異世界人聖地に行く
村の特産は異世界です
・異世界人聖地に行く
仲間に追いつくのは、さほど苦労はしなかった。その辺り、翼人たちの足が遅いのが理由である。だから仲間に対して出遅れはしなかったのだが、同好の士に対してはしっかり出遅れをしていた。まあ、1時間前に到着すれば、こうなるよなと言うのは今更のことだったのだが。
お陰で、入場できたのは11時を過ぎてしまった。まあ、企業ブースに行く予定はないし、壁サーもあまり興味がないから良いのだけど。良くない、しっかりと出遅れてしまった。だから買い付けを手伝えと言うのですね。嫌といったら? そうですか、タグ付きの蟹の買い付けを止めると言うのですね。でしたら条件闘争ですけど、タラバガニも仕入れて貰えますか。OK、交渉成立ですね。ただ俺には、翼人たちの引率と言う大役があるのを忘れないように。
しかし、毎度のことだが、夏コミより混んでいるように思えてしまう。ああ、みんな着ぶくれしているからか。だけど、どう見ても薄着の奴がいるよな。寒く……はないな、流石の人いきれと言うことか。
ところで小谷さん、顔色が良くないけど大丈夫ですか? 熱気に当てられた、それにそこはかなく臭うと言うのですね。まあ、閉鎖空間に人が密集していますから仕方がないと思いますよ。辛いのでしたら壁際でお休みになったら……ああラズライティシア様、魔法で癒してくださるのですね。それは良いのですけど、あまり目立たないようにお願いします。
それはそれとして、不思議な空間だと言うのですね。なんですか、あちらの露店に似ているのですか。売り子を含め、店構えが貧相だと言うのですね。それはまあ、ここにいる皆さんはプロじゃありませんから。同好の士が、思い思いにお店を広げている……と思ってください。まあ、中にはプロだよねと言いたくなる人たちもいますけど。
しかも客の態度が、アイテム鑑定家に似ている、ですか。まあ、彼らは新しい才能がいないか常に探しているんです。だから、作品を手に取って吟味をすると言うことです。
もう一度聞きますが、小谷さんどうかしましたか? やけに、人口密度が高くなっていないか、ですか。元々人口密度の高い所ですけどね……いや、確かに人が集まってきていますね。ちょっと事情を調べてきます。
はい小谷さん、事情が掴めました。単刀直入に言うとですね、翼人たちが理由になっています。ええ、彼女たちが大人しくしているのは認めますよ。ですから、本当なら彼女たちに責任はないんです。ただ少しだけ……で良いのかな、彼女たちが目立ってしまったからと言うのが理由なんです。
はい、あんな美人が16人も揃って移動すれば目立ちますよね。ルーテシアさんも美人ですから、芸プロの団体かと思われてしまったんです。その意味で言えば、ハイエースさんたちもイケメンですよね。勿論、単なる観光客だと説明はしましたよ。ルール上、他の客に迷惑を掛けるのは御法度と言うのも言って来ました。
それなのに、どうして人が増えているのか、ですか。その辺りはですね、彼女たちもはしゃいでしまったのが理由なんです。
話が周りくどい。ええ、自分でも周りくどいと思っています。全部、服部さんの悪乗りが悪いんです。どうやら、急遽コスプレエリアに行こうと言う話になったんです。なぜ、そうなるのか、ですか。はい、コスプレの予定は明日と言うのはわかっていますよ。ただ、大勢の人にお願いをされてしまったんです。ええ、明日コスプレすることは説明しましたよ。普段着の格好で良いから、写真を撮らせて欲しいとお願いされたんです。
それは、よくあることかと言うのですね。答えから行くと、普通はあり得ないと言うことになりますね。コスプレイヤーにとって、コスプレは作品なんです。愛の溢れた作品なんですよ。日常と非日常も、しっかりと区別されているんです。だから、日常の姿は写真に残すものではないんです。
「だったら、断った方が良かったんじゃ無いの?」
それも考えました。あれで、結構聞き分けも良い人たちですからね。異論はあるかも知れませんけど、紳士淑女が揃っているんです。ええ、だから異論はあるかもと断らせて貰いました。ですが皆さん、とても礼儀正しい方たちなんですよ。ただちょっとだけ、己の欲望に忠実なだけで。
それから小谷さん、忘れないで欲しいことが一つあるんです。アクアたちにとって、今の格好が『コスプレ』なんです。屁理屈を言うな、ですか。確かに屁理屈なんですけどね。
