018:技を修めるには
「おはよう。今日はちょっと少ないね。どうしたの?」
ぴぴっ、ちっちっ。
ちーぅ、ちーぅ。
ちゅん。ちゅちゅ。
レアーナの朝の日課、小鳥とたわむれる時間だ。
まるで会話をしてるように聞こえるな。
彼女は相変わらずの立ち直りの早さだ。昨日の出来事がショッキングだったので、もっと引きずるかと心配していたんだが杞憂だったな。
俺はこの声が止むまで、部屋を出ることが出来ないのだ。
寝室二つの間に居間が有る構造上、こうなることは仕方が無いが、ベランダでも有れば違うのになあ。
幸いにして、部屋は週極だ。こっそり物件でも探そうかなあ。
レアーナの支度が終わって、二人で商工業協会に向かう道筋、思い出したように彼女が言う。
「今朝、良い報せが有ったよ」
「え? どこからだ?」
「小鳥から」
「は? 何言ってんの?」
「今朝は何時もより来る数が少なくってさ。聞いたら、餌が取れるようになったんだって」
「ええと、それは……小鳥がそう言ったのか?」
「だからそう言ってるよぅ。いままで落ちてる野菜くずとか種とかパンくずとかを、夜の内にネズミが掠ってたんだよ。鳥たちは朝まで寝てるから、それから行っても何も無いってわけ」
「ネズミって昨日駆除したあれか?」
「そうそう。ネズミ達も増えて必死だったんだろうね。もう根こそぎ。小鳥もネズミも、街の外へ出ると烏とか鳶の大きい鳥ばっかりだから、そっちに行ったら襲われちゃう。ずっとみんなお腹を減らしてたんだね。だから私が見つかって、噂を聞いた小鳥たちがわぁっと、ってわけだったんだ」
ネズミは夜行性、鳥は昼行性だから、日中に人が散らかした食べられそうな物を先に取れるのはネズミだったわけだ。
「意外なところで物事はつながってるんだな」
「とても喜んでたよ。じきにケンも朝、自由にトイレ行けるようになるよ」
レアーナが小鳥に集られたのは、入領翌日の朝からと聞いている。
そこからさかのぼって、ネズミが増えるまでの時間差。
気がつかれずに流された液火で焼かれた遺体があったことも合わせて考えると、今回の事件は俺たちがポロスボロスに着く随分前から秘かに進行してたってことだな。
「しかし、鳥と話が出来るってのは初めて聞いたな」
「人間は出来ないんだってね。どうして出来るんだって聞かれても、出来るからとしか言えないけど」
どんなことを話してるのか聞いてみると、『どこの餌場が』とかばっかりらしい。おつむは弱いそうだ。
野生の動物なので、瞬時の判断力や決断力は問題ないのだが、長期記憶が劣るんだろう。
長時間覚えてられないから、反復練習させて習慣にしないと、躾けは出来ないとか。
朝のあれはホントに会話していたのか。樹精はどっちかというと自然寄りの生き物なのだなあ。
商工業協会に入ると、人々の雰囲気が一変していた。
たむろする男達が皆、一様に武装しているのだ。ちょっとピリピリする空気感。
受付でハーキムを呼び出してもらう。表向きは翌月分の家賃の支払いだ。
ハーキムは疲労気味のようだ。自慢のカイゼル髭も張りが無く、シャツもヨレヨレだ。
「ええと……来月分の家賃でしたな。賃料が4週で53デナリ2アス4レプタ。瓦斯は精算前で……ええとあとは|
寝藁の実費ですな。これが4デナリ2アス。〆て57デナリ4アス4レプタです。瓦斯は月末を過ぎてからですな」
俺は銭盆に数えながら貨幣を投入する。
「ハーキムさん、お疲れですね」
「昨日はあの後、全ての勤番を二人体制にしましてな。そうせんと誰も行かんと言うのです。まあ当然ではありますな……。空いた勤番は衛視で埋めることになりました。犯罪者を追うのは衛視の役目でもありますしな」
「武装はしても良いのですか?」
