表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/28

021:嵐、来たれり

 俺とレアーナは、早朝の涼やかな風が渡る麦畑の中を伸びる街道を歩いている。

 澄み渡った青空。すこし高くなったかな。

 スマホに付けている記録によれば、ポロスボロスに居を構えてから41日目。この世界に来た日からだと、通算52日目の朝になる。

 夏も盛りを過ぎ、朝夕には涼しさを感じるようになっていた。

 背後には小さくなって行く、歓迎の文句が書かれたアーチのついた門。

 ムーの、ひいては人間領の端っこであるポロスボロスだが、国際港があり妖精領との窓口であり、訪れる人は意外に多い。


 俺は杖を担ぎながら、重い台車を押す。

 ペットボトル11本分。道中に水槽が有るか判らないので、山猫館を出るときに安全な水を確保してきたのだ。

 一本足りないのは燃素実験で使ってしまったため。

 レアーナは両手が塞がる俺のスーツケースを代わりに引いてくれる。


 朝の早い農夫達がまばらに見える麦畑の中に、風と麦穂達のざわめきが満ちる。所々に刈り残したカリフラワーのような小さな林が見える。

 街道は目的地に向かって真っ直ぐには延びていない。これは古くからあることの証だ。

 機械力で走行する槽車はちょっとした高低差はものともしないので、航路は直線的になる。

 対して人間や動物は高低差を嫌い、等高線に沿って道が曲がりくねる。荷物を運ぶならなおさらだ。

 そんな歩きやすい場所に街道が出来、1日で歩ける距離毎に宿場町が開かれるのだ。



「ケン! あそこ、あそこ! また来てるよ!」


 レアーナが空の一角を指さす。

 指の先の空を眺めた俺は、そこに月を見いだした。


太陰たいいん


 ここでの正式名称だ。通称は月。

 この世界の、太陽と太陰の天体運動周期は、不思議なことに俺の世界と同一だ。

 故にスマホは、今も時計として機能する。

 太陽との合は30日周期。合位置は毎月、少しづつずれていく。


 初めてここの月を見た時は、その不思議さに目を見張ったものだ。

 なんといっても太陽のある側が欠けてたんだからな。


 ここの月は半分が自ら発光し、半分が黒体の球体だ。俺の世界とは違い、太陽の光には関係なく満ち欠けする。

 クレーターは無く、あばた面ではない。太陽と別軌道で、同じ方向に公転し、やはり沈まない。


「さすがに2回目となると、驚きも無いな」


「私は驚きだな。月が欠けるんだよ? ちっちゃいしね」


 レアーナの言う妖精領の月は、俺の世界や人間領とも違う。

 何倍も大きくて、欠けること無く常に満月。ぼんやりとやさしい光を放つ。

 妖精領はそのおかげで、完全な闇夜が無いらしい。


 ごろごろごろ


 てくてくてく


 すれ違う人も居ないので、二人ともだんだん言葉少なになる。

 しかし気詰まりではなく、気心(きごころ)の知れた自然な沈黙。良い感じ。


 街道の広い場所で俺たちは昼食を取る。

 ここは馬車等がすれ違いや転回をするために道幅が広くなっていて、ちょっとした広場になっている。

 道々拾ってきた木切れで火をおこし、五徳の上で煮鍋で湯を沸かす。その後はベーコンとチーズをギコギコ切って、バターをひいたフライパンで焼く。

 レアーナが棒パンをナイフで3センチほどの厚みに削ぎ切り、その上に焼き上がったベーコンチーズをすくい上げる。


「よっこいしょ」


 台車から降ろした長椅子に背中合わせに腰掛け、雲雀のさえずる声を聞きながらの昼食。


「なーんにもおこらないね」


「なんにも起こらんな」


 気の抜けた溜息。

 ずずずと、まだ熱いお湯をすするレアーナ。


「やっぱりお湯じゃあ味気ないな。茶葉買おうよ」


「でもそうすると、鍋とか洗わないといけないだろう」


「その為にこんなに水持ってきたんじゃ無いの? どーして男はそういうのめんどくさがるかなあ」


