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020:あなたとわたしで

 俺たちは翌日から、出立しゅったつの準備であちこちを回った。


 仕事先にしばらく旅に出ることを通知して、仕掛(しか)かり中の仕事を片付け、置いてあった小物を整理し、戻ってきたときのために顔つなぎをしておく。

 レアーナも(いとま)を告げてきたらしい。個人的な用事なので一人で行こうかと思っていたが、ついてくる気、満々だ。




 まずは商工業組合だ。ハーキムには目的地と用件を伝えておく必要がある。

 しばらく待って通された会議室で、ハーキムと話し合う


学究院(がっきゅういん)ですか。それはまたどうして」


「心魂摂理の精査をしてもらいにです。昨日、錬丹同業組合(ギルド)のニーナ女史に口利きをお願いしたのですよ」


「往復で8日ですか。向こうにはどのくらい逗留(とうりゅう)される予定ですかな?」


「目的が果たされるまでです」


「そうなると最短でも10日。長ければ一月と言うことも考えられますな。今の部屋はどうしますかな? 長期は押さえて置けませんぞ?」


「……一度、引き払おうと思っています」


 レアーナが目を丸くする。


「そんな顔するな。もともとあちこち移動する予定だったんだ。これは良い練習になる」


「戻っては来るのですな?」


「ええ、そのつもりです。コパラ・カルパの商工業協会にも顔を出しますよ」


「出発はいつ頃に?」


「今から旅の準備を始めます。早めに終わらせるつもりですが、終わった日の週末までで精算を。荷物も引き払っておきます。それで連絡の手段ですが――」




 連絡法についてハーキムと打ち合わせた後は、修技館に向かった。しばらく顔を出せなくなるしな。

 ジョージに旅の話をすると、武装をする事をすすめられた。


「街の中は衛視がいるが、外ではそうも行かん。自分の力のみが頼りとなる。領外と違って、国内の街道には盗賊が出る。そこから外れれば、獣。危険な異形(いぎょう)もだ。徒手空拳では逃げるのも限度がある」


 ジョージの言葉に、俺はレアーナと顔を見合わせた。


「盗賊や獣はわかりますが、異形(いぎょう)とは?」


 腕組みして瞑目するジョージ。


「人間領には、いまだどの国にも属していない空白地帯も多い。このムーは広範な国ではあるが、その実情は街という点と街道という線で編まれた布地のようなものだ。くまなく(あば)かれているわけではない。その隙間には野に暮らす巨人から旅人を惑わす妖怪、知恵があるかも怪しい怪物、そして荒れ狂う神霊(しんれい)がいる。空白地や領外で運に見放された者は、あの忌まわしき星霊(せいれい)にすら出会うやも知れぬ。これらを異形(いぎょう)と総称するのだ」


 神霊(ダイモーン)星霊(デーヴァ)とはな……。もしかして俺たちの旅は幸運だったのか?