これ以上目立つのは宜しくない。そうですか、やっぱり不許可と言うのですね。違う、話は最後まで聞くものだ。ここで許可を出さないと、余計な混乱を招くことになると言うのですね。その方が却って目立つので、写真自体は許可をしてくれるのですか。でしたら、諸星さんへの説明もお願いできますか? だめ、それは自分でやれですか。仕方がありませんね、あの人への説明方法は考えることにします。ところで、共犯者にしていいですか。だめ、そんなことを言うと許可を取り消す。わかりました、説明方法は考えますよ。
服部氏の暴走は、そこそこのところで落ち着いたと思って良いのだろう。まあ、諸星さんが保険を掛けてくれたと言うのも大きいと思う。何をしたのか、ですか。翼人たちが、白い翼を展開してくれたと言うことだ。例の農家の話なんだけど、その日常姿を再現したと言うコンセプトらしい。
確かにそうかもしれないけど、新鮮味を感じないと言って良いかな。それって、第一での日常でしかないよな。それは、俺たちだけの事情だろう、か。確かに、俺たちだけの事情でしかないな。だから同好の士に、幸せのお裾分けをしたいのだと。同好の士……ね、野次馬も集まってきてるのは気のせいなのかな。まあ、アクアたちが喜んでいるから、今は見なかったことにしておくよ。ああ、彼らが礼儀正しいのは理解したよ。
「凄い世界ね」
凄い世界ですか。まあ、仰りたいことは理解出来ますけどね。そうですか、小谷さんの生きてきた世界とは全く違うと言うのですね。これも立派に異世界になっていると。それは否定しませんが、箱庭の異世界なんです。ちょっと歩くだけで、元の世界に戻ってしまうのですからね。
ラズライティシア様、どうかしましたか。耳を出しているのに、注目を集めていないのが不満なんですか。その辺り、数の暴力……違いますね、人数がいるのは正義と言うことです。後は、耳より翼の方が目立ちますよね。違いと言っても、その程度だと思います。だから、エルフを集めないとって……いえ、理由を無視すれば、賛同しかない意見だと思いますよ。でも、どうやってエルフを集めるんでしょうね。
大人しく流れに従ったお陰で、大した混乱はなかった……よな。大した混乱もなく、撮影会は乗り切ることが出来たはずだ。ところで服部さん、なんですかその大量の名刺は。芸プロですか、しかもコスプレ系なんですね。美人でスタイルの良いコスプレイヤーは、その手の需要が沢山あるからですか。纏めて面倒を見るから、ウチに所属してほしいとお声が掛かったんですね。それで?
「断るに決まってるだろう。常考」
なぜ、俺が非常識だと言ってくれます。俺は、常識的に生きてきていると思ってますよ。常識的に生きている奴が、翼人に手を出したりしない、ですか。逆に聞きますけど、服部さんは翼人に興味は無いのですか。綺麗なのは認めるが、自分はエルフが良いと言うのですね。間違いなくエルフも加わるから、その時までは我慢していると言うのですか。
間違いなくエルフが加わる……諸星さんが頭を抱えそうな話ですね。頭を抱えるが、あれはポーズにしか過ぎないと言うのですか。ところで、諸星さんにチクって良いですか? どうして小谷さんは、服部さんの味方をするんですか。言っていることに間違いは無い。そうですか、俺の認識が間違っていたと言うのですね。
ところでラズライティシア様、楽しんでいただけたでしょうか。ええ、アクアたちが楽しんでいるのはわかりますよね。だからラズライティシア様に尋ねたんですけど……大いに楽しんでいる。違う文化を見るのは、刺激に溢れていているのですか。
時折視線を感じている、ですか。あのアニメ……漫画の方でもそうですけど、神話の時代から生きていた大魔法使いは、コアな人気がありますからね。だからだと思いますよ。
だったらサービスをする、ですか。お願いですから、お花畑とか出さないでください。そこまですると、孝明さんが卒倒……しないですね、あの人だったら。それでも激怒すると思うんです。だって、後始末が大変じゃないですか。
お前は大変じゃなのか、ですか。ええ、派遣元(自衛隊)からお叱りが来るのでしょうね。それならそれで、諸星さんに矢面に立って貰うつもりですけど。
それじゃあつまらない、だから止めておくと言うのですね。すみません、俺ってラズライティシア様の恨みを買うようなことをしましたっけ? していませんよね、どうして断言してくれないんですかっ!