 結局、レアーナに押し切られて、茶葉を買うことになった。あれ、掃除めんどくさいのになあ。



 その後も領内の街道の旅は順調にすすみ、夕暮れには最初の村に着いた。

 麦畑の海に浮かぶ島のような集落だ。

 あちこちの家からは煮炊きの煙が上がり、素朴な香りが漂う。

 どこかでコココと鶏の声がした。


 村の入り口には共同とおぼしき粉ひき小屋。ここで小麦粉にするのだろうか。


ゴゴゴゴゴゴゴ


 人気の無い小屋の、開け放たれた扉からは、粉まみれで古びた石臼が見え、いまも回っている。

 そのままなんとなく行きすぎようとして、妙な違和感を感じて立ち止まった。

 立ち止まった俺に気がついたレアーナも歩みを止め、けげんな顔で振り返る。


「どうしたの?」


「いや、なんか変な感じがして……なんだろう」


 じっと石臼を見る。

 周りには挽いた小麦を受ける木桝。上には天井まで届く、回転軸になっている柱。付随する、小麦を一定量、断続的に落とすための、木製の仕掛。

 小屋の中には小麦を入れた麻袋と粉を入れた紙袋。


「ふつうの粉ひき小屋に見えるんだけど?」


 俺の横から覗き込んだレアーナが言う。

 どれを見ても、粉ひき小屋に有りそうなものばかり。不自然なものは無い。


(……無い?)


 小屋の周りを見回す。麦畑と(あぜ)道のみ。上は、簡素な片流れの屋根のみ。


「これ……動力源は!?」


「え?」



 粉ひき小屋という設備は通常、水車や風車などの持続的な動力源を利用する。だから俺の世界では、領民から粉ひきや船便の手数料を取るために川は領主直轄だったりする。

 だが、ここにはそれらしき物は何も無い。石臼はひとりでに回っている。


(いったいどうなって……)


 突然、ガッと肩を掴まれた。


「ケン! だめだよ! 勝手に入ったら盗人(ぬすびと)だと思われるよ!」


 レアーナの慌て声。

 気がついてみると、いつの間にか小屋の中に半歩踏み込んでいた。


「ふらふら入って行っちゃってたよ! こういう共同の粉ひき小屋は、よそ者が入ると絶対問題になるからダメ!」


 そういって、俺を街道に引き戻す。


「どうやって動いてるか知り、あっ、あっ!」


「勝手に入ったらダメだって! そんなに知りたいなら村の人に聞けば良いでしょ!」


「でも、いきなり聞いて教えてもらえるか?」


「大丈夫だよ。秘密ならこんな街道の側に、扉開けっぱなしで無人な訳ないよ」


「……そうか。そうだよな」


 すごく興味を惹かれるが仕方ない。レアーナに引っ張られて、そのまま村の中に入っていくと、辺りは急に騒がしくなった。

 街道は村を貫いており、村の真ん中に広場がある。広場の中央には木造の(やぐら)が有り、てっぺんには水槽が備えられている。

 広場には人はまばらだが、あちこちの民家の裏手で大勢が作業を行っているようだ。


 俺達は忙しげに道を行く村人に宿の場所を聞き、広場から伸びる支道(しどう)に入った。

 一等地の広場を囲んでひしめく商店や寄り合い所の間を抜けると、建物の間隔は広くなり、余裕のある町並みになった。

 道に面した(のき)や庇が広く、その下はベランダとして利用できるようになっている。そこには椅子に座ってのんびり煙を吹かす老人や、つやつやした光沢のある麦わらで麦稈帽ばっかんぼうを編む婦人がいる。


ばっさ。ばっさ。

バ、バ、バン。バ、バ、バン。


 道に面していない建物の裏手では、農民達があちこちで刈り取ってきた小麦を脱穀しているのが垣間見える。

 地面に敷いたムシロの上に置いた千歯扱きで籾を落とし、数本の竹が先端に結ばれた唐竿で脱稃だっぷするのだ。



 見上げれば、黄昏と言うにはまだ早い淡藤(あわふじ)色の空。人々は日滅にちめつまでの時間を惜しむように作業に勤しむ。

 その中を歩いてたどり着いた宿には、軒先に『(つばめ)(くちばし)』と書かれた看板と古ぼけた大鍋が吊り下げられ、隣に吊されたランプの灯りにぼんやりと照らされていた。

