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7 見つけた

 オルデン公国。いまから五十年前、その小さな国は乱れに乱れていた。大公打倒を叫ぶ革命党が兵を挙げ、首都に迫っていたのだ。


 居城を包囲され勝算なしと判断した大公は、自身の対位と共和制への移行を宣言した。しかし革命党の中でも特に過激な一派はその対応に飽き足らず、さらに大公一家の処刑を要求した。


 追いつめられた大公一家は、ひそかにを首都を脱し、隣国への亡命をはかった。しかし計画むなしく、国境手前の村で大公一家は捕えられた。


 大公と大公妃はその場で処刑されたが、第一公女は革命党の手を逃れ、そのまま消息を絶った。森に駆け込む令嬢の姿を見たという目撃証言から、おそらく逃げる途中で崖から転落死したのだろうと一応は結論付けられたが、遺体が見つからなかったため公女生存説その後も根強くささやかれていた。


「それが最近になって、ついに見つかったのです」


 安楽椅子に沈みこんだ屋敷の主人は、かみしめるようにその名を口にした。セシリア様が、と。


 公女の遺体は、崖下のくぼみから発見された。同じく崖から落ち、しかしこちらは運良く命を拾った村人が、半ば土に埋もれた白骨死体を見つけたのだ。


 その遺体が公女であると断定されたのは、右耳の近くに埋まっていた耳飾りのせいだった。五十年前の事件の現場にいた老女──かつての大公家の小間使いがこう証言したのだ。あの日、殿下はたしかにこの耳飾りを付けていらっしゃいました、と。


「耳飾りはすぐに政府のもとへ運ばれたそうですが、その道中で消えてしまったのです。耳飾りと一緒に消えた役人がいるとのことですから、おおかたその役人が持ち去ったのでしょう。それが、どのような道をたどってか、この国に流れ着いた。新聞であの絵を見たとき、心臓が止まるかと思いました。そして、誓ったのです。必ずあれを手に入れると」


 なぜ、と。ささやくように探偵が問う。なぜそうもあなたは耳飾りに執着するのかと。


「……五十年前、わたしは軍人でした。当時の軍人のほとんどがそうであったように、わたしも革命党に属していました」


 老人の目に、追憶のもやがゆったりと揺蕩った。


「そのときの名は……どうかご勘弁ください。あの事件のあと、わたしは故国を離れました。血ばかりを求める革命党に、ほとほと嫌気がさしたのです。そんなわたしを、かつての同志は裏切り者と非難し、制裁を加えようと追ってきました。わたしはいくども名を変え、住まいを変えました。さすがに今となっては、わたしを追う者も絶えたでしょう。それでも、一度捨てた名を名乗る資格は、もうわたしにはありません」


 老人は語る。椅子に沈み、背中を丸め、遠い岸辺を見つめるように目を細めて。テーブルをはさんだ正面に座る探偵と伯爵は、無言で老人の語りに耳をかたむけている。床に長い影が三つのびる。


「故郷にいた頃、わたしには大切な方がいました。恋人……と呼ぶのはおこがましいかもしれません。あの方がわたしのような身分の者に心を寄せてくださるなど、本来ありえないことで……いや」


 ゆっくりと老人は首をふる。


「恋人でした。わたしは、彼女を愛していた。たとえ身分違いでも、いつか別れがくるとわかっていても、あの方を愛することは止められなかった。それはあの方も同じだったはず。だからあの方も、わたしに証をくださったのです」


 かつての公女の恋人は、安楽椅子から立ち上がると壁際の棚に歩み寄った。引き出しの鍵を開け、中から取り出したものをテーブルに置く。


 それは天鵞絨張りの小さな宝石箱だった。老人はさらに別の鍵を用いて小箱を開いた。


「……道化師の涙」


 伯爵がつぶやきに、老人はうなずきを返す。


 箱の中に鎮座していたのは、深い紅に輝く耳飾りだった。節くれだった指が、輝石の表面を愛おしそうになでる。


「あの方がくださったものです。わたしへの愛の証として。その片割れは、いまあなた方がお持ちのものです」


 老人はゆっくりと顔を上げた。


「お願いです。どうかあなた方がお持ちのものをこちらへ……そろいになっているところを見たいのです。ふたたび共に……せめて、これだけでも……」


 もう二度と共にはなれない恋人の代わりに、せめて。


 探偵は黙って胸元から小箱を取り出し、テーブルに置いた。一瞬、何かを確かめるように視線を空にさまよわせ、箱を開ける。


「おお……」


 抑えきれないうめきが、老人の喉を震わせた。それは歓喜の叫びにも、嗚咽のようにも聞こえた。


「道化師の、涙……ようやく」


 赤紫色に輝く一対の耳飾り。涙の形に加工された、深い紅玉によく似た輝石。


 すう、と風のようなものが部屋を吹き抜けた。探偵の隣に白い影のようなものがゆらめく。そこからひと粒、雫が落ちた。きらめく透明な粒は輝石に当たってはじけ、そして消えた。


 炎がゆれる。影は、まだそこにいる。


 ──見つけた。


 影の中で、ふたつの赤がゆらめいた。血の色をした一対の瞳。それを認めたとき、老人の喉から長い長い悲鳴がこぼれた。

 


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