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異世界人東京に行く

村の特産は異世界です


・異世界人東京に行く


 することがないのだから、出発はいつにしても問題は無いはずだった。それが28日の夜になったのは、皮肉なことに薄墨さんの作業が理由となった。要は、コピー本のマスターがそこまで掛かってしまったのだ。

 マスターさえ手に入れば、後は勝手に作業は進んでいく。500枚のコピー紙に、『あの通りになれ』とマスターを指差して命じてやれば良いだけなのだ。そして命じてしまえば、後は10分ほど待つだけである。それだけ待てば、薄墨さんが希望したコピー本50部の完成である。本のサイズがA5なので、使用したコピー紙は僅か250枚である。


「……今までの苦労は何だったんでしょうね?」


 積み上がったコピー本50部を前に、薄墨さんはしみじみと零してくれた。ところで一つ聞きたいのだが、こんなお粗末な装丁で良かったのかな?


「お粗末って……コピー本なんてこんなものですよ。これは、あくまでコピー本なんですから」


 いや、コピー本と言うのはわかっているんだ。ただ、俺だったらちゃんと製本も出来るんだがな。


「製本、出来るんですか?」


 その疑問を抱くのだったら、コピー本が出来ることも疑問に思って欲しい。ああ、そちらの疑問は最初に言ったはずと言うのだね。確かに、聞いた記憶があるような無いような……と言うことで、一つ見本を作ってみようか。コピー本をベースに、製本……この程度で良いのかな?

 俺が持った書籍……ハードカバーに、薄墨さんはとても醒めた目をしてくれた。


「どこの薄い本が、そんな立派なハードカバーをしているんですか。製本と言っても、ホッチキスよりはマシな程度ですからね」


 そんなもので良いのか。だったら、こっちの本を参考にしてみるか。ところで「ヒンxシュタ」ってのはなんなのかな。原作を知っているけど、この二人は年代的に重なっていないよな。それ以前に男同士だと思うんだ。


「二次創作は自由なんです。ほら、こちらにはセーラ服を着た中学生と、西遊記の主人公の絡みがあるでしょう」


 なるほど。だけど、彼女は本当に中学生なのかな。いくら何でも、中学生でこのスタイルと言うのは……しかしなんだ、よく原作者が怒らないね。なるほど、限度さえわきまえれば黙認して貰えるのだと。ちなみに、これで限度をわきまえているのかな。

 どこまですれば問題になるのか、執筆者はギリギリを攻めていると言うのだね。普段の君たちも、結構ギリギリを攻めているよね。その行動原理は、オタクの世界から来ているのかな。違う、世界各国だってみんな綱渡りをしていると言うのだね。否定をしてあげたいのだけど、言われてみればその通りだったね。

 ところで、どうして薄墨さんはガッツポーズをしているのかな。


「勿論、これで印刷屋さんで苦労しなくてもすむからです。入稿までのスケジュールって、結構きつかったりするんですよ。あと、お金も掛かりますし」


 つまり、次からは俺を期待すると言っているんだ。リーダーを趣味に使い立てするなんて、随分と良い根性をしているのだね。


「ええっとですね、相応のお礼をすると言うのはどうでしょう。そう言えば、コピー本のお礼も必要ですね。でしたら出発までは、まだ時間がありましたね」


 そこで顔を赤くしないように。前にも言ったと思うけど、心の棚が一杯になっているんだ。そして今のところ、増設の予定もないのだからね。しかもそれって、自分の願望を口にしていないか?


「軽い私ですから、新しい体位も試せると思うんです。それとも、幼稚園のスモックとか着てみましょうか?」


 幼稚園のスモックって……少なくとも、俺はそんなことで喜ぶ変態じゃないからな。うちの構成を見てみろ、全員が成熟した女性なんだぞ。ところで、どうして幼稚園のスモックなんか持っているんだ?

 参考資料。なんのと聞いたら流石にまずいのかな。それはそれとして、俺はペドフィリアじゃないからな。


「でしたら、変化球と言うことで」


 今は……今じゃなくてもそんなものを求めてはいない。だから、そんなに残念そうにしないように。それから製本ぐらいだったら、片手間ですむので手伝うことは吝かじゃないからな。だから、おかしなお礼を考えないように、もしも何かで返してくれると言うのなら、仕事で返してくれれば良いんだからな。


 そんなやりとりがあった夜、俺たち一行は上里を出発した。ちなみにチャーターした観光バスは、一般人が運転をしていた。しかも距離が長いと言うことで、2人体制と言うおまけ付きである。どう言うことかと言うと、迂闊なことは口走れないと言うことだ。

