貴族になる?
村の特産は異世界です
・貴族になる?
後沢たちが帰ると、本当に何もすることがなくなる。その辺り、集落が雪に閉ざされたことだけが理由じゃないのだろう。集落設立以来、ここで何かをしたと言うことがなかったのだ。
その中で働いていたのは、御衣黄さんだけと言って良いのかもしれない。神代さんが手伝いに入っていたから、実質二人だけ働いていると言って良いのだろう。
どうかしたのかな山岡さん、服部さん、薄墨さん。誰のお陰で、毎日おいしいものが食べられているのか。明日から、全部自分でするのかと言うのかな……土下座、すれば良いのかな。
それをされると、命の危険を感じることになる? いくら何でも、それは大げさじゃないのかな。そんなことはない? 翼人とハイエルフにとって、俺が神だと言うのだね。悪いけど、その神と言うのは止めてくれるかな。
「いえ、孝明様は神です! と言うのは良いのですけど、お願いがあって参りました」
どうしたのかな、二人とも雁首を揃えて。
「セリカ様は、実家が心配になったのだそうです。そして私は、生き残りのハイエルフを探したいと思っています。お気づきだと思いますが、男が極端に少なくなっているんです。出来れば、数人……とは言いませんが、男を保護していただきたいと」
確かに、男女のバランスが酷く悪いね。ハイエルフの場合は、5対13だったかな。翼人が4対16だから、圧倒的に女性過多になっているな。だけど、あそこでは見つからなかったと思うんだが。
「褒められたことではありませんが、遠くに逃げたことも考えられます。後は、元々村から離れていた者も居るんです。そういった者たちを集められたら……勿論、彼らには彼らの生活があることもわかっているんです」
そうか、確かにあれから1ヶ月の時間が経っているな。もしも逃げ延びていたら、新しい生活を始めていてもおかしくはないだろう。ただ探したいと言うポルテの気持ちもわかるので、協力することにしようか。
どうせ暇だし……いや、暇じゃないぞ。ただ、心の声が漏れ出ただけのことだ。
そう言うことなので、あちらの世界……なんて呼べば良いんだ? 普通、自分の居る世界に名前なんて付けないよな。だって、区別する必要なんて無いんだから。
とりあえず、あちらの世界への遠征隊を募集することにしようか。メリット、メリットはこちらより暖かいことかな。後は……食い物は間違いなくこちらの方がおいしいな。娯楽にしても、あちらにはネットとテレビなんてものはない。温泉……セリカ、温泉はあるのか? そうか、山岳部に行けば温泉らしきものはあるんだ。ただポンパドール子爵家の領地には、温泉は出ていないと言うのだな。
そう言うことなので、希望者は……いないな。ところでポルテ、君は言い出しっぺだったよな。どうして、遠征隊に志願しないのかな。それからセリカ、実家が心配だったんじゃないのか。
そうか、元気でいることが伝われば良いと。実家にしても、潰れていなければ……潰れていたとしても、それならそれで諦めが付くというのだな。じゃあ、俺から命令しよう。セリカとポルテは、俺に同行するように。後、男のハイエルフも連れて行きたいのだが……どうして全員俺から顔を逸らしてくれるのかな。他薦で良いから、誰か一人選んでくれると嬉しいのだがな。
はいはい、君たちの力関係はよくわかったよ。それからスターレット、そんなに嘆くものじゃないよ。君たちにとって、俺って神なんだよな。その神の露払いが出来るのは、光栄だとは考えてくれないのかな。
そうか、俺が自分を神と認めていないと言うのだな。神と認めるのなら、露払いをするのは吝かではないと言うのか。なるほど、色々と考えたのだね。だったら、直々に命令することにしよう。スターレット、俺に同行してあちらの世界に行くように。断ったら、かい。断れると思うのだったら、断ってみれくれても良いんだよ。うん、物わかりの良い奴は好きだよ。
後は、ラズライティシア様とエクシブかな。いやだ、寒いから行きたくない。こたつ万歳って……あなたは、エルフを守護するものでしたよね。エクシブはまだしも、あなたが行かないと色々と始まらないのだが。なんでしたら、強制力を働かせましょうか?
仕方が無いから行く。勿論エクシブも連れて行くと言うのですね。ご理解いただけて幸いです。静香……小谷さんですね。小谷さんには残って貰いますよ。考えてもみてください、俺と小谷さんが居なくなったら、この集落って誰が纏めるんですか?
