初めての年末年始
村の特産は異世界です
・初めての年末年始
お騒がせの自衛隊幹部が帰ってから、集落はとても落ち着いた物になってくれた。まあ、新しい来訪者もいないし、別段トラブルが発生したこともなかったからだ。ただその中で、ごく一部だけは忙しそうに動き回っていた。
年末は、コミケに参加すると言うのだね。24時間365日拘束するつもりはないから、有休休暇の範囲で自由にしてくれても構わないと思っている。
それが、薄墨さんの上申に対する俺の答え。ただ俺が甘かったのは、同じ上申を他の5人からも受けたことだ。どう言うことかと言うと、オタク自衛隊員6人がコミケ行きを希望したのである。ちなみにその日程は、12月の29日から31日。年末の押し詰まったときに、よくもまあと感心させて貰った。
それだけなら、29日からの3日間、6人がいなくなるだけのことのはずだった。ただその中の一人、薄墨さんは別の事情があったりする。ちなみに彼女の趣味は、『薄い本』の執筆である。
「今回は流石に印刷屋の手配が間に合いませんでした。ですので、今回は更に薄いコピー本を委託する形での参加になると思います」
それは良いのだが、どこでコピーをするつもりだ。ここには、とてもしけたコピー機しか置いていないぞ。
「普通、大型の複合機とか置きますよね?」
その普通はよくわからないが、ここではあまり文書を扱っていないからな。従って、レーザプリンタはあるが、コピー機はご家庭用のシンプルな奴しか置いていないんだ。
ああ、しっかりと落胆してくれているな。ただ、言わせて貰うのなら、あまりコピーの必要性がなかったんだ。
だからなんとかして欲しいと言われても、どうにもならないと言うのが答えになる。
「そんなぁ、せっかくここには題材が揃っているのに」
それはご愁傷様。ところで、題材ってどう言うことだ? 確か薄墨さんは、『薄い本』を書いていたんだよな。しかも、男女……には限定されない性的絡みだと聞いているが?
「エクシブさんとかラズライティシア様、小谷さんの絡みって格好の題材なんですよ。後ですね、白船君とアクアさんも題材としては極上です」
そこで確認をしておくのだが、俺たちを題材にしていないよな。どうしてそこで顔を赤くする?
「い、いえ、こちらのことです。それからですね、諸星さんを題材にだなんて……絶対に出来ませんから!」
それほど力説することかと言う気もするのだが。題材にされていないのならそれで構わない。ところで、そのなんとかする方の話なのだが……
「コピー機もない、新しく手配も出来ない、のですよね。必要部数コピーをして、更にホッチキス留めをしないといけないんですよ。原稿を用意するまでの時間を考えたら、とてもじゃありませんが間に合うと思いません」
新しく手配することぐらいできるのだが、目的が趣味のためではスポンサーに申し訳ない。
そうなると、薄墨さんは出品側での参加はないのだと。取りあえず聞いておくのだが、原稿はいつまでに上げる予定でいたんだ?
「原稿ですか。今のところ、24日には出来上がると思っていたんです……25日に印刷して製本完了が27日。夜通し移動して29日からビッグサイトに行って、委託販売は30日の予定だったんですけどね」
つまり、24日からの作業が出来ないと言うのだな。なるほど、それなら手伝うことが出来るかもしれない。
「手伝うって、諸星さんがですか?」
その俺がだけど?
