまったと言うのか……糸魚川に着いたのに気がつかなかったと言うのか……ええ、乗り越しはしませんでしたよ。親切にも、糸魚川に着いたのを教えてくれましたからね。
それから、お裾分けと言うことでビーフジャーキーを貰ってきました。それが、こちらの大袋と言うことです。これだけあれば、50人でも十分に食べられると思いますよ。
その人たち、ですか。確かアメリカから……広すぎる、ええっと、ニュージャージーでしたか、そちらから来たと言っていましたね。これから富山金沢を回って、日本海の海の幸を堪能するのだそうです。カニカニと騒ぐ所は、こちらの人たちと変わりませんでしたね。
何かされなかったか、ですか。とても紳士的な方たちだったと思いますよ。一緒に飲んだ日本酒もおいしかったと思います。一緒に写真も撮ったんですけど見ますか? 羽目を外しすぎ……エクシブさんが嫉妬をする、ですか。
その、覚悟って何を覚悟するんでしょう。ちょっと、怖いんですけど。助けてくれませんか、その理由がない。そうですか、自業自得と言うのですね。最近エクシブさん、なぜか強気なんですよね、ラズライティシア様に対しても。別にどうでもいい、まあそうなんですけどね。
コーメーの人となりの話です