 ちなみに俺たちの一行は、危ない宗教団体に見られていたようだ。その辺り、寂れた寒村なのに、年若い男女が団体で乗り込んだのが理由らしい。

 指摘されて初めて、俺たちがどう見られているのか理解出来た。何も知らなければ、確かに危ない新興宗教団体だな。


 尤も、そんなことで萎縮するような玉では生きていけない。バスに乗り込んだ所から、全員のテンションはマックスになっていた。しかしだ、寝ないと明日が辛くなるよ。

 そんな柔な鍛え方はしていない。アドレナリンがマックスなので、眠さなど微塵も感じていない、と言うのだね。君たちは、遠足を前にした小学生か。立派な大人なら、もう少し分別のある行動をしようよ。すみません、仮眠の邪魔になるのですね。わかりました、言って聞かせても無理なので対策を採ることにします。ええっと、そこで首を傾げないでください。どうして、急に音が聞こえなくなったのか、ですか。確か昔のテレビにありましたよね。


 それは秘密です。


と言うことでお願いします。いえ、宗教団体ではありませんから。


 真っ直ぐ走ると早朝どころか深夜着になってしまう。それもあって、途中で休憩を挟みながら移動することになった。それから君たち、サービスエリアではお酒は売っていないからね。悪いけど、酒盛りはそこまでにしてくれるかな。それとも、強制的に眠らせてあげようか?

 せっかくの旅行なのだから、興ざめするようなことを言うな。そりゃあ、俺だって無粋なことは言いたくないよ。ここにいるのが関係者だけなら、俺だって効かないブレーキなんて踏むつもりはないんだ。効かないのがわかっているのなら、無駄な努力をするな、かい。わかったわかった、無駄な努力は止めておこう。


 結局強制睡眠を発動させ、カオス状態は解消することになった。そこで思ったのは、どうして俺が苦労しないといけないのかと言うことだ。


「それは、ぬしが責任者だからだな」


 これって、責任者の仕事なんですかね。少しと言うか、大いに疑問を感じているんです。なに、これぐらいは許してやれですか。


「うむ、奴らにしてみれば初めての体験なのだからな。この観光バスと言う乗り物にしても、奴らには想像も付かないもののはずだ。何しろ貴族の乗る馬車よりも、ずっと早くて快適なのだからな」


 そりゃあ、あちらの乗り物はお粗末でしたからね。俺なんて、移動の時は荷馬車の後ろに乗っていましたよ。


「その事情はわれらも変わらなかったぞ。流石に王城に行くときには、少しマシな馬車が差し向けられたのだがな」


 その、少しマシな馬車にも乗ったことはなかったんですけどね。


「何を当たり前のことを言っておる。ぬしは、魔王と疑われていたのだぞ。どこの王が、好んで魔王を城に迎え入れるのだ」


 繰り返しますけど、俺は魔王なんかじゃありませんからね。自分で言うのは何ですけど、とても善良な冒険者のつもりだったんです。


「世の中には、存在するだけで脅威になる者がいると言うことだ。それぐらい、お前も理解しているはずだぞ」


 それは、この世界でのことを言っていますか。確かに、少しやり過ぎたきらいはありますね。


「あれを『少し』と言う時点で、ぬしの常識はおかしいと知れ」


 そこまで言わなくてもいいと思うんですけど。そこまでのことだ、譲るつもりはないと言うのですね。でしたら、そう言うことにしておきましょう。

 しておかなくてもそうだ。容赦有りませんね。ただ言わせて貰うなら、本当に非常識ならこんな苦労はしていないはずと言うことです。中途半端に常識を振りかざしているせいだ。はいはい、仰るとおりですよ。


 バスがホテルに着いたのは、朝も7時のことだった。ちゃんと手配されていたのか、朝食は別会場が用意されていた。

 朝食? 宴会の間違いじゃないのか? やけに料理が豊富なのもそうだが、お酒も沢山並んでいるよな。


 これでも抑えている。この後に聖地(ビッグサイト)に繰り出すから、景気づけ以上の意味が無い。俺たちの本気はよく知っているだろうと言うのだね。確かに、普段からすれば生易しいのは認めてあげよう。だけど、その聖地(ビッグサイト)は、酒気帯びで行っても良い場所なのかな?

