巻き込まれる人々
村の特産は異世界です
・巻き込まれる人々
正月2日に来襲した戦国武将トリオは、1泊だけして帰って行った。なぜ1泊したかと言うと、翼人女性の猛烈な引き留め工作が理由である。まあ、可愛らしいでも綺麗でも良いのだが、その女性たちのお願い攻撃を食らってしまったのだ。しかも微妙にフェロモンを混ぜると言う、普通の男では抗うことの出来ないお願い攻撃である。すでに相手の決まっている上杉氏は別として、備え無しに来た武田、真田の両氏が耐えられるはずがない。
結果、結果かぁ……朝風呂で第一の露天風呂に入っていたら、戦国武将トリオがそれぞれの相手を連れて入ってきたよ。そう、バネットとコーティナ。武田氏がバネット、真田氏がコーティナを連れてきたな。
それからバネット、コーティナ、いちいち朝風呂で報告しなくても良いのだからな。
「これが、決まりだと教えて貰いました」
そんなルールを作ったつもりはない。それからお三方に言っておきますが、この集落は異世界人との出会いの場ではありませんからね。もう一つ言っておきますけど、罠でもありませんので悪しからず。上杉さん、こうなるのはわかっていましたよね。
わかっていた、だからお裾分けをした、ですか。喜びは分かち合うもの、ものは言いようですよね、それって。
これで、正月の3が日も終わりか。まあ、勤め人ではないのだから、正月が終わったからと言って何かが変わるわけじゃない。ただなあ、元旦早々騒動に巻き込まれたんだ。先行きに不安を感じても仕方がないと思うんだ。
そんなことを考えていたら、『ご相談があります』とラズライティシア様に連れられたエルフたちがやってきた。
「相談、と言うのかな? 君たちは、ラズライティシア様とルーテシアが世話をしていたと思うのだが?」
「はい、相談になると思います」
代表して答えたのは、これまでも便利屋に使われていたポルテである。村ではハリアーたちの方が、立場としては強かったのだそうだ。ただここでは、なぜか自分に代表が押しつけられたと言うのである。
エルフたちの事情は忘れるとして、相談とやらに乗ろうじゃないか。何しろ市会議員と言うのは、市民の相談窓口でもあったのだからな。まさに俺が本職としてやってきたことに違いないんだ。
「翼人の皆さんを見ていて思ったのですが。私たちも、その、体で接待をしないといけないのでしょうか。いえ、嫌と言っているわけじゃありません。そのですね、やはり心の準備と言うものがあると思うんです……孝明様、どうかなさったのですか?」
俺が不審な動きをした……まあ、上を向いたり手で顔を覆ったりしたからなのだろうが。しかし、どうしてそう言う話を持ってこられるのだ。
「ラズライティシア様、あなたが付いていてどうしてこんな話になるんですか?」
「あーっ、それなのだがな。山岡たちが悪い……とは言い切れない所はあるのだが、まあ責任の一端はあると思うぞ」
「山岡さんたちが、妄想の詰まった目を向けたと言うことですか。仕方が無い、彼らは『無かった』ことにしないと駄目なのか」
記憶と事実を消して、原隊復帰して貰うことになる。短い時間とは言え、一緒にやってきたのは確かだった。その仲間と別れるのは、俺だってやりたいことじゃない。
だがエルフたちに勘違いをさせたとなると、放置するのは双方のためにもならないだろう。
「い、いや、待て。孝明よ、ぬしの考えておるようなことは無いからな。山岡たちは、極めて紳士的な態度でこやつらに接しておる。うむ、紳士的すぎるぐらいに紳士的に接しておるのだぞ。だから、『無かったこと』にするのは可哀想だ」
「でしたらなにがあったのか、説明してくれますよね? 性接待を持ち出すなんて、普通に生活していればありませんよね?」
「ふ、普通と言うのがわれにもよくわからぬのだが……こやつらはな、優しくされるのに慣れておらんのだ。優しくされる裏には、何か良くないものがあると考えてしまう暮らしをしておったのだ」
「山岡さんたちが優しくするので、裏にあるものを深読みしてしまったのだと?」
「そ、そう言うことだ。しかもバネットたちが、あの男たちと関係をしたのだ。こやつらは、翼人の性衝動を理解しておらん。それ故に、性接待が自分たちに求められることだと勘違いをしてしまったのだ」
「それぐらいのこと、ラズライティシア様から説明できるよな?」
「わ、われは、考えすぎだと言ったのだぞ。淫乱の翼人がすることを、いちいち気にするなとも言ったのだ」
「だとしたら、どうして性接待と言う話になるのかな?」
