10.迷宮メイド無双 その4
静かすぎる空間に、足音だけが響き思わず足を止めた。
「……静かですね」
リリが小さく呟く。
「ああ」
嫌な静けさだ。こういう時は、大抵ろくでもないものが潜んでいる。
その予感はすぐに当たった。
足元がわずかに揺れたかと思うと、
次の瞬間石床が内側から押し上げられるように膨れ上がり弾ける。
砕けた破片の中から現れたのは、
巨大なドラゴンの胴体とそこから伸びる蛇のような首。
ヒュドラだ。
噂に違わぬ神話級の迷宮主の登場に少しの焦りを覚える。
「……面倒なのが来たな」
低く吐き捨てた直後、ヒュドラの九つの首が一斉に動いた。
「避けろっ!」
叫ぶと同時に踏み込み、足元で小さく爆ぜる衝撃を使って強引に軌道を変える。
牙が頬を掠めるのとほぼ同時に、リリも前へ出ていた。
槍で正面の一撃をいなし、側面に攻撃を加えるが浅い。
そこにすぐ次の首が迫る。
俺は一本の首の懐に潜り込み、顎の下に拳を叩き込む。
内部から爆破され首がのけぞる。
そのまま蹴りに爆発を乗せて叩き落とすと、千切れたた首が床に転がった。
リリの方も同時に一本切り落としている。
だが、切断面が蠢き始め、肉が盛り上がって新しい首がゆっくりと形を作っていく。
「くっ、再生しています!」
「ああ、やっぱり全部まとめて潰さないと駄目か」
「爆破の方が再生が遅い様です!」
「わかった!俺が削る。リリはアシストしてくれ!」
短く言葉を交わし、同時に動いた。
リリが正面を引き受ける。
五本の首を相手に、槍でいなし距離を保つ。
動きはいいが、じわじわ押されている。
俺は横から回り込み、一本の首を爆発を弾き視界を焼き、その隙にもう一本を爆破の衝撃を乗せてから蹴りつける。
そのまま二本まとめて地面に叩きつけた。
「今だ!」
「はいっ!」
リリが一気に踏み込み、落ちた首を迷いなく断ち切る。
さらに切断面を爆破で潰して再生を遅らせる。
二人の視線が交わり、これならいける、そう思った時だった。
リリの足がわずかに止り、死角からの一本が横薙ぎに迫る。
「…っ!!」
考えるより先に体が動いた。
爆発で距離を詰め、肩からぶつかるようにリリを弾き飛ばす。
次の瞬間、衝撃が全身を貫いた。
視界が跳ね、体が宙に浮き、そのまま壁面へ叩きつけられる。
肺から空気が抜け、呼吸ができない。
体から意識が抜けていく。
「……魔王様!」
リリの声が遠くで響く。
ヒュドラの意識がリリに向く。
まだ完全に生え揃わない首が一斉に襲いかかる。
「……ちょこまかと……」
リリの声が、低く落ちた。
「……鬱陶しいんですよ……!」
地面を蹴る音が鋭く響く。さっきまでとは明らかに違う踏み込みだった。
槍を振り抜き首が落ちる。再生する前に更に切る。
「……絶対に許さない」
短く呟き、呼吸を整える。その目には迷いがなかった。
ヒュドラが咆哮し、残りの首が一斉に襲いかかる。だがリリは正面から踏み込んだ。避けるのではなく、捌く。最小限の動きで攻撃を流しながら距離を詰めていく。
その手に握られた槍に、じわりと光が滲んだ。
気づけばそれは刃の形を成している。
「……終わりです」
静かに言い切り、踏み込む。
一直線に駆け抜け、そのまま振り抜いた。
一閃。
光が収束し、巨大な剣のように空間を断つ。
九つの首が、同時に落ちた。
遅れて巨体が崩れ落ちる。今度は再生しない。
崩れた体は朽ちていき、大きな魔石が残る。
リリはヒュドラが完全に消滅したことを確認してから、ハジメへ駆け寄った。
「……魔王様!」
膝をつき、揺らす。反応はない。
胸に手を当てても、鼓動は感じられなかった。
自然と涙が溢れる。
(まだ大丈夫…まだ間に合う!)
そっと顔を近づけ、唇を重ね空気を送り込む。
【人工呼吸による唇の接触を確認】
【爆破心臓マッサージを開始します】
その瞬間、胸の奥で小さな音が弾けた。
もう一度空気を送り込む。
ボンッ、と微かな爆発。
ドクン、と心臓が動く。
「……は……っ」
息を吸い、意識が戻る。
目を開けると、すぐ近くにリリの顔があった。涙で濡れたまま、こちらを見ている。
しばらく何も言わず、互いに見つめ合う。
やがて、リリが小さく笑う。
「……よかった…」
「…ぐっ……」
起きあがろうとするが、痛みで体勢が崩れる。
リリが俺の体を支え、抱き合うかたちで起こしてくれる。
「このまましばらく休んで下さい」
「…無事か?リリが一人で倒したのか?」
意識が朦朧として、状況が分からない。
「安心してください。ヒュドラは私が倒しました。」
「よかった。リリのおかげで助かったよ」
「いえ、魔王様が助けてくれなかったら、今頃私は…」
「あの時は咄嗟に体が動いたんだ。リリを護らないとって」
「魔王様…」
その一言に、自然と距離が縮まる。
今度はゆっくりと、確かめるように、もう一度唇を重ねた。
ボンッ、と控えめな爆発が弾ける。
迷宮主の居なくなった静かな広場に、
しばらく爆破の音が鳴り響いた。
海外映画みたいな。
敵倒したら瓦礫の上でキスするみたいな感じ。




