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028:星降る夜

「ずいぶんと突然なのねえ」


 翌日、ポロスボロスに戻ることを伝えたニーナの第一声はそれだった。


「心魂摂理の適性審査も確固たる判定が出来ないようですし、錬金術の体験もあらからしましたので、これ以上はあまり(みの)りも無いかなと。それに路銀も稼ぎ直さないといけないですしね」


「仕方ないわね。これ以上は進展も無さそうだし、こっちも残り半分を精査しきれなかったわけだし」


 いつもの黒いローブで椅子の肘掛けに頬杖をついたニーナは、妙にさばさばした顔でそういった。


「そういえば、お店はどうするんですか? 私はここに来るまで、貴女は煉丹ギルドの一員だと思っていたんですが、実際にはこの学究院に在籍中の学生なんですよね?」


「別に学びながら働くことは禁じられていないもの。街に出てる学生たちの露店街は見たでしょ? 学費を稼ぎながら学ぶのは普通の事。まあ私は、全課程を修了して卒論も提出済みだけどね。学生って立場は都合が良いから学籍を残してるの」


「じゃあまた煉丹ギルドで内職(アルバイト)に戻るんですか?」


「煉丹ギルドに申請した休暇はまだ消化しきってないけど、さすがにそろそろ素性はバレてるかなって。まあ、間違いなく店員で飼い殺しね。そんな退屈な毎日を送るぐらいなら復学するわ。博士論文も仕上げないといけないし、潮時よ」


「……私の依頼がその引き金を引いた形ですから、なんだか責任を感じてしまいます」


「私が決めたことですもの。あなたには何の責任も無いわ」




 笑顔のニーナに見送られて随筆亭に戻ってきた俺達は、早速旅立ちの準備を整えて出立した。

 コパラカルパに逗留(とうりゅう)したのは結局十日。この世界に来てから今日で六十六日目の朝になる。もともと短期逗留のつもりだったので身軽なもんだ。


 今回の旅はとても多くの情報を得られた。

 ざっとあげるだけでも、槽車の動力源、神霊(ダイモーン)の実在確認、濘水領と濘水人の情報、ムーの教育制度、錬金術の理論と体験、そしてなによりも世界の神秘の一端に触れることが出来た。

 心魂摂理の実体確認と解析手法の確立、人造人間クルーソーの存在確認と一部機能の掌握はとても大きい。これによって俺は独自の力を得たうえに、副次的に跳躍扉(リープドア)理論のひな形すら発見できた。

 機材も設備も不要で、身一つで出来るこの探求(ハッキング)は、俺の余暇をすべて()ぎ込む価値がある。


「帰りも歩き~?」


「ん? たった四日だろ。今回は出資者もいないし節約しないとな」


 この世界に来る前の俺なら、四日の徒歩なんて考えられなかったが、いまや数日の歩きは気にならなくなっていた。

 食料品をのせた台車を押しながらのんびりと街道を進む。荷物に(ほろ)がかかっているのは学習の成果だ。


「さすがに今回は追い回されるようなのは無いよね?」


 レアーナが愚痴る。行きの馬車が快適だった上に、歩きで怖い思いをしたのが思い出されるのだろう。


神霊(ダイモーン)か? あんなのが頻繁に現れていたら、この街道は出来てないだろ。さっきから人の往来もあるし、それに一度歩いた道だ。心配ないさ」

 

 レアーナは弓置きの短弓を構え、かるく弦をはじく。ビーンと響く鳴弦(めいげん)


「私も矢が効く相手なら問題ないんだけど、雷は苦手なんだよね」


「ガタガタ震えてたもんな――おわっ!?」


 軽い気持ちで返したら、返事の代わりにお尻に一撃、するどい蹴りをくらった。




 カライバンバ、コタルセ、ウラタリと、来た道を逆にたどり、四日かけてポロスボロスに到着した。

 東海道の宿場町のように、ちゃんと一日単位で宿駅(しゅくえき)が整備されている所は、まだまだ徒歩が主要な交通手段であることをうかがわせるな。

 水槽による水利によって山の上でも沙漠でも居住できるので、宿場が形成される条件が徒歩の移動時間重視になり、自然に一日単位の位置に宿場が形成される。水利に伴って生活圏が発生する俺の世界とは、生活圏の発生過程が根本的に異なっている。

 街相互の位置関係は、この世界の人類発祥の地の近隣は地利重視、水槽普及後は移動時間重視で爆発的に拡大していったと思われる。


 半月ぶりの街の通りは、港湾労働者、商人、職人に若干の資本家っぽい人々で相変わらずにぎわっていた。建物は夕暮れ時の(しゅ)色にそまり、屋根の煙突からは炊事の煙が上がっている。