多分俺のこめかみには、青筋が何本か浮かんでいたと思う。後から教えられたのだが、エクシブは生きた心地がしなかったのだそうだ。それ以上にラズライティシア様が怯えたので、図らずも『エクxラズ』の立場が成立したらしい。
その話よりも前に、解決すべき問題がある。そう、エルフたちの勘違いをどうするのかと言うことだ。そんな所に、救いの女神……小谷さんが登場してくれた。
「はいはい、諸星さんはそんなものを求めていませんよ。将来的には何かをして貰いますけど、性接待なんかさせたら諸星さんの立場が悪くなりますからね。翼人の皆さんは、『自由恋愛』と言ってもわかりにくいですね。あれは、単に発情しただけのことです。皆さん、皆さんは発情しているのですか? していないのでしたら、気にする必要はありませんよ。繰り返しますけど、おかしなことをさせると諸星さんの立場が悪くなりますからねっと」
ああ小谷さん。小谷さんが女神に見えてしまった。いや、ゼッタイシン様じゃないぞ。どちらかと言えば、菩薩様だろうか。思わず拝みたくなったのは内緒だ。
「つまり、体で奉仕しなくても良いのだと?」
「ポルテさんだっけ? あなたは、誰に体で奉仕をしたいのかしら?」
「そんな、孝明様にご奉仕なんて畏れ多くてっ!」
「だそうですよ、諸星さん。モテる男は辛いですね」
「何か、思いっきり毒がある気がするんだが?」
「間違い無く気のせいですよ。毒なんて、ほんの少ししか込めていませんので。せいぜい致死量の1万倍ぐらいです」
「致死量を超えていたら、毒しか無いのと同じだろう」
「ヴェルファイアさん、センティアさんが『昨夜も凄かった』と仰っていました」
「話が、思いっきりねじ曲がっている気がするんだがな」
とにかく、この話はここで終わり。答えは小谷さんが言ったとおり、俺は保護したエルフたち……翼人たちにもそうなのだが、性的奉仕など求めていない……加えて言うと、セリカにも求めていないからな。
どこかから、舌打ちが聞こえた気がするのだが、気のせいか? 気のせい、そう気のせいだったらいいんだが。
ところでラズライティシア様、この後残っていただけますか。ちょっと話があるんです……どうかしたのですか、顔が真っ青ですよ。それからエクシブ、聖剣に手を掛けないように。別に、ラズライティシア様を責めようとか考えていないからな。
それから、俺はお前を脅したことはないよな。特に反撃したこともないつもりなんだが。どうして、そこまで怖がってくれるんだ?
ラズライティシア様の恐怖が伝染した。大丈夫、もう怒っていないから。誤解は小谷さんが解いてくれただろう?
ああ、後から二人がかりで小谷さんに感謝を示してくれれば良い。俺は、個人の問題には関わらないようにしているからな。と言うことで、さっさとラズライティシア様を残して行ってくれるかな。
「わ、われに、何をしようと言うのだ?」
なぜ、あなたに怯えられないといけないんです。ただ、ちょっと相談をしたいだけですよ。物事を荒立てないのは、市会議員時代に培った処世術なんですよ。
ただ、少し自由に……違うか、規律が乱れていると言うより、規律がなさ過ぎませんか、主に翼人たちが。
「き、規律と言うのか。それはだな、そもそも奴らに期待するのが間違っておるのだ」
どこの集落でも、仕来りに似たものぐらいあると思いますが。後は年功序列とかあって、ここまで勝手気ままな生活を送っていないと思います。あっちの世界でも、もう少し落ち着いていたと思いますよ。
「それは否定せんぞ。だがな、ぬしの周りに居た冒険者たちを思い出してみよ。奴らに規律とかあったと思っておるのか? 勿論、ギルドの定めた決まりには従っておったぞ。ただな、それは仕事を貰うために仕方なく従っておっただけだ」
「理由がなければ、好き勝手していたはずだと言うのだな」
「そもそも冒険者など、堅苦しい生活を嫌う者がなっておるはずだ。あとだ、これはぬしにも責任のあることなのだが、奴らの生活にも規律はあったはずだ。だがの、ぬしと言う存在が規律をぶち壊してしまったのだ」
「俺が、彼らの規律を壊した? あれだめこれだめとか言った覚えはないのだが?」
それなのに、彼らの中の規律、つまり常識を壊したと言われてもだな。流石に責任転嫁ではと思えてしまう。
「簡単に言うとだな、何をして良いのかわからなくなったと言うことだ。特に翼人は、ぬしを神のように崇めておるからな。ハイエルフだったか、奴らもぬしを神として崇めることだろう。ぬしに問うが、ヒトと言うのは神の前でどのように振る舞うものだ?」