 2階建ての建物は、風雨に洗われ色あせた木造。

 中からは人のざわめきと、少しもの悲しげな手風琴(アコーディオン)の音色が聞こえてくる。


 簡素な扉をくぐり中に入ると、室内は天井から釣られた大きな燭台からのオレンジ色の光に彩られていた。

 板張りの広間には8つの丸テーブル。それぞれの卓上にはすすけた火屋(ほや)を被った洋灯ランプが置かれている。

 ビアマグを持った腕を互いに組み、ビールを腹に流し込む農夫達がいる。赤ら顔で調子の外れた歌を歌う人夫がいる。奥には、うつむいて六角手風琴を奏でる流しの楽師が、ひっそりと壁にもたれていた。


(つばめ)(くちばし)にようこそ、旅の人。晩餐かな? それとも宿泊?」


 入ったところで立ち止まってしまった俺たちに、店の主人らしき恰幅の良い壮年の男が話しかけてきた。


「ああ、ちょうどよかった。どちらもです。先に荷物を置いた後、食事をしたいのですが」


 俺の答えに満足げに頷く主人。


「幸い二人部屋が空いている。まずは持って上がれない荷物を納屋に納めてもらおう。日滅から日照の間、鍵を下ろすから使うものは出しておくようにな」


 俺たちは主人に案内されて、台車を納屋に納めてからスーツケースを抱えて2階に上がった。

 案内された部屋はベッドが二つに小さな丸テーブル。椅子は無い。


「料金は素泊まり一拍3デナリ7アス。身体を拭きたければ、お湯はたらい一杯4アス。水は広場の水槽で無料だ。じゃあ落ち着いたら下にきてくれ。お題は食事の精算時にまとめて貰おう」


 そう言うと、主人は持ってきたランプをテーブルの上に置き、階下に降りていった。

 俺たちは背嚢を降ろして、ベッドに座って落ち着いてみるが、することなど別段無い。

 レアーナは早々にトラウザーズをポーンと脱ぎ捨てて素足になり、立ち上がって俺に手を差し出す。


「じゃあ夕飯に行こうよ」




 階下に降りると、食堂はさっきと変わらない騒がしさだ。いや、少し人が増えたかな。

 俺たちが空いているテーブルに着くと、見計らったかのような頃合いで主人がやってきた。


「今日の食材は小麦麺、扁豆(ひらまめ)鶏卵(けいらん)燻製肉ベーコン、腸詰め、葉物野菜といったところだ。食材を持ち込むならそれを使った料理も作れるが?」


「え? あの……」


「おまかせで!」


 メニューでは無く食材を提示されて、面食らってしまった俺の代わりにレアーナが答える。


「……あ、私もそれで」


 俺もなんとなく、それに乗る。

 主人は大きく頷いて、奥の厨房に入っていった。

 冷蔵庫がなく、物流もしっかりしていない所では、食堂の注文はこういう風なんだろうか。気が抜けた表情で、それを目で追っていると、レアーナが脇を小突く。


「粉ひき小屋のこと、聞かないの? 宿屋のご主人なら、村のこと知ってると思うよ?」


「あ、そうか。でも、いきなりは切り出しにくいな」


「あー、もう! 変なところで意気地(いくじ)が無いなぁ。じゃあ、私が切っ掛けを作ってあげるよ」


 そういうとレアーナは席を立って、店の奥へスタスタと歩いていく。


「踊りに向いた、なにか(にぎ)やかなのをお願い」


 そう言って、腰帯に下げた財布から取り出した金貨を、楽師の前のテーブルに置いた。

 頭を僅かに動かしてそれを見た楽師は居住まいを正し、うって変わってテンポ良い曲を奏で始めた。これは……ポルカのリズム?


