↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/17

2 公国の至宝

 そのひとと出会ったのは、セシリアが十八の夏だった。園遊会で暑さと人に酔い、四阿でひとり休んでいたセシリアの前に、彼は現れたのだ。


 あの日の彼の姿は、今でもありありと思い浮かべることができる。艶やかな黒髪、夜空のような深い色合いの瞳。均整のとれた長身を軍服につつんだ青年将校に、セシリアの心は一瞬で囚われたのだ。


「彼の名は?」


 無遠慮にならないぎりぎりの軽やかさで、探偵が口をはさむ。


「さすがに名もわからない人間を探すことはできませんからね、レディ?」


 意味ありげな視線をよこされて、セシリアはためらいつつもその名を口にした。


「アルフレッド・ヘルマン。皆にはフレッドと呼ばれていたわ」


 セシリアもそう呼んでいた。彼からそう乞われたからだ。どうかフレッドと呼んでほしい。愛しのセシィ、と……


「なるほど。では、ヘルマン氏となぜ別れ別れになってしまったのか、そこからお聞かせ願えますか」

「……お話ししないとだめかしら」


 レディ、と探偵は吐息のようなつぶやきをもらす。


「いまや世界の中心たるこの街で、名だけを頼りにひと一人を探せと? 砂漠で一粒の砂金を見つけ出せと、わたしにおっしゃるのですか」


 やれやれと金の髪が揺れる。芝居じみたその仕草に怒りよりもおかしさを誘われ、セシリアは口を開いた。


「……来なかったの」


 探偵の眉間がうっすら曇る。


「待ち合わせの場所に来なかったの。それきり、彼は消えたわ」

「下世話な言い方をお許しください。つまりレディはヘルマン氏と駆け落ちをなさるおつもりだったと?」

「世間ではそう呼ぶのでしょうね」


 セシリアとアルフレッドの交際を、父は認めなかった。どんなにセシリアが訴えても、アルフレッドが言葉を尽くしても、けっして首を縦にふらなかった。だから若い二人は、すべてを捨てることにした。お互い以外のすべてを。


「約束の場所で、ずいぶん待ったわ。一人きりだったけど、怖くはなかった。必ず迎えに来ると彼は言ってくれたから」


 これを、とセシリアは右耳を隠していた髪を指先でつまんだ。あらわになった耳朶で輝くそれを見て、探偵が息を呑む。


「見事なエメラルド……いや、ルビー? まさか、それは……」

「珍しいでしょう?」


 昼は緑に、夜は赤に。光の加減によって色を変える、世にも珍しい金緑石が嵌め込まれた金細工の耳飾り。


 代々セシリアの家に伝わるこの耳飾りの片割れを、約束のしるしとして婚約者に贈った。この耳飾りがそろうとき、二人は晴れて夫婦になる。そんな願いをこめて。


「報酬のお話がまだでしたわね」


 セシリアは背筋をのばし、毅然として告げた。


「フレッドを探してちょうだい。彼が見つかったあかつきには、あなたにこの耳飾りを差し上げますわ」


 探偵はしばし無言で耳飾りを見つめていたが、ややあって立ち上がった。壁際の机に山と積まれた新聞の束から、ひとつ抜き出してソファにもどる。


「先ほどは気弱なことを申しましたがね」


 ぱさりと、テーブルに新聞が置かれた。


「一筋の光が見えてまいりました。少なくとも砂漠で砂金をさらわずともよさそうです。レディ、これはあなたがお探しのものの一部でお間違いないですか」


 紙面に目を走らせたセシリアは、思わずあっと声をあげた。


 ──公国の至宝、出品。


 そんな文句が添えられた白黒の挿絵。大ぶりの宝石があしらわれたその耳飾りは、セシリアの右耳で揺れる耳飾りと瓜二つだった。


 とっさにセシリアはテーブルに手をのばしたが、それより早く探偵の青白い手が新聞をさらう。


「オルデン公国に伝わる至宝。昼と夜とで色を変える、幻の輝石の耳飾り。通称『道化師の涙』。その片割れが、エイヴリーのオークションに登場する……レディ」


 くすんだ金髪の間から、灰緑の瞳が笑んだ。


「わたしの推理が間違っていなければ、あなたをこうお呼びしてもよろしいですか。オルデン公国第一公女、セシリア殿下」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。