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16/28

016:流れ流れて

 強い日差しが照りつける夏空の下、ゆっくりと小鳥たちと戯れる朝を過ごした私は、にぎわう街を颯爽(さっそう)と歩く。

 今日はみっちり日誌と格闘するために、入領事務所の文書保管庫に来たんだ。


 新しい物は背表紙があり、就航した期間が書いてあるから、私が生まれる前の物は無視出来る。

 でも古くなるに従って、記述項目は定型が怪しくなっていく。

 (つづり)糸は(ほつ)れて形が崩れちゃうぐらい古くなると、もう日記と変わんない。

 でも、この辺に求める物があるはずなんだ。

 頑張らないとね。


(ケンは今日、初めて働くんだよね。心配だな。今朝怒っちゃったけど、引きずってないかな)


 おっといけない、集中集中……。



 だめでした。

 集中出来なくて見逃してないか心配で、ページを何度も行ったり来たり。

 さがし物をするときは他のこと考えちゃダメだよね。


 気分を変えようと、お昼にはちょっと早いけど山猫館に帰ってきたら、その前に大勢の人。なんだか物々しい雰囲気だぞ。

 その中にひときわ目立つ太っちょがいる。

 ハーキム(ふとっちょ)さんは、むっつり不機嫌顔で、周りの人にあれこれ指示を出してる。

 なんで私たちの住んでるところに? なんだか急に不安になってきて、私から話しかけた。


「こんにちは、ハーキムさん。どうしたんですか? まさかケンがいきなり何かやっちゃったとか……」


「ん? おおっと! レアーナ嬢でしたかな。そうでした、ここを紹介したんでしたな……」


 なんていうか、見られたくない物を見られたような、ばつが悪そうな顔。

 肩を落とし、溜息をついて事情を話してくれた。


「ここに入っていた借主が雲隠れしてしまいましてな。人の入れ替わりは番外地の常とは言え、支払もそのまま、請け負った仕事も放り出して、無断というのはいただけません」


「えー。何もかも放り出していなくなっちゃったの?」


「まあ、こんな土地柄ゆえ、夜逃げは前々からちらほらと有りましたが、最近はちと酷いですな」


 ハーキムさんは渋い顔。


「せめて夜逃げなら、部屋に荷物を残さずに行ってくれるのですが。週極ですので、まずは放り出していった荷物を片付けなければなりません。売り払って部屋代を回収出来れば良いのですが、望み薄ですな。新しい入居者も探さないとなりません」