「コピー機がないと、製本する元が揃わないんです」
なるほど、まだ俺の能力に対しての理解が足りていないということか。だったら、一つデモをしてあげれば良い。
と言うことなので、近場にあった本……なぜ薄い本がこんな所に? いや、それは取りあえず忘れることにしよう。その薄い本を手に取って見た。ページ数としては、せいぜい20ページぐらいと言う所だな。真似する元があるのなら、後は材料を持ってくれば良い。そのためには、本宅にある事務所に戻る必要がある。
「コピー紙が必要なんですか? 少量であれば、私の部屋に置いてあります」
だったら、持ってきてくれるかな。流石に、女性の部屋に入るのは憚られるんだ。いや、俺だったら良いと言うのは止めてくれないか。何しろ最近、心の棚を2つばかり増設した所なんだ。増設しておいてなんなのだが、結構後悔なんかしていたりするんだ。
駄目なんですか……かい、こう見えても俺は結構頑固なんだよ。
年末が近付いてくると、大きなイベントが一つ待っている。今更言うまでもないのだが、クリスマスと言う奴である。ちなみにここにいる殆どは、クリスマスとは関係の無い世界で生きてた。宗教的にも、全く関係の無い神を信じていたはずだ。信じていたはずなのに、別館その1はクリスマスの飾り付けが行われていた。
「これですか、アクアたちが飾り付けをしたいと言ったんです」
大きなクリスマスツリーは、近くから切り出したのではなくホームセンターで仕入れたものである。こちらは、国道をちょっと南に行った所で売っていたものだ。それに星の飾りやらモールやら、ジンジャー人形とかが飾り付けられていた。
しかしなんだ、サイレントナイトの音楽は……まあ、クリスマスの定番と言うのはわかっている。だけど、『主』とか言うのが出てくるんだぞ。宗教的に問題ないのか、そうか、問題ないのか。こんなものはノリでやっているのだから、細かいことに拘ってはいけないと言うのだね。
凄いね、その割り切り。
それで24日はクリスマスパーティーなのだね。その後すぐにコミケに出発するから、思いっきり盛大にやりたいと言うのか。それを悪いと言うつもりはないよ。
それで薄墨さんは、そう、仕入れに行っているんだね。確か彼女、原稿執筆の真っ最中じゃなかったかな。ちゃんと仕事は忘れていない。コピー本の当ても付いたので張り切っていると言うのだね。それで彼女は、何を仕入れに言ったのかな。蟹と肉……また蟹と肉なのかい。何かパターン化している気がするんだよ。いや、翼人たちにも蟹は好評だよ。最初に出したときの怯え具合が嘘のような気がするぐらいだ。ああ、七面鳥も仕入れるのだね。ただ、ここは日本なんだよ。白いヒゲのおじさんが持つ、パーティーバレルでも良いんじゃないのかな。近くに売っていないからダメ。七面鳥なら、ここで焼けるのでOKなんだと。なるほどね。
ところで、何か手伝うことはあるのかい。リーダーだから、リーダーらしく大人しくしていろと。手間を掛けることも楽しみなのだから、その楽しみを奪うのじゃないと言うのだね。
「高所作業も、ハイエースさんたちに頼めば簡単に済みます。ですので、諸星さんのお手を煩わせなくても良くなりました」
それはそれで寂しい気がする。贅沢を言うな、かい。だったら良いのだけど、それなら俺は本宅に戻ることにする。
ああ、見送りはいらないよ。この程度の距離なら、歩いたとしてもたいしたことじゃない。雪が積もっている……悪いけど、あちらの世界に比べればイージーモードなんだよ。どうしたヴェルファイア、ああ、センティアもいたんだな。一緒に帰るというのだね。それは構わないけど、どうして両側から俺の腕を抱えるのかな。
それからその白い服、ああ、似合っていると思うよ。あと頭の輪っかもチャーミングだとは思うよ。輪っかと言うな、エンジェルハイロウと言って欲しいのだね。それは良いのだけど、どうしてそんな寒そうな格好をしているのかな?