 レアーナが心配顔で言う。


「そんなんじゃあ、誰も街から出られないんじゃないの?」


「街の近くや街道を歩いている限りは、滅多なことでは異形とは出くわさんよ。それでは行商も出来ん。問題は深い森の中や山中だな」


 なるほど。街道を外れる気なんてさらさら無いぞ。


「武具、防具は、同業組合(ギルド)の職人に相談すれば、既製品を見繕ってくれる。何の技を何級と伝えれば何処の同業組合(ギルド)でも通じる」




 修技館を辞して、すぐに武具、防具の調達に動く。何はともあれ、武具が無くては始まらない。

 ジョージに紹介してもらった、木工同業組合(ギルド)の作業場を訪問する。

 ここは、製材から椅子や机の家財、果ては槽車の車体まで総合的に手がける。その実体は零細な職人の専門家集団だ。


「すみません、武器が欲しいのですが」


 そとで丸太の樹皮を剥がしている職人に話しかけると、親方に取り次いでくれた。


「腕は?」


 親方のぶっきらぼうな問い。


「槍技の錫杖9級です」


 あん? と言いたそうな顔で、俺の顔を見た親方は、壁に立てかけてある木を一本手渡した。

 長さは2メートルほど。断面は扇形。元は結構太い木だったのだろう。角の部分がちょうど指の第二関節にぴったりだ。


「あの、これは?」


四分杖(しぶんじょう)だ」


四分杖(クオータースタッフ)? いや、これ単なる4つに割った棒じゃ……」


「ちゃんとカンナもかかっとる。叩く、突く、受ける、オマケに歩くときには杖にもなる。安くてどこでも手に入り、手入れの必要も無い。おまえさんにはぴったりだ」


 うぷぷ。

 後からレアーナの吹き出す声が聞こえる。

 がっくり、うなだれる俺。


「うしろの嬢ちゃんは?」


「弓技の弓2級だよ」


「ほーん。こっちゃあ、まともだな。用途は?」


「身を守るためだよ。ケンも守らないとね」


「じゃあ、遠くは狙わんな。取り回しの良い短弓がいいだろう。矢も短いから引き尺も小さいぞ。狩りはするかね?」


「ちゃんと宿に泊まるから、やらない」


「じゃあ(にかわ)の臭いがしても()えな。調整のしやすい複合弓にしよう。持ち手を構えて」


 レアーナが左手を伸ばすと、親方は(てい)字の器具を持たせた。目盛りも付いて完全にT定規だ。横棒を握らせて、縦棒で引き手との長さを測る。レアーナは左が持ち手、右が引き手だ。