「半月じゃあ、さすがになんにも変わってないな」


「日滅前の真っ赤な街って、なんか帰ってきたーって安心感ない?」


「ああ、妙に人恋しくなるよな」


 だが現状、俺たちはまだ宿無しだ。今夜のねぐらをさがしに、とりあえず商工業協会へと向かったのだが……しばらくぶりの商工業協会は妙な雰囲気で、激しい口論で沸き返っていた。


『縄で縛り上げるんだよ! それが一番確実だろ!』


『せっかくの稼ぎ口を潰すんじゃねえ。 これだって人助けだろうが!』


『怪我をさせたらどうするつもりだ! それに何度だってふらふら出て行っちまうんだ! そんなマッチポンプみたいな稼ぎ方してんじゃねえよ!』


『人間を家畜のように繋ぐつもりかよ!」


『予防だって言ってるだろ! 事件に巻き込まれるよりましなんだよ!』


『起きてもいない問題で、起こすかも知れないから縛り上げるのが正しいのかよ! それこそ暴挙だろ!』


 言い争う番外地民たちは、どうやら二つの派閥に分かれているようだ。


「なんだこりゃ?」


「なんか喧嘩してるみたいだね。どうしたんだろ?」


 とにかく話の出来るハーキムを見つけようと、ギスギスした雰囲気の中を奥へ進み、受付の奥で耳を押さえて困り顔のハーキムを見つけて手招きする。


「おお、戻られましたか。意外と早かったですな。何事もありませんでしたか?」


「ええ。ちょっとしたごたごたは有りましたが、おおむね問題なく。ですがここは問題が起こっているようですね」


 軽く水を向けてみると、ハーキムは大きな溜息を漏らした。


「ええ、正直困っております。ここは騒がしいのでこちらへ」




 応接セットのみの小さな部屋に案内された俺たちは、そこでこの騒ぎの経緯(いきさつ)を聞くことが出来た。


「事の発端は、九日前のことです。残念なことに、またも深夜に殺人が起こりました。勤番を二人にしたことで犯行は収まっていたのですが、犯人は捕まっていませんでしたからな」


 九日前って言うと……ちょうど俺が金貨の袋を抱えて困っていた日の晩だな。


「街灯点火の見回り作業を行っていた番外地民の男二人が、深夜徘徊の老人をみつけましてな。一人が衛士に連絡するために詰め所に向かい、もう一人が老人をその場で見守ることにしたのだそうです。ところが衛士とともに戻ってみると、老人はおらず見守り役の男が死んでいたと」


「えっ!? ふらふらしてたお爺ちゃんはどうなったの?」


 レアーナが当然の疑問を口にする。


「その近所で衛士が保護したようですな。ぼけておりますので事情を聞いても要領を得ず、話も整合性がとれない有様で。死んだ男は外傷もなしと、以前の下水管から発見された死体と同じ状態でした」


「で、それがどうして番外地民を真っ二つに割った(いさか)いになったのですか?」


 ハーキムは大きな溜息をついた。


「いままでも徘徊老人の捜索依頼は度々出ておったのですが、殺人が再発したと言うことで、単なる捜索では無く護衛して連れ戻す必要が出てきたことになります。衛視を増員する計画もありますが、いきなり今日からドカンと増やせと言われても信頼の置ける人員がほいほい沸いてくるわけも無く、訓練にも時間が掛かります。そこでまだまだしばらくは番外地の人手に頼らねばならないのですが、今でも街灯点火の人員はまったくたりておらず、衛視を当てている状態です。その上危険があると判っている仕事に好き好んで就く者はほんの僅かです」


「そりゃ、そうなるわな……」


「ふ~ん。じゃあ、最初からお爺ちゃんを見張ってればいいんじゃない?」


 思案顔のレアーナが言うと、ハーキムは身を乗り出した。


「そう。まさしくそれです。ふらふら出歩く前に閉じ込めろ、という意見がでてきました。しかし、そういった仕事には高給が出るはずも無く、相手は大人ですから手の掛かり方は子供の比ではありません。夜間で、かつ手が掛かり、いわば護衛的な仕事なのに、それでいて手間賃はさほど出ないのでは、今度はそれを請け負った番外地民の暮らしが立ちゆきません。当然この仕事を選ぶ者はおらず、すべての老人に貼り付ける人数も確保できないわけです」