「「もちろん、旦那様と一緒に飛ぶためです!」」
ああ、翼を展開するんだ。ところで、この季節寒くないのかな。なるほど、魔法で防護しているので寒さは感じないのだね。だったら帰り道は任せることにしよう。
その気になれば飛べるのだが、張り切っている二人のために内緒にしておくことにしよう。
楽をして家に帰ったら、なぜかセレスが出迎えてくれた。いや、出迎えてくれるのは珍しくはない。珍しくはないのだが、その格好が問題だと思う。いや、似合っているよ、とても似合っていると思うんだ。そのまま寝室まで連れ込みたいぐらいに合っているのは間違いないんだ。ただな、その格好は流石に寒くないか。
「あなたに見て貰うために頑張っているんですよ」
そんな可愛いことを言われたら、本当に寝室に連れ込みたくなってしまう。それからルーテシア、お前まで張り合わなくても良いのだぞ。いや、勿論似合っているぞ。
それよりも、誰がその衣装を仕入れてくれたんだ。小谷さん、そうか、彼女が仕入れてくれたのか。だったら、後から褒めておかないといけないな。
なるほど、ヴェルファイアたちの衣装も小谷さんの手配なんだね。まあ、クリスマスなんだから、ミニスカサンタと天使がいてもおかしくないのは認めよう。ただな、ちょっとだけ異世界と言うのに疑問を感じてしまったんだ。
細かなことは気にするな。ノリでやっていることだから、水を差すんじゃないと。まあ、そう言うことにしておこう。
待望のクリスマスイブ、誰の待望かは言及しないのだが、待望のクリスマスイブは、盛大なクラッカーの音から始まった。ところでその筒みたいなクラッカーは何なのかな。クリスマスクラッカー……イギリスの習慣なんだね。
流石にお座敷パーティーはシュールかなと思っていたのだけど、テーブルを運び込んでいたのだね。そうか、これも薄墨さんの手配と言うことか。手抜かりが無いのは、さすが薄墨さんと言う所だね。
「今日のメインディッシュですが、肉と魚、しかも肉は七面鳥と牛です!」
クリスマスと言うことで、山岡夫人が取り仕切っているようだ。和食と中華の二人も、今日は洋食の手伝いをしているらしい。だけど魚って、寒ブリ一本のお造りって奴のことかな。これって、和食の方だと思うんだ。その意味で言えば、鶏の唐揚げは中華になるよな。ああ、今日は細かいことは気にしないことにしておこう。
しかしだ、考えてみると宴会ばかりしている気がするな。気のせい、気にする必要は無い、すべて必要な宴会と言うのだね。やっぱり、宴会ばかりは否定してくれないんだ。それで、今日はただ飲み食いをするだけと言うことはないのだよな。そうか、色々と出し物をしてくれるのだね。だったら俺も、市会議員時代に培った経験と言う奴を見せてあげよう。
偉い人は、じっくりと座っていてくれればいい。俺を楽しませるのも、住民の役目と言うのだな。いや、俺も住人の一人だと思っているのだが。それでも、見ていてくれれば良い。目立つ真似をされると、後からやりにくくなるから止めて欲しい。そうか、そこまで言われたら無理を通せないな。
一応確認をしておくのだが、盛り下がるからとは思っていないだろうな。みんな、俺の宴会芸を見たことはないよな。うん、見たことがないから、どんな芸をするのかは知らないんだな。ええっと、杉村から情報は得ていると。ちなみに、ビデオも見せて貰ったと言うのだね。
なあ、暴れていいか?
料理が台無しになるから止めてくれ、なのか。そうか、俺の気持ちより料理が大切なのだな。取りあえず飲むから、シャンパンをボトルで持ってきてくれ。ええっと、お酒はセルフサービス制なんだね。さっきの偉い人って話さぁ、なんか違っていないかな。
それで、白船君たちが雁首揃えてどうしたのかな。しかも、アクアたちまで連れてどうしたんだい。お世話になった挨拶……違う、お願いがあるのだと。白船君が結婚すると言うのなら、俺のことを気にする必要は無いぞ。勿論、集落を挙げて盛大に祝ってあげるからな。
違う、違わないけど違うと言うのだね。
「そのですね、翼人たちの外出許可を頂きたいのです」
それなりに生活しているし、君たちが指導をしているのも知っているよ。それを考えたら、外出許可ぐらいは出しても良いと思っている。思っているけど、一体どこに行こうと言うのかな。ひょっとして、近場のスキー場にでも遊びに行くのかな?
「年末なんですけど、みんなでコミケに行こうと言う話になったんです。ですから、外出並びに外泊のお願いと言うことになります」
あーっ、そう言うことね。はい却下……そんなに残念そうな顔をするんじゃないよ。そんな重要な話を、宴会のどさくさでするものじゃないよ。ちゃんと目的地、日程、参加者のリストを作って持ってくるように。後は根回しなんだけど、それは自分でやってくれるかな。ああ、小谷さんの協力も貰うように。
それならそれで、小谷さんを呼んでくれるかな。
「諸星さん。何かご用ですか?」
小谷さんにちょっとした確認をするだけだよ。なに、小谷さんは里帰りをしなくて良いのかなと思ったんだ。確か、この近くだったよね。
どうして嫌そうな顔をするのかな。顔を見せるだけでも親孝行だと思うんだ。俺みたいな後悔をして欲しくないんだよ。
「そちらは、私の家族の問題です。それで、そんなことを言うために私を呼んだのですか?」
なにかとげがあるね。まあ、個人の事情に踏み込んだ俺が悪いのだろうな。それはそれとして、白船君たちから外泊許可……彼らのではなくて、翼人たちのだよ。行き先がコミケと言うのだから、多少変でも誤魔化せるらしいんだ。それに、ラズライティシア様の魔法が役に立つからね。保護者がいれば、問題は起きにくいのではないかと言うことだ。
「それで、私に根回しをしろと言うのですね。それは構いませんけど、諸星さんに一つお仕事を頼んでも良いですか?」
俺に仕事?