「こんなもんじゃな。24インチ半の短弓で行けるだろう。弦の張りはどれぐらいにするかね?」


「ん~、27ポンドぐらい?」


「んじゃ、とりあえず25ポンドで張るで、そこから合わせていこう。矢は何本いるかね?」


「かさばるからなあ……8本!」


「ほいじゃあ、『右ねじり』と『左ねじり』半々で用意するぞ」


 なんか、トントン拍子に決まっていくな。

 既製品を調整するので、出来るのは明日らしい。やっぱり棒切れとは手間が違うようだ。



 続いて防具だ。体力的に板金製は無理があるので、革の部分鎧を選ぶぞ。

 皮革同業組合(ギルド)は、毛皮の外套(コート)から背嚢(バックパック)、革靴に(にかわ)まで扱う。

 建物の中は明礬(みょうばん)曹達(ソーダ)のくさみが漂っているが、耐えられない程じゃあ無い。

 なめし行程には用がないので、革製品を作っている職人を探し出して声をかけた。


「身体に合う防具を見繕って欲しいんですが」


「はいはい。おーい!手が離せる奴、採寸してやってくれー!」


 ()け台を使って、太い革針で革を縫い合わせていた職人は、こっちを見もせずに言った。

 呼ばれてやってきた職人は、首からかけた巻尺(メジャー)を使って、テキパキと俺たちの採寸をする。


「どんなのがほしいの?」


「軽くて動きやすそうなのを」


「じゃあ牛の柔革(にこがわ)だな」


「は? 革って柔らかいモノじゃあないのか?」


「なめしたばかりは柔らかいよ。でも硬いのが好みの人には蝋で煮込んだりするね。ちょっと重くなるんだよ。で、得物は何を?」


「俺は錫杖、彼女は短弓だ」


「ふーん。じゃあ、お父さんは籠手に手甲に脛当と胸甲でいいな。籠手と手甲には薄板(ラメ)を縫い付けとくよ」


 あー、もう、お父さんでいいや。


「お嬢さんは引き手どっち?」


 急に話を振られたレアーナはびっくりした顔。


「え? 右だよ」


「じゃあ右手は弓懸(ゆがけ)、左腕は腕甲(わんこう)にしとくよ。薄板(ラメ)は打たない」


「俺の籠手(ヴァンブレイス)と、レアーナの腕甲(ブレーサー)は何か違うのか?」


「ああ、留め方が違うんです。籠手はてのひら側、腕甲は手の甲側で留めるんですよ。そうしないと弦が引っかかっちゃうでしょ」


 はー、なるほど。単純に同じものじゃあダメなのか。勉強になるなあ。

 革鎧はすべて革帯で締めて留めるようになっていて、寸法は若干なら違っていても良いそうだ。板金鎧じゃあこうはいかないな。


「私、矢筒もほしいんだ。歩きの旅だからブラブラしない、しっかり留まる奴。弓置(ゆみおき)付きがいいな」


「肩掛けかい?それとも腰巻き?」


「手を完全に空けたいから肩掛けが良いな。その上から背嚢背負うから、お尻の後ろ辺りに横向きで」


 この同業組合(ギルド)が作る標準的な矢筒は、革帯一本でたすき掛けにして、肩越しに矢を取り出すタイプだ。本体の形状は円筒形。

 レアーナは手振りを交えて肩紐と矢筒の位置を説明する。前から見るとy字。後ろから見るとY字型。背嚢の下に横向きに装着する形だ。


 できるだけ既製品や下取り品から探してもらうようにして、かかった費用は武器防具合わせて総計1ミナ68デナリ6アス。日用品じゃあ無いし、こんなもんだろう。




 暮れなずむ番外地をならんで歩く。


「今日はこんなもんかな。明日は部屋の片付けと掃除、荷造りをするぞ」


「割れ物の食器は処分するしかないかぁ。こんなことなら最初から木製にしとけば良かったね」


「ま、どっしり腰を落ち着ける生活は、これからも期待できないよな。台車があるからちょっとぐらいかさばる物でも持っては行けるけど、身の回りの物以外は基本、処分だな」


 荷物を短期でも預かってくれる、コインロッカーのようなものは無いので、荷物は全て持ち運ぶ必要がある。手に余る物は売り払うか捨てるしか無いのだ。


「防具を着けるなら、鎧下(よろいした)も買わないとなあ。旅装束、ボロボロになったから捨てちゃったんだよね」


「あー、直接付けたら肌が傷つくもんなあ。長袖長ズボンにするのか?」


「私、ワンピースが好きなんだけどなあ。仕方が無いよね」


 レアーナは膝丈のスカートをぴらぴらしながら溜息をつき、俺のスウェットを見つめる。


「ケンのその服、いいかんじだよね。柔らかくって」


 すすす、と寄ってきて俺の手を取り、布地の肌触りを確かめる。


「これなんで出来てるの?」


「不織布だな。縮絨(しゅくじゅう)させた木綿で出来てる」


「……いいなあ。もっとケンの部屋から持ってくれば良かった」


「いやいや、あのときはどうしようもなかっただろ。まずは命って状態だったんだから。だいたい不織布なんて、もともと牧畜の副産物だろ。羊毛を扱ってるとこなら有るんじゃ無いか?」


