15 夜明けの墓地
「結局、全部モートンの仕業ってことか」
「まあ、そういうことになりますかね」
朝露に濡れる墓石の間を、クリスとバトラーは歩いていた。警察に暴漢三人を引き渡し、そのまま事情徴収に付き合わされた二人は、夜明けにようやく解放されたところである。
警察の尋問に、暴漢はすらすらと白状した。モートン子爵の指示でクリスたちを襲ったことも。そして、しばらく前にシュルツという男を殺害したことも。
「あいつら、えらく素直だったよな」
「この期に及んで隠しごとをしても無駄ですから。すべてモートン子爵の指示だったと告白して、少しでも罪を軽くしたいのでしょう」
あとは、とクリスはバトラーの背後に目をやる。
「かなり脅しも効いたようですしね」
あのとき、一瞬だけ暴漢の目に映ったシュルツは、いまはバトラーの背に寄り添っていた。
それから二人はしばし無言で歩き、やがてバトラーは足を止めた。
「ここだ」
二人の前に、小さな墓石が建っている。素性不明の遺体を葬る共同墓地だ。ここで、バトラーはシュルツと出会ったのだという。
「さて、シュルツさん」
クリスは一つうなずき、シュルツに向き直った。
「これからわたしが言うことが間違っていたら教えてください。まずあなたは、オルデンの役人ですね。あなたには、セシリア公女殿下の亡骸とともに発見された耳飾りを運ぶ役目があった。しかし、あなたは途中でそれを持って姿を消した」
シュルツは哀しげに目を伏せた。否定の色は、そこになかった。
「耳飾りを持ってあなたはこの国にたどりつき、モートン子爵にそれを売った。子爵はあなたにいったん対価を払った後で、あの男たちにあなたを殺害させたのでしょう」
暴漢たちの証言をつなぎ合わせて、たどりついた事実がそれだった。モートン子爵は不当に得た耳飾りをエイヴリーに流し、グレンヴィル伯爵が落札したそれは、いまオルデンに戻っている。
「あなたがなぜそのようなことをしたのか、わたしにはわかりません。欲にかられての行いなのか、やむに已まれぬ事情があったのか……いずれにせよ、あなたは罪を犯された。そして、報いを受けられた」
自身の命をもって。それは、重すぎる報いなのかもしれない。犯した罪に釣り合わない裁きなのかもしれない。だが、それはクリスの判断するところではなかった。クリスは警察の人間ではなく、判事でもない。ましてや神父でもない。ただの探偵だ。だから、
「わたしからあなたにお伝えできることは、一つです」
クリスはオルデンの役人にやわらかく微笑みかけた。
「昨夜は助けていただき、ありがとうございました」
シュルツの目がゆっくりと見開かれる。虚ろな目に、一筋の光がさしたように見えたのは曙光がつくりだした錯覚だろうか。
クリスは懐から小箱を取り出し、シュルツの目の前で開けた。
「命の恩人に、お礼をさせてください」
朝の光に緑が煌めく。夜は赤く、昼は緑に輝く、世にも稀な輝石の耳飾り。その片割れを、クリスは差し出した。
「どうぞ、お受け取りを」
シュルツの手が持ち上がる。血にまみれたその腕が、朝陽をあびて徐々に白く、透明に変化する。のばされた指が輝石に触れた、その瞬間、シュルツの姿はふっと消えた。
「……いったか」
「ええ」
バトラーが息を吐き、クリスもうなずいた。
異国で殺されたオルデンの役人は、行くべき場所へ旅立った。いつか誰もが行くであろう、この世界の向こう側へ。
ああ、と声をあげてバトラーが両腕を空に突きあげた。
「やっと解放されたぜ。ありがとな、先生。おかげで助かったぜ」
「お役に立てて何よりです。ではバトラーさん、報酬の話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
ああ? とバトラーが腕を上げたまま固まった。
「金とんのかよ!?」
「当然です。わたし、ただ働きはしない主義ですので」
「ちょっと待てよ、先生。あの石のことを黙っててやるってことで話はついたはずだろ」
「何もついてませんよ。わたしは話を聞きますと言っただけです。そこから先は別料金ですね」
「こんのペテン師……言っとくけどな、おれは金なんてないぞ」
「であれば、身体で払っていただきましょうかね」
これを、とクリスは手にしていた小箱をバトラーに差し出した。
「これを、あなたからオルデンに還していただけますか」
ふっと、バトラーのまとう空気が変わった。黒い瞳に冷えた光をたたえ、バトラーは探偵を見た。
「……いつから?」
「さて」
クリスははぐらかすように肩をすくめた。
「それは明かさないほうが探偵らしいと思いませんか?」
「種明かしまでが探偵の仕事だろ。いや、言わなくていい。どうせあのときだろ。おれも、あれはしくじったと思ったんだよな」
「ご自覚があるようで何より」
あのとき、半日前の事務所の居間で、クリスがシュルツに話しかけていたとき。クリスは最後に、オルデン語でこう尋ねた。
あなたを殺したのは、この男ですか、と。
あのとき、隣に立っていたバトラーの顔が一瞬だけ強張った。それをクリスは視界の端にとらえていた。
「途中からあなた、わかっていませんでしたからね」
「シラク語まではついていけてたんだよ。そっから先は無理だったな」
理解不能な言語を、ただ聞き流していた。気を抜いていた。そこへ突然、馴染のある言葉が飛びこんできた。衝撃的なその内容に、思わず身体が反応した。オルデン語を解さないふりが間に合わなかった。
「……あんた、探偵より尋問官のほうが向いてるんじゃないか」
「ああ、あなたにお願いすれば働き口を紹介していただけます?」
クリスは灰緑の瞳をバトラーに向け、その呼称を口にした。
「オルデンの諜報員どの」




