027:闇に一人で
宵闇迫るコパラ・カルパ。
街を貫く街道への出口である街門近くの外縁部にあるこの地区は、この日最後の仕事に追われる人々でごった返していた。
「そっちの厩舎、秣入れたかぁ!? 寝藁も替えとけよーっ!」
縒り縄でくくった藁束を、秣切りでジャコッ、ジャコッと刻む男が大声を上げる。
「こっちこっち。たのむから大人しく入ってくれよ……」
手綱を引き、鼻を鳴らして嫌がる馬をなんとか囲いの中に引き込もうとする男。
「よーし、そのままだぞ」
装蹄待ちの馬の前足を抱え上げ、削蹄鎌で蹄を削る男。
ゴーッ、ゴーッ
カーン、カカン、カーン、カカン
足踏み鞴の息吹に合わせて炎を吹き上げる骸炭炉。赤熱した蹄鉄が金床の上で打たれて火花を散らす。
一日の労働を終えた馬たちに、飼い葉を与え、蹄の手入れをして、明日の労役に備える男たち。彼らは商人に馬の管理を任されている馬丁たちだ。厩舎の中では徒弟たちが、馬糞と寝藁クズをまとめて掃き出している。
羽織外套の頭巾を深々と被って、忙しく立ち働く男たちの間を縫うように歩く。
ときおり身体がぶつかって、馬丁たちが疎ましげに顔をしかめたりするが、それだけだ。誰何されることも、見とがめられることも無い。
闇に沈む褐色の羽織外套の首元に映える白い留め飾りには、薄い面紗を被った婦人の浮彫。
この留め飾りには朧影の方術が施してあり、装着者の印象を弱めて目立たなくさせる力がある。方術を実演させて、作られた要素の結合経路を写し取り、同等の経路を焼成した手間のかかった一品だ。
だがその力は、人混みに紛れることは出来ても、街門をたった一人で出るような目立つ行動を覆い隠すほどではない。
そこで私は、街門近くの日滅後までしばらく騒がしいこの厩舎区をぬけて、街の外に出ることにしたのだ。
最外縁の塁壁に何気なく近寄り、壁沿いに厩舎の陰へ進む。高さは肩ほど。影に入った一瞬、かけた手を軸に壁の向こうに身体をひるがえす。地に着くと塁壁に身を寄せ耳を澄ます。
壁の向こうの喧騒は変わらず、気がつかれた様子は無い。私ははだけた羽織外套を直すと、無言で荒野に踏み込んだ。
街を包むぼんやりとした灯りを頼りに未整地の砂地を歩き、街門を大回りで迂回して街道に入る。出入りの時だけ人目を避けられればいい。
紙のように薄い月が投げかける僅かな光で、かろうじて街道を判別できる。町並みは丘の向こうに消え、尖塔が見えるのみだ。等高線に沿って丘の間を縫う街道には、他に人影は無い。羽織外套の褐色は月の薄明かりに完全に溶け込んだ。
ジャリッ、ジャリッ――
コパラ・カルパのざわめきは遠のき、ブーツの底金が砂地を噛む音のみが聞こえる。求道者のように、うつむきながら黙々と歩を進める。
私は昼よりも夜が、太陽よりも太陰の明かりが好きだ。知恵を育むような気がするから。
無心に歩くとき、私の意識は心の内面に向けられる。深夜に物思いにふけるような、静寂の中の思索。
湧き上がってくる過去の記憶。
『時渡りのサン・ジェルマン』
この奇妙な伝説を聞いたのはいつだっただろうか。
水晶と真鍮の都アトランティスで、工学を学んでいた頃?
変わらぬ容姿を見とがめられ、凍った島トゥーレに身を隠していた頃?
