5 落札
「道化師の涙?」
出品リストを片手に、伯爵は気のない声をあげた。
「これが欲しいのか」
「それがというより、それにまつわる情報が欲しいのです」
オークション会場の二階、半個室の貴賓席からは、会場の全体が見渡すことができた。それでいて、こちらの姿は他の客席から見えにくい。
まさに注文どおりの良席で、探偵はこれまでの事情を伯爵に語った。セシリアの身分と駆け落ちの経緯は伏せ、単に依頼人の尋ね人が、耳飾りの出品に関わっているかもしれない、とだけ。
「またろくでもないものに……」
話を聞いた伯爵は、渋い顔でため息をついた。
「わかっていると思うが、エイヴリーの口は固いぞ。出品物の由来など訊いても、まともに応じてくれるわけがない」
「そうでしょうね。ですが、今のところこれが唯一の手がかりなものですから。いかがです。ひとつ閣下が落札されてみては」
「片方だけの耳飾りを持っていても意味がなかろう。だいたい、いくらかかると思っている」
「グレンヴィル伯爵家の財力をもってすれば容易いことでしょう」
「そういう問題じゃない。忘れたのか? うちの家訓は」
「吝嗇家の朴念仁?」
「質素倹約!」
抑えた声でやりあう二人を、やはり兄弟なだけあるわねとセシリアは眺めていた。
最初はあまり似ていないと思った。全体的に線が細い探偵と、精悍な伯爵。金の髪と灰の瞳という取り合わせは同じでも、探偵の色調は淡く暗く、伯爵のそれは濃く明るい。まるで陰と日向のように対照的な二人だ。
だが、こうして並んでいるところを見ると、半分だけらしい血の繋がりがありありと感じられた。容姿というより雰囲気が。ささいな表情や仕草がそっくりなのだ。幼い頃から長い時間を共にしてきた者同士の、独特の空気感がそこにあった。
自分にも兄弟姉妹がいたら、とセシリアは束の間の空想にふけった。肩を寄せて内緒話に興じることもできただろうか。喜びも悩みも分かち合い、もしものときは力になってくれる味方が一人でもいれば、今頃自分はこんなところにいなかっただろうか。
「レディ」
やわらかな声で、セシリアは我に返った。
「そろそろ始まりますよ。『道化師の涙』は最後の出品です。それまではどうぞオークションをお楽しみください」
「わたくしは参加するつもりはないのだけど」
物見遊山のつもりではないと訴えるセシリアに、探偵はにこりと笑いかけた。
「見物するだけでもなかなか楽しいものですよ。落札額を予想したり、入札者のやりとりを眺めたりするのもね。ほら、あの東洋の花瓶、あれはきっと三百まで上がりますよ」
探偵の言うとおり、オークションはじつに楽しかった。競売人のかけ声に応じて、そこかしこで手が上がる。まばたきをする間に値段が吊り上がり、ハンマーが打ち鳴らされる。はじめはつまらなそうにしていた伯爵も、会場の熱気に引き込まれたのか次第に前のめりになっていった。
そして、最後の品の番となった。
「お待たせいたしました。オルデン公国の至宝、道化師の涙!」
会場がどよめいた。うやうやしく壇上に運ばれた小箱の中で、小さな光がきらめく。
「それでは千からまいりましょう!」
高らかな声を合図に、いくつもの手が上がる。千百、千五百、二千……またたく間に値は高騰する。
「四千! お後はございませんか!?」
競売人がぐるりと会場を見渡す。そこで、すっと一本指が立った。
「五千!」
セシリアはあっと声をあげた。セシリアたちがいる二階席からは、五千の値をつけた紳士の後ろ姿がよく見えた。黒髪で長身の若者。それはセシリアがよく知る彼の──
「フレッド!」
「危ない!」
バルコニーから身を乗り出したセシリアの肩を、探偵が支える。その瞬間、
「一万! 一万が出ました!」
「へっ……?」
セシリアの頭上で間の抜けた声がした。次いで、「クリス!」と背後で焦った声も。
「道化師の涙、そちらの方に一万で落札!」
ダン! とハンマーが打ち下ろされた。
この晩最高額の落札価に会場が沸く。競売人の指差した方向、セシリアたちがいる貴賓席に視線が集中する。その中にはあの黒髪の紳士もいた。彼と視線がからんだ瞬間、セシリアの胸がすうっと冷えた。
貴賓席を降り仰ぐ黒髪の紳士。それはセシリアが探し求めていた恋人とは別人だった。
勘違いだと気づくとともに、自分の行いが招いた事態に、今度は顔から血の気が引く。
「……おまえがいま出したのは倍額のサインだ」
地を這うような声に、セシリアと探偵はそろりと振り向いた。これ以上ないほど苦い顔をした伯爵がそこにいた。
「あー……」
探偵が情けなさそうに頭をかいた。どうやらセシリアを支えたときに、勢いで片腕を上げてしまったらしい。それが競売人の目には倍額を示すものと映ったのだろう。
「……ものは相談ですが、兄さん」
「こういうときだけ兄と呼ぶな!」
オークションハウスの貴賓席に、抑えた怒声が響き渡った。




