08.迷宮メイド無双 その2
迷宮の中は、外とは別世界だった。
湿った空気に、ひんやりとした石壁。
足音がやけに響く。
「……暗いですね」
リリが小さく呟く。
「ビビってんのか?」
「いえ、大丈夫です」
軽く返しながら前を歩く。
最初に出てきたのはスライムだった。
ゆっくり這うだけの雑魚。
リリが一歩踏み込んで、槍を軽く振る。
それだけで核ごと消えた。
「……弱いな」
「上層ですからね」
続いてコウモリ型の魔物。
これも、近づく前に叩き落とされる。
戦闘というほどでもない。
⸻
「……暇だな」
思わず漏れる。
「ですね」
リリもあっさり同意した。
しばらく、魔物を片付けながら進む。
「……そういえば」
なんとなく口を開く。
「お前の借金って、何だったんだ」
「え?」
少し驚いた顔。
「前から気になってたんだけど」
リリは少しだけ考えてから、口を開いた。
「……元々は、パーティの装備代です」
「は?」
「勇者パーティって、お金かかるんですよ」
妙に現実的な話だな。
「回復薬とか、武器とか、遠征費とか……あと」
言いにくそうに止まる。
「……見栄」
「……ああ」
なんとなく察した。
「あいつ、無駄に金かけそうだな」
「はい。すごく」
「最初は“立て替えとく”って言われてたんです」
「よくあるやつだな」
「“お前は特別だから”って」
「……はいはい」
「“全部俺に任せろ”って」
「で?」
「全部私名義でした」
「クズじゃねぇか」
⸻
リリは苦笑した。
「書類、ちゃんと読めばよかったんですけど」
「いや、それ普通に詐欺だろ」
「……そうですね」
少しだけ視線を落とす。
⸻
その時、小型のゴブリンが飛び出してきた。
「ギャッ!」
「っと」
リリが自然に前に出る。
槍を横に払う。
二体まとめて壁に叩きつけられて、動かなくなった。
「……続けていいですか?」
「ああ…」
「それで、借金返すために依頼受けて」
「うん」
「危ない場所にも行って」
「うん」
「……死にかけました」
「まぁ、そうなるな」
淡々と返す。
⸻
「で、極めつけが聖剣です
「……ああ、それ」
気になっていた部分だ。
「取られました」
「何でだよ」
「借金の担保で」
「聖剣を担保とは世も末だな……」
思わず呟く。
⸻
「お金返せなかったので、そのまま別の人に流されました」
「勇者の扱いじゃねぇな」
「一応、形式上は勇者でしたけど」
「実質、荷物持ちでしたし」
さらっと言う。
また魔物が出る。
数は多いが、問題にならない。
リリが前に出て、まとめて処理する。
さっきより少し力が入っている。
ストレスの捌け口に決めた様だ。
「うおらぁっ!」
「らぁ!」
「あの聖剣!」
「転生の時に女神様に貰った物なのに!」
「それ以外何も持ってなかったのに!」
「てぇりゃあああああっ!!」
(……やっぱり強いな)
気になるフレーズが聞こえた様な気もしたが、今は良いだろう。
⸻
「……魔王様」
「なんだ」
「私、ちゃんと役に立ってますか?」
少しだけ、不安そうな声。
「ああ」
「正直、想像以上だ」
リリの目が、少しだけ見開かれる。
「……よかった」
ほっとしたように笑う。
「頑張ってよかったです」
その表情が、妙に柔らかい。
「……それに」
自然と、言葉が続いた。
「さっきの戦い、良かった」
「え?」
「山賊の時」
少しだけ視線を外す。
「綺麗な動きだった」
「……っ」
一瞬、言葉が止まる。
「……そ、そんな」
明らかに照れている。
分かりやすい。
「……魔王様って、ちゃんと褒めるんですね」
「どういう意味だ」
「もっとこう……ひねくれてるのかと」
「失礼だな」
否定しきれないが。
「嬉しいです」
リリが小さく笑う。
さっきまでより、少しだけ距離が近づいた気がした。
⸻
やがて、空気が変わる。
「……止まれ」
「はい」
リリもすぐ気づく。
「重いですね」
「ああ」
魔物の気配が、明らかに違う。
「ここから中層だ」
「ですね」
リリが槍を握り直す。
空気が引き締まる。
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