 その曲に合わせてレアーナが踊り始めた。

 ワンピースの裾を広げてくるくると回り、リズムに合わせて靴音を鳴らす。

 それに気がついた客達がヤンヤと囃し立てる。

 どうやらストーリーのある踊りらしく、時々操り人形のようなぎこちないコミカルな仕草が混じる。

 レアーナはテーブルの間を、順に愛嬌を振りまきながらポーズを決め、広間を巡る。

 客達もリズムに合わせて手拍子や、ジョッキをテーブルで打ち鳴らして、リズムに乗る。

 曲が終わると人形の糸が切れ、くしゃんと座り込む仕草で踊りは終わった。


 歓声混じりの拍手。座が盛り上がった店内は、腕を組みステップを踏んで回る農夫や、食器でリズムを取りながら合唱する人夫で、陽気な雰囲気になった。


「賑やかだと思ったら、こういうことか。実にありがたい」


 料理を俺たちのテーブルに運んできた主人が笑顔でいう。

 店内は、大きな水差し(ピッチャー)で追加の麦酒を注文する客達の声で賑やかだ。


「ふー、くたびれたぁー」


 そこへ、戻ってきたレアーナが椅子にドッカと座る。額に光る汗。俺は首にかけていたハンドタオルを手渡す。

 主人の機嫌が良いことを見て取ったレアーナが、間髪入れずに主人に話しかける。


「ねえ、ご主人。一杯おごるから、この村の昔話でも聞かせてよ」


「はっはっは、これは断れんな。ちょっと待ってくれ」


 破顔した主人は厨房へ戻っていった。


「すごいな。なんという社交術」


 俺は感心するしか無い。レアーナの得意げな顔。


「じゃあ、、今のうちに食べちゃおう!」


 テーブルには大皿にこれでもかと盛った、大量の小麦麺。具材は刻んだベーコンと菠薐(ほうれん)草。粒の粗い黒こしょうが振ってある。

 取り合わせは、オニオンとベビーコーンのコンソメスープに、粉チーズと炒り卵のたっぷり載ったサラダだ。

 取り皿が付いていて、大皿から取り分けて食べるのだ。


「いっただきぃ!」


 フォーク二刀流で、ぐるぐると麺の大玉を絡め取って、自分の皿に盛るレアーナ。


「ああっ! おまえ欲張りすぎだ! 負けておれん!」


 いかん! 遅れを取るな! 俺も、二刀流で大皿に挑みかかった。




 俺たちが料理をあらかたかたづけたころ、手の空いたらしい主人が小さな湯灌(ゆかん)(うつわ)を手に、テーブルにやってきた。


「おまたせした。どんな話をご所望かな?」


 そう言って、手ずからお茶を注いでくれた。

 商売用じゃ無い、素朴な陶製の湯飲み。サービスって事だろう。


「この町の始まりとかはどんなだったの?」


 早速レアーナが口火を切った。

 主人は記憶を探る顔つきになり、言葉を一つ一つ繋ぐように話し始めた。


「じゃあこんな話から始めようか。俺の祖父の時分(じぶん)には、このウラタリがムーの最外縁だったんだ」


「ポロスボロスは比較的新しい街ってことか?」


「ああ。祖父から聞いた話になるが、水槽が発明されてムーに開拓殺到の時代がきたころのことだ」


 水槽は最初、据付の大きなものだったらしい。それがだんだん小型化され、最終的に荷車に乗るほどに小さくなった。

 農地を継げない次男以降は、それを家畜に引かせて、新しい土地に自分の居場所を求め旅立った。

 水利問題が消滅したため、場所を選ぶ必要が無い開拓団は、極端に遠方に向かう必要も無く、1日でたどり着けそうな距離毎に耕地を開き、ムーはじわじわと国土を広げていった。


「その後も水槽車の改良は進んで、ついに水槽自走車が出来た。ここのご先祖はその頃に結成された開拓団だ」


「自走?」


 俺が聞き返す。


「家畜で引かなくても良いのさ。おかげで開拓の速度はさらに速まった。ご先祖様たちは、それにあやかって、誰も見た事の無い遠い遠い新天地をめざしたんだ。しかし――」


 主人は声を落として続ける。


「良いことはそんなに続かなかった。あれが……神霊しんれいが出たんだ」


「えーっ!? それで? どうなっちゃったの?」


 レアーナが急かすように、先を(うなが)す。

 主人は目を閉じ、小さく首を振った。


「もちろん、どうしようも無かったさ。開拓団は逃げ惑った。そして最悪の事態が起こった。自走車の車輪がやられちまったんだ。走れなくなった自走車をどうすることも出来ず、さりとて捨てていくことも出来ず、開拓団は地に伏して神霊しんれいが去るのを待ったんだ。このとき、何人も打たれて死んだそうだ」


 なんともつらい結果だ。レアーナも気の毒そうな顔になる。


「水槽の水を当てにして進んできたのに、これ以上進めなくなって、ご先祖達はここでやっていくしか無くなった。水槽自走車は解体され、そこに据えられた。これが広場の(やぐら)だ。抜けてきた近くの森の木を切り、掘建(ほった)て小屋を建て、荒れ野を耕す。極貧の生活が続いたが、ムーの最外縁の村であることを誇りに努力し、そしていまのウラタリになったんだ」


「車輪を直すことは出来なかったのか?」


 俺の疑問に、主人は肩をすくめた。


「開拓団についてくる煉丹術士なんて居ないよ。そもそも来てもらえても、支払う金子(きんす)は水槽自走車を(あがな)うのに無くなっちまってたしな。まあ、壊れず残った車輪だけでも一財産(ひとざいさん)だ。いまも共同の石臼を回してるよ」


 !?