そう言うことなので、白船君も同行するように。なぜ自分が選ばれるのか、かな? 君の役割が、記録係だからと言うのは説明として不足かな。そう言うことだよ。理解してくれて嬉しいな、と。
なぜか立候補があったので、遠征隊にセレスも加わることになった。どうやら、違う世界も見てみたいらしい。そう言えば、今までセレスを連れて行ったことがなかったな。ただ言っておくが、前の世界とあまり違いが無いからな。
それでも、違いが無いと言うのを見るのも経験だと言うのだな。まあ、それが経験と言うのは否定しないぞ。それからセリカ、どうしてがっかりしているんだ? せっかくの機会がって……何のことを言っているんだ?
深い雪をかき分け、あちらの世界との接続点へとやってきた。Keep Outのテープが頑張ってくれているので、双方からの侵入者は今のところ発生していない。時々ウサギとかが捕まるのだが、捕まったウサギは服部さんが引き取っていった。そうか、夕食にはジビエも混じっていたのか。
ちなみに確認するのだが、熊とかイノシシは大丈夫だよな。今は冬眠中、春になったらわからないと言うのか。そうか、本気で動物避けも考えておかないと駄目そうだな。
歩いて境界を越えれば、まだ焼け跡も生々しい森に出た。当たり前だが、焼き討ちから1ヶ月程度しか過ぎていないのだ。それを考えれば、森が再生している方がおかしいことになる。
そこから更に歩いてポンパドールの街に入ったのだが、なぜか街が騒がしかった。べ、別に、俺たち理由じゃないぞ。見慣れない兵が、沢山街の中に展開していたんだ。
「あの格好は、ブーランジェリー王家の兵です」
王国軍の? 今頃王国軍が何の用があるんだろう。
「よくわかりません。ただ、ポンパドール家は壊滅状態にありました。ですので、父が責任を問われてもおかしくありません」
その場合の責任と言うのは?
「子爵家として断絶……つまり、資格を剥奪されることになります。そして新しい領主が決まるまで、王国が直轄地として代官が置かれることになるのかと」
流石に実家が潰れるのは、見捨てていても心が痛いのだろう。いや、本気で見捨てているわけじゃないのだろうな。ハイエルフたちとの関係を見ても、セリカが心優しい女性と言うのは理解出来る。
だとしたら、潰さない方法を考えないといけないのだが……ところで、何か注目を集めてないか? そうか、セリカが見つかったのか。どうやらセリカは、領民に慕われていたみたいだね。涙を流して喜んでいる人たちが大勢居るよ。
「孝明よ。ちときな臭くなっているのだが……気づいておるか?」
きな臭くって……あちらから集まってくる兵隊のことですか。そう言えば、何か殺気立っていますね。ラズライティシア様、何かしましたか?
「何かしたかと聞かれたら、色々したと思うのだがな。子爵家の館を半壊させたし、男爵家の館は消滅させておる。エルフを守護するものとして、王国に喧嘩を売ったととられても仕方が無いだろう」
確かに、ラズライティシア様は王国貴族を攻撃しましたね。それを考えれば、王国の敵と考えられてもおかしくないわけだ。だったらラズライティシア様、この窮地をどう切り抜けますか?