「うわー、ぼけてるからって理由でお爺ちゃんを縛り上げるわけには行かないもんねえ」


「そういうことですな。では老人をかかえる家族達も番外地民の求める程度の手間賃をだせるかといえば、それでは今度は彼らの生活が立ちゆきません。専用の番人を四六時中雇い続けるようなもんですからな。番外地民としては実際に徘徊中の老人を保護した方が実入りが良いというわけです」


 異世界にも老人問題か。しかも殺人犯がうろついているとなれば、家族も放置はできんわな……。


「で、探す方も危険にさらされるのだから予め拘束しておけ、という派閥と、腕に覚えがあって徘徊中の保護の方が稼げるから臆病者はすっこんでろ、という派閥が出来てしまったのです」


 やれやれと言った顔で肩をすくめるハーキム。


「言い分としてはどっちもどっちで、どちらも根本は善意からの意見です。予防に人手は足りない、見守り役に見合った手間賃は出ない、かといって罪を起こしたわけでも無い街区民を縛り上げるわけにも行かない、というわけで徘徊中の老人を場当たり的に対応する以外に解決案も無く、依頼を仲立ちしておるだけの私どもでは仲裁に出られなくて困り果てておるわけです」




 荒れる商工業協会を放って席を外せないハーキムに、新しい下宿への紹介状を描いて貰った俺たちは、まずは夕食を取ろうと暗くなり始めた通りを歩く。


「ぼけてる老人は、自分だけは大丈夫とか思ってるからなあ。言うこと聞かないんだろうな」


「樹精のお年寄りは静かで動かなくなるからこうはならないけど、人間のお年寄りはそうじゃないんだね」


「どっちの派閥についても反対側の視線が痛いし、ついには老人の家族がしっかりお世話できないツケを他人に回していると責められる始末とはねえ……」


「街に暮らしてると呆けやすいのかなあ。なんかこの町はそういうお年寄りがどんどん増えてるんだってね」


「農村とかでは余り聞かないもんな。どっちかっていうと知恵袋的な意味で頼りにされてたりするからな」


「あ、おいしそう! ここにしよ?」


 話しながらも周りのチェックを怠らないレアーナが、ごった煮(シチュー)料理が名物の料理店を選んで『早く早く』と手を引く。入った店内は仕事を終えた労働者達の明るい笑い声で満たされていた。

 運ばれてきた濃厚なブラウンソースのビーフシチューは、とろりとした角切り肉とごろごろの乱切り野菜で食べ応えがありそうだ。


(しかし、奇妙な事件だ……)


 匙の先で馬鈴薯をコロコロ転がしながら、思考の海に沈む。


「それでさ、今度すむのはまた日当たりが良いところがいいな」


「ああ、うん」


 この長期にわたる連続殺人事件は、今回の旅の遠因ともいえるものだ。

 独自の治安組織である『衛視隊』を抱えるこの街は、城壁の無い開放型の構造で、夜間も街頭を灯して警備を密にすることで治安を保っている。

 文化レベル的には機械力を利用する産業革命、錬金術という名の化学、貴族のいない共和制らしき政治形態と地球の十八世紀程度にあるが、それは都市部の話で、地方にはウラタリのような旧態依然とした農村社会もある。全体的には近世から近代への過渡期にあるといえるだろう。日本で言えば江戸時代から文明開化を経て明治にかけてくらい。

 依然として夜の闇は深く、文明の光は弱々しい。


「次の旅に出る先もまだ―ーどれぐら――4ミナぐら――」


「ああ、うん」


 死体の山が見つかって以降、夜間は厳戒態勢で犯行は抑止されていたのだが、犯人の発見には至らず、再度の犯行が起きてしまった。

 まずは情報を整理してみよう。ハーキムの話から得られた既知情報を思考のテーブルに並べていく。


既知情報:

① 一人でいる者が被害に遭う。

② 犯行は夜間のみ発生する。

③ 殺害方法が不明。

④ 争った形跡が無い。

⑤ 犯人らしき姿の目撃報告が無い。

⑥ 被害者には社会的な共通点は無い。

⑦ 殺害目的が不明。


 現在の状況で判ることはこんなところだろうか。


「――二月ぐら――そのあいだ――修技――訓練――」


「ああ、うん」


 ①と⑤から、犯人は正体を特定されることを極端に恐れていると考えられる。特定されることが目的遂行の大きな障害となるのだろう。

 ②からは活動時間が夜に限られている事が判る。夜間は犯行を目撃されるのは防ぎやすいが、そもそも標的自体が見つけにくいだろう。もしかしたら、強い怨恨などで標的が既に定まっていた計画性のある犯行かも知れない。