ホテルに戻ったら、遅れて諸星さんたちも帰ってきました。はい、とても充実した一日を過ごせたと思いますよ。なんですか、問題を起こしていないだろうな、ですか。みなさん、とても楽しんでいたと思います。それに、かなり自重していましたから。
どうして目を見て話をしない、ですか。嫌ですね、隠し事なんかしていませんよ。いえ、ちょっと予想外のことがあっただけで。
もったい付けるな。さっさと言わないのなら、強制力を発動させると言うのですね。出来ればそれは勘弁していただきたいなと。
少しだけ、翼人の皆さんが目立ちすぎただけなんです。
ええ、女性もそうですけど、男性だって結構目立ちますよね。その目立つ存在が、団体で歩いていたんですよ。どこかの芸プロかと思われたんです。でも俺たちって芸プロ関係者じゃありませんよね。
それを説明したらですね、服部さんの悪乗りもあったんですけど、写真を撮らせて欲しいとお願いされたんです。ええ、参加費はあちら持ちと言うことで。それで喜んだアクアたちが、サービスと言って翼を展開してくれたんです。勿論、人前ではやっていませんよ。ルールとして、コスプレは控え室で着替えることになっているんです。ちなみにですね、ラズライティシア様とルーテシアさんも、耳を隠すのを止めてくれました。
はい、それが集落での日常と言うのは否定しません。でも、あのアニメでも日常の姿がありましたよね。代わり映えがしない……普段見慣れた格好と言うのはその通りだと思います。でもですね、かなり受けが良かったんです。それもあって、服部さんが芸プロ関係者から名刺を受け取っていました。どうやら、纏めて所属して貰えないかと誘われたようです。はい、しっかりと断ったと言っていました。
ちなみに、その時の光景がSNSに出ています。随分沢山人がいる、2,3百人いるんじゃないかですか。確かに写真を見ると、それぐらいいそうに見えますね。でも、これでも一部と言ったら信じられますか。
はい、レイヤーさんのお触りは禁止事項です。皆さんとても礼儀正しかったので、囲んで写真を撮るだけで終わりました。ですので、あの翼が本物と言うのはばれていないと思います。認知バイアスですか、常識的に翼人なんていない、いたとしても、こんな所に出歩いているはずが無いと言う奴があるんです。だから、皆さん本物だと思わなかったようですよ。
それは理解した、ですか。ご理解いただけて幸いです。ちなみにラズライティシア様が、魔法を使うかどうか悩まれていましたよ。勿論、絶対にダメだと止めましたよ。お花畑とか出されたら、誤魔化しようがありませんよね。
はい、自衛隊は何か言ってこなかったか、ですか。それがですね、帰り道で上杉さんから電話が掛かってきました。ご想像通り、しっかり苦情を言われましたよ。情報統制している方の身になってくれ……まあ、お叱りですね。ええ、今晩謝っておいてくださるのですね。ご迷惑をおかけして申し訳ありません……この程度で済んでほっとしているのですか。確かに、この程度で済ませられる程度の話でしたね。
セレナさんを呼んでおくのですか。上杉さん、所帯持ちなんですけどね。手を出したのは上杉さん自身だというのですね。一応言い訳なんですけど、俺たちじゃあのフェロモンには抗えませんよ。よくわからない、でしたらセレスさんを思い浮かべてください。セレスさんに可愛く迫られたら、諸星さん、我慢できますか。できない、絶対に無理。それが俺たちにとってのフェロモンなんです。
対策をする。そうですね、もうアクアには必要ありませんから。
翌朝、俺たちは早い朝食を済ませて聖地に向けて出発をした。薄墨さんは、委託する薄い本の売り子に、山岡夫妻と神代さんは企業ブースを回ってからお目当ての本を買い漁るそうだ。そして俺と服部氏は、翼人たちの面倒を見ることになっていた。そう、今日は本格的なコスプレをするからである。ちなみに今日のことは、昨日のうちに宣伝をしておいた。
求愛ソングだったか、あの日本語版も練習は手抜かりは無いと言っておこう。昨夜全員が大人しかったのは、日本語版の練習も理由になっていたんだ。ただこちらの方は、午後諸星さんたちが来てからのことになる。その時には、セレスさんも参加することになっている。ちなみにこれは、諸星さんには内緒で動いていた。
セレスさんはなにをするのか、ですか。いえ、ちょっとラズライティシア様と組んで貰おうかと。そうそう、背の高い女魔法使いがいましたよね。セレスさんに、ラズライティシア様の頭をなでなでして貰おうと思っているんです。