「あるけど、こんなにしっかりした布じゃないよ。せいぜい敷物にしか使えないかな」


 そういいながら、じっと見つめてくるレアーナ。

 なんだろう、ゾワゾワする。

 突然、ニンマリと意地悪な笑顔になり、俺の上衣をがばっとめくりあげる。


「ぬげー!」


「わっ、なにをする! やめろー! くすぐったい! うひゃひゃ。だいたい大きさが合わ、こら! 道のまんな、ぎゃはは! これは俺の俺のあっはっは!」


 道行く人が何事かとこちらを見る。

 ただの痴話げんかにしか見えんな、これは。


 笑い声は夕暮れ空に吸い込まれていった。




 翌日は朝から部屋の片付けだ。

 といっても、荷物はそれほど無い。ばたばたと少ない家財を集めて、箱詰めしていく。


「ケン、カーテンはずしといてー」


 レアーナが戸棚から食器を出しながら言う。

 レールではなく、単なる棒が左右を留め具にはめ込んであるだけなので、棒ごとずらすとまとめて外れる。

 あとは棒を抜いて、止め輪を一個づつ外せば布地に戻る。


「包丁とパンナイフはどうしよっか?」


「それはかさばらないから取っとこう。食器は下取りしてもらって、木製に買い替えするから」


 昼までには床掃除まで終わらせた。

 売るのはカーテン、クッション、陶製の食器類、鋼製のカトラリー。

 残すのはベッドの木綿シーツ、包丁にパンナイフにまな板。

 身軽なもんだ。



 売る物を台車に乗っけて、二人で商店街へ。

 使わなくなった家財を売るのはごく普通に行われているようで、特に渋られることも無く、悪くない値で引き取ってもらえた。


「ね! ね! これなんか良くない?」


 嬉々として木製食器を漁るレアーナ。木に詳しい彼女には木製品の選定を任せてある。


「カップと皿、一つづつでなんとかなるのを選んでくれよ? 野宿はしない予定だけど、食台が無い場合もあるから、持ち手の付いた奴な」


 俺は鍋を品定めしながら答える。

 最低限、焼き物をする鍋と煮物をする鍋が必要だ。携帯するために余り大きな物は選べない。

 鉄製と錫鍍金(メッキ)の銅製が有るが、安くて手入れが簡単なのは、やはり鉄製だな。重いけど。


 俺は肉厚と重さを見ながら、30センチほどの浅鍋(フライパン)と15センチほどの煮鍋(ミルクパン)を選んだ。携帯用なので柄は無く、付属の捻子で適当な棒を捻子止めして使う。


「えらんだよー!」


 レアーナが両手一杯に食器を抱えて戻ってきた。

 二人で会計受付へ持っていき、並べて買い忘れが無いか確認。


  鉄製浅鍋(フライパン)×1

  鉄製煮鍋(ミルクパン)×1

  木製マグカップ×2

  木製耳付き深皿×2

  木製丸匙×2

  木製玉杓子(おたま)×1

  木製杓子(しゃもじ)×1

  木製へら(ターナー)×1


肉刺(フォーク)は?」


「ペティナイフでプスッとね」


 俺が聞くと、手真似をするレアーナ。

 じゃあこんなもんか。

 全部ひっくるめて15デナリ4アス。

 五徳はグレゴルー・トリエステでもらったのがあるし、燃料は道々手に入るだろう。


 空いた箱に買った物を投げ込んで、台車を押して帰る。


「帰ったら、とりあえず荷造りしてみようよ。多分足りない物とか出てくると思うよ」


 午後は、二人の背嚢を、レアーナの助言に従って詰め直す。

 特に俺の背嚢は、シェルビングラックを引き取ってもらった時に詰めたタオルで一杯なのだ。

 台車がペットボトルの段ボール2コでほぼ一杯だったので、乗せると据わりの悪いタオル類は全部背嚢行きとなったためだ。


「じゃあ全部出して、いっぺん空にしよ?」


 居間の床に座り込んで、それぞれ背嚢から荷物を出していく。


「あ」


 レアーナが声を漏らすと同時に、背嚢からなにかがこぼれ落ちた。


 こん、こん、こ、こ、こ――


 それは床をころころ転がって、俺の方に来た。

 ちょっといびつな球形。拾い上げてみると、それは胡桃(くるみ)だった。

 しかしその胡桃(くるみ)は直径が普通の倍ほども有り、テニスボールほどの大きさだ。


「あー、こんなとこに入ってたのか。ずっと忘れてた」


「……なんで胡桃(くるみ)なんか持ってるんだ? お前の木って月桂樹(ローレル)って言ってなかったか?」


「あー、うん。……旅に出るとき、お母さんにもらったんだ。お守りみたいなもんかな。いちおう護身用の武器なんだけど、背嚢(はいのう)に放り込んだままだったんだよ。はい」


