20.リリとハジメとおじ様と その3
しばらく空いちゃいました
『嘆きの迷宮』最深部。
三人の前に立ちはだかるのは、巨大な岩石の巨像《嘆きの守護者》。
天井に届くほどの体躯。全身を覆う黒い岩盤の隙間から、溶岩のような赤光が脈動している。
「若いの! 小鳥ちゃんを連れて下がれ! ここは私がっ、、」
ガストンが剣を抜いた、その瞬間だった。
守護者の拳が地面を叩き潰す。
リリを庇うように岩陰へ飛び込み、降り注ぐ瓦礫を背中で受け止める。
「怪我はないかい、小鳥ちゃん」
「……っ!リリッ、大丈夫かっ!!」
ハジメが叫び、指先に魔力を込める。
だが、視線の先にはガストンの腕の中で身を縮めるリリの姿。
(……クソ。今ここで俺が全開で撃てば、リリを巻き込む。……俺には、あのおっさんのような『繊細な守り方』ができないのか……!?)
ハジメの葛藤を見透かしたように、巨像が拳を振り下ろす。
「魔王様、危ないっ!」
リリの叫び。ハジメが反射的に放った小さな爆発は、巨像を怯ませる程度にしかならなかった。
自分を縛る爆発という名の不器用な呪いが、これほどまでに疎ましく思えたことはなかった。
戦況を変えたのは、ガストンだった。
「――聖剣技」
低く呟いた瞬間。
銀閃が走る。
迷いのない一撃だった。
守護者の胸部――核だけを、寸分違わず貫く。
次の瞬間、巨像が崩れ落ちた。
轟音と土煙。
その中心に、巨大な魔石が転がっている。
「……ふぅ。これで終わりだね、小鳥ちゃん」
ガストンは乱れた髭を整え、穏やかな笑顔でリリに向き直った。そして、ハジメを真っ直ぐに見つめ、静かに、しかし重い言葉を口にする。
「若いの。……君の力は強すぎる。それは時に、隣にいる者を傷つけ、恐怖させるだけだ。……小鳥ちゃん。改めて言おう。私と一緒に街へ来ないか? 君なら、もっと日の当たる場所で、美味しいパンを食べ、穏やかに笑って過ごせるはずだ。」
ハジメは何も言えなかった。
ガストンの言うことは、あまりにも正論だった。
自分といれば、リリの服は常にボロボロになり、命の危険と隣り合わせだ。
「……リリ」
ハジメの声が震える。
「……お前が、そっちの方がいいって言うなら……俺は……」
ハジメが言葉を紡ぎきる前に、リリが大きく一歩を踏み出した。
彼女はガストンの差し出した「救いの手」を、優しく、しかし確かな力で押し戻した。
「おじ様。……私を想ってくださって、本当にありがとうございます」
リリは、煤で汚れたメイド服の裾をギュッと握りしめた。
「でも、お断りします。……私は、魔王様のメイドですから」
「……小鳥ちゃん。だが、彼は君を……」
「ええ、爆破されます。毎日毎日、ドカンドカンと! お洋服も予備が足りないくらいです!」
リリは、泣きそうな顔をしているハジメを振り返り、最高の笑顔を見せた。
「でも、あんなに不器用で、私を傷つけたくなくて必死に耐えて、それでも我慢できなくて爆発しちゃう魔王様が……私は、大好きなんです! 穏やかなパンより、魔王様と爆風の中で食べるおにぎりの方が、百万倍美味しいんですっ!」
「……リリ……お前……」
ハジメの胸の内で、何かが限界を超えた。
嫉妬、劣等感、不安。それらすべてが、リリの「大好き」という言葉によって一瞬でポジティブなエネルギーへと変換される。
だが、それは同時に、ハジメのスキルにとって「過去最大のリア充判定」が下ることを意味していた。
【神界・特別警報】
【対象の幸福指数が測定不能。嫉妬ボタン、全・力・連・打!!!】
「……あ。……あ、あは……。リリ、ありがとう。俺、今……めちゃくちゃ幸せだ……」
ハジメの身体が、これまでにないほど眩いピンク色の光を放ち始める。
「若いの! 何をする気だ、まさか自爆――」
ガストンが驚愕して距離を取る。
ハジメはリリに指一本触れていなかった。
ただ、溢れ出す多幸感と、リリへの愛おしさだけで、彼は「ソロ爆発」の境地に達していた。
「リリィィィ! 大好きだぁぁぁぁぁ!!!」
ドガァァァァァァァァァァァァン!!!!!
迷宮の天井を突き破り、魔界の夜空まで届くほどの特大ピンクキノコ雲。
それは、いかなる攻撃魔法よりも美しく、そしていかなる魔王よりも情熱的な、愛の証明だった。
数時間後。
少し前まで迷宮だった場所にある瓦礫の山の上。
「……ひどい目にあったよ。まさか、喜びだけであそこまでの出力を出すとはね」
煤まみれになったガストンが、苦笑しながら立ち上がった。
彼の傍らには、やはり煤だらけだが、幸せそうにハジメの膝枕で眠るリリの姿があった。
「……ふん。悪かったな、おっさん」
ハジメもまた、全魔力を使い果たしてボロボロだった。
だが、その表情は憑き物が落ちたように晴れやかだ。
「……負けたよ。技術だの余裕だの、あんな純粋な『爆発』の前では無意味だ」
ガストンは背を向け、手を振って歩き出す。
「若いの。小鳥ちゃんを泣かせるんじゃないぞ。……次は、もっと丈夫な服をプレゼントしてやるんだな」
「……言われなくても、そうするよ」
夜空を見上げるハジメの胸元で、小さな、本当に小さな火花が「パチッ」と鳴った。
それはもう、彼を苦しめる呪いではなく、幸せを噛みしめるための合図のように聞こえた。
……一方、天界では。
「なんでよぉぉぉぉ!!」
女神の悲鳴が響き渡る。
「なんで爆発してるのに幸せなのよぉぉぉ!! 意味わかんないぃぃぃ!!」
生涯独身の女神が、空になったビールの缶を投げつけながら、今日もまたモニターの前で発狂していた。
ハジメ…「ん?そういえば、最後の爆発前。嫉妬ボタン全力連打って聞こえなかったか?」
ハジメが何かに気づいた??