ええ、諸星さんには内緒でお願いします。
それで薄墨さんは、どんな本を売られるのですか。ゼリxヒン本ですか。どうしてヒンxゼリではないのですか? 力関係、ラズライティシア様のところでもそうなっていると。ただ最後で力関係は逆転するのだと。ちょっと良いですか、エクシブさんは最後まで勝てませんよね。それが顧客の需要だと言うのですね。なるほど、強い女性が落ちるのが良いのですか。失礼ですけど、薄墨さんって女性でしたよね。
いえ、指摘が的確だなと思っただけです。主に男性心理の方で。
ところで薄墨さん、ラズライティシア様と話をされていましたよね。ああ、売り子のお願いをされたのですか。エクシブさんにも頼んだのですか。コスプレ売り子って、ありですか。そうですか、ありですなんですね。昨日目立てなかったので、捲土重来を期していると言うのですか。巻き込まれたエクシブさんが可哀想と言うのか……二人には献本してある。エクシブさんが燃えていた、と言うのですね。それは何ですか、力関係を逆転してみせると言う奴ですね。
多分ですけど、無理だと思いますよ。
まあ、薄い本はフィクションですからね。リアルは、もっと残酷だと思います。夢を見るのは悪くない。ただ実現しないから夢だというのですね。薄墨さん、結構残酷なことを言うんですね。自覚している、最近自分も経験したのですか。それって……それ以上口にすると、仕入れの手を抜くと言うのですね。えっ、俺の分だけ。ごめんなさい、聞かなかったことにします。だから、危ないことは言わないでください。
薄墨さんたちは、出品者枠で入場してきました。と言うことなので、俺たちは大人しく行列に並びました。はい、早く行った甲斐はあって、10時には入場できましたよ。なんですか、待ち時間は大差が無いと言うのですね。確かに待ち時間自体は差が無いのですけど、昨日でも結構売り切れていましたよね。早く入ると言うことは、その売り切れを避けることが出来るんです。
その恩恵は、服部さんだけだろうと言うのですね。言われてみると、確かにそう言うところはありました。馴染みのところなら、取り置きをお願いしておけば事足りましたね。次の機会、夏コミでは考慮することにしましょうか。
今回も、基本的には団体行動です。はい、あの人たちを野放しにするのは、流石に怖くて出来ませんよね。それだけじゃなくて、山岡、神代にも注意が必要なんです。予想とは違う、翼人を警戒したと言うのですね。翼人の皆さんは、昨日常識的と言うのを見せて貰いました。適度に騒いでくれていますけど、諸星さんが怖いのでしょうね。とても抑制的だったと思います。
そう言うこともあって、山岡夫妻、神代さんにも翼人たちの引率をさせたんです。俺を含めて引率者が4人ですから、一人当たり5人を引率したことになりますね。小谷さんですか、小谷さんは信用できる方だと思いますよ。ですが彼女は、この場においては素人でしかありません。ここの作法も知らないのですから、流石に引率を任せることなんて出来ませんよ。
なんですか小谷さん。どうして俺に付いてくるんです? 小谷さんだったら、神代さん、若しくは山岡夫人だと思ったのですけど。
はい、あの系統には付いていけない。百合もやおいもちょっと嫌だと。経験があるんですか……現実を見たことがあるから余計に嫌。現実は、あんなに綺麗なものじゃないと言うのですね。ですから小谷さん、現実を考えてはいけない世界なんですって。
でも良いんですか。神代さんとか山岡夫妻は、かなりギリギリを攻める人ですよ。なんです、自分を例外にするな。お前だって、ギリギリを攻めているだろうと言うのですね。異論は認めない、諸星さんにも言われているだろうと。畳みかけてくれるんですね。まあ、否定はしませんが。
ところで小谷さん、微妙な質問良いですか。質問による、そりゃあ、まあ、そうなんですけどね。そのですね、どうしてエクシブさんだったのかなと言うことです。いえ、てっきり諸星さん狙いだと思ったんです。
成り行き、気がついたら一緒に寝ていた、ですか。
確かに、あそこは壁が高いですからね。セレスさん、ルーテシアさんと比べられるのは辛いと思います。
それは否定しない。だから薄墨さんにも忠告をしたと言うのですね。確かに薄墨さん、しっかり諸星さんに色目を使っていますね。実際に言い寄っている。でも、しっかり空振りをしているのですか。4人も手を出しているくせに、諸星さんは常識を持ち出すんですよね。多分ですけど、まだ増えると思いますよ。相手は、異世界人だと思いますけどね。