「ええ、諸星さんのお仕事です。年始だと目立ちますので、年末に菅谷先生のところにご挨拶に伺って欲しいんです。その時はですね、少なくともヴェルファイアさん、センティアさんのどちらかを同伴させてください」
それだと、二人ともと言うことになるな。中々外に連れ出すことが出来ない以上、この機会を逃すと次がいつになるのかわからないからだ。
「では、お二人をお連れすると言うことですね。でしたら、セレスさんとルーテシアさんはどうされますか?」
間違いなく、一緒に行くと言ってくれると思う。その辺り、色々と白船君たちに洗脳されているんだ。
「そちらも、と言うことですか」
つまり、小谷さんのところもそうだと言うのだね。流石は自衛官、なかなかの策士と考えて良いのだろうね。
「それは、買い被りすぎのところが有りますね。どちらかと言えば、欲望に忠実なのだと思います」
悪口に聞こえないのは、普段の白船君たちを知っているからと言うことか。確かに、彼らはとても欲望に忠実だったな。
それはそれとして、小谷さんは同行してくれるのかな。議員会館への入館とか、色々と手続きがあるのだろう? たまには、東京の空句を吸いたいとは思わないかな?
「それほど東京には長くいませんでした。大学の4年間と、秘書になってからの2年と少しだけです。でも、まあ、たまには都会で遊ぶのも悪くありませんね。ところで一つ問題があるのがわかっていますか?」
問題があるのか。それは、セレスたちのことを言っているのか?
「違います。今からだと、確保できるホテルが限られていると言うことです。微妙にクリスマスと大晦日を外していますから、なんとかなるとは思いますけど……その意味で言うと、白船さんたちは大丈夫なのでしょうか?」
言われてみれば、彼らは大晦日ギリギリまで東京にいるのだったな。ただ年越し前には帰ってくると言っていたので、俺たちと同じ条件じゃないのかな。
「確かに、コミケは31日で終わりましたね。了解です、彼らは彼らで自己完結して貰いましょう。ところで、彼らに資金援助をされますか? いえ、彼らだけなら放置しますが、翼人の女性を連れていくんですよね。ラブホとかだと、彼女たちの世界観がおかしくなってしまいますよ」
有明の近くと言っていたから、ラブホと言うことはないと思うのだが。ただ、その可能性を強くは否定できないな。だったら、許可の条件としてしっかりとした宿泊場所を加えることにするか。
「アリアさん、ソルテラさん、セレナさんはどうします?」
間違いなく、本人たちは希望することになるのだろうな。ただ独り身の林下さんはまだしも、所帯持ちの杉下……もとい、上杉さんとか吉岡さんはまずいだろう。
「アリアさんだけだと、色々と文句を言われそうな気がしますね。一応、先方に打診をしておきますよ……と言うことなので、諸星さんは市ヶ谷にも挨拶に行ってくださいね」
気が乗らないが、行った方が良いのだろうな。本当に気が乗らないのだが。
「後ですね、菅谷先生が接待と言うものもしてくれると思います。ですので、夜の予定を空けておいてくださいね」
接待。俺が、官房長官様の接待を受けるのか。流石にそれは、後からが怖いと思うぞ。
「ですが、議員会館や内閣官房では出来ない話が出来ますよ。込み入った話は、セキュリティの整った場所じゃないと難しいんです」
だから、超の付く高級料亭と言うことになるのか。だがな、俺みたいな得体の知れない者を、そんな所に連れ込んでいいのか? 格の問題以前に、回りから不自然に見えると思うぞ。
「そう言われてみれば確かにそうですね。でしたら、会員制のバー辺りの方が良さそうですね。了解しました、菅谷先生に夜の方は相談しておきます」
いや、確かに得体が知れないと言ったのは俺だよ。だけど、少しぐらいは否定しても良いんじゃないのかな。事実は事実として認める必要がある。ああ、やっぱり事実だと思っているんだ。
「そんなことはどうでもいいんですけど……あれ、そろそろ止めた方が良くありませんか?」
あれ……ああ、あれね。服部さんたちが裸になっているね。多少見苦しい所はあるけど、あまりうるさく言っても仕方がないと思うんだ。おいおい、ハイエースたちまで脱ぎだしたぞ。
「天使の男性って、意外に逞しいんですね」
そりゃあ、空を飛んでいるからね。デブっていると、飛ぶのも難しいらしいよ。
「確かにそうなんですけど……早く止めないと大変なことになりそうです!」
ああ、ヤリスたちが舞台に上がっていった。流石に止めないとまずそうだな。ただ今から行ったとしても、どう考えても間に合わないだろう。仕方が無い、強制力を使うことにするか……白船君、どうして止めるのかな?
