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新しいピース

村の特産は異世界です


・新しいピース


 会場からは4時に追い出されるので、ホテルにはかなり早い時間で戻ることになった。ただ全員の興奮が半端なかったので、急遽中程度の宴会場を借りることにした。夕食にはまだ早いのだが、ホテルに頼み込んでデザートをふんだんに用意して貰った。


「ちなみに、俺の伝手で極上スィーツも手配したぞ」


 その辺り、流石は日本有数の実業家……金持ちと言うことだな。


「実業家で良い。金持ちと言われると、急に価値が下がった気がする」


 じゃあ言い換えておこう、大金持ち様は流石だ。


「嫌味か、それは金を持っている俺に対しての嫌味なのか?」


 金(かね)を金(きん)と読み替えれば、俺だって無尽蔵に用意できるんだがな。ほら、例えばこのケーキ。ちょっと命ずれば、こんな風に金のケーキになってくれるんだ。


「つくづく非常識な奴だな。このサイズの金塊だと、5千万円強の価値があるぞ。それで、これを俺にくれるのか?」


 これからの投資額を考えれば、この程度なら痛くも痒くもないな。だから好きにしろと言うのが俺の答えと言うことになる。答えになるのだが、こんなものをどうするつもりだ?


「いや、ちょっとマスコミに自慢してやろうと思っただけだ。なに、これもイメージ戦略って奴だな。あぶく銭に、舞い上がったお調子者って奴だ」


 そのものズバリと言う気もするのだが。なんだその『厳重に抗議する』ってのは。なに、お前の本質はただ大胆バカなだけだと言うのか。


「バカは余分だ。無駄遣いをすることで、本当の狙いを隠している、とでも思ってくれ」


 それで、金で出来たショートケーキか。だったら、もう少しおバカに付き合っても良いんだぞ。


「そうか、だったら壺を持ってくるから、純金の壺って奴にしてくれ」


 それはなにか、危ない宗教に引っかかったと言うカムフラージュなのか。ただな、本当に引っかかってるような気もするのだがな。


「じゃあ、お前が危ない教祖なのか?」


 ああ、それはないな。だったら問題は無いのか。と言うことで、これはおまけだ。

 金だけだと芸が無いので、リンゴを1個ダイヤモンドに変えてやった。


「クリスタルのリンゴか? 時々売ってるのを見たことがあるんだが?」


 違う、これはダイヤモンドのはずだ。見た目がガラスと言われれば、まあそうだなと言ってやるのだが。どうした、なんでこめかみを指で揉んでいるんだ?


「俺と同じ感性を持っている。だからお前も非常識と言ったよな。あれなんだが、はっきりと訂正させて貰う。お前は非常識なんじゃない。お前の感性は壊れているんだ」


 そもそもと言って、後沢はダイヤで出来たリンゴを取り上げた。


「世界最大のダイヤモンド。原石の状態でこれぐらいの大きさだったそうだ。そしてその市場価値なんだが、今なら2千億程度と言われているんだぞ。いいか、原石の状態でだぞ。研磨された奴だと、この6分の1ぐらいが最大なんだ。これが本物だと鑑定されると、いきなり世界最大を塗り替えることになってしまう」


 じゃあ、鑑定しなければ良いということだ。せっかくだから、ペーパーウェイトにでもしてくれれば良い。


「ああ、そうさせて貰う」


 頭が痛いと言いながら、後沢は俺から離れていった。勿論、金のケーキとダイヤモンドのリンゴはしっかり確保されていた。


「良いんですか?」


 近付いてきた小谷さんが、少し心配そうに後沢の方を見ていた。


「ちょっと、後沢氏に出来ることを見せてやっただけだ」

「ですが、いくら何でも高価すぎますよね?」

「俺自身では売却できない代物なんだぞ。つまり、世間的な価値が幾ら高くても、俺には価値がないものと言うことだ。何しろ、その気になれば量産も可能なんだからな」

「後沢さんが、『感性が壊れている』と言いましたよね。その通りだと同意しようと思ったんです。ただ、ちょっと違う見方が出来るのかなと思い始めました」

「ちなみに、その違う見方と言うのは?」

「敢えて、身近な人の常識や感性を壊そうとしている。異世界人じゃありませんよ。こちらの人のと言う意味です」


 なるほど、中々的を射た指摘には違いないな。ただその意図でやっていたかと言うと、その辺りは微妙と言うのが俺の答えになる。


「微妙……と言うことは天然だったんですか?」

「流石に、天然と言うことは無いぞ。ただ、俺と付き合っていく奴には、いちいち驚かれたくないんだよ。だから感性を麻痺させた……その意図ぐらいは持っていたさ」

「意外と言っちゃいけないんですね。やっぱり諸星さんって、アクだったんですか」

「その悪の意味によるがな。善良なだけじゃ、あっと言う間に食い物にされてしまうだろう? 俺は俺の責任……と言う点には疑問があるんだが、俺の責任として弱い奴を守ってやろうと思っているだけだ」