「来るときに見たけど、だれもみてなくても動くんだね」


 レアーナが言うと、主人は膝をバンバン叩き豪快に笑った。


「上手く出来てるだろう。開拓団の中に細工の得意なのがいたんだろうな。直しながら使っているんだ」


「どうやって動いているんだ? 止まったりしないのか?」


 俺が興味津々で聞くと、主人は奇妙な人を見る顔になった。


「はあ? 自走車の車輪なんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃ無いか」


「え……」


 俺は絶句してしまった。主人は何を言っているんだ?


動力源(パワーソース)は何処にあるんだ?」


 気を取り直して、聞き方を変えてみるが、主人は妙なものを見る目で俺を見る。


「だから車輪だよ。槽車と同じさ。あれも車輪は止まらず動き続けてるだろう」


 グレゴルー・トリエステの車輪を思い出す。上の起動輪は確かに止まっていなかったが、その後車内に入ってしまったので、夜間はどうだったのか判らない。


「じゃあ車輪だけで地面に置いたら?」


「勝手に何処までも転がっていくよ。何かにぶつかったり、穴に落ちれば止まるだろうが、方向を変えたり穴から出せば、また転がり始めるよ」


(え?! なんで? エネルギー保存則は? 熱力学の法則は? 永久機関なの?!)


 混乱して目を白黒する俺を尻目に、レアーナが感心したように言う。


「すごいなあ。たしかに一財産だね。じゃあなんで誰も見張ってないの?」


「確かに車輪を石臼に使うのは、当時は良い思いつきだったんだろうが、今は普通に自転式石臼は作られてて珍しいモンじゃ無いよ。粉をひきたい奴が絶えず出入りしてるし、わざわざ盗むまでのモンじゃ無い」


「だよねえ」


 がはは へへへ

 笑い合う主人とレアーナ。俺だけが納得できず頭を捻っていた。




「いろいろ判ってよかったじゃない」


 朝の宿屋の、朝食を掻き込む人々でごった返す広間。レアーナが、キノコと豚肉のピラフを匙で口に運びながら言う。


「判ったって言うか、判ってないことが判ったって言うか……」


 確かに粉ひき小屋の石臼の動力源は判明した。それによって、思いがけず槽車の動力源も。

 しかしそれは、勝手に回り続ける車輪という謎に置き換わっただけだった。


(この世界の物理法則はどうなっているんだ?)


 煮出し汁(ブイヨン)の味が染みたピラフを、もきゅもきゅと咀嚼(そしゃく)しながら考える。


 昨晩俺は、スマホのアウトラインプロセッサに集積してある研究課題(テーマ)の整理をした。


・天体

 ・太陽

  ・顔の存在意義

  ・役割について

 ・太陰

・言語

 ・なぜ日本語なのか

 ・距離標の変化する数字

・東西南北を使う人々の伝承

 ・伝承地の特定

 ・ロマン、グリースと呼ばれた国の所在

・煉丹術と錬金術

 ・同じもの? 違うもの?

 ・どんな技術なのか

・心魂摂理

 ・検体が血である意味

 ・試薬とはなにか

 ・分光器(スペクトラ)の実体と機能

・超越法理

 ・方術

  ・火花の術

   ・大気成分の特定

   ・熱素(フロギストン)の物性

 ・聖典

  ・太陽との関連性

 ・霊言

 ・魔法

  ・なぜ危険なのか

・槽車

 ・入手の可否

 ・動力源

  ・勝手に回る車輪の仕組み ← New!