 ③は外見では判らない方法で殺害されたと言うことだ。ここから犯人は犯行を隠匿しようという知恵を持っており、野獣などが犯人で無いことが判る。もしかしたら殺害方法が犯人への手がかりとなり得るかもしれない。

 ④からは、犯人が被害者に疑われず間近まで接近できる立場であると考えられる。ここから最低限街にいても違和感の無い存在の犯行ということになる。殺す相手を選んでいるのではない限り、街区民と番外地民両方に偶然の遭遇をする可能性があるので、怪しまれず近づける立場の存在はかなり搾られるだろう。

 ⑥は、被害者が老若男女(ろうにゃくなんにょ)とわず、街区民にも番外地民にも等しく被害が出ていると言うことだ。もちろん、本来の標的は一人で、他は捜査攪乱のための偽装という可能性もあるが、それにしては人数が多すぎるように感じられる。

 ⑦がこの事件の特異な点で、被害者はただ殺されているだけで、金銭は奪われておらず着衣にも乱れは無かったらしい。これで単純な強盗や婦女暴行犯では無いことが判る。もしかしたら通常外出時に身につけていると連想されないような特別な物品を持ち去られている可能性はあるが、被害者の供述が得られない以上確かめようが無い。


(……姿を見せられない……多人数を相手には出来ない……警戒されず間近まで近づける……この条件に当てはまる存在とは?)


ぎゅ~~~~うっ!


 突然両頬を引っ張られて、現実に引き戻された。


「ちょっと、聞いてる!?」


「あば! あばばばば!」


 頬を引っ張られてるせいで言葉にならない。レアーナは俺の頬をペナルティのように引っ張りまくってから手を離した。


「もう! ずーっと生返事で、全く聞いてなかったでしょう!」


「すまなかった。ちょっと考え事をしてて……」


 するとレアーナは俺を上目遣いでじっと見つめた。


「ケン……なんか、(おだ)やかじゃ無いこと考えてない?」


「いや、べつに……」


 反射的に否定の言葉がでそうになった。レアーナは何も言わず俺の目を見つめ続ける。その圧力に屈した。


「すまん……さっきの殺人事件のことを考えてた」


はぁーっとレアーナの大きな溜息。


「ケン、あなたの”力”が強いのは聞いてるけど、結局のところ私たち殺し合うような戦いなんてした事無いんだからね。わかってる? どんな武器でも使うのが素人じゃあダメなんだよ?」


「わかってる、そんなにうぬぼれてはいないよ」


 ごまかし笑いの俺の顔を、「ふーん」と疑わしそうに見るレアーナ。


「ほんと、ダメだからね? 心配する人がここにいるんだからね!」


 ぐいっと人差し指で鼻の頭をグリグリされた。


「うわっぷ……ああ、べつに進んで危険に近づこうとは思わな――」


 そこまで言ってはっとした。


「……進んで……近づく?」


 確かめるように口に出す。


(もしかしたら俺は常識的に考えすぎていたんじゃないか!?)


「ほら、またっ! 許しませんからね!」


「ふが! ふがが!」


 レアーナに鼻をつままれて引っ張られた。頭を上下左右に揺さぶられて無様な声を上げながらも、俺の脳裏にはぼんやりと犯人の姿がうかび始めていた。




 ハーキムとの話で時間を費やし、その上のんびり食事をしたせいですっかり遅くなったため、俺たちは手近な安宿に飛び込んだ。

 番外地民の宿舎として利用されている宿で、素泊まりの宿だ。

 さすがに防犯の為、大部屋は避けて二人部屋をとった。


 夜も()けた頃、寝たふりをしていた俺は、静かな部屋の中でむくりと起き上がる。

 そのまま耳を澄まして、隣のベッドのレアーナの寝息を聞く。


すー……すー……


(ねて……いるようだな)


 レアーナは左をむいて寝る癖がある。身体はちょうど向こうを向いている。

 息を潜めて革鎧を着込み、四分杖(クォータースタッフ)を肩に担いで洋灯(ランプ)を持ち、そっと部屋を出る。

 足下を照らしながら、静まりかえった廊下をすすみ、薄暗い階段を降りる。音を立てないように……


 宿屋の裏庭に続く勝手口を静かに押し開け、外に出てほうっと安堵(あんど)の息をつく。


(よし、うまくいった)