「その弱い奴って、異世界から連れて来られた人を言っています?」

「本当は、戻ってきた奴のつもりだったんだがな。ただ、連れて来られた奴も含めないと可哀想と言うのはわかっている。戻ってきた奴以上に、連れて来られた奴にはここに来る理由はなかったんだからな」

「諸星さんって、アクと同時に優しいんですね」

「まあ、ヤクザだって身内には優しいだろう。俺の優しさなんて、せいぜいその程度のものだと思ってくれ」

「あまり、露悪的なことを言わないように。なんのかんの言って、翼人たちにも優しいと思いますよ」

「厳しく……と言うより、残酷な面を見せる必要がなかったからだと思ってくれ。改めて言わせて貰うが、俺だって人なんだよ。できるだけ抑えているが、感情で動くこともあるし、大抵のことならもみ消してやろうと考えることもあるんだよ」

「諸星さんが、残酷な真似をしなくて済むと良いですね。それだけ、菅谷先生の責任が重大と言うことですか」

「菅谷先生だけに押しつけるつもりはないのだが……ただ、社会的には俺の力なんて無いに等しいのも問題なんだよ。だから、力のある先生たちにお願いをしないといけなくなる。資金的に手を引きたがっているのも、先生の立場を考えれば不思議じゃないだろうな」

「官房長官を辞されたら、確かに機密費を使えなくなりますね」

「そう言うことだ。叶うなら、きれい事を言っていられる時間が続いて欲しいと思っているよ」

「多分……間違いなく、難しいことだと思いますよ」


 はあっとため息を吐いて、小谷さんは俺から離れていった。彼女の立場を考えれば仕方が無いのだが、浮かれ気分の時に話したい話題じゃない。

 こう言う時は、翼人たちを見習って陽気に騒ぐのが一番なのだ。よし、俺もちょっと羽目を外すか。


 おい、なぜいきなり盛り下がる!


 なに、偉い人は口を出さないのがマナーだ? だから、俺は偉い人じゃないんだ。いつもそう言っているだろう?

 現実を見ろ。色々と命令しているだろう。そりゃあ、まあ、色々と命令はしているよ。命令をする以上、立場が上と言うのを忘れるな。偉い人が混じると、楽しむときに楽しめないと言うのだな。

 なあ、ぐれて良いか。ぐれるの意味がわからない。ただ良くない予感だけはすると言うのだな。ああ、その予感は正しいと思うぞ。


 なし崩しに始まったスィーツ宴会は、そのまま場所を変えてただの宴会へと移行した。しかし君たち、食欲が半端ないのだね。食べるものすべてがおいしい、だから食べられるときに食べておくと言うのだね。ただね、山岡夫妻や服部氏のいる所で言うことじゃないと思うんだ。

 それはそれ、こう言ったジャンク系は経験が無かったと言うのだな。確かに、彼らの作る料理は高級なのが多いな。だったら、あっちで作る料理もジャンク系にして貰うか。どうしたのかな、白船君。


「ジャンク系を悪いとは言いません。ただ、そればかりと言うのはどうでしょう。こういったものは、たまに食べるからおいしいのだと思いますよ」


 つまり、エビ蟹とかの高級料理を止めないで欲しいと言うのだね。いいんだよ、その欲望に忠実な所は好きだから。それに、たまに食べるからおいしいと言うのも理解出来るんだ。だから高級料理は、たまに食べるので良いんだよな。

 そこで、どうしてセレスの手料理が出てくるんだ。あれは、間違いなく家庭料理だぞ。違う、食材ではなく誰が作っているのかが重要だと言うのかい。


「ですが、孝明様に食べて貰えるのが私の幸せなんですよ」


 まあ、そう言うことだ。それから、『夜も』と付け足すんじゃない。その一言で、『食べて』が別の意味を持つことになるんだからな。




 そんなおバカなノリで夕食をとったのだが、意外なことに宴会は引っ張られなかった。どうやら、全員が明日に備えているらしい。ただ明日は、コミケには行かないそうだ。この2日間で、十分オタクの祭典を堪能できたのが大きいらしい。