 酒気帯びではない。ちょっと喉を潤すだけだ。でも、君たちは『止められるのかな』、飲酒を。飲み始めたら、止まらなくなるのを何度も見ているんだよ。そうそう、これで終わらせてくれれば良いんだよ。と言うことで小谷さん、お酒の追加は必要無いからね。


 その1時間後、出された料理と酒はすべての食べ尽くされていた。ただ宣言通り、酔っているように見えないのは流石だと思う。ただ開場は10時だったよね。まだ8時過ぎだと考えると早すぎるんじゃないのかな。

 コミケを甘く見るな。10時に着いたら入場は昼過ぎになる。これでも遅いぐらいだと言うのだね。ごめん、そんなに凄い世界なんだ。クールジャパンの売りになっている。政治家を目指しているのなら、知らない方が恥ずかしいと言うのかな。一つ訂正しておくけど、目指しているのではなく目指していたんだ。つまり、過去形と言うことだよ。そしてもう少し正確に言うとだな、市会議員にまでは手が届いていたんだ。アホに刺されていなければ、衆議院選挙に出るつもりだったんだ。


 あれっ、なんで食いついてくれるのかな。異世界へは転生したのか、それとも転移したのか、かい。俺の場合は転移だったようだね。アホに刺されると、異世界に行くことが出来るのか……と聞かれても俺にはわからないんだが。

 それで女神様に会ったのか、かい。それらしき人には会ったよ。ただ本人は、もっと高位だと言っていたけど。確かゼッタイシンだったかな、とても大仰なことを言ってくれたよ。

 その話を、もっと詳しく聞きたい。それは構わないけど、聖地(ビッグサイト)に向かわなくて良いのかな。他のみんなは、5分ぐらい前に出発したんだけど。ああ、話ぐらいはいつでもしてあげるよ。だから、今は楽しむことを優先……悪いけど、羽目を外しすぎないように注意してくれるかな。取りあえず、翼人たちは飛べないようにしてあるから。


 白船君を見送れば、取りあえず俺には自由時間が出来たことになる。翼人たち全員、エルフたち全員が聖地(ビッグサイト)に行くことを希望したので、ここに残っているのは俺以外はセレスだけと言うことになる。ちなみにそのセレスは、確保してあった部屋でお着替えの真っ最中である。幾ら若くても、徹夜で移動すれば顔に油は浮くし、汗臭くもなると言うことだ。

 ただセレスの場合、相変わらず綺麗で良い匂いがしていたのだが。


 女性の着替えを見るのは良くないが、俺も汗を流すことにしよう。ちなみに俺の場合、超越と命令を使えば身だしなみの問題は出ない。ただ気持ちの問題もあるので、シャワーを浴びるだけのことだ。誓って言うが、セレスのシャワーに乱入しようとは考えていないぞ。

 まあ、偶然出くわすことまでは否定はしないのだがな。


 それから4時間ほどしてから、俺とセレスはホテルを出発した。ちなみに激混みのゆりかもめだが、それは聖地に向かう方向だけのことだ。新橋方面は、多少混んでいるかな程度の混み具合である。

 なに、どうして出発まで4時間も掛かったのか、かな。あまり早く出ても、ショップが開いていないからだよ。嘘を言うな、本当のことを言え。そうだね、相変わらずセレスが綺麗だったから、と言うことにしておいてくれ。


 新橋の手前で降りて、俺たちは近くにある大きな公園観光をすることにした。ちなみにこの公園、将軍様の御鷹場が始まりらしい。俺たちにしてみれば歴史だが、その歴史にした所で4百年程度のものでしか無い。どう言うことかと言うと、その頃にはルーテシアは生まれていたのである。

 ただ失敗だったのは、公園散策には季節が悪かったと言うことだ。海沿いと言うこともあり、結構強い海風が吹いていたのだ。それに加え、緑は常緑樹の松ぐらいしか残っていない。気温も含めて、『寒々』としていた。ああ、蝋梅だったか、小さな黄色い花が咲いていたな。

 セレスとくっついて歩いたのだろう、かい。何を当たり前のことを言ってくれるのかな。くっつくんじゃない、腰に手を回してしっかりと引き寄せて歩いたよ。良いだろう、セレスは俺の妻なんだから。


「少し歩きにくいんですけど、いいですよね、こう言うのは」


 だからセレス、そうやって見上げるようにしてくれるな。そのだ、色々とまずい状態になりそうな気がするんだ。


「それが、男だけだと思わないでくださいね」


 だったらホテルに戻って……いや、俺たちは観光に来たんだからな。観光に来たんだよ。来たんだよ。

 少し気合いを入れ直して、次なる目的地に向かうことにした。どこかって? そろそろお昼だからな、食の聖地である築地に向かうんだよ。市場自体は豊洲に移ったけど、まだまだ食のワンダーランドは残っているんだ。