「男の裸が良くて、女性の裸は駄目と言うのは女性差別になります」
いや、それって間違いなく屁理屈だよな。良いのか、アクアも舞台に上がっていったぞ。
「すみません、可及的速やかに止めてください」
その感情、極めて人間らしくて好きだよ。欲望に忠実と言い換えてもいいんだけどね。
俺としては、モラル的に厳しいパーティーにはしたくない。だから、『脱ぐのは不可』と強制力を働かせることにした。それでも多少際どい格好、浴衣が半脱げになっていたりするのだが、下着が無事だからよしとすることにしよう。
しかし、気のせいか宴会での行動が暴走するようになっていないか。最初の頃は、大人しく座って飲んでいるだけだったよな。それだけ、仲間意識が芽生えたからだと言いたいのだね。そうやっておかしな世界を作ると、はじき出される者がでるのを忘れないように。この集落で、いじめは許さないからな……なんだハイエース、言いたいことが有るのかな?
ラズライティシア様に実験材料にされかけた。俺にも散々脅された……と言うのだね。あの頃は、なんだ、まだ君たちはお客さんのところがあったんだよ。だから、今は虐めるようなことはしていないだろう……多分だけどな。
東京行きの希望者を確認したら、当たり前だが全員が希望をしてくれた。ここの生活が悪くはないと思うのだが、テレビで見る世界に憧れてくれたのだろう。小谷さんにも強く同意されたので、仕方が無いので認めることにした。ただし、認めるに当たって条件を付けることにした。
その条件とは、受け入れ側の承認が得られることである。
ただこの条件、小谷さんと白船君が頑張ってくれた。しかも菅谷先生の伝手で、豪華なホテルまで確保して貰うと言うおまけ付きである。ロイヤルスィートって、俺が泊まっても良い部屋なのか?
そんな疑問を小谷さんに言ったら、理由があるのだと教えてくれた。
「菅谷先生も、同じホテルに宿泊されるそうです。関係者も、何名か宿泊されるそうですよ」
「すまん、それにどんな意味があるんだ?」
「セキュリティを目的としているんです」
「セキュリティ?」
「ええ、セキュリティですね。フロアに入るのに、鍵が必要になるんです。それだけでセキュリティがかなり確保できますし、場所を諸星さんの部屋にすればよりセキュリティが高くなるんですよ」
「それで、お台場のホテルを選んだ理由は?」
ホテルだったら、都内に幾つでもあるはずだ。
「理由は簡単、白船さんたちの目的地に近いからです。歩いて3km弱ですから、彼らなら問題になる距離ではありません」
「確かに、3km程度なら自衛官には問題ないのだろうね。まあ、エクシブたちにしても、隣の家に行くようなものだと思うよ。ただ、飛ぶことを主にしている翼人には、ちょっと距離が長いんじゃないのかな。ほら、あそこだったらゆりかもめの駅が近くにあったと思うんだが」
「翼人たちの団体を、ゆりかもめに乗せますか? 加えて言うと、その日のゆりかもめは激混みなんです。満員のゆりかもめに押し込まれるぐらいなら、歩いた方がよほど楽だと思いますよ」
「そう言うものなのか?」
「そう言うものです。後は、外国人が多いホテルですので、多少の奇行は見逃して貰えます。あくまで、多少ですけどね」
その辺りも考慮して場所を選んだと言うことか。なるほどなと感心していたら、小谷さんが別の理由を教えてくれた。
「市ヶ谷から離れているのも理由だそうです」
「つまり、吉岡さんたちも来ると言うことだな」
「加えて林下さん、上杉さんもおいでになります。吉沢官房副長官もおいでになるそうです」
「ここまでの関係者が全員と言うことか。ところで、杉村は混じっていないのか?」
「杉村衆議院議員ですか……聞いていませんでしたね。確か、諸星さんのご友人でしたよね?」
「ああ、昔からの腐れ縁と言う奴だな。菅谷先生に繋ぐのも、あいつに骨を折って貰っている」
「了解しました。菅谷先生を通して、杉村議員にも声をお掛けしておきます」
あとは……と考えた小谷さんだったが、「ここまでですね」と出席者の話を終わらせた。