エル・ドラドの隊商と共に、飛鳥を訪れたときだったかも知れない。
各地に伝説の断片を残す彼は、現れる年代がまちまちであるにもかかわらず、衰えない容姿だったといわれている。貴い血筋を自称し不老不死、人の理に縛られぬ怪人であったとも。
あちこちに姿を現すのに、移動中の彼を見た者がいない。
空中を歩いたとも、別世界に行き来したと言うものさえ居る。
『遙か先や遠い昔を見てきたように語り』、『博識で才覚に富み』、『秘められた知識に通ずる』。そして『炎を使った錬成を行った』と伝えられている。
(時を渡る秘法があるならば、時制は無意味になる。重要なのはどれだけ符合するか。ケンイチロウ、あなたには秘密がある。わたしはそれを知りたいの。時を渡れるなら、あなたは私の気持ちが分かるはずだから)
空と大地の見分けしか付かない薄灯りの中、足下を見つめて歩いていると辺りに気配を感じた。
見回すと、行く先の丘の上に四つ足の小さな影。影絵のように犬科の輪郭しか見えないが、まっすぐ向けられた視線を感じる。戸惑っているような、躊躇するような、そんな視線だ。
私はそれを超然と受け止める。窓の向こうの嵐を眺めるように。
群れの斥候だろうあの獣には、私は奇妙な存在に見えているのだろう。
人のような格好をして、人のように動く、生気の無い得体の知れない『物』。
野に暮らす彼らは、生気の無い物を基本的に獲物とみなさない。亡霊は食べられないし、精霊や神霊には襲いかかっても牙が立たない。
(本当に人なのか疑っているのね。ついてこられても面倒だわ)
私は立ち止まり、短剣を抜いて逆手に構える。眼前に来た柄頭の焦点具に親指を添えて確認し、その感覚を頼りに意識の焦点を合わせる。心象で構築しなければならない三法環は、既に焦点具で構築済み。ゆえにそれだけで聖典が発動する。
シゴォォォォォ―――――
剣身の刃から『光冠放電』が吹き出し、闇に青白色で剣身の輪郭を浮かび上がらせ、次いで刀身が紫電を走らせながらまばゆく赤熱して赫赫たる輝きを放つ。
くるりと順手に持ち替え、大きく振りかぶると剣を振り抜く。
グオッ!
剣先が炎の弧を空中に描く。弧は波紋のように広がり、焦熱の揺らぎをまとった炎の鞭が乾いた荒野を打ち据える。
弧が自分に向けて伸びてくるのを察し、丘の上の犬科の影は全力で逃走していった。群れらしき周りの気配も急速に遠ざかっていく。
私はそれを見届けると、剣の輝きをたいまつ代わりにつかって街道をすすむ。やがて時間を計った火縄が燃え尽き、目的の距離に到達した。
「何も無いわねえ」
街道から見渡せる範囲には変わったところは無い。もしケンイチロウが街を出たのが人目を避けるためならば、日中の往来があり得るここではなく、街道を外れたところになるだろう。
街道を外れれば、霊たちがいる。神霊や精霊は、人為的に造成された土地を忌諱する。人が沼地を歩くのに相当し、好き好んでは寄ってこない。強大な神霊ならばその程度、ものともしないだろうが。
(そろそろ使わないとダメね)
私は短剣を地面に突き刺し、空いた手で密封容器袋を開けて、指に触れる先端を数える。格子状の間仕切りで一本ずつ小分けにしてあるのは、見えなくても目的の密封容器を選び出すため。どこに何が入っているかは頭に入っている。
(三段目の……5番目)
するりと一本の密封容器を抜き出し、手の中に握り込んで頭部を折り取る。
懐かしい香りが広がった。私は擬血を静かにあおる。喉をすべるさびた鉄の味。
すぐに鼓動が早まり始め、次第に息が荒く浅くなっていく。
全身を走る、脈動する疼きとむず痒さに、少しずつ体が折れていき、いつのまにか膝を突いてしまった。
食いしばった歯から苦鳴が漏れ、汗が噴き出し流れる。全身が細かく震え、燃え上がっているような錯覚を感じる。
目を固く閉じて喘ぎ、浅い呼吸を繰り返して、身体の中をかき回されるような不快感をやり過ごす。
苦しみは数分で終わった。
大きな溜息をついて、本来の金色に変わった瞳で辺りを見回す。闇を鮮明に見通せるようになり、気配を鋭敏に感じる。どっと情報の怒涛が押し寄せ、今まで感じなかった霊たちの気配で全身が総毛立った。
乳香で生気を消すことで、獣たちの認識を『人ではない』と錯誤させ、霊たちに紛れることは出来る。
しかし霊たちは相手を選ばず襲いかかることがある。こちらは霊たちを見ることも出来ないのでは、避けることも戦うことも出来ない。
赤く燃える短剣を引き抜き、松明のようにかざす。この呪文の良いところは視界と攻撃の両立が出来ることだ。
辺りを探すと、街道を逸れる足跡が二つ見つかった。足跡を消すことまでは、気が回らなかったようだ。
「ふふっ、案外抜けてるわね。だめよ、足跡残しちゃ。さあ、行きましょうか」
----- ◆ -----
俺は帰りの荷馬車の荷台で黙考する。
(途方も無い偶然が、俺に力を与えたのだ……)
あの写像模型。
もしクルーソーの回路設計を自らしていなければ、電子回路と心魂摂理の置き換え法則はつかめなかった。
ボクセル体を持たないソフトウェアオンリーで製作していたら、ボクセル体を電子回路の集合体として解析は出来なかった。
肉体のサンプルに自身のボクセルデータを使わなければ、ボクセル体と肉体の関連は解析できなかった。
既製品のPCにはない、ハードウェアそのものを書き換える機構を備えていなければ、外界に影響を及ぼす手段は無かった。
どれ一つ欠けても『今』は無かった。
(この世界では、プログラムが実体化する。実体を二進化すらできてしまう。この世界はコンピューターに類する物による、シミュレーションなのだろうか?)
