3 三つの可能性
オルデン公国。大陸の東のはずれ、豊かな森に囲まれた小さな国。その国の公女として生まれ育ったセシリアが、故郷を離れたのはこれが初めてのことだった。飛び出した、と言ってもいい。恋人のことを思うと居ても立ってもいられず、たったひとりで森を越え、海を渡ってこの都にたどり着いた。
正体を言い当てられたセシリアは、小さく息を吐いた。いつまでも隠し通せるとは思っていなかったが、それでも少し早すぎた。動揺をさとられまいと、あえて高慢な口調をつくる。
「その程度のこと、推理とも言えないのではなくて?」
「おや、これは手きびしい」
探偵は首をすくめ、ふっと目尻をゆるめた。
「殿下はここまでお一人でいらっしゃったのですか。おそれながら、さぞかしご苦労も多かったことでしょう」
その言葉とやわらかな笑みに、セシリアの肩から力が抜けた。鼻の奥がつんと痛み目頭が熱くなる。
そう、大変だった。心細かった。不安で仕方なかった。それをやっと認めてもらえた。認めることができた。この少しばかり怪しくて、だいぶだらしのない、だけど決してセシリアの気持ちを否定しない探偵のおかげで。
「殿下はよしてちょうだい」
顔をそむけて急いで目尻をぬぐい、セシリアは探偵に向き直った。
「それで、耳飾りが出品されているということは、フレッドが手放したということかしら。売り主は誰? 彼はお金に困っているということ? まさか彼の身になにか……」
「落ち着いてください、レディ」
探偵はセシリアをなだめるように両手をあげる。
「まず、状況を整理しましょう。考えられる可能性は三つ」
セシリアの前に長い指が三本立つ。
「一つ、ヘルマン氏が自身の意思で耳飾りを手放した」
立てた指が一本折れる。
「目的は……たいていは金銭ですが、この場合は別の理由があるかもしれません。たとえば、誰かへのメッセージとか。自分がここにいることを誰かに訴えているということも考えられますね」
「それならオークション会場へ行けばフレッドに会えるのね」
「まだそうと決まったわけではありませんよ。二つ目、ヘルマン氏の意思によらず、何者かが耳飾りを出品した。盗まれたか奪われたか……ああ、レディ」
今度は青ざめるセシリアに、探偵は困った顔で手をふった。
「そのようなお顔をなさらないでください。いま申し上げたのはあくまで可能性の一つです。これから申し上げるのもね。では最後の一つ。出品された耳飾りが、じつは偽物である」
「そんなことって……」
「まれにありますよ。最近の贋作師は腕がいい。まあ、今回は当てはまらないでしょうね。なにしろエイヴリーですから」
「先ほどからおっしゃっているエイヴリーとは何なのかしら」
「オークションの主催会社です。いまや王都一、いや世界一のオークションハウスですね。あそこの鑑定士をだし抜ける贋作師がいるとは、ついぞ聞いたことがありません」
「偽物を見逃さないのなら、盗品だって出さないのではなくて?」
「そこはエイヴリーですから」
まるで悪友を自慢するように、探偵は口角を上げた。
「いえ、それでこそエイヴリー、ですね。競売品の価値こそすべて。その出所はいっさい問わず明かさず……エイヴリーは出品者の秘密を絶対に守ります。たとえ女王陛下からのご下問であったとしても、エイヴリーが口を割ることはないでしょう」
「ではフレッドの行方も結局わからないということ?」
「それもまだ決まったわけではありません」
探偵はひざの上に腕を立て、組んだ指にあごをのせた。セシリアに向かってわずかに身を乗り出す。
「お答えがまだでしたね、レディ。ご依頼、つつしんでお受けします。つきましては」
目の前にしなやかな手が差し出される。
「今宵わたしにお付き合いいただけますか。神の采配と言うべきか、オークションの開催はちょうど今夜です。ここで答えのない解を探し求めるより、ともに手がかりをたぐりに参るとしましょう」
灰緑の瞳に悪戯っぽい光がまたたく。その輝きに引き寄せられるように、セシリアは己の手を探偵の手のひらに重ねた。