「ちなみに、ここからの移動には観光バスを手配しました。席数が36ありますので、全員が一度に移動できます。勿論、洗面トイレが完備していますよ」
「俺たちも、一緒と言うことか?」
「諸星さんと別行動と言うのは、流石に怖いと思いますよ。統制の面でもそうですけど、トラブル対策と言う意味でも諸星さんがいてくれた方がありがたいんです。いざと言う時は、色々と無かったことに出来ますよね?」
「出来るかと言われれば、出来ると答えるのだが……」
「だから、諸星さんも一緒と言うことです。ちなみに、28日の夜に出発して、31日の夜に帰ってきます。従って、年越しはここですることになります」
「結構ハードスケジュールになっているな」
「大晦日のホテルは空いていなかった……と思ってください。バラバラならとれますけど、そんな恐ろしい真似はできないからと言うのが答えですね」
「まあ、そちらの方は追々改善していくことになるのだろうな」
小谷さんの差配で、旅行の日程は固まったことになる。そうなると、次なる問題は面会以外の時間の使い方と言うことになる。
「小谷さんたちは、日中はどう過ごすのかな」
「ビッグサイトには行くことになっています。その辺り、白船さん、神代さんが張り切っていたんです。後はですね、ちょっとした観光地を巡ってみようかと。定番は、浅草とかスカイツリーでしょうね」
「それ、俺も乗っかれないか?」
定番と言うのは、外れがないと言う意味にも通じる。浅草、スカイツリーはお上りさん定番の観光地だろう。加えて言うと、インバウンドも多く訪れている場所にもなっている。
「でしたら、築地……豊洲にしておきますか。豪華海鮮丼でも食べに行きましょう」
「異世界人に生ものか……うちの奴ら、蟹程度なら完全に克服したんだよな」
「蟹どころか、ぶり、ふぐ、ノドグロ、イカにタコ。何でもござれになっていますね。大トロなんて、奪い合いが起きていますよ。わさびも克服したどころか、鮫皮で下ろしたわさびがおいしいと言っているぐらいです」
「その辺りは山岡さんの教育と言うことか……しかし、贅沢に慣れさせてしまったな」
「山岡、服部、薄墨が張り切っているからですね。それに日本海が近いので、新鮮な海の幸が入手できるんです」
「小谷さんが誇らしげに見えるのは気のせいなのかな?」
「そう見えました?」
「ああ、そう見えたのだが?」
「別に、誇らしげにしているつもりはなかったんですけどね。ですが、大谷村には大谷村の良さがあると思っているんです。確かに山奥のど田舎ですけど、意外に海にも近いんです。ですから海の幸、山の幸に恵まれているんですよ……でも、人がどんどんいなくなってしまって」
そこで落ち込むのは、寂れていく故郷のことを思ったからだろう。その辺り、日本の抱えた問題と言うことになる。そしてこの問題、解決策がないと言うのがさらなる問題だった。
ただ足とか宿の手配は出来たが、それで終わりと言う訳にはいかない。
「オリエンテーション……でいいのか、翼人たちにオリエンテーションの必要があるよな?」
「その辺りは、白船さんが中心になって行っています。ただ、ちょっとテンションが高すぎるのと、暴走しているんじゃないかと言うのが気になってはいますが。ただ白船さん、アクアさんたちにコスプレさせることを考えているようですよ」
「翼人をやったら、もうコスプレじゃないよな?」
「その辺りは、アニメネタから持ってくるようです。異世界で農家をやってるアニメがあったんですけど、ご存じですよね? あれにも翼人が出ていたんです」
「あれにした所で、ここに来たときの格好そのものだと思うんだが。まさかとは思うが、飛ばせたりはしないだろうな」
「それをやると、大騒ぎになりますからね。流石にしない……しないと思いたいのですけど、みなさん最近ノリが良いのが心配になってきました。諸星さん、監視をしにいきますか?」
「俺としては、別の観光に行きたいんだが……野放しにしておくと、何をしでかしてくれるのかわからんのが怖いな」
「ですよね……」