「窮地と言うのだな。ならば、力の限り反撃しても良いのだな?」
それをされると、この辺り一帯が廃墟になりますね。流石に罪のない民衆を巻き込むのは感心しませんよ。
「だったら、ぬしがこの場を収めてくれれば良い」
俺が、ですか。俺に出来ることと言ったら……大人しく捕まってあげましょうか。勿論、捕まえることが出来たらですけど。
「やはり、ぬしは性格が悪くなってきておるぞ。それで、具体的に何をするつもりだ?」
別に性格は悪くなっていませんよ。何をするのか、ですか。そうですね、偉い人に会いに行くと言うのはどうでしょう。半壊しましたが、まだ館が残っていましたよね。だとしたら、そこに偉い人が居てもおかしくないと思うんです。
「ただ、会いに行くだけか?」
まずは、会って話をするところから始めるだけですよ。大丈夫です、王国……ブーランジェリー王国だったかな、こちらから喧嘩を売るつもりはありませんから。
そう言うことなので、兵隊さんは蹴散らしていきましょうか。セリカ、どうかしたのかな? 自分が道を開くので、過激なことをしないで欲しいと言うのだね。だったら任せるけど……取りあえず防御結界を張っておこうか。
「ポンパドール子爵家長女セリカです。エルフを守護するもの、ラズライティシア様をお連れいたしました。もう一人大魔道士孝明様にもお越し頂いています。私たちを、大人しく責任者……どなた、そう、アサノヤ伯爵様がお見えになっているのですね。でしたら、アサノヤ伯爵様の所に案内してください」
俺の役目は、大魔道士なのか? まあ、それに近いことは出来るのだが……魔道士ってことはないと思うぞ。
「ぬしの立場は、説明に困るからと言うことだ。集落の長では、子爵よりも遙かに格下になってしまうからな」
まあ、50人程度の集落ですからね。子爵様から見たら、遙かに格下と言うのは間違っていないと思いますよ。
ただねぇ、セリカの言ったことは、何も間違ってはいないと思います。ただ、それが通用するかと言うのは別だと思うんですよ。ほら、集まってきた兵が殺気立ってきたでしょ。子爵家、男爵家を壊滅させた張本人が、正面から乗り込んでくれば仕方がないことだと思いますよ。
「だったら、ぬしが強制力とやらを働かせれば良いだけであろう」
せっかくセリカが張り切ったんですから、この先どう乗り切るのか見てみたい気もするんですよ。強制力の発動は、それを見てからでも良いと思いません?
どうせ、恫喝するだけだ。まあ、引く気のない相手なら、恫喝するしかないのでしょうね。
「剣を引けっ。お前たちは、王国を滅ぼしたいと思っているのか。ラズライティシア様、孝明様を敵に回すと言うのは、王国滅亡の第一歩となるのだぞ。ポンパドール家、フランセ家がどうなったのか、よもや知らぬとは言わせないぞ!」
ああ、ウィンクしてきたよ。ラズライティシア様、極大破壊魔法の触りでもして貰えませんか。ええ、攻撃までは必要ありません。ちょっと、上空に巨大な火の玉でも作って頂ければと。
はい、それで十分です。頼んでおいて何ですが、見事なものですね。
「破壊の炎が、王国に向けられるのを見たいのか? 言っておくが、これは手加減をして貰っているのだぞ。そうだ、それでいい。私たちを、アサノヤ伯爵様のところへ案内しろ。大丈夫だ、孝明様たちは『穏やかな』話し合いを所望されておいでだ」
こう言われて、誰が『穏やかな』話し合いを信用するのかな。それからセリカ、ちょっと危ない気配がしていないか?
「うむ、魔道士とやらがお出ましのようだぞ」
やはり、大人しく通しては貰えませんか。それでラズライティシア様、迎撃するのですか?
「迎撃、して良いのか? 良いのだったら、魔道士とやらを消し炭にしてやるのだが? 本当に良いのだな?」
消し炭ですか。流石に寝覚めが悪いと思いますよ。仕方が無いので、魔法の無効化は俺がやります。どうやら光の矢を使うみたいですね。そこそこの高級魔法だと思いますよ。はいはい、大人しく消えなさいと。
それからセリカ、穏便な方法で反撃してあげようか。
「穏便な方法って、そんなものがあるのですか?」
うん、ちょっとした拘束魔法。いつもの荷造り紐さんに活躍して貰うんだ。うん、今回は太巻きを持ってきているからね。これ一巻きで、500mぐらいあるんだよ。そう、本宅側の倉庫に山積みになっている奴だよ。
と言うことなので、ちょっと兵隊さんと魔道士を捕まえてくれるかな。いいかい、捕まえるだけだからね。息の根を止めるような真似は必要無いからね。
「しかし孝明よ。改めて見てみると、恐ろしい魔法としか言いようがないな」
魔法じゃなく、荷造り紐に強制力を発揮しただけなんですけどね。魔法とどこが違うのかと言われると……魔力を使っていないことぐらいでしょうか。
「魔力を使っていないか。そんな真似をするから、ぬしは神と言われてしまうのだぞ」
神様に貰った力ですから、俺は神じゃありませんよ。ただ、恩恵を使っているだけなんです。
それはそれとして、取りあえず全員無力化したから。
「では、屋敷に向かうことにいたしましょう」
張り切ってるね。それは良いけど、力尽くとか考えないように。なぜ、驚いてくれるのかな?
