浄化の雫を手に入れろ! 後編
ウルマン沼には霧がかかっていて、視界が恐ろしく悪い。何処から魔物が来るのか分からないのが、この沼の恐ろしいところなのだろう。それに加え、ぬかるみが僕らの動きを制限する。
「それにしても嫌な雰囲気がするわね。所々、ポコポコと何かが湧いているみたいだし。」
「この霧が原因かは分からんが、他の魔力を認識できないな。」
霧で周りが見えなくても、イリスなら魔物の場所が分かると思っていたが、頼るのは難しそうだ。
「はぐれないように、互いを見失わないようにしなければいけませんね。」
冗談ではなく、見失ったら最後、もう会えない可能性すらある。
「ガルルルルルゥゥゥゥ!!!」
前方から魔物が威嚇する声が聞こえるが、姿は見えない。
「どこから来るか分からないからこそ、焦らないで行きましょう。」
「メナカイトの言う通りだ、こういった状況こそ実力が出るものというものだろう。」
だが、沼を進んでいくうちに威嚇する声の数は増えていっているようだった。そして、
「いよいよ、現れたわね。」
霧の中から僕らの前に現れたのは、白いオオカミだった。その純白の毛皮は月を思わせるような美しさだった。
「マーナガルムの群れだな。いつの間にか囲まれてしまったらしい。」
「出し惜しみする場合はありませんね。ルフ、来て!!」
メナカイトの召喚魔法で、巨大な鳥が現れた。
「ロック鳥だと!?まさか人間が手懐けられるとは。」
イリスが驚いているということは、すごい魔物なのだろう。
マーナガルムたちは一斉に襲い掛かってくる。乱戦になると、僕の魔法はとても使い勝手が悪い。魔物に対するダメージと周りへの被害はトレードオフの関係にあるので、味方がこんなに近いところで戦っていると、出せる化合物が無い。ナイフ1本でマーナガルムは太刀打ちできる相手ではなかった。
「地の果てまで、獲物を追いかけろ!『キルチェーン』!!」
ウィットが投げたダガーは、僕の右肩をすり抜け、後ろにいたマーナガルムに突き刺さった。
「後ろ、取られてるわよ。」
「ありがとうございます。それにしてもマーナガルムの数が減らないですね。」
結構な数を3人が倒しているようだが、減っているどころか、増えているように感じる。
「霧の中だけに、キリが無いってことね。キリッ。」
そんな軽口を叩く暇があるなら、もっと頑張ってほしい。
「明らかにおかしいですね。倒しても減らないなんて。」
「もしかしたら、術士がこのオオカミたちを生み出しているのかもしれんな。」
術士がいるとしても、このオオカミたちを対処しつつ、この霧の中で場所を特定するのは、至難の業だ。3人が戦ってくれている中、今の僕に出来ることは、どうやってここを抜けるかを考えることだ。周りに人がいなければ、魔法もある程度は気兼ねなく打てるんだが・・・。
「そうか、その手があったか!」
「オーラム、どうかしたのか?」
「メナカイトさん!そのロック鳥に僕らが乗ることってできますか?」
「出来ますが、この沼の上空の方が強い魔物が多いはずなので、ルフに乗って抜けるのは得策でないように感じます。」
「そんなつもりでは無いですよ。ただ、ちょっとの間、沼から離れることが出来るか聞きたかったんですよ。」
「それなら、出来ます。ルフに皆さん近寄ってください!」
メナカイトに言われ、僕ら3人はロック鳥のルフに近づく、するとルフは、足で僕らを掴んで飛び上がろうとする。
「え、上に乗るとかじゃないんですか?」
「大変申し訳ないんですけど、ルフは契約者しか乗せてくれないんです。」
そう言うと、ルフは僕らを掴み上昇していく。
「それで、どうやってあのマーナガルムの群れを倒すの?」
「あの毛皮、良く燃えそうなんで燃やそうと思います。」
「誰も、炎魔法は使えないのではないか?」
「自然発火する分子なんて、いくらでもあるんですよ。」
僕はそう言って、ペンタンにtBuLiを混ぜて、下に向け放った。火は爆発的に燃え上がり、マーナガルムの群れを燃やし尽くした。また、火で暖められたことで霧も晴れた。
「偽物のマーナガルムたちは、全て燃えましたね。」
まだ、一匹だけマーナガルムが残っていた。恐らく、あの個体が魔法でマーナガルムを生み出していたのだろう。とは言え、こちらも相当の数のマーナガルムを倒し疲弊している。今から戦って倒せるのだろうか?
「月の犬とも呼ばれるものの本当の実力、見せてもらおうか。」
「ガルゥ!!」イリスの槍を避け、マーナガルムは柄を噛み砕いた。
「なに!?」
だが、マーナガルムはイリスに攻撃する素振りは見せず、そのままどこかへ去っていった。
「見逃されたようね。」
「そうですね。とにかく、先を急ぎましょうか。」
ウルズの泉への道を進んでいく。
「オーラム君の召喚魔法を初めて見せてもらったけど、すごいですね。あんなに広範囲に燃やすことができるなんて。」
「あれは、僕の魔法だけの力では無いんですよ。」
「どういうこと?私たちは手を貸して無いわよ?」
ウィットが話に入ってくる。
「そういうことではなく、この沼に手伝ってもらったんですよ。」
「沼?全く話が見えてこないんだけど。」
「沼にはメタンって言うガスが発生しているんですよ。そこにtBuLiっていう空気に触れると燃える化合物を触れさせれば、一気に炎は広がるという訳です。」
「ウルズの泉が見えてきたな。」
泉の底まで透き通った水を持つウルズの泉にやっとたどり着いた。もうこの辺りにいる魔物は泉の水を飲むくらいで、敵対するものもいないので、泉の水の採取はすんなり済んだ。帰りも特に危険は訪れなかった。
「という訳で、ウィットさん、オーラム君、イリスさんの3人はアーゴン級への昇格が認められました。」
濃紫色に狩猟手形が変わり、ランクが上がったことを実感した。
・解説コーナー
メタンは日常で、ガスと呼ばれているものの主成分ですね。沼にメタンが存在しているのは、嫌気性細菌がメタンを生産しているからです。
tBuLi: tert-ブチルリチウムについてですが、接頭辞のtは以前紹介した、炭素原子に全て炭素原子が結合していることを示すものですね。このtBuLiですが、とても危険な試薬として知られています。酸素や水と急激に反応し、発火します。実際にtBuLiを用いた実験で、tBuLiが体にかかり、火傷が原因で亡くなった方もいるほどです。
僕も初めて使った時は、へっぴり腰になっていました笑。