それで小谷さん、後悔とかしていますか。俺ですか、アクアのことを愛していますよ。だから後悔なんて……少ししかしていませんよ。それが答えだと言うのですね。やっぱり、割り切れない所があるんですね。
「ところで、彼女たちってどんな本かわかってるの?」
ええ、その辺りはしっかりと。ただね、ちょっと神代さんの影響が強いと言うのか。男x男の方に興味がいっているんです。ええ、農家の男性とバンパイアの男性なんですけどね。マイナー……でもないですね、もう入手済みらしいですよ。あちらはあちらで、手分けして仕入れているようです。
俺、ですか。やっぱり翼人がらみかと言うんですね。どうして、帰れば堪能できる相手の薄い本を買う必要があるんです。参考資料、試してみたい体位とかあるだろうと。あのですね、人間には出来ることと出来ないことがあるんです。あの手の人たちは、往々にして体の構造を無視してくれるんです。つまり、それが答えだと言うことです。
それで、どんな本が好みなのか、ですか。そのですね、受付嬢ものなんです。はい、冒険者ギルドの受付嬢です。色々な創作で受付嬢が出てきますからね、様々な受付嬢の痴態が楽しめるんです。
セレスさんに勝てるのか、ですか。繰り返しますけど、現実とフィクションを一緒にしちゃあいけないんです。世の中、想像するだけで身に危険が及ぶことがあるんです。想像ではなく妄想だろう、ですか。否定はしませんけど、相手は選ばないと本当に危ないんです。だったら私はどうか、ですか。すみません、現実的すぎて萎えてしまいます。よほど翼人相手の方が、非現実的だと思いますよ。現実は違いますけど。
そろそろ時間ですね。全員集合してください。そう、お待ちかねのコスプレの時間です。本番は、諸星さんの来る午後ですからね。そこまでは、ウォーミングアップですから体力とネタは温存してください。大丈夫です、諸星さんにも衣装は用意してありますよ。ええ、羽織るだけですむ、レギュレーションに抵触しない奴です。
渾身の求愛ソング、日本語版を披露しましょう!
セレスと早めの昼食を済ませ、俺たちはゆりかもめで聖地に向かうことにした。昼を過ぎたこともあり、ゆりかもめの混み具合も常識的なものになっていた。お陰で俺は、セレスのガードをしないでもすんでくれた。
ただ疑問なのは、なぜお前がここにいるのかと言うことだ。お前だお前、後沢晋作お前のことだよ。お前、こんなところで遊んでいられるほど暇じゃないだろう!
「あいにく、うちは正月休みに入っているんだよ。だから、今日の俺は自由なんだっ!」
なんか注目を集めていると思ったんだが、これはお前のせいか、お前のせいなんだろう。
「いやいや、孝明たちも十分に目立っているんだよ。その辺り自覚しないと、色々と周りに迷惑を掛けることになるよ」
それでも、お前がいなければ俺たちは一般人でいられたんだよ。お前がいるせいで、俺たちまで注目を集めてしまったんだぞ。お陰で、しなくても良い強制力の発動までしてしまったじゃないか。
「それで解決するんだったら、別に構わないんじゃないのかな。それよりも、さっさと聖地とやらに行くことにしようか」
お前、入場券を持っているのか。その程度は、すでに手配済みと言うのか。そうか、有能な秘書を雇っているんだな。
午後ならばとの白船君の言うとおり、聖地には簡単に入場することが出来た。後は案内図に従って、コスプレエリアに行けば良いのか。なんだ後沢、お前も来たことはないのか?
「ああ、初めて来てみたよ。なんだかなぁ、ここには変わったエネルギーが満ちているな。このエネルギーを利用できたら、もうちょっと日本も活気が生まれると思うんだがな」
おおっ、まるで政治家みたいなことを言っているな。違う、金を稼ぐには人が活発に活動する必要がある。後先考えずに金を使う奴らが、アメリカ経済を持ち上げていると言うのか。
確かに、失われた20年だったか。その理由って、何も金融政策だけが悪いんじゃないんだよな。少子高齢化でもそうだが、どうも他人に責任を押しつけたがる奴が多くていけない。
つまらない話をするな。ここは、馬鹿をして楽しむ所だろう。いや、言っていることに間違いは無いんだが、最初にこの話を始めたのはお前だよな。だから、セレスに擦り寄るんじゃない。背が低い男はダメと振られたのを忘れたのか?