「言葉で言ってわからなければ、力を示す以外ありません」
「アサノヤだったか、その者にも口実とやらが必要だろう」
それならそれで、ラズライティシア様がやってくれるんですか? そうですか、俺にやれと言うのですね。まあ、そんな気がしていましたよ。それで、どうすればいいんでしょうか。強制力って、結構地味なんだよなぁ。
迎撃に出た兵たちとは違って、街の住人の受けは悪くなかった。まあ、子爵家で唯一信用できたのが、セリカだけだと言うのだからな。そのセリカが張り切っていれば、住人たちも安心できると言うことか。
ところでラズライティシア様、何か悪い顔をしていませんか。別に含むものは無い、面白いことになったと思っているだけだと。俺としては、その面白いの方向が気になるのですけどね。
たいして派手なことはしていないのに、そこから先は特に抵抗を受けなかった。ただひそひそ話だけは聞こえてきたのだが。お陰で、次第にラズライティシア様の機嫌が悪くなっていった。まあね、こちらのエルフとは違うからなぁ、ラズライティシア様……の見た目は。
だからラズライティシア様、極大攻撃魔法は駄目ですからね。見せしめが必要……否定はしませんけど、それをやった所で反応は変わらないと思います。
街に入って30分ほど歩いた所で、ポンパドール子爵の館へ到着した。当たり前だが、建物の半分は崩壊したままである。あれから1ヶ月しか経っていないのだから、改修されていたら逆におかしいことになる。
「どうやら、徹底抗戦を選んでくれたようだぞ」
ラズライティシア様、そこで口元を歪めないでください。どう考えても、それって悪役がすることですからね。それからセリカ、出番だからな。
「皆の忠義は理解した。だがな、孝明様は話をするために来たのだ。孝明様に、余計な殺生をさせるでない」
いいねぇ、その堂々とした態度。だけど、どうして俺が主になっているのかな。ここでの事件は、『エルフを守護する者』たるラズライティシア様が主役だと思うのだが。
「ええっと、言いにくいのですけど、その、見た目が……」
ああ、それ以上は言わなくても良いから。うん、悪かった、怖いよなラズライティシア様。それからラズライティシア様、どうして俺に攻撃魔法を向けるのです。痛くも痒くもありませんけど、気分的に嫌なんですよね、それ。
あれ、兵たちの顔色が悪くなっているな。特に何もしていないつもりなんだが……俺とラズライティシア様が原因。ラズライティシア様の攻撃が、冗談にならないほど威力があると言うのだね。それを俺が、涼しい顔で受け流しているのが脅威と言うのか。だからラズライティシア様、したり顔で頷かないでください。絶対に、そんなことを意図していませんでしたよね。
ええっと、兵たちが道を空けてくれたよ。それは良いんだけど、前で土下座をしている人たちがいるんだけど。そうか、あれがアサノヤ伯爵様と言うのだな。ところで、どうして土下座をしているんだ。
セリカ、悪いけど話を引き取ってくれるかな。どうして、そこで『面を上げよ』と言うことに繋がるんだろう。
「わが夫孝明様は、ぬしらに服従など求めてはいない。ここに来たのも、王国がどのような態度をとるのか見極めに来ただけのことだ。そして私、ドンク子爵の娘セリカは、我が実家が虐げられていないか見に来ただけだ」
こらこら、人を勝手に夫にするんじゃない。そうした方が、色々と丸く収まる。いや、それって絶対に君の願望だよね。違う、子爵家の娘として当然のことをしているだけ。お家存続のためには、力のあるものを上に立てる必要があると言うのだな。
それが、どうして夫になることになるのかな。それが子爵家を乗っ取るための常套手段と言うのだね。ところで、誰が何を乗っ取ろうとしているのかな。
俺が、ポンパドール子爵家を……と言うのだね。どうしてそんなことになるのか教えてくれるかな。
今は黙っていて欲しい、と言うのだね。それって、既成事実化を狙っていないかな。違う、話を纏めるのに必要だと言うのかな。その話を纏めることだけど、どういった方面で纏めようとしているのかな?
「アサノヤ伯爵様に命じる。我が夫は、陛下へのお目通りを希望されておいでだ。可及的速やかに、王都へと案内せよっ!」
なにか話を大きくしようとしていないか。子爵家を守るためには、国王への直談判が必要と言うのだね。悪いんだけど、俺はそこまで責任をとるつもりはなかったんだ。
それからラズライティシア様、なんか表情が悪いんですけど。ひょっとして、面白がっていませんか。それからセレス、子爵じゃ物足りないと言わないように。俺は、貴族なんかになるつもりはないんだからな。
ええっと……俺は貴族になるつもりは無いと言ったよな。うん、間違いなく言ったと思う。それなのに、どうして俺が伯爵様になっているんだ。しかも何だ、ポンパドール伯爵ってのは。セリカの実家は、確か子爵だったよな。どうして、陞爵なんかしているんだ?