 犯人の目星がついた俺は、真相を知りたいという好奇心に負けて、宿を抜け出し夜の街に出た。

 建物の間の細い路地を通って通りに出る。建物は闇に沈み、シルエットしか見えない。

 見上げれば空には満天の降るような星。小さい頃、プラネタリウムで見た、山奥の夜空を思い出した。

 洋灯(ランプ)を掲げて照らしながら暗い番外地を進み、街区の入り口のアーチをくぐると、道が明るくなる。


シュゴー


 ガスが噴き出す微かな音をたてて街灯が灯っている。ボンヤリとした明かりが照らすのは石畳のほんの一部分で、あちらこちらに暗がりがある。

 人がまったくいない街路は、昼間とは全く雰囲気が違った。見ているだけで心細くなってくる。

 目立たないよう洋灯(ランプ)覆い(シェード)を降ろし、街灯の明かりを避けながら静かに歩いて街の中心部へ向かう。


カツ、カツ、カツ、カツ――


 足音が聞こえてきた。石畳に硬質の音が響く。

 俺は壁際に寄り、戸口の陰で息を潜めた。

 街灯に照らされて長く伸びたいくつもの影が、石畳の上で伸び縮みしながらくるくると踊る。

 通りかかったのは二人組の衛視(えいし)だ。

 金糸で意匠が施された、赤を基調とした制服。幅広の斜革(しゃかく)(つき)剣帯(けんたい)を締め、腰には細剣(サーベル)。一人は長い点火具を肩に担いでいる。

 まるでイギリスの近衛兵みたいだが、帽子だけはフランスのケピ帽風だ。

 二人並んだ衛視(えいし)は、背筋を伸ばし前方を見据えて行進していく。


(さすが専任の治安要員。訓練が行き届いているみたいだな)


 ハーキムの言ったとおり、信用のおける人物を選んで登用し、教育を行った成果なのだろう。

 彼らが行き過ぎるのを待ってから街路を反対方向に抜けて交差点に出ると、四方に同じような街路が続く。四角の交差点と、四辺の街路で囲まれた区画を1街区(ブロック)と呼び、これを単位として拡張する構造だ。

 このような街区の街路を割り当て区画として、夜間の街灯管理と夜警を行うのが『街灯点火』業務なのだ。

 瓦斯(ガス)圧が低く不安定なために街灯が消えやすいのと、高い防壁が無く侵入が比較的容易な構造の街であること、そして価値のある物資が集積される流通拠点であると言う複合的な要因による、国境の町特有の事情である。


 スマホカメラで撮影した地図のpdfを開き、この街路をドローツールで赤にする。街区民の担当街路は青で塗り分ける。


(ここは衛視の担当、っと……。よし次だ)


 周りを見回し、発見されていないことを確認して、俺は次の街路に踏み込んだ。


 俺は今回の事件の犯人が衛視(えいし)の中に居ると推理していた。

 夜間の街路に居ても不自然で無く、就業中の街区民に出会っても怪しまれない。

 一目で分かる、身分を(あかし)()てる記号化された服装も(あい)まって『無条件に信用』されそうだ。

 何らかの困難に直面している者は、安心して『自分から近寄って』いってしまうだろう。


 ただ、『犯行目的』という疑問が残ってはいる。


(そこが、どうにも引っかかるんだよな……)


 物品や金銭目的での強盗なのか、そもそも何も奪われてはいないのか。奪われた物が『ない』ことの証明は困難だ。

 その『何か』も、犠牲者が街区民、番外地民問わない多人数であることを考えれば、かなり大衆的(ポピュラー)な一品と言うことになる。そんな物をわざわざ殺してまで奪うとは思えない。

 番外地民の犠牲者が多数であった事から、地位や名誉、許認可権などの既得権益が目的とも思えない。

 つまり、『利益目的』とは考えにくいのだ。


(ならば『怨恨』だろうか?)


 だが、これほど多人数に同時に怨恨を持つだろうか? もはや社会生活が困難な性格破綻者でも無い限りありえない。そんな『反社会性人格障害(サイコパス)』など、すぐにあぶり出されるだろう。


(残るは……『主義(イズム)』……か?)


 主義(イズム)に係わる争いは根深い。主義(イズム)は損得や善悪を軽々と飛び越えてくる。

 自分が死んででも相手を殲滅させずには置かない『宗教戦争』はその最たる物だ。


(この世界も寡頭(かとう)制、貴族制、君主制と順当に政治手法の変遷をたどってきたのだろう。現在の共和制に不満を抱える『主義者(しゅぎしゃ)』による無差別テロかもしれない……)


 考えつつも辺りに気を払い、目立たぬように行動していた、つもりだった。

 突然、後から肩を掴まれるまでは。



 ----- ◆ -----



 部屋の扉が静かに閉じられた。廊下を歩く足音が小さくなっていく。

 ムクッと身体を起こし、小さく溜息をつく。


「あ~あ、こんなことだろうとおもったよ……」


 夕食の時の不審な態度から、ぜったいなにかやらかすと思ってたから寝たふりしてたら、ケンは夜中にこっそり一人で部屋を出て行った。

 見ると武器も鎧も無い。きっと犯人捜しをする気だ。

 そんな危なそうなこと、一人でさせられない。

 さがしにいかないとまずいよね。蹴っ飛ばしてでも連れ帰らないと。

 がばっと飛び起きて弓に手を伸ばしたけど、これじゃダメだと思い直した。


(いまから矢筒を着けてられない。見失っちゃう!)