「おいしい海鮮丼、でしたか。それを食べてみたいですね」


 任せなさい。ちゃんと資料は入手してあるんだ。取りあえず、聖地(ビッグサイト)に向かって心の中で手を合わせておくことにした。ちなみにこの情報は、山岡さんが出所である。


 築地から銀座に回り、俺はセレスとのデートを楽しんだ。途中『ご休憩』の誘惑は襲ってきたが、苦戦の末に撃退したことをここに記しておく。

 ちなみにセレスは、ブティックではなくフルーツパーラーを楽しんでくれた。山岡さんたちのお陰で、集落での食生活は充実したものになっている。それでも、フルーツパフェのような甘味が不足していたのだ。加えて言うと、和菓子もなかった気がする。高級な洋菓子……お取り寄せでいけるのか確認しておこう。

 ああ、豪華海鮮丼が絶品だったのも忘れちゃいけないな。こちらの方は、山岡さんにお願いをしておこう。


 夕食までにとの制限を付けたこともあり、コミケ組は5時前に帰っていた。その表情を見る限り、かなり充実した時間を過ごせたようだ。それはそれで喜ばしいのだが、問題は起こしていないよな。

 白船君、どうして目をそらしてくれるのかな?


「いえ、行動は自重していたんですよ、自重していたんです」


 自重していたのはわかったから、何が起きたのかを報告してくれるかな。事と次第によっては、君の処分を上層部に掛け合わないといけなくなるからね。それとも、気持ちよく吐かせてあげようか?


「いえ、たいしたことはないと言うのか。少し予想外だったと言えば良いのか……」


 それで、もったい付けずに報告をして欲しいのだけどね。やっぱり命令をして欲しいのかな? それは勘弁。だったら正直に話してくれるかな。


「ルーテシアさんは良かったのですけど、翼人の女性たちが目立ちまくってくれたんです。その、あの見た目の女性が16人も揃っていたのが敗因でした」


 確かに、客観的に見れば彼女たちは美人だからね。それでも、セレスには及ばないけど。のろけるな、今は報告をしているのだと。

 はいはい、それで?


「参加者の写真撮影は、原則的に禁止されているんです。撮影して良いのは、限られた場所でコスプレをしている人だけなんです。それから、彼女たちのコスプレは明日する予定でした」


 ああ、今ので話が見えた気がするよ。予定を前倒しにして、コスプレをしたと言うことだね。

 間違ってはいないが、正確には少し違うと。どう違うのか、説明してくれるかな。


「参加費は払うし、そのままの格好で良いから写真を撮らせて欲しいと頼まれたんです。しかも、大勢から……」


 つまり、あまりにも頼まれたから断り切れなくなったのだと。でも、それだったら普段着で撮影されたんだよね?


「せっかくだから、コスプレをしましょうと言う話になってしまったんです。その辺りは、服部さんが積極的だったと言えば良いのか……あのアニメ、日常の格好もありましたよね。だから、服はそのままで翼だけ出すコスプレと言うことになりました」


 それって、コスプレって言って良いのかな? 集落の中では、日常的に見られる格好だよね。


「仰ることは理解しています。私も、普段見慣れているなと思ったぐらいですから。ですが、やけに受けが良くてですね、芸プロ……コスプレ業界の方なんですけどね、名刺を何枚か渡されてしまったんです。その辺りは、慣れているのか服部さんが仕切ってくれて助かったんですけど。ちなみにですけど、これがその時の光景です」


 そう言って、白船君はスマホの画面を見せてくれた。その画面の中には、背中から翼をはやした翼人たちが映っていた。ただそれだけなら、普段の生活で見慣れた景色でしかない。その写真が異常だったのは、彼女たちを取り巻く人の多さだ。

 これって、2、3百人ぐらいいないか。


「数えていませんが、この写真だとそれぐらいですね」


 ここまでされると、情報の管理は破綻しているよな。これって、SNSの画像だよな。それでも、コスプレだと思われているなら救いはあるのだけど。


「ええ、レイヤーに触れるのは厳禁ですからね。だから、あの翼が本物と言うのはばれていません」


 ところで、自衛隊からは何も言ってきてはいないのかな? 今夜会うから、確認が必要なんだよ。ああ、上杉さんから苦情が来た……正確にはお叱りが来たんだね。だったら、今夜謝罪をしておくことにするよ。

 セレナに謝らせた方が良いのかな?


