1 求む、奇妙な事件
ひとを見た目がすべてだよ。
それが父の口癖だった。幼いセシリアを膝に乗せ、父はよくそう語っていた。
生まれついての顔かたちではない。表情、姿勢、身のこなし。そういったものに、人間の内面はにじみ出るのだと。
くわえて身なりも重要だ。華美である必要はない。時と場合、相手に合わせた装いができればそれでいい。それは相手への敬意を示す、もっとも簡潔な方法でもあるのだから……
父の言葉が正しいのなら、とセシリアは内心で肩をすくめた。目の前の青年に、わたくしへの敬意はひとかけらもありはしないわね、と。
「ええ……レディ、まずはお詫びします。このような格好でレディの前に……」
さすがにきまりが悪いのだろう。薄い肩に引っかけたガウンをかき寄せながら、青年は謝罪の言葉を口にした。
ガウンの襟元からのぞくシャツは、どう見ても寝間着のそれだ。素足を室内履きに突っ込み、片手にはカップを持っている。およそ客を、それも妙齢の令嬢を迎える格好ではない。
さすがに出直すべきかしらとセシリアは迷ったが、青年が椅子をすすめてきたので結局腰を下ろした。
「お気になさらないで。わたくしこそ、おくつろぎ中のところをお邪魔して申し訳なく思いますわ」
はあ、と向かいのソファに座った青年は首をすくめ、何やらもごもごとつぶやいた。
昨日は遅かったものですから、とセシリアには聞こえたが、寝坊にしても限度というものがあるだろう。窓から降りそそぐ午後の日差しは、すでに夕暮れの翳りをまといはじめていた。
「あなたに依頼があって参りましたの。探偵のエヴァンズさんでお間違いなくて?」
「ええ、まあ」
頼りなくうなずいた青年の頬に、くすんだ金髪が落ちかかる。日差しがまぶしいのか、しきりとまばたきをくりかえす瞳は灰色。年は二十代半ばといったところか。線の細い顔は整っているものの、全体的に覇気というか生気に乏しい。昼間の幽霊がいたらこんな感じかしら、とセシリアはつい失礼な感想を抱いてしまった。
「ここのことはどちらでお知りに?」
「新聞広告で」
道端に捨てられていた古新聞の文句を思い出す。
──求む、奇妙な事件。私設探偵クリス・エヴァンズ。
あまりにそっけない、それこそ奇妙な宣伝文句に惹かれ、気がつけばセシリアはこの事務所を訪ねていた。
探偵という職業の人間に会うのは初めてだったが、なんとなく、いかにも切れ者といった伶俐な人物像を思い描いていた。あるいは世慣れた老紳士か、はたまた活動的な記者のような人物かもしれないと。
その想像すべてを裏切ってみせた青年は「あれか」とつぶやきながらカップに口をつけた。
湯気が立つそれは、おそらく眠気覚ましの濃いお茶だろう。来客に出す気はないらしい。つくづく失礼な方だわとセシリアはあきれたが、もてなしを催促していると思われたくなかったので何も言わなかった。
「では、レディ」
お茶を飲み干してようやく目が覚めたのか、青年はいくぶんしっかりした声で尋ねた。
「まずはお名前をお伺いしてもよろしいですか」
「言わなければ依頼を受けていただけない?」
「いいえ」
青年は目尻を下げた。
「そんなことはありません。レディのような方はよくいらっしゃいます」
よく見ると緑がかった灰の瞳に、悪戯っぽい光が踊る。愉悦と皮肉と好奇心と、あとは何だろう。複雑な配合のその眼差しは、セシリアの警戒心をゆるゆるとほどいていくようだった。
「わたしにとっては、依頼人の正体より、お話しいただける内容のほうが重要ですしね」
「つまらない依頼はお引き受けにならないということかしら。広告には奇妙な事件とあったわね。わたくしの依頼が、その条件を満たしているとよいのですけど」
「誰かにとってはつまらなくとも、べつの誰かにとってはこの上なく興味深いということもありますよ。ですから」
どうぞ? と探偵は目頭で促す。まずは語ってごらんなさいと。
「……ひとを探していただきたいの」
椅子に座り直し、セシリアはその依頼を口にした。
「ずっと行方がわからないひとよ。わたくしの大切なひと……お願い、彼を探してちょうだい」
ほう、と探偵が首をかしげる。唇がやわらかく弧を描く。
「失礼ながら、あなたの恋人ですか」
「いえ……」
少しだけためらって、セシリアは一息に告げた。
「わたくしの婚約者よ」