ご機嫌取り。一体誰に向けたご機嫌取りなんだろう。そうか、俺か、俺に向けてのご機嫌取りなのか。
「戦っても勝ち目がないのはわかっているんです。だとしたら、ご機嫌取りの方法を考えますよね。それが、王国での爵位と言うことになるわけです。ちなみに、フランセ男爵家は断絶しました。その領地と合わせて、ポンパドール伯爵領になったわけです」
なるほど、それで誰が伯爵家の当主なのかな。まさかとは思うけど、俺じゃないよな?
「これは、孝明様へのご機嫌取りなんですよ。ですから、孝明様と言うのが答えになります。それから、セレス様が第一夫人と言うことで問題ありません。ただ、私も妻の一人にしていただく必要があります」
そのあたり、前提が間違っているとは思わないのか。なんですか、ラズライティシア様。
「うむ、ハイエルフどもを捜索するのなら、立場があった方が便利と言うことだ。それから領地の方だが、名代を置けば問題は出ないからな」
どうして、俺が領主と言う話になるんです。
「どうしてと言われてもだな……ぬしが余計な口出しをしたからではないのか? それともなんだ、国王の下と言うのが気にいらんのか? コロナだったか、王女を誑し込めば王国を手に入れるのも難しくないぞ。ぬしに熱い眼差しを向けておったから、優しくしてやれば簡単に落ちるのではないか」
そこまで言って、『違うな』とラズライティシア様は前言を撤回してくれた。勿論、悪い方にだ。
「もう落ちておったわ。うむ、翼人と同じで発情しておったぞ」
そう言うのは、俺には効きませんから。それからセレス、『王妃って良いですね』と言わないように。なぜ、俺が国王にならないといけないのかな。俺が希望したのは、のんびり穏やかな生活だったのだぞ。
「その考えが間違っておるのだ。ぬしのような力を持つものが、のんびり穏やかな生活などできるはずがないであろう。そんなことを考えるから、余計な混乱に巻き込まれるのだ」
「名代は、ビゴに任せれば大丈夫です。押しには弱いですが、頭は悪くありませんから」
「諦めることだな。これが、一番丸く収まる方法なのだ」
絶対に楽しんでいますよね。だからセレス、『伯爵様で我慢します』と言わないように。だから、『次は侯爵様を狙いましょう』って、流石にそれもダメだからな。こっちで偉くなると言うのは、こちらの世界とズブズブになることを意味しているのだぞ。
「だとしたら、ゲートを即座に破棄すべきだったな。あんなものを維持するから、抜き差しならぬことになってしまったのだ。もはや、勝手に破壊するわけにはいかなくなったと思うぞ」
なぜ、破壊できないと言うのですか。強制を止めれば、勝手に閉じてくれますよ。
「あのゲートの存在を、日本政府とやらが認識しているからだ。科学技術の発展でよかったか、あのゲートは格好の研究材料になるのではないか?」
だから、勝手に壊すわけにはいかないと言うのですね。ええ、言っていることはわかります。あのゲートを消したりしたら、色々な所から文句が出るのは想像が付きますよ。多分ですけど、国際問題になってくれるんでしょうね。
つまり、俺も詰んでいると言うことですか。
集落、つまり上里に戻るのに追加で1週間ほど掛かってしまった。結局、2週間ほど集落を空けたことになる。王都でのお披露目、領地でのお披露目があったからだ。
心の棚は作ったのか……どうして、そんな質問をされないといけないんだ。自然に浮かび上がる疑問と言うのだな。どうせ口実を求めているんだろうと言うのだな。
どうしてわかった?