いや、そんなVRMMOを題材にしたライトノベルのようなチンケなものではないだろう。
(『世界』をシミュレーションなどできないのだ……)
全ての時間は連続していて、かつ全ての物体が独立して存在している。
(この世界は時分割されてなどいない)
手の上の土塊を握りしめ、砕く。
指の間からこぼれる土。崩れた土を後方に向かってばらまく。地に落ちる砂、風に流される土埃、そして広がる土の香り。
(土塊を砕けば砂粒に、土埃は風に散る。オブジェクトやサーフェイスの管理単位も無い)
この世界の全ての原子を連続した時間の中でシミュレートするために必要な能力を持つ演算機構、すなわち『ラプラスの魔』は存在し得ない。
世界全ての大きさよりも巨大になるからだ。
世界の全てをシミュレートする演算機構を、世界の全ての容積を使って作ったと仮定しても、原子一つで原子一つ分のシミュレート能力が無ければならない。
これではせいぜい電荷で1ビットの記憶を実現するのが限界だ。
『デジタルの限界』
どれほど高速な演算機構でも、時間をフレームで分割しなければ処理することが出来ない。
どれだけ分解能を上げようが、サンプリング間隔を縮めようが、必ず量子化誤差が発生する。円周率が無理数なのと同じだ。
人を作り上げるために、フレームという『時分割』を克服したい理由。そしてクルーソーがたった一つの六畳間で孤独だった理由。
現実と仮想現実の決して破れぬ壁。
だから俺は『デジタルによる仮想世界』を鼻で笑うのだ。
(ならば、この世界を貫く法則とは何なのだろうか……)
俺は出口の見えない暗闇の中に、一人立ち尽くしているような気分になっていた。
----- ◆ -----
残された足跡をたどって街道を離れ、一つ二つ丘を越えると、音も無くゆっくりと転がる針玉に出会った。
海胆のように針を動かして移動する、核のない放射相称の針のかたまり。
「精霊……」
自然を住処とし、夜をさまよう、人の目には映らぬ存在。気まぐれで行動様式も一定しない異形。
名もなき精霊は数も多く、大きな物から小さな物まで種類も無数にある。
こいつの大きさは子馬ほどだが、危険度は矮妖や獣妖などの亜人とは比較にならない。
亜人には損得もあれば打算もある。恐怖もすれば逃げもする。
しかし精霊にはそれがない。完全に無視されることもあれば――いきなり針玉の精霊が膨れ上がった――こうして突然、襲いかかられることもある。
ストトトトッ
素早く飛び退くと、私の居た場所に伸びた針が突き刺さる。朋血種本来の身体能力が無ければ危うかった。
針玉は脈動するように何度も膨張と収縮を繰り返す。
(興奮……している?)
地に降りると、それを見計らっていたかのようにまたも針が襲いかかる!
「っつ!」
再度飛び退く。
その後も着地する度に足下を狙って針が伸びる。これは近寄れない!
(完全に捕捉されてる。逃げられないか……)
足場の無い空中では短剣を振るえない。擲弾拳銃を使うにも、一度剣を手放さないと擲弾を込められない。
今はまだとっさに躱せているが、集中力も体力も無限じゃ無い。なんとか間を作らないと!
