016:流れ流れて
強い日差しが照りつける夏空の下、ゆっくりと小鳥たちと戯れる朝を過ごした私は、にぎわう街を颯爽と歩く。
今日はみっちり日誌と格闘するために、入領事務所の文書保管庫に来たんだ。
新しい物は背表紙があり、就航した期間が書いてあるから、私が生まれる前の物は無視出来る。
でも古くなるに従って、記述項目は定型が怪しくなっていく。
綴糸は解れて形が崩れちゃうぐらい古くなると、もう日記と変わんない。
でも、この辺に求める物があるはずなんだ。
頑張らないとね。
(ケンは今日、初めて働くんだよね。心配だな。今朝怒っちゃったけど、引きずってないかな)
おっといけない、集中集中……。
だめでした。
集中出来なくて見逃してないか心配で、ページを何度も行ったり来たり。
さがし物をするときは他のこと考えちゃダメだよね。
気分を変えようと、お昼にはちょっと早いけど山猫館に帰ってきたら、その前に大勢の人。なんだか物々しい雰囲気だぞ。
その中にひときわ目立つ太っちょがいる。
ハーキムさんは、むっつり不機嫌顔で、周りの人にあれこれ指示を出してる。
なんで私たちの住んでるところに? なんだか急に不安になってきて、私から話しかけた。
「こんにちは、ハーキムさん。どうしたんですか? まさかケンがいきなり何かやっちゃったとか……」
「ん? おおっと! レアーナ嬢でしたかな。そうでした、ここを紹介したんでしたな……」
なんていうか、見られたくない物を見られたような、ばつが悪そうな顔。
肩を落とし、溜息をついて事情を話してくれた。
「ここに入っていた借主が雲隠れしてしまいましてな。人の入れ替わりは番外地の常とは言え、支払もそのまま、請け負った仕事も放り出して、無断というのはいただけません」
「えー。何もかも放り出していなくなっちゃったの?」
「まあ、こんな土地柄ゆえ、夜逃げは前々からちらほらと有りましたが、最近はちと酷いですな」
ハーキムさんは渋い顔。
「せめて夜逃げなら、部屋に荷物を残さずに行ってくれるのですが。週極ですので、まずは放り出していった荷物を片付けなければなりません。売り払って部屋代を回収出来れば良いのですが、望み薄ですな。新しい入居者も探さないとなりません」
番外地も、いいことばっかりじゃ無いんだなあ。
根無し草の生活は、樹精にはホントに落ち着かないんだよね。
逃げ出さなくても良いように、家賃はしっかり稼がないとなあ。
食パンを一斤、ハムとチーズを買って、共同食堂で調理。おいしくいただく。
ちょっと余っちゃった。食べ物を取っておける貯蔵庫でもあれば良いんだけどなあ。
ちょっと買い足して、夕食にしよっと。
保管庫に戻ってつづきだぞ。
ぼろぼろのページを、注意深くめくる。
探検を始めたばっかりの頃は、人間領の外には何も無いと思われてたのかあ。
当時の槽はまだまだ領域外を走り抜ける事が出来なかった。
空振りを繰り返す航路。
これは素潜りに似てる。
一息で行けるところに、息継ぎを出来るところが見つかるまで、行っては戻りの繰り返し。
このまま続けることに意味があるのかと、人間達は喧喧諤諤の論争をしたらしい。
反乱で引き返すしか無かった槽、ギリギリボロボロの状態で戻れる槽は運が良い。
ついに帰ることが出来なかった槽もたくさん。
それでもあきらめなかった人々はいたみたい。
そして見つけた初めての別領域、妖精領。
これで勢いを得た人間は、未知に立ち向かった。
危険な所を迂回し、あらたな航路を開いていく。
濘水領、矮眇領……。
こうやって広がっていったのかあ。
「首尾はどうでした?」
「ダメ。探検の歴史には詳しくなったんだけどね」
顔見知りになった入領事務所の係員からねぎらわれちゃった。
でも諦めないぞ。
明日は果樹園へ行かないと。いそがしいなあ。