いやいや、セバスチャンだったか、すぐにでも跡取りが必要だと迫られたんだ。それが貴族としての義務だと言われたんだよ。伯爵様になることを受け入れたんだったら、その義務を受け入れるのもセットになるよな。
それでセリカはどうしたのか、かい。取りあえずポルテと二人で領地に残ることになったよ。や、やり捨てじゃないぞ。領地の立て直し、ハイエルフの捜索、そのためには一時的に残る必要があっただけだ。
なにか頼まれただろう……かい。結構鋭いね、ああ、一つ頼まれ事をされたよ。どう言うことかと言うと、両方の世界を繋ぐ翼人便を作ってほしいと頼まれたんだ。目的は2つあって、その一つが俺との連絡用だ。白船君が頑張ってくれたのだけど、今のところあちらの世界との通信はうまく行っていない。だから、物理的な連絡手法をとらざるを得なかったとわけだ。
そしてもう一つが、食事のデリバリーである。そのあたり、まあ、なんだ。おかしな話だが、セリカとポルテが贅沢を覚えたからと言うことになる。子爵家令嬢だろうって? 貴族の娘だから、元々贅沢が身についているはずと言うのだね。ある意味間違っていないけど、ただ両方の技術差を考える必要もあるんだ。信州特産のリンゴなんだけどね、そのリンゴ一つとっても味が全く違うんだよ。そのあたり、品種改良が神がかっていると言うことだよ。お酒だって、洗練され具合が全く違っていたんだよ。
理解した。そう、理解してくれたんだね。日本人ってのは、本当に食に貪欲だからね。しかも、各国の料理を魔改造してくれるんだ。
それだけじゃないだろう、かな。そうだね、セリカたちと入れ替わりに、料理人を二人ほど連れて来ることになったよ。目的は、料理の研修……つまり、伯爵家の食生活改善と言うことだよ。それがうまく行くようなら、他にも研修生を送り込むと言っていたな。中々目聡いと言えば良いのか、抜け目がない所は優秀と言って良いのだろうね。
それはそれとして、どうして知らない女性がいるのかと言うのだね。知らないことはないと思うんだけど……王宮で彼女の顔を見ているよね。そう、ブーランジェリー王国第二王女、コロナ様だよ。そして王女様が一人で来るわけがないから、お付きの者が3名ほど加わったと言うことだ。
目的? こちらの世界の勉強をしたいのだそうだよ。理由としておかしなことは無いので、取りあえず受け入れることにはしたけどね。うん、纏めて第一上里荘に押し込むことにしたよ。ちなみに第一の方は、これでほぼ打ち止めと言うことになる。
集落に戻ったら、小谷さんに物陰に連れ込まれました。俺よりもずっと体が小さいのに、有無を言わせぬ迫力を発揮してくれたんです。そりゃあ、2週間も留守にされると、色々と言いたいことは出てきますよね。
だったら、諸星さんに文句を言えば良いのに。ええっと、絶対に無理と言いますか。まあ、無理なんでしょうね。
「それで、2週間も何をしていたの? しかも、人が増えているし」
ですか。当然の疑問ですね。ちなみにセリカさんとポルテさんは、あちらに残ることになりました。永久に……ではなくてですね、子爵家……違いました、伯爵家の立て直しのためだそうです。ポルテさんは、ハイエルフの生き残りを探すのだそうですよ。
「ええっと、セリカさんの実家って子爵家だったと思うけど?」
ええ、それで間違っていませんよ。それとは別の情報です。あの可愛らしい女性なんですけどね、ブーランジェリー王国の王女様です。勉強したいと希望されたので、諸星さんが同行することを許可したと言うことです。
「勉強って……どうして、雌の顔をしているのかしら?」
やっぱりわかります? もう、何人も同じ表情をした女性を見ている。そうですね、自衛隊員……具体的には名前を出しませんが、彼女たちも同じ表情をしていましたね。ええ、セリカさんも同じ表情をしていたのを覚えていますよ。ちなみにセリカさん、無事諸星さんを捕まえるのに成功しました。諸星さん、セレスさんに甘いですからね。
「つまり、セレスさんが積極的だったと言うこと?」
理由はわかりませんけどね。確か、翼人二人の時も積極的でしたよね。あの人、序列一位さえ守られれば良いみたいですよ。
「それで、伯爵とか言うのはどう言うことかしら?」
それ、それですよね。どう言う訳か、色々と国王様に直談判することになったんですよ。勿論、直談判自体は穏便なものでしたよ。ただ、その前に色々と恫喝していましたから、あちらはご機嫌取りが大変だったようです。
伯爵と言う話も、その中で出てきたものです。セリカさんが張り切って、色々と既成事実を作ったからと言うのもありますね。『領地をあげるから、色々と許して欲しいな』と言う所なんでしょうね。まあ、敵対したら王国が滅びますからね。そうですよ、諸星さんが『ポンパドール伯爵様』と言うことです。ただ不思議なのは、第一夫人はセレスさんなんですよね。ちなみに、領地が落ち着いたら弟さんを代理にして戻られるそうですよ、セリカさん。予想の上を行くのは、諸星さんだからですか。ええ、今更でしたね。
私、私ですか。私を知らないのは無礼ではありませんか。世界が違うのだから、別におかしなことではない。そうでしたね、私は我が君の集落ですか、そちらにお邪魔することになったのですね。
では自己紹介することにいたします。私は、ブーランジェリー王国第二王女、コロナ・ド・バケット・ブーランジェリーと申します。ミドルネームがおいしそう? あなたは何を言っているのですか?