 だから明日は、大晦日の景色を楽しむことにするそうだ。具体的にはチャーターしたバスで横浜に行き、昼食は中華街で楽しむことになっている。そうか、横浜中華街か。肉まんとか焼き小籠包とかおいしいんだよな。違う、中華街には昼食の為にだけ行く。その後は、インバウンドよろしく鎌高前で海を見ると言うのだね。なぜ鎌高前? ああ、あそこも別の意味で聖地と言うのだね。あちらで綺麗な海というのを見ていないから、海を見に行くのも良いと思うよ。ああ、それから江ノ島観光にも行くのだね。

 誰の計画? この辺りは神代さんが提案した。だったら神代さん、グッジョブと褒めておこう。


 夕食後少し休憩をしてから、俺とセレス、ラズライティシア様と小谷さんは出かけることにした。そう、後沢氏のご招待と言う奴である。迎えに来ていた大型ワゴンに乗り込み、俺たちは夜の東京へと連れ出された。年末だからか、街の中はライトアップされ、とても幻想的な景色を作り出していた。俺を含めて田舎者揃いなので、全員がしばらくその光景を眺めていたぐらいだ。


「灯りの数が、文明とやらを現しておると言うことか」


 感慨深げに語ったラズライティシア様は、凄いものだと素直に賞賛した。


「何千年もの時間を経たわれだが、このような景色にお目に掛かったことはない。まあ街一面が火の海と言う、忘れたい光景ならあるのだがな。それにした所で、もっと規模の小さなものだった」


 そんなものは、思い出さない方が良いものだな。

 俺の言葉に、確かにそうだとラズライティシア様は頷いた。


「なにゆえ、われらの居た世界はこのような発展をしなかったのであろう。聞く所によると、この世界でも200年ほど前は電気の明かりなど無かったそうではないか」


 しかも、魔法と言う技術も無かったのだがな。その意味で言えば、200年ほど前との比較であれば、あちらの世界の方が進んでいたことになる。


「それから言っておくが、数千年前に遡っても似たようなものだったぞ。それを考えると、何者かが技術の進歩とやらを阻んでいたように思えるぐらいだ」


 その可能性は否定できないが。もしもそんな真似ができるとしたら、神と呼ばれる存在だけになる。それならそれで、神の意図が気になってしまう。


「そうだな……どうやら到着したようだぞ」


 ああ、車がホテルの車止めに入っていったな。それは良いのだが、本当にここで良いのか? ここって、そんなに高級じゃないホテルだよな。

 とは言え、俺たちはどこに連れて行かれるのか教えられていない。その事情は小谷さんも同じで、俺の視線に対して首を振ってくれたのだ。だとしたら、大人しく案内に従った方が良いだろう。


「諸星様でございますね。ご案内させていただきます」


 ちょっと年配の黒服が現れ、俺たちに向けて頭を下げてくれた。どうやら、ここで間違っていないようだ。ホテルの格については、何かの意図があると考えておくことにしよう。

 案内されるままエレベーターで上がった俺たちは、こぢんまりとしたバーへと連れ込まれた。ぱっと見で客らしきものがいない所を見ると、どうやら貸し切りになっているようだ。


「よう、よく来てくれたな」


 相変わらず馴れ馴れしいと言えば良いのか、経済界の寵児とは思えない態度をとってくれる。

 ただ、それを指摘しても良いことはない。だから俺たちは、勧められるまま席に着いた。ちょっと柔らかめのソファーと言うこともあり、しっかりとお尻が沈み込んでいた。

 それからセレス、そこに座るのはダメだからな。お前は俺の隣に座っていれば良い。


「けちくさい奴だな。せっかくいい女を紹介してやろうと思っているのに」


 いい女なら間に合っている。本当にいい女だと思っているのなら、お前が手を出せば良いだけだろう。お前が手を出さない以上、いい女じゃないと言うことだ。


「それも道理と言えばそうだな。それからラズライティシア様、本日はようこそお越し頂きました」

「われは孝明のおまけだからな。それ以上でもそれ以下でもないと知ることだ」

「いえいえ、孝明が居なければ間違いなく主賓はあなただと思います」

「そして、今日は孝明がおるのだ。従って、われは主賓ではないことになる」

「お約束のやりとりは良いのですけど、その紹介してくださる方はまだお見えではないのですか?」


 ああ、やっぱり小谷さんが居てくれて良かった。俺と言う例外を除き、このメンバーはまとまりがないんだよな。

 なぜ、自分を除外する。類は友を呼ぶと言う言葉を知っているか。失礼なことを言うな、それぐらいの言葉は知って居るぞ。知っているとしたら、自分を客観視するのも必要。どうして、そんな話になるのだ?


