21.女神はだいたいロクでもない
新章です
夜風が吹き抜けていた。
いや、正確には吹き込み放題だった。
なにせ魔王城には、今のところ屋根というものが存在しない。
この前吹き飛んだままだ。
「……寒いな」
「寒いですね」
「……誰のせいだと思う?」
「魔王様です」
「……………。」
修繕費を稼ぐ為にダンジョンに潜ったが、成果を上げたからと言ってすぐに天井が直るわけではない。
壊れたものは直ぐには戻らない。
我ながら酷い。
本当に酷い有様だ。
だが今は、それ以上に気になることがあった。
「……なあ、リリ」
「はい?」
「最後の爆発の時なんだけどな」
胸の奥の感触を思い返す。
幸福感で頭がおかしくなりそうだった、あの瞬間。
確かに聞こえたのだ。
聞こえてはいけないノイズが。
「なんか聞こえなかったか?」
「聞こえた、とは?」
「なんか頭の中に……」
少し間を置く。
思い出すだけで腹が立つ。
「『……ッ! ちょっと! なんでそこで抱き合うのよ! ボタン連打! 連打ァ!! もっと爆ぜなさいよこの変態勇者ぁ!!』……って聞こえた」
「…………」
「……」
「めちゃくちゃ聞こえた」
リリが固まった。
笑うでもなく、驚くでもなく、石像のように完全に固まった。
「……リリ?」
「魔王様」
「おう」
「今まで何故か忘れてたんですが…」
「それ多分……」
嫌な予感が背筋を走る。
「女神様です」
「は?」
しばらく沈黙が続いた。
「……女神?」
「はい」
「神様ってあの、神様?」
「はい」
「天界の?」
「はい」
「女神?」
「女神です」
「女神が?」
「女神がです」
意味が分からない。
全く分からない。
何ひとつ理解できない。
「待て」
俺は頭を押さえた。
「……整理させてくれ」
「つまり」
「神様が」
「俺たちの恋愛事情を覗き見して」
「爆発ボタンを押してた?」
「はい」
「……暇なのか?」
「暇なんだと思います」
「神様だろ?」
「神様ですね」
「もっと世界とか救えよ」
「私もそう思います」
リリはぽつぽつと話し始めた。
特訓中に見た夢。
そこで出会った転生の女神。
爆発の正体。
そして天界で行われていたらしい「嫉妬ボタン連打」の全貌。
話を聞けば聞くほど、頭痛が激しくなってきた。
「……待て」
俺は二度目の整理を始めた。
「じゃあ何か?」
「俺が必死に爆発制御してたのも」
「お前が吹き飛ばされてたのも」
「城の屋根が何回も消滅したのも」
「全部女神の嫌がらせ?」
リリが申し訳なさそうに、小さく頷く。
俺は黙った。数秒。数十秒。そして。
「……くそ女神」
自分でも驚くほど低く、氷のように冷徹な響きだった。
「よし。ちょっと、話しをしに行こうか」
翌日。
もはや屋外広場と化した屋根のない玉座の間。
俺は事の顛末をすべて説明し終えた。
向かい側ではカミラが扇子を止め、珍しくザルドスも真剣な面持ちで聞き入っている。
「なるほど」
カミラが小さく息を吐いた。
「確かに、あの理不尽なまでの『リア充抹殺反応』には違和感を覚えておりましたわ。神の私怨とあれば、全ての説明がつきます」
「納得した」
ザルドスが頷く。
「普通の恋愛ごっこで城の屋根は吹き飛ばねえ。そこだけは満場一致で合意できる」
「でだ、」
俺は身を乗り出した。
「女神について知ってること、全部教えてくれて」
ザルドスが顎に手を当てる。
「女神の情報なら、正教国だな」
「正教国?」
「大陸西部最大国家。女神信仰の総本山だ。神殿の奥には、かつて女神がこの世界に降り立った際の記録や、神格に触れる聖遺物が厳重に保管されているという話だ」
聞くだけで面倒そうな場所だった。
だが。
「調べるなら、そこしかないだろうな」
カミラも頷く。
「女神が何者なのか。なぜ魔王様を選び、なぜここまで執着するのか。その全ての手がかりがあるはずです」
俺は玉座から立ち上がった。
なんだか久しぶりに、胸が高鳴っている。
迷宮攻略とも違う。
これは、もう人生をかけた戦いだ。
しかも相手は女神。
「よし」
口元が自然に歪む。
「乗り込むぞ」
「はいっ!」
リリが元気よく手を挙げる。
「正教国ですね!」
「ああ」
「旅ですね!」
「ああ」
「魔王様と二人旅!」
「ああ、そうだな」
頬を赤くしながら俺の腕に抱きついてくる。
「旅のカップルとして潜入ですって!」
「まだ決まってない!」
「えっ、違うんですか?」
「いや、まあ……それが一番自然だけど」
「やったぁ!」
「話を聞け」
カミラが肩を震わせて笑いを堪えている。
ザルドスは露骨に目を逸らした。
女神。転生の女神。
俺にこのスキルを与えた張本人。
そして、俺たちの人生を勝手に爆発させ続けていた元凶。
夜空を見上げる。
屋根はまだない。直す予定も、今はまだない。だがそれでいい。まず先にやるべきことがある。
「待ってろよ、女神」
胸の奥で、小さな火花がパチリと弾けた。
「その嫉妬ボタン、ぶっ壊してやる」
こうして、魔王と元勇者メイドによる、女神に文句を言いに行く旅が始まったのだった。
魔王と元勇者メイドによる、神様への文句を言いに行く旅が始まったのだった。