「つまり、俺の顔色を伺っていると言うことか。そして……今回はバネットとコーティナか、その行為が咎め立てされずに、むしろ推奨されているように見えたことが問題と言うのだな」
「ハイエルフどもが、翼人の真似をすることを考えても不思議ではあるまい。指針と言うにはおこがましいのだが、ぬしに認められていると思っておるのだからな」
「だとしたら、俺はどうすればいいのだ? 人に向かってああしろこうしろと言えるほど、恥知らずでも愚か者でもないのだぞ」
「だから、奴らに規律を期待するなと言ったのだ。今はまだ顔色を伺っておるが、次第にぬしとの距離感も理解出来るようになるはずだ。翼人どもにしても、初めに比べればかなりマシになったはずだ。武田と真田については、双方の意思が一致しただけのことだろう。男を求めておる翼人の元に、逞しい男が無防備に近付いてきたのだ。しかも上杉が守らなかった……煽った所があるのだ。結果など、火を見るより明らかではないのか?」
それを言われると、流石に否定は難しい。何しろ俺自身、あの二人のお持ち帰りを黙認していたのだ。
「つまり、焦っては駄目。もう少し長い目で見ろと言うことか?」
「身も蓋もないことを言うのなら、張り切っても空振りするだけと言うことだ。それに、来訪者がこれで終わるとは思えぬからな」
「俺には、鈍感力とやらが求められるということか」
『ああ』と声を出したら、それが良くないと言われてしまった。つまり翼人にしてもハイエルフにしても、俺の一挙一動を見ていると言うことだ。
「とにかく、ぬしは気にしすぎなのだ。ぬしが気にしてもしなくても、奴らはとんちんかんなことを言ってくるししてくるだろう。いちいち気にしていると、若いうちから禿げ上がることになるからな」
俺は禿げないと思うのだが……だが言われてみると、うじうじと悩むのは頭髪に悪そうだ。
いいな、気にしすぎるなよなと言い残し、ラズライティシア様は逃げるように俺の前から消えてくれた。なぜ神話の時代から生きている大魔法使いに恐れられないといけないのか。理不尽だと思っても罰は当たらないはずだ。
「幾ら悩んでも、問題は解決しません」
ああ小谷さんか。先ほどはどうも、助かりましたよ。
「それはどうも。エクシブさんにも、感謝されてしまいました。それから後沢さんから電話が入りました。明日の昼頃に着くのでよろしく頼むのだそうです」
やれやれ、落ち着いている暇も無いな。まあ、あいつの場合は去年から来ると言っていたから仕方ないのだろう。
「後沢さんは、集落の強力なスポンサーですからね。仕方が無いとか考えないように」
いや、あいつにはこれぐらいがちょうど良いはずだ。
ところで小谷さん、小谷さんに一つ質問がある。
「私に、ですか? 何か良くない予感がするんですけど」
特に小谷さんに関することじゃないぞ。そのだ、女性の目から見てセリカ嬢はどう見える?
「セリカさんですよね、今現在諸星さんに色目を使いまくっている」
そう、そのセリカ嬢だ。俺の評価として、見た目はセレスに負けるが、なかなかの才色兼備の女性だと思っている。
「そうですね。見た目は……あまり論評したくないのですけど。確かに、普通に整っていますね。スタイルにしても、胸の大きさだけならセレスさんに勝っていますし。領地を切り盛りしていたので、賢いと言う意味では賢い女性だと思いますよ。それで、セリカさんがどうしたのですか?」
いや、後沢に紹介しようかなと思ったんだ。あいつ、何度もセレスに言い寄ってくれたからな。
「諸星さん、厄介払いしようとしていませんか? それから、今の状況で後沢さんに紹介するのは可哀想ですよ。あの人、もの凄く世間の注目を集めているんです。そんな人が、出身不明の美女を連れて戻ったら、芸能記者に追いかけられますからね」
芸能記者に追いかけられるのか。
「ええ、間違いなく追いかけられます。まあ、自業自得の所はあるのですけど、それだけ注目を集めていると思ってください。経済界の寵児で、しかも良い年をして独身と言うのも大きいんです。それに、結構遊んでおられましたからね……銀座界隈で」
それからと言って、小谷さんはSNSの画面を見せてくれた。どうやら、小谷さんは後沢のフォローを始めたようだ。
「金のケーキでしたか、後はダイヤモンドのリンゴがさりげなく映っています。それからですね、この歳になって身長が伸びたと嬉しそうに書き込んでいます」
奴が、そんなことを書いたのか?