「彼女なら、もうすぐ到着する頃だよ。道に迷っていることはないと思うよ、多分だが」


 つまり、彼女とやらには迎えを出していないと言うことか。彼女とやらの為ではなく、待たされる俺たちのために迎えを出した方が良かったんじゃないのか。


「孝明のためならそう言うことだろうな。ただな、一応お互いの立場を明確にしておこうと思っただけだ。仲間に加わってからなら、それなりに甘やかせてやるさ」


 そんなことを言っていたら、先ほど見た男性が後沢に耳打ちをしていった。『通してくれ』と言った所を見ると、待ち人来たりと言うことなのだろう。


「ようやく到着してくれたようだ」


 その言葉の直後、『お見えになりました』と一人の女性が案内されてきた。薄暗いので顔はよくわからないのだが、身長的には小谷さんより少し高いぐらいかな。ぺったんこの靴を履いているので、多分それぐらいと思って良さそうだ。


「紹介する。御衣黄かすみさんだ。御衣黄、こちらが諸星氏だ。隣に居るのが、奧さんのセレスさん。重要な関係者のラズライティシア様、そして訳ありの小谷さんだ」


 ああ、俺たちを睨んでくれたな。どうやら、俺たちの第一印象はあまり良くないようだ。その辺り、かなり後沢の責任が大きいと思うのだが。

 それはそれとして、俺たちは『立ち上がって』彼女に挨拶をした。お陰で顔が近くなったので、彼女のもの凄い美人とか言う顔立ちを見ることが出来た。正直な気持ち、この程度で『もの凄く美人』なのかと思ってしまった。まあ比較対象がセレスであり、ルーテシアなのだからな。翼人の二人ヴェルファイアやセンティアにしても、間違いなく彼女よりは俺の好みだった。


「後沢さん、スポンサーになってくださるのですね」


 まずそれを確認するのか。ああ、彼女自身追い詰められていると言っていたな。なるほど、確かに表情に余裕がないな。


「それは、孝明の判断次第だな。こいつがダメと言ったら、俺はスポンサーになるつもりはない」

「孝明……諸星氏……諸星さんが同意すれば良いと言うのですか。失礼ですが、諸星さんは何をなさっている方なんです?」

「孝明が何をしているのか、か?」


 そこで言葉に詰まる理由。ああ、とても良く理解出来るぞ。俺だって、自分が何をしているかなんて説明が出来ないからな。集落のリーダーなんて、何をしているの分類に入らないだろう。


「孝明、お前何をしていたっけ?」

「流石に、それはないと思うぞ」

「だったら、どう説明する? ちょっと変わった集落のリーダーって、説明になっているか?」

「立場としては間違っていないぞ。ただな、説明になっているかと言われると疑問なんだが……」

「だろう、だから俺も説明に困ったんだ」

「後沢さん、私をからかって遊ばれていませんかっ!」


 ああ、言葉に怒気が滲んでいるよ。まあ、呼び出しておいて、ちゃんと理由を説明できないのだから仕方が無いと言えば仕方が無いんだが。特に年末押し迫った時の呼び出しだから、少なくとも後沢は暇ではないはずだ。その暇ではない男の呼び出しだから、重要な話を期待しても不思議じゃない。


「いや、遊んでいるつもりはないのだがな。ただ孝明の場合、重要なことを外すと説明に困ると言うのが理由なんだな。そしてその重要な話は、国家レベルの機密事項になっているんだ」