「そもそも、禁じられてなどいませんぞ。ですが武器は突剣でも2ポンドほどと重いですからな。ここはちっぽけな開拓村では無く、衛視が巡回する貿易都市ですから、使う予定が無いのなら誰も『重り』を持って歩きたいとは思いません。食事に使う小さなナイフなら未だしも、大きな弓や槍などは町中で肌身離さず持ち運ぶ者など居りませんな」
「実は護身術を習いたいと思っていまして」
「ははあ、なるほど。番外地の者も自衛出来る者は、武器を持ったようですな。そうなると、『護身術を習いたい』と考えていることも、余人に知られるのは良いことではありませんな。与し易いと、逆に標的になってしまいます」
レアーナが待ちきれないのか口をはさんできた。
「私たちも襲われたら困るから、練習しないとね。だから、この辺で武器の扱いが学べるところを教えてください」
感心感心とうなずくハーキム。
「で、中村さんはどの武器が使えるのですかな?」
「ケンは剣をちょっと触ったぐらいしかないんだって」
「ふーむ、武器の覚えは無いと。では『超越法理』を使われるのですかな? 系統は『聖典』? それとも『霊言』ですかな?」
「んー、多分どっちも違うと思うよ。『方術』もこっちに来てから初めて見たって言ってたし」
ハーキムは勿怪顔。
だが、聞いている俺も『それはなんだ?』状態だ。
『超越法理』? 『聖典』に『霊言』?
どういうものか判らんが、どうやら『方術』系の技術らしいな。
俺向きならば、ぜひ知りたいところだが。
「ではニッポンではどんな事を生業にしていらっしゃったのですかな」
「……上手く通じるか判らないのですが、演算機構や、それで利用する論理手続を設計・製作していました」
「ほうほう。難解そうですが経理の計算手順のような物ですかな? まあ、『法理使い』でないのでしたら、まずは『修技館』でしょうな」
ハーキムに案内図を書いてもらった俺たちは、番外地を抜けて街区に有る『修技館』に向かう。
「なあ、さっきの話のこと、詳しく教えてくれないか?」
「えー、なあに? 改まっちゃって」
「口がはさみにくくて、聞きそびれたんだ。ハーキムの話してた、超越法理ってどんな物なんだ? 方術の一種なのか?」
「んー、どっちかっていうと方術が超越法理の仲間だよ」
レアーナの説明は行きつ戻りつで把握するのに難儀したが、おおよその体系を掴むことが出来た。
超越法理とは、超常手段の総称で有り、その中に複数の系統がある。
・超越法理
├ ・方術
├ ・聖典
├ ・霊言
└ ・魔法
レアーナが使えるのは方術が主で、霊言が少し。
なお、魔法については知らないし、知っていても教えたく無いとのこと。そこまで嫌われるとは、相当にやばい物なのだろうか。
「聖典はどうなんだ?」
「私は名前しか知らないよ。あれは信仰がないとダメなんじゃ無いかな。昨日やってるの見たよね?」
葬儀の巫女を思い出した。あれが聖典なのか。とぼけた感じの方術に対して、随分派手だったな。
でも、俺に信仰なんて……あり得ないな。もう捨てたんだ。
『修技館』は、ポプラ並木で囲まれた広い敷地に建つ、煉瓦造り2階建ての建物だった。一見して受けた印象は学園の学び舎だ。
入り口を入った大広間は、ちょっとした社交場のようになっていて、数人の男がたむろしていた。奥には事務室が有り、その向こうには広い修練場が見えた。
二人で事務室の受付に行くと、すらりとした禿頭の中年が出迎えた。
172センチのおれより頭半分高い。ゆったりした繻子シャツから覗く、しなやかな筋肉。
官僚のルイスとは違った意味で、俺と真逆のタイプだぞ……。
「ごきげんよう。入門希望であるか?」
腰に手を当て仁王立ち。
押し寄せる、ムンとした空気に気圧された俺の代わりに、レアーナが答えた。
「はい、身を守れるようになりたいんです。どんなのがあるんですか?」
「達人を目指すので無ければ、どんなものでも。しかしまあ、最初は適性を見ることからだな」
もちろん有料だそうで、料金システムを説明された。まあ、運営しなければならんから当然だな。