 番外地も、いいことばっかりじゃ無いんだなあ。

 根無し草の生活は、樹精にはホントに落ち着かないんだよね。

 逃げ出さなくても良いように、家賃はしっかり稼がないとなあ。


 食パンを一斤、ハムとチーズを買って、共同食堂で調理。おいしくいただく。

 ちょっと余っちゃった。食べ物を取っておける貯蔵庫でもあれば良いんだけどなあ。

 ちょっと買い足して、夕食にしよっと。



 保管庫に戻ってつづきだぞ。

 ぼろぼろのページを、注意深くめくる。

 探検を始めたばっかりの頃は、人間領の外には何も無いと思われてたのかあ。


 当時の槽はまだまだ領域外を走り抜ける事が出来なかった。

 空振りを繰り返す航路。

 これは素潜りに似てる。

 一息で行けるところに、息継ぎを出来るところが見つかるまで、行っては戻りの繰り返し。

 このまま続けることに意味があるのかと、人間達は喧喧諤諤(けんけんがくがく)の論争をしたらしい。

 反乱で引き返すしか無かった槽、ギリギリボロボロの状態で戻れる槽は運が良い。

 ついに帰ることが出来なかった槽もたくさん。


 それでもあきらめなかった人々はいたみたい。

 そして見つけた初めての別領域、妖精領。

 これで勢いを得た人間は、未知に立ち向かった。


 危険な所を迂回し、あらたな航路を開いていく。

 濘水(ねいすい)領、矮眇(わいびょう)領……。

 こうやって広がっていったのかあ。



「首尾はどうでした?」


「ダメ。探検の歴史には詳しくなったんだけどね」


 顔見知りになった入領事務所の係員からねぎらわれちゃった。

 でも諦めないぞ。

 明日は果樹園へ行かないと。いそがしいなあ。


 夕食の材料を買って山猫館に帰ると、ケンの機嫌が良い。

 なにか手がかりを見つけたらしい。


「まだあやふやなんだけど、明るい材料だ」


 ローマとギリシャという国と、ムーは貿易をしていたらしい。この国がケンのニッポンと近いのかな。


「でもケンの国を知らないって事は、今は交流してないって事なんだよね?」


「ここに来てまだ数日なんだ。方法らしい物が見つかるだけでも上出来だ」


「いいなあ、私は空振りなんだよね」


「国外に出るかもしれないし、旅費を稼いでおかないとな」


「私は明日は果樹園だよ。お(まじな)いも頼まれてたし」


 クリームシチューのパイ包みを二人でつつく。

 パリッと割れるパイ皮。あ、お焦げ発見。

 香ばしいソースをのせて、カリッと焼いたパンを食べる。

 ケンも手がかりが見つかって立ち直ったし、このままいけるといいなあ。



 ----- ◆ -----



 翌朝。

 今日はこの山猫館に入居してから5日目の朝だ。


 この町にもなじんできて、おちついて周りを見渡す余裕が出てきた。

 ここの雰囲気は、昭和初期から中期の『宿(ドヤ)(がい)』と思ってだいたい間違いない。

 ガラが悪いような、でも下町風情で人情もあって。

 ラノベにありがちな、自由でゆるやかな共同体としての街や村って感じだな。


 肩をコキコキ鳴らし、大きく背伸び。

 働く明確な目標ができたので、それを目指して進まないとな。

 液火を輸出していたと仮定して、当然そこには物流が生まれる。

 地球で言うシルクロードのようなもんだから、跡地ぐらいは伝説で残っているだろう。

 それを追っていくのだ。




 俺は早朝の発着場を入領事務所の屋上から眺める。

 旅をすることと、その費用を考えながら歩いていたら、自然に足が向いたのだ。

 いまも一台の槽車が発着場を出て行く。


 巨大な槽には大別して2種類ある。

 一つはトリエステ式で荷物を運ぶのが主。客員はそれの持ち主で、どちらかといえば通商用だ。


 もう一つが円筒形の車体を持つ物で、ザグレブ式というそうだ。

 形は『走る飛行船』、もしくは『サッパリした蒸気機関車』。

 こちらは客員を運ぶのが主のようだ。

 レアーナが言っていた、『少し形が違うけど』という台詞からみて、乗っていたのはこいつだろうな。


 この発着場は言うなれば国際港。妖精領に面した方面に当たる。

 上から見ると判るが、この発着場は大きく二つのウィングに別れている。


 俺たちが来たのは右側のウィング。航路が領外に続いている。

 泊まっている槽車も歩廊(プラットホーム)も大型で、外洋である領外に出るための国際線といえる。


 対して左ウイングのはかなり小作り。槽車も中・小型だ。

 航路は大きく曲がり、領内に向いている。こちらは国内線のようなもんだな。


 とはいえ、それでも槽車は槽車。規模的には近海用のフェリーみたいなもんで、大がかりだ。

 じゃあ鉄道やバスのような、もっと近距離向けのような物は無いのか、と探して、やっと馬車がでてくる。

 でも、そのぐらいの距離なら(ふところ)事情によっては歩きを選択する人も多い。

 馬は高級な移動手段になりつつあるそうだ。


 プライベートジェットみたいなもんでお高いんだろうけど、小型の奴を手に入れられないかな。



 ----- ◆ -----



 きょうも頑張って働くぞ。

 勢い込んでやってきた果樹園。