「やっぱり、私をからかって遊んでいますよね。どうしてこんな男のことが、国家レベルの機密事項になるんです!」

「だそうなんだが、孝明色々と無かったことに出来るか?」

「別に難しくはないのだが……今からか?」

「いや、ばらした後のことだ」

「だったら俺が判断してなかったことにする」

「と言うことでお許しを得た。さて、どうやって度肝を抜いてやるかな」


 そこで顔を見られたラズライティシア様は、「これで良いか」と手のひらに灯りをともしてくれた。初歩も初歩の魔法なのだが、暗い室内のお陰で幻想的に見える奴である。


「灯りを付けた程度で何かあるのですか? こんなもの、科学的に再現することが出来ますよ」

「まあ、燐光だったか。その手のものを使えば難しくないのは確かだな。ただ問題は、ラズライティシア様の顔を見て欲しいと言うことだ」

「顔を見てって……付け耳に何か意味があるんですか? やっぱり、巫山戯てますよね」

「付け耳なのだそうだ。ラズライティシア様、触らせても宜しいですか?」

「命がいらんと言うのなら構わんぞ。そもそもわれには、その女を納得させなければいけない理由はないのだ」

「確かに、お願いをされる側なんですけどね。どうする孝明、やっぱり帰って貰うか?」

「俺としても、納得させなければいけない理由はないぞ。それで不利益を得るのは、俺じゃなくて御衣黄さんだったか、彼女の方だからな」

「言われてみればそうだな。俺も、別の研究者を当たれば良いだけだからな」

「だから、私をからかって何をしたいんですかっ!」

「やっぱり、翼人を連れてきて貰えば良かったか?」

「コスプレと言われて終わりそうな気がするぞ」


 しかたがない。本当に納得させなければいけない理由はないんだ。ただ出てきた以上、手ぶらで帰るのも癪に障るのは確かだ。


「御衣黄さんだったか、悪いがそのグラスを持ってくれないかな」

「グラスを持てば何かあるのですか?」


 水の入ったクリスタルのグラス。重量にして、200グラムと言う所だろう。じゃあ、ちょっといつもの奴をすることにしよう。『金になれ』と。これで、200グラムのグラスが、3キログラムの金のグラスに化けることになる。

 まあ、握力がと言うより、備えてなければ普通に腕力が負けるよな。ああ、テーブルに手を打ったのだな。まあ、その痛みが現実と言うのを教えてくれるだろう……と思ったら甘かったようだ。


「催眠術ですよね。手が急に重くなると言うのは、定番だと思いますが?」

「そう思うのだったら、自分が何を持っているのか確認してくれ」

「これも催眠術だと思えば説明は付きます」

「おい後沢、本当に彼女は非常識なのか? 俺には、常識に凝り固まっているように見えるんだが」

「おかしいなぁ、十分以上に非常識だと思ったんだが。そもそも常識的な奴が、俺の所に売り込みに来るか?」

「来るかと言われたら……流石に否定は出来ないな。研究と言うのは隠れ蓑で、愛人狙い……ちがうか、お前は独身だったな。正妻狙いだったんじゃないのか? ああ御衣黄さん、コップは立てておいてくれるかな。これから元に戻すと、中の水が零れるんだ」

「どうして、私が愛人なんか狙わなくてはいけないんですっ!」

「それは良いんだけど、コップを立ててくれると嬉しいな」


 ああ、意地になってひっくり返してくれたよ。仕方が無い、少しだけ現実と言うのを見せてあげよう。

 と言うことなので、『元に戻れ』と。


「つ、冷たいっ!」


 ああ、しかもグラスを割ってくれたよ。流石に、このままじゃ危ないな。

 と言うことなので、もう一度『元に戻れ』と。無かったことにしてあげないと、この寒空濡れたままでは可哀想だろう。


「これも、催眠術で説明が付きますよ、ね」


 どうやら、少しは自分の説明に疑問を感じ始めたようだ。


「だったら、もう少し『催眠術』と言う奴を見せてやるか」


 と言うことなので、次はテーブルの番だな。こちらは金に変えてもわかりにくいので、消えて貰うことにしようか。と言うことなので、『消えろ』と。


「こ、これぐらい、催眠術なら難しくないと、思います」

「そうだな。最初からテーブルはなかった。あると思い込まされていただけだからな。うん、そう思いたいのならそう思ってくれて良いぞ。いいよな、催眠術って。何にでも説明が付くんだからな。どうだろう、御衣黄さんも、研究内容を催眠術にしてみたら」

「わ、私は、科学の真実を探求しているだけですっ!」

「目の前の現実から目を逸らすのが科学の真実と言う訳だ」


 なるほどとわざとらしく頷いてから、消したテーブルを元に戻すことにした。


「あなたにとって、テーブルが現れたのも催眠術と言うことだろう?」

「さ、催眠術でなければ、一体何だと言うんですっ!」

「ただの現実と言うことだな。悪いが、どうやってと言うのは聞かないでくれ。その方法を解明することも、仲間を集めている理由の一つなんだからな」

「こ、これが、現実と主張するのですねっ!」

「さっきから、そう言っているつもりなんだがな。まあ、催眠術なんて理由を思いついてしまったら、考えるのを止めてしまうのは理解出来た。後沢、これ以上何を見せても催眠術で説明が付いてしまうぞ」