「なんだ孝明、それは自分がモテていると言う自慢なのか。俺みたいにモテない男は、一度や二度断られたぐらいでは諦めないんだよ」
いや、お前、色々と噂があったよな。支援者のおばちゃんたちが、『無いわー』って言っていたのを覚えているぞ。なんだ、落ち込むようなことを言うな、か。どうしておばちゃんたちにまで、『無いわー』って言われないといけないんだ、か。別に、おばちゃんたちの評価は重要じゃないんだ。お前が、色々と噂になっていたことを言っているだけだ。
「金持ちの独身男、しかも見た目がこれだからな。見た目だけの女が、金を目当てに寄ってきただけのことだ」
そ、そうか、それは悪いことを言ったな。謝罪は、形のあるものでお願いする。セレスを譲ってくれれば良い……悪いな、そろそろ強制力を発動させたくなってきたぞ。
それは勘弁、目的地に着いたと言うのか。ちっ、命拾いをしたな。
それで白船君、午前中は特に問題は無かったのかな。ラズライティシア様が喜んでいた。コスプレ売り子が好評だったと言うのだね。つまり、あれはその流れと言う訳だ。
あれと俺が指差した先では、ラズライティシア様がエクシブと一緒に囲まれていた。流石は本物、再現性という意味では満点なのだろう。ただ、組み合わせが違うと聞こえる声は、正当な論評と言うのは認めてやろう。
いや、ヒロインと結ばれなかったのは彼女のせいじゃないからな、多分。
ところで白船君、神代さんはどうしてセレスを連れて行ったのかな。コスプレをして貰う。そんな話は聞いていないんだけど。サプライズ……一体誰に向けたサプライズなのかな。
ところで、俺のサプライズはないのかな。ここまで来たら、俺だけ仲間外れはどうかと思うんだ。ない、あくまで俺は普通の男と言うのだね。そうか、ないのかぁ……景色が滲んで見えるのは、多分俺の気のせいなんだよな。
ところでヴェルファイアたちなんだけど、昨日よりも囲みが凄く見えるんだけど。実際に、昨日よりも囲みが多い。やっぱり、露出の多い衣装が効いているのかな。それもあるが、クォリティが段違いだと言うのだね。まあ、彼女たちは本物だし、もともと見た目が良いからね。
だけど、あのアニメだと男の翼人はいなかったよね。ああ、女性からのニーズが強いんだね。もう一度確認するけど、俺の出番は……ないか、そうか、やっぱり無いのか。
盛り上がっている所に水を差すものじゃない。それはわかるけど、どう見ても素人じゃない人たちも混じっているよな。ああ、目つきがカメコ……で良いんだよな、カメコと違う人が混じっているんだよ。
あれはプロ、なるほど、その手の記事を書いて生計を立てている人たちなんだね。後は、どこかの芸プロの関係者。そうか、その人たちが白船君に名刺を渡してくるんだね。ところで、花札みたいに積み上がった紙はなんなのかな。それがもらった名刺の束。なるほど、こういったものは後沢氏に放り投げようか。
いいのかって? ここまで関わった以上、逃げられると思ってくれるなよな。
そんなことを話していたら、神代さんがセレスを連れて戻ってきた。なるほど、そっちの線で攻めてくれるのね。受付嬢だったらどうしようかと思っていたよ。それからセレス、それは1日10分までだからな。
これで、ラズライティシア様の方も盛り上がってきたね。やっぱり、イベントが増えると人も増えてくれるんだね。なになに、この後ルーテシアの出番もあるんだね。後は、バネットたちも別の扮装をして登場するんだ。言ってはなんだけど、色々と考えているんだね。
「しかし、あれは反則じゃないのか?」
どうした後沢、セレスを指差したりして。
「彼女が現れただけで、シャッター音が一段と増えたんだぞ。しかもなんだ、みんな望遠に付け替えているじゃないか」
それはなんだ、全員がセレスのアップを撮っていると言うのか? まあ、セレスが綺麗なのは今更だからな。のろけるな、か。悪いがこれが事実なんだよ。
それはそれとして、本当にみんな紳士なんだな。要求にした所で、せいぜい『目線が欲しい』程度じゃないか。いや、市会議員をしているとな、図々しい人を沢山見るんだよ。ニコニコして対応したけど、あれってストレスが溜まるんだよなぁ。
それから、特に問題も無く撮影会は進んでいった。ただ囲みで良いのか、その人数も増えていっていた。あれって、後ろの方だと陰になって撮れないんじゃないのか?