だからと言って、締め付けすぎるのも良くないように思う。だったら、少しだけ釘を刺しておくことにしよう。さもなければ、期間限定で飛べないようにしてやろうか。
「日中は飛べないように強制力を働かせておくか」
「そうした方が無難に思えますね。東京まで遊びに行くというご褒美を上げるんですから、それぐらいの制限は我慢して貰うことにしましょう」
「だったら、行きのバスで命令することにしよう。ところで、ラズライティシア様も浅草観光で良いのか?」
「もう少し都会を見てみたいと仰っていましたよ。だから、浅草……都会とは違いますね。銀座辺りに変えておきましょうか」
「官房機密費おいしいです……と言うことだな」
「さすがに、あの人たちは豪遊しませんよ。どちらかと言えば、甘い物に走ってくれると思います」
「俺たちも着いていくんだがな」
「セレスさんがいましたかぁ! カードの限度額を上げておいた方が良さそうですね」
「見た目だけなら、ヴェルファイアとセンティアもなかなかのものだぞ。ルーテシアは、ちょっとボリュームに欠けるかな」
「でも、別の意味でお綺麗だと思いますけど……一緒に歩くのが憂鬱になってきました。諸星さん、私たちと平均身長で20センチ違うのを理解しています?」
「そんなに違うのか……違うのだな。まあ、あまり気にする必要は無いぞ」
「一応忠告しておきますけど、高級ブティックの服を買っても着る場所がありませんからね」
そこで首を巡らせたのは、緑しかない……今は雪景色になっているのだが、回りに人がほとんどいない田舎と言うのを主張したのだろう。
確かに、俺以外に見せる相手はいないことになるな。ただセレスの場合、それを理由にしてくれるんだよな。
「諸星さん、のろけはほどほどにしてください。それよりも、白船さんたちが暴走していないか監視に行きますか?」
「間違いなく、行った方が良さそうだな」
守秘義務のギリギリを攻めてくれなくてもいいのに。軽くぼやきながら、俺たちは別宅へと向かったのである。
気楽に遊びに来るとは言って欲しくない。小谷からの報告を聞いたとき、つい俺は零してしまった。自衛隊とのいざこざ……彼にしてみれば、火の粉を払った程度だと思うのだが、どれだけ俺の肝が冷えたのか理解しているのかと問いただしたくなってしまった。
ただ冷静に考えてみると、彼が東京に出てくるのは悪い話ではない。特に新たな来訪者が現れた以上、杞憂とは言っていられなくなってしまったのだ。だとしたら、今後も来ることを前提に対策を立てる必要がある。そしてもう一つ、そろそろ政治的活用方法も考えなくてはならなかったのだ。
彼と言う存在は、間違いなく日本にとって強力な武器となってくれる。そして政治家としての私にも、大きな武器と言うのは間違いない。ただどちらにとっても、扱いを間違えれば破滅をもたらす悪魔にもなってくれる。
「吉沢君。彼らのホテルは確保できたのか?」
「ちょっと無理をしましたが、お台場で40人分の部屋を確保しました。話し合いに使えるよう、ロイヤルスィートも確保できました」
そこでこめかみを押さえたのは、それだけ無理をしたことが理由なのだろう。普通なら秘書に任せ、そこから旅行会社なりに任せている案件だった。ただ事情が事情だけに、手配をするにも苦労をしたのだろう。
「いえいえ、流石に私自身では手配していませんよ。ただ秘書に任せても噂になりますから、杉村君に手配して貰うことにしました」
「杉村君にか。いいのか?」
「彼は、諸星君の関係者ですよ。それに私たちからは、遠い位置にいますからね。おかしな腹を探られなくても済むと言うメリットがあるんです」
「それならそれで構わないのだが……ところで、なぜお台場なのだ?」
「目的地がビッグサイトだからと言うのが理由です。可能な限り、公共交通機関を使わないためとお考えください」
「なぜ、この時期にビッグサイトに行くのだ。しかも、異世界人を連れて?」
首を傾げた俺に、吉沢君が『オタクの祭典ですよ』と笑いながら答えてくれた。
「オタクの祭典なのかね?」