「じゃあ、この列の木からいこうかねえ」


 脚立をかついだおばさんが言う。

 昨日で袋掛けがあらかた終わったから、今日からは別の仕事。

 蜜柑のもぎ取りだ。

 鳥がつついたのを早めにもぎ取って、腐って木の負担にならないようにするんだよ。

 その分、残った実が育ちやすいしね。

 収穫はまだまだ先だ。


 これの大変なところは、脚立で登って降りてがあるところ。

 おばさん達は、これがつらいんだって。

 私は、おばさん達が見つけたダメなやつを、脚立を登っては()ぐ。


 これ……意外ときっつい……足がぁぁぁ。




 木の間に広げた敷物の上に、足を投げ出して座る私。


「くたびれたぁ」


 いまは午後の休憩。

 夏の農作業だから、休憩はひんぱんに取るんだよ。

 湯灌(ゆかん)のお茶と、果実は欠かせない。

 ここで出される果実は、出荷出来ない不揃いな奴だから、じゃんじゃん食べて良いんだって。

 役得だよね。うへへ。


「今日は機嫌がええんだねぇ。良い人とは仲直りできたんかい?」


「うん、まあね」


 こういう話は、否定すると逆に突っ込まれちゃうから、流した方が良いって判ってきたぞ。

 ケンにはちょっと悪者になってもらおっと。


「けっこうすぐ凹んじゃうから、しっかりもり立ててあげないとダメなんだよねえ」




 おばさん達の手拍子で踊る。

 樹精の踊りは植物が喜ぶって人間の間では言われてるらしい。

 それを称して『お(まじな)い』ってよんでるみたい。

 里ではあんまり聞かないんだけどね。


 樹精は植物と話が出来る。

 でも彼らは話すのがすっごく遅い。

 根気よく聞いてあげないとダメなんだ。

 植物達からしてみたら、私たちは早く動きすぎるらしい。

 だから、踊りなんてチャカチャカ動くだけで、良く分かんないと思う。


 でも効果はあるみたいで、もしかしたら方術的な動きが踊りに含まれているかも、っていう説も出てきて、妖精領では研究している人も居るんだ。

 でも、余分な動作を切り捨てていったら、踊りじゃ無くなっちゃうと思うから、これはこのままでいいと私は思うんだけどなあ。


 手拍子は微妙に遅くて、なんだか調子が狂っちゃう。

 でも、これがここの拍子(ペース)なんだよね。



 ----- ◆ -----



 槽車を眺めて午前を過ごした俺は、『路傍の石』で昼定食をいただき、実入りの良さそうな仕事を探しに商工業協会にやってきた。


 そしていきなり出くわしてしまったのだ。

 喫緊掲示板に求人書を貼る……ミランダ女史。

 この人……俺はダメなんだよな。苦手意識が抜けない。

 そっと引き返そうとした瞬間、くるりと振り向いた。


「あら、どうして帰るの? お仕事探しに来たのよねえ」


 気づかれていたか……。

 俺はしぶしぶ、扉にかけた手を放した。




 ミランダ女史が貼っていた求人は、以前にも見た事のある物だった。


『ガス灯点火作業員。指定の街路のガス灯を点火と夜間の見回り。時給9アス3コドラント』


(ん? 時給が大幅に上がっているぞ)


 6アス1コドラントが二重線で抹消され、およそ1.5倍に書き直されている。

 こいつは雇用主がポロスボロス役場で、嘱託の公務である。


「これが喫緊になったんですか?」


 ミランダ女史は、腰に手を当て大きな溜息をついた。


「大したことの無い仕事のはずなんだけどねえ……仕事を投げ出されちゃったのよ!」


 単なる世間話の積もりだったのに、彼女の愚痴に巻き込まれた俺は、悄々(しおしお)と受付まで連行されていった。



「この求人、前にもあったでしょ? ずっと人手不足なのよ」


 この仕事は、街区のガス灯の管理だ。

 夕方、担当街路のガス灯の元栓を開け、点火具(てんかぐ)で火を付けて廻る。

 夜間は見回りをして、消えていたら再点火。

 同時にその街路の防犯見回りを兼ねる、という内容だ。


 力が要るわけでも、急がされるわけでもない、どちらかと言えば負荷の低い仕事なのだ。


「本来は二人でやる仕事なんだけど、人手不足で何処の街路も一人でやってんのよ。交代出来ないからつらいのか、夜の内にふいっと逃げちゃうの。顔が出しづらいのか、そのまま雲隠れ。これが結構頻繁にあるのよ」


 そういってあきれ顔で肩をすくめる。


「眠いからじゃ無いんですかね。あるいは、夜型の生活になるから、昼の仕事にあぶれてずっと固定化されちゃうのを嫌ったとか」


「困るのよねー。ここは斡旋してるだけだろって言われるんだけど、人手が集まらないとこっちが依頼主から責められちゃうのよー。……中村さん、仕事を探しに来たのよね。どう? やってみない?」


(やっべ!)


「私は同居人もいますし、二人の生活時間がずれるのはちょっと……」


「じゃあこんなのはどうかしら。『深夜の徘徊老人捜し』」


「結局、夜じゃないですか!」


「まあまあ、これもなかなか重要な仕事よ。人助けだしね。最近深夜にふらふら出て行っちゃうご老人がいてねえ。まあ朝には帰ってきてるんだけど、やっぱり危ないからなんとかしたいんだけど、これがちょっと目を離すと出て行っちゃうのよ」