・入門金を払えば施設が利用出来るようになる。
・技術水準の認定制度がある。上げるには認定試験(有料)に合格すること。
・技術水準には、養成講座の級位(10~1級)と、その上に実戦講座の段位(初段~)がある。
・指導は時間単位で有料。技術水準に応じた教育課程があるが、ここで教授できるのは4段まで。
・練習は無料で自由だが施設を壊すと実費で弁済。
内容的には日本の道場とスポーツジムを合わせたような感じだな。
そしてもう一つ有料なのが――
「痛って!」「あうっ!」
『適性審査』だ。適性を見るためと称して、二人とも指先から血を採られた。培養皿に納められた血は、素早く審査室に運ばれていった。
この料金が驚きの二人で60デナリだ。審査するだけだぞ。
俺とレアーナの入門金と審査料、1ミナ32デナリをここで払った。今までで一番の出費だ。
「結果が出るまで広間で歓談でも楽しむと良い」
そう言われて、痛む指をさする涙目のレアーナを伴って、休憩コーナーへやってきた。
「チカッとしたよ……けっこう刺さった」
「しかし、何で血で適性が判るんだ?」
「ケンも判らないの? じゃあ人間領だけの特別な技術なのかな」
そんな事を話ながら、硬い長椅子でくつろいでいると、突然声をかけられた。
「良い朝ですね。美しいお嬢さん」
あ゛?
レアーナの向こうから気障な口調の褒め言葉。
揃ってそちらを見ると、妙に黒い服装の若い男。
黒いシャツ、黒いトラウザーズ、黒い長靴。黒い剣帯に黒い乗馬外套。手袋は指貫き手袋だ。
シャープさを演出する格好に対して、下ぶくれ気味の顔がそぐわない。そもそも、今は夏だぞ……。
「お久しぶりです。こんなところでお会いするとは、まことに僥倖」
レアーナは周りを見回し、女性が自分しかいないことを確認すると、きょとんと自分を指さす。
「わたし?」
男はレアーナの前に跪き、右手を大きく開き、左手を胸に当てる。
「木戸留と申します。協会でお目見えさせていただいたことがあります。覚えておいででしょうか。仲間のカットが領事館までご案内させていただいたはず」
あ、あのときの四人組の一人か。
レアーナもそこまで言われて、やっと思い当たったようだ。
「あなたもここに来てるんだ?」
「はい。『できる男』にも、たゆまぬ努力は必要な物なのです。ここで出会ったのも何かの縁。どうかお名前をお聞かせ願えないでしょうか」
「レアーナだよ。判んないこと教えてくれると嬉しいな」
「はい、レアーナ嬢。何なりとお申し付けください」
「留は何を練習してるの?」
「細刀を少々。切って良し。突いて良し。軽やかに取り回し、優雅に急所を抉る事の出来る良い武器です」
レアーナも人見知りしないな。
しかしちょうどいい。こいつに聞いとこう。
「それでは教えてもらいたい。さきほど俺たちは、『適性審査』で血を採られたんだが、これで何が判るんだ?」
「……」
無言で胡散臭い物を見る目つき。
「レアーナ嬢。こちらの『ご老人』はお知り合いで?」
いらっ! ちょっと露骨すぎませんかね。
「ケンは私の保護者だよ。旅の仲間なんだ」
「おお、そうでしたか! 貴女の輝きに目が眩んで見落としていたようです」
それを聞いた留はショックを受けたようだ。しかしその仕草のわざとらしさと来たら……。
入ってきたときから二人一緒に居るだろうが。
あーこれ、『あかん』奴や。久々に、こんな『痛い』若者見たわ。
「『適性審査』は、私も以前に一度、受けたことがあります。なんでも、素質や武器の向き不向き、それまでの研鑽度合いが判るとか。一般に広く行われていて、珍しい物ではありますが、特別な物ではありません」
「広く行われるのに、珍しいんだ?」
レアーナの鋭いツッコミ。
「費用が高額なのです。最初に向かう方向を定めるには有益ですが、大きく伸びた自覚が無いのに繰り返しても、同じ結果しか出ませんので」