「ええ、ただフォロワーから、測定誤差だろうと突っ込まれていました。それに対して、『人が喜んでいるのに水を差すな』とリプしていましたね。これで、身長が伸びたことを有耶無耶にしたようです。リンゴとケーキは……ケーキの方は、趣味が悪いと突っ込まれていましたね」
リンゴは?
「誰も、あれがダイヤモンドだと気づけませんよ。それから、クリスタルのリンゴは珍しくありませんから。それはそれとして、普通だとここにはたどり着けません。ですから、白船さんに途中まで迎えに出て貰うことにしました。少し北に行った所にある道の駅ですか、そこを待ち合わせ場所にするようですよ」
あいつ、そこまでどうやって来るつもりだ?
「どうやってって、バカみたいにお金を持っているんですよ。どんな方法でもと言うのか、普通に運転手付きの車で来ると思いますが?」
そうか、そう言えばあいつは大金持ちだったな。それなら、余計な心配と言うことになるわけだ。
「そう言うことです。それから、明日も大宴会が予定されているようですよ。山岡さんと薄墨さんが張り切っていました」
あまり刺激をしないように……と言うのは無理だな。それで、奴の住まいは準備できているか?
「第二の掃除は終わらせました。こちらは、神代さんがハイエースさんたちを使っていましたね」
神代さんが、ハイエースを?
「ひょっとしてと考えましたね。はい、それは考えすぎと言うものです。ハイエースさんは、ヴェゼルさんで手一杯ですから」
そ、そうか、だったら良いのだが……いや、別に問題は無いのだよな。異世界人の精液だったら、とっくの昔に小谷さんが受け入れているしな。
「そこで、私の名前を出さないように。それから、自分のしていることを棚に上げないようにしてください。とにかく、明日後沢さんがお見えになることを忘れないでくださいね」
それなのだが、俺も迎えに行った方が良いと思うか?
「その辺りはご自由に。ただ迎えに行ったとしても、セレスさんを連れて行かない方が良いですよ。後ですね、セリカさんを連れて行くのも感心しないと言っておきます」
だったら、早めに行って道の駅でのんびりするのも悪くないな。東京からだと、どう頑張っても到着は午後になるだろうからな。
「一人で羽を伸ばしてくるのですね。諸星さんなら危ないことはないと思いますから、別に構わないと言うのが答えになります。それから先に断っておきますけど、諸星さんと私が抜けるのは問題がありまくりますからね」
そうか、小谷さんは誘わない方が良いと言うことか。了解した、後から白船君に相談することにしよう。
これで、今日のイベントは残っていないんだよな。だとしたら、家でのんびりとさせて貰うか……どうかしたのか、俺が何か間違ったことを言ったか?
「諸星さんのお仕事が一つ残っているんです。一度除雪をして貰いましたが、また道路に雪が積もってしまいました。ですので、もう一度……とは限りませんけど、明日の朝問題なく通れるようにしておいてください」
なるほど、除雪が必要と言うのか。言われてみれば、ここの所夜に雪が降っていたな。
「後ですね、今夜も宴会があるそうです。明日に備えて控えめな大宴会になるのだそうですよ」
控えめな大宴会って……矛盾している気がするのは気のせいか?