それはそれとして、我が君と言うのは誰かですか、ですか? 何を言っているのです? 孝明様以外に我が君はおいでになりませんよ。はい、ブーランジェリー王国第二王女コロナは、孝明様の所に嫁いできたんです。
聞いていない。勉強のための留学と聞いていると言うのですね。嫌ですね、あなたも方便と言うものを知っていますよね。後は、なし崩しと言う言葉もご存じですよね。とにかく既成事実を作ることを優先させていただきました。これはですね、王国と私の利害が一致したからと言うことです。
考えてもみてください。ラズライティシア様でしたか、あの見た目に不自由されているエルフは。そのラズライティシア様……なにか、背筋に冷たいものが走った気がいたします。
それはそれとして、極大攻撃魔法でしたよね、あの魔法。あの魔法は、使われたら防ぎようがないんです。つまり、見た目に不自由されているエルフを怒らせたら、ブーランジェリー王国は滅びてしまうと言うことなんです。そして孝明様ですけど、あの見た目の悪いエルフを従えておいでですよね。色々と目撃証言があるのですけど、あのエルフの攻撃を簡単に受け流しているそうです。つまり、実力的に孝明様が上と言うことです。
勝てませんよね、ブーランジェリー王国では勝てませんよね。だから、ご機嫌を取ることを考えないといけなくなったんです。伯爵の立場は、ご機嫌取りの一つと言うことです。そして私は、人質として差し出されたと言うことです。ええ、王国は刃向かう意思が全くないことを示す必要があったんです。
一応私も、美姫として有名だったのですよ。それに孝明様、聞く所によると奥様が4名いらっしゃるのですよね。つまり、相応の女好きと考えて良いと思います。間違っていない、よく見ているですか。
あなた、私たちの世界を甘く見ていませんか。国や貴族が生き残っていくためには、相手の観察を忘れてはいけないんです。国力だけで正面からぶつかっていたら、どんな大国でもあっと言う間に落ちぶれてしまうんです。ですから、王国は常に人材を求めていますし、優秀な方を身内に取り込むことをしているのです。
あの見た目に不自由されているエルフですが、伝説級と言って良い力を持っていると思います。神話の時代から生きてきた大魔法使い、ですか。普通ならば、眉唾物と言ってもおかしくないと思いますよ。ですが、あの破壊力を見せられれば、素直に認めるしかないと思います。
そのエルフを従えているのですから、孝明様の力も知れると言うものです。はい、ワイバーンを捕らえた話は伝わってきています。油を撒かれて大火となった森が、あっと言う間に鎮火されたのも知っていますよ。勿論、不思議な方法で兵たちが捕まったことも知っています。どれ一つとっても、私たちの常識を外れたことなんです。そうですか、あなたたちの常識からも外れているのですね。
だとしたら、王国としてとるべき方法は決まってきますよね。
それはわかるが、どうして押しかけてきたのか、ですか。それはですね、私たちが孝明様のことを分析したからです。なにをどう分析したのか、ですか。一応秘密なのですけど、この先協力していただけるのなら少しだけお教えいたしますよ。
あまり力にはなれないが、協力するのは吝かではない。そうですか、でしたらほんの触りだけです。
孝明様は、本質的に善人と言うことです。そして一番恐ろしいのは、セレス様と言うことですよ。
よくわからない、のですね。ですが、ヒントはここまでです。せっかくヒントを差し上げたのですから、ここからは自分で考えてくださいませ。
とにかく、私は潜り込むことに成功したのです。これで、次なる段階に進むことが出来たと言うことですね……
ところで、この狭い部屋はなんなのでしょう。私の衣装部屋よりも狭いのですけど。使用人部屋、ですか? 違うのですね、私が住まう部屋と言うことですか。すみません、少しだけ現実逃避をさせていただいて宜しいでしょうか。いえ、この環境は全く予想していませんでしたので……
ところで教えていただきたいのですけど、セリカ様もこの環境で生活されているのですか? そうですか、彼女もこの環境で生活されているのですね。それで、不満とか口にしていたのでしょうか。特に聞いた覚えはない、そうですか。彼女は文句を言っていないのですね。でしたら、私も我慢が必要と言うことですか。
それで、これからどうするのですか? まず、ここでの生活を覚える必要があるのですね。確かに、それは大切なことだと思いますよ。大切なことだと思いますけど、どうしてお風呂と言う話になるのでしょう。いえ、お風呂が嫌とはいいませんよ……つかぬことを伺いますが、その、臭いますか?