 どうしようどうしようとオロオロして、ふと、あの包みのことを思い出した。


(これでいいや)


 私はハンドタオルの小さな包みを掴んで、部屋を飛び出した。



 ひっそりと静まりかえった夜の番外地を駆け抜けて、街区との区切りの壁まで来た。

 ここからは見回りが居る。見つかると足止めを食っちゃう。

 ここは得意技の出番!

 私は右手で始動しどうけんを作り、額の前に持っていく。


月よ(candre)(candra)光よ(-prabhe)立ち去れ(niri)立ち去れ(niri)虚空よ(kha)虚空よ(kha)速疾に(huru)守護したまえ(rakşa)


 唱え終わると、すうっと私の影が消えていく。額の前の手も、じわじわと薄れて空中に溶け込んでいく。

 十も数えないうちに、私の姿は見えなくなった。


 これは『隠形(おんぎょう)』の方術。

 私たち樹精が、森に紛れるときに使うんだ。姿は見えなくなるけど、気配までは消せない。

 でも周りは木ばっかりだから、紛れて区別がつかなくなるんだよ。森に住む樹精にはぴったりってわけ。

 だから、この術が上手い樹精には『葉隠(はがくれ)』って異名(いみょう)がつく。

 かく言うわたしだって、葉隠(はがくれ)のレアーナって呼ばれた()()()()()のだ。うへへ♡

 森で誰かに見られている気がするときは、樹精が近くに居るのかもね。


 逆に気配を消せる『朧影(ろうえい)』の方術だと、姿は消せない。

 こっちが上手いと『霧隠(きりがくれ)』がつくんだよ。でも、私は存在感がありすぎるのか、こっちはてんでだめでした。

 姿と気配、どっちも消せる方術があれば完璧なんだけどね。


 見えなくなった私は、街路の真ん中を堂々と歩いてケンを探していく。

 走ると音が出るからバレちゃうし、下手に物陰とかを歩いてると気配でかえって怪しまれる。開けた場所なら変だなと思われても、探すところが無いから結局見逃されるのだ。たまに『何かが居る』なんて噂が立っちゃうけどね。

 いますれ違った見回りの人も、私の方を薄気味悪そうな顔で見て行ったよ。


 うろうろと交差点を思いつく方に進んで、あちこちグルグル回っちゃったけど、なんとかケンを発見。

 ほーら、案の定。道の端っこをこそこそ隠れて進んでる。難しい顔して考えながらで、なんだかんだ気持ちがお留守なかんじ。


(ふひひひ♪)


 こんなに心配させて。ちょっとおどかしてやれ。

 そろりそろりと近づいて、いきなり肩を掴んでみた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 びくんとのけぞって、のどを引き絞ったか細い悲鳴を上げると、ケンはあわてて両手で自分の口を塞ぎ、声を抑えようとする。

 硬直した身体が、そのままぐらりと後ろに倒れてきた。


(ああっ!)


 あわてて背中を支えたけど、うわっ、おも…… あーっ!


「むぎゅっ!」


 押しつぶされて変な声でた。

 上に乗っかったケンはヒクヒクしてる。


「ちょっ、どいて……くるしい……」



 ----- ◆ -----



 どくん!


 余りの驚きと恐怖で心臓が跳ね上がり、強い痛みを感じるほどの激しい鼓動を打った。

 思わず漏れた悲鳴を両手で懸命に押さえる。

 全身から血の気が引いて手足が硬直し、視界がすーっと下に流れていく。


「むぎゅっ!」


(なんだ!? 誰だ!? 何がどうした!?)


 いっぱいまで見開いた目が、情報を少しでも得ようとめまぐるしく動くが、見えるのは星空のみだ。


(空? 倒れたのか?)


 落下感は感じなかったが、平行感を一時的に喪失したらしい。

 地面が柔らかく打ち身は無かったが、もぞもぞ動いて身体が安定しない。


(ん? もぞもぞ?)