「だったら、お引き取り願うことにするか。しかしなぁ、これ以上ぶっ飛んだ奴の心当たりがないんだ」

「金とか銀とかリチウムとか……欲しいものがあったら作ってやるから、換金ルートでも考えたらどうだ?」

「あまり市場に大量に流すと、相場があっという間に崩れてしまうんだよ。まあ、それ以前に色々な所から狙われることになるのだがな」

「その、私を忘れないで欲しいんですけど」

「なんだ、まだ居たのか。ああ、孝明。さっきの話なんだが、無かったことにして貰えるか?」

「どこまでなかったことにする? 『居なかった』ことにしても良いんだぞ」


 ちょっと過激な意見に、『それはちょっと』と後沢が引いてくれた。


「まあ、それは冗談だと思ってくれ。ところで御衣黄さん。一つ君の考えを教えてくれないかな?」

「わ、私の考えを聞いてどうするんですっ!」

「別に、難しいことを聞こうとは思っていない。ただ、もう少し落ち着いてくれるかな」


 ここで強制力を働かせれば、強制的に相手を冷静にすることが出来る。だからどうと言うことはないのだが、このまま帰すのも可哀想に思えただけだ。


「どう、少し落ち着けたかな」

「わ、私は、元々落ち着いていましたっ! でも、私に何かしたのですか?」

「催眠術でも掛けたんじゃないのかな。それは良いけど、一つ教えて貰いたいんだが、良いかな」

「そ、それで、何を聞きたいんですか!」

「なに、とても簡単なことだよ。君は医学者、そして細胞関係の研究をしているので良いんだな」

「そ、それがどうかしたのっ!」

「人と言うのは、何歳まで生きられるものなんだ?」

「真面目な質問だから真面目に答えるけど。データとしての最高齢は122歳。20年ほど前のフランス人女性が記録したものよ。だから、120歳程度が限界と言われていたわね。ただ最近の研究では、150歳が限界だろうと言われてる。ちなみに寿命を決める最大の要素は、細胞分裂の回数に限界があることよ。具体的には、細胞の中にあるテロメアが分裂回数を決めている。ただこのテロメアは、テロメラーゼの働きで伸ばすことが出来ることも知られているわね。それで、人の最大寿命がどうかしたのかしら?」

「信じる信じないは勝手だが、うちには数千歳の女性がいるんだ。他にも5百歳を超えた女性、数百歳を超えた男女が大勢居る。無理強いをするつもりはないが、騙されたと思って参加してみても損はないと思うぞ」

「だ、騙されたら、それが損だと思います!」

「もしも本当だったら、君は歴史に残る研究をすることが出来るわけだ」

「そ、それはそうかもしれませんけど……数千歳生きた女性とか信用できると思いますかっ!」

「もしも俺がペテン師だとしたら……あなたは、もうペテンに掛かってしまったんだ。だから騙されたのはあなたのせいではなく、俺がペテン師だからなんだよ。あなたは何も悪くない。ただ、俺に出会ったのが悪かっただけだ」

「そ、そうよ、催眠術とか使ったあなたが悪い、のよ……多分だけど」

「じゃあ、今日の所は帰ってくれるかな。それから後沢、彼女のことを頼むぞ」

「ああ、お前が女たらしと言うのはよくわかった。セレスさん、こんな奴を見限って俺の所に来ませんか?」


 こら、どさくさに紛れてなんてことを言ってくれる。それからセレス、これは必要なことなんだからな。


「後沢様。最初に魅了されたのは私なのですよ。ただ、私も同じことをしていますけど」


 だから、おあいこなのだと。んっ、セレスが俺を誑し込んだ?


「孝明。このやり場のない怒りはどこに持っていけば良いんだ?」

「なんだったら、御衣黄さんに手を出しても良いんだぞ」

「すみません、それはちょっと遠慮させていただきたいです。いえ、資産の方は魅力なんだけど」

「つまり、男としての俺には魅力が無いと言うのか。資産だって、俺が男として稼いだものなんだぞ」


 チクショウと叫ぶ気持ちは、理解出来ないわけじゃない。ただなぁ、お前は色々と持っているんだよ。それを考えれば、女性関係なんてたいしたことはないと思うぞ。


「それは、持ってる奴の余裕だろう!」


 そんなことより、御衣黄さんのことを頼むぞ。俺の所にはたどり着けない……お前でも難しかったな。


「白船でも迎えに出せば良いだろう」

「こうして見ると、まだまだ男手が足りないんですよね。かと言って、服部さんたちをパシリには出来ないし」

「その辺りは、追々考えていけば良いだろう。それから後沢よ、御衣黄とやらにチャームの魔法を掛けてやろうか?」

「その対象は俺ってことか?」

「うむ、孝明には効かぬからな。強烈な翼人たちのフェロモンでも、見事はね除けた剛の者だ」

「それは良い。とにかく御衣黄さんを送ってあげてくれ」

「それだったら、ここをお開きにするのはどうだ?」

「別に構わんのだが……俺たちなら、適当に帰れるぞ」

「夜道は危ない……と言うのは、お前には関係ないんだったな」


 了解した。役目を了解した後沢は、『付いてこい』と御衣黄さんを連れ出した。

 それを見届けた所で、俺は『帰るぞ』と3人に声を掛けた。どうした小谷さん、何か疑問があるのか?