「へー、一体何を見てるんだろうね」
「漏れ伝わってくる噂によると、『心魂摂理』の形状を見ているとか。『適性審査』が高額なのは、心魂摂理の形を露わにする『試薬』が高い為らしいですね」
しかしレアーナには伝わっていないようだ。
「心魂摂理って何のこと?」
「ええと……妖精領ではなんと言うのでしょうね……人の考えや思いを形作る塊というか……」
「あー、そういう意味か。妖精領では『心の形』っていうよ」
レアーナが代わりに聞く形になったので、スムーズに話が聞けた。
どうやら『適性審査』は技や経験を『心魂摂理』から読み取る作業らしいな。『心の形』という別名もあることから、この世界全般で存在が認識されているようだ。
問題は『心魂摂理』が具体的に何を指すかだが、『心の形』という別名から心理状態や経験・練度が該当すると思われる。
しかし、『心や経験』を露わにする『試薬』とは。『概念』と『物質』がどのように反応するのだろうか。さっぱりわからん。
またも物理化学を崩壊させるような物だろうか。ぜひとも知りたいところだ。
20分ほどと、以外に長く待たされた後、俺たちは別室に案内された。
12畳ほどの部屋に、4人掛けの応接セット。素っ気ない白塗りの壁には、印象派っぽい油絵がかかっている。
そこで出されたお茶を飲みつつ、禿頭の男に結果を聞くことになった。
「入門と言うことで、まずはめでたい。私は当館の教士『ジョージ・モンテスキュー』。『剣技』を教授している。最初に審査で、戸惑われたのではないかな?」
「ええ、まあ……」
「人の持っている素質や素養は様々だが、実際に手に取る武器は好みや希望で選ばれる。もちろんそれを突き詰めるのは否定しないが、自らに合うのが何かを知っておくのは悪いことではない。そのために、入門者にはこの審査を受けてもらっている。その上で何を選択するも本人の意志だ。無論、我々も参考にする、と言うわけだ」
テーブルに伏せられた2枚の紙。これが結果らしい。
「ところでお二人のご関係は? 同伴されていたので一緒にお呼びしたが、お互いの事を明かしても良い間柄かな?」
「仲間です」「仲間だよ」
「誠に結構」
ジョージは頷き、彼女の前の紙を表に返した。箇条書きで書かれた書面を解説していく。
「では、まずレアーナ嬢から。弓を扱うことを続けてこられたようだ。十分に習熟されている。付随して山歩きを頻繁に行っているような形が見受けられた。これは山野での狩りを行う狩人に見られる形だ。ただ、競技的というか一の矢のみの狙撃を念頭に置いた物で二の矢が無く、実戦で使うには甚だ心許ない。次に形になっているのは農夫の技術で、採集者によく見られる形だ。貴女の心魂は主にこの二つで形成されていて、どちらも技能として認められる水準にある。故に弓技2級と査定する。実技は後ほど見せてもらう」
「へー、そこまで判るんだね」
「実はレアーナ嬢の生来の適性は『短刀』にあったと思われる。余り使われていない故に細ってはいるが、そういう形が見つかった。摂理が解けず残っているのは、片刃の刃物を時々使っていた為と思われる。心当たりはあるかな?」
「うん。山歩きで枝打ちに山刀を使ってる。すごい……なんでも判りそうだね」
おれはちょっと興味がわいて、レアーナに聞いてみた。
「なんでそんなに弓に慣れてるんだ?」
「えー、森の中でお肉を食べようと思ったら、罠か弓しかないよ。刃物を持って追いかけたって獣に追いつけないからね」
「何をそんなに狩ってるんだ?」
「鹿とかが増えすぎないように間引くんだよ。そうしないと草を食べ尽くして、木の皮までかじっちゃうんだ。もう、ぐるっと一回り剥がして食べちゃうの。そうすると木が枯れちゃって、その木にはもう住めなくなっちゃうからね」
家を守るためにも狩らないとならない訳か。なるほど。……ん? 家?