 レアーナはそういって手を差し出す。その手に胡桃(くるみ)を乗せてやる。


「……つまり、普段使い出来るようなもんじゃ無い、と?」


「そういうこと。使うの自体は簡単だけど、後始末が大変だから、あんまり使いたくないんだよね」


 レアーナは口ではそういいながらも、胡桃(くるみ)を大事そうにハンドタオルにくるみ、可愛らしい包みにした。


 二人の背嚢(はいのう)が空になり、床に全ての荷物が並べられた。

 最初に、俺の背嚢(はいのう)から出した、大量のハンドタオルやバスタオルを均等に分け合い、一番底へ。

 その上に、俺はキャリーバックに入っていた換えのスウェットと肌着を、レアーナは着替えを詰める。みごとにワンピースばっかりだ。あっちの小包みは……肌着かな。

 後は食器と石鹸や油の小物類。そして一番上には四つ折りにして丸めた毛布だ。

 鍋、包丁、まな板などの調理器具は、キャリーバックのスウェットが抜けたところに詰め込む。

 台車の上はペットボトルの段ボール箱二つに、俺の部屋から持ち出した保存食の残りだ。

 木綿シーツは出発の朝まで使い、キャリーバッグへ。


「荷物はまとまったな。あとは装備ができあがるのを待つだけだ」


「どんな街かな。わくわくする」


「なんだよ、用事で行くんだぞ」


「私は用事無いモン。でも一人で待ってるのなんて嫌だし」


 レアーナは、にかっと屈託無く笑う。


 一ヶ月間余り一緒に暮らしてみて、彼女の内面が良く分かった。

 性格は天真爛漫。人格は田舎の女ガキ大将。良くも悪くもすれておらず、一度身内と認めた人間には、完全に胸襟(きょうきん)を開く気風きっぷの良さがある。

 自分が女という自覚はあるが、俺を男だとは見ていない。何というか『遊び仲間の手下1号』といった認識なのだ。

 しかしその割には、何かの拍子にぽろっと甘え心を覗かせる。幼少期に父性に触れる機会が無かった為だろうか。まだまだ、アンバランスな面があるな。




 昼下がりになって、弓を受け取りに木工同業組合(ギルド)へ。

 レアーナが張り終わったばかりの弓を試し打ちする。


 ぎりっ。き、き、き、き、き……ばん!


「どんな案配(あんばい)だね?」


「25ポンドじゃあ軽いかなと思ったけど、この弓だとちょうど良いね」


「そうかそうか。矢もできとるで、好きなときに一声かけて持っていきな」


 その足で皮革同業組合(ギルド)へ行くが、こっちは矢筒が出来ていなかった。

 防具の付け方を教えてもらいながら試着する俺たちに、職人が早口で説明する。


「横に付けるってことで作ってみたんですが、そのままだと矢がぽろぽろ落ちるんですよ。今、矢が差し込めるように直してます。明日の夕方まで待ってください」


 防具の革帯は一人でも付けられるように、位置や留め金具(バックル)の方向が工夫してあるが、やっぱり補助の手があると付けやすさが段違いだ。

 俺の籠手(ヴァンブレイス)には甲側に長方形の薄板(ラメ)が並べて縫い付けてあり、打撃への備えになっている。レアーナの腕甲(ブレーサー)薄板(ラメ)は無く、焼き(ごて)を使った植物ボタニカル柄が描かれている。たぶん職人のサービスだな。