(ああああああ……)


 最初の課題(テーマ)である太陽(あいつ)から、増える一方の課題(テーマ)に俺は頭を抱えた。

 異世界人からの情報や、実際に体験・検証したことで、一定の成果は出ているのだが、解明には至らない。答えが新たな問いに置き換わる展開ばかりだ。


 だが希望はある。

 この世界は『混沌(カオス)』ではない。因果律(いんがりつ)があるのだ。


 『方術(ほうじゅつ)


 レアーナが語った、『決まった所作(しょさ)を行うと、決まった結果が得られる』という原則。

 混沌(カオス)ならばこうはいかない。毎回結果は変わるはずだ。


(この世界の幻想のように見える事柄も、それを貫く法則は必ずある)


 俺は、アルキメデスを、ニュートンを、フランクリンを、アインシュタインを。歴史上の数多あまたの偉人達が辿ってきた探求の道を、一人で再発見していかなければならないのだ。

 自分の頭脳を、理性を、判断を、信じて解き明かしていくしか無い。

 せめてなんらかの端緒(たんしょ)が見つかれば良いんだが。




 宿の出立手続き(チェックアウト)を済ませて、俺たちは街道にもどってきた。

 レアーナは宿の主人から、昨晩ごちそうになった茶葉を格安で手に入れて大満足だ。


 ウラタリは小さな村だ。

 中央広場を離れると、みるみるうちに建物はまばらになり、石造りの穀倉を過ぎると、まわりは麦畑になった。

 向かう先には大きな森。これがウラタリ村の建物群になった材木の供給元だろう。


「見通しがきかなくなるなあ……」


 レアーナの浮かない声。


『問題は深い森の中や山中だな』


 ジョージの忠告を思い出した。




 街道は森の中に入った。

 街道の幅よりもかなり広めに木が伐採されていて、意外に風通しは良い。

 街道沿いの木々は、広い方に枝葉を伸ばすが、上は開けている。


 ギャッ! ギャッ!


 どこかで(きじ)の鳴き声が響いた。バタバタと鳥の羽ばたく音が遠ざかっていく。

 風で木々の(こずえ)がザワザワと鳴る。


(なんだよ、これ。嫌な感じだな)


 森に入っただけで、薄気味悪く感じるなんて、影響されすぎだろ、俺……。

 なんとなく不安になりながらも、腹は減る。


 枯れ枝、枯れ葉をかき集め、街道のど真ん中で(かまど)を焚く。

 昼食は、簡単に済ませることの出来るパン食だ。日滅までに次の宿に辿りつかなければならないので、のんびり時間のかかる炊事は出来ない。


「げほっ! げほっ! ごほっ……」


 もくもくと立ちこめる煙。


「しけってるのかな。酷い煙」


 レアーナが必死に扇ぐが、ブスブスとくすぶる焚き付けは煙ばかり出す。

 できあがった昼食は、(すす)の味のする酷い出来になった。


「にがい」


 俺はブツブツ言いながらもかぶりつくが、レアーナは浮かない顔で手を止めている。


「どうしたんだ? たしかに酷い味だが、食えないもんじゃ無いぞ?」


「なんか……変な感じしない?」


「……続けて」


 俺は先を(うなが)す。グレゴルー・トリエステの接近にもいち早く気がついたレアーナだ。彼女の感覚は信用できる。


「ムズムズ、ゾワゾワする。ここは森で、私の別荘みたいなものだけど、なんだか落ち着かない。じっとしていられない感じ」


 周りを見渡す。荷馬車でもすれ違うのがギリギリの道幅。大木を避けるようにうねる街道。ここには槽車など通るまい。


「わかった。すぐに出発しよう」


 俺は昼食を口の中に押し込み、台車のペットボトルを取って、竈を一気に消火した。




「どんどん強くなる……寒気がする。お腹になんか響いてくる」


 レアーナが身体の変調を訴える。いままでになかったことだ。

 俺たちは急き立てられるように先を急ぐ。


 そのとき、前方の茂みが音をたてた。

 茂みの中からのっそりと姿を現したのは、大きな熊だった。


「うっ!」


 足を止めた俺たちを一瞥した熊は、そのまま足を速めて反対の森に消えていく。

 続いて飛び出してきたのは鹿の群れだ。軽やかに跳ね、街道を渡って反対の茂みに消えていく。

 一息つく暇も無く、別の茂みから狐が。足下をリスが、テンが、ウサギが駆け抜けていく。

 俺たちには目もくれない。


(なにかから……逃げてる?)


