12.間話 魔王のいぬまに…
ハジメとリリが迷宮へ向かって三日。
魔王城は、異様なほど静かだった。
普段ならどこかで鳴っているはずの、不吉な予兆も轟音もない。
パチッという火花すら、今日は一度も聞いていない。
「……静かすぎるわ」
カミラは書類を閉じ、窓の外へ視線を向けた。
月明かりが、やけに鮮明に差し込んでいる。
「……平和だな」
気配もなく、背後に声が落ちる。
「……ザルドス。ノックくらいしなさいよ」
「どうせ気づいてるだろ」
影から現れたザルドスは、そのまま対面のソファに腰を下ろした。
いつもの距離。いつもの空気。
だが、何かが違う。
「あの方がいないだけで、こうも静かになるとは」
カミラがウィスキーを差し出す。
「ありがとう」
ザルドスが受け取る。
その指先が、わずかに触れた。
何も起きない。
「……」
「……」
短い沈黙。
「……ザルドス」
「なんだ」
「わざとでしょう?」
「……ああ」
あっさりと認める。
「今は、検知されないようだ」
「大胆ね」
カミラは小さく笑う。
ザルドスは立ち上がり、ゆっくりと距離を詰める。
「……いいのか」
背後から声をかける。
「今更聞くの?」
月の光に照らされたカミラが、いつもより艶めかしく輝く。
後ろからそっと抱きしめる。
爆発は起きない。
「……温かいのね」
「……お前こそ」
振り向く。
「……この癖のある髪も、少し生えた無精髭も」
カミラがザルドスの髪を撫でつける。
「色っぽいと思ってたのよ」
静かな執務室。
月明かりの中、二人の影が重なる。
長く抑えられていたものが、ほどける。
城の各所でも同じ事が起きている。
触れられなかった距離。抑え込んでいた感情。
それらが、ゆっくりと解放されていく。
魔王のいない城の夜がふける。
「……まだいけそうね」
「いや、流石にもう…」
「こっちは正直よ」
カミラの艶のある声が脳に直接響く。
パチッ。
「……?」
ザルドスの胸元で、ピンクの光が爆ぜる。
【警告:リア充反応を検知】
「……なっ」
「……まさか」
ドォォォォォォン!!
衝撃が、城を貫いた。
窓ガラスが砕け、二人の体が外へ弾き飛ばされる。
「……くっ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
同時に、城内のあちこちで爆発が連鎖する。
廊下、広間、塔の上。
さっきまでの静寂が嘘のように、ピンクの爆発が咲き乱れる。
そして、煙の中。
「……なんだ、この惨状は」
ハジメが困惑しながら言う。
その隣に、リリが立っている。
「すごいですね……お出迎え、でしょうか?」
「どう見ても俺のスキルのせいだろ」
「私たちがいない間に…こっちも色々あったみたいですね」
ザルドスとカミラは、そこで違和感に気づいた。
「……あの二人」
距離が近い、空気も変わっている。
言葉の間。視線。呼吸。
隠そうとしているが、確実に、変わっている。
「……何かあったな」
ザルドスが低く呟く。
「ええ」
カミラが静かに頷く。
爆発の煙の中で、二人は互いに視線を交わす。
「……リリ」
「はい」
「特訓するぞ」
ハジメが短く言い切る。
「このままじゃ城がもたん」
「はい!」
リリが迷いなく頷く。
「どんな特訓でも頑張ります!」
パチッ。
小さな火花がおきる。
「……なるほどな」
ザルドスは遠目に見ながら、目を細める。
「ええ」
カミラが微笑む。
「これは……応援する必要がありそうですね」
「……ああ」
「地下に魔王様とリリ専用の練習施設を作りましょう」
「それならスキルが反応しない可能性もあるな」
「また魔石を取りに行って貰おうかしら…」
やり取りはいつも通り。
表向きは、何一つ変わらない。
「……」
「……」
一瞬だけ、視線が重なり、すぐに逸らす。
そして、魔王城は再び日常へ戻る。