「ええ、気のせいですね。宴会の規模と派手さは、直接関係はしませんので」
だから、控えめな大宴会は成立するのだ。それが小谷さんの最後の言葉だった……
「人を勝手に殺さないように!」
ちっ、耳の良い奴。
白船君の運転で、俺たち二人は近場の道の駅に来た。ちなみに俺以外の参加者は、なぜか積極的だったセレスである。
「なぜかって、久しぶりのデートですよ。しかも、二人きりなんです」
いや、白船君もいるのだが。それから白船君、『消えています』なんて言わなくても良いからな。
「車で10分の所に、立ち寄り湯がありますよ。しかも、貸し切り出来ますけど」
なぜ、今、その情報を? いや、有益ですねって。セレス、行ってみたいのかな? そうか、行ってみたいのか。ところで白船君、時間的には大丈夫なのかな? 全く問題ない。そうか、問題ないのか。それから釘を刺しておくけど、君は貸し切り風呂の員数外だからな。
命が惜しいからわかっている。嫌だなぁ、そんなことで貴重な人員を死なせたりしないよ。せいぜい、記憶が欠落する程度だよ。
「アクアですけど、呼んでも良いですか?」
それは構わないけど、どうやってここまで呼び寄せるんだ? いや、そこで上を指差さないでくれるかな。これが夜ならわかるけど、流石に人目に付きやすいと思うんだ。
今日の所は諦めてくれるんだね。ああ、君が常識的で信用できると言うのはわかっているよ。だから、皆まで言わなくても良いんだ。それに、有給休暇も余っているんだろう? 感謝する、かい。水臭いね、一緒に頑張ってきた仲だろう、俺たちは。
と言うやりとりの後、俺たちはお昼を十分に過ぎた所で後沢と合流した。似たようなワゴンから、男二人と女性が一人降りてきた。
「予告通り来てやったぞ」
「本当に来たんだな、で、そちらの二人は誰なんだ?」
と言うのも、御衣黄さんの姿が見当たらなかったからだ。男の方には見覚えがあったのだが、まさか来ないよなと思えるような大物だったのだ。
「こいつは、俺の遊び仲間の堀内だ」
遊び仲間と言うのだから、碌な奴じゃないだろうとは想像することが出来た。ただ堀内氏の行動は、後沢の二番煎じでしかない。どう言うことかと言うとだ、挨拶前にセレスを口説いてくれたと言うことだ。
ちなみに堀内氏は、後沢より背が高いのだが、それでもセレスよりは低かった。
「堀内新司って……確か、有名なベンチャーキャピタリストだよな?」
「ああ、山師の堀内だ。一応菅谷先生のお許しは貰っているからな。それから堀内、孝明を紹介するから無駄なことを止めてこっちに来い」
「晋作、お前絶対に目が悪いだろう。どうして俺がしていることが無駄に見えたんだ?」
「一度俺も通った道なんだよ。それよりも、無かったことにされる前にこっちに来い」
「その無かったことと言うのに興味があるんだが……まだ時期尚早なんだろうな」
わかったと言って、堀内氏が近付いてきた。そして俺の頭からつま先までじっくり眺めて、『地味だな』と論評してくれた。
「後沢、類は友を呼ぶと言うのだが……二番煎じを連れてきてどうするつもりだ?」
「知恵を出してくれる奴が多い方が良いと思っただけだ。金は、こいつに頼らなくても問題ないからな」
「俺に任せれば、100億ドルぐらいの融資を引っ張ってこられるぞ」
「まだ、そこまで目立つわけにはいかないんだよ。いい加減挨拶の一つぐらいしろ」
「驚いたな、後沢が常識的に振る舞ってる」
「孝明、なにげに失礼なことを言ってくれるな。早く場所を変えたいので、最初の儀式を終わらせろと言っているだけだ」
最初の儀式か。確かに儀式に違いないな。
「『集落』のリーダーをしている諸星孝明だ。そして隣にいるのが、妻のセレスだ」
「俺の名前ぐらいは知っているよな。その堀内だ」
「で、そちらの女性は? 御衣黄さんを連れて来るんじゃなかったのか?」
「その御衣黄かすみだが?」
ああ、そうなのか、すっかり見違えた……で良いのか? そのなんだ、5日前とは別人に見えるのだが。
「諸星さん、お久しぶり……と言っても5日ぶりですね。御衣黄かすみです」
「あ、ああ、すっかり見違えた。久しぶり、御衣黄さん」
どう見違えたかと言うとだ。以前あった野暮ったさが消え、すっきりとした美人さんに生まれ変わっていたのだ。しかもケバケバしさが全くない、オタクの妄想を具現化させた美人になっていた。
「ええ、短い時間でしたけど努力しましたので」
明らかに姿勢も良くなっていたのだ。確か以前は、もう少し猫背だったような気がする。
それはそれとして、移動することにしようか。
「ところで後沢、予定はどうなっているんだ?」
「取りあえず、今日は何もするつもりはないな。それから、1ヶ月ぐらいいてやるつもりだ」
「堀内氏は?」
「俺も1ヶ月ぐらい予定を空けてある」