大丈夫……多少汗臭い程度だと。それよりも、香水の匂いの方がきつく感じるのですか。ですが、香水で汗の匂いを隠すのは常識ではありませんか。幾ら王族でも、そうそうお風呂ばかりは入っていられません。そうですか、ここでは24時間入り放題なのですね。しかも温泉……美容に良い温泉があるのですね。それは良いことを教えていただきました。
ところで、その温泉には作法と言うものがありますか? ある、やはりそうなのですね。でしたら、私の側仕えを含めてご指導いただけないでしょうか。構わない、最初からそのつもりで居たと言うのですね。では、お言葉に甘えてご指導願うことにいたします。
お風呂に行く前に、浴衣? に着替えた方が良いのですか。それも、ここでの作法と言うのですね。でしたら、作法に従うことにいたします。はい、郷に入っては郷に従うですか、それが生きていく知恵と言うことぐらい承知していますよ。
神代さん、どうかしたのかな。ああ、コロナ王女の報告か。それで、王女様はやっていけそうかな。
「ご自身の立場を理解されておいでですね。それから、意外に早く溶け込めそうです」
それは良かったと言って良いのかな。ところで神代さん、何か気になることがあったのかな。たいしたことじゃないんだが、気分が優れないように見えてね。そうか、ちょっと女として自信をなくしたと言うのかい。だったら、あまり聞かない方が良さそうだね。
ところで、部屋の広さに文句を言っていなかったかな。いや、王宮で接待を受けたとき、バカみたいに広い部屋に通されたんだよ。もしもあれが標準だったら、宛がった部屋は衣装部屋の広さもないことになるからね。
やっぱり、驚いていたのだね。ただそれは、すぐに割り切ることが出来たのか。そうか、中々適応力が凄いと考えて良いのかな。覚悟が違う……ところで、どういった覚悟のことを言っているのかな。自分で確かめろと言うのだね。だったら、時間を作って話を聞くことにするよ。
ところで今日の宴会なんだけど……そうか、薄墨さんが張り切って仕入れをしたのか。メインは信州プレミアムビーフ……ね。山岡さんが炭火焼きで振る舞ってくれるんだね。それ以外は、殆ど定番料理なのか。まだ蟹の季節だから……うん蟹も牡蠣も抜かりなく揃っているんだ。
ハイエルフたちが、新しい踊りを覚えたのかい。そうか、彼らはここでの生活を楽しんでいるのだね。だとしたら、あちらに帰りたいとは言わないのだろうね。聞いてみたらどうか……かい。その話を一度口にしたことがあるんだ。うん、セリカとポルテなんだけどね。世界の終わりを目の当たりにしたような顔をされたんだ。
でもだよ、ここって雪で閉ざされているし、あるのは温泉とおいしい食事だけだよな。それでも帰りたくないって、どれだけあっちは過酷だったんだ? いや、俺の行った世界は、そこまで酷くなかったと思うんだ。自信は無いけど。
温泉とおいしい食事が決め手になっている。翼人たちも、真っ昼間から温泉に入っていると言うのだね。だとしたら、場所として温泉を指定したのは間違っていなかったんだ。後は、雪の生かし方……と言うのだね。ごめん、俺は雪国出身じゃないんだ。その辺りは、小谷さんと相談してくれると嬉しいのだが。
いや、なんだ、ちょっと興味があると言えば良いのか。まあ、そう言うものだと思ってくれれば良いよ。
取りあえず、投稿は一休み。いえ、ストックならあり過ぎるほどあるんですけど。
それで伯爵に叙爵……これって、餌になるんですかね。