夕食の材料を買って山猫館に帰ると、ケンの機嫌が良い。
なにか手がかりを見つけたらしい。
「まだあやふやなんだけど、明るい材料だ」
ローマとギリシャという国と、ムーは貿易をしていたらしい。この国がケンのニッポンと近いのかな。
「でもケンの国を知らないって事は、今は交流してないって事なんだよね?」
「ここに来てまだ数日なんだ。方法らしい物が見つかるだけでも上出来だ」
「いいなあ、私は空振りなんだよね」
「国外に出るかもしれないし、旅費を稼いでおかないとな」
「私は明日は果樹園だよ。お呪いも頼まれてたし」
クリームシチューのパイ包みを二人でつつく。
パリッと割れるパイ皮。あ、お焦げ発見。
香ばしいソースをのせて、カリッと焼いたパンを食べる。
ケンも手がかりが見つかって立ち直ったし、このままいけるといいなあ。
----- ◆ -----
翌朝。
今日はこの山猫館に入居してから5日目の朝だ。
この町にもなじんできて、おちついて周りを見渡す余裕が出てきた。
ここの雰囲気は、昭和初期から中期の『宿街』と思ってだいたい間違いない。
ガラが悪いような、でも下町風情で人情もあって。
ラノベにありがちな、自由でゆるやかな共同体としての街や村って感じだな。
肩をコキコキ鳴らし、大きく背伸び。
働く明確な目標ができたので、それを目指して進まないとな。
液火を輸出していたと仮定して、当然そこには物流が生まれる。
地球で言うシルクロードのようなもんだから、跡地ぐらいは伝説で残っているだろう。
それを追っていくのだ。
俺は早朝の発着場を入領事務所の屋上から眺める。
旅をすることと、その費用を考えながら歩いていたら、自然に足が向いたのだ。
いまも一台の槽車が発着場を出て行く。
巨大な槽には大別して2種類ある。
一つはトリエステ式で荷物を運ぶのが主。客員はそれの持ち主で、どちらかといえば通商用だ。
もう一つが円筒形の車体を持つ物で、ザグレブ式というそうだ。
形は『走る飛行船』、もしくは『サッパリした蒸気機関車』。
こちらは客員を運ぶのが主のようだ。
レアーナが言っていた、『少し形が違うけど』という台詞からみて、乗っていたのはこいつだろうな。
この発着場は言うなれば国際港。妖精領に面した方面に当たる。
上から見ると判るが、この発着場は大きく二つのウィングに別れている。
俺たちが来たのは右側のウィング。航路が領外に続いている。
泊まっている槽車も歩廊も大型で、外洋である領外に出るための国際線といえる。
対して左ウイングのはかなり小作り。槽車も中・小型だ。
航路は大きく曲がり、領内に向いている。こちらは国内線のようなもんだな。
とはいえ、それでも槽車は槽車。規模的には近海用のフェリーみたいなもんで、大がかりだ。
じゃあ鉄道やバスのような、もっと近距離向けのような物は無いのか、と探して、やっと馬車がでてくる。
でも、そのぐらいの距離なら懐事情によっては歩きを選択する人も多い。
馬は高級な移動手段になりつつあるそうだ。
プライベートジェットみたいなもんでお高いんだろうけど、小型の奴を手に入れられないかな。
----- ◆ -----
きょうも頑張って働くぞ。
勢い込んでやってきた果樹園。
「じゃあ、この列の木からいこうかねえ」
脚立をかついだおばさんが言う。
昨日で袋掛けがあらかた終わったから、今日からは別の仕事。
蜜柑のもぎ取りだ。
鳥がつついたのを早めにもぎ取って、腐って木の負担にならないようにするんだよ。
その分、残った実が育ちやすいしね。
収穫はまだまだ先だ。
これの大変なところは、脚立で登って降りてがあるところ。
おばさん達は、これがつらいんだって。
私は、おばさん達が見つけたダメなやつを、脚立を登っては捥ぐ。
これ……意外ときっつい……足がぁぁぁ。