 ゴロゴロゴロゴロ……


 空が鳴った。

 俺は慌てた。完全に頭に無かった。この世界に来てから初めての雨。それも雷雨だ!


「このへんは雨が降らないんだと思ってたよ。どうしよう。どっか、しのげるところ探さないと!」


 レアーナも俺と理由は違うが、予想外だったらしい。

 でも雷雨ぐらいで、こうも動物たちが逃げ出すだろうか。


(あと、どれぐらい猶予があるだろうか?)


 そう思って背後の空を見上げた。


「なんだよ、あれ……」


 巨大な入道(●●)雲。顔がある! 手が有る! ムクムクと動く身体を持つ巨人の上半身が雲の上にあった!

 まん丸に見開かれた、感情の感じられない目。腕をゆっくりと振り回しているが、あのサイズだととんでもない速度だ。


雲の(クラウド)……巨人(ジャイアント)!?」


「あれ、きっと神霊(しんれい)だよ! 早く逃げないと!」


 空は鉛色の雲で急速に埋められつつある。風がごうごうとなり出し、天候はいよいよヤバい。


「道沿いなら木こりの使った避難小屋があるかもしれん! この辺りには洞穴なんて無いだろうし、小屋を探そう!」




 ついに雨が降り出し、強い横殴りになった。風にあおられながら、必死に進む俺たち。

 しかし、お目当ての小屋は見つからない。二人ともずぶ濡れだ。

 雨具を用意しなかったのは思慮不足だったが、この風雨ではこの時代の雨具は役に立ちそうも無い。


 ドーン!!!


 背後で轟音がとどろいた。圧力すら感じるほどの音圧。落雷だ!

 肩越しに見ると、遠くの立木がぜ、チロチロと炎が上がっている。あんなのに直撃されたらひとたまりもない。


「ごわいーっ! ごわいよう!」


 レアーナは震え上がってしまって半泣き。声も鼻声だ。樹精の彼女には、落雷は本能的な恐怖を呼び起こすのだろう。人ごとでは無いのだ。


 ドーン! ズドーン!!


 雲の(クラウド)巨人(ジャイアント)は、所構わず雷を降らせる。正気を失っているような振る舞いで、実際狂っているのかも知れない。

 何かを狙っているわけでは無いが、まぐれ当たりでも即死では動物達も逃げ出すわけだ。


「このままだと追いつかれちゃうよ! どうしよう、どうしよう!」


「荷物を捨てろ! 街道上ならまた取りに来られる! 森の中へ!」


 ここは上空から丸見えだ。狙っては来ないかも、なんて期待に命をかける気は無い。

 台車を放置。こわばってしまったレアーナの手からスーツケースを引き剥がし、その手を引いて森の中へ駆け込む。


 ドーン!


 間近に落ちた! 慌てて方向を変える。

 いつ落雷の標的になるか判らない大木に身を寄せる訳にはいかない。

 森の中、垂れ込める暗雲、叩きつける雨、そして舞い上がる水しぶき。

 あっという間に方向感覚を喪失する。



 走って、走って、ついに建物を見つけた。

 ちょっとした高台に作られた木材置き場。片流れの屋根に質素な壁材。

 落雷の音に右往左往して、身体の冷え切った俺たちには、これでもやっと見つけた避難場所だ。


 走り続けて重い足を引きずるようにして屋根の下に入る。幸い中央辺りの地面は乾いている。レアーナは崩れるように、そこに座り込んでしまう。

 俺は積んである木材を一抱え拝借して、即席の焚き火を組む。

 レアーナは恐怖と寒さから、哀れなくらい震えている。なんとか火をおこさないと。


 ぱん、ぱん、ぱんっ。きゅっ、きゅっ。とん、とん。


 絶対に点く種火を使えるのが、こんなにありがたいとは。

 いつもより時間はかかったが、薪は順調に燃えだし暖を取れるほどになった。

 小屋の周りには加工前の木材が立てかけられて、自然の壁になっており、その内側にあった製材済みの材木や打ち払った小枝の束は濡れていなかったのだ。


 カタカタカタ――


 寒さで勝手に歯が鳴るのを押さえられないレアーナを、火の側にいざなう。

 濡れた身体をなんとかしたいが背嚢の中のタオル類も全部濡れている。スーツケースの中のスウェットは乾いているだろうが、街道に置いてきてしまった。

 せめてトラウザーズだけは脱がせて、ワンピースだけで火にあたらせた。


「ぐすっ……」


 気が緩んだのか、小さく嗚咽(おえつ)を漏らすレアーナ。ただの雷雨ならまだしも、神霊(ダイモーン)が現れたのだ。よほど怖かったのだろう。


 ドーン! ……ドーン!……


 落雷の音も次第に遠ざかっていき、豪雨が弱まる頃にはもう日滅が近くなっていた。

 くたくたに疲れ切り、俺たちにはもう立ち上がる元気は無かった。


(ここで、夜を明かすしか無い)