そうか、二人とも1ヶ月近く滞在すると言うのだな。入れ物はあるから、勝手にやってくれと言うのが答えになるのか。
「良いのか、勝手にやって」
「限度を超えるようだったら、その時には強制力を働かせてやる。その程度だと思ってくれれば良い」
「なんだ、その強制力ってのは?」
どうやら堀内氏は、事情の説明を省略されているようだ。
「それは、着いてのお楽しみで良いんだよな?」
「それで構わないと思うぞ」
ここで説明したとしても、どうせ新たな事実と言う奴が判明するのだ。だったら、纏めて説明した方が早いと言うものだ。
「ここまで連れてきておいて、出し惜しみをするのか?」
「その方が面白いと思っただけだ」
いや、考えてみれば堀内氏の苦情は正当なものだと思うぞ。堀内氏の動かす金を考えれば、この時間だけでも莫大なものになるはずだ。
それを考えるだけで、俺が小市民なのだろうな。こいつらにとっては、これから見せられるものの方が重要なのだろう。
国道を南下し、整備の忘れられた県道へと進入する。除雪をしておいたので、この辺りの走行には全く問題は出ない。ああ、まだ除雪命令が生きていたんだな。無人スコップが2つ、道路脇の雪を崩していたよ。
「晋作、多分俺の見間違いだと思うのだが」
「奇遇だな、俺も自分の目が信じられないんだ」
「その、私もそうだと言っても良いですか?」
「何か、目を疑うようなものがあったか?」
俺の言葉に、堀内氏が遠慮がちに「除雪なんだが」と口を開いた。
「スコップが動いているのは見えた。見えたのだが、人の姿が見えなかったんだが?」
「そりゃあ、人がいないから見えないのは当たり前だろう」
「なぜ、人がいないのにスコップが除雪をしているんだ?」
「人がいないと何か問題があるのか?」
「その質問自体、おかしなものだと思うのだがな……」
そこで黙ったと言うことは、確実に違和感を持ったからと言うことだろう。後沢も黙ったから、これで無人スコップは終わりと言うことになる。
そして県道に入ってから30分、俺たちを乗せた車は第二上里荘へと到着した。なぜ第一ではないかと言うと、彼らには第二を拠点にして貰うからだ。
「ようこそおいでくださいました」
掃除の延長なのか、はたまた誰かの悪乗りなのか。翼人の二人、ハイエース氏とヴェルファイアが出迎えをしてくれた。そこでなぜ『誰かの悪乗り』と言ったのかと言うと、二人が翼を隠していなかったからだ。
後沢は、確かヴェルファイアとは二度目だったな。
「このコスプレがどうかしたのか?」
「新司、お前にはコスプレに見えるのか?」
「なんとかと言うアニメのコスプレじゃないのか?」
「だそうだ孝明」
「と言うことなので、二人ともコスプレじゃないことを教えてやってくれるかな?」
畏まりましたと言って、二人は翼を羽ばたかせた。別に風を起こすためではなく、空を飛ぶためである。それから、俺に向かって『畏まりました』は過剰だからな。
「ハイエース、ヴェルファイア、二人を抱えてくれるか?」
「それで宜しいのですね。畏まりました」
だから、畏まりましたは必要無いって。それから、あまり高く飛ぶと怖がられるからな……遅かったかな。
「取りあえず、中に入って話をしましょうか」
「お茶の用意は、セリカ様とポルテがしています」
違いを見せる意味では、間違った人選じゃないのだろうな。ただな、その二人に任せて大丈夫なのか?
「小谷様に指導を受けていましたので……多分大丈夫なのかと」
なぜ、俺の知らない、聞いていない演出がされているのだろう。もしかして、これは小谷さんの差配なのか?
そう思ってロビーに入ったら、スーツ姿の小谷さんが待っていた。こうして見ると、議員秘書なんだよなと感心してしまう。
「後沢様、堀内様、御衣黄様、ようこそ上里集落へ。私は、菅谷先生との連絡係を務めている小谷と申します」
ああ、3人が座った所で、綺麗どころ二人がお茶を出してくれたよ。小谷さんが指導しただけのことはあって、ちゃんと様になっているんだな。
「そのだ、耳の長い女性は『エルフ』と思って良いのか?」
「そのエルフなのだが?」
「確か、彼女たちは年末にはいなかったよな?」
「お年玉だ……と言うのは冗談だが、1月1日の昼にやってきた。あちらの貴族令嬢1人と、エルフの男性5、女性13が新しく加わったことになる。それから追加の情報だが、あちらの世界とはまだ繋がっている」
「お前の非常識さは変わらないのだな……孝明っ」
「向こうからやってきただけだ。俺の責任範囲外だと思うぞ」
「俺には、お前が原因としか思えないんだよ。まあ、いい……おい堀内、御衣黄、気を確かに持て」
「お、おい晋作、ここは一体何なんだ?」
ああ、ラズライティシア様も来ていたのですね。ドッキリですか、ええ、ドッキリが成立したと思いますよ。これも小谷さんの差配なのですか。なるほど、小谷さんも遊び心がわかってきたと言うことですね。