「次は健一郎殿なのだが……。手先を非常によく使っているようだ。非常に特異な、見た事の無い形だが、大枠は道具を使って作業をする者に見られる形に近似している。生業は細工師あたりと推察する。逆に足は使っていないな。バランスが非常に悪い。およそ武術とは無縁の生活をなさっていたようだ。武術の技能と言える形は見つからなかった。確かに剣を握ったことはあるようだが、それもほぼ解けてしまっている。せいぜい持ち方が判り、構えられる程度といったところだ。これでは素人と変わらん。ただ……」
ジョージは僅かに口ごもると、続けた。
「莫大な素質が見つかった。常人の倍はありそうな程の、にわかには信じがたい量だ。だが惜しむらくは、その大半が使われていない。未完成な子供のようなものだ。故に認められる技能は無い」
「……そうですか。まあそれは覚悟していました。そんな男が身を守るために学ぶとしたら、何がお勧めでしょうか」
「もともとここに来たのも、ケンが身を守れるようにしたいからなんだよ。素質はあるんだよね?」
レアーナも口添えしてくれる。しかし、ジョージは唸って考え込んでしまう。
「話はそう単純ではない。健一郎殿はお幾つになられる?」
「45になります」
「盛りを過ぎてからの入門も、決して無いわけではないが、険しい道なのもご想像の通りだ。武術を学ぶには身体に動きを覚え込ませて、心魂摂理に形を作っていかねばならないが、これは積み木を組み替えるように簡単にはいかん。素質が莫大と言っても、あくまで部品の数が多いだけだ。型を組み上げる修練の助けにはならない」
「でも、戦えないままだと狙われちゃう。そんなの困る。心配だよぅ」
愁眉のレアーナ。ジョージはレアーナに目を向ける。
「狙われるとは? 何か事情がおありなのかな?」
「昨日、人がたくさん死んでるのが見つかったの。夜一人でいるところを狙われたんじゃないかって言われてる。ケンにはそうなって欲しくない」
「騒ぎがあった事は、私も聞き及んでいる」
俺は渋るジョージに訴える。
「別に武人になりたいわけじゃない。素人に毛が生えた程度でも、逃げ延びる為にはなるでしょう。抵抗も出来ずに、あっさり殺されないようにしたいんです」
「わかった。では受け流し、打ち払い重視でやってみよう」
俺はレアーナと共に、建物の裏手にある修練場に出てきた。
地面には石灰で描いた円がいくつもあり、中で一組みづつ打ち合いをやっている。周囲には木製の道具がたくさんある。巻藁を木剣で打ったり、矢を射かけたり。つるされた柱に切りつけたり、木の板を突いたりと、ガンガン賑やかだ。基本的に壊れることを前提として、再建が容易な作りになっているな。
「今日は普段顔を見せない門下生も訪れている。普段はもっと静かだ」
ジョージは弓技場に案内すると、そこで指導していた痩せぎすの男を紹介した。
黒の総髪で、布衣に似た着物風の衣服を、太めの組紐でまとめている。開けた浅黒い上半身は肋が浮いているが、弱々しい感じはせず鋼線のような筋肉を感じさせる。『引き絞られた』という形容詞が似つかわしい身体だ。
「ハムザ・シャヒーン。弓技の教士だ。どちらだ?」
ハムザは言外にレアーナに実技を見せるように促す。口数の少ないタイプかな。話し方は俺好みだ。
「はいっ」
レアーナが答えて、弓を選ぶ。
短弓から長弓まで並んだ弓立て。すべて丸木弓ではなく複合弓だ。作りは洋風だな。
レアーナは80センチほどの短弓を手に取る。対になっている矢筒から矢を一本取り出し、片膝を付いて、弓を水平に構える。
矢を静かに上にのせて、指先で矢筈をつまみ、ゆっくり音を立てないように引き絞る。
レアーナの口元、舌先が少し覗いている。これは集中しているときの彼女の癖だ。