「コミックマーケットと言うのだそうです。どうやら、派遣された自衛隊員全員がオタクだったようです」
「そのオタクと言うのもよくわからないのだが。それでうまく行っているのなら問題にすることではないな」
「一応クールジャパンのコンテンツなんですけどね。それはそれとして、吉沢陸将たちも、楽しみだと喜ばれていましたよ」
「彼らも意外に若かったと言うことだな。しかし、異世界人、しかも違う種族と性交できたと言うのか」
「翼人でしたか。自衛隊の男性4人が関係しているそうです。まあ、彼は例外と言うことにしておきましょう」
「彼……諸星君も翼人と関係したのかね?」
それは驚いた。
「私には、彼は常識人に思えたのだがな」
「私にも、常識人に見えていましたよ。ただ、回りからの圧力に負けたようですね。小谷さんが言うには、『翼人たちが不安を感じている』と責めたらしいです。権力者に女性を差し出すのは、あちらの世界でも同じだったと言うことです。後はですね、すでに二人を相手にしている時点で、三人目、四人目を駄目だとする理由もないはずだと押し切られたみたいですね」
「なるほど、彼も男だったと言うことだな」
まあ、気持ちもわかるし、俺だってと言う気持ちがないと言うと嘘になる。ただもう少し若いときならと、残念な気持ちがあるのも確かだ。
「それはそれとして、そろそろ活用の方法を考える必要がある」
「それなのですが、知り合いにちょっと変わった奴がいるんですよ。彼を利用できないかと考えているんです」
「ちょっと変わった奴かと言うのだな。彼と言う以上男だと思うのだが、大丈夫なのか?」
「ええ、ちょっと変わった奴です。後沢と言えばご理解いただけますか?」
「後沢だと! あれを、ちょっとと言って良いのか?」
「本人は、ちょっと変わっているだけだと主張していますよ。資金的にも、そろそろ奴を巻き込もうかと計画しているんです。嗅覚に優れた奴ですから、うまい活用方法を考えてくれると思います」
「そうかもしれないが、同時に劇薬でもあるな。ただ、莫大な金を動かすことができたな」
「二桁億なら、平気で無駄遣いしますからね」
「しかし、一つ間違えば世界を巻き込んだ大騒ぎになるな……」
それを考えると、時期尚早に思えてしまうのだ。ただ、いつならと言う明確な区切りを付けるのも難しい。
「取りあえず、彼に引き合わせてみるか。最悪の場合、無かったことにして貰おう」
「無かったこと……ですか。普通なら不可能なんですけど、彼の場合はやってしまいますからね」
「曲者の林下が陥落したのだからな。ヒアリングをしてみてら、隊員たちは集落のことを覚えていなかったそうだ。それどころか、自分たちが何をしたのか覚えていなかったらしい」
「こちらまで騒ぎが伝わってきたんですけどね。陸自のトップがヘリで出かけたのも、何事かと騒ぎになったはずです。それなのに、どうしてあっという間に沈静化したんでしょう?」
「それも、彼に確認してみた方が良さそうだな」
「小谷さんの言葉が正しければ、彼は集落を出ていないんですけどね」
集落を出ないで、こちらの情報を操作することが出来る。考えるまでもなく、恐ろしい能力に違いない。うまくおだてて……と言うのも難しい気がするが、気持ちよく協力させることを考えた方が良さそうだ。
「それから、吉岡には釘を刺しておいた方が良いな」
「あまり接近しすぎるな、ですか。まだアメリカに知られるわけには行きませんからね」
「それも、お台場のホテルでと言うことになるな」
やれやれ、年の最後に大物が待っていたな。ただこれを乗り切れば、気持ちよく新年を迎えられることになる。
「彼の常識を期待することになるとは……」
「杉村を連れて行くのは、その面では正解なのかも知れません」
それはそれで、不安材料でもあるのだがな。仕方が無い、彼の処遇を考えておくことにしよう。適当な役職でも与えれば、十分な報酬になってくれるだろう。
年末、異世界人と言えばお約束のイベントがあります。
薄い本……書いたことはありませんよ。画才がありませんので。




