07.迷宮メイド無双 その1
「……というわけで、魔王様。今回の修理費、冗談抜きで国家予算の半分が飛びました」
カミラが静かに差し出してきた紙を見て、俺は一度、ゆっくりと目を閉じた。
見なかったことにしたい。
「正面ゲートの再建、城壁の補修、爆発による内部設備の損壊――」
「もういい。要点だけ言え」
「古代級の高純度魔石が必要です」
即答だった。
「一般的な物では足りません。迷宮最下層のものが必須です」
「……迷宮か」
「はい。神クラスの迷宮主が居ると噂ですが『終末の迷宮』が最適かと」
ザルドスは警備の立て直しで動けない。カミラも城を離れられない。
自然と、選択肢は絞られる。
「……俺とリリ、か」
「はい」
⸻
「頑張ります、魔王様!」
出発前、リリはやけに張り切っていた。
戦闘用にメイド服をカスタムしているいるらしい。
「メイド服の戦闘って、スカートが翻って見えそうで見えない所が良いんですよね!」
「そういう情報はいらない」
即座に切り捨てる。
「……とにかく、はしゃぐなよ。あと足引っ張るな」
「はいっ!」
元気な返事が返ってくる。
……まぁ、俺1人でも何とかなるだろ。
⸻
森の中を進むこと数時間。
視界が開けかけたところで、不自然な気配が混じった。
「――止まれ!」
前方の茂みが揺れ、数人の人影が躍り出る。
やたら派手な衣装に、妙に芝居がかった動き。
嫌な予感しかしない。
「俺たちは『愛の略奪者』!」
先頭の男が、隣の女の肩を抱き寄せる。
わざとらしく顔を近づけ、見せつけるように笑った。
「仲睦まじき者から愛を奪い、その証を収集する選ばれし存在だ!」
「……」
思わず黙る。
「……魔王様」
リリが小声で聞いてくる。
「どういう人たちですか、あれ」
「俺に聞くな」
だが男は気にせず続けた。
「安心しろ! 我らは“リア充専門”だ! 魔王様もリア充嫌いで有名だからな! カップルだけ狙っていれば見逃してもらえるって話だ!」
「……は?」
思わず声が出た。
「お前ら、それどこ情報だ」
「え? 有名だろ? 魔王様はリア充爆発させるって――」
「いや、それはそうだけど」
そこは否定しない。
だが。
「なんで“見逃す”方向の話になってる」
「だって同じ思想だろ!? リア充嫌い同士!」
「一緒にすんな」
即答した。
⸻
「……というわけで」
俺はリリをちらっと見る。
「下がってろ」
「こいつら、まとめて消す」
爆破しようととした、その時だった。
横を、風が抜けた。
「……え?」
気づいた時には、リリが前に出ていた。
「魔王様の魔力を、こんなところで使わせるわけにはいきません」
静かな声。
そのまま、迷いなく踏み込む。
⸻
男が剣を振るう。
だが届かない。
最小限の動きで軌道を外され、次の瞬間には手首を打たれていた。
「なっ――!?」
剣が宙を舞う。
同時に、女の足元が払われる。
体勢が崩れたところへ、的確な一撃。
無駄がない。
流れるように、次の標的へ移る。
気づけば、三人、四人と地面に転がっていた。
何が起きたか理解できていない顔のまま。
最後に残った男の喉元へ、槍の穂先がぴたりと止まる。
「……」
リリは、ほんの一瞬だけ息を整えた。
そして、小さく言う。
「……山賊風情が魔王様の名前を軽々しく語らないでください」
声は強くない。
だが、妙に重かった。
「ひ、ひぃ……!」
完全に腰が引け、そのまま転がるように逃げていく。
他の連中も、我先にと森の奥へ消えていった。
⸻
静かになった。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいだ。
「……すみません」
リリが振り返る。
「勝手に動いてしまって」
「……いや」
少し間を置く。
「助かったよ、魔力を温存できた」
それに。
(……なんだ今の)
さっきの動きが、頭から離れない。
無駄がなくて、正確で、そして――
妙に、洗練されていた。
城で見ている姿とは、明らかに違う。
「……行くぞ」
⸻
森を抜けると、視界が一気に開けた。
岩肌にぽっかりと空いた巨大な穴。
黒く口を開けたそれが、『終末の迷宮』だ。
「……あれが、目的地ですか」
リリが小さく息を呑む。
「そうだ」
俺たちは迷宮の中へ足を踏み入れた。
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