木の間に広げた敷物の上に、足を投げ出して座る私。
「くたびれたぁ」
いまは午後の休憩。
夏の農作業だから、休憩はひんぱんに取るんだよ。
湯灌のお茶と、果実は欠かせない。
ここで出される果実は、出荷出来ない不揃いな奴だから、じゃんじゃん食べて良いんだって。
役得だよね。うへへ。
「今日は機嫌がええんだねぇ。良い人とは仲直りできたんかい?」
「うん、まあね」
こういう話は、否定すると逆に突っ込まれちゃうから、流した方が良いって判ってきたぞ。
ケンにはちょっと悪者になってもらおっと。
「けっこうすぐ凹んじゃうから、しっかりもり立ててあげないとダメなんだよねえ」
おばさん達の手拍子で踊る。
樹精の踊りは植物が喜ぶって人間の間では言われてるらしい。
それを称して『お呪い』ってよんでるみたい。
里ではあんまり聞かないんだけどね。
樹精は植物と話が出来る。
でも彼らは話すのがすっごく遅い。
根気よく聞いてあげないとダメなんだ。
植物達からしてみたら、私たちは早く動きすぎるらしい。
だから、踊りなんてチャカチャカ動くだけで、良く分かんないと思う。
でも効果はあるみたいで、もしかしたら方術的な動きが踊りに含まれているかも、っていう説も出てきて、妖精領では研究している人も居るんだ。
でも、余分な動作を切り捨てていったら、踊りじゃ無くなっちゃうと思うから、これはこのままでいいと私は思うんだけどなあ。
手拍子は微妙に遅くて、なんだか調子が狂っちゃう。
でも、これがここの拍子なんだよね。
----- ◆ -----
槽車を眺めて午前を過ごした俺は、『路傍の石』で昼定食をいただき、実入りの良さそうな仕事を探しに商工業協会にやってきた。
そしていきなり出くわしてしまったのだ。
喫緊掲示板に求人書を貼る……ミランダ女史。
この人……俺はダメなんだよな。苦手意識が抜けない。
そっと引き返そうとした瞬間、くるりと振り向いた。
「あら、どうして帰るの? お仕事探しに来たのよねえ」
気づかれていたか……。
俺はしぶしぶ、扉にかけた手を放した。
ミランダ女史が貼っていた求人は、以前にも見た事のある物だった。
『ガス灯点火作業員。指定の街路のガス灯を点火と夜間の見回り。時給9アス3コドラント』
(ん? 時給が大幅に上がっているぞ)
6アス1コドラントが二重線で抹消され、およそ1.5倍に書き直されている。
こいつは雇用主がポロスボロス役場で、嘱託の公務である。
「これが喫緊になったんですか?」
ミランダ女史は、腰に手を当て大きな溜息をついた。
「大したことの無い仕事のはずなんだけどねえ……仕事を投げ出されちゃったのよ!」
単なる世間話の積もりだったのに、彼女の愚痴に巻き込まれた俺は、悄々と受付まで連行されていった。
「この求人、前にもあったでしょ? ずっと人手不足なのよ」
この仕事は、街区のガス灯の管理だ。
夕方、担当街路のガス灯の元栓を開け、点火具で火を付けて廻る。
夜間は見回りをして、消えていたら再点火。
同時にその街路の防犯見回りを兼ねる、という内容だ。
力が要るわけでも、急がされるわけでもない、どちらかと言えば負荷の低い仕事なのだ。
「本来は二人でやる仕事なんだけど、人手不足で何処の街路も一人でやってんのよ。交代出来ないからつらいのか、夜の内にふいっと逃げちゃうの。顔が出しづらいのか、そのまま雲隠れ。これが結構頻繁にあるのよ」
そういってあきれ顔で肩をすくめる。
「眠いからじゃ無いんですかね。あるいは、夜型の生活になるから、昼の仕事にあぶれてずっと固定化されちゃうのを嫌ったとか」
「困るのよねー。ここは斡旋してるだけだろって言われるんだけど、人手が集まらないとこっちが依頼主から責められちゃうのよー。……中村さん、仕事を探しに来たのよね。どう? やってみない?」
(やっべ!)