左目だけで真っ直ぐ狙ったあと、右目をパチパチ。距離を測って角度を定め……放った。
どすっ
的中。ふーっと息をついてこちらを見るレアーナ。
その全てをハムザは無言で見つめていた。
「どこまでだ?」
評価が聞けると思っていたレアーナが、何を問われたのかと戸惑う。しかし、どうやら問われたのはジョージのようだ。
「二の矢が打てる、熟練の狩人として。集団で戦う弓兵は求めていないそうだ」
「ではまず、矢のつがえ方から直す。矢筈をつまむのでなく、人差し指と中指だけで引けるように。支えるのは親指だ。二の矢は薬指と小指で握り込む。ちがう。矢尻を持たんと矢羽根が潰れ――」
あれよあれよという間に、修練に入ってしまった。
感覚で動くレアーナに、あの理詰めの話は伝わるか心配である。
「健一郎殿はこちらだ」
俺が連れて行かれたのは武具置き場だ。
専用の台に、木製の剣、槍、斧が立てかけてある。
「素人なのだ。まずは手に馴染む武器を見つけてみよう。それぞれ50回、振り抜いてみるんだ」
そう言われて、俺は木剣を手に取った。
ぐらり
思わぬ重さに足下が揺らぐ。
「木、そのままではないからな。鉛を打ち込んで、重量と均衡を似せてある。そうで無くては練習にならんだろう?」
サイズは片手剣。握りは片手で柄頭が出る程度。両手では握れない。
振りかぶって、斜めに切り下ろすと、そのまま身体が回転してしまった。
片手持ちなので、竹刀のように柄を絞れず、振り下ろした後、剣の勢いを殺せないのだ。
次は水平に返して振る。
また止められず、身体が開く。
結局50回を、振り回されて終えた。
「刃筋が通っていないぞ。手首を曲げずに」
続けて両手剣、手斧、短槍と振ってみるが、なんとか取り回せたのはテコを使える槍系だけだった。
「ふーっ、ふーっ」
膝に手を突いてあえぐ俺を、ジョージは困った顔で見る。
「重さに振り回されているな。筋力が足りていない。足さばきを出来るだけの脚力も無い。まずは走り込みで脚力、分銅上げで腕力を付けるべきだな。そうすれば逃げ足と継戦力が付く」
反論の言葉も出ない。納得するしかなかった。
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修技館管理棟の通用口。その奥から、健一郎をじっと見つめる目。
「ふうん……あのときの男だったのね」
武器に振り回されて、息が上がってあえぐ、ぱっとしない男。
教士に指導され、修練場を走り出した。
「適性審査なんて久しぶり。仕方なく来た、退屈な作業だと思ってたら、変わった形を見られたわね。収穫だわ」
走り慣れていないのか、ドタドタと締まらない姿勢。
思わず吹き出してしまう。
「不器用さん、あなたの行くべきところは、ここじゃあ無いと思うんだけどねえ」
胸の下で組んでいた腕を解き、白衣の裾を翻して歩き始める。
「見た事も無い形と量……一体何をしてきたら、ああなるのかしらね」
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修練場の中を、ぐるりと回ってひたすら走る。
三周走って、両手に分銅を持って上げ下げ15回。休憩3分をはさんで繰り返し。
これを毎日4セットやるように、ジョージに指示された。
基礎体力が付くまでは、自主練ってことだ。
調子がいいと思っても、やり過ぎないこと、と釘も刺された。
レアーナは、と見れば、こちらも苦戦中。
二の矢を握りながら打つために、弓の引き方を矯正されているのだ。
当然命中率はだだ下がり。
無意識に以前のつがえ方をやっては、指導されている。
これはお互い、先が長そうだ。
しばらくは、午前と午後で、修技館と仕事を割り振って、こなしていくしかないな。
それまで、犯人に狙われないと良いが。