「諸星さん。御衣黄さんに強制を使いました?」


 使ったかと聞かれたら、使ったと言うのが答えになる。ただ小谷さんが考えているのとは違った使い方をしているのだがな。


「孝明は、ただあの女を落ち着かせただけだ」

「ですが、間違いなく魅了されていましたよね、御衣黄さん」

「それはだな、こやつが意図的に誘惑をしたから、と言うのが答えになるな。もう少し正確に言うのなら、弱みに付け込んで誑し込んだ結果だぞ」

「諸星さんって、たらしだったんですね」


 失礼なことを言ってくれる。俺は、セレスに一途なんだからな。


「一途な人が、どうしてルーテシアさんとも関係しているんですか? まあ、翼人の二人は、多少仕方が無い所がありますけど。それにした所で、本当に嫌なら命令すれば終わりでしたよね。口実ですか、口実を用意すれば良かったんですかっ!」


 だから、俺はセレスに一途なんだがな。そのだ、師匠は、まあ、なんだ。あっちの世界での刷り込みが理由だな。あの人な、本当にお子様だったんだよ。だからな、本気で無防備な格好をしてくれたんだ。俺だってな、健康な男なんだぞ!


「でも、私には手を出してくれませんでしたよね?」


 ギルド職員、特に受付嬢は地雷なんだよ。ただ、本人が悪いわけじゃないぞ。下手に手を出すと、他の冒険者たちから袋叩きに遭うんだよ。本気で命の心配をしなくちゃいけなくなるんだぞ。