「私は同居人もいますし、二人の生活時間がずれるのはちょっと……」
「じゃあこんなのはどうかしら。『深夜の徘徊老人捜し』」
「結局、夜じゃないですか!」
「まあまあ、これもなかなか重要な仕事よ。人助けだしね。最近深夜にふらふら出て行っちゃうご老人がいてねえ。まあ朝には帰ってきてるんだけど、やっぱり危ないからなんとかしたいんだけど、これがちょっと目を離すと出て行っちゃうのよ」
「いや、夜は寝たいですから! あ、ちょっと用事を思い出しました! すみませんがこれでー」
「あ、ちょっとー」
必死で逃げ出すことになってしまった。
何のために来たやら。とほほ。
「えー、結局帰ってきちゃったの? ダメだよぅ」
その日の夕食時、俺はレアーナに怒られていた。
今日を棒に振ったようなもんだからだ。
「いやあ、夜の仕事を押しつけられそうになってさ。やるなら昼の実入りの良い奴を狙いたいのに、もうごり押しだったんで」
レアーナの溜息。
今日はとかく溜息をつかれる日だな。
「明日は一緒に行ってあげるから、なにか一緒に仕事を受けよう」
「はい……」
嫌も応も無さそうだ。
翌朝。
俺はレアーナと一緒に商工業協会に出向いた。
しかし、その日はいつもと様子が違った。
たくさんの人がガヤガヤとたむろしている。
掻き分けるように建物の中に入ると、そこにもたくさんの人。
そして奥にお立ち台に立つハーキムが居た。
「本日手空きの方は、ぜひ傾注ください! 街区の方で近頃ネズミが大量発生しております! どうやら下水管の中に住み着いて居る様子です! これの駆除を緊急に行って欲しいとの依頼です! 人数が必要です! 参加をお願いします! 報酬は7デナリ5アス1コドラント! 地下に潜る方には破格の11デナリ6アス!」
俺はレアーナと顔を見合わせた。
「係員から街区の割り当てを受け取ったら、現地に向かってください! 現地にも係員が居ります! 用具は全て貸与! 作業の出来る服装でお願いします! 『液火』が流せる程度まで異物の排除をお願いします! 本日手空きの方――」
協会の中は、これ一色で塗りつぶされていた。
係員は案内図を配り、質問に答えるだけで手一杯。受付の奥で事務作業をしている人も皆、駆り出されている始末。
これは他の仕事が有っても、斡旋してはもらえまい。
俺とレアーナは、これに乗ることにした。
案内図に従って向かった割り当ての街路では、何台もの荷車が置かれ、用具の貸し出しを行っていた。
たくさんのランプ。頭を守る兜、汚泥を削ぐショベル。運び出す為の畚。
あちこちからかき集めたと思われるそれらは不揃いで、緊急かつ大規模であることを伺わせた。
「上流側からネズミを追いつつ、異物を排除していきます! 点検孔からネズミが逃げ出さないように目張りを行ってください!」
相当数のネズミで悩まされているようだな。こんな大規模な仕事を見るのは初めてだ。
管の起点には水槽と送風機が置かれ、放水が始まっている。
「頭に気をつけてね」
さすがにレアーナを下水に潜らせる訳にもいかず、彼女には上流側からの放水班に回ってもらった。
男達に交じって、俺も地下に降りていった。
地下は暗いが、全員がランプを持っているので、足下が危ないほどではない。
下水管は、思ったより汚くない。
『液火』を流して、定期的に焼くためだ。
しかし今回は何かが詰まっていて、それが出来ないのだ。
目立つゴミを削ぎ、押していきながら進んでいく。
各所の起点から入った男達が、管の合流と共に集まってくる。
腰をかがめないと歩けなかった管は、合流を繰り返して太くなり、並んで歩けるほどになってきた。
いやあ、みんなドロドロになりつつあるな。
今日は浴場が大混雑になりそうだ。
そして、俺たちは……騒動の原因に出くわすことになった。
それはこんもりとした山だった。
床に切られた溝を埋め、せき止めるように積み重なったゴミ。
それに大量に集った、丸々としたネズミの群れ!
「うわっ!」
俺たちに驚いたネズミたちは、一斉に四方に散って逃げ出した。
足下をすり抜けるように駆け抜けるネズミたちに、みんなは大騒ぎだ。
そして山の正体が照らし出される。
それはあちこち食い散らされた、大量の人の死体だった。
----- ◆ -----
なんだろう。地下から叫び声が聞こえるぞ?
係員が駆け出していく。
みるみる大きくなる騒ぎ。
「やばいぞ! 死人だ! それもたくさん!」
(ええええ!? ケンは大丈夫かな)
点検孔から飛び出してくる男達。
中には路上でもどしちゃう人も。
「衛視だ! 衛視を呼んでこい! たくさん死んでる!」
掃除は大事件になっちゃった!
男達の中にケンを見つけた。
四つん這いでゲエゲエえずいてる。
駆け寄って、背中をさする。
「ケン! どうなってたの!?」
「めちゃくちゃだ……死体の山だった……ウゲエェェ……これは偶然じゃ無いぞ。何者かが、ここに投げ込んで隠蔽してたんだ!」
酷い物を見ちゃったんだ……。身体が震えてる。
「こいつは……間違いなく殺人……それも殺人鬼だ」