「いや、夜は寝たいですから! あ、ちょっと用事を思い出しました! すみませんがこれでー」


「あ、ちょっとー」


 必死で逃げ出すことになってしまった。

 何のために来たやら。とほほ。




「えー、結局帰ってきちゃったの? ダメだよぅ」


 その日の夕食時、俺はレアーナに怒られていた。

 今日を棒に振ったようなもんだからだ。


「いやあ、夜の仕事を押しつけられそうになってさ。やるなら昼の実入りの良い奴を狙いたいのに、もうごり押しだったんで」


 レアーナの溜息。

 今日はとかく溜息をつかれる日だな。


「明日は一緒に行ってあげるから、なにか一緒に仕事を受けよう」


「はい……」


 嫌も応も無さそうだ。





 翌朝。

 俺はレアーナと一緒に商工業協会に出向いた。


 しかし、その日はいつもと様子が違った。

 たくさんの人がガヤガヤとたむろしている。

 掻き分けるように建物の中に入ると、そこにもたくさんの人。

 そして奥にお立ち台に立つハーキムが居た。


「本日手空きの方は、ぜひ傾注ください! 街区の方で近頃ネズミが大量発生しております! どうやら下水管の中に住み着いて居る様子です! これの駆除を緊急に行って欲しいとの依頼です! 人数が必要です! 参加をお願いします! 報酬は7デナリ5アス1コドラント! 地下に潜る方には破格の11デナリ6アス!」


 俺はレアーナと顔を見合わせた。


「係員から街区の割り当てを受け取ったら、現地に向かってください! 現地にも係員が居ります! 用具は全て貸与! 作業の出来る服装でお願いします! 『液火』が流せる程度まで異物の排除をお願いします! 本日手空きの方――」




 協会の中は、これ一色で塗りつぶされていた。

 係員は案内図を配り、質問に答えるだけで手一杯。受付の奥で事務作業をしている人も皆、駆り出されている始末。

 これは他の仕事が有っても、斡旋してはもらえまい。

 俺とレアーナは、これに乗ることにした。


 案内図に従って向かった割り当ての街路では、何台もの荷車が置かれ、用具の貸し出しを行っていた。

 たくさんのランプ。頭を守る兜、汚泥を削ぐショベル。運び出す為の(もっこ)

 あちこちからかき集めたと思われるそれらは不揃いで、緊急かつ大規模であることを伺わせた。


「上流側からネズミを追いつつ、異物を排除していきます! 点検孔(マンホール)からネズミが逃げ出さないように目張りを行ってください!」


 相当数のネズミで悩まされているようだな。こんな大規模な仕事を見るのは初めてだ。

 管の起点には水槽と送風機が置かれ、放水が始まっている。


「頭に気をつけてね」


 さすがにレアーナを下水に潜らせる訳にもいかず、彼女には上流側からの放水班に回ってもらった。

 男達に交じって、俺も地下に降りていった。


 地下は暗いが、全員がランプを持っているので、足下が危ないほどではない。

 下水管は、思ったより汚くない。

 『液火』を流して、定期的に焼くためだ。

 しかし今回は何かが詰まっていて、それが出来ないのだ。


 目立つゴミを削ぎ、押していきながら進んでいく。

 各所の起点から入った男達が、管の合流と共に集まってくる。

 腰をかがめないと歩けなかった管は、合流を繰り返して太くなり、並んで歩けるほどになってきた。

 いやあ、みんなドロドロになりつつあるな。

 今日は浴場が大混雑になりそうだ。



 そして、俺たちは……騒動の原因に出くわすことになった。


 それはこんもりとした山だった。

 床に切られた溝を埋め、せき止めるように積み重なったゴミ。

 それに大量に集った、丸々としたネズミの群れ!


「うわっ!」


 俺たちに驚いたネズミたちは、一斉に四方に散って逃げ出した。

 足下をすり抜けるように駆け抜けるネズミたちに、みんなは大騒ぎだ。

 そして山の正体が照らし出される。



 それはあちこち食い散らされた、大量の人の死体だった。



 ----- ◆ -----



 なんだろう。地下から叫び声が聞こえるぞ?

 係員が駆け出していく。

 みるみる大きくなる騒ぎ。


「やばいぞ! 死人だ! それもたくさん!」


(ええええ!? ケンは大丈夫かな)


 点検孔(マンホール)から飛び出してくる男達。

 中には路上でもどしちゃう人も。


「衛視だ! 衛視を呼んでこい! たくさん死んでる!」


 掃除は大事件になっちゃった!

 男達の中にケンを見つけた。

 四つん這いでゲエゲエえずいてる。

 駆け寄って、背中をさする。


「ケン! どうなってたの!?」


「めちゃくちゃだ……死体の山だった……ウゲエェェ……これは偶然じゃ無いぞ。何者かが、ここに投げ込んで隠蔽してたんだ!」


 酷い物を見ちゃったんだ……。身体が震えてる。


「こいつは……間違いなく殺人……それも殺人鬼シリアルキラーだ」


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