少しずつ、場所を移動している。後ろの人も、前に出られるよう回りが注意をしているのか。凄いな、ここは本当に日本なのか!
ところで、翼人たちに動きが出てきたけど。何かするつもりなのかな? 黙って見ていろ、これが今回のメインと言うのだね。ヒントは自衛隊幹部……ひょっとして、あれをするつもりなのかな。
「そうです。あれをやるんですっ!」
白船君の言葉に遅れ、翼人たちが輪になって踊り始めた。なるほど、一部翼人の女性がいなかったのはこれが理由なんだね。それからルーテシアの出番と言うのも理解出来たよ。確かに、そのままでやるとエルフが足りていないね。
でもさぁ、やるんだったら収穫を祝う唄じゃないのか。どうして求愛ソングの日本語版を歌うことになるんだ? この方が受ける……確かに盛り上がっていると思うよ。
~こいのきせつがはじまった そとはきたかぜ
さむさなんかふきとばせ からだはあつくもえている
おとこがいたぞ まちぶせしてつかまえろ
かわいくせまれ ほんしょうはかくしておけ~
少し歌詞を変えたんだな。ただね、歌詞を変えても相変わらず酷い唄だね。その酷い歌詞の唄を、輪になって踊りながら唄うのかい。もの凄いギャップと言えば良いのかな。
~こいのきせつがはじまった まだあかるいがきにするな
まわりがさわがしくても きにしなければもんだいない
おとこがいたぞ とりかこめ
にげみちをふさげ なさけなんかひつようない~
こうして聞いてみると、結構いじっているんだね。求愛の歌聖地バージョン。いや、聖地と言うんだったら、もう少し求愛っぽくした方が良いんじゃないのかな。
売っている本を見たか、かな。あれを見たら、これぐらいが適当だと言うのだね。その証拠に、カメコたちも盛り上がっていると。ああ、ビデオが増えたのは認めよう。これはなにかい、事前にお知らせしていたのかな。やけに準備が良いように思えるのだけど。
ところで、俺の後ろを取ったのには何か意味があるのかな。後ろにいるのは、ハイエースたちだよね。それで、その手に持っているのは何なのかな。単なるベスト、コートを脱いで羽織って欲しい。それからセレス、いつの間にエルフ耳を付けたのかな。似合っているかって……とても似合っていると思うよ。
ええっと、飛び入りで入って良いのかな。心配はいらない、参加費は払ってある。それはなにかな、最初から仕組んでいたと言うことなのかな。文句があるのかって……さっき、俺は出番があるのかって聞いたよな。でもまあ、出番を用意してくれたのなら文句を言っちゃいけないな。
~こいのきせつがやってきた さあまつりがはじまるぞ
ひとりだからとしんぱいするな どうやらあいてはぜつりんだ
ひとりでだめなら みんなでおそえ
かずをたのみにしぼりとれ さあしぼりとれ~
いやいや、こうして騒ぐのは楽しいものだね。ただなぁ、一部から怨嗟の声が聞こえる気がするんだが。気にするな、これもお約束だと言うのだね。本当に腹を立てているのなら、ブーイングになっていると言うのだね。
ただ言っておくけど、搾り取るのは勘弁してくれよ。
やり過ぎかと思ったのだけど、スタッフからの苦情はなかったようだ。その辺り、服部氏が注意深くアレンジをしたからだろう。後からルールを見せた貰ったのだけど、抵触するようなことはしていなかったな。翼人たちの露出を心配したのだけど、あれなら生易しいのだとルールを見て理解したよ。なんでニプレスが下着に分類されるんだ。
最後に全員……ラズライティシア様たちも交じって挨拶をして撮影会は終了。撮影会じゃない、コスプレをしているのを撮っているだけだって。どう見ても、あれって撮影会だよな。ちがう、単なる被写体と撮影者の関係。強いて言うのなら、コミケ自身が撮影会だと言うのだね。
俺以外は着替えがあるからと、更衣室へと消えていった。そりゃあ、俺は普通の服で混じったからな。ただあの場合、俺だけ普通と言うのに意味あるのだそうだ。
戻った所で、『羨ましい奴』と後沢に言われてしまった。まあ、そう言われても仕方が無いな。俺自身、かなり嬉しかったのは確かだったんだ。
「否定するようだったら、金の力に物を言わせて抹殺してやろうと思ったぐらいだ。ただ、返り討ちに遭うのだろうな、間違いなく」
ああ、文句を言うことも出来ないぐらいに返り討ちにしてやろう。
「ところで今晩なのだが、少し時間を貰うことが出来るか」
今晩なのか。菅谷先生たちとの挨拶は終わっていたな。多分だが、先生たちはお前との話を優先してくれるのだろうなぁ。
「ああ、あの人の役目は、俺をお前に引き合わせることだ。当然見返りは必要だが、しばらくは俺に任せてくれれば良い」
それで、時間を作って何をしようというのだ。後は、誰かを連れて行くことになるのか?