「上杉さんの家庭が崩壊しませんか?」


 だけど、セレナに手を出したのは上杉さんだからね。フェロモンを浴びせられたら、普通の男では抗うことは出来ない。悪いね、その感覚が俺にはわからないんだ。


「だったら、セレスさんに可愛らしく迫られるのを想像してください。抗えますか?」


 セレスにかい。悪いね白船君、確かに抗うことは出来ないよ。抗う気持ちなんて起きないよ。


「それが、フェロモンを浴びせられた私たちと言うことです」


 だとしたら、その対策も必要になると言うことか。関係者ならまだしも、不特定多数を巻き込んだらとんでもないことになるからな。夕食の時にでも、強制力を働かせることにする。


「その、反対しませんが……と言うより、是非お願いしますなんですけど……アクアたち、は、もう発情は必要ありませんでしたね。だったら、よろしくお願いします」


 ああ、忘れないように命じておくよ。流石にこれ以上の混乱を起こしたら、菅谷先生たちに合わせる顔がなくなるからね。




 なぜか落ち着いた夕食が終わったら、ごく一部を除いて大人しく部屋に戻ってくれた。昨夜と言うのかバスでの盛り上がりを考えると意外としか言いようのない行動だ。


「みんな、明日に備えているから、と言うことになります。明日は、エクシブ君を含めてコスプレしますから。それからもう一つ、今日が出遅れたと言うのも理由になっています」


 出遅れた。間違いなく1時間以上前に着いたよね。本来は行列禁止。ただ、有名無実になっていると。つまり、様子を見に行こうと思ったら、俺たちも早くから並ばないといけないのかな。その通り、間違ってはいない。ただ午後になれば、殆ど待たずに入場できるのだね。だったら、俺たちは午後入場と言うことで良いのかな?

 それならそれで、時間を合わせてくれるのだね。ただ自分たちは、出来れば8時には並びたい。つまり、7時半より前にここを出ると言うことかな。ただ言っておくけど、朝食は7時開始だからね。その辺りは手抜かりは無い。すでにホテル側と交渉をしていると言うのだね。なるほど、朝食は6時から食べられると言うのか。

 わかっていたけど、君たちは趣味に生きているね。普段の仕事より、ずっと手際が良いのを疑問に思って良いかな。


 それはそれとして、セレスはどうしているのか、かな。銀座に遊びに行ったのは教えてあるよね。そこでちょっと高級なブティックに入ったんだよ。それで失敗してね、セレスがマヌカンに気に入られてしまったんだ。

 それのどこが失敗なのか、かい。セレスだったら、別に不思議な話じゃないと言うのだね。それはそうだし、ちょっと誇らしいと思っているよ。だから、失敗と言うのは気に入られたことじゃないんだ。勿論、そこでファッションショーになったことでもないよ。いやね、お代はいらないからと何着か押しつけられたんだ。

 それだけじゃないだろうって? ああ、写真……ビデオもあったかな。それを飾らせて欲しいと言われたんだ。ほら、最近あの手のブティックって、ちょっと微妙な女性を使ってるだろう。やっぱり正統派は良いと、感激されてしまったんだ。


「つまり、その衣装にお着替えをしていると言うことですか」


 まあ、そう言うことだね。そうでもしないと、せっかく貰った服を着る機会が無いんだ。見せる相手が菅谷先生たちと言うのは、まあこの際忘れることにするよ。


 そろそろ俺は部屋に戻ることにするよ。それから、セレナ、アリア、ソルテラに部屋に来るように伝えてくれるかな。それを終わらせてくれたら、アクアとしっぽりいっていて良いから。


 部屋に戻った所で、俺は目眩に襲われてしまった。事情がわからない? 鈍いな、セレスが着替えていたんだよ。それに加えて、ルーテシアも着替えてくれていたんだ。服はどうしたと言うのかな、貰ってきた服を調整して着込んでくれたんだ。

 ちなみにラズライティシア様とエクシブは普段通りだし、なぜか小谷さんは紺のスーツ姿をしていた。ああ、ヴェルファイアとセンティアは、白いドレス……コスプレじゃないからな。翼を出せるように背中の開いたドレスを着ていた。


 しかし、ロイヤルスイートと言うのは広いものなのだね。今いる場所だけで、うちのリビングより広いじゃないか。


「そろそろ、菅谷先生がお見えになります」


 普段と比べて表情が強ばっているのは、緊張と言うものをしているのかな。まあ、普段のお遊びとは違い、相手は日本政府の要人だからな。ただ小谷さんは、この場ですることはないはずだから……たぶんだけど。

 そんなことを話していたら、ドアのところで呼び鈴が鳴ってくれた。どうやら、菅谷官房長官御一行が到着されたようだ。ここは礼儀として、俺が出迎えることにしよう。

 余計なことはするな。自分が行くから、ここで出迎えてくれれば良い。それだと、なんか偉そうじゃないのかな。


 とにかく大人しくしていろと言い残し、小谷さんが先生たちを出迎えに行ってくれた。ドアを開いた所で何かを話していたようだが、聴覚増幅を忘れていたと言っておこう。

 小谷さんの案内で、7人の男性が入ってきた……7人?