 レアーナの水筒の水をマグカップで暖めながら、目の前の焚き火を無言で見つめ続けるしか無かった。




 日滅を迎え、森の中には見通すことの出来ない暗闇が満ちた。


 ぱちっ……ぱちっ……


 薪が小さく爆ぜる音。

 雨は止み、神霊(ダイモーン)はどこかに去った。

 森の中は静かで、虫の声すら聞こえない。雨上がり後の、あの不思議な静寂が満ちていた。

 俺は、焚き火が消えぬように薪を継ぎ足しながら、火に当たっていた。レアーナは、三角座りで頭を足に預け、器用に眠っている。

 濡れて身体にまとわりついていた服も少しづつ乾き、眠っているとも起きているともいえない心地よい微睡(まどろ)みの縁で、たゆたうような時間の中に居た。


(火を絶やすわけには行かない)


 それだけが頭に有り、眠気を食い止めていた。



 ぱちゃっ――


(……?)


 ぼんやりと、そんな音を聞いた。


 ぱちゃっ――


(これ……なんだっけ……)


 ぱちゃっ――


 はっと、覚醒した。

 材木置き場のなかは、焚き火の炎でぼんやりと明るい。音を立てないように周りを見回す。


 太陽が眠り、太陰の()()えとした青白い光が照らす薄闇の中、入り口の向こうに星空を切り取ったような、黒い人影が静かに立っていた。

 気配に全く気がつかなかったことに、俺はゾッとした。


 ぱちゃっ――


 こちらが気がつくのを待っていたかのように、人影がゆっくりと近づいてきた。

 さっきから聞こえていたのは、水たまりの中を歩く足音だったのだ。


 後じさろうとする身体を必死でとどめて、人影を見つめる。


(とりあえず敵では無いはず……無いはずだ……)


 わざわざこちらが気がつくのを待って、その上ゆっくり近づくには意味があるはず。

 そう必死に考えることで、恐慌に陥りそうな心を逸らす。


「んあ?」


 背後からレアーナの声。まだ寝ぼけているのか、その反応は鈍い。


 焚き火の光の中に、使い古した鉄靴(ソルレット)脛当て(グリーブ)が入ってくる。歩調は変わらない。


 俺はこの相手に知性があるか計りかねていた。歩調は一定で昆虫的なロボットっぽさも有る。


(光を認識して近づいているだけなのか? こちらを認識しているのか?)


 緊張で動かない身体の代わりに頭はめまぐるしく思考する。

 擦れた(はがね)色にぎらりと(きら)めく手甲(ガントレット)。完全に人型だ!


「あれ? あなた……だぁれ(●●●)?」


 ゆっくりと一歩々々(いっぽいっぽ)、無言で近づいてくる相手に、レアーナが声をかける。


(なにを呑気な!)


 それに相手は……答えない!

 俺を目指して真っ直ぐ歩いてくる。


「レ……レ…気とつ――」


 気をつけろと言うつもりが、不気味さに気圧(けお)されて声がうまく出ない。

 視線を上に上げていくと、赤黒い下履き(レギンス)、赤黒い上衣(チュニック)胸甲(キュイラス)は無い。


 そして間近まで近づいてきた相手は、俺の顔をのぞき込むようにぐいっと顔を突きだしてきた。


「ひっ!」


 思わず、息をのんだ。


 顔とおぼしき部分には顔を構成するパーツも頭髪もなく、ぬめりとした光沢を放っている。


ゴチッ ガッ ゴゴッ ギチッ ガッ ガッ


 内側には何かゴツゴツとした物が大量にうごめき、金属が(こす)(きし)む音がする。

 その頭は、ぐねぐねと(うごめ)く粘液の塊だった。


 悲鳴が押さえられなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