「ちょっ、どいて……くるしい……」


 からだのしたから聞こえてきたのはレアーナの声。下敷きにしてしまったらしい。

 あわてて転がって身体を退けると、彼女は身体を丸めてケホッケホッと咳き込み始めた。

 

「ああっ、怪我はないか!?」


「けほ! ごほ! ひどいよぅ……術も解けちゃったし」


 上体を支えて起こし、背中をさすって


「なんでこんなところまで……せっかくひとりで出てきたのに」


「こういうことしそうだと思ったからだよ。夜の街をこっそりなんてそんなあぶないこと! なんで一人で行こうとするの? それなら最初から私も連れてってよ」


 レアーナの声が怒気を孕んで大きくなってきた。


「しーっ、見つかっちゃう。声を小さく」




 ぷりぷり怒るレアーナをなんとかなだめたが、結局説き伏せられてしぶしぶ帰ることになった。

 だって一人で行くなら大声出して人を呼ぶって言われたら、もうどうしようも無いし……。


「まずは夜間の警備割振を知りたかったんだ。どこが番外地民の委託で、どこが衛視(えいし)か、ってね」


「でもどこで事件が起こるかなんて判らないじゃない。それに担当の場所を離れてたら犯人って即バレちゃうでしょ? そもそも、どうやって犯人を見分けるつもりだったの?」


「『街灯点火の当番』はそうだろうね。でもそれ以外にもうろついている人がいる。徘徊老人保護に係わる人とその対象者だ。その中で顔見知りで無くても怪しまれない、無条件で一定の信頼を得られるのが衛視(えいし)だ。指示を聞かない老人を保護した場合、欲しいのは人手だ。衛視(えいし)が現れたら、手助けを頼むだろうね」


「え? じゃあケンが疑ってるのって……」


「そういうこと。衛視(えいし)は『担当の居ない街路を埋める』んだから、当然人員の配置を知っているだろうからね。だから衛視(えいし)の知り得ない員数外の存在で無ければ犯人は尻尾を出さないと思ったんだ」


「それでこっそりかぁ。でもそれだとケンが犯人って疑われたらどうするの?」


「だから、見つからないようにしてたつもりだったんだが……レアーナはどうやって俺に近づいたの? 肩を掴まれるまで、ぜんぜん気がつかなかったんだけど」


「普通に歩いて」


「いやいやいや、さすがにそれはわかるって」


「方術で姿を隠してたからね。わたし、方術が得意だって前に言わなかったっけ?」


「あー、超越ハイパー法理コードの事を聞いたときに、そんなこと言ってたな」


「人間ってさぁ、すっごく『目』に頼るよね。もっと雰囲気にも気を配った方が良いと思うよ。月よ(candre)……」


 レアーナは右手で刀印(とういん)を結ぶと、決まり文句らしき言葉を発する。するとみるみるうちに姿が消えてしまった。


「すごいな……それで近づかれても判らなかったのか」


 影も無いから見た目では全く判らない。でも居ると判って注意していると、ちょっとした身じろぎが立てる衣擦れの音が聞こえる。


「こうやって、技を生む『手』を始動しどうけんにするのが方術の基本なんだよ」


 声だけが聞こえてくる。姿だけが消せる術って事らしい。

 俺の世界で言う『刀印(とういん)』を結ぶところが、まるで忍術みたいだな。足下からドロンと煙が出れば完璧だ。


「見つからずに調べたいなら(なお)のこと、私を連れて行くべき! 方術使いはそういうの得意なんだから。じゃ、私が先に立って歩くから、後から着いてきてね」


 そう言うと間近から気配が消える。


「え?」


 まだ見える所には居るのだろうが、少し離れただけでもう位置がつかめなくなった。たしかに人間は目に頼りすぎらしい。


(ちょっとまて、どうやって連絡を取るんだ? 声出したらバレるだろ、おい!)



 ----- ◆ -----



 この街路の見回りがあくびをかみ殺しながら歩いて行った。

 ギュッ、ギュッと繋いだ手を握って合図すると、玄関の柱の影からケンが出てくる。

 風も無いし晴れて空気の澄んだ空は音が良く響く。隠形(おんぎょう)は音を消せないから、どの街路にも少人数だけど見張りがいるってのはとっても神経を使うなあ。

 下手に疑われたくないから誰にも見つからないように歩くので、難易度はさらに上がるのだ。


ファ~ッ


 かみ殺そうとしても欠伸(あくび)が止められない。


「こんなこと、何日も続けられないよね? 仕事じゃ無いから報酬は出ないし、昼間は寝ないと身体が持たないから働けないし。暮らしていけなくなっちゃうよ」


「自分の推理を確かめたくて興味優先で出てきたけど、あてもなくいつ起こるかわからない事件を待って毎夜うろつくのはさすがに無理だよな」


 さすがにケンも反省したのか済まなそうな顔になった。


「最初にそこまで考えなよ。ケンって意外と向こう見ずで突っ走るとこあるよね」


 ぼそぼそ話す内に、また新しい交差点についた。

 夜の街は雰囲気が変わって、元々不案内な私たちは番外地に戻るのも大変だ。

 どっちに行こうか決めるために、私は三本の街路の様子をさぐる。


(あれ?)