 菅谷先生、吉沢先生、杉村と吉岡陸将、林下陸将補、上杉さんと考えると6人だよな。だとしたら、あと一人は誰なんだ?


「諸星君久しぶりだね。それからセレスさん、ルーテシアさん、相変わらずお二人とも美しいのだね」

「こちらこそお久しぶりです。先生のご活躍は、私の耳にも届いていますよ」


 この程度は、儀礼的な挨拶となる。


「ところで、そちらの方は?」

「ああ、彼だね。後沢晋作。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう?」


 後沢、後沢ね……それって、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの実業家だったかと思います。その後沢さんなのですかっ!

 流石に驚いた俺だったが、後沢氏の行動は更にぶっ飛んでいた。普通の感覚なら、ここで名乗って握手をする所のはずだ。その普通が通用しない後沢氏は、セレスに『結婚してください』と迫ってくれたのだ。

 先生、強制力を働かせて良いですか?


「流石に、金に変えるのは止めてくれないか」

「いえ、お猿さんに変えてあげようと思っただけです」

「おやおや、自分に自信の無い男は嫌だね」


 どうやら、この男は俺を挑発してくれるようだ。ただな、それはとても危険な火遊びと言うのがわかっているのか。


「後沢君、ここでは控えてくれるかな」

「恋愛は自由であるべきだと思いますよ」

「断る自由があるのも忘れないでくれ」


 落ち着け、ここで強制力を働かせてはいけない。


「ところで菅谷先生。彼を連れてきたのは品定めの為ですか?」

「なに、スポンサーを紹介しようと思っただけだ。官房機密費だって、際限なく使えると言うものではないからな」

「スポンサー、ですか? あいにく、実業家に提供できるものはありませんよ」

「それを考えるのは、君ではなく私だと思うんだ」

「そうかもしれないが、下手な真似ができないのは変わっていないんです。ところで、後沢氏はどこまで知っているのですか?」

「晋作と呼んでくれて良いんだよ。その代わり、私は孝明と呼び捨てにさせて貰うから」

「それで、後沢氏はどこまで知っているのですか?」


 相手のペースに巻き込まれない。いや、意地を張った所で巻き込まれているのかもしれない。


「実のところ、何も教えてはいない。それを含めて、見極めて欲しいと依頼をしたんだ」

「つまり、何も知らないでこんな所に連れてきたのだと。流石に、それは可哀想だと思いますよ。後沢氏ぐらいになると、そんなに暇をしていられないと思いますけど」

「その辺りは、私は違う考えを持っているんだ」


 割り込んできた後沢氏は、俺の顔を見て『にぃ』と笑ってくれた。それでわかったのは、彼が演技派だと言うことだ。


「違う考えと言うのは?」

「孝明のことは知らないが、ここに集まっている人が普通じゃない。私を忘れるとしても、日本を動かしている政治家二人に陸自のトップ2が顔を合わせている。しかも政治家と自衛隊幹部が、実業家を連れて密談をするんだ。加えて言うと、菅谷派閥じゃない若手政治家までいるんだよ。常識では計り知れないことがあると判断しても間違いではないはずだ」


 そこにきて。後沢氏はセレスの顔を見た。


「こんな常軌を逸した美人まで同席している。それから、そこで大人しくしている5人からも、尋常じゃ無いものを感じるんだよ。どうだろう、私は何か間違ったことを言っているかな?」

「なるほど、冷静に状況を分析したと言うことですか。それで菅谷先生、俺たちの正体を明かしますか?」

「差し支えなければと言うところだな」

「その、差し支えがあると判断する基準がわかりませんが……ラズライティシア様、ルーテシア、ヴェルファイア、センティア、正体を見せてくれ」


 俺の依頼と同時に、4人の周りに光の粒が煌めいた。なるほど魔法が発動した……いや、こんなの聞いていないぞ。


「ちょっとした茶目っ気と言う奴だ。加えて言うのなら、アニメで言う所の映像効果だな。それで孝明よ、これで良いのか?」

「ええ、驚かされましたけどね」


 キラキラした光が消えた所で、4人の姿がちょっと……翼人の場合はちょっとじゃないのだが、ちょっとだけ変貌した。ラズライティシア様とルーテシアは、特徴的な長い耳が現れ、ヴェルファイアとセンティアは背中に白い翼が顕現したのである。