「ここは何だと聞かれたのだが……どう答えるべきなんだ?」
「どう答えるって……ただの寂れた集落なのだがな。ただ、ちょっと異世界と言う奴と縁があるだけだ」
「だそうだが……堀内、それで納得がいったか?」
「どうして、こんな説明で納得が出来るんだっ! おかしいよな、絶対にっ!」
その気持ち、俺が同じ立場だったら理解出来る話だぞ。ただなぁ、もう慣れたと言うのか、こんなものだと思って受け入れるしかないんだよな。
「だそうだ孝明」
「だそうだと言われてもだなぁ、世の中には不思議が満ち溢れていると思ってくれれば良い」
「不思議で誤魔化すなっ……ところで、セレスさんも違う世界から来たと言うことか?」
「俺が飛ばされた世界で、冒険者ギルドなる組織の受付嬢をしていた。どうかしたのか?」
「どうかしたのか……か。今の話が正しければ、お前は異世界転生とか言うのをしたことになるんだぞ。そんな与太話を、大真面目な顔で聞かなくちゃいけない俺は、どうすればいいんだ?」
「ちなみに、俺がしたのは転生じゃなくて転移らしい。と言うのはおいておくが、これだけ証拠が揃った以上、そう言うものだと思って貰うしかないのだがな」
「なかなか、開き直れるものじゃないのだが……ただなぁ、これでめげていたら呼ばれた価値がないと言うことか」
そこで両手で顔を張ったのは、気合いを入れる意味を持っているのだろう。どうしてなかなか、軽薄そうに見えても気合いを大切にする質だったんだな。
「それで、諸星氏は俺たちに何を期待するのだ?」
「最初の目的は、俺みたいに帰ってきた奴が暮らせる場所を作ることだった。ただ帰ってくる奴はいないくせに、こうして飛ばされてきた奴が現れるようになってしまった。それならそれで、飛ばされてきた奴が安心して暮らせる場所を目指そうと考えたと言うことだ。ただ、俺には力はあっても経済力がない。そして政治的な力も持っていないんだ」
「流石に、政治力は無いぞ。つまり、俺たちは経済力を期待されたと言うことか?」
「素材で良ければ、貴金属ぐらい提供できるのだがな。知っての通り、売り捌くのも問題が多いんだ」
「例の金のケーキなんだが、孝明が作ってくれたものなんだ。ダイヤモンドのリンゴもあるんだぞ」
「ダイヤモンドのリンゴって……おまっ、あれはクリスタルじゃなかったのか?」
「SNSでも、屈折率がおかしいと指摘している奴がいたよな」
「つまり、クリスタルじゃなくてダイヤモンドとと言うことかぁ……常識が壊れるってのはこう言うことを言うのか」
冷めたお茶をぐいっと飲んで、堀内氏は『面白い』と言って身を乗り出した。どうやら、彼の心にも火が付いたようだ。こう言った不屈の心が、成功するには必要なことなのだろうな。
「それで、御衣黄女史と言うことだな。差し詰め、生命の神秘を金にすることを考えているのだな」
「せっかくサンプルがあるんだ。不老長寿でもなんでもいいのだが、生命の神秘に迫っても良いだろう」
「サンプルがあっても、解明できると思って欲しくないんですが……ですが、出来ないとは言いたくありませんね」
「つまり、最初の投資対象は彼女の研究費用と考えれば良いわけだ。必要機材って、幾らを考えれば良いんだ?」
「方針を考える方が時間が掛かると思います。ただ遺伝子分析は必要なので、その機材をどうするのか考える必要があります」
いや、なんだ、こうして見ると御衣黄さんって綺麗なんだな。年末に会ったときとは、はっきり言って顔つきが変わっていたのだ。そして道の駅の時と比べても、はっきりと顔つきが変わっていた。どうやら、彼女のハートにも火が付いたようだ。
「ところでお三方、異世界と言う所に行ってみたくないか?」
「行けるのか?」
「まだ繋がっていると教えたはずだがな。ちなみに、自衛隊の関係者3人はすでに招待済みだ」
「この格好でも構わないのか?」
「構わないと言うのが答えになるな。なんだ、セリカ」
「今なら、まだワイバーンが解体途中だと思います」
「下に降りても大丈夫なのか?」
「私は、民たちの為に犠牲になった聖女なのですよ。間違いなく、歓迎して貰えると思います。こちらの食事より味は落ちますけど、今ならワイバーンの肉も食べられると思います」
「それは良いのだが……既成事実を作ろうとか考えていないよな? なぜ、そこで顔を背けてくれる?」
「孝明、わかっててやってるのか。いい加減、手当たり次第にコナを掛けるのは止めた方が良いと思うぞ」
「俺は、コナを掛けているつもりはないんだよ」
「別に、諸星氏の下半身はどうでもいい。連れて行って貰えるのなら、是非とも異世界と言う奴をこの目で見てみたい!」
どうでも良いと切り捨てられるのは心外だが、まあ堀内氏の言いたいことは理解出来る。それは良いのだが、長旅をしてきた所だよな。疲れを取らなくても大丈夫なのか?