腕を突き出し、先に剣を地面に突き立てて、それを支点にしその背後に足を降ろす。
ギギギィィィィン!
針が剣身に当たり、引っ搔いてはげしい火花が散る。
(まさかこいつ、地面の震動を感知してるの!?)
攻撃に応じるように剣身から光冠放電が吹き上がり、灼熱が針玉の針を焼く。放電を浴びて赤熱し、萎縮したように針玉が収縮する。
その間を利用して密封容器袋に手を突っ込み、素早く探って目的の密封容器を抜き出す。そのまま容器の頭部を折り飛ばして錬成血漿を口に流し込む。
朋血種は夜間に適応した人間だ。だが、今のままでは反射的な動作に優れ、暗視と霊視ができる程度に過ぎない。戦う『技』が必要だ。
薬の効果はすぐに現れた。身体に染み渡る剣技の精髄。長年磨き、伝えられてきた朋血種の秘技。こと、血をあつかうなら誰にも劣らない。
ギギギッ、ザシュッ
突き立てた短剣を抜き、その音に反応した精霊が伸ばす針を、両手でくるりと一回転させた短剣でたたき落とす。
パキッ
足下手前で地面に突き刺さった針を短剣で押さえ、針玉を見据えたまま落ち着いた動きで踏み折る。
針玉は悶えるように全身の針をうごめかせ、ゴロゴロと迷走した。
(鋭くて堅そうだけど脆いわね)
擲弾拳銃の銃身を留めた掛け金を外し、銃把を押して薬室を開く。
擲弾箱から炸裂榴弾を取り出して薬室に込め、悶えるように転がる針玉の足下に打ち込む。
シュパン……ヒョロロロロ
頼りない音とともに飛んだ炸裂榴弾は針玉の近くに落ちると爆発して、内蔵された子榴弾をまき散らす。
子榴弾は僅かづつ時をずらして連続爆発し、針玉を空中に跳ね飛ばす。
(よし、浮いた!)
見かけ通り軽いようだ。
私は擲弾拳銃を投げ捨て、短剣の柄を広く持って針玉の落下点に駆け寄る。
女の膂力でも力を込めて振り抜くための両手剣の柄だ。
針玉は走る私に反応しない。やはり視覚はないらしい。
落ちてくる針玉を見据え、柄の両端を握ってテコをきかせ、その中心目がけて思い切り振り抜く。
ギジャン!
金属の軋る音が響く。
針玉である故に、剣身が針に沿って滑り、その中心に誘導され正確に中心を打つ。
シュガッ! ビキン!
衝突と同時に焦熱炎刃の炎が爆裂し、針玉はバラバラに砕け散った。
辺りに静寂が戻った。
地面に散らばった針が、もう動かないことを確認して、構えを解く。
(精霊の形状のおかげで、中心の針先を狙うようなことをしなくても良かったのは助かったわ)
あの針玉の精霊は、足跡の続く方からやってきた。やはり何かありそうだ。
錬成血漿の増強はまだ続いている。この機会に距離を稼ごう。
私は擲弾拳銃を腿嚢に納めると、足跡を追って足を早めた。
飛ぶように過ぎ去る風景。滑るように地を駆ける。
(明日は確実に筋肉痛ね……)
----- ◆ -----
「明日、ポロスボロスに帰ろうと思うんだ」
「えっ!? でもニーナさんはケンに会いたそうだったよ?」
「もともと適性審査のために来たわけだけど、知りたいことが判ったんだからいつまでもブラブラしてられないしな」
郊外から戻った俺は、早速レアーナに話を切り出した。
多分、俺の心魂摂理は、荒野の『実験』で大幅に変化しているだろう。ニーナにそれを突っ込まれてごまかし通す自信が無い。
俺の得た力は、この世界の原理原則から外れているわけでは無い。しかしあまりにも異質な力だ。
炎が出るとか、武器を強化するとか、理解しやすい発現形態なら周囲も納得してくれようが、いかにも肉食獣な腭が出るのは実に外聞が悪い。
「まあ、ニーナにはちゃんと話をするよ。変にこじれても困るからさ」
わざと明るい口調で言ってみた。しかしレアーナは何かを感じ取ったのか心配げな顔。
「……ねえ、街の外でなにかあったの?」
「え……」
思わず言葉に詰まった。しまった、これでは有ったと言っているようなものだ。
「一緒に暮らしてるんだよ? 何でも話してよ。それとも私は知らない方が良いことなの?」