 左の街路は何の気配もしない。無人みたい。


「ケン。左は見張りがいないみたい。今なら安全に通れそうだよ」


 肯くケンの手を引いて、私は壁に張り付くようにして左の街路に滑り込んだ。



 ----- ◆ -----



 澄み渡る静寂のなか、薄暗い街灯によってきつい陰影のついた建物が立ち並ぶ街路を、妖精の見えない手に引かれて歩くのは、まるで夢の中のような現実感の無さで、とても奇妙な感覚だ。アールデコ調っぽい機能一辺倒では無い洒落っ気を含んだ風物が、現代日本人の俺の心を足もとの定まらない微妙にズレた揺らぎの中に誘う。

 手を引かれるままに進んでいるせいだろうか。レアーナの手の温もりが俺と現実をつなぎ止めているような気がして、繋ぐ手に力がこもってしまう。


(異国の街の彷徨(ほうこう)か……現実感が希薄だな。もちろん錯覚なんだろうが……ん?)


 そんなふわふわした気分で導かれるままに歩いていると、ふと、手を引くレアーナが立ち止まったのがわかった。

 我に返って前方を確認すると、少し離れた街路の端に二人の人が、背を向けて立っているのが見えた。壮年の男が老人に肩を貸し、老人は男に耳打ちで話をしているようだ。


(なんだよ、無人じゃ無かったのか……)


 レアーナから無人だと聞いていたので、俺は堂々と姿を晒してしまっている。今はまだ気がつかれていないが、程なく見つかるだろう。道の反対側に渡るにしても丸見えだ。


(引き返すか?)


 そんな気持ちで、レアーナの手を優しく引く。しかしその手は抵抗し、ぐっと握りしめられる。

 いままで隠れてやり過ごしてきたのに、急にどうしたのだろう。姿の見えないレアーナの表情はうかがえないし、小声でも出せば見つかる可能性がある。

 単独なら未だしも、複数人では意思疎通が難しいので、方術で姿を消すのも善し悪しだ。


(なんだよ……このまま進むのか? )


 ならば黙って近づくのは悪手だ。仕方なく俺は前に出ながら、警戒されないよう彼らに声をかける。


「お仕事、お疲れさ」「だめ!」


 するどい声とともに繋がれたままの手が俺をぐいっと引き戻し、言葉が途切れる。


「……え?」


「それに近づいちゃ……だめ」


 振り向いた俺の耳に、レアーナの緊張した声が聞こえた。


「もう、ずっと……見られてる」


「は?」


 俺は先に立つ二人組を見直した。

 肩を貸した方は向こうを向いており、もう一人は目を閉じて耳打ちをしている。さっきと同じだ。こっちを見てなど――


(!?)


 ()()()()()()


 老人は目を閉じているように見えた。だからすぐには気がつかなかった。

 こめかみの辺りに目があった。焦点の合っていない目がこちらをながめている。本来目があるべき眼窩のあたりはのっぺりとした肌だ。


くじゅり


 粘液質の湿った音が聞こえる。

 耳打ちをしていた老人が頭を離すと、肩を貸した男の耳から長い管のようなものが抜き出されてきた。その先は老人の口につながっており、うねるように蠕動(ぜんどう)している。

 直感した。


(この町に潜んでいたのはこいつか!)


 本能が盛大に警報を鳴らす。無意識に四分杖(クォータースタッフ)を構えた。

 さっきレアーナが立ち止まったのは、こいつに見つかったからだったのだ。

 現場不在証明、動機、犯行手法、当たり前の事件ならそういった理詰めで解き明かすことも出来よう。だがここには演繹(えんえき)的に解析できない事象が存在する。

 俺の世界の推理セオリーは結局の所、人間相手を前提としている。その前提が通用しない可能性を考慮していなかった。


「こいつ……なんだ?」


 レアーナの震える声が答えをくれた。


息吹(いぶき)が無い……星霊だ。だれかが、魔法を使ったんだわ!」



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