「それぐらいでしたら、私がなんとかしましたのに。でも、結果的に孝明様の妻になれたので良しとしますね」

「静香は、エクシブに不満があると言うのか?」

「べ、別に、不満があるわけじゃありませんよ。そりゃあ、最初は無理矢理な所もありましたけど」

「お前みたいな女は、強引に迫ってやらないと駄目なのだ。それに、本気で嫌がっていなかったと思うぞ。迫られて喜んでいるように見えたのは、われの気のせいなのか?」

「ええっと、その話は止めません」

「逃げたか。それで孝明よ。これからどうするのだ? タクシーとやらを呼ぶのか?」

「それでも良いんだけどな。ただこの4人だったら、別の帰り方が使えると思うぞ」

「よもや、鉄道とか言うものを使うのか?」


 そこで空を指差してやったら、『なるほど』とラズライティシア様が頷いてくれた。


「確かに、闇に紛れれば目立たないな」

「なのでラズライティシア様、小谷さんをお願いします」

「私は、孝明様が責任を持っていただけるのですね」

「それは良いのだが、余計な寄り道をするでないぞ」

「お楽しみは、ホテルに戻ってからにするさ」

「われはな、飛びながらするなと言っておるだけだ」

「そんな変態……」

「諸星さん、本気で悩まないでください」

「私は、孝明様が望むのならどこででも」

「だからセレスさん、本気にならないように!」


 はあっと息を吐いた小谷さんは、『気づいてます?』と小声で聞いてきた。


「小谷さんにも気づかれるぐらいの、稚拙な監視と言うことだな」

「私にもって……否定は出来ませんけど。でも、誰なんですか? まだ、私たちって監視対象になっていませんよね?」

「種を明かせば、後沢と御衣黄さんだな。多分後沢が、証拠を見せるつもりで物陰から覗いているんだろう」

「それで、どうするんです?」

「覗いたぐらいで追い切れると思って欲しくないのだがな。ですよね」

「うむ、最初の加速さえ間違えねば、普通のものに追いきれるものではないな。だがの、監視カメラは誤魔化しきれんぞ。勿論、我にはだがな」

「と言うことで、カメラに映らないようにしておきました。さあセレス、準備の方は良いかな?」

「静香よ、我にしっかり捕まっておるのだぞ」

「ラズライティシア様にですか、出来れば男性の方が良かったんですけどね」

「ほほう、われに生やして欲しいと言うのだな」

「え、ええっと、そっちの意味じゃないんですけど」


 ああ、小谷さんが慌てているな。まあ、あそこの3人が、結構危ないプレーをしているのはわかってる。しかし、エルフへの幻想をことごとく壊してくれる人だな、この人は。


「勝手に幻想されて、勝手に幻滅したと言われても困るのだがな」

「言いたいことは理解出来ますよ。ただ、翼人たちが比較的まともだったでしょ。それに引き換え、ルーテシアはまだしも、ラズライティシア様がねぇ……」

「だから、勝手に言っておれ。それからどうする、あの2人を焦らしておくのか?」

「他に見られていないか確認していただけです。他は居ないようですから、背後をとってから帰ることにするか」

「なかなかサービスが良いのだな」


 うんうんと頷いたラズライティシア様は、『頼む』と俺に言ってくれた。ある意味転移魔法なのだが、4人同時となると俺がやった方が簡単だと言うのがその理由である。

 だから俺は、『あの2人の後ろに転移』と俺たち自身に命令を発した。


 どうしてこんな物陰で隠れているんですか。ひょっとして、私に危ないことをしようと考えていませんか。

 ホテルを出た所で、後沢さんに暗い物陰に連れ込まれてしまいました。ええ、そこに油断があったのは否定しませんよ。なぜか今日は、普段の警戒心が緩んでしまっていたのです。べ、別に、期待なんかしていませんよ、ちょっとしか。

 それはそれとして、なぜ手を出さないんですか。いえ、そこで驚かれる理由がわからないのですが。こんな暗がりに、女性を連れ込んだのですよね。だったら、普通はすることがあると思うんです。あると思うんです。はい、大事なことなので2回言いました。

 自意識過剰。これから、面白いものが見られるから隠れた。それ以上でもそれ以下でもないと言うのですね。一つ良いですか、後沢さんって結婚相手を探していると公言していますよね。それって、外向けのポーズとかじゃありませんか。こう言っては何ですけど、それからセレスさんでしたか、セレスさんには負けるとは思いますけど。これでも、中々おいしそうな体をしていると思うんです。見た目だって、教授たちに可愛がられるぐらいの見た目をしているつもりなんですけど。


 結婚相手を探しているのは本当。だけど、自分は本物を求めていると言うのですね。つまり、私は本物ではないと言うのですか。

 自信を持って本物ということが出来るのか、ですか。大した実績も無く、このままではその実績すら示せそうにない。色仕掛けをするにしても、すべてが中途半端なことしかしていない。しかもセレスさん、ですか。セレスさん相手に尻尾を巻いて逃げでいたと言うのですね。


 よく見ているんですね、ええ、仰るとおりですよ。諸星さんがキーパーソンと言うのはわかっていましたから、本気で色仕掛けをしようと思ったんです。なんですか、慣れていないことをするから失敗をする。仰るとおり、色仕掛けなんてしたことがありませんでしたね。


 それからですけど、あの人たちはなぜどこにも行かないんですか。ホテルから出てきたのに、どこにも行こうとしていませんよね。かと言ってタクシーを呼んだようでもありませんし、年末の夜に簡単にタクシーが捕まるとも思えません。

 だから覗いている……ですか。いいんですか、辛くなりますよ。そっちもだろうって、はい、否定は出来ませんね。それは良いんですけど、あの4人どこに消えたんですか。ええ、ずっと見張っていましたよ。後沢さんも見失った。だとしたらって、心臓に悪いことをしないでくれませんか!


「それは、人のことを覗いている方が悪いと思うのだが?」


 気づいていたんですか。普通は気づく、隠れ方として稚拙だと言うのですね。一つだけ言い訳をさせてください。私だって、一緒に隠れる相手は選びたいんです。

 はい、理解していただいて感謝いたします。それで、諸星さんたちはこれからどうされるのですか。ええ、ホテルに帰るのですね。今日は、タクシーが捕まりにくいですよ。と言いますか、普通に呼んでも来てくれないと思います。


 タクシーは使わない。別の方法で帰ると言うのですね。はい、わかりました……どこに消えたのですか?

 なんですか、上を見ろと言うのですね。上に何かあるのですか?


 小谷さんですか、流石にそれははしたないと思います。ええ、なぜか小谷さんだけスカートの中が見えるんです。セレスさんとラズライティシア様ですか、不思議なんですけどスカートの中が真っ黒ですね。

 それは良いんですけど、私はまだ催眠術に掛かっているんですか。いえ、皆さんが飛んでいるように見えるんです。そう思うのならそう思ってくれて良い。こちらは、空の散歩を楽しんでから帰ると言うのですね。


 ナイスです後沢さん。そのお空の散歩ですけど、私たちも連れて行ってくれませんか。別に構わない。その代わり、スカートの中は自分で隠せ、ですか。大丈夫です、知らなければ誰も空を見上げませんから。それに私の下着は、小谷さんと違って黒なんです。はい、夜の闇に紛れて覗けないと思いますよ。

 ええ、お台場までのお散歩はとても刺激的でした。例えこれが夢で見たことだとしても、一生忘れないと思うぐらいの美しい景色でした。羨ましいなぁ、セレスさん。




まあ、現実主義者だと魔法なんて信用できませんよね。手品でも、簡単なことなら真似できたりしますし。

ちなみに御衣黄と言うのは、桜の名前だったりします。

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