「出現の仕方からすると、コスプレと言うことはないのだろうな」


 意外に冷静と言うのが、後沢氏に対する印象である。ただ、それは少しだけ俺の勘違いだったようだ。慌ただしくポケットから白いケースを取り出したと思ったら、小さなタブレットを手の上でばら撒いてくれたのだ。ただばら撒かれたタブレットは、床に落ちることなく宙に浮かんでいた。


「……魔法で良いのか?」

「似たようなものだ。命令の恩恵……強制力とも言うな。ただ、落ちるなと命じた結果がそれだ」

「私には、手品としか思えないのだが……魔法とも違うと言うのだな」


 浮いているタブレットを手に取った後沢氏は、感心したように呟いた。


「種も仕掛けもないと言うことか」

「恩恵が種や仕掛けじゃないと言うのならそうだな」

「そしてこの二人がエルフで、そちらの二人が天使で良いのか?」

「種族的には翼人。ただ、神人と名乗っていたこともあるそうだ」


 ああセレス。流石は気配りの出来る奧さんだな。ただな、その男にあまり近付くんじゃない。ただコップで水を渡しただけだ。その手の男は、さりげなく手に触れてくるんだぞ。


「そして孝明は、その力を使って彼女を従わせているわけだ」

「後沢氏は、俺に喧嘩を売っているのか?」

「いや、事実を口にしただけだと思っている。どうですセレスさん、私の資産、すべて差し上げます。私と結婚して貰えないでしょうか」


 流石はセレス。間髪入れずに断ってくれたな。ただな、『ごめんなさい』と言う必要は無いぞ。


「ですが、私より背の低い人は嫌とは言えませんよね」

「今、言ったよな?」

「そのつもりはなかったんですけど……言っちゃいましたね」


 えへっと笑う所なんて、なんて可愛らしいのだろう。ただ空気を読めと言えば良いのか、後沢氏がしっかり落ち込んでいるぞ。


「ここに来るんじゃなかったと後悔しているんだ」

「ま、まあ、身長ぐらいなんとかなるから諦めるな……セレスのことじゃないぞ」

「セレスさんのことで落ち込んでいるのだがな。ところで、歳を考えれば背を伸ばすことは出来ないと思うんだが?」

「普通ならそうなんだが……ちょっと立ってくれるか?」

「立てば良いのか?」


 大人しく立ち上がった後沢氏に、俺は『背が20センチ伸びろ』と命じてやった。するとどうだろう……と言う表現は良くないな。俺が命じたとおり、後沢氏の身長が20センチ伸びてくれたのだ。