 明日、矢筒ができあがったら弓矢を引き取って、明後日朝に出発することを二人で決めた。




 出発前日になった。

 一日余裕が出来た俺たちは役場に出向き、ポロスボロスからコパラ・カルパへ続く街道の場所を聞き、実際にその場所まで行ってみた。


「ふわー!」


 レアーナが感嘆の声を上げる。

 緩やかな丘が連なる眺め。一面に黄金の麦穂が実り、人々があちこちで刈り取る(さま)が見える。

 春小麦の収穫の真っ最中だ。

 渡る風になびく穂が美しいグラデーションの波を打ち、さあっと軽やかな音を奏でる。


「こっち側が主な耕作地って訳か」


 この刈り入れが終わると収穫祭かなにかがあって、すぐに冬小麦が蒔かれるのだろう。

 水槽で散水することで水利の心配が無いから、街の近郊の地形に左右されずに開拓していけるんだな。


 街道は麦畑の中を、大きな高低差を避けるように伸び、丘の向こうの中央(●●)方面に延びている。

 路面は(わだち)が残っており、航路とは違って強固な舗装は無い。しかし、農作業を行う人々や旅人の往来があるので、台車が通るのは容易だ。


「これなら台車を押していけるな。道中、全ての荷物を持たなくても良さそうだ」


「次の街まで座って休む所って無いのかな」


 レアーナがぽつりという。


「そうだな。ちょっとした敷物ぐらいは買っといた方が良いかもな」


 街道の場所と状態を確認して安心した俺たちは、帰る道すがら追加で用意するものをあれこれ話し合い、レアーナの強烈なプッシュで小さな椅子(ベンチ)を買うことにした。


「こっち、こっち! まえに良いの見かけたんだよ!」


 レアーナに引っ張られるようにして連れてこられたのは、古道具屋だった。

 飴色に輝く古い家具の中に、ひっそりと置かれた白い長椅子ストレートベンチ

 幅90、奥行き30、高さ40ぐらいで、美しい木目にサッパリとした肌触り。ホワイトシダー製かな。


「こうやって、背中合せに座ると、ちょうどいいんだよ。台車の隙間にすぽっと収まりそうでしょ。それに台にもちょうどいいよ。まな板、直接地面に置いて使いたくないでしょ?」


「あー、それはそうだな。そのとおり」


 4デナリの値札が付いていたが、レアーナの交渉で3デナリ3アスとお手頃に購入できた。

 そして案の定、かかえて帰るのは俺だった。




 昼食を食堂街でとったあとは、そのまま食料の買い出しをする。


「あれっ? あの携帯食たべるんじゃ無いの?」


 台車のカップ麺等のことか。


「あれは1年は持つように作られてるんだよ。普通に手に入るのに、無理してあれを食べる必要は無いんだ。何かあったときのために取っとこうと思ってね」


 レアーナはちょっと残念そうだが、しかたない。


「で、どんなもんが携帯に向いてるんだ?」


「もちろん水気の少ないものだよ。具体的には堅焼きの棒パンだね。山型はカビやすいし、平焼きはかさばるでしょ。あとは焼くだけで食べられるもの。ハムにソーセージにベーコン、長く持つように固めたチーズとかも」


「たまごとかは……」


「だめだめ! 割れずに運べないよ。そういうのが食べられるのは船とか槽だけ。あとは瓶詰バターがあるといいよ」


 レアーナが手に取って品質を確かめた物を、籐の網篭に入れていく。

 60センチほどの棒パンは硬くざらざらした表面。カチコチで撲殺できそうだが、逆に中身は水分が抜けず柔らかなのだ。模造紙のようなゴワゴワした紙でくるくるっと包んでくれる。

 ハムは(いぶ)し立ての、ナイフが入っていない物。表面は飴色で、麻紐で縛られたままだ。ソーセージは切り離しておらず、全部で2メートルほど。食べるときに切り離していくんだそうだ。ベーコンはブロックだ。断面はいつものベーコンぽいんだが、これ薄切り何枚分なんだろう。

 肉類は経木(きょうぎ)につつんでくれた。薄く削った杉の木で、長持ちするんだそうだ。

 チーズはタイヤのような平たい円筒形だ。俺の世界ではセミハードのチェダーチーズに相当する。表面はさすがに食べられないが、ナイフで切れば、中は食べられるんだと。

 バターはスタンダードな物をチョイス。片手でつかめる程度の据わりの良い口広瓶の6本セット。コルク栓をはめ、(ろう)で封をしてある。封を切ったら2週間程度で使い切る必要があるので、小分けになっているのだ。