「つまり、お預けをしてくれると言うのか?」
「行きたいと言うことか……御衣黄さんは?」
「かすみで良いです。是非ともと言わせて貰います」
「後沢は……まあ、今更の問いだったな」
どうやら、3人とも我慢は出来ないようだ。それならそれで、誰が行くのかの人選が必要となる。もう決まっている? 今回は政経関係だから、白船君が抜けて小谷さんが加わるだけと言うのだね。つまり、ラズライティシア様も必要と言うことだ。
「エルフを守護するお方ですから。是非ともおいでくださいと言うのがお答えになります」
そうか、そうだな。確かにラズライティシア様が居た方が良いのだろうな。
と言うこともあり、総行程2時間ほどの短時間ツアーを強行した。地上に降りたか、か。ああ、地上に降りて住民たちの歓迎を受けたよ。ワイバーンの肉はどうかと言うと、まああっさりとした鶏肉と言う感覚だったな。悪くはないのだが、やはり味付けが微妙と言えるものだった。野趣溢れると言うと聞こえは良いが、肉の始末と言う意味では足りない所だらけだった。
「あのような巨大な生物が空を飛ぶと言うのが脅威だと思います。魔法で良いのでしたか、魔法だけで説明を付けるのは問題だと思います」
「空を飛ぶ原理の解明が出来れば、それだけで巨額の金が動くことになるな。金の匂いしかしないのだが、どう手を付けていいのかさっぱりわからない」
「観光資源に……はできないな」
これが、帰ってきた3人の感想である。言いたいことは理解出来る。とても理解出来るんだよ。だから君たちには、その壁を乗り越えて貰いたいと思っているんだ。そうしないとだな、俺たちが単なる穀潰しになってしまうんだ。
金、量産しても良いのか? 良いんだったら、いくらでも量産するぞ。
脅しにならない脅しを掛けながら、今日もまた大宴会へと突入することになった。4日目と言うこともあり、ハイエルフたちも馴染んできたようだな。
そうか、村の踊りを見せてくれるのだな。うん、中々可愛くて良いと思うぞ。年齢は……考えないことにしておくが。どうした後沢、やけに真剣な目で見ているのだが?
「知り合いにプロデューサーがいるのだが……紹介したものかどうか考えている。踊り……ダンスだな、ダンスのレベルももの凄く高いからな。男の方にしても、間違いなく売れっ子になってくれそうな気がするんだ。ただなぁ、まだここの扱いはまだまだ微妙だからな」
まだまだと言うのか、今はとても難しいと言うのが答えになるのだがな。今出来るのは、将来の飯の種を仕込んでおくことぐらいだろう。
「何だよなぁ、だから悩んでいると言うことだ。絶対に人気が出ると思うんだよ」
まあな、ここに来たときに比べてぐっと表情も柔らかくなっているし。確かに魅力的と言うのは間違っていないな。ただな、芸能界は流石に無理があるぞ……どうかしたのかな、白船君。
「芸能界直は無理でも、トベとかチクタクなら可能だと思いますっ!」
「トベにチクタクね……」
「バズれば、1億ビューだって難しくありません。いえ、もっと上を目指せると思います。運営資金の足しにはなると思います」
「それは良いのだが、誰がプロデュースをするんだ? ああいったものには、必要な才能と言う奴があるんだぞ」
「公開方法でしたか、確か上杉さんたちが引き取って帰りましたよね。あちらの動きを待たれてはいかがでしょう?」
「自衛隊にか?」
「自衛隊にです。活用されているのかは疑問ですけど、人材なら豊富だと思いますよ」
それからと、小谷さんは俺に釘を刺してくれた。
「ラズライティシア様にも言われていましたね。あまり急がないように。慌てるのは、後沢さん、堀内さんに任せておけば良いんです」
「慌てるな、か?」
「リーダーなんですから、どっしりと落ち着いていてくれれば良いんです」
どっしりと落ち着いて、ね。それって、結構苦手だったりするんだよな。
3人には常識人として登場して貰いました。ただ、今後重要な役目を負って貰います。