「なっ、なんとかなっただろう?」

「今のが強制力と言う奴なのか?」

「その強制力だ。どうする、このまま身長を伸ばしたままにしておくか?」

「そうしたいのはやまやまなんだが……流石に、私の背がいきなり伸びるのはまずいだろう」

「つまり、元に戻せと言うことだな」

「できれば、ばれない程度に背を高くしてくれるとありがたい」

「難しい注文だな」


 仕方が無いので、元の身長に3センチだけ水増しをしてやった。勘違いで誤魔化すには、この辺りが限界だろう。


「ちなみに、ラズライティシア様は、神話の時代から生きている大魔法使いだ」

「どこかで聞いたことのある設定だな」

「ああ、どこかのアニメで全く同じ設定があったのは知っている」

「それで、自衛隊の幹部二人がいる理由は?」

「今の住居で、自衛隊の協力を貰っているからだ」

「今の住居……どこに住んでいるんだ?」

「長野県北部、白鹿よりも更に北の大谷村だ。しかも国道からかなり山の中には行った所に住まいを確保した」

「どうしてそんな僻地に、と聞いても良いか?」

「目立たない場所を選んで貰ったからと言うのがその答えになる」

「他にも、彼女たちのような人がいるのか?」

「翼人だったら、男を含めて20人いる」

「なかなかの数と言うことか」


 ふうっと息を吐いた後沢氏は、『面白い』と言ってソファーから身を乗り出した。


「菅谷先生。こんな面白いことに誘っていただき感謝します」

「下心ぐらいは理解していると思っているのだがね」

「パー券でしたら好きなだけ持ってきてください。後援会に寄付もしておきますよ。その代わり」

「皆まで言わなくても良い。ただ、相応の汗を流して貰うことになる」

「当然、資金も必要と言うことですか」

「今更の問いだな」


 菅谷先生の答えに、『結構ですっ!』と後沢氏は大きな身振りで同意してくれた。


「それで、どこまでやって良いのですか?」

「この話は、まだ総理にも教えていない。当然同盟国にも秘密にしてある」

「それで、私に目を付けたと言うことですか。私だったら、またぞろおかしなことを始めたと思われますからね」


 よしよしともう一度頷いた後沢氏は、俺の顔を見て『協力して貰えるのだろうね』と確認をしてきた。


「セレスは渡さないぞ」

「度量の小さな男は嫌われるぞ」

「あまり話が脇道に逸れるようなら、話したくなるようにしてやろうか?」

「暴力で、と言うことじゃないんだろうなぁ」


 ああと天を仰いだ後沢氏は、『遊びに行って良いか』と聞いてきた。


「別に構わないが、いつ頃来るつもりだ?」

「孝明たちは、いつ大谷村に帰るんだ?」

「大晦日……つまり、明後日出発する予定だ。年越しは、集落で迎える予定だな」

「そうか……」


 そこで後沢氏は、何かを考えるかのように上を向いた。


「その集落なんだが、ネットは繋がるのか?」

「そこそこ早いネットが引かれているのだが、何をするつもりだ?」

「なに、1ヶ月ほどお世話になろうかと考えただけだ。ネットが繋がっているのなら、仕事上の問題は出ないからな。それに集落だったら、ここでは出来ないようなことを見せてくれるのだろう?」

「見せられるかと言えば、見せてやれると言うのが答えになる。取りあえずの宿だが、まだ使っていない奴が1軒ある。13部屋食堂源泉掛け流しの大浴場付きの宿だ」

「飯は、どうすればいい?」

「翼人たちの住んでいる宿に、自衛隊から調理師を派遣して貰っている。そこに食べに来るか、そこから出前をするかだな」

「それでセレスさんはどこに住んでいるんだ?」

「どうしてセレスの住まいを聞く……俺と一緒に、少しだけ離れた所にあるモデルハウスだ」

「なぜ、モデルハウス?」


 まあ、普通は疑問に感じるよな。俺だって、最初は疑問に感じたんだ。


「解体して運ぶだけで済むかららしい。住まいの用意に、時間が掛けられなかったからと言うのが理由だ」

「そのモデルハウスだが……空き部屋はあるのか?」

「幸いなことにないな。それだけだと不親切だから、小谷さんの家ならあると答えておこう」


 そうした小谷さん。なになに、勘弁して欲しい。うまく行けば、玉の輿に乗れるのだぞ。だから後沢氏、背が低い女性は好みじゃないと言わないように。それはなんだ、小谷さんの身長を10センチ伸ばせば良いのか?

 10センチじゃセレスに届かない。どうして、セレスを基準にしてくれるのかな?


「取りあえず、使っていない宿を拠点にしてくれれば良い」

「だったら、ちょっと変わった奴を連れて行くか」

「あなたに『変わった奴』と言われるぐらいだ。よほどまともな人なのだろうな」

「普通は、どうしようもないほど変人と言うんじゃないのかな?」

「変人に変人と言われたんだ。だったら、裏返ってまともと考えてもおかしくないはずだ」

「変人……私がかな。孝明に言われると、なぜかとても悔しく思えてしまうんだ。私はね、君を見て自分がまだ常識的だったと悔しかったんだよ」


 悔しかったのか。そこは、安堵する所じゃないのか。なに、変人と呼ばれるのは望む所なんだと。


 大丈夫か、日本の経済界は。


 いや、大丈夫じゃないから、こんな奴が出てくるのか。今更ですけど、舵取りが大変ですね、菅谷先生。


「君にだけは言われたくない言葉だな」


 なぜ、俺にだけは言われたくないのですか。小谷さん、どうして大きく頷いているんです。それから自衛隊の3方、別室に翼人3人を控えさせているんですけど。ええ、ソルテラ、アリア、セレナの3人ですよ。

 それを早く言え、ですか。何か言い飽きた気もしますけど。


 大丈夫ですか、自衛隊。


 いや、俺は言っても良いと思いますよ。ところで菅谷先生は、翼人の接待を望まれますか? 遠慮する。余計な気を回す必要は無いと仰るのですね。でしたら吉沢先生は? 遠慮しておく。そう言うことは、杉村に言えと。

 良かったな杉村。後で、翼人の女性とマッチングしてやるからな。出来れば、遠慮したい。俺とお前の仲じゃないか、こう言うときは遠慮なんかいらないんだぞ。お前が独り身と言うのは、ちゃんと理解しているんだからな。




どこかで聞いたような人が出てきますが。はい、気のせいと言っておきます。

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