 食品の善し悪しは俺にはわからないから、レアーナはこういうときには頼りになるな。



 精算を済ませると、レアーナが鎧下を買ってないとのこと。

 そういえば要るって言ってたな。


 この文明レベルだと、服は全てオーダーメイド。サイズ別の既製服は無い。それほどの在庫を抱えることの出来る商人がいないのだ。

 だから人々は仕立てた服を大切に着る。ほつれれば(つくろ)い、成長に合わせて縫い直す。ボロになればパッチワーク用の端切れに。それでもどうにもならなくなれば雑巾に。


 では俺たちはどうするのか。そこで注目するのが古着市場だ。

 ばんばん服を仕立てる富裕層からは、流行から外れた服、使用人用のお仕着せ、一点物(オートクチュール)の制作時の没作品等が処分品として中古市場に流れる。上等な生地とはいえ、仕立てには使えない端切れ等も。

 こういったものは、ほどいて過剰な装飾を除いた形で仕立て直されたり、柄の違う端切れを寄せ集めて仕立てたりして、針子の手間賃を乗せた上で古着として売られるのだ。


「このズボンなどはまだまだしっかりした生地でして――」


「これ羊毛の混紡(こんぼう)だよね。ちくちくするし暑っつ苦しいよ」


 古着家主人の売り文句(セールストーク)を聞き流しながら、レアーナはそういった古着の積み上げられた山をあさる。


「革鎧付けるから、ちょっと薄めのさらっとしたのがいいな」


「さらっとした薄手ですか。うーん。そうなりますと木綿か麻の密織り(ポプリン)生地になりますな」


 店主も一緒になって山をさぐる。

 結局、小一時間掛けて選んだのは、白地に黒のピンストライプ柄の、7分丈のトラウザーズ、付け袖、組紐(くみひも)(サッシュ)の3点。

 半袖膝丈のワンピースにトラウザーズを穿き、帯で締めて付け袖をつけることになる。

 付け袖は布製の(くだ)状のもの。肘の上で紐を引き絞り固定するようになっている。事務員がよくしている腕抜き(アームカバー)とほぼ同じ物だな。


「やっぱり寄せ集めになるのはしかたないか」


「こんなのばっかし。鎧下になりそうな女物は無いね。次は仕立てたいな……」


「それなら戻ったら、そうとう稼がないとならんな。何か商売のヒントでも見つかると良いんだが」


 引き取った衣類を、一度洗うために公衆浴場に預けたら、矢筒の引き取りだ。

 皮革同業組合(ギルド)につくと、さっそくできあがった矢筒を見せられた。説明する自慢げな顔の職人。

 腰回りのベルトが一本増え、円筒形だった本体も、矢尻側が縁縢(ふちかが)りで潰してあり、蝋で煮てあった。形状は使いかけの歯磨き粉のチューブ状になっている。


「矢尻をこうしてつぶした部分に差し込むことで、緩やかに固定できるようになってます。大量の矢は入らなくなりますが、このまま走っても矢は落ちません。矢筒の反対側の腰回りに弓本体も引っかけられるようになってます。自信作ですよ」


 肩掛けに首を通し、腰帯を締め付けることで固定するので、ぶらぶらはしないな。

 これで弓矢も受け取れるようになり、さっそく受け取る。


「武器、防具、食料に水。家賃も明日までで精算、部屋も片づいた。知らせるべき所に告知もした。これで準備完了だな」


「うん!」


 夕食をとり、共同浴場でしっかり垢を落とし、乾いた鎧下を受け取る。

 山猫館での最後の夜。年甲斐も無く、遠足前日のようなわくわくを感じる。



 新しい発見がありそうな予感がするな。


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