「女性に引き合わせようと思っている。本人は自覚していないが、もの凄い美人と言うのは保証する。ただその女性の価値は、美人と言うことじゃない。世間に受け入れられていない天才。昨日話をした、変人と言う奴だ」
だとしたら、最初のもの凄い美人と言うのは余計な情報じゃないのか。それを忘れるとして、お前から変人と言われるぐらいの変わり者なのか。
「美人の方は、敢えて情報として加えたと思ってくれ。そのもの凄い美人と言う記号が、彼女の立場を難しくしている。専攻は医学系の基礎研究だ。主に細胞関連を研究している……と言えば、俺の動機にピンときたんじゃないか?」
さしずめ、長寿のエルフ、翼を持つ翼人と言うことか。確か翼人も、寿命自体ずっと長かったな。
「まあ、そう言うことだ。加えて言うと、魔法と言うものも研究の俎上にのせることになる」
魔法が?
「ああ、魔法だ。翼人は、ちゃんと子孫を残すことが出来るのだろう。そしてその子孫も、翼を持ち空を飛ぶことが出来る。つまり、魔法を使うための遺伝子情報があるはずだ」
それを言われたらそうなんだが、だとしたら俺はどうなる。俺は、お前たちと同じ遺伝子を持っているのだぞ。ただゼッタイシン様に、特別な力を与えられただけだ。
「取りあえず、お前の力に付いては棚上げ……と言うより、俺の手に余る。だからこそ、彼女のような異才を引き入れたいと思っているんだ。具合の良いことに、彼女は研究室でも鼻つまみ者になっているんだ」
そんな女性と、どこで知り合ったんだ。まともに考えれば、お前と接点なんか生まれないだろう。
「世の中には、いろんな伝手と言うやつがあるんだ。ただな、彼女の場合は自分から売り込んできた。さっきも言ったが、研究室に居づらくなったのがその理由だ。俺の金遣いを聞いて、パトロンになってくれると勘違いをしたんだろうな」
勘違いか。だが、こうして俺に引き合わせようとしているんだろう。だったら、あながち勘違いとは言えないんじゃないのか?
「それは否定しないが、普通の研究者じゃダメだと思っただけだ。まともな精神を持った研究者だと、間違いなく精神に失調を来すことになる」
つまり、その彼女とやらはまともな精神じゃないと言うのだな。お前、俺に面倒を押しつけようと思っていないか?
そうか、否定はしないのだな。尤も、お前の言いたいことは理解出来るつもりだ。確かに、常識に囚われた研究者では、俺たちの世界は付いていけないのだろうな。
「いや、有能な研究者って奴は、常識なんて持っていないぞ。どこの世界でもそうなんだが、成功するのに常識なんてものは障害でしかないんだ。孝明、お前は俺が常識を持っていると思ってくれているのか?」
なるほど、確かにお前の言う通りだな。必要なのは常識ではなく狂気と言うことか。出来ればご遠慮願いたい所だが、それぐらいの人材が必要と言うのは理解出来た。だったらこちらは、セレスとラズライティシア様を連れていくことにする。
「人選の理由を教えてくれないか。いや、どうして俺と同じことを考えたのかが興味があったんだ」
本人は自覚していないと言ったよな。多分それは、そう振る舞っているだけだと思う。だから、お前では敵わない相手がいることを示してやろうと思っただけだ。ラズライティシア様は、まあ誰もが納得する人選だと思うぞ。
「やはり、孝明もそう考えたと言うことか」
なんだ、お前も同じことを考えたのか。だったら後沢、お前も結構常識的だと思うぞ。何しろ、俺と同じ感性を持っているんだからな。なに、俺と同じなら間違いなく非常識だ。どうしてそこで、俺に喧嘩を売ってくれるのかね。
事実だから仕方が無い。自衛隊関係者にも聞いてみろ、か。わかってる。最近、俺も自分の常識に疑問を感じ始めていたんだ。
これから、少しずつ登場人物が増えていきます。
聖地……ですか? 一度しか行ったことはありません。




