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「……丸投げか」
京太郎の声に、苦い響きが混じった。不信ではない。あの激しい老翁が、
他家に後事を委ねるほどに折れたという事実へのやりきれなさだった。
「明夜斎殿は、ただ頷かれるだけでした」
静の目が、ほんのわずかに伏せられた。
「今のあの方には、それが精一杯なのでしょう」
龍の精が、小さく身じろぎした。主の声の底に走った微かな翳りを、感じ取ったのかもしれない。
静は、懐から1枚の書類を取り出し、京太郎の前に滑らせた。
「これが、修春氏から預かった候補者の名簿です。あなたには、ひと通り会ってきてもらいます」
京太郎は書類に目を落とした。
「ただの顔合わせではありません」
静の声が、一段低くなる。
「自棄に沈んだ翁に代わり、我々が轟家の駒を見極めるのです。そしてその者を我が陣営に引き込み、三世院への楔とする。――極めて重要な役目です」
三つの名が、美しい筆文字で記されていた。京太郎の視線が、その一番上で止まった。
目がわずかに見開かれる。予想していた名ではなかった。いや、予想の範疇にすらなかった。
「この筆頭の青年について、修春氏は――」
静は、珍しく言葉を選ぶように間を置いた。
「『才気煥発、なれど』と。そこで言い淀んでおられました。その先は、お聞きしても答えてはいただけなかった」
京太郎は、書類の上の名前をもう一度見た。
「残りの二人は?」
「いずれも遠縁です。血筋は轟に連なるものの、本流からは遠く、実戦の経験もおそらくは皆無でしょう」
言外の意味は明白だった。実質的に選択肢は一つしかない。そして、その唯一の選択肢について、
身内である修春ですら言葉を濁した。
「……なるほどね」
京太郎は書類を畳み、内ポケットに収めた。
「……わかった」
京太郎は静かに言い、書類を畳んで内ポケットに収めた。
「行けばいいんだろ」
立ち上がりかけて、足が止まった。
「ただ――」
京太郎は、母の目を見なかった。見れば、また何かが崩れそうだった。
「あと一日だけ、時間をくれ」
声が、わずかに掠れた。
「一日だけ。あいつのことを考える時間を。そしたら行くから」
静は、何も言わなかった。
その沈黙を、京太郎は肯定として受け取った。振り返らずに客間を出る。
廊下に踏み出した瞬間、白百合の香りが背中に触れた。
追いかけてきたのだ。あの部屋から、あの花から。まるで、行かないでとは言えない誰かが、
せめて袖だけをそっと引くように。
その指先が手渡していったのは、ひとつの光景だった。
中学の時分。出会ったばかりの頃の修斗が、教室の窓枠に肘をついて外を見ていた。
何を見ていたのかは思い出せない。ただ、夕日を横から受けたあの横顔の輪郭だけが、
白百合の甘さに溶けて、不意に胸の奥に灯った。
京太郎は、一度だけ目を閉じた。
その光が消えないうちに、歩き出した。