「そんな……ことは……ないが……」
一言一言絞り出すように答えた。一瞬の逡巡。
「『力』を……見つけたんだよ。戦える力だ」
「『見つけた』? どういう意味?」
「俺の中に眠っていたんだ。意識していなかったと言っても良い。ともかく、とてつもない偶然からそれを得た」
「それはいいこと? わるいこと?」
「どちらともいえない。だが、危険から俺達を守れる力だ。それも、おそらくは比類無いほどの強力な」
レアーナはほっと息をつく。
「じゃあ、それはきっといいことだよ。黙って狩られるなんて野の獣だってしないんだから」
そしてレアーナは俺をふわりと抱擁した。
「よかった……心配したんだよ。悩んでいるように見えたから。話してくれてありがと」
レアーナの手に力がこもる。寄せられた頬の温かさが心に染みた。
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私は驚きで目を見張った。
「なによ、これ……」
つづく足跡の先にあったのは荒涼とした戦場跡だった。
巨大な爪で引き裂かれたような大地。まるで足跡のように続く、奇妙なほどに整った丸い陥没跡。何かに穿孔された大岩。爆破されて崩れた丘陵。
戦場跡としか形容しようが無い。
そして破壊された精霊たち。
粉々に砕かれた骨組みや、ぺしゃんこに潰れた袋状のなにか、半壊して横倒しになった石塔――
名前も無い雑多な精霊たちだったものが、何かに引き裂かれ、押しつぶされ、打ち砕かれて散らばっている。
精霊は神霊未満の意思も方向性も持たない力の塊だ。何の脈絡も無く力を振るう、古代の人々が恐れるしか無かった存在。
私だって相応の準備をして錬成血漿の力を借りて、やっと一体を相手に出来る程度。
なのに見渡す戦場跡に散らばる精霊の残骸は、両手の指では足りない。
恐ろしいのは、これらの破壊の跡が精霊を狙った物では無いように見受けられることだ。まるで『何かの拍子にたまたま巻き込んでしまった』かのような無造作な破壊。
恐る恐る戦場跡に踏み込んでいく。
朋血種本来の目を持ってしても、動く物は見当たらない。
精霊の残骸を一つ一つ確かめていく。
ひしゃげた骨組みは間近で見ると、強烈な力で引きちぎられていたり、信じられないほど滑らかな断面で切断されている。
丸い陥没跡は美しい真円を描き、その内側はとてつもない重みで踏み固められている。
打ち砕かれた石塔は、実際には砂粒のように散り散りの粉状に粉砕されていて、触れるとさらさらと崩れて塵が舞った。
崩れた丘陵。何百万ポンドの土砂が吹き飛ばされたのだろうか。
穿孔された岩は破片を一方にぶちまけていて、力任せに穿たれたことをうかがわせる。
(こんなの見た事無い……手段の想像も付かないわ……)
そして戦場跡の片隅で見つけた、小さな焚き火の跡。どうにも信じがたいが、これらはどうやら人間の仕業らしい。
混乱して思考のまとまりが付かず、呆然と辺りを見回す。
「ケンイチロウ……これをあなたが?」
精霊が興奮して見境無く襲ってきた理由が今わかった!
ここでケンイチロウのした『何か』によって精霊たちは破壊され、そして追い散らされたのだ!
その辺り一帯は、霊的に荒廃してしまった。人間が造成した土地と同じだ。
このあたりに精霊を形作る程の力が再び集まるには、長い年月がかかるだろう。
(知りたい!)
心の底から思った。
(知りたい!! あなたがどこから来て、どこへ行こうとしているのか!)
早る鼓動に胸元を押さえた。狂おしいほどの知的欲求で、心が千々に乱れる。
(知りたい!!! あなたは何者なの!?)
私は戦場跡に背を向けて帰途につく。
いまや、ここには『結果』しかない。
興味があるのは『手段』と『過程』だ。
(ああ! あなたのことが頭から離れなくなってしまった! 知らなければ! 全てを!!)
もしかしたら、私は生まれて初めての恋に落ちたのかも知れない。
「あなたを、解析